労働の解放をめざす労働者党ブログ

2017年4月結成された『労働の解放をめざす労働者党』のブログです。

2021年03月

醜悪で愚かなリコール派の手口――不正な署名運動

醜悪で愚かなリコール派の手口

――蜘蛛の子を散らすように逃げ去ったリコール派の面々

 

大村知事リコール運動は、提出した署名の83%が不正で、愛知県警が捜査に乗り出した。

 

報道されている通り、事務局が主導し佐賀県で大量のアルバイトを雇って名簿から転記するというすぐにバレるような醜悪で愚かな手口に驚かされた。

 

我々もこれまで何度かこの問題を、国粋主義や愛国主義者によるファシズム運動であると暴露し警鐘を乱打してきた。

 

コロナ禍によって署名運動が中断されたことは、彼らにとって誤算だったとは言え、ある期間この運動が国粋主義者や愛国主義者、ネット右翼の結集軸であったことは間違ない。

 

維新の会は愛知に足がかりを築く絶好のチャンスと捉え、リコール事務局長に維新の田中を据え、大阪の吉村知事を担ぎ出した。他にも、百田や竹田、有本、デヴィ夫人、武田中部大、桜井らを引っ張り出したが、彼らの主張に胡散臭さを嗅ぎ取り、県民の僅かしか署名に協力しなかった。運動の途中から事務局内部で不正を告発する動きが出始め、高須らが運動の中止を宣言し幕引きを図ろうと動き始めたのも、不正を告発する動きが公然化してからである。

 

県選管が83%の不正を発表するやいなや、高須や河村らは知らなかったと自分には責任はないと言い訳を並べ立て、支持を表明した国粋主義の有名人らは蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。

 

愛知県の名古屋の労働者市民の皆さん!リコール運動が醜悪で愚かな実態をさらけ出すや、何一つ反省も謝罪も行うことなく無責任に振舞い、愛国主義を声高に叫ぶ姿は、先の太平洋戦争で国土を焦土にし、何百万人の国民を犠牲にし、アジア各国に塗炭の苦しみをもたらし(象徴が少女像であり天皇)無責任に、本土決戦を豪語した軍部や政治家と何ら変わることはない。

(愛知支部『海つばめ』号外より)

 

 

 

相も変わらず社民主義を鼓吹――『世界』(4月号)の福島・大椿論文

相も変わらず社民主義を鼓吹

――『世界』(4月号)の福島・大椿論文

 

 社民党は昨年11月の臨時党大会で立民への合流組と残留組に事実上分裂し、国会議員の二人(吉田忠智、吉川元)が立民に合流、社民党の現職国会議員は福島瑞穂と照屋寛徳の二名のみとなった。地方組織においては、継続を決めたところと合流を決めたところ、事実上分裂したところ、まだ討議中のところとあるようだが、ますます先細りし党消滅の危機にあることに変わりはない。

 

221日にはオンラインの全国代表者会議が開かれ、新役員と当面の方針(次期衆院選では比例代表の得票率2%、4議席の獲得を目指す、等)を決めた。先ごろ、『世界』(4月号)に党首の福島と副党首の大椿の「私たちは社会民主主義を選ぶ」という論文が掲載され、社民党が先細りしてきた原因や自分たちが立民に行かなかった理由、今後の運動の方向などについて書かれているので、これを中心としてこの党の現状を批判的に考察してみたい。

 

◇社民党衰退の原因

 

 『世界』論文では、「きっかけは、村山富市首相時代の自衛隊合憲・日米安保条約堅持への方針転換と、衆議院選挙での小選挙区制導入であった」として、幻滅した有権者の離反と選挙での小政党の不利が重なったことを挙げている。かつて社会党時代には綱領(「日本における社会主義への道」、1964年)で政権への参画やましてや首班を務めることについてその条件を事細かに決めていたにもかかわらず、そんなことはつゆほども考慮せず偶然の幸運にホイホイと乗り、こともあろうに保守の自民党と連立し、今まで否定してきた安保や自衛隊まで容認したのだから多くの人が反発したのは当然であろう。

 

