労働の解放をめざす労働者党ブログ

2017年4月結成された『労働の解放をめざす労働者党』のブログです。

国際政治

課題はすべて先送り――トランプと金正恩の首脳会談――

トランプと金正恩の〝世紀の〟歴史的会談は、大した具体的な成果もなく、たった1日で終了した。2人は声を合わせて、そのすばらしい意義について語るが、もちろん、世界の労働者・働く者にとっては、2人の専制的な支配者が、それぞれの利益と野望のために顔を合わせ、取り引きをし、満足したという以上の意味を持ちえない。こうした会談から、世界の、アメリカの、南北朝鮮の労働者・働く者が何らかの有益なものを勝ち取ることができるとしても、それはまた別の話であって、自らの努力と闘いという契機を欠いて、それ自体によって可能になるものではない。

 

金正恩の〝懺悔〟は本物か

 

会談の二つの課題、トランプ側が持ち出した、北朝鮮の核兵器の「完全で、検証可能で、不可逆的な核廃棄」と、金正恩が持ち出した「体制保証」という課題についていえば、いずれも言葉としては合意されたかだが、具体的で、疑いもなく実行され得るという実際的で、確かな保証は事実上何もないし、確認されてもいない。

朝鮮戦争の終結という課題──容易に合意され得て、実現すれば、両者にとってはもちろん、南北朝鮮国民と、世界にとってさえ積極的な意義を持ちえる課題──さえ実現できなかったとするなら、一体何のための鳴り物入りの会談だったのか。


 北の核廃絶については、トランプは金正恩が誠心誠意約束したし、その約束は信用できるといい、金正恩も、それを裏打ちするが、しかしそれを現実に可能にするのはかなりの長い時間がかかるし、それはやむを得ないと、トランプは、会談後はいうが、もちろんそれは会談前に言っていたことと180度ほども違っている。


 北が5年のち、10年のちやはり核兵器保有国であり、しかもインドやパキスタン、あるいはイスラエルのように、世界中の国家から、核保有国として公然と、あるいは暗黙に承認される国家となっている可能性もまた否定できない。


 そしてそんな場合、北朝鮮が〝欧米型の〟民主主義国家ではなく、依然として金正恩のもと、現実と大差のない、金王朝の専制国家として存在しているということさえあり得るだろう。


 金正恩は会談の冒頭で、硬い表情でトランプに向かい、「我々には足を引っ張る過去があり、誤った偏見と慣行が時に目と耳をふさいできたが、あらゆることを乗り越えて、この場にたどり着いた」と、取りようによっては重大な意味を持つ、懺悔ともとれる発言をしたが、こうした発言が具体的に何を意味しているのか、祖父の金日成以来、70年ほどの金王朝の体制とその歴史自体のことなのか、その国民を奴隷化してきた専制体制と、朝鮮戦争を含む、多くの歴史への大罪についてのことなのか──あるいは30年にもなんなんとしたスターリン体制を告発し、否定した1953年のフルシチョフの演説にも匹敵するような意味を持つ反省の弁なのか──は、まだ何ともいえない。


 今のところは、金正恩の懺悔は抽象的なものであって、フルシチョフ演説ほどの全般的で、具体的で、否定的なものではなく、また金王朝の中心にあり、またその体制を代表してきた金正恩が、自らフルシチョフほどの徹底した批判をなし得るとも思われない。


 金正恩は今後の北朝鮮国家の課題は、核兵器による強国ではなく、経済の発展を、したがってまた国民の経済生活の向上や豊かさであるかに語るが、しかし金正恩が一方で、これまで演じてきた毛沢東の役割──これには、専制国家の維持と強大化も含まれた──と決別して、今度は鄧小平の役割を、1人で巧みにやり得るという保証は何もない。

 

トランプに北朝鮮の核廃棄を謳う資格はない

 

