私のクルマ(コルベット、キャディ、カマロ)

カキ釜飯を彩るアメ車たち!(マサ料理)

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 懐かしい画像を発見した。
 カキ釜飯の向こうにコルベット、その先にキャデラック・コンコース、ダッチオーブン手前にはシルバラードのカタログ。
 2010年12月26日に炊いたカキ釜飯。 
  当時乗ってたアメ車2台。よくこんなステキな写真を撮ったものだ。己のセンスの良さに感心した。
 アメリカのスポーツカー、豪華大型セダン、ピックアップたちを従えるダッチオーブン。
 思い出の風景だ。

 12年8ヵ月愛用したキャディはトランスミッション故障で泣く泣く廃車し、5年5ヵ月を共にしたC6コルベット(愛称ベティ)は事故により一瞬で失い、何度も見ては溜息をついたシルバラードのカタログは買える見込みがないので棄ててしまった。
 鋭意稼働中なのは底厚4.5mmのダッチオーブンだけ。
 使えば使うほど鈍く黒光りする鉄鍋。男らしさがますますアップだ。
 クルマと違って動かないし、黒皮鉄板1枚を加工したシンプル構造ゆえ故障も破壊もない。
 アメリカの有名なダッチオーブン、ロッジ。鋳物のため急激な温度変化や衝撃で割れる虞があるらしい。
 ユニフレームの前はロッジを使用。初めてのダッチオーブンだった。
 重くて分厚くていかにもダッチオーブンの風体。だが鋳物のせいか正確性を欠き、フタがぴったり合わない。
 料理上手な群馬Aに移管した。
 断然ユニフレームが良い。新潟のブランド。
 コシヒカリを美味しく炊くために開発されたといわれる。

 現在の二台体制はGT-Rとコペン。ダッチオーブンもクルマたちもすべて日本製。
 だがなぜかスリーショットを撮る気にならない。
 日本車達はアメリカンと違って陽気じゃないからか?
 部屋が散らかってるせい?
 釜飯をダッチオーブンごと台所から居間まで運ぶのが面倒なのか?
 和モノばかりでは窮屈に感じるのか?

 よし、和風の釜飯でなく洋風のピラフを炊いたら仲良し写真を撮ってみるか。
 “ピラフの日”が俄然楽しみになってきた。(2015.2.26)

LHD or RHD?

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 外車に乗る時、右ハンドルか左ハンドルか?
 オリジナルで乗った方が良い場合が多い。
 左ハンドルのクルマを右ハンドル仕様にしてもブレーキマスターバック?は左用のままだったり、ペダル配置がおかしかったりする。
 特に酷いのはアウディだ。
 試乗したA8、A7、A6、A4は右ハンドル運転席左足スペースが“エコノミークラス症候群”を患いそうなほど狭かった。
 よくこれで販売台数を伸ばせるもんだ、と感心した。
 日本の消費者を馬鹿にしている。
 ちゃんと設計変更して出っ張りを左に移すべきだ。
 それでも「アウディはクールだ!」と買うんだから日本人がお目出度いとも言える。
 TTとA1は問題なかった。

 アメ車は日本で左ハンドルのまま販売することがほとんどだ。 
 だから「アメ車は左ハンドル!」で良いと思っていた。
 カマロ2台、キャデラック2台、コルベット1台とアメ車ワールドを24年間展開した。
 ずっと左ハンドルばかりに乗り「左の方がイイぜ!」などと言うに至った。
 ところが24年ぶりに右ハンドルに乗った。日産GT-Rだ。
 最初は違和感があったが慣れると“右”の方が良い。
 なぜだ?あれほど左に慣れ親しんだのに。

 あっ、日本は“左側通行、右ハンドル”の国だったのだ。
 5335×1940×1470のでかい左ハンドルのキャデラック・コンコースを悠然と乗り回している時、ドライバーが右に居るベンツSクラスを見ると「運転のヘタなヤツがいる!」と嗤っていた。
 そうではなかった。日本では右ハンドルに乗るのが正当なのだ。
 右ハンドルのGT-Rに乗ってよ~くわかった。
 輸入車はすべて右ハンドルに規制すべきだ。アウディはきちんと改良しなければならない。
 今後万が一、ロールスロイス・レイスやマクラーレンMP4-12Cを買うことがあれば、迷わず“右”だ。
 それが日本で生活する真っ当なヒトなのだ。
 君子豹変す。(2012.4 以降~)

キャデラックへの憧憬

 以前はフリートウッド・ブロアムやコンコース等、大型キャデラックは2車種あった。
 FRのブロアムとFFのコンコース。豪華だった。
 コンコースに12年8ヵ月乗った。
 先頃、コンコースのあとのドゥヴィルの後継車DTSの生産が終了し、中型車STSと統合してXTSが誕生した。FFとAWDだ。
 全長5131mmはDTSとSTSの中間サイズ。全幅は1852mmと狭い。
 トランク容量はクラス最大。ベンツEクラス、アウディA6、BMW5シリーズより広い!ってことがジマンらしい。
 ライバルはそのクラスなのだ。
 アメリカの栄華の象徴だったキャデラック。
 「銀のスプーンを咥えて生まれてきた」ではなく
 「銀のキャデラックを咥えて生まれてきた」とも言ったらしい。
 それがこのテイタラク。
 サイズが小さい。キャビンが大きく前が短すぎてダックスフントみたいだ。
 これでは“世界の高級車キャデラック”と言えない。

 昨日のカービューニュース。
 GM首脳陣が、ベンツSクラスに対抗しうるキャディのフラッグシップ開発にゴーサインを出したらしい。FR。発表は2015年までに。
 すばらしい。待ち望んだ決定だ。もっと早く出してくれ。
 どんなスタイルだろう。シエル・コンセプトっぽければ最高だ。
 全長は5500mm欲しい。全幅は1990mm。全高1500mm。
 でも現実は5300mm程度だろう。Sクラスと同等でないと対抗できないと思われるからだ。
 色は紺かガンメタが良い。こんなでかいセダンにクリスタルレッドもイケるぜ。その場合、内装は白だ。
 Vシリーズも出すべきだ。SクラスにだってAMGがある。旗艦キャディにVがあっても可笑しくない。
 でかくて豪華で600馬力のキャデラック。オレにとっては“ネコに鰹節”だ。
 粋なクルマであってくれ。キャデラックは一昔前なら夢を与えるクルマだった。
 そんなステキなモノの復活を望む。
 カネがあれば買いたいクルマの最右翼だ。
 Sクラス対抗、の次はロールス・ロイスに匹敵するヤツも出してくれ。
 もっとカネがあれば買っちゃうぜ~。(2012.7.25)

1ヵ月1万kmの軌跡! ~1995年型カマロZ28~

 17年前の快挙。
 今は2012年型日産GT-Rに乗っている。それ以前はずっとアメ車だった。
 1988年型カマロ・スポーツクーペ、1995年型カマロZ28、1998年型キャデラック・コンコースを2台、2006年型コルベット。
 鷹揚で力強くて遊び心に溢れてカッコイイGM車。大好きだった。
 6年9ヵ月乗った第3世代カマロ。
 「次のクルマは納車から1ヵ月で1万km走るぞ!」
 壮大な(アホらしい?)企てをした。
 オレは壮大でもアホらしくても心に決めたら実行するのを旨としている。
 こんなことは誰も考えないし、考えてもやらないだろう。
 “1ヵ月1万km”を決行する酔狂なヤツは日本に数人だけに違いない。
 5~6人/120,000,000人。

 1995年2月24日金曜日。
 オレにとって2台目となる外車、第4世代シボレー・カマロZ28がやって来た。
 ボディは真っ赤、屋根が黒のツートーンだ。
 いかにもアメリカンな第3世代と比べ、ヨーロッパナイズされた第4世代。
 迫力はあるがキッチリして鷹揚さと遊び心に欠ける。先代のキャラの方が好きだ。
 フロントスクリーンは凄い角度に寝かされスピード感あふれるスタイル。

 さぁ、“1ヵ月1万km”の始まりだ~。
 完結できなければ嘘つきになる。周到な計画を練った。オレは群馬に住んでいる。
 新潟往復14回、富山1回、大宮2回、琵琶湖2回、日々の通勤。
 これだけやれば31日目に1万kmに達する計算だ。
 部屋に貼ったでかいカレンダーに太いペンで「Ni」「びわ湖」などとぐりぐり記した。
 1ヵ月に新潟14回とは1日おきを意味する。その他に北陸1回、近畿2回、埼玉2回、往復70kmの週5日の通勤。かなり無謀だ。
 1回サボれば翌日にしわ寄せが来る。まさに1日1日が決戦だ。オレの得意な先送りはできない。
 周囲にやると吹聴した以上「やっぱり止めた!」は許されない。言った事はやる。
 一本気でありアホでもある。
  以下は当時の記録から・・・

                    *     *

  2月24日(金) ~筆おろし~ 新潟
           ニューフェイスがやって来た。
           アメ車らしさは薄れたかと思っていたが、どうしてどうしてりっぱなアメ車。
  2月26日(日) ~千km超~ 新潟
           3日で1200km。明日は1000km点検だ。
  3月 2日(木) ~とまどい~ 新潟
           仕事終わって出発。これから新潟までか。ややビビるがそんなそぶりは見せない。
  3月 6日(月) ~疲弊~ 新潟
           昨日の疲れ残り、家に辿り着いたら弱気に。こんなバカげた計画止めようと一瞬思う。
  3月 8日(水) ~元気回復!~ 新潟
           よく寝たら元気回復。さぁ1万kmに向けてがんばるぞぉ。
  3月11日(土)・12(日) ~遠征~ 琵琶湖
           ニューカマロに関越道以外の道を走らせたぞ。土曜日だから東名も空いていた。
  3月16日(木) ~引き締めよ~ 新潟
           体は完全に慣れ、関越自動車道の隅々まで知り尽くしつつある。油断大敵。
  3月18日(土) ~続・引き締めよ~ 新潟
           まるで通勤路のようでスイスイ。
  3月20日(月) ~感激~ 新潟
           新潟市内で先代カマロに遭遇。I氏に移管の、まさに私のものだった。感激!!!
  3月21日(火) ~スピード~ 富山
           ニューカマロはかなり速いことが判明。
  3月22日(水) ~有終の美~ 新潟
           新潟夜行もあと2日。事故には気をつけ有終の美を飾ろう。
  3月23日(木) ~ラストの夜~ 新潟
           ラスト新潟夜行。慎重にいこうと思ったが飛ばして疲れてしまった。
           “雀百まで踊り忘れず”というところか。
  3月25日(土)・26(日) ~完結~ 琵琶湖
           ついにやった!!!
            10,044km。キビシイ道のりではあった。
           帰り道、福井で疲労が出たが気を取り直して走った。良くやった、と自分でホメてあげよう。
           バカげな計画だと嗤っても誰も真似はできまい(真似する人もいないか)。
           何を隠そう、やると言ったらやるのが“カマロのマサ”なのだ。

      総走行距離 10,044km/31日間
                         324km/1日平均
 

                    *     *

 最終日の琵琶湖編は感激っぷりが窺える。
 開始11日目の疲れは烈しいモノだった。
 カラダの芯まで疲れが支配していた。カラダが感じるのは疲れ以外なかった。疲れの中にカラダが居るようだった。もう止めようと思った。
 「ここで止めたらオトコが廃る!」
 お決まりのセリフを吐いてどうにかしのいだ。
 それ以降は快調。
 カラダが慣れたのだ。長距離トラック運転手が毎日走れるのはカラダがそういうリズムになっているのだろう。“慣れ”は頼もしくもあり恐ろしい。
 あの時断念しないでよかった。ホッとする思いだ。
 中止していたら“完結できないオトコ”の烙印を押され、小さくなって生きねば(?)ならなかっただろう。
  31日目。
 オドメーターが10,000kmを刻んだ時の快感。もの凄い達成感だった。
 ついにやった!
 言った事を実行できてほっとした。嘘つきにならずに済んだ。自分が大したオトコに思えた。ヒトのやらない事をやるのは喜びだ。どんなアホらしい事でもだ。
 感慨に浸るヒマはなかった。
 1ヵ月でガソリンとコーソクが341,845円。
 カード払いの後遺症にしばらく苦しんだ。

 「もうこんな事はやらないぞ!」
 かたく心に誓った。(2012.7.11・・・17年前に思いを馳せる)

カマロZL1の日本上陸は?