もっとも、1970年代後半からは協会派を中心とする党内左派への抑圧を強め、1986年には綱領を改正して(「日本社会党の新宣言」)、文字通り社民主義の政党に変わっていたのであるからこれもまた彼らの本質的“体質”であるというべきか。また、小選挙区制の導入も、1993年成立の細川内閣に社会党が第一党として参画し政党助成法などとともに自ら関与して決めたものなのだから、他人事のように言っている場合ではない。

 

 福島らは「私たちの側の原因」として、自分たちは基本的に「労働者の政党」であることを自覚してきたが、特に小泉構造改革以後の新自由主義的改編により「非正規」労働者が増大し、労働組合の基盤が掘り崩されるとともに労組の社民離れが進んだことを挙げている。

 

大企業や公共部門の労働組合に依存しすぎていた、今後は非正規労働者も含めた「数千万の働く市民による政党として再生を果たしたい」というのだ。また、「男性役員が圧倒的多数を占める大労組に依存した政党運営」が行われ、社民党そのものも「男社会」であり「リベラルなことを言っていても、組織は保守的である」というありかたは多くの市民に失望を与えたとも言っている。

 

 「労働者の政党」であることを自覚してきたといえば聞こえはいいが、社会党全盛時代の60年代から70年代前半の時期においてさえも、実際は労働組合の組合主義的要求にそのまま乗っかり改良主義的な政治にうつつを抜かしてきただけであり、体制変革のための闘いや労働者の階級的団結の強化はおざなりにしてきたのではなかったのか。

 

だからこそ、70年代の後半以後の資本主義の危機の進化とともに社会党・社民党の党勢も衰退してきたのである。そして今度は、非正規を含めた「数千万の働く市民による政党」などと言うのであるが、労働者を「市民」に解体しておいてそれを代表するなどというのは初めから敗北が約束されているといってもいいだろう。

 

非正規も含めて労働者をいかに組織し階級的団結を強化していくのか、そのことが問われているのだ。社民党が「男社会」かどうかは本質的な問題ではない。社民党の政治の質が問われているのだ。

 

◇社民主義を選ぶ?

 

 論文では、「私たちには私たちの理念があり、政策がある」、私たちは社会民主主義を「社会のあらゆる領域において民主主義を拡大し、『平和・自由・平等・共生』という理念を具体化する不断の改革運動」として捉えている。そして、現代において、この社会民主主義に求められるのは、なによりも新自由主義との徹底した対決姿勢である」などと言って、立民に合流しない理由を述べている。

 

『平和・自由・平等・共生』とは、なるほど立派な理念ではある。しかし、これは西欧社民にも共通するが、彼らに欠けているものはその理念を実現できる社会的条件というものを全く考慮していないという点である(そもそも、こうしたアプローチそのものが純然たる観念論だ)。

 

彼らのスローガンは「理念を具体化する不断の改革運動」であるが、これは19世紀末のベルンシュタイン以来の改良主義的で空論的なスローガンでしかない。

 

福島瑞穂はスウェーデンのような社会が理想だと言ったそうだが、西欧社民で最も“成功”しているといわれるスウェーデンは、二度の大戦にも巻き込まれず、少なくともここ何年か前までは数十年に渡って(あるいは100年以上も)順調に経済が発展できたという特殊な条件があった。

 

その証拠に、他の西欧社民は軒並み停滞を強めるか、半ば新自由主義的な政策を取り入れざるを得なくなってきている(ブレア英労働党、シューレーダー独社民党、あるいはミッテラン、オランド仏社会党、等)。そして、その反面の現実として、どの国においても反移民などを唱える極右の伸長を許しているのであり、これはスウェーデンでも例外ではない。社民主義では、新自由主義ともまともに闘えないことを示しているのだ。

 

◇日米安保反対を再掲するが

 

 論文は、立民の綱領は「健全な日米同盟を軸に」とあるが、社民党宣言(村山内閣時の「95年宣言」を2006年に改訂)では「日米安全保障条約は、最終的に平和友好条約へと転換させ、日米軍事基地の整理、縮小、撤去を進めます」とある通り、立民とは基本的立場が違う、「日米軍事同盟を基軸とする方向では、東アジアにおける平和を構想できないと考える」などと言っている。村山内閣の時はたまたま少し気が振れてしまったのだとでも言わんばかりである。

