同業者に手口を公開したことなんてないのだが、この対局は彼にとって重く、私にとっても闘い抜いてきた戦友として、三浦君の重さを受けとめる意味で重要な一局だった。だから本音をいったのだ。

―――先崎 学

第65期王座戦二次予選「三浦弘行 vs 先崎学」自戦記 第六譜(「日本経済新聞」2017.3.8)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 「私は本局で棋士としての礼を尽くそうと思った」

 先崎学はこの自戦記最終第六譜でそう書いている。

 そこで私は考えた。
 「礼を尽くす」ことの正反対は何か?

 それは、相手を侮辱することだ。
 「ヤツはいかさま野郎である」と言いふらすことである。

 そういう、棋士生命を抹殺するに十分な侮辱の言葉を浴びせられた男の復帰第二戦に、礼を尽くす。
 これが、先崎学が自分に課したテーマだったのだ。

 彼は終盤▽5一香と打った己れの手についてこう述べている。

 「私は同世代の天才たちよりも少しだけ読みの力が弱かった。だから最善の道を追求して勝つという王道の戦略では勝ち目がなかった。そこで、この▽5一香と打った局面のようなカオスな魔の一瞬を作ることを自らの将棋の中心におくようにした。遠い昔、三十年近く前のことだ」

 一読、ドキッとする。
 満天下の読者に向かい、こんなことをなんで告白するのだと、ファンならヒヤッとするところだろう。
 けれども、感想戦に於いても、彼は三浦に対して同じことを言ったという。

 「検討で、私は三浦君にこうしたことをはなした。同業者に手口を公開したことなんてないのだが、この対局は彼にとって重く、私にとっても闘い抜いてきた戦友として、三浦君の重さを受けとめる意味で重要な一局だった。だから本音をいったのだ」

 これが先崎学の示した礼節だった。
 そして、「対局前夜、はたして眠れなかった」で始まった自戦記の最後を、彼はこう締めくくっている。

 「駒をしまい、我々は深く一礼した。互いに疲れはてていたので、なにもはなさなかった。素晴らしい一日だったな、と帰り道に思った」