 甥のアルファロメオで大宮から芝浦のYGM(ヤナセグローバルモーターズ)東京支店を目指す。
 真っ赤なアルファは野太い排気音だ。アメリカンマッスルカーとも違う。
 派手なイデタチで化粧の濃い(オレ好みの)ネーチャンの咆吼だ。
 コルベットやカマロのV8はガタイの良い超グラマーなネーチャン。こっちの方がもっと好きだ。
 アルファは音も加速感も良いがバケットシートの背中が狭い。事故で傷めた右肩に苦行を強いる。
 新年早々の三連休は首都高がとても空いている。
 正月休みで疲れたカラダをこの3日間で休めようってことか。

 YGM東京支店。
 T課長。昨日電話したのにしばらく待たされた。
 「課長就任おめでとうございます」
 「いぇいぇ」
 コルベット事故写真(ケータイ保存)を見せる。
 「全損になったから次のクルマを買わなきゃなんない。俺が欲しいのは日産GT-RカマロZL1。日産は明日行くのでその前にTさんと話がしたかった」
 「ありがとうございます」
 「ZL1の導入はある? 時期は?」
 カマロには3種類ある。
 V6-3800cc308馬力のLT、V8-6200cc405馬力のSS、そして今回の標的V8-6200ccスーパーチャージャー585馬力のZL1だ。
  コルベットZR1のLS9(647馬力)をディチューンしたLSAエンジン。キャデラックCTS-Vも564馬力で稼働中だ。
 LT、SS、ZR1、CTS-V。YGM東京ですべて試乗した。最も気に入ったのがカマロSS。
 だがオトコっぷりにかけてはコルベットZO6がサイコ~だった。超弩級を絵に描いたようなクルマだ。
 ZL1の日本上陸はあるのか。価格は7,000千円を切るのか。いつやって来るのか。
 T氏の答えは意外なものだった。
 「導入しても数が期待出来なくて赤字になっちゃいますから今年のリストには入っていません」
 「えっ!コルベットZR1を入れてるからカマロZL1も当然入ってくるものと思った」
 アメリカ車をめぐる厳しい状況を説明された。
 最近売り出し中の小さなキャプティバやソニック。往年のシボレーの醍醐味は皆無だ。だが販売実績を上げるには仕方ないらしい。
 以前の元気がないT氏。
 ギラギラした獲物を狙うような目の輝きは失せ、草食動物のようにロバのように穏やかな顔に変貌していた。
 日本市場のGM車(アメ車)の現状はよほど深刻なのだろう。
 キャデラック。DTSが消えてダックスフントのようなXTSになってしまう。
 世界に誇るべきキャディの旗艦モデルを、なぜあんな無様な姿にしてしまうのか。
 恥ずかしくないのだろうか。キャディの伝統に申し訳ないと思わないのか。デザイナーは気が狂ったのか。あれは決して高級車ではない。
 しかもエンジンはV6-3600cc。これではSクラス、A8、7シリーズ、XJに対抗できない。

 オレが惚れて24年間も愛でたキャデラック、コルベット、カマロ。
 GMは変わってしまった。時の趨勢はどうにもできない。
 「じゃGT-R買って、コルベットが新しくなる2013年以降にまた考えるか!」
 不可能を言い放った。アメ車の現状を憂うT氏を前に、こう言うしか術がなかった。
 「はい、よろしくお願いします」
 ボディは黄色。ボンネットのストライプと20インチホイールは黒。
 ド派手な格好いいZL1に身を置くオレ。ステキな空想は断ち切られた。

 “珠玉の二台体制”と銘打ってキャデラック・コンコースとシボレー・コルベットを気分と目的で乗り分けた4年半。
 GM車はすべて俺の元から去って行った。
 こうなるとは予想だにしなかった。

 付き合っていたオンナが一人去りふたり去って、ついに誰も居なくなったように思えた。(2012.1.7)

ベティの死、その後

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 愛用のベティ(=コルベット)が大破した事故。
 2011年12月28日。
 それにしてはカラダへのダメージは少ない。
 むち打ち、おでこに突き刺さったガラスの破片、目に何か入った異物感。
 タフガイだ。強運の持ち主だ。不死身だ。
 運が良かっただけかも知れないのに、もらった命のありがたさを忘れかけた。
 地獄の苦しみは夜から始まった。
 右三角筋と上腕三頭筋が締め付けられるように痛い。
 周期的に襲う激痛。
 「う~ん」「痛ぇ~」「あ~!」
 呻かずにはいられない。痛み止め内服薬は効かない。
 きっと激突の際にぎゅっとハンドルを握りしめ、衝撃が肩に伝わったのだろう。
 バケットシートに包まれた肩に逃げ道はなく、パワーの発露を一手に引き受けたに違いない。
 右肩が痛いのは、利き腕のため力が入ったことと、ベティ右側面の破壊が大きかったからだ。

 12月29日。
 重大事故翌日。ちゃんと朝勃ちした。嬉しい。
 午前。病院。今は肩も腕もあまり痛くない。
 午後。床屋。ヒゲそり。横になると強烈に痛みが襲ってくる。痛くて動き、何度もヒゲそりを中断してもらった。
 夕方。痛い。再度病院。整形外科医不在で受診出来ず。

 12月30日。
 おっ、朝から快調だ。もう肩腕の痛みは治ったのか。首は順当な痛さ。
 夜、ぶり返す痛み。

 12月31日。
 午後。耐えきれず病院に電話。整形外科医は夜間救急外来のみ。
 午後~夜。七転八倒の苦しみ。
 例年は酒を呑んで寛ぐ大晦日の夜。左手だけで運転して病院に向かう。レントゲン。
 「骨折はしてません。骨はきれいですよ」
 「今も凄く痛いんですよ。う~痛い。もっと強い痛み止めないですか」
 「あとは坐薬ですね。試してみますか」

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 坐薬。家に帰って使う。
 プラスチック様の白いヤツ。唾で湿らせ指も唾で滑らかにする。肛門にグイッとさし込む。ちょっと入れただけでは押し戻される。
 にゅ~っと人差し指第二関節まで挿入する。ス~ッと吸い込まれ坐薬ロケットは指から旅立つ。スペースシャトルから出て宇宙を遊泳する乗組員のように、坐薬は指から離れ直腸を遡るのだ。 
  痛みは消えない。流石の坐薬でも周期的に襲う激痛を止める事は出来ない。
 「う~っ」「痛ぇ~」「あ~っ」「お~っ」
 呻きながらやっとの事でブログをアップ。PCに向かう姿勢に肩が悲鳴を上げる。
 「手が痺れる、足が痛い」といつも言う母(89歳)の痛みが分かった。
 ベッドに入ると痛みは格別。
 うめき声は外まで漏れたはずだ。左を下に横たわり右手の位置を試行錯誤する。何十分うめいただろうか。ちょうどいい位置を見つけ、ようやく眠りに就く。
 夜中に目醒める。
 首の痛みで寝返りが打てない。左手で頭を持ち上げゆっくり強制的に寝返りを打つ。
 目覚ましが鳴ってもすぐには起きられない。
 痛くないよう少しずつカラダをずらす。目覚ましの音はどんどん大きくなる。
 年末年始休暇6日間。
 呻いて過ごした。激痛との格闘に費やした地獄のような6日間。

 2012年1月4日。
 通常診療再開。出勤したが痛くて早退し病院。
 「どうしましたァ?」
 怪訝な顔。大晦日に激痛を訴えたのにどうしたとは何だッ!
 「右肩と腕の痛みが取れないんですよ」
 「シートベルトじゃないですか?」
 「シートベルトはこっちですよ」
 「ほ~、じゃ筋肉でしょ」
 「1週間も痛いんですよ。筋肉でこんなに痛いんですか」
 「いやぁ~筋肉だって強く打てば1週間どころか1ヵ月は痛いですよ」
 医者のヤツ、骨が無事だから安心しきってやがる。筋肉くらいで痛がるな!って態度だ。
 「この痛さは尋常じゃないからMRI撮ってもらえませんか?」
 「いいよ~」のどかな返答。「じゃ明日だね~」
 「えっ! 2時間も待って今日出来ないんですかっ?」
 「予約のモノだからね~。それでお話(説明)は連休明けでいいですか?」
 「・・・はい。痛くて眠れないんですよ。しばらくこの痛みと格闘しなきゃならないんですねッ!」
 「・・・じゃ眠くなる痛み止め出しときますね。昼間は呑まないでください。眠くなっちゃいますから」
 薬をネットで調べる。
 適応症状はうつ病、睡眠障害。
 痛くて眠れないだけなのに強烈な薬を処方してくれたぜ。睡眠自体に問題はないんだぞ。
 危ないからもちろん呑まない。

 1月5日。
 待ちに待った(?)MRIの日。
 事故直後の首MRIは15分。
 「肩を動かすときれいな写真が撮れませんから動かないでください」
 横になった瞬間から肩に激痛が走る。左にずらした不安定な位置。痛いが動かせない。
 左ももをつねる。痛みを分散させて我慢する。もっと強くつねる。肉が千切れるほどつねる。肩はますます痛くなる。
  「ど~ん!」「カ~ン!」「カッカッカッカッ!」
 狭い洞窟の中でガンガン響く不協和音。閉所恐怖症なら気が狂いそうだ。
 MRI装置は改善の余地おおいにアリだぜ。
 もう15分経ったろう。
 「はい終わりましたよ~」と言われない。1秒が1分、1分が1時間にも感じられる。
 まだか。激痛に、肩も精神も限界に近い。
 かなりの時間が経過した。痛くて気絶しそうだ。
 「ハイ終わりました。お疲れさまでした」
 MRI技師の声がウグイスのさえずりに聞こえた。救世主だ。
 「何分くらいやったんですか?」
 「25分から30分です。すいません」
 「肩が痛くて、腿をつねりながら気を紛らわせました。首より、肩から腕は長いから時間がかかったんですか?」
 「首は3種類ですが肩は構造が複雑なので7種類の磁気を当てたんですよ。それで時間がかかっちゃいました。すいません」
 「いえ」
 途中で動いて写真を台無しにせずヨカッタ。何とか面目を保ったぜ。

 1月6日。
 事故9日目にして初めて呻かずに眠りに就くことが出来た。天にも昇る気持ちだ。
 「あ~嬉しい」
 図らずも声が出た。歩みは遅いが回復に向かうのか。
 風呂上がりの鏡。胸と前腕外側が黄色い。
 前腕。数日前は薄黒かった。着色範囲はポテトコロッケ大。
 胸は博多柳橋連合市場高松蒲鉾店の魚ロッケ大の黄色。
 やはり打撲していた。前腕はセンターコンソールに。胸はハンドルに。

  1月7日。
 うめき声復活。

 1月10日。
 MRI結果説明。主治医のM整形外科医長。PC画面を見ながら説明を始めた。
 「肩が炎症起こしてますね」
 「筋肉ですか」
 「いや、腱ですね。ここがこんなに大きく白く写ってる。こんなに大きくちゃダメなところなんですよ」
 医者のヤツ、今日は神妙なツラだ。
 MRI画像から単なる筋肉の打撲ではなく“腱”に影響が及んでいるのが分かり、オレの痛みに合点がいったようだ。
 医師は痛がる患者の身になって診察すべきだ。
 医師にとっては何十人何百人いる患者の1人かもしれないが、患者にとってカラダは一つであり掛け替えのないモノなのだ。
 原因不明の痛みに不安があった。もっと早くMRIを実施すれば患者も医者も心が晴れたのに。
 「痛み止めを呑んで自然に治るのを待つしかないですね。重い物は持たないでください」
 「マッサージはしない方がイイですか?」
 「マッサージすると炎症の治りが遅くなります」
 「じゃ少しずつ良くなるのを待つしかありませんね」

 日が経つにつれ“九死に一生を得た”感を強くした。
 だがこれから何日、何ヵ月、何年この痛みと同居するのだろう。
 「腱は(治るまで)長いよ~!」友人は言った。
 カラダの中にエイリアンが棲んでいるみたいだ。
 キモチ悪いし怖い。

 もらった命。あの大事故から生還した。
 以前よりもっと大胆に行動しよう。
 ビビッて後ろ向きになったら嗤われる。
 オトコが廃るってもんだぜ!(2012.1.10)

ベティ、関越道に死す!