 

 しかし、現在の東アジアの状況を少しでもリアルに考えてみれば、「日米軍事基地の整理、縮小、撤去を進めます」などと簡単に言えるのか?米中対立はますます激しくなってきており、北朝鮮問題なども決して楽観できないのではないか?かつての社会党時代もそうであるが、安保条約を廃棄して非武装中立でやっていく、等々は全くの絵空事、小ブルジョアの淡い願望でしかなかったのではないか?

 

だからこそ、村山は政権につくや否や急いで安保や自衛隊を容認したのである。唯一の活路は、労働者の国際主義を貫いてアジアや世界の労働者との連帯を深め、日米帝国主義や中国の国家資本主義的帝国主義等を共に打倒する以外にない。自国の帝国主義やその基盤である独占資本主義と徹底的に闘わずして、平和も労働者の生活の確保もあり得ないのだ。

 

論文では、先にも少し触れた「ジェンダーの平等」や気候変動問題(「緑の社会民主主義」)なども取り上げ、今後特に重視していくと言っている。社民党の市民主義政党としての特質がここにも現れているが、その内容については既に述べたことで「推して知るべし」なので割愛する。
(長野、YS

腐敗堕落を深める菅政権を明るみにする総務省接待事件

腐敗堕落を深める菅政権を明るみにする総務省接待事件

労働者大衆は直ちに菅政権打倒の烽火を掲げなければならない

 

 総務省の高級官僚らが、利害関係のある業者「東北新社」と「NTT」から接待を受けていたことが「週刊文春」によって報じられ、資本家、政治家、官僚等ブルジョアのとどまるところを知らない腐敗が、またまた明らかにされている。

それは、菅首相の長男正剛氏が係わる東北新社との問題であり、菅政権が看板政策の一つとする携帯料金値下げに係わるNTTとの問題である。菅首相と菅政権が直接係わる権力の私物化、腐敗・退廃を如実に示している。労働者・大衆は彼らにその真実を明らかにすることを要求するとともに、この虚偽で塗り固められた菅政権打倒の闘いを強めていかなければならない。

 

菅首相と総務省、長男正剛氏、そして東北新社が絡む腐敗した接待事件

 

 東北新社の接待の実態と目的は、この間の報道や国会の質疑、総務省の調査で明らかにされつつある。東北新社が20167月から202012月に総務省の衛星放送業務を担当する山田内閣広報官(当時総務審議官)、谷脇総務審議官、吉田総務審議官、秋本情報流通行政局長、湯本大臣官房審議官や総務省幹部13人を延べ39回にわたり高級料亭で接待を行い、そのほとんどに菅首相の長男正剛氏が参加していた。接待を受けた幹部らは、全員が「相手が利害関係者と思わなかった」と言っているが、そういわなければ利害関係者が費用を負担する接待を禁じている「国家公務員倫理規程」に反する行為となるからである。

東北新社は、テレビ番組・CM制作、BSCS放送事業、映画製作などの放送関連会社である。総務省が旗を振る4K放送への参入による衛星の運営会社に払う衛星料金の低減、衛星放送への新規参入の拡大のなかで利用者が多いBS右旋のスロット(電波周波数の帯域幅)への進出などで、衛星放送の許認可権を持つ総務省に有利な便宜を図ってもらいたい狙いがあり、また、BS4K放送「ザ・シネマ4K」の認定では、申請時(201610月)で放送法施行規則の外資比率20%を超えていたが、それを見逃して認定してもらいたい明白な動機があったことなどが明らかにされている。

