詰将棋余話

「将棋世界」巻頭詰将棋の新担当者・若島正。彼の肩書き「京都大学教授・翻訳家・英文学者」は、実は世を忍ぶ仮の姿であった。(詰将棋余話)

「僕はどちらかというと翻訳家ではないので……と言うとおかしいですけれども……。私は基本的に詰将棋作家なので」

―――若島 正(詰将棋作家)

『ボビー・フィッシャーを探して』刊行記念イベント(三省堂書店神保町本店、2014.9.14)にて
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 月刊専門誌「将棋世界」の巻頭詰将棋。
 谷川浩司九段が退き、二〇一六年一月号からは若島正の担当となった。
 専門棋士ではなくアマチュア作家が出題する。こういうことが過去にあったのかどうか。とにかく、異例の抜擢である。

 この若島正とは、いったい何者であるのか?
 曰く、専門は英米文学で京都大学教授。翻訳もこなし、二〇一四年には『ボビー・フィッシャーを探して』を刊行。
 とまあ、世間的にはそう紹介されるのだが、実は、これは世を忍ぶ仮の姿なのである。

 二〇一四年九月十四日に行われた同書刊行イベントで彼は羽生善治名人と五十分ほどの対談をした。ところがこの対談、本の内容が紹介されると思いきや、そんな話は全然無く、まあそのほとんどが詰将棋とチェスプロブレム(チェス版詰将棋)に終始。五十分のうち三十分経っても『ボビー・フィッシャーを探して』の話題にならない。
 それで羽生が気を利かせて、翻訳にコンピュータは活用できるかだとか、翻訳には持って生まれた才能が必要かなどと話を向けた。
 するとどうだ、若島はこう言い放ったのである。

 若島「僕はどちらかというと翻訳家ではないので……と言うとおかしいですけれども……」
 羽生「いやいやいや、今日はその(若島さんの訳書の)刊行記念なんですけど(笑)」
 若島「私は基本的に詰将棋作家なので……」(会場、笑い)
 羽生「それはよく存じております(笑)」
 若島「そこから考えると(詰将棋のレベルと比べると)翻訳はたぶんアマチュア初段程度の立場ぐらいに思っているので……」

 どうですか、これで分かったでしょう。
 翻訳も大学教授職も、言ってしまえば身過ぎ世過ぎのためのもの。そんなものは、我が天職の「詰将棋創作」の力に比べればアマ初段程度――こう言ってのけたのである。

 若島正。
 詰将棋看寿賞九回。「近代将棋」の詰将棋塚田賞七回。
 二〇一四年の詰将棋解答選手権で優勝。

 以上のことを、この対談に先立ち司会の女性が紹介したのだが、彼女はその後をこう続けた。

 「それほど優れた芸術家でいらっしゃるのに、普段は週に二十時間ぐらいは京都大学の教授として身をやつしておられるわけなのですが……」

 会場、思わず大笑いとなったのである。


 みすず書房刊『ボビー・フィッシャーを探して』出版記念イベント(若島正と羽生善治の対談)2014.9.14 三省堂書店神保町本店にて(YouTube)

詰将棋作家・谷川浩司の憧憬の的であるアマチュア作家とは?(詰将棋余話②)

若島さんの詰将棋はずっと以前から私の憧れだった。

―――谷川浩司

若島正『盤上のファンタジア』(河出書房新社、2001年)帯文 より
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 「将棋世界」の巻頭詰将棋担当が谷川浩司から若島正へ(二〇一六年一月号から)。
 この引き継ぎにはちょっとした因縁も絡んでいる。
 若島の詰将棋作品集『盤上のファンタジア』発刊の際、帯に推薦文を寄せた谷川がこう書いているのである。

 「若島さんの詰将棋はずっと以前から私の憧れだった」

 この言葉に嘘偽りはないだろろう。
 お世辞で言っているわけではない。
 心からそう思っているのだ。

 若島正がこの世界で頭角を現したのは中学生のとき。以来、詰将棋専門誌「詰将棋パラダイス」や「近代将棋」の投稿詰将棋欄(鑑賞室・研究室)などでの活躍が始まる。
 谷川は若島よりちょうど十歳年下だが、彼はこの天才の活躍を憧れを持って見続けてきたのだ。