 トランプは一方で北朝鮮の核廃棄を強調し、他方で、イランとの核合意は、イランの核保有を制約するのではなく、むしろそれを助長するものだと断じ、単独でもイランとの核合意を破棄し、力の政策、制裁強化の政策に戻ると主張している。イランは反発し、制裁などあれば、公然と核開発を行うと反発を強め、中東における核兵器による新しい軍拡競争の恐怖が高まっている。イスラエルはこれを歓迎し、イラクの核施設の破壊を口にするが、アメリカはなぜ中東の核兵器競争の大本である、イスラエルの核兵器に対して沈黙を守るのか、それを擁護するのか、できるのか。


 自ら歯まで核兵器で武装しながら、そしてロシアや中国などと核兵器の増大強化の競争にさえふけりながら、自分の覇権に異議を唱え、抵抗する小国にだけ、核廃棄を強要する国家は醜悪な国家、横暴で、野蛮な帝国主義の国家ではないのか。


 そしてそんな大国の核政策に追随するだけの、安倍政権の日本もまた同様に、卑しいキツネ――トラの威を借りて、空威張りするキツネ――同然の国家ではないのか。


 周知のように、トランプは今年の初め、ロシアや中国の、核兵器〝近代化〟の策動を口実に、アメリカも負けてはいられないと、新しい、より効率的で、機能的な核兵器の採用を謳い、核兵器による軍事力強化の競争に乗り出すと宣言した。


 アメリカは一貫して、核廃棄の国連の決議に反対を表明し、抵抗してきたが、そんな国家が、北朝鮮に核廃棄を、強大な力を背景に押し付け、そんな資格や権利まであると考えるのである。

 

金正恩の「体制保証」

 

首脳会談では、金正恩はトランプに自らの「体制の保証」を求め、トランプはそれを保証したということになったが、金正恩の願望はナンセンスだし、トランプは一体何を金正恩に「保証」したのか、できたのか。まさか米韓の軍事演習の中止が、金正恩の「体制保証」ではあるまい。

 
 金正恩の「体制保証」とは、一体何であろうか。核兵器こそが「体制保証」を確実にするというのが、これまでの金正恩の戦略であり、考えではなかったのか。もしアメリカとの「対話」で「体制保証」が可能だというなら、最初からそうすればよかったのであって、それが不都合であるとか、可能性がないというのであれば、核武装に走る前に、それを可能とする方法や戦略について反省し、熟考すべきではなかったのか。トランプのような悪党、アメリカ第一主義で、国家利益しか考えないトランプにすがって、核兵器がなくても「体制保証」が可能と考えることは果たして正しく、まともなことなのか。


 北朝鮮を〝民主化〟するというなら、もっと早くやればよかったし、経済自由化が「体制保証」を可能にすると考えるなら、さっさとやればよかっただけである。

 
 核兵器で「体制保証」できないから、核兵器無しで「体制保証」を求めるということは、トランプの強大な軍事力に全面的に従属し、屈従することであり、アメリカに頭を下げ、その従属国家になることによって、自らの「体制保証」を手にしようということでしかない。つまり奴隷の「体制保証」であり、安倍の立場と似たようなものである。

 
 それに、いくらトランプが金正恩の専制体制の「保証」をしても何の意味もない、というのは、北朝鮮の労働者・働く者が決起し、金王朝を一掃してしまうなら、あるいはそこまで行かなくても、労働者・働く者の強烈な不満や怒りの圧力を受けて、金王朝が内的に分裂したり、自ら崩壊して行くなら、誰がその「体制保証」をしようとしても無意味であるのは、例えば1990年代、ソ連共産党と、その帝国主義体制も崩壊して行ったとき、東欧や中央アジアの多くの国家の〝スターリン主義体制〟が持ちこたえられなかった事実からも明らかであろう。

 

金王朝の行方

 