 この接待の積極的な役割を担っていたのが、菅首相の長男正剛氏である。菅首相は、贈賄の役割を担った長男を、自分と切り離したいのであるが、長男の東北新社での役割は深く菅首相とかかわっている。2006年に菅は総務大臣に就任すると、大臣の権限で任命できる大臣秘書官に長男をつけた。菅首相は、「ルールをもとに秘書官にしている」と国会では反論しているが、菅首相の選挙を手伝った経験しかない長男の秘書官就任は、縁故就職そのもので権力の私物化以外のなにものでもない。総務省を辞めた後の東北新社への就職は、お決まりの利害関係のある業者への「天下り」である。東北新社は総務省出身で首相の長男である正剛氏を徹底的に利用し、正剛氏自身は東北新社で会社の役員で部長という有利な待遇を得て、自らの人脈を活用し接待をして会社のために尽くした。総務省の官僚は、東北新社の意図を汲んで、接待を受けたのである。

東北新社中島社長は、正剛氏は「総務省との接待の要因のためにいたのではない」、官僚らは「懇親会」「意見交換」の会食で「相手が利害関係者と思わなかった」、武田大臣は「放送行政自体がゆがめられているとは一切考えていない」、正剛氏の影響は「確認できなかった」、菅首相は長男は「全くの別人格」などと言い、会社、官僚、武田大臣そして菅首相は、接待の事実を隠蔽したのである。

外資違反を巡る問題では、東北新社社長が外資違反を総務省鈴木電波部長に報告したのに、国会の参考人招致で鈴木電波部長は「そういった報告を受けるという趣旨であった記憶はございません」と言い逃れ、そのとき同席した武田大臣は「記憶にない」との答弁をそそのかし、彼らは虚偽答弁の内幕を暴露するものになったのである。

 

菅政権と総務省、NTTが絡む接待事件

 

 NTTグループ幹部からの総務省との接待は、週刊文春が谷脇総務審議官に3回約58万円、山田内閣広報官(当時総務審議官)に1回約30万円と報じ、総務省の調査で、谷脇総務審議官、巻口国際戦略局長が、NTT側から20182020年に少なくとも4回、計15万円超の接待を受け、秋本前情報流通行政局長(当時総合通信機基盤局電気通信事業部長)と鈴木事務次官(当時総務審議官)の2人が、NTTの澤田社長と2018.11.8に会食したことを認めた。

NTT側がこの総務省を接待した理由として考えられるのが、菅首相が政策に掲げる携帯料金引き下げと、NTTが求めるドコモ完全子会社化である。菅首相は、官房長官だった20188月に携帯料金は4割程度下げる余地があるとし、所信表明演説でも携帯料金値下げに言及し、菅政権の看板政策の一つとして、大衆の支持をかすめ取ろうとした。

値下げの推進力のような役割を果たした谷脇氏は、国会でNTT側との会食が応分負担と主張したが実際は5千円1回を払っただけであり、「支払った記憶だった」「5千円と提示されのたで相当だと思った」と言い訳をした。NTT澤田社長は、「値下げは事業者の戦略。私が料金の話を出すことはない」、利害関係が明らかな総務省を高額接待することを「賄賂に当たるとは考えていない」などと言い逃れた。接待の場で話さなくても、別の場で「意見交換」することはいくらでもできるのであり、客観的に賄賂に当たるのである。

また、週刊文春は、201711月~20209月に野田幹事長代行と高市衆議員(当時総務相)、坂井官房副長官と寺田衆議員(当時副大臣)の4人に、延べ6回の接待をNTT澤田社長が行ったことを報じた。野党が求めた彼らの国会への参考人招致を、自民党青木党筆頭理事は、「週刊誌報道だけで国会議員を招致することは、国会の権威を傷つける」といって拒否したが、これまでその週刊誌報道で報じられた接待をすでに総務省と本人らも認め、しかも、野田らは「接待ではない」と言いながら、不足分をNTTに返しているのだから、言い訳に過ぎないことを自ら語っている。「国会の権威を傷つける」というなら、彼らこそが国会を「おしゃべりの場」としているのである。