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 ベティ(=コルベット)が死んだ。
 5年6ヵ月66,630km。優しく厳しく愛情を持って酷使したベティ。
 いつもより10分早く出た今朝。マイナス2度。
 関越道の路面は所々黒い。凍結を懸念し、ゆっくり走ることにした。
 特にカーブには気を遣った。
 追越車線を塞ぐ大型トラック。パッシングしても退く気配すらない。
 よし、左から抜いてやれ。
 F1パイロット並みの素早さでシュッとハンドルを左に切りアクセルを踏んだ。
 その刹那、ベティはケツを右に振り出し、一直線に左ガードロープに物凄い勢いで突進を始めた。一瞬の出来事だ。凍結していた。
 スローモーションのように迫るガードロープ。だが確実に迫る。どんな力をもってしても阻止できない。慣性に身を任せるしかないのだ。
 「なぜだ!」
 オレは問いかけた。
 自分も、ベティも、凍結路面も答えてくれない。
 衝突する。
 「やばい!」

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 どっか~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!
 凄まじい衝撃。あり得ない大音響。
 あまりの激突ぶりに車体が大きく浮き上がり、ガードロープを飛び越えて向こう側に飛び出すかと思われた。
 直後の記憶はない。
 繰り返されるスピンと激突。
 地獄絵図のような数秒間。

-2

 静止した。
 エアバッグがしゅ~っと萎むのが見えた。
 あたりは静寂だ。
 一瞬、死んだかと思った。
 歯が折れていないか、顔は大丈夫か、カラダはどうだ。
  左手で歯を触り、両手で顔を撫で、恐る恐る股間に触れた。祈るような気持ちだ。
 OKだ。
 目も鼻も歯も耳もチンチンもみんなあるべき所についている。
 オレは生きている!
 感慨に浸っている場合ではない。トラックにでも追突されたら大変だ。
 ちゃんと締まったままのシートベルトをカチャンと外す。
 10cmほど開いたドアを押し、車外に出る。
 アメリカ映画によくある核戦争後のロサンゼルスのようだ。
 黒い残骸と化した数秒前まで生きていた赤いベティ。近くを普通に走る平凡なクルマ達。初めて見る光景に現実感がない。
 オレが居るのは反対車線か。やはり飛び出したんだ。
 さっきまで居た車線だった。追越車線に居る。
 フロントもリアも烈しく破壊されている。右サイドも酷い。だがキャビンの変形は少ない。

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 右後輪はタイヤとリムが消失し5本スポークだけがカザグルマのように所在なげだ。衝撃の烈しさを如実に物語っている。

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 右Aピラーは大きく寝かされ、加わった力の大きさを思い知らされた。
 破壊の限りを尽くされても、しっかりしたキャビンはオレを守ってくれた。
 コルベット、キミは素晴らしいクルマだ。
 よく犬が飼い主を守るため自分がクルマにひかれる物語がある。ベティは身を犠牲にしてオレを守ってくれた。

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 路上に置かれた真っ赤な無残に千切れたエンジンフード。
 強大な力でむしり取られたようだ。

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 エンジンルームの破壊はさほどでもない。

 事故数分後、首に激痛が走る。
  車内に戻り、センターコンソールからレイバン・シューター、ETCからカード、他を持ち出す。
 ベティの最後をケータイカメラに納める。何枚も激写した。
 左おでこが生暖かい。触る。血だ。掌が真っ赤に染まった。紫ペーズリー模様のハンカチを押し当てる。
 ケータイに血がポタポタ垂れる。かまわず撮り続ける。

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 レッカー車を待つ死体となったベティをひとり置いて、オレは救急車で病院に搬送された。
 たまたま通りかかったJHの職員が手配してくれた。ありがとう。
 ピーポーピーポー鳴る救急車の中から職場に電話する。
 「大したことないぜ!」オレは言った。
 テキパキ働く救急隊の人々。
 「血圧が高いですね。200ありますよ」
 救急搬送中、知らないうちに血圧測定された。
 普段は120-80。カラダへの衝撃、精神的ショック、興奮。
  ICでUターンし事故現場にさしかかる。
 見えた。残骸と化したベティを遠巻きに十数人のヒト。レッカー車の姿はまだ見えない。

 救急外来。
 「手は動きますか。これは何本に見えますか。手を握ってみてください」
 寝かされたオレのまわりを何人もの人達が取り囲む。
 意識や体の機能をカクニンしながら次々と仕事をこなす医師。
  「クルマは大破してますがFRPだからだと思います」
 医師に事故状況を説明する救急隊員。
 胸と腹をレントゲン。骨折と内臓破裂をチェックする。
 「首が痛いだけだからあとは大丈夫ですよ」
 「交通事故だから全身を診ます!」
 小さいガラスの破片を粘着テープでオレの腹から排除する女性看護師。
 看護“婦”って名前が好きだ。なぜ無味乾燥な色気のない看護“師”にしたのだ。
 救急隊、医師、看護師。大勢の人々がオレひとりのために力を尽くしている。
 ありがとう。皆が天使に見えた。

 整形外科。
 レントゲン、CTスキャン、MRI。検査の結果首に異常なし。だが強烈に痛い。
 若く華奢な女性看護師さんがワイシャツのボタンをハメてくれる。ステキな店に来たみたいでワクワクした。そう感じるのは元気な証拠だ。 
 「麻酔かけても注射の方が痛いからかけないでやりますよ~」
 「はい」
 「あれ、取れねぇなぁ。もっと大きいの(ピンセット?)貸して」
 オレのおでこで遊んでないで早くガラスを摘出してくれ。
 血の出たおでこには3mmのガラスの立方体が埋め込まれていた。
 クルマ好きらしい整形外科医師。コルベットやGTRの話で盛り上がる。

 眼科。
 目にゴミの入ったような違和感。視力等の検査を必要以上にやり、上から目線の気取った黒縁メガネ女医が綿棒で異物を取る。

 強烈なむち打ちの痛み。だがこれだけで済んでヨカッタ。
 数年前からチンニング(懸垂)、クランチ(腹筋)、電動ウォーカーによるウォーキングをやっていた。
 最近4ヵ月はロングブレスダイエットで鍛えている。
 それらが奏効したのだ。
 普段から高速道路で事故に遭っても死なない!と思っていた。ベティがオレを守ると信じていた。
 他車を巻き込まずよかった。止まった所に突っ込まれず良かった。
 弾力のあるガードロープで幸いだった。ガードレールならダメージは大きく、コンクリート擁壁では死亡したかもしれない。

 中国道のフェラーリ事故を嗤った。
 他人を嗤うと今度は自分が嗤われると知った。
 それとも、最近カマロZL1やGTRに心を奪われていたからベティが反乱を起こしたのだろうか。
 クルマは、可愛くて愛おしいオンナみたいだ。

 病院から家に戻った。
 庭にベティは居ない。
 借り物の軽自動車がひとりポツンと居るだけだ。
 窓の外を見ると、いつも可愛くも精悍な肢体をさらけ出していたベティ。ビクトリーレッドの真っ赤なボディは汚れても派手さは失わなかった。

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 格好良いトレッドパターンのタイヤ痕が庭に付いている。
 トーヨー・プロクセスT1Rだ。吟味に吟味を重ねて選んだタイヤ。
 最近やけにこの模様が気になっていた。
 こんなにクッキリ痕が付いたのはここ数日だった。何故だろう。とても不思議だ。
 もうこのタイヤ痕の持ち主はこの世にいない。
 ベティの最後の足跡を、オレはカメラに納めた。

 若いベティの突然の死は、徐々に老いていったキャデイ(=キャデラック・コンコース)の哀しみに較べ、容易に受け入れられそうな気がした。
 満身創痍で走り続けたキャディ。
 突然、大好きな高速道路上で死を迎えたベティ。
 本人達にとってどっちが幸せなのか。それは本人にしか分からない。
 オレは両方とも大好きだった。

 事故に至った理由を無理矢理こじつければいくつも浮かぶ。
 ドアハンドルに触れるとサッと1インチ下がる窓。閉じるとシュッと上がる。密閉性を良くするためだ。最近調子悪く今朝も調整した。ベティにイライラしていた。
 狭い交差点。ダサいクルマのせいで信号一つ遅れた。
 12月に入ってすぐ「来年3月は“GTR博多遠征2012”だ!」と絵空事を描いていた。大まかな日程表もできていた。これを聞きつけてベティが落胆した可能性もある。
 「人間、明日何があるか分からない。北からミサイルが飛んでくるかも知れないし交通事故に遭うかもわからない。だから今を生きるんだ!」
 常日頃公言してはばからなかった。何度も言うとホントになってしまう。言葉の力は凄い。

  ホームグラウンドとして走りを謳歌してきた関越道。
 “関越自動車道の帝王”だったベティ。
 そこで死ねたんだからキミは本望だろう。
 「おっ、あの赤いコルベットが大破してるぞ!」
 時々遭遇するクルマ達は様々な感想を持ったことだろう。
 日本国憲法で言論の自由は保障されている。好きな事を言ってくれ。

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 在りし日のベティ。
 もうこのセクシーなボディを見ることはできない。

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 ベティのキーだけがズボンの右ポケットに残った。 
 本体を失ったキーは、ひどく淋しそうに見えた。
 ベティは非業の死を遂げた。
 ベティとの蜜月は終わった。

 5年半経ったベティ。
 今下取りに出せば2,000千円以下だろう。新車価格は7,400千円(税込み車両本体価格)だった。
 車両保険の契約は4,150千円。全損諸費用300千円。計4,450千円。
 “虎は死して皮を残す”というが
 “ベティは死して4,450千円を残した”
 生前はオレを存分に楽しませ陶酔させてくれたベティ。
 死んでなお貢献してくれるのか。

 ベティよ、キミはサイコ~だぜ!(2011.12.28)


トーヨー・プロクセスT1R、パンク!(タイヤ)

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 快調に走行した朝の高速通勤路。インターチェンジを降り少し走る。
 カンカンカンカンッ「タイヤクウキアツカクニン」
 けたたましい音響と共にDIC(ドライバーズ・インフォメーション・センター)に警告表示。
 帰りにGSでエア注入~
 右前輪2.1が1.2だ。かなり減っている。びっくりした。
 「あっ、釘が刺さってますよ!」
 銀色に輝く恐ろしい物体がショルダー部分にグサッと刺さっている。
 「こらぁマズいねぇ!」
 「修理しますか?」
 パンクするとは予想だにしなかった。接着剤の付いた繊維のようなモノを押し込んで簡単に治る。
 「もう出来たの!?」
 「空気は漏れてないからこれで大丈夫です。でもタイヤが減ってきたら注意してください」
 「あまりスピード出さないようにしよう~」
 ずいぶん簡単に治るもんだなあ~と感心しながら走り出す。数日間、一般道を乗ってみる。まったく問題ない。
 でもコルベット本来の走りを想定すると一抹の不安が残る。完璧なタイヤで走りたい。
 そこで1本だけ替えることにした。
 7月にヨコハマ・アドバンスポーツからトーヨー・プロクセスT1Rにして5,000km。そのうち3,000kmは定速走行の博多遠征だからあまり減ってないハズだ。だから2本交換の必要はない(と思う)。
 カカクコムの安い店で25,770円(245-40ZR-18 97Y)。送料、代引手数料無料の嬉しいキャンペーン中だ。
 兵庫県の“パーツショップウエイブ尼崎本店”から佐川急便が運んできた。
 「タイヤです」
 「あれっ、裸なの?」
 長い旅をしてきたのに、なんとビニール袋すら纏っていない。真っ裸だ。猥褻物陳列罪で検挙されるぞ。大胆な発送方法だぜ。

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 群馬県中之条。コルベットの主治医I氏に装着してもらった。
 “100km走行するまでは時速80キロで”
 最初の1988年型カマロ・スポーツクーペのマニュアルにあった注意書きを忠実に実行するオレ。マジメなヒトだ。
 100kmまでは急制動、急加速、急ハンドル等行わず、腫れ物に触るように、赤ちゃんを真綿にくるんで大事にするように、目の中に入れても痛くないほどに育てる。
 101km~1,000km。腫れ物には触れないがある程度の注意を払う。赤ちゃんからやっと子供になった段階だ。
 1,000km超。ガンガン鞭を入れる。生まれたばかりのタイヤを手塩にかけて育てた結果、18歳のイイ女に変貌した。もうキミはオトナだ。

 帰りは“竹乃家”でソースカツ丼(現在名「竹乃家のかつ丼」)を懐かしむ。この絶妙な丼ツユは忘れられない味だ。1リットルほどゴクゴク飲み干したい。
 「パンクしないよう注意しよう~!」と言っても注意のしようがない。由々しき事態だ。
 やはりランフラットが必須か。コルベットの新車装着はグッドイヤー・イーグルF1・ランフラットだった。
 「もし高速道路でバーストしていたらっ!」
 身の毛もよだつ恐怖もしだいに薄れる。
 「喉元過ぎれば熱さを忘れる」
 昔のヒトは巧いこと言うぜ。(2011.9.6)

冬季限定車

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 “珠玉の二台体制”と銘打ちキャデラック・コンコースとシボレー・コルベットを取っ替え引っ替え乗り回していたオレ。
 冬になり雪が降るとFFのキャディが活躍しコルベットの出番は減った。
 2月にキャディを廃車にしてからずっとコルベット一台で過ごしている。
 雪の降る12月までにFFか4WDを何か買わなきゃならない。
 マツダ・デミオ、フィアット500ツインエア、シトロエンC3、アウディA1、シボレー・シルバラードを候補に挙げていた。
 マイナーチェンジしたデミオに気持ちが傾いた。
 「冬の間だけ借りればイイじゃねぇ」馴染みの床屋のオヤジさんが発した一言。
 「そうだ、その手がある!」
 まさに“目から鱗”“灯台下暗し”だ。
 キャディとコルベットは両方好きだから嬉々として乗っていた。
 だが「雪のためだけに」との理由で乗り気じゃない小型車を買うのはカネが勿体ないしクルマにも失礼だ。春になれば必要ないのだから。
 8月12日。オレは方針転換した。運命の日だ。
 これで大金を浪費せずに済む。デミオの1,400千円~シルバラード3,990千円(税込車両本体価格)。
 かつてのキャディの主治医Iさん。コルベットの車検も彼だ。有料で貸してもらおう。FFか4WD+AT+スタッドレスタイヤ装着車。なるべくきれいなヤツがいい。
 床屋で良いヒントをもらったぜ。ありがとうAさん。ヒトの意見は聴いてみるもんだ。

 「雪の降る12月から3月の4ヵ月間、有料で貸してくんねぇか?」
 「いいっすよ~軽になっちゃいますけど~」
 「キレイな奴がいいね」
 「ひひひひ」
 「大体いくら位にしてくれる?」
 「え~と、え~と、・・・・・、○×円でどうですか~?」
 「おっ!それならイイね」
 こうして今シーズンの雪対策は整ったのであった~。(2011.9.6)

トーヨー・プロクセスT1R③(タイヤ)