そもそも金正恩が核廃棄と結びつけてかどうかは知らないが、今さらのように“経済改革”や、ひょっとして何らかの〝政治改革〟をやろうとすること自体、僭越であり、途方もないことでないのか、一体金正恩にそんなことを実行に移す、どんな資格があるというのか、能力や可能性があるというのか。


 彼は専制体制の中心にして、絶対的権力を握ってきた万能の〝君主〟であり、反体制の労働者・働く者はもちろん、反体制のもしくは反体制に見えただけの、多くの人々さえ逮捕し、拘束し、牢屋にぶち込み、抑圧してきた人物、自分の叔父であれ、兄弟であれ、殺害さえ辞さなかった人物──もちろん肉親殺しは、野蛮な君主制の本性であって、全世界の王政や君主制の歴史は、日本の天皇制も含めて、そんな多くの実例で満ち満ちている──であって、そんな人間が今、どんな政治改革や〝民主制〟について語れるというのか(金正恩が今、そんな〝改革〟を口にしているということではないが、もし今後も語らない、語れないというなら、彼の新しい立場はますます矛盾したものとなり、金王朝を内部から分解、解体する要因の一つに転化していくだろう)

 
 そして南北朝鮮の融和や接近や経済的関係や結びつきの深化発展は、分裂した国民の再統一と統一国家建設に至るまで留まることはないだろうが、しかし北朝鮮が王政──にわか作りの、たまたま形成された、お粗末な王政であれ、三代も続くなら、すでに概念として天皇制と同様、立派に王政である──のままでは、朝鮮民族の単一の国民的形成は不可能であろう、というのは、かつての東西ドイツの国民的再統合を見ても明らかなように、それがただ民主化されたドイツとしてのみ可能だったのは、決して偶然ではないからである。

 
 とするなら、金王朝の一掃は、統一国家形成を希求する朝鮮の労働者、勤労者の不可避的な要求となるのであり、朝鮮が再び国民的統合を成し遂げるための不可欠の契機、前提である。朝鮮の国民的統合は、金正恩の手によって成し遂げられるのではなく、ただ彼がいなくなることによってこそ可能になる。

 
 この面からしても、金王朝の「体制保証」は、第二次世界大戦敗北後の、英米諸国に対する、日本の天皇制の「体制保証」の要求にも負けず劣らず、破廉恥であり、ナンセンスであり、反動的であろう。あの時、日本が「体制(国体=天皇制)の保証」を求めて、終戦を1週間も2週間も引き延ばしたため、日本の若者や国民が何十万もあたら無為に、余計に死ななくてはならなかったのだが、金王朝の延命のためにも、朝鮮の労働者・働く者の多くの命が無駄に失われるかも知れないのである。

 
 南北に分断され、分裂した朝鮮の国民的再統合は、東アジアにおける、一つの進歩的な要因であり、歴史的過程である、というのは、それは朝鮮の労働者、勤労者が一つのより強大で、団結した勢力として登場するということだからであり、少なくとも日中韓の労働者・働く者の接近と連帯と共同の闘いを促進し、発展・深化させ、強化する一つの契機となるからである。

 

みっともない安倍の周章狼狽

 

 北朝鮮に対する「危険」や「恐怖」をあおり立て、それを政権の浮揚と維持のために利用しようと大騒ぎし、「最大限の圧力」や武力攻撃も辞さずと叫んできた安倍政権は、トランプのまさかの「対話方針」、融和方針への転換に驚愕し、茫然自失したが、しかしやむを得ず、トランプに追随し、雷同することによって体面を保ち、らち問題で得点を上げることで、何とか国民の支持を取りもどすべく、乾坤一擲の?策動に走るしかなくなっている。


 しかしトランプは安倍のためにことさら金正恩に金正恩に圧力をかけたり、何か特別の働きかけをする必要は感じず、らち問題は当事者同士で、金正恩と安倍の話し合いで解決すべきといったそっけない態度をとり続けた。