 「若島さんの詰将棋には機能美があり、少ない駒で豊富な内容を語る。それでいてところどころユーモアや遊び心がある」

 この、「少ない駒で豊富な内容を語る」というところは、実は谷川詰将棋にも当てはまる。
 二〇〇八年出版の『光速の詰将棋』(日本将棋連盟)は、一般将棋ファン向けの詰将棋集としては異例の難しさを誇っているが、そこで披露されているのが、紛れもなく「極限まで駒数を減らした機能美」なのである。
 私はこれらを解きながら、若島正の作品との共通点を感じたものだった。
 (もっとも、『光速の詰将棋』も『盤上のファンタジア』も、十三手詰を越えたあたりからは猛烈に難しくなり、解答中断を余儀なくされているのだが……)

 谷川浩司は『盤上のファンタジア』の帯に、「推薦文が書けるがことたいへん嬉しい」と喜びのメッセージを贈っているが、今回の「将棋世界」誌巻頭詰将棋担当変更に際しても、「若島さんに引き継げたことは嬉しい限り」といった思いがあるに違いない。


 ※ 『盤上のファンタジア』から簡素な盤面の作品を一題紹介しよう。

 若島-盤面4枚17手ファ37

 十七手詰。
 我と思わん方は挑戦されたし。
 (手順は明日朝にアップ予定)

会議中、手帳に書いた自作詰将棋の図面をこっそり覗く大学教授の名言(詰将棋余話③)

わたしが死んでも、詰将棋は残る。

―――若島 正(詰将棋作家)

『盤上のファンタジア』(河出書房新社、2001年)より
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 人間は何のために生まれてくるのか。
 若島正は父から、「子供を残すためだ」と教えられる。
 即物的というか何というか、もう少しロマンチックな言葉はないものかとも感じるが、この父の教えに若島は半分賛成する。
 しかし残り半分をこう付け加えた。

 「人間は遊ぶために生まれてくる」

 この「遊び」が、若島正にとっての詰将棋なのだ。
 待ちに待った夏休み、子供が夢中で遊びに興じるように、小学生のときに詰将棋に惹かれて以来、彼は「永遠の夏休み」を生きているのである。

 若島の代表作に「地獄変」と命名された煙詰がある。
 初形が三十九枚配置。詰め上がりが盤面三枚。その過程で飛角金銀桂香歩の七種類の合駒が出現する。正に地獄のような攻防。壮絶趣向の133手詰だ。
 一九七一年、高校生のときの作品で、当然ながら看寿賞を受賞した。

 ところが近年の将棋ソフトにより不完全部分が発見される。別手順で早く詰んでしまったのである。これは痛い。

 何と言っても青春の記念作だ。京都大学の若島先生、発表からそろそろ三十年という時期に、思い立って不完全部分の修正を試みることに……。

 さてそうなると、寝ても覚めても「地獄変」のことばかり。頭の中から去らない。
 会議のときにも、何やら机の下に視線が向いている。議題に関連したメモを覗いているのかと思いきや、手帳に書かれているのは、なんと、「地獄変」の修正案であった。

 この先生、会議を余所に、自身は「夏休みモード」に突入していたのである。

 まあ、彼を擁護すれば、この会議はいわゆる「会議のための会議」だったのだろう。そんな非生産的な場に身をやつさねばならぬ芸術家の不幸を思うべし。しょうもない会議よりも、「地獄変」の完成こそ人類にとってよほど価値がある。

 そんな、「永遠の夏休み」を生きる若島正の言葉。

 「わたしにとって、詰将棋は我が子のようなものだ。だから、この作品集(『盤上のファンタジア』)はわたしが生きた確実な証拠である。わたしが死んでも、詰将棋は残る」

 格好いいことを言うなあ。
 こういう人物が二〇一六年から「将棋世界」の巻頭懸賞詰将棋を出題するのである。実に楽しみではないか。

          *

 さて、昨日の詰将棋の解答。(『盤上のファンタジア』第三十七番、初出は「将棋ジャーナル」1989年5月号)