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 宇佐からあげドライブを含む博多遠征3,000kmをメインに4,000kmも後にしたT1R。まだ1ヵ月ちょっとだ。
 安さとトレッドパターンのカッコ良さに惹かれて装着したがイイ女に成長したぜ。バリバリの18歳ってカンジだ。

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 かたいグッドイヤー・イーグルF1、柔らかいヨコハマ・アドバンスポーツに較べ、シャープで、しっとり、安定感。
  時速300キロ以上OKのスピード記号(Y)や300キロまでのY。高性能タイヤは3つしか味わってないが、トーヨーが一番イイ。
 トーヨータイヤなんて!とバカにしてたけど侮れないぜ。
 「許せメロス、許せトーヨータイヤ」

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 一般道。ガバッとアクセル踏んで急加速。大地を蹴るぶっとい後ろ脚は絶大な信頼感に包まれる。その時、シートの上のケツは陶酔する。高速道路でなくてもT1Rはとっても美味しい。
 握り鮨で喩えるなら「日本橋吉野鮨本店」のコハダと穴子のうまさだぜ!
 あとは減りだ。この美味しさがどこまで続くか。徐々に美味しくなくなるのか。ある日突然不味くなるのか。

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 日本のタイヤはうまさが持続しないと言われる。
 変貌ぶりをよ~く観察しようじゃないか。期待に反して早々不味くなった時は、あの絶賛したカッコイイV字型トレッドパターンも色褪せ「何だこの虚仮威しのパターンは!」と罵倒することだろう~。(2011.8.12)

コルベット博多遠征2011(7th)③

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  6泊の博多滞在もアッと言う間に終わり、今日は群馬に帰る日だ。長丁場に備え朝10時までたっぷり寝た。
 百旬館で買った大きなエクアドル産バナナ2本を水で、柳橋連合市場の高松蒲鉾店で購入の練り物5個をホテル備付けの八女茶で食う。
 ウンコを3本し、歯を磨き、熱いシャワーを浴び、ジョーバン・ムスクフォーメンを左右脇下にシュッシュッシュッシュッシュッと各5回噴き、赤い大型サムソナイトに荷造りし、韓国で買ったコピーのルイヴィトンに真っ赤なDELLノートPCを仕舞い、ネイビー&白のピリアックと黒の短パン姿でチェックアウトする。
 フロントから離れると、ルームディビジョン ゲストリレーションズ課長M氏がスススッと近づいてきた。見覚えのある顔だ。名刺を差し出す。
  「青木様、課長のMでございます。読ませていたいただきました。青木様のご指摘のとおりでございます。誠に不適切な対応申し訳ございません。確かにあの前日は満室でござい…」
  「結果は同じでも客の納得出来る説明しないとネ」
 「その通りでございます。申し訳ございません。今後徹底させます」
 「わざわざありがとう」
 「いえ、またよろしくお願いいたします」
 「はい、また来ます」

 ナビを「自宅に戻る」にセットし、正午に出発だ。

 兵庫県内、中国道と山陽道の合流地点から混雑する。「宝塚渋滞4km」とあったが大したことなかった。名神高速で夜になる。
 帰りは北陸まわり。名神高速米原JCTを北陸道。長岡JCTで関越道に入る。馴染み薄の中央道、長野道より何十回も通っている北陸道が気分的にラクだ。
  夜の北陸道ドライブ。空いている。快適極まりない。
 博多にハマる前は群馬から大阪、京都、名古屋、賢島、松阪等によく行った。今じゃ通過するだけになってしまった。北陸道や上信越道など西日本への高速道路が整備される前は主に東北だった。
 一年に四季があるように、ロングドライブ目的地も個人的な旬がある。オレの旬は5年間も博多。飛行機利用も含めれば11年間だ。博多遠征はこれからも長く続きそうだぜ。

 北陸まわりだから1,300km弱。所要時間13時間弱。最終走行は富山ICの手前からノンストップ350km。一番疲れているハズなのに驚きだ。
 00:20。群馬に無事到着した。
 すぐビール。1週間もボディをキンキンに冷やして俺を待っていたキリンクラシックラガー中瓶をぐいっと呑む。重厚な味わいに舌も喉も喜ぶ。
 風呂にゆっくりつかる。汗をタップリかく。またビール。今度は呑み切るのに時間を食った。
 ロングドライブの心地よい疲れを感じながら、眠った。

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 群馬福岡往復2,500km×7回=17,500km
 17,500km/60,928km=14日間/5年間
  5年で走った総距離の28.72%をわずか14日間で走破した。
 酔狂なオレ。(2011.7.23)

  3時半に寝て9時半に目覚めた。6時間しか眠れない。疲れていると時間は短い。
 水を呑んだ。ぐいぐい呑んだ。デュラレックス350ccグラスに立て続けに3杯。もっと呑めそうだが止めた。連続13時間走行にカラダは水分を欲していた。(翌朝)

コルベット博多遠征2011(7th)②

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   ロングノーズ、ショートデッキ。
 低く、幅広く、タイヤが太く(リアは285)、赤いコルベット。
 クルマに興味の薄いヒトでも「カッコイイ~!」と感嘆する。わかりやすい格好良さだからだ。
 「あっ、スポーツカー!」スーパーの駐車場で若いお母さんが小さな娘に言っているのが口の動きで分かる。
 スポーツカーとはヒトに夢をみさせるモノだ。
 街にも高速道路にも不必要にはびこる迷惑走行のあの不格好なプリウスでは決して味わえない。政府や東京電力に踊らされ“エコ”や“節電”を地でイッている輩には到底理解出来ない事柄なのだ。
 他車や世の風潮など余計なことを気にせず(?)造られたコルベット。アメ車はぐずぐず言わず明快なトコが良い。愛すべきノー天気さだ。
 難しいだろうが、どうかこの姿勢を崩さないでくれ。

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 博多の知り合い女性Mにコルベットを味わってもらった。
 「凄~い、カッコイイ~
 街中。
 ドロドロドロッと低速でのエグゾーストノートはハラに響く重低音だ。1500~2000回転が特にイイ。
 高速道路。
 加速時には「ガオ~って猛獣が吠えとる」とステキに表現。
 スピード出すと「コワイよ~」などと、イケイケ姉ちゃんなのに怖がるのは意外だ。二面性が可愛い。
 博多女にコルベットの二つの味わいをじゅうぶん楽しんでもらえた。
  俺もコルベットも嬉しい。(2011.7.17)

コルベット博多遠征2011(7th)

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 7月1日に5周年を迎えた俺のコルベット。
 先日車検を終えた。オイルもフィルターも交換し7度目の博多遠征だ。オイルは銘柄指定のモービルF1(5W-30)。
 行程は昨年(6th)と同じ。3連休前日の金曜22時に群馬を出発する。
 一昨年(5th)は3連休最終日23:30に出かけた。3連休でコーソクが混むのを懸念したためだ。だが3連休を家で過ごしてからの出発は時間がもったいない。
 それで昨年の行程になった。少しでも三連休の日中走行時間を減らすため深夜0時でなく22時出発にした。杞憂だった。混み具合は平日と変わらない。
 関越道、上信越道、長野道、中央道、名神高速、中国道、九州道を12時間で走りきる。
 “センエンコーソク”が6月19日に終わった。カネはかかるが交通量が減るのは嬉しい。ハイオク195円の年は道がガラガラで喜んだものだ。

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 長丁場ではムリをしない。安全運転が最優先だ。なにしろ1,200kmイッキ走行だから。
 群馬から先ず300km走る。トイレ&コーヒー。わずか10分の休憩。
 さらに300km。トイレ&コーヒー&給油。計600km。全行程の半分走った。もう中国道に入っている。やがて夜が明ける。
 全長550kmにも及ぶ長い中国自動車道。地理に疎いから明るい時に走りたい。知らないインターチェンジばかりで夜は自分がどこにいるか分からない。あと何kmで関門橋かも見当がつかない。
 “朝の来ない夜”に閉じ込められているようで居心地が悪いのだ。
 山陽道の方が短い。普通のヒトはこちらを選ぶ。だが各都市を結ぶため混んでいる。
 中国地方のど真ん中を貫く中国道。交通量が極端に少なく快適に走れる。適度なアップダウンやカーブもあり運転が楽しい。俺は中国道が好きだ。
  俺がわずかな休憩で1,200km走れるにはワケがある。運転が好きなのはもちろんだが、明治アーモンドチョコレートとヴェルタース・オリジナル(ドイツの飴)を食いながら走るからだ。
 常に糖分を補給し続ければ疲れとは無縁。それが人体なのだ。解剖学も栄養学も学んでいないがそうに決まっている(と思う)。
  そして昨年の遠征から採用しているのが“梅”だ。自分で漬けた南高梅の塩漬け。赤紫蘇を入れず干しもしないただ漬けただけのうんとしょっぱいヤツ。休憩時に1粒食べる。酸っぱさにホッペがキュン、カラダがブルッと震えシャキッとする。クエン酸がカラダを活性化する。
 到着してビールを呑み熱い風呂に入った途端、抑えていた疲れがドッと溢れるけれど。

 昨年と較べ上信越道、長野道、中央道、名神高速の前半に長距離トラックがうじゃうじゃ。ヒョロヒョロとちょっとの隙間を見付けては追い越しをかける。速度は90キロ。長い併走が終わりようやく左車線へ戻る。スムーズな流れを乱す行動の横溢。
 九州道では終始2列のゆっくり走行。主に乗用車。途切れることはなかった。
  うじゃうじゃトラックは物流の回復、あふれる乗用車は3連休に浮かれ出る人々の行動を表し、昨年とは異なる風景がオレの目の前で展開していた。

 *7/26のTBSニュース23。震災に伴う無料措置で水戸を発着すれば福岡まで行こうとタダになる。つまり、水戸から入り常磐道、北関東道、上信越道、長野道、中央道、名神高速…で無料。東北地方とは関係ないのにカネ節約のためオレの通る道が異様に混んでいたのだ。浅ましき大型トラック運転手!

 中国道の快適ぶりは変わることはなかった。

  福岡IC到着。
 福岡都市高速に乗り天神北ランプ。あとはまっすぐ走ればホテルニューオータニ博多だ。5年前の“コルベット博多遠征2006(1st)”以来、博多に行くとニューオータニばかり。
 バスセンターや三越や大丸までは混む。そこを過ぎるとウソのように流れは快調だ。

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 ニューオータニ到着。10:15。
  玄関前駐車場はキャディ・コンコース、DTS、リンカーン・タウンカー、ベンツSクラス、S63AMG、CL63AMG、ジャガーXJ、BMW7シリーズ、レクサスLS、ポルシェ・カレラ等がよく駐まる。
 時にはロールスロイス・ファントムやエンツォ・フェラーリなどの凄いのが居たりする。ランボルギーニは見たことがない。
 「女性のお客様が館内から出てパッとクルマが目に入る時、大型高級セダンやポルシェより青木様のコルベットに目を奪われます。真っ赤で文句なしにカッコイイからでしょうね」
 前任のチーフドアマンN氏が言っていた。客の心をくすぐりやがるぜ。

 馴染みのチーフドアマンS氏がいない。
 見知らぬ若人に誘導される。駐車完了。ところがこの若人はすぐに行ってしまい、大きな荷物と小さな数個の荷物を下ろしたオレは途方に暮れる。
 「台車はないの~?」
 初めて見る若くて可愛いネーチャンが運んでくれた。姪のRにドキッとするほどよく似ている。
 フロント新顔ネーチャン曰く
 「青木様、本日から6泊でございますね。チェックインは2時ですのでお荷物お預かりします」
 「群馬から12時間運転してきたから少し早くなりませんか?」
 「1時なら」
 「まだ2時間半あるなぁ。もっと早くなりませんか?」
 「どう頑張っても12時半です!それ以上ですと追加料金をいただくことになります!」
 「・・・」
 どうだ、カネ払っても早く入室したいか?ってふざけた態度に愕然とした。
 「昨日は満室でしてまだチェックアウトされてないお客様も多ございます。掃除が間に合わないのでどうしても12時半になってしまいます」とでも言えば納得するのに不埒なフロント女Kだ。
 休暇中のS氏に電話し、少し改善してもらった。
 今年は交通状況もホテルニューオータニ博多も狂っている。節電とかで2つある玄関自動扉が1つに制限。至れり尽くせりの心地よいニューオータニ博多はどこかへ行ってしまったのか。次の訪福からはホテルを替えようか。
 東京電力放射能漏れ極悪犯罪が全国の日本人に暗い影を落としているのか。
 文書で支配人に説明を求めたかったが、それでは動いてくれたS氏のメンツを潰すことになる。書いたモノをS氏に渡し、よくフロント課長に言うようお願いした。

 こうしてコルベット博多遠征2011(7th)は始まった。(2011.7.16)

トーヨー・プロクセスT1R②(タイヤ)

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 解決。すべてが解決した。
 キョロキョロする高速走行感覚、高速コーナーで外に飛び出しそうな危機感、高速でのゴツゴツの乗り心地、異様なハンドルの軽さ。騒音でさえも。
 「空気圧2.2にしときました~」と言われたがもっと高いと思っていた。やはり2.5だった。GM指定の2.1に戻した。これですべて解決したのだ。
 一皮剥けてないせいじゃなかった。許せメロス、許せプロクセスT1R。
  路面をきちんと捉え、安心感が増し、柔らかく優しくなった。シャープさは薄れた。
 最初からオレの言うとおり2.1にしてくれれば良かったのに。
 とは思ったが、高空気圧の感覚を味わうことができ、違った側面からタイヤを眺められた。さらに昔馴染みの“竹乃家”に行けた。3ヵ月ぶりだ。かえってヨカッタのかも。

 群馬名物ソースカツ丼。現在の名称は“竹乃家のかつ丼”。
 サクッと揚がった豚ヒレ。中心はピンク。あと10秒早ければダメだ!の絶妙テクニック。
 炊きたて新潟コシヒカリ。瑞々しくほのかな甘み。
 ぷーんと良い香りの味噌汁。
 完璧なのが丼ツユだ。甘辛さ、香り、濃さ、ウスターソースの分量。すばらしい。
 3ヵ月ぶりの竹乃家ソースカツ丼。感動した。こんなに美味かったのか。4月に転勤するまで週に5回、他のメニューも併せて食っていた。毎日だ。
 「丼ツユがしょっぱい」「メシが軟らかい」「カツを揚げすぎだ(揚げ足りない)」「丼ツユかかりすぎ」などと若女将に指摘していた。
 こんなにうまいのになんという発言をしたのだ! 3ヵ月ぶりの邂逅にそう思ったりした。
 あっ、タイヤの頁なのにソースカツ丼。
 タイヤがぐっと良くなった嬉しさに、つい美味しいソースカツ丼に強く言及してしまった。

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 「新車に乗った気分だ」
 タイヤの感覚が全く別だからそう感じたのかもしれない。
 T1Rをハメて400km。ついにステキなタイヤに変貌した。こんな嬉しいことはない。今年一番の出来事だ!