 アベノミクスの化けの皮もすでに大方はがれ、権力の腐敗と政治的頽廃は行くところまで行きつき、すでに国家主義──日本ファースト──と外交・防衛政策でのみ自己の存在意義を誇示し、延命を策するしかなくなっている安倍は、今やその最後のよりどころさえ失いかねない危機的段階を迎えようとしている。らち問題の「解決」で浮揚しなければ、できないなら、11月の自民党総裁選で勝つ目もなくし、権力を失うのである。勝負時を迎える安倍に、幸運が微笑むかどうかはまだ見えていない。


核廃棄や戦争状態の終了などどうでもいいこと――日韓の、そして世界の労働者が米朝首脳に期待するものは何もない

 二日後に〝歴史的な〟米朝会談(トランプ・金正恩のトップ会談)がシンガポールで開催されようとしている。トランプも金正恩もともに、その〝成功〟を心から願っているのだから、まさか大逆転の喧嘩別れは無いだろうし、2人はそれぞれの〝成果〟を誇り、大安売りするだろう。


 しかし一体どんな〝成果〟か。

 トランプや安倍は北朝鮮の核廃棄を要求し、大声で叫んできた。断固たる制裁を謳い、全世界を巻き込んで実行に移してきた。安倍もトランプも、品性のかけらもなく「不可逆的な」核廃棄だとか、「最大限の制裁」だとか、大げさな言葉をわめき散らしてきた。


 文在寅は盛んに「金正恩の核廃棄の意思は本物だ」と請け合うが、しかし金正恩が一筋縄でいかない人間であるのは周知の通りで、トランプに対しても、核廃棄の確かで、強固な意思を伝えているかは確認されていない。

他方、トランプも金正恩の核廃棄の意思がはっきりしないのなら、あるいはそれが短期間の間に行われるということでなければ「席を立って」帰るとほのめかしていたが、ここまで来たら、2人とも簡単に「席を立って」帰るといったことはできそうにもないし、やるつもりもなさそうだ。

トランプがどこまで妥協するつもりかはっきりしないが、1、2年で核廃棄を実行させると言っていたことをひっこめ、「段階的な」やり方を認めるかの発言をし、「時間をかけても構わない」とも明言し始めている。トランプの首脳会談に託す目的は、北朝鮮半島における、今なお継続している戦争状態――南北朝鮮の、中国やアメリカまで巻き込んできた――を止めさせるといった歴史的な〝偉業〟を成し遂げ、「歴史に残る大統領」、平和の使徒としての名を残すこと、11月の中間選挙で勝ち、大統領の再選につなげること、つまり個人的なことであって、北朝鮮や朝鮮全体の労働者、勤労者のことでも、まして日本のらち問題でもなく、〝友人〟である安倍の立場に配慮することでさえない(何しろ、アメリカ第一主義に凝り固まったトランプのことだから)


 他方、金正恩がさらに駆け引きをして、結局は核保有国の仲間入れを果たそうと野望を膨らませているのか、本気で核廃棄をするつもりか、あるいは朝鮮の国民的統一に情熱を燃やしているのかも不明である
(しかし祖父の金日成に倣って、再度〝朝鮮戦争〟を挑発し、武力侵攻などの暴力的な手段によって国民的な統一を成し遂げようというのでなければ、金正恩には自らの専制主義に終止符を打つこと以外、どんな手段も無いことを自覚しているようにも見えない)が、しかしいずれにせよ、2人の会議を成功させようという強い意思だけは確かなようである。


 トランプの意思は政権の維持であり、2期目の大統領の地位であり、金正恩は「体制の保証」であり、それが実質的なものとして与えられることである。


 しかし「金体制の保証」はいかにトランプといえども、口から出任せの空文句以外に与えることはできないであろう、というのは、北朝鮮の労働者・働く者はトランプがどんな「保証」を約束しようとも、金の〝前近代的な〟専制体制が続くなら、金体制の動揺に乗じて、今や自分たちの明確な意思と闘いによって金王朝を一掃するだろうし、たちまちしてしまうだろうからである。