 若島-盤面4枚17手ファ37

 まず▲1一飛と打つ。
 もし▽2四玉と上がれば▲1五金▽3三玉▲3一飛成以下。
 あれあれ? なんてことなく詰んじゃったよ。

 まさか。そんな馬鹿なことがあるはずがない。
 初手▲1一飛には▽1二歩と只捨ての合駒をするのだ。ここがまず第一のポイント。
 これは、▲同飛成とさせておけば、▽2四玉▲1五金▽3三玉と進んだときに▲3一飛成ができないという意味。
 また、▽3三玉のときの▲3四歩も打歩詰の禁じ手。

 どうですか、序の部分だけでもこれだけ深い。

 それで、▲1一飛▽1二歩合のときに先手も秘策を繰り出す。
 それが、▲1二同飛不成!

 以下同様に▽2四玉▲1五金▽3三玉と進めたときに、今度は▲3四歩が打てる。成らずの効果というわけ。
 ただ、▲3四歩▽2三玉のときにどうするか。
 1二の飛車が宙ぶらりんで取られそう。ついふらふらと▲1四飛成などとしたくなるが、これは▽3二玉から遁走されて失敗。

 正解は、1二の飛車取らせてしまう▲1四金。これがちょっとした盲点。
 はい、いただきますと▽1二玉。
 そこで、待ってましたと▲3三歩成の空き王手。
 これは▽1一玉の一手。
 そこで止(とど)めの好手一閃。

 ▲1二馬!

 以下は、▽同玉▲2三金▽1一玉▲2二金まで十七手詰。

 1五に打った金が1四から2三へと進軍し、3四へ打った歩も3三歩成と活用される。この機能美を堪能していただきたい。
 盤面わずか四枚でこういう手順を演出する。これ、まことに、芸術家の成せる技。「少ない駒で豊富な内容を語る」典型である。
 (もっとも、この作品は若島詰将棋としてはずいぶんやさしい方なんですけどね)

えっ? こんなこと言っちゃっていいの? 内藤國雄が若島正へ大賛辞(詰将棋余話④)

若島氏がプロ棋界に入っていたらビッグタイトルをとる一流棋士になっていた。

―――内藤國雄

若島正『盤上のファンタジア』(河出書房新社、2001年)帯文 より
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 「将棋世界」巻頭懸賞詰将棋出題者就任記念として、三回にわたり若島正に関する語録を紹介したが、最後にもう一つ付け加えたい。
 やはりこれだけは言っておかないと、というわけである。
 「いったいこの人、指す方はどうなんですか?」――そう疑念の目を向ける御仁もきっとおられると思うからだ。

 「詰将棋の天才だかなんだか知らんけど、どうせ弱いんでしょ?」

 いやはや、こういうお方が世の中には必ずいるもんだ。
 本当は、「詰将棋出題なんだから、指す方ではなく作品で評価してくれ」と言いたい。
 だがその気持をグッと抑えて、ここでは次の言葉を紹介しようではないか。
 天下の内藤國雄の発言だ、心して聞け。

 「若島氏がプロ棋界に入っていたらビッグタイトルをとる一流棋士になっていた」

 どうだ、驚いたか!

 しかし内藤先生もよくぞおっしゃった。
 いくら若島正が若い頃に赤旗名人戦で優勝したからって、こう言い切るにはちょっとした勇気が必要ではないかと思うのだが、そこは芸術家肌の内藤國雄、才能の輝きというものを何よりも評価するのである。
 ともあれ、

 「本書をじっくり味わえば十年は楽しめる。そんな気がする」

 そう内藤に言わしめた『盤上のファンタジア』発刊から十余年、いよいよ若島正渾身の新作が毎月一題ずつ「将棋世界」の冒頭を飾るのである。

 第一回出題作を載せた二〇一六年一月号はすでに十二月上旬に発行済み。
 早々と反響が寄せられているようだ。

 「将棋世界の懸賞詰将棋、反応は大好評ですと編集部からうかがった。素直に嬉しい。お役に立てるように、これからも知恵をしぼってみます」(若島正のtwitter、2015.12.10)

 そうか。ならば私もうかうかしてはいられない。
 さあ、早いとここの作品を詰め上げねば……。
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