 この必要以上の喜び方は常軌を逸している。今はT1Rに夢中なオレ。熱し易く醒め易いセイカク。次のターゲットは何???(2011.7.12)

トーヨー・プロクセスT1R(タイヤ)

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 「スリップサインが出てるから車検通らねぇですねぇ~」
 「左前輪ショルダーはツルツルだけど真ん中は平気だと思ったんだけどなぁ」
 「最近車検厳しいんですよぉ」
 「ホント減ってるねぇ。博多遠征も控えてるし換えた方が良いかっ!」
 「そうですねぇ、ひひひひ」
 かつてのキャディ主治医、群馬県中之条町のI氏。今はコルベットの面倒を見てもらっている。
 俺のC6コルベットが2度目の車検だ。高いからヤナセには出さない。
 1988年に買ったカマロ・スポーツクーペ。最初の車検は35万円。懲りた。それ以後ヤナセで車検をやっていない。

 車検とは関係ないが、2000年にC5コルベットが欲しくて1998年型キャデラック・コンコースをヤナセに査定させた。1年半乗っただけで6,140千円のキャディがたった1,000千円。わずか16%の価値。呆然とした。
 「売る時は高いのに下取りは安いねぇ。自分のトコで売ったクルマがこんなに安いの?」
 「しょうがないんですよぉ~」当時の担当H氏はどこ吹く風だ。
 ヤナセの狼藉ぶりを全国の人達に知ってもらう必要がある。自動車雑誌CG(カーグラフィック)に投稿した。
 「青木さん勘弁してくださいよぉ~部長に怒られましたよォ~~あれはもう辞めたサービス課長が査定したんですよぉ~~~」などと意味のないことを口走るH氏。
 C5コルベットは断念した。
 数日後、見知らぬ男から電話。京都の僧侶と名乗る。
 「CG見ました。まだキャデラック持ってますか。キャデラック売る時は言ってください。ヒャクマンじゃ安いですよねぇ。私の友達もヤナセに下取り出したら安かったって言ってました」
 全国誌カーグラフィックの反響はあった。きっと電話帳で調べたのだろう。いきなり電話してきてキャデラックを売れとは失礼なヤツだ。だが興味深い出来事ではあった。

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               (後)                                (前)

 サイズは前245-40ZR-18、後285-35ZR-19。
  新車装着はグッドイヤー・イーグルF1・ランフラット。34,000km使った。
 ダイナミックな印象だったが途中から乗り心地が急激に悪化し、低速ではゴトゴト言った。パンクしたかと見紛うほどだ。交換時に見たらトレッド面に無数のひび割れ。
 タイヤ屋の兄ちゃん曰く「こりゃぁ危なかったですねェ~!」
 第二弾はヨコハマ・アドバンスポーツだ。
 「心許ない」第一印象。ハンドルを切ると不安なカンジがした。
 一皮剥け、距離を重ねるにつれ、柔らかい乗り心地とコーナーでの踏ん張りに印象は好転した。静かで乗用車のような快適さ。減っても変わらなかった。そのせいか寿命は23,600kmと短い。酷使が効いたか。
 第3のタイヤを履いた。トーヨー・プロクセスT1Rだ。
 乗り心地が素晴らしかったアドバンスポーツをもう一度、と思った。だが違うのも試したい。
 カカクコムをみた。安さ、V字型トレッドパターンのカッコ良さ、レビューの評判。3つが揃ったトーヨー・プロクセスT1Rに決定した。
 アドバンスポーツのリア285-35ZR-19はスピード記号(Y)。(Y)とは時速300キロ以上OKの証。
 プロクセスT1Rは時速300キロまでのただのY。オレのコルベットは最高速295キロだからただのYでいいのだ。

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  コルベットが車検から帰ってきた。
  タイヤを見る。溝が太くて深い。ビックリした。超カッコイイ。V字型トレッドパターンだから雨を排出するのにこれだけ必要なのか。
 
 翌朝。庭からコルベットを出す。ハンドルの軽さに驚いた。
 減ったアドバンスポーツを履いたコルベットからでなく、代車のゴルフ・カブリオレからの乗り換えだからゴルフのハンドルが異様に重かったってことだ。
 走り出す。シュッとハンドルを切るとサッと曲がる。とてもシャープだ。
 タイヤを新しくすると納車されたばかりの新車に乗る気分だ。カラダの隅々までゴシゴシ洗い、身も心もすべてが真っ新になり、シャキ~ンとしたカンジがする。
 GM指定空気圧は2.1だが「新品タイヤだからちょっと多めの方が良いんで2.2にしときましたぁ~」って主治医を尊重した。
 柔らかい乗り心地が好きなオレ。懸念したが快適だ。
 納車までに90km走っている。今朝高速道路をゆっくり35km乗った。同じ関越道でも速度によって風景は全く変わる。計125km。
 “100kmまでは時速80キロ以下で”のクビキは解かれた。
 一皮剥けた。徐々に慣らしていく。今後どんなダイナミック性能を見せてくれるか。ヨダレが出るほど楽しみだぜ。

  帰途。荒れた国道17号ではかたさが目立つ。空気圧2.2と言っていたがもっと高いに違いない。博多遠征までに2.1に下げてもらおう。

 翌々朝。ハンドルの軽快さは今日も嬉しい。
 バランスをちゃんと取ってあるか、確認のためスピードを上げる。OKだ。
 ハンドルがキョロキョロする。あまり良いカンジではない。パターンのせいかノイズも大きい。
 まだ150km。距離を重ねれば馴染んで「イイぜ!」となるだろう~。

 帰途。リアもキョロキョロする。まだ一皮剥けていなかった。200kmじゃ仕方ないか。
 アドバンスポーツも1,000km走ってから良くなった。もう少しの辛抱だ。

 こうしてアレこれ感じながらタイヤは成長し、オレは安心し納得する。(2011.7.7)
 

コルベット5周年

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 2011年7月1日。
 コルベットを駆って丸5年。57,500km。
 アッという間の5年だった。2006年7月1日が昨日のように感じる(?)
 ローンも終わった。月々64,000円×60回、ボーナス250,000円×10回。とても晴れ晴れした気分だ。
 数年前、キャデラックの5年ローンが終わった時も嬉しかった。その前はカマロZ28の4年ローン、その前がカマロ・スポーツクーペの3年ローンだ。
 俺はローンでばかりクルマを買っている。
 カネを貯めてからではいつ買えるか分からない。毎月口座から有無を言わせず引き落とされれば、そのカネは最初からなかったモノと思えばいい。気の持ちようでどうにでもなるのだ!?
 ローンが終わればその金額を貯めるのが理想だが、手元にカネがあれば使っちゃうのが人間のサガ。よほどキチンとした奴でないと不可能だ。怠惰なオレにはとても出来ない。
 「明日ではなく今を生きよう~!」
 何にでもこの言葉を当てはめれば気持ち的には解決する。

 5年間の酷使に耐え、素晴らしい走りを見せてくれたコルベット。俺にとっては超弩級スポーツカー。サイコーの大人のおもちゃだ。堪能した。ぐいぐいムチを入れた。
 猛獣使いならぬコルベット使いとしてオレは日本でも有数に違いない!?
 「もう飽きた」「Z06が欲しい」「パドルシフトの反応が遅い」「黄色いカマロSSがカッコイイ」
 5年の間には色んな思いがあった。だが途中で手放すことなく記念すべき5周年を迎えることができた。

  車検から戻ったコルベット。家の中でもわかるドロドロドロッとハラワタに響く重低音。自分のクルマが近づいてくるのを聴くことは希だ。シビれたぜ。
 キレイだ。とても5年経ったクルマとは思えない。青空駐車なのにボディはピカピカだ。塗装も良いのだろう。惚れ直したぜコルベット。
 着座する。囲まれ感横溢のコルベット。乗ってみる。ガッシリした走りにも惚れ直しだ。カマロ・コンバーチブルへの憧憬が少し薄れた。
  しかも、初夏に日本上陸するハズのカマロ・コンバーチブルが出ない。GMJにメールで訊いた。
 「日本国内への正規導入予定は、現時点では未定でございます。決定次第、新聞・雑誌・ホームページ等を通じ、お知らせして参ります」などとトボケた答え。
 「近日中に導入ですが今は公表出来ません。もうちょっとお待ちください!」これがスジだろう。役人的な回答にガッカリした。

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 ヴーヴクリコ・イエローラベルで乾杯! スタンダードタイプではモエ・エ・シャンドンより好きだ。ホワイトラベルは甘くてうまくないけれど。
  と思ったが、職場の近くでも家の近所でも売ってない。いつもの酒屋にもない。そこでカヴァにした。シャンパンと同じ製法で作られるスペインのスパークリングワインだ。
 フレシネが有名だがコドーニュの方がうまい。コドーニュ・セレクションラベントス。コルベットの祝いには力不足だが仕方ないだろう。

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 ツマミはボイル海老。
 フルートグラスはオーストリアのリーデル。繊細な泡を奏でる。
 辛口でうまいが、最後にハチミツ味。余韻と思えば問題ない。(2011.7.1)

椿とコルベット

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 この家に移ってからかなり長い年月が経つ。最初からあった椿の木。
 うまいモンや歓楽街には重大な関心を寄せるオレだが、風景や花にはまったく興味がない。旅行をしても名所旧跡とは無縁だ。11年間60回以上の訪福でも太宰府は一度も訪れない。
 そんなオレでも春になると毎年花を咲かせる庭の椿を知っている。住んでいるヒトが無関心なのに毎年よく咲くぜ。健気だ。植物ってエライ。
 ゴールデンウィークに満開となるこの花も、今年は寒くかなり遅れた。
 2月から居なくなったキャデラック・コンコース。

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 “椿とコルベット”より“椿とキャディとコルベット”の方が賑々しいぜ。(2011.5.15)

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   (ステキな椿の絨毯とキャディのケツ)

きれいなコルベット

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 昨日、9ヵ月ぶりにコルベットを洗った。見違えるようにキレイになった。他人のクルマみたいだ。
 クルマは趣味の筆頭格。スタイル、スピード、サウンド。3つのSが肝心だ。走らせるのが大好き。群馬から福岡までの1,200kmをほとんど休まずに12時間でイッキに行っちゃう。

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 だが洗車はキライだ。30分~1時間労力を使うならコタツにもぐっていた方がイイ。俺はモノグサだ。クルマを毎日撫でているヤツの気が知れない。クルマは床の間に飾っておくモノじゃなく走らせるモノだ。
 「汚れても平気で乗ってるとこが凄いねぇ。普通、良いクルマ買えばキレイにして乗るもんだけどねぇ~」違いの分かるヒトがひとりいた。

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 2ヵ月前に廃車した12年乗った紺のキャデラックも洗わなかった。
 「日本で一番汚れたキャディだぜ」などとジマン(?)してヒトの反応を楽しんだ。否定的な意見が多かった。
 「流石マサさん、世界の高級車キャデラックを汚して乗るとは粋ですねぇ」なんて洒落心あるコメントはなかった。

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 融雪剤(塩化カルシウム)で白く汚れたコルベットの真っ赤なボディ。もう雪は降らない。たまには洗うか。
 景気づけにビール中瓶(500cc)。ノドが潤った。洗車開始だ。ムリな姿勢で下の方を洗うと苦しい。ビールは洗車の後に呑むべきだとわかった。

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 こんな綺麗なコルベットは年に数日だ。明後日には雨の予報が出ている。今日も昼間、フィリピンのスコール張りの凄い雨があった。
 「昨日9ヵ月ぶりに洗車したのにもう雨だ!」とわめき、周囲の笑いを誘った。幸いにもすぐ止んだ。
 薄暗くなったが激写しない手はない。撮った。

