吉村ふみお・比例区候補の奮戦記――訪ねて、話し込み、意気投合して NO.3

① 小学校(大阪市)の同窓会で、世話役の了解を得て来る7月参院選に立候補する旨、10分程演説。持参の弁士旗もその間掲げさせてもらう(級友が手伝ってくれた)。

「みんなに初めて明かすが、大学時代から政治活動をしてきた、30歳代に2回市議選を闘った、落選したが供託金は取り返している。1回目の補欠選挙では3,700を越す人が『吉村ふみお』と書いてくれた。現在10人に4人が非正規の労働者だ、半年や一年ごとの契約更新で低賃金、退職金もない、我々が社会に出た45年前こんな事態を想像できたか、自民党の政治のままでは、我々の子や孫に未来はない、私は比例区だが、参院大阪地方区では佐々木という者が立候補する、今から配布するパンフを是非読んでほしい」。

 演説後、各テーブルを回り吉村パンフと佐々木パンフを「ドッキリと違うで、ホンマやで、何かのパフォーマンスとちゃうで」(大阪人ばかりなので念をいれないと受け狙いの冗談ととられる可能性大につき)と言いつつ、一人一人に手渡した。後日、欠席した級友から「○○ちゃんに聞いたけど、ホンマなん?」とメールが来たので「本当です。労働者党のホームページを見て」と返事した。


2/25大阪京橋で大阪の組織と共同街宣参加。

③ 市職労元委員長宅訪問。故人になられているが夫人と話す。

この方の娘は元同僚で現在は結婚退職していたが、夫人は私のことをよく覚えておられ、「吉村さんのおかげで娘は残業時間が随分減って助けられた、お世話になった、感謝しています」と言われる。昼休みも満足にとれない、夜10時過ぎまで連日の残業を強いられる等の相談を受けて労組で交渉したことがあったのを思い出す。

また、この夫人の義理の娘も私の元職場の職員でもあり、労組員でもあったが、管理職昇任にあたり経営側から労組脱退の意向が示された時、「父(市職労元委員長)の遺言で『労組はやめたらいかん』といわれたので労組脱退はしません」と毅然とした対応をしたこと、亡くなられたご主人のおかげで我々の労組も助けられたことを夫人に話した(夫人は初めて聞いた由)。

④ かつて育鵬社版中学歴教科書採択がなされた際に、市内の学習会に夫婦で参加されていた方の自宅訪問。不在につき吉村パンフと訪問時刻、再度訪問する旨記載の封筒、名刺を郵便受けに投函。

⑤ 知り合いの開業医診療所訪問。診察時間帯だったが、「元○○診療所にいた吉村です、少しだけ先生と話したい」と受付で告げるとすぐ診察室に呼ばれた。

 30年前の市議選の際も訪問している。先生も覚えており、渡した吉村パンフを見て「前は労働者党の前に何かついていたが・・」と言われるので「市議選の時は社会主義労働者党でした、特に旧社会党や共産党が理想の国と宣伝してきたこともあり、社会主義はどうしてもロシア、中国のイメージがあります、これらの国は本来の社会主義でないと我々は一貫して言ってきていますが党名にこれがあると中身を検討する前に拒否されがちということを考えました。我々は国政選挙にも何度か参加しましたが、供託金が不当に高くしばらく国政選挙には参加できませんでしたが、今回頑張って挑戦することになりました」等話す。

 「頑張って」と励まされる。

⑥ かつて4時間労働制を掲げて闘った参院選後、「夢のような話だ。一度党首に聞いてみたい」と労組書記長から依頼をうけた私が当時の林委員長(現議長)に要請し、その港湾関係の労組研修会で講演してもらったことがあった。

 彼らの仕事は外国航路の貨物船に乗り込み積荷の確認(どの船倉に何がどれだけあるか)をして船内で図面や書類を作成して承認するというものであり、一旦乗り込めば仕上げるまで下船できず、不規則かつ長時間労働を強いられる職場であった。彼ら作成の書類は出発時点での積荷の確認を証明するもので、長い航海を経た外国港で荷崩れがあった際の損害保険支払いの証拠となるため、彼らの仕事なしでは出航できないことになっていた。


 船には一人か二人が乗り込むので、港で彼ら全員がストライキをすれば労組員数は港湾荷役の労組員数より圧倒的に少なくても港全体の外国便がストップすることになる。実際、当時の春闘では彼らのストライキで新居浜港がたびたびストップし、荷主の住友各社を困らせていた。なお、労組上部団体は共産系であり、難色を示す上部の意向に反してストライキ闘争を行ってきたとは当時の労組書記長から直接聞いた話である。


 今回その労組で長く執行委員をされていた方の自宅を訪問したが、生憎不在で夫人に吉村パンフを託した。あと何人か元執行委員宅も回る予定。

⑦ 市内の銭湯で、知り合いに吉村パンフをお渡ししていた、この方にまたサウナで同席。

 「吉村さん、この前もらったパンフを教員をしている娘に見せたところ、いいこと書いてある。応援したい、とにかく安倍はひどい、と言っている、もう何枚かくれ」と嬉しい反応あり。さっそく脱衣場で5部お渡しする。こんなこともあろうかと10部ほどは用意していた。また、脱衣場でこの方の知り合いがおられ、パンフを渡して「候補者はこの人」と紹介される。

⑧ 職場労組の会計担当執行委員の職場に、共済掛金を持参(退職しているので給与天引きできない故)。相手は休みだったが、同職場の非労組員から「選挙頑張ってください」と励まされる。吉村パンフは労組員しか配布されていないが、職場ですこしは話題になっていると思われ嬉しくなった。

⑨ カンパしてくれた高校時代の友人と、①の同窓会後待ち合わせて話す。在日2世の彼に連れられていった同胞経営の居酒屋では、韓国民主化運動で獄中10年の経験者二人を含む韓国若手弁護士達が在日の運動団体の斡旋で研修のため来日し、その歓迎コンパが開かれていた(友人の通訳でそういう集まりとのこと)。

 総勢
15名ほど。友人に「海つばめ」を渡したところ「憲法草案の『女性天皇を認める』、は天皇制廃止の立場からは論理矛盾だ、他の政党からそこを突っ込まれたらヤバイよ」と言われ、「大上段に廃止を言うのではなく、現行憲法の非民主主義的な面を取り上げて闘うということで、安倍の改憲策動に対して憲法守れの共産や社民、立憲民主とは違って、天皇制タブーを打ち破り議論のきっかけをつくる作戦である」と反論。

 在日の受入れ団体の責任者(在日2世)は友人の知り合いでもあり、この責任者に吉村パンフの4で朝鮮の植民地支配の事実をなかったかのように言う歴史修正主義の安倍を批判している部分を示し、こういう主張をしている日本の政党であると説明し、私の名刺も手渡すことができた。

 相手は選挙権がないので票はあげれないけど、読んでおくと答えてくれた。文政権のもとで韓国国民の政治運動の活発化を身近に感ぜられたとともに、日韓の労働者階級同士の連帯にまで発展させるまで、まずは日本の労働者の闘いの活発化を勝ち取らねばならない。