 とはいえ、トランプと金正恩の首脳会談が矛盾も闘争もなく、スムーズに進むとも思われない。トランプは北朝鮮の核廃棄を考えるが、同じ核廃棄でも、金正恩は南の核廃棄も同時に求めるだろうが、トランプはそれに簡単に応じられるだろうか。トランプはそんなことは容易だと考えるかも知れないが、トランプの意思や大統領再選というトランプの優先意思とさせて、朝鮮問題から、これを最後に手を引く、当面、自分の権力維持だけが問題だといって交渉に臨んでも、もしアメリカ大資本が、国家や議会がトランプの意思と違うなら、ことはそんなに簡単に進まないだろう。アメリカが国家として、日本や韓国から軍隊を引き上げ、軍事基地も撤収するかどうか、そんなことが簡単に可能かどうかを考えてみれば、それがトランプの考えるほど安易な問題でないことが明らかになる。問題は中国やロシアとの関係という、より大きな問題が、世界的な大国相互の覇権争いが、世界的な帝国主義体制の問題が絡んでくるのであって、単なる北朝鮮だけの、切り離された、孤立した問題ではなくなってくるのである。


 北の核の問題は安倍政権にとって、トランプにとってよりはるかに重要であり、トランプのように容易に妥協し得ないのである、というのは北朝鮮の核は、北朝鮮の方が軍事的に日本よりも強大な国家として現れることであり、到底容認できないからである。北の核はアメリカや中国やロシアにとっても、どうでもいいようなものである、しかし安倍にとってはそうではなく、どうしても許容できないもの、がまんできないものである。


 北の核は安倍政権にとってはまさに目の上のたんこぶ、煮ても焼いても食えない、鬱陶しく、腹立たしいものである。核を有しない北朝鮮なら、安倍がいくらでも鼻先で対応できる、極東の無力な、そして貧しい小国の一つにすぎない。もし核兵器がなければ、通常兵器における、日本の優位は圧倒的であって、北は日本と対等に、あるいはそれ以上にまともに張り合い、軍事強国を誇り、居丈だけに日本を恫喝することもできない。


 他方、核兵器さえあれば、金正恩は日本に対して、憎たらしい、傲慢な安倍に対して、いくらでも優越的に振る舞うことができるのである。


 だからこそ安倍はトランプ以上に北の核について非妥協的であり、その廃棄の立場に固執し、最後まで〝最大限の〟制裁をやれと向きになって叫んできたのである
(他方、トランプは最近「最大限の制裁」などと今はいいたくないと、安倍と手を切るような発言まで口にしていて、安倍を困惑させた)

 

安倍はこれまで、「最大限の制裁」の強硬路線をわめき、そんなものを自らの外交防衛政策の一つの根底として、〝売り〟として珍重し、「国難」だなどとわめき、日本の固有の利益とか立場とか、〝国益〟等々の言葉に簡単に乗せられ、誘惑されるプチブルや遅れた労働者、勤労者や、反動派や国家主義者らの支持を集め、それをひとつのテコとして権力を掌握し、維持してきたが、いまや突然に風向きが変わって、急にそんな安倍政権の伝家の宝刀が役に立たなくなってしまった。


 かくして孤立した安倍にとって問題なのは、転向したトランプの北朝鮮〝宥和策動〟に乗っかって、せめてらち問題解決のとっかかりを見出すことである。名前のすでに分かっている拉致被害者だけでも日本に〝取りもどす〟ことであり、その手柄によってトランプと同様に、秋の自民党総裁選で3選を果たし――せっかく、3選は許されないという党の決まりを、自らの手でひっくり返したのだから――、安倍政権の延命を可能にすることである。