ドコモ完全子会社化は、菅首相の提唱する料金値下げ密接に絡んでいる。ドコモは携帯大手3社の中でシェアの低下が続き、収益で3割に落ち込んで、反転攻勢が課題であった。NTTは値下げを実現するために、ドコモ完全子会社化によってこれまで株主に配当していた利益を会社に取り込もうとしているのである。そして完全子会社とするには、総額4兆円の株式公開買い付けで、一般投資家株式を買い取る必要があり、NTTはその資金を国や銀行の融資に頼らなくてはならない。NTTの株は3割以上国が保有し、政権と政府に密接な関係があり、値下げおよび完全子会社化を巡って総務省の有利な計らいが必要だったのである。

菅政権は携帯料金の値下げを掲げるが、格安スマホや格安SIMがあり、わざわざ菅政権が携帯値下げにしゃしゃり出ることはない。自由主義政策を標榜する菅政権にとっては、値下げは矛盾する政策である。菅政権は、むしろ規制を撤廃し、競争原理によって、料金値下げを実現する環境を整備すべきなのである。料金値下げの提唱は、大衆受けを狙った政権維持のための姑息な政策で、政策の私物化の何ものでもない。

もっとも、競争で料金を引き下げるといっても、それぞれの携帯電話会社が、「基地局」や「交換機」といった通信設備が必要となり、同じ空間にこれらが林立すればかえって費用が課題になるという非効率が生まれる。通信設備などを資本としてではなく、社会的共有生産財として設けられれば、値下げの本来の意味となる必要に応じた設備となり、携帯電話は効率よく労働者大衆に提供されるであろう。

菅政権は、そして菅政権に腰巾着のようにくっ付いている維新などは、「既得権益の打破」といって大衆の支持を得ようとするが、最大の既得権益は私有財産であり、金や生産財、土地などが資本や金持ちに私有され、既得権益となっていることを黙して語らない。「既得権益の打破」というなら、私有財産こそを全労働者・大衆、すなわち社会の共有物とすることであり、それは労働者・大衆が目指す社会主義社会である。

 

菅政権、官僚、資本家の腐敗は、労働者・大衆の菅政権打倒の闘いで一掃を

 

東北新社問題もNTT問題も官僚、および政治家への接待事件であり、菅政権および菅首相本人が深くかかわっている。資本家、政治家、官僚は一体となって、資本の支配の維持を図り、自分たちの権益を守っている。実務では、資本家に雇われている技術者が実務に精通し、官僚は行政のためにもその知識が必要であるが、資本家もその技術を通して会社に有利なような働きかけをすることになる。資本家の利益を貫く政策を政治家が担うことになる。また、技術の基礎となる科学的知見を有する学校などの研究者が、この構造に絡んで、支配階級のヒエラルキーが形成される。こういう構造では、実際的にも互いの知識・技術・科学的知見を「意見交換」する必要も生まれるが、彼らがお互いに便宜を図りあい、そこに金に絡む贈収賄などの犯罪が必然化し腐敗が生まれる。そして、資本が技術革新で利益をあげることが困難になっている資本の行き詰まりは、利益を追求するために官僚、政治家と資本との結びつきが生まれる、腐敗腐朽の根源である。

今日の東北新社問題およびNTT問題を巡って明らかにされた、官僚の目に余る腐敗・堕落を見るにつけても、官僚が身分の安定と高収入(高額接待を受けた谷脇元審議官の退職金は5千万円という)という特権に甘んじることができる資本主義社会を告発せざるを得ない。我々はここでも、「古い官僚装置を粉砕しこれを同じ労働者と勤務員からなる新しい装置でおきかえる」コミューン原則の必要性を痛感する。「彼らの官僚への転化を防ぐために、選挙制だけでなく随時の解任性、労働者の賃金を超えない俸給、すべての人が統制と監督の職務を遂行し、すべての人がある期間「官僚」になり、したがってまた、だれも「官僚」になれない状態へただちに移行すること」(『国家と革命』レーニン)である。これは、すでに労働者が権力を掌握した社会主義社会でのことであるが、我々はこのような社会をめざさざるを得ない。

