労働者党の第2回大会の決議第Ⅰ部を紹介します。 (1)

労働の解放をめざす労働者党 第2回大会決議

017年12月2日

第Ⅰ部 17総選挙闘争と我々の政治的闘いについて

 



我々は突然の10月総選挙にもかかわらず、4月大会で決定された基本的な方針に沿って、神奈川11区において、党の総力を挙げて断固として闘い抜くことができた。 この意義はいくら強調してもしすぎることはない(党内、特に中央における緊張感の欠如、つまり「のんびり路線」のために、1週間ほどの実際的な立ち後れはあったとしても )


我々の闘いのまさに〝世界史的な〟意義は、旧議案の1項目(※)で述べられているが、こうした意味での闘いはいま始まったばかりであり、ステップ、ジャンプの闘いとして受け継がれていくばかりではない、さらにその後の、政治的、 組織的に団結し自覚した労働者の闘いとして展開され、深められて何十人、何百人の労働者派、社会主義派議員を生み出していくまでとどまることのない闘いであり、その第一歩である。

 


※総選挙前に予定されていた第2回大会の旧議案第1項

開始される我々の闘いの意義を確認する。


考えてみれば、我々が国会に進出することは、日本の労働者、勤労者の階級闘争、政治闘争にとって、その長い歴史において、決定的で、画期的な意味を持つものである。 明治の社会主義運動にとっては、国会に進出すると言うことはほとんど考えられず、したがってまた実践的に取り上げられ、試みられることはなかった。 大正デモクラシーの時代、1917年のロシア革命の影響もあって、日本にも労働者階級の解放と〝社会主義、共産主義〟を標榜する政党も誕生したが、すぐにスターリン主義に汚染され、 実質的な〝共産主義的〟闘いと実践を貫いて議会闘争にまで進出することはできなかったし、またやろうとする一貫した意思も戦略も持たなかった。


1945年の敗戦とアメリカによって〝持ち込まれた〟お仕着せの民主主義体制の下、社会党とか共産党などが議会闘争に参加したが、彼らはすでに最初から労働者、勤労者の立場と未来のために闘う政党ではなく、 議会に進出しても本当の実際的な意義を持ち、 実践的な役割を果たすことはできず、結局頽廃して消えてなくなるか、ブルジョア的な頽廃と堕落を深めてきただけであった。


我々の議会進出は、その意味で、日本の労働者、勤労者の闘いにとって決定的な意味と重要性を持つものであって、その意義は歴史的であるとともに、国際的でもある。 我々はホップ、ステップ、ジャンプの闘いを通して、歴史によって課された自らの決定的な任務と役割を断固として担い、果たして行かなくてはならない。