 彼にとっては今や北朝鮮の核廃棄すらどうでもよくなるのであり、北朝鮮がトランプの〝お友達〟だということになれば、安倍にとってそうなっても少しもおかしくないのである。そんな安倍にとっては、北朝鮮の労働者・働く者の、〝前近代的な〟専制王政からの解放――ブルジョア的、〝民主主義的な〟解放や、分断された南北朝鮮の国民的な再統一――さえどうでもよく、ほとんど関心の外である。


 他方労働者の国際主義に立脚する日本の労働者・働く者は、金王政の専制主義のもとで苦悩する北朝鮮の、そして朝鮮半島全体の労働者・働く者の同胞として連帯と共同の立場を表明し、何よりも北朝鮮の労働者・働く者の解放を願い、連帯するのであり、共に地球上のどんな搾取や抑圧の体制も永久に一掃するため共に闘おうと呼びかけるのである。


 他方、安倍は徹底した〝自国ファースト〟の国家エゴイストであり、国家主義に凝り固まる利己主義者に留まるのである。その点では安倍は終始一貫しているのであり、いるからこそ、日本の労働者・働く者にとって百害をもたらす、最悪最低の首相なのである。(林)


『海つばめ』の「 米朝の〝歴史的〟融和」の記事を参照ください。

http://wpll-j.org/japan/petrel/petrel.html#1 米朝の〝歴史的〟融和

統一朝鮮国家の可能性

HPで、「統一朝鮮国家の可能性」というメッセージが掲載されました。そこに2月に発行した『海つばめ』1321号参照という指摘があります。ここに、その記事を掲載します。

 『海つばめ』のバックナンバーは党HPで閲覧できますので、ぜひ「労働の解放をめざす労働者党」サイトをご覧ください。

 

2018年2月25日発行『海つばめ』1321号トップ記事紹介

五輪を舞台に〝世界は踊る〟
安倍は〝南北融和〟をなぜ憎む

 

北朝鮮問題や北朝鮮の核問題と関連して、朝鮮の平昌冬季オリンピックを舞台に、主として南北朝鮮の国家(金正恩天皇と文在寅政権)の主導で派手な〝外交〟戦が行われ、米日の〝外野席〟の大国も絡んで、てんやわんやの政治騒動が繰り広げられている。

一方で平和主義者、自由主義者や市民派、共産党などが、南北朝鮮の融和だ、トランプと金正恩の会談だ、平昌五輪をきっかけに「潮目が変わる」と希望的観測にふければ、他方で、トランプや安倍一派は、潮目は変わっていない、これまで通りの圧力路線でやるべきだ、金正恩が屈服して核放棄に転じるまでは会談とか圧力の後退とかはあり得ない、とわめいている。

なぜ憎悪するのか、しなくてはならないのか 

突如五輪をきっかけに始まった南北朝鮮国家の急接近、融和路線の展開にうろたえ、動揺したトランプや安倍は、金正恩にいい顔をするな、そんなことをしてもいいことは何もない、かつての「対話」路線とか、協調・融和の試みはすべて金王朝の時間稼ぎとなり、結局はその核開発・核武装の戦略を利しただけであって、核放棄の努力を失敗させてきたのだ、今は「あらゆる選択肢──つまり武力攻撃も含めて──でもって圧力を最大限に強めていくべきだ」、金正恩の方から頭を下げて「会談」を──もちろん、核放棄もやむを得ないと決意し、折れて──提起してくるまで、日米韓を中心に一致して圧力をかけ続けなくてはならず、ここで妥協したり、甘い顔をしたり、〝融和路線〟──これさえも問題なのに──ならぬ、〝宥和路線〟──譲歩路線、妥協路線──に転換してはならないと叫んでいる。

安倍らは南北の接近や融和の雰囲気に苦虫をかみ砕いたかに顔をしかめ、文在寅は「微笑み外交」などすべきではない、南北の融和などあり得ないし、あってはならない、金正恩と馴れ合ってもまた裏切られるだけだ、止めるべきだといらだつが、しかし南北の朝鮮国民にとっては、南北の接近と融合、統一は南北の労働者・働く者にとって、一つの〝悲願〟であって、他国がそれについてとやかく言ったり、反対する権利も資格もあるはずがない。