国会でののらりくらりとした嘘偽りで野党の追及をかわしている菅首相、武田大臣、官僚、NTTや東北新社の社長のやり取りを見ていても、国会が「おしゃべりの場所」になっていると言わざるを得ない。しかし議会は、「支配階級の主要な支配形態」となっており、また諸階級の「主要な闘争舞台」でもある。「ブルジョア議会の議員となってはじめて一定の歴史的条件にもとづいて、ブルジョア社会と議会制度とに対してたたかうことができる」。われわれは、「労働者党が、このブルジョア民主主義体制のなかで選挙闘争に参加する必要性」(『労働者派・社会主義派の代表を国会へ』)を認める。われわれはこのような展望をもって、現在の政治課題として、腐敗堕落を深める菅政権打倒の闘いを強めていかなければならないのである。
(大阪・佐々木)

 

不死鳥の如く ―― 林絋義先生の死を悼む

不死鳥の如く

―― 林絋義先生の死を悼む

 

 

 林絋義労働者党代表が今月10日、逝去された。享年82歳。党後援会員として心からの哀悼哀惜の誠を捧げます。

 

 党ホームページとブログが功績を讃える追悼文・経歴を掲載している。

 

 東西世界のマルクス主義理論史の頂点に輝く不世出絶後の天才理論家であり、東大在籍時代から生涯にわたり、日本における科学的共産主義運動・プロレタリア議会主義運動・革命的労働者政党建設運動の最前衛を開拓領導した、唯一無二の革命的英雄であった。(代表は「先生」や「理論家」等々と賛辞で呼ばれることを心から嫌悪しているが、ここでは敢えて無視します。) 

 

 林代表の最期の闘いの舞台の一つとなった2019年の参院選闘争に、代表の立候補を支援する一後援会員として参加できたことは、かえすがえすも光栄だった。代表は参院選準備中の2017年に脳梗塞に倒れたが不死鳥の如く復帰し、2019年夏の参院選闘争の先頭に立ち精力的な活動を担われた。

 

 昭和13年生まれの代表はわが母と同年である。母もまた夏までは元気でいてくれたお陰で、介護の合間に後援会員として選挙活動に参加し、微力ながら宣伝活動の一端を担わせて頂くことができたのである。母を一人家に残しての活動参加は少し心配なところもあったが(任務の合間に携帯で安否確認をしたものだ)、私にとり、久し振りの選挙闘争参加の機会が与えられたことは貴重な、何よりも心から楽しい体験であった。

 

 その後代表は参院選後の2020年4月に再び脳内出血で倒れた。これは奇しくも母の入院とピッタリ重なった。そして母より半年間ほど代表は延命され、母と同じようにコロナ禍による厳しい面会制限の中で亡くなられた。

 

 顧みるに、林代表の復帰のお陰でその最期の闘いの末端に参加する機会を頂いた。そして母もまた参院選までは元気でいてくれて、私にこの貴重な機会を心行くまで享受する自由を与えてくれたのである。最後まで息子に我が儘な好き勝手をさせてくれた母であった。そして代表の最期の闘争が、私のような末端の人間を闘争に召喚したのである。

 

 これらは偶然ではない、何か深い必然が感じられてならない。同じ60年安保世代の林さんも母もギリギリまで余力をふり絞り、そしてわれわれ不肖な息子世代の者に、様々な機会を与えることを最後まで惜しまず、天寿天命を全うしたと思えてならない。

 

 参院選を総括した第五回党大会の報告のタイトルは「労働者党は不死鳥の如し」であった。

 

 🔹労働者党は不死鳥の如し労働者党第5回大会報告――勝利目指しリベンジを決議

 📰労働者党ブログ 

 http://blog.livedoor.jp/marxdoushikai2016/archives/38888678.html

 

 (2019)10月初旬、14名の全国の支部から選出された代議員を結集して開催された労働者党第5回大会は、13名の賛成、保留1という圧倒的な多数をもって、今後も労働者党の原則的な政治闘争を貫徹し、党を再建、強化、拡大して国政選挙闘争に再び参加し、22年の参院選までに、我々の、そして労働者の大きな希望であり、未来でもある国会議員(団)を勝ち取るという方針を決定した」