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 新車みたいだ。もうすぐ5年、55,400kmのクルマとは思えない。超カッコイイ。前から後ろから斜めから。どこから見てもステキ極まりない。

 自画自賛して気が済んだ。(2011.4.25)

キャディ姐さんの呪縛

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 先日、廃車を決めた俺のキャデラック・コンコース。
 大きなボディを横たえてある自動車屋に出向いて写真を撮り、ステアリングに“別れと感謝の口づけ”をした。2週間前だ。

 姪のY子が泣いた。
 “キャディ姐さん死すⅡ”(2月10日記事)を読み終わると大粒の涙をポロポロと落としたのだ。
 「どうしたの!?」
 「Ⅱの途中から切なくなって…」
 キャディ姐さんに涙を流してくれるとは! 姪のY子は心の優しい良いコだ。
 俺の文章がヒトを感動させたとは! 嬉しい。

 「もう廃車した?」朝、主治医I氏に電話した。
 「はい、昨日しました」
 「!」もうしちゃったのか。
 法的にも俺のキャディ姐さんは死んだ。
 キャディ姐さんとの記念に、ボンネット先のオーナメントを外すよう頼んでおいた。
 「グリルも取っときましたァ~部屋に飾るんにイイと思いまして~」
 「おぉ、そりゃイイね」
  キャディよ、フロントグリルやオーナメントをもぎ取られて痛かったろう、などとはもう言わない。

 グリルとオーナメントを家に持ち帰った。家に入れるとデカい。
 愛しいヒトの“遺骨”みたいで複雑な心境がした。決して残骸とは思えない。
 でも、そろそろキャディ姐さんの呪縛から逃れなければ …。(2011.2.22)

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 雪解け泥水や融雪剤(塩化カルシウム)に汚れたオーナメントとグリル。
 日曜昼間、外の水道で洗った。
 台所洗剤ジョイをつけたスポンジで洗った。
 ボンネット先のオーナメントはまだ十分に輝いている。
 グリルは所々くすみ、風雪に耐えた12年8ヵ月を如実に物語っていた。(2011.2.27)

コルベット博多遠征2008(4th)

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  2年間で4度目の西方遠征。福岡とその他だ。いくら運転が好きでもよくやるぜ。
 2006年7月。初回。ベティを買って2週間後に決行。九州の帰途、松山と徳島。
 2007年3月。2回目。帰りに大阪一泊。
 2007年7月。前回。神戸福岡徳島。
 そして今回。讃岐うどんに関心を寄せたが全日空ホテルクレメント高松が満室。それで徳島に変更。シティホテル派の僕。
 例年、梅雨明けは7月20日。“梅雨明け十日”といって直後は天気が良い。
 三連休の混雑を避け、最終日7月21日24時(22日0時)出発。
 「ロングドライブは飛ばさない」がモットー。
 横川で雨に祟られ軽井沢では濃霧に見舞われたが、あとはOK。曇りだから暑すぎない。
 いつもは混むはずの名神はちょうど良いクルマの数。
 中国道に至っては25分走ってやっと一台に遭遇。アップダウンやカーブが多いがこの少ない交通量は最大の魅力。
 西方遠征は中国道に限る。各都市を結ぶ山陽道は混むからキライ。
 毎回混雑の九州縦貫道さえも空いている。ガソリン価格高騰(ハイオク1㍑194円!)が奏効した。
 1,200km余り。初めて気にした燃費12.4!
 いつも思うがGM車は高速コーナーでハンドルが異様に重い。カマロもキャディもベティも。しかし背もたれをわずかに起こしたらピッタリきた。今まで傾き過ぎていたのか!?
 15時到着予定が13:40。以前より100分早い。
 眠くならず、勝央SAでカツカレー+豚汁朝食の他はロクに休まないからこのタイムだ。素晴らしい。
 ニューオータニの角を曲がる。
 すぐに気付いたドアマンS氏。俺専用中央特等席にベティを誘(いざな)う。お礼に群馬の地酒“貴娘特選本醸造”四合瓶。
 駐車場を賑わわせたのは主にベンツ。
 旧SL、CL63AMG、S63AMG。迫力満点の黒CL63。銀のS63もド迫力。
 だが迫力では一歩譲ってもカッコ良さの点で我がベティはイチバンだった。
 「もしS550を買って意気揚々乗り込んでも隣にS63AMGが並んだら嫌だな」などとセコいことを考えた。
 「AMGは250でリミッターだから大したことない」と思ってはいても…。
 黒フェラーリも参戦し、玄関前は華やかさの狂宴。一角を担ったベティ(我がコルベット)。
 福岡-徳島、徳島-群馬も順調。

 福岡初日16時間睡眠。帰宅後長時間居所寝。体力は気力を凌駕しなかった。(2008.7.27)

キャディ姐さん死すⅡ

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 知人のモータリングライターK氏にメールした。
 「キャディのトランスミッションがイカれました。交換に50~60万じゃ諦めざるを得ません。コルベットだけでは雪道ダメなので小さいFFの欧州車を検討しています。アウディA1、フィアット500、シトロエンC3。インプレッションを読みましたが決定打に欠けます。安くて格好良いマツダデミオも好きですがもうすぐモデルチェンジだし…」
 「延命措置は採られないのですか? 青木さんにはキャディがお似合いですよ!」
 その言葉にグッときた。
 「60万出してもまた別の箇所が壊れる可能性もありますし」
 「リビルドATなら安く治るでしょう」
 リビルドATとは、中古品をオーバーホールして新品に遜色なく仕上げたATのこと。その存在をまったく知らなかった。
 スタイルやスピードは詳しいけどメカにはあまり興味のない“カーキチ”のボク。

 さっそく主治医のI氏に電話。
 「あ~リビルドでも結構イッちゃいますよ~。新品と変わんねぇくれぇ。20~30くれぇですかねぇ~。それならクルマ買う方が安くなっちゃいますよ。そのテのキャディなら30万で買えますから」
 自分で新車から12年8ヶ月174,288km乗った大事なクルマを、値段の同じ中古車と一緒にされては心外だぜ。
 「専門に作ってるトコがあるんかい?」
 「ありますよ~送ってくれって言うんですよ~それをまた治すんですね」
 「幾らかかるか調べてみてくれぇ」
 「わっかりましたぁ~」

 「調べたんですけど特殊だからキャディのはねぇんですよ。新品はやっぱり60しますね」
 「それは凄いね。どこに訊いたの?」
 「いつも使ってる部品屋です」
 「Nって会社がでかくやってるようだよ。調べてみてくれ」
 「わっかりました。訊いてみます」

 愛しいキャディ姐さん、生き返ってくれ。(2011.1.31)

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 「訊いたら298,000円からなんですよォ。外して送ってオーバーホールして送られてくるんですよ~」
 「あ、自分のを治すんだ? どっかの廃車になったATがもうあるんかと思った」
 「型によってはそういうのもあるらしいんですが、もっと高ぇらしいんですよぉ」
 「工賃だって高いんでしょ」
 「そうですね~俺んちは今忙しいから後輩でそういうのに強ぇのがいるから、そいつは忙しくねぇからやれるってんですよ~」
 「工賃いくら?」
 「10万くれぇイッちゃいますよォ」
 「じゃ最低でも40万か」
 「そうですね、そのくらいイッちゃいますね~」
 「治してもまた別のトコが壊れる可能性もあるしなぁ。ちょっと考えさせてください」
 「すいませんねぇ」
 40万か~。困ったぜ。(2011.2.3)

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 考えたあげく「キャディ姐さんを棄てる」ことにした。明日はI氏に電話しよう。
 月曜日。コルベットが職場駐車場に到着。SHOWYAのCDを消した。エンジンを切った。さぁ、電話だ。
 「!」ケータイがない。17~18年間一度も忘れたことのないケータイを忘れた。
 何故だ! まだキャディ姐さんに死刑宣告をしたくなかったのか。こんな事が起きるとは夢にも思わない。
 宣告は明日に延期された。
 キャディ姐さんは1日延命した。(2011.2.7)

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 08:13。I氏に電話。14回コールしても出ない。死刑宣告はまだなされない。
 08:20。7分後にI氏から電話。ついにその時は来た。
 「やっぱりキャディを廃車することにしたよ」
 「わっかりました~」
 「写真撮ってもらいたいんで昼休み行くけど居る?」
 「はい、居ますよ」
 「距離計も撮りたいからキーも用意しといてくれ」
 「はい、あります」
 「じゃよろしく~」
 「わっかりましたァ~」
 とうとうキャディの死刑を宣言してしまった俺。本当の別れがやってくる。

 出前の昼メシを食った。今日は食欲がないから盛りうどんだ。行かなければならない。気が重い。別れを告げに行くのが辛い。
 ベティに乗って出かけた。若い愛人(2006年型コルベット)と一緒に、正妻(1998年型キャディ・コンコース)に引導を渡しに行くみたいだ。ヘンな気持ちだ。長年付き合った年増女を手放す気がする。
 12:20。自動車屋の駐車場に俺のキャディ姐さんは居た。寂しそうにひとり佇んでいた。ホコリをかぶっていた。
 「こんな所にひとりで辛かったろう」慰めた。
 「もうキミとは別れなければならない」直接告げた。
 姐さんは返事をしない。怒っているのか。悲しくて声も出ないのか。
 そうか、キミはクルマだから喋れないのか!?
 写真を撮った。別れを惜しんだ。いっぱい撮った。
 前から後ろから横から斜めから。遠くから近くから。
 ドアを開けて室内も撮った。
 運転姿勢から前方を撮った。
 エンジンをかけてオドメーターを撮った。174,288kmだった。
 「よくそんなに走ったな」心の中でねぎらった。
 主治医I氏に俺と姐さんを撮ってもらった。
 俺とキャディとベティを撮ってもらった。
 途中で切れないように、デジカメのバッテリーを昨夜充電した。
  「Iさんのおかげでキャディをこんなに長く乗ることが出来たよ」
 「とんでもねぇです。俺の方こそ勉強んなりましたァ」
 「お世話んなりました。ありがとう」
 「ありがとうございました」
 
 最後にステアリングに“別れと感謝のくちづけ”をした。
 キャディ姐さんとの蜜月はすべて終わった。
 いくらコキ使っても全部応えてくれたキャディ姐さん。
 そぶりは見せなくてもやっぱり疲れていた。
 痩せ我慢の美学。
 路上で立ち往生せず工場に辿り着いた凛々しさ。
 死ぬまでカッコ良かったサイコーにいい女の姐さんだった。
 今生の別れだ。
 帰りにはコルベットのアクセルをうんと踏んだ。早くその場を離れたかった。
  道路に出て、キャディ姐さんをチラッと見た。姐さんはさっきと同じ所にいた。
 学生時代。帰省して東京に戻る時、飼っていたネコが外まで追いかけてきたことがあった。姐さんは追いかけてこなかった。オレを詰るかのようにそこにじっとしていた。その顔はひどく悲しそうだった。
  「マサさん、なぜあたしを棄てちゃうの? 20万kmイクって言ったじゃない」
 その声が聴こえなくなるように、俺はベティのアクセルをぐいんと踏んだ。

 工場入り以来、11日ぶりの再会だった。
 実際に逢ったら何故かスッキリした。
 16年前オヤジが死んだ時すごく悲しかった。火葬場で焼いている時、ふっと吹っ切れて涙が止まった。あれに似たカンジがした。(2011.2.8)

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キャディ姐さん死すⅠ

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 4,648日(12年8か月超)。174,288km。
 苦楽を共にした俺のキャディ姐さんが死んだ。
 どんなに傍若無人運転をしても、俺を事故に遭わせなかった。
 一度もワックスをかけなくても肌は輝いていた。
 スピードリミッターは要らない!と思うほど高性能だった。
 そんなキャディ姐さんが死んだ。
 着物の似合う姐さんだった。
 長い付き合いだから悲しかった。
 でも姐さんは最近、疲れていた。
 「もうアタシはあなたに充分尽くした。解放して!」
 「あなたとの蜜月は素晴らしかった。もういいの!」
 昔、聴いたセリフだ。
 長年飼っていた年寄りの飼い猫が死を予感してす~っと居なくなるように、突然に。

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 一昨日からDに入れてもRにしてもすぐ動かない。
 数秒経ってウィ~ンと動き出す。
 昨日の朝は関越道をかっ飛ばしてきた。12年17万kmでもアクセルをぐいぐい踏む容赦ない俺。世界の高級車キャデラックは違う、大いに満足した。
 だが昼休み、加速が出来ない。ぐいっと踏んでも「ガーッ」と音が高まるだけ。
  ミッションオイルがかなり抜けたか?