安倍らの南北融合に走る文在寅に対する焦りや反発は、朝鮮半島に統一された、強力な国民国家が再建され、登場することに対する、日本のブルジョアや国家主義者たちの警戒といらだちが見え隠れするのだが、彼らの自国第一主義の態度や言動はただ醜く、卑しいだけである。

東西ドイツの統一に賛成し、祝福したというなら、彼らが南北朝鮮の統一に賛成してもいいし、当然と思えるのだが、自らの利害が絡むと、それに反対するのであり、反対せざるを得ないのである。

ブルジョアたちはすでに第一次世界大戦後、レーニンの声に怯えて、またウイルソンの口を借りて、とりわけ後進国家の〝民族自決権〟を承認したのではなかったのか、とするなら、朝鮮国民の、あるいはクルド民族の〝統一〟になぜ反感や憎しみを持つのか、持たなくてはならないのか。

もちろん金王朝の存続を前提とするなら、南北朝鮮の統一はあり得ないだろうが、しかし南北朝鮮の(労働者・働く者の)接近や融和や融合や、統一さえにも反対する理由を、日本の、そして世界の労働者・働く者は持たないのである。

かつて東ドイツのスターリン主義体制の解体が、統一ドイツを生み出したが、近い将来、金王朝の崩壊が、民主的な統一国家を朝鮮にもたらす可能性もまた大きい。そしてそれが日本と統一朝鮮の労働者・働く者の接近や共同、共通の闘いと団結にとって大きな前進をもたらすこともまた明らかである。

悪党は金や習やプーチンだけでない  

北の核所有は許さないと叫ぶトランプや安倍らは、「核廃絶」もしくは核拡散防止という大義名分を掲げ、至極もっともに見えるが、しかし自ら強大な核兵器を所有しながら──あるいはその「傘」に、虎の威を借る狐よろしく安住しながら──核廃絶をいっても何の説得力も正当性もなく、そんな理屈で金正恩を納得させることができないのは当然である。

そして仮に金正恩のような弱小国に非核を強要することができたとしても、イスラエルや中国やインド等々への「核拡散」を阻止することができなかったことはどうなのか、なぜできなかったのか、しなかったのか。 米露が、英仏が、中国やインドやイスラエルや、日本さえも核兵器で武装していいというなら、北朝鮮がそうして悪い理由は何もない。

米日が北朝鮮に非核(核兵器廃棄)を強要したいなら、自らの非核を実行し、核兵器を一掃してから、また一掃する決意や確かな展望を示してから、そうすべきであるのは、コトの道理というものである。

自ら頭のてっぺんからつま先まで核で武装しながら、しかもトランプもプーチンも習近平もみな、核兵器の〝近代化〟だ、効率化=実践化だ、即戦化=小型化だと、ある意味で一層強大な核兵器保有国の地位を目ざしながら、北朝鮮の核保有を許さないなどと、まさに茶番の中でもとびっきりの茶番にすぎない。

あれこれの弱小国は強大国の横暴や圧迫や、強国による奴隷的支配を免れようと、対抗するに有効な核兵器で自ら武装することを決意するかも知れず、また北朝鮮はそうするのである。それが金王朝を守るためであるからといって否定しても、だからといって、金王朝国家に非核を武力でもって強要していいということには必ずしもならない、というのは、トランプ政権のアメリカもまた、自国を守るためと称して核兵器で武装しているからである、イスラエルなどには核武装を認めてきたからである。

アメリカが後援するイスラエルもまたアラブ諸国に囲まれ、国家滅亡の危機を意識して核兵器で武装するのだが、それを黙認しつつ、北朝鮮はだめだなどというのは一貫しているとはお世辞にもいえない。今さらのように、北朝鮮に核兵器を許さないというなら、中国にも、イスラエルにもインドにもいうべきだったのであり、あるいはむしろまず自らにこそ、そういうべきだったのである。