 「我々は不死鳥のように蘇る」

 「我々の(2019)参院選は形としては完敗であったが、政治闘争の内容としては安倍政権を圧倒して勝ったのであり、そのことに誇りをもって確認する。そして我々の闘いはマルクス主義を思想的、実践的根拠とも基礎ともする、誇り高き労働者の党として、半デマ・ポビュリズム諸党と区別される、事実と真実を実践的な導きの糸として、正々堂々と闘う〝正規戦〟を安倍政権に挑むのであって、安倍政権と同様な、半デマ・ポピュリズム政治に迎合し、追随し、現(うつつ)を抜かすしか能のない、破廉恥な野党共闘派のゴミくず政党らと自らを“区別する”のである」

 

 大会は参院選闘争の敗北の総括に踏まえて「我々は不死鳥のように蘇る」と決意しているが、病いから復帰し、党の先頭に立って最後まで可能性を汲み尽くした老闘士の最期の闘いこそ、まさに「不死鳥」の姿そのものであったと思う。(古代エジプトやメソポタミア起源の不死鳥伝説はアジア地域には鳳凰伝説となって伝播している。鳳凰は不老不死の象徴だが、不死鳥には800年だかの寿命があり終焉がある。香木(ムスク)を集めて自分の身を焚き、自らを弔う。だから火焰鳥の別名がある。終焉からの復活・再生の象徴である。古代の再生思想はキリスト教の復活論に進展した。) 

 

 また一つ、太陽が沈んでしまった。残された者としては、出口のない時代閉塞の中に取り残されたような寂しさがある。闇の先の漆黒はさらに深まった。漆黒が深すぎて荘厳で神聖なほどである。善人どもの美辞麗句に従って空元気を言う気力もない。腐り果てた世界資本主義の断末魔は、場合によっては人類史そのものの断末魔かもしれない(環境問題一つでも明らかだが)。マルクス主義はユートピア思想でも宗教的終末思想でもないから、どんでん返しの一切ない完全な破滅も恐れず予言する。どんな楽観も空元気も許さない破滅と破綻は、確実にあり得ると警告している。宿命は覚悟して直視するほかない。

 

 しかしながら、紫雲の彼方の世界にあって、林先生は我々の心に不死鳥の如く復活蘇生し続け、残された我々と共に歩んで行かれると信じている。

(神奈川・19参院選後援会員・鴉)

林さんの死を悼む

林さんの死を悼む

 

私が労働者党の母胎である全国社研社と出会ったのは、70年前後の沖縄返還闘争の頃でした。偶然、政治集会のビラを受け取り、南部労政会館(大田区)の集会に参加しました。集会の熱気は圧倒的で、強い感動を受けました。

 

集会は、新左翼の沖縄「奪還」闘争の急進的な民族主義を徹底的に批判し、返還による沖縄の労働者と本土労働者との連帯を高く評価するもので、労働者の階級闘争の意義で私の目を覚まさせてくれました。

 

それ以後「火花」を購読し、マルクス主義理解の不十分さを自覚して、懸命にマルクス主義を勉強しました。74年の最初の国政選挙の支援をきっかけにマル労同に入党しました。

 

林さんとは、党大会やセミナーなどでお会いすることはあっても、直接のお付き合いはありませんでしたが、かって三浦半島を二人で“ドライブ”したことがありました。

 

当時、林さんは、父君の伝記を機関誌に連載していて、父君が教官として過ごした横須賀を取材したい、と頼まれたのです。父君が私の父親と一歳違いのこともあって、話が弾みました。林さんも、日ごろの忙しい党活動から解放されて”ドライブ“を楽しんだようです。野島の展望台や横須賀の”みかさ艦“で写真を撮ったりしました。

 

林さんからは、いろいろ厳しい批判を受けたこともありますが、それも労働者の解放の闘いの熱意から来るものであり、しこりは残りませんでした。

 

林さんは、若い頃小説家を志したこともあったと言っていただけあって、文章家だったと思います。その論旨は明快で明るかった。

 

それは何よりもマルクス主義への深い理解と労働者の未来に対する楽観的な確信から来たと思います。林さんの残した多くの著作と論文を学びなおし、地下の林さんと共に、労働の解放に向けて闘っていきたい。

 

(神奈川、k)

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