 事態は深刻だった。
 主治医のI氏に診せた。
 「オイル全然減ってねぇですね。完全に滑ってます。ウチに辿り着くんがやっとだったですよ。もうギアが入んねぇですよ。ミッション、イッちゃってますよ」
 路上で立ち往生せず、最後の力を振り絞ってちゃんと到着したんだ。みっともないことはしない。流石オレが惚れたキャディ姐さんだ。
 「高いんだろ」
 「高ぇですね。50~60万イッちゃいますよ」
 「そんなにするんだ 応急処置は出来ないの?」
 「出来ねぇですね。もう中までイッちゃってますから」
 「じゃウチ(40分)まで帰れねぇかな」
  「ムリですよ」
 「代車出せる?」
 「いいですよ」

 俺の愛おしいキャディ姐さんが死んじゃった
 いつかは訪れる“別れ”。でも「まだまだ」と思っていた。
 突然の死に、俺は途方に暮れた。
 もっともっと乗りたかった。
 もっともっと鞭を入れたかった。
 もっともっとコキ使いたかった。
 もっともっと可愛がりたかった。
 もっともっといたわりたかった。
 もう、それが出来ないなんて 突然の死は悲しすぎる。
 2011年1月28日に死んだ。
 新車を買ったのが1998年5月9日。もうすぐ13年だった。
 もっともっと乗って20万kmイキたかった。
 だが可愛いキャディ姐さんは174,288kmでその生涯を閉じた。

 数日前、17万数千kmのオドメーターをデジカメで撮影する自分を想像した。
 縁起でもない事を空想するから現実になった。
 予知したのかもしれない。

 キャディとの12年以上が走馬燈のように駆け巡る。
 “舐めるように滑らかな乗り心地”に夢中になった。みんなに自慢した。
 往年の美人女優ジャクリーヌ・ササールを彷彿させる女っぷりだった。
 とても静かだがアクセルを踏み込むとボロボロボロッと蓮っ葉なカンジが好きだった。
 一見上品なオンナが食事のマナーで馬脚を顕したような微笑ましさだった。
 左肘を窓枠にかけ、ヤクザっぽい仕草で“コワモテ”も得意種目だった。
 高速に乗れば俊足ぶりを遺憾なく発揮した。
 柔らかいけど脚は踏ん張りが効いた。
 通勤の峠では「キキキキキーッ」とタイヤを啼かせた。フロントショルダーのワイヤーが顔を出した。
 博多に行った。佐賀県呼子町にも行った。
 シマカンに行った。帰りは松阪に寄った。
 徳島に行った。広島に行った。岡山に行った。京都に行った。金沢も行った。富山にも行った。
 新潟は数え切れないくらい行った。
 大宮にも行った。
 走馬燈よ、永遠に止まらないでくれ(2011.1.28)

コルベット博多遠征2007(3rd)

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  前回の博多一気14時間走行では助手席のオンナが疲れたので、今回は昼間走行のみ。先ずは神戸だ。
  朝7時群馬出発。14時前ホテルオークラ神戸着。たった600km。いつもの半分。楽だ。
 おやつに「老祥記」豚まん。昔食ってとてもうまかったが、期待が大きすぎた。
  翌朝6時発。明石魚の棚商店街「大善本店」で焼きあなご。
 一串4尾2千円。SAでかぶりつく。うまい。ジュワッと肉汁あふれ歯ざわりサクッ。皮やわらかく脂適度。甘み抑えた甘辛加減も申し分ない。宮島「うえの食堂」を凌駕か。群馬に帰って大量に取り寄せるぞぅ。

 長距離ドライブでは“無事故無違反”が至上命題。
 山口県内の中国道。ゆっくり走行を邪魔するしつこく付いてくる旧型ベンツCL。
 それならコルベットの凄い加速を披露してやろう。驚くなよォ~
 追越車線に出ながらアクセルを素早く半開。雨上がりで路面が濡れていた。
 「!」ずるずるずるっとケツが左右に三往復。走行車線のクルマにぶつかるぅ~
 アクティブハンドリング(ESP)に救われた。危機一髪。
 “尻振りダンス”は小雨の通勤峠で二度。共に2速固定。高速道路で踊るとは夢にも思わない。
 唐突なベティの挙動。はるか後方遠く離れていくベンツ。しつこいベンツ野郎め肝を冷やしたな。戦う時は最後までやれ、死ぬ気でやれ! ダサい奴だ。
 「今度から俺の尻につくんじゃねぇ

  ホテルニューオータニ博多玄関前駐車場。
 ベティの二台横にエンツォ・フェラーリ!
 1億5千万円のスーパーカーだ。ヤバい。エンツォにばかり注目が集まる。
 チーフドアマンS氏曰く「選挙事務所の展示用ディーラー車です」なんだ展示車か、ホッとしたぜ!?
  最終宿泊日。
 玄関前左方に広島ナンバー白ロールスロイス・ファントム!!!
 巨大。怒濤の全長5.83m。俺のキャデラック・コンコースよりさらに50cm長い。高さもある。山のようだ。
 圧倒的な存在感、迫力。陸の王者だ。
 戦車でも装甲車でもダンプカーでもタンクローリーでも新幹線でもライオンでもアフリカ象でもティラノザウルスでも、この威風堂々ぶりには敵わない。
 あまりに凄すぎて退廃的ですらある。45,000千円の価値はじゅうぶんだ。カネがあったらすぐ買うぞ。
 俺の美意識としては、銀濃淡ツートーンカラーボディに真っ赤の内装。又はヌメッとした黒に紫インテリア。粋だぜ。アイボリー濃淡に白も素敵。
 大親分に違いない。バンパーに虫がくっついている。飛ばして来たのだろう。拭かないのが格好いい。
 大好きなランボルギーニ・ムルシエラゴLP640も色を失う。参院選後の民主党のように、RRは“ほしーのリスト”ダントツ1位に躍進した。

  あとは宝くじが当たればイイだけだ (2007.7)

コルベット博多遠征2006(1st)

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 2006年7月1日。コルベット納車。
 7月13日。納車を記念して博多遠征だ。16:30群馬出発。
 1200km走破に先立ち洗車。きれいになると必ず雨に見舞われる。
 関越道、上信越道、長野道、中央道、名神高速、中国道、九州縦貫道を蹂躙する。
 7月14日。04:30。中国道広島県内で猛烈な眠気。PAで10分まどろむ。 
 08:15。ホテルニューオータニ博多到着。ドバドバドバッと轟く烈しい排気音。
 「宿泊なんですけど駐車場はどこですか?」
 「玄関前にどうぞッ!」
 クルマと乗員のカッコ良さに恐れをなす(?)チーフドアマンN氏。
 “河太郎”のヤリイカと関アジの活造り。
 “せいもん払い”の小型活ヤリイカ、佐賀牛炭火焼き。
 “柳橋食堂”の海鮮丼。皆うまい。

 7月15日。唐津市浜玉町の“銀鮨”。昨年来てうまかった。だから又来た。
 だが先客4人と我々2人計6人をカウンターで捌くには能力不足の店主(展)。
 しかも、亀のように鈍重な仕事ぶりを下らない言い訳をして正当化しようとする。
 とんでもない野郎だ! インチキや誤魔化しは大嫌いだ。
 こんな鮨屋が世の中にあるとは全く信じられない。
 もう絶対行かねぇぞ! 恥を知れ恥を!!

 7月19日。移動日に突然の土砂降り。
 アップダウンの激しい混んだ縦貫道を経て中国道、広島道、山陽道、初めてのしまなみ街道。
 今治からへんぴな山道を松山に向かう。これも国道だ。
 松山全日空ホテル。狭い部屋。
 板前のウデがない“三崎漁師物語”。
 同じ漁場から大分の佐賀関なら関アジ、愛媛の佐田岬に揚がれば岬アジ。せっかくのうまいアジを生かし切れていない。これじゃぁアジが可哀想だ。

 7月20日。伊予地方大雨警報発令。高速道路は途中で通行止め。
 それでも宿泊地徳島とは逆方向の宇和島市吉田町を目指す。
 “河合太刀魚巻焼店”だ。狭い路地に真っ赤なコルベットを無理やり駐める。
 太刀魚をさばき、棒にぐるぐる巻き、店頭で焼く。女将さんと娘2人がテキパキと働く。
 「TVで観たパツキンのネ~サンに逢いたくて群馬からクルマで来たよ!」言い放つ。
 「元気の良い姉ちゃんはバドミントンで骨折して休みなんですよぉ」
 そう言う妹(知ちゃん)もパツキンだ。しかも相当おもろい。
 オレの前を横切ると香水。色っぽい香りに劣情をもよおす。
 「いつからこの店やってるの?」
 「古いんですけど巻焼は3つ下の弟が大学生の時だから20年かな…あれぇアタシ自分の歳いくつにしたんだろぉ~~?」
 「ハタチくらいにしか見えないで」
 「あたし37なんですよ…あっ16~17年前だ」
 日本酒2升呑んでも平気。畏るべき女。
 これより凄い姉(京)ちゃんとは人間なのか? 吉本興業並みの面白さらしい。
 店内の簡素な椅子で楽しい会話と美味しい巻焼とアジすり身コロッケ。
 「お姉ちゃん、機嫌が悪い時はコロッケにコショーをうんと入れるんですよ」
 クルマで行くぜってFAXを覚えていたパツキンねぇちゃん。嬉しい。
 「また来るよ、美人は2人揃ってるかい?って訊いてから」
 その後、何度か2人とメールをやり取りした。とてもおもろいメールだった。

 豪雨の中を徳島。
 凄くうまい徳島ラーメン“いのたに”、イマイチの“可成家”
 7月21日。07:00。ホテルクレメント徳島出発。
 鳴門ICから入った途端あり得ないほどの土砂降り。
 豪雨の高速道でも破綻しないコルベット。水溜まりに突っ込んでも大丈夫。

 17:15。群馬に無事帰還。
 よくやったぜベティ(コルベット)と俺。 (2006.7.21)

コルベット博多遠征2009(5th)

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(往路優勝)
  5度目のベティ(コルベット)博多遠征。
 女を乗せない単独行は2回目だ。例によって7月20日過ぎ。
 「梅雨明け10日」といって一番天気が安定する。
 3連休最終日深夜、静かな闘志を秘めて出発する。
 今年は麻生馬鹿丸出し首相が導入したETC休日割引。
 「どこまで行ってもセンエン」下品に口をへの字に曲げ汚い声で自慢していた。
 だが、営業努力で実現した千円ではなく差額は税金で補填する。利用者が増えるから儲かるのは高速道路会社だ。これが景気対策と言えるのか。
 やっぱり麻生はイカレてる。
 福岡ICの料金表示は大阪圏を通ったためセンエンではなく2700円!

 第1ステージ(0→300km)。
 3時間ほど寝て7月20日23;30に旅は始まった。
 24時までに入らないとセンエンにならないからだ(セコいぞ!)。
 快調。新装なったヨコハマ・アドバン・スポーツは静かで快適。エンジン音さえも軽やかだ。
 写真は34,000kmを全うしたグッドイヤー・イーグルF1のリアタイヤ。
 285-35-19を部屋に入れるとデカい。部屋のアクセントを目指したが、あまりの臭さに3日でタイヤショップに返還。
 洗車したばかりなのに群馬県松井田で小雨。いつもこうだ。
 SAでトイレ&コーヒー。僅か5分の休憩。

 第2ステージ(300km→600km)。
 長野で凄い雨。岐阜の土岐ではバケツをひっくり返した豪雨。
 夜の高速の雨はキツい。雨が凄すぎて白線が見えない。次のカーブがどっちかわからない。70キロしか出せない。ハイビームは雨粒が拡大するだけだ。
 “夜+高速+雨”最も忌むべき事態。
 昔は渋滞が常識の名神高速。夜明け前、不況、補完道路整備等でガラガラ、スイスイ。アッと言う間に吹田JCT。
 中国道最初のSAで給油。トイレ&コーヒー。休憩10分。もう半行程制圧。

 第3ステージ(600km→800km)。
 明るくはなったが激しい土砂降りの岡山県。トイレだけのPAで休憩10分。

 第4ステージ(800km→1065km)。
 今回の白眉。
 超激しい豪雨の山口県。
 プールに飛び込んで目を開けたように水しか見えない。雨ではなく見えるのは水なのだ。目をこらしてやっと前車が見える。ぼんやり白く浮かぶガードレールが頼りだ。
 経験したことのない激しい雨。生きた心地がしない。これが時間100mmの凄さか!
 だが恐怖に駆られてここで止まったら終わり。少しでも前に進まなければいつまで経ってもプールから上がれないのだ。
 こんな時に無灯火の馬鹿グルマがいる。給油のみ10分。

 第5ステージ(1065km→1200+km)。
 山口、福岡両県ともあり得ないバカ降り。心細くなった。
 だがイクしかない。逃げても解決しない。こんな凄い雨の高速初めて。道中7割が雨。

 最悪気象条件の中、1200km+を11時間半。
 昨年より2時間短縮。驚異的走り。異様に少ない休憩時間。
 もの凄いスタミナ、精神力、運転テクニック、やり抜くという強い意志。流石ベティ(コルベット)のマサ。
 健闘を祝して自分をうんと褒めた。
 翌日昼寝後、某所でマッサージのせいか背中に痛み。疲れがドッと出た。(2009.7.21)

(復路優勝、総合優勝)
 ちょうど山口県を通った頃激しい土砂崩れがあった初日。
 老人施設が流される惨事があった。あのあたりを通ったのは朝8時。まさにその時に凄い事が起こっていたのだ。
                                ~ 中略 ~
 結局帰りもロクに休まず7割が雨の中、北陸周りで1300km弱を12時間。
 驚異的だ。往路より速い。箱根駅伝なら往路も復路も優勝。総合優勝だ。
 総距離2500km弱。休憩込み走行時間23時間半。しかも全行程7割が豪雨。