すでに北朝鮮国家の核兵器保有が既成事実になったとするなら、そんな国家を武力で攻撃するということは核戦争を挑発するに等しく、そしてそんな選択肢があり得ないとするなら、トランプにはすでに核武装した金正恩の国家を受け入れつつも、理性も道理もある民主的国家──それがどんな国家であるかは、ここでは厳密に論じない、というのは、トランプや安倍の国家も〝民主的〟国家だといわれているからである──に改革され、変革されることを期待するしかないのである、そして中国やイスラエルやインド等々にそうしてきたのだから、北朝鮮にもそうして悪い理由はないし、そうしたからといって間違っているということもない。

悪玉、善玉の問題ではない  

トランプや安倍は、政治や外交を論じるに、悪党や悪玉と、正義派や善玉という区別に立って議論し、政治外交を行おうとする(そして共産党も善悪の観念を持ち出して、政治的評価に変え、安倍らと同じ思考様式、つまり一種の観念論から出発する)

つまりアメリカファースト、日本ファーストで考え、政治を行うのが、善玉であり、正義であり、他方北朝鮮も中国も米国や日本の利益を損なうかに見える国家や勢力は存在そのものからして悪玉であり、不正義だというのだが、そんな理屈は第一歩から矛盾し、破綻している、というのは、北朝鮮も習近平の中国も、プーチンのロシアも、否、すべての〝国民国家〟、ブルジョア国家はみな根本的には自国ファーストであり、あるからこそ、そしてその限り、安倍らの概念によれば、善玉である──あるいは他国から見れば、悪玉である──、つまりは形や程度や特性が違いつつも、基本的に〝近代国家〟、国民国家、そしてブルジョア国家だからである。

国家とは抽象的、観念的な概念ではなく、歴史的、具体的な概念として国家であり、また歴史的な生産的、社会的な関係の総括として国家であって、諸々の階級関係、支配関係を除いて、その概念を規定することはできないのである。

安倍はトランプに追随して──あるいはその先兵として──、北朝鮮の時間稼ぎ外交、偽りの微笑み外交に惑わされてはならない、断固たる強硬外交、〝武断〟外交に徹することによってのみ、北朝鮮の核武装を阻止することができるのだ、と主張する。

彼らは思いあがって、北朝鮮の方から妥協させるべきであって、こちらからは間違っても譲歩や妥協をしてはならない、話し合いになど応じてはならない、交渉や話し合いは、「ただ北に核を断念させるためだけにやるべき」、あるいは「2トラック」路線(従来の言い方では、〝二股路線〟ということか)もダメだ、それまではただひたすら、動揺することなく、「制裁」や「圧力」を強めていくべきだなどと居丈高にはやし立てている、つまり正義と善は自分たちにあると盲信するのだが、基本的に、トランプも安倍も金正恩とそれほど違った立場に立っていないこと──実際には、アメリカなどが大国であるだけ、一層〝危険で〟、不当な立場であり得る──に気が付いていない、あるいは気が付かない振りをしているだけである。

金正恩が現在、アメリカと「コトを構えたい」といった意思を持っているとか、現実にそんな意思を実行に移そうと考えているといった証拠は何も無いのであって、また金正恩にその実力がないことも余りに明らかである。

切迫した〝国難〟が迫っているかにいう安倍は悪党であって、そんな発言で国民を扇動したいだけである、というのは、そんな悪しき扇動が安倍政権への国民の求心力や依存心を強めることをよく知っているからである。

労働者・働く者は金正恩だけではなく、トランプにも安倍にも挑発的な発言や脅迫的な言辞、軍国主義的策動や軍拡主義を直ちに止めよと要求し、悪者は金正恩だけでなく、またプーチンや習近平だけでなく、トランプも安倍もまた同様であるとして糺弾する。

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