 何から何まで凄い。
 以下の両金字塔を凌駕か?
 ・群馬~鹿児島1600km弱を21時間半(熊本県一部一般道路)/カマロ・スポーツクーペ
 ・1ヶ月1万km/カマロZ28

 オレは凄い!      (2009.7.26)

キャディ姐さんの独り言

080182
064-2

 (出演 … あたし:キャディ   あなた:マサ  日本の小娘:フェアレディZ  ヤンキー娘:コルベット)

 あたしがあなたに飼われて今日で11年。16マンkmを後にしたわ。
 あたしはアメリカン。ガイジンのクセに着物がよく似合う色っぽい女。
 あなたはジャパニーズ。日本の小娘に浮気したあなた。
 「やっぱり日本女の方がイイの?」それは2ヶ月で終わった。
 今はパワフルなヤンキー娘と3年近くも。超弩級性能に惚れているあなた。
 巨乳(108cmKカップ)AV女優青木りん並み。妻妾同居だわ。
  でも第一女の座は渡さない。

 傍若無人なあなた。
 迷惑運転は許さないあなた。
 ふざけた野郎は絶対許さないあなた。
 一例を挙げると、不意にウインドーウォッシャー液を噴出させる前車は速やかに抜き去り、間髪を入れず液を浴びせ「直後にクルマが居る時は出すんじゃねぇコノヤロウ!」と行動で教える教育熱心なあなた。
 こんな荒唐無稽なヒトを乗せても事故を起こさないあたし。
 3月にはセルフレベライザーが故障しヒップアップの不様な姿。ホットロッドだわ。世界の高級車キャデラックらしからぬ最悪の乗り心地。修理費が高ければあたしを棄てようとしたあなた。
 「ひどいわ、酷いワ」
 何とかタダで治ったら「20マンkmはイクぞ!」などとゲンキンなあなた。

 あたしが年増だから甘え放題のあなた。
 でも巨乳ヤンキー娘も酷使しているから「ま、いっか」
 こんな楽天家だからあなたにつけ込まれるあたし。でもいいんだ、11年も続く腐れ縁だもの。
 あたしの命の尽きるまで、あたしに乗って! あたしを堪能して! あたしを酷使して!
 自虐的になるあたし(キャディ)。そうさせる魅力的なあなた(マサ)。
 生まれ故郷アメリカに行けば、10年も20年も前のキャデラックやリンカーンが悠然と街を行き交う。
 日本では生きにくい年増女。でもあなたが守ってくれれば幾らでも生きてみせるわ。
 「マサさん、あたしを守って!」昔、新潟で聴いたセリフ。
 2009年型が最後となるDTS。あたしの血を受け継ぐ伝統の大型キャディ。
 マサさんがあたしを棄てるとしたらDTS以外考えられない。
 そうじゃなきゃチンチン切っちゃうから!

 「大型オンナは恐ろしい」
 マサさんの怯えた声が聞こえそうだわ。 (2009.5.9)

コルベット購入の顛末

ホイール - コピー (2)
 2005年型から日本導入されたC6コルベット。
 驚きの4AT。しかも17年前に所有した1988年型カマロと全く同じシフトノブ。
 GMはモノグサなのか?細かい事はどうでも良いのか?部品が余っていたのか?そのデザインがサイコーなのか???
 2005年8月、シボレー本国サイトに2006年型発表。古くさい4ATはパドルシフト付き6ATになった。
 一挙に近代化したコルベットを放ってはおけない。
 早速ヤナセ高崎支店H氏と商談。彼とはもう17年の付き合いだ。
 来年2月末納車希望。本国にある真っ赤なインテリアが欲しい。2005年型は黒かベージュのみ。
 「2006年型日本仕様に赤内装が可能かどうか調べてくれ」
 「わかりましたァ~」
 なかなか連絡が来ない。こちらから電話。
 「GMジャパンに訊かなきゃならないんですよォ~」
 「訊いてくれ」
 翌日。
 「訊いたら今年と同じで黒とベージュだけです!」
 「わかった。それじゃ赤ボディに黒内装でいこう」

 時は経過し2006年1月7日。GMジャパンHP。
 そこには何と本国同様インテリアは黒、赤、ベージュ、グレーの4色があるじゃないか!
 すぐH氏に電話。
 「わかんなかったんですよぅ~」
 「いつわかったの?」
 「年明けですよぉ」
 「HP更新したりパンフレット作るのにそんなハズないだろう」
 「年末ですよォ~」
 ウソ誤魔化しの羅列。あの時GMジャパンに訊かなかったのだ。テキトーな奴め。
 「明日行きます」
 翌日職場にH氏。
 「俺は赤内装が欲しいってずう~っと言ってただろう!」
 「最初はわかんなかったんですよォ~!」
 「わかった段階でなぜ言わないんだ!」
 人間だからミスをするのは仕方ない。わかった時点ですぐ対応、が重要なのだ。
 「いいですよっ! キャンセルしますか!! キャンセルしますかっ!!!」
 出来るもんならやってみろ、と言わんばかりの暴言。
 そこまで言われちゃ「キャンセルするよっ!」は当然の帰結。
 半年も楽しみに待っていた顧客に何たる狼藉!

 後にヤナセ本社社長あて顛末を手紙にしたためた。
 H氏と高崎支店幹部が謝罪に訪れ、結局H氏を担当から解任し、新担当から赤ボディ黒内装のコルベットを購入。どうしても欲しかった。
  「また赤内装を買えばイイや」当時は軽く考えた。
 だが「7400千円のクルマを買うのは簡単じゃない」と痛感して今日に至る。

ベティ(コルベット)のマサ出現(2006年型)

迫力のツラ
 発注から4ヶ月。
 ついにコルベットが私のモノとなった。
 真っ赤なボディは獲物に襲いかかる寸前の野獣のようにセクシーだ。物凄くカッコイイ。
 クルマが来たら3日間で1000km走りオイルとフィルターを交換する。納車後の儀式だ。カーグラフィック長期テスト車のマネ。
 1000kmまでは2000回転、2000kmまでが3000回転。徐々に許容回転数を上げていき、5000kmからフルスロットル。自分の手で熟成させ、手なずけ、主従関係を理解させる。
 操作説明ももどかしく関越道に飛び乗る。
 アッと言う間にスピードが上がる。時速100キロで1300回転。驚愕のハイギアードだ。
 小出IC手前で小雨。納車日に雨に降られてはかなわない。小出ICから上り線に。大して濡れずに帰宅した。
 グッとやる気にさせる運転席回り、正確なステアリング、素晴らしい加速、優れた高速安定性、意外に良い乗り心地。
 いいオトナのおもちゃを手に入れたぜ。 (2006.7.1)

キャディのマサ登場(1998年型)

062 ベティ(コルベット)のマサ誕生の8年5ヶ月前に登場したのがキャディのマサだ。
 1998年1月31日。キャディとの邂逅。
  しゅるしゅると繊細な息遣いでキャディがやって来た。
 2年11ヶ月75,000kmを共に過ごしたカマロZ28と引継の儀式。
 キャデラック・コンコース。
 王道の大型キャディだ。
 サイズは5335×1940×1470。
 最初こそ感じた大きさも慣れれば何でもない。
 ベンチシート&コラムシフトの運転席回りは驚きの広さ。
 ホワイトダイヤモンド(白)ボディに白インテリア。
 ホワイトリボンタイヤが古き良き時代のアメリカ車を標榜する。
 「ド派手でカッコイイ」
 ショールームの印象。
 しかし路上では多くの白いクルマ達に埋もれ、トヨタクラウンに見える。
 目立たない。ガッカリした。
 そんな白キャディはひょんな事から2ヶ月4000kmでダークエイドリアティックブルー(紺)のキャディに代替わりした。インテリアも紺。シックだ。
 リアウインドーとリアサイドに紺のフィルム。
 凄味さえ感じさせる。 (1998.1.31)

二代目カマロのマサ(1995年型)

011-2

 初代カマロはスポーツクーペ。
 V8-5000ccで170馬力と控えめ。6年9ヶ月145,000km乗った。
 二代目は高性能版Z28。
 5700ccで275馬力だ。豪儀な加速に酔いしれた。
 404馬力のコルベットに較べたら可愛いもんだが、当時は275馬力でも凄かった。
 満喫した。
 納車から1ヶ月で1万km走った。
 買ったらやらかそうと決めていた。
 群馬から新潟14回、滋賀2回、埼玉1回、富山2回と往復70kmの通勤。
 1週間目がキツかった。「もう止めよう」と弱気になった。我慢した。やる気が蘇った。慣れれば平気なんだ。職業ドライバーは淡々とこなしているではないか。
 高速とガソリンで34万円かかった。カードの支払いに難儀した。
 ハンドルの重さは好きになれなかった。
 群馬から新潟を経由し呼子でヤリイカを食い博多に行った。あの時は西鉄グランドホテル。1561km。
 写真は2002年型。   (1995.2.28)

カマロのマサ誕生(1988年型)

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 円高ドル安を背景に、発売当初(1982年)550万円もしたシボレー・カマロが今年(1988年)375万になった。
 「サラリーマンにも買える価格になったぞ」喜んだ。
 ヤナセ前橋支店で助手席試乗。文句なしにカッコイイ。
 翌週、自宅に持って来てもらい高速道路を飛ばした。
 豪快だ。ドロドロドロッとハラワタに染みる排気音。
 一発で気に入り、ホンダCR-Xを下取りに真っ赤な奴を購入。
 夕方待っていると豪儀な重低音を轟かせてカマロは登場した。
 おぉ、派手だ。
 「悪い所がないか確認してください」確認した。
 ルーフとリアハッチの間に十円玉大の塗装剥がれ!
 後の私なら「要らないから持って帰ってくれ」となるが、初めての外車が嬉しくて仕方ない。妥当な線で手を打った。
 会うヒトごとに自慢した。
 嬉しくて嬉しくて何処へでも乗っていった。
 一気に鹿児島まで行った。当時は九州縦貫道が完璧でなく“えびの~人吉間”は珍しいループ式一般道を走った。
 1582kmを21時間半かけた。
 「私のルマン」と銘打ち24時間以内で地の果てまで走っていこう、と考えた。
 1988年はまだ外車が少なく、注目度は高かった。
 プライベート名刺は“カマロのマサ”。昔のTV必殺仕事人“鍛冶屋の政”(村上弘明)にヒントを得た。ばらまいた。
 これが現在まで22年間のアメ車生活の始まりだ。
   (1988.7.1)

295km/h

018015-4

 ステアリングに“祝福と感謝と尊敬のキス”を!

 GM公称最高速186マイル(297.6キロ)。
 米自動車雑誌CAR AND DRIVERのテストは184マイル(294.4キロ)。
 C6コルベットの最高速だ。
 これを知った以上、確かめなきゃオトコが廃る。
 2006年7月納車の真っ赤なコルベットクーペ。V8-6000cc404馬力。
 1000kmまでは2000回転、2000kmは3000回転…5000kmでフルスロットル。カーグラフィック長期テスト車のマネをして入念な慣らしを行った俺のコルベット。
 8000km時に決行した。1万km以内のタイヤでやりたかったのだ。
 2006年9月。某所。極力減らしたガソリン、暑いのに止めたエアコン。全てはあの数字を確かめるためだ。
 ヘッドアップディスプレィのデジタル速度はぐんぐん上昇する。
 すぐに200キロ。緑色に輝く大きな文字が力強い。
 230、250。
 272。「すごい!」と思った。まだぐいぐいイク。
 280。280という数字自体に軽く恐怖を覚える。
 285。「こりゃぁ290を突破するぞ。291で止めよう。それでイイや」
 288。「もうすぐだ」ハンドルを最大限の握力を駆使して握りしめる。
 290。「超えた!」目をわずか下にずらしてタコメーターを見る余裕はない。ましてや写真を撮ろうなんて企画は無謀だった。まだアクセルを緩めない。
 292。「…」
 294。「……」
 295。「!!!」そこまでだ。床が突き抜けるほど踏んづけたアクセル。296は出ない。俺のコルベットの最高速は295キロと判明した。
 アクセルを戻す。空気抵抗でどんどんスピードが落ちる。
 嬉しくて嬉しくてハンドルを叩いて無邪気に悦んだ。
 GMや自動車雑誌は実測値。超高速では遠心力でタイヤが膨らんで1周の距離が長くなり、メーターは過大表示してしまう。でも俺が実測を知ることは出来ないからこれを真の295キロとしよう。
 数字に対する恐怖はあったが走行中はドッシリしていた。信頼に足るクルマだ。
 素晴らしい。7,400千円、無改造、シロート、295キロ!
 「アメ車なんて」とバカにできないぞォ~。
 911後の対応に“無邪気な傲慢さ”と寺島実郎が表現したアメリカ。アメリカ人やアメリカ国家はそうでも、サイコーの陶酔を与えてくれたアメリカ車に尊敬の念を抱かずにはいられない。
 「素晴らしい!」何度でも言うぞオレは!

珠玉の2台体制

803

  ゆったり、おおらか、余裕、押し出し、超弩級性能、刺激。
 すべてを1台で賄うのは難しい。超高額車なら可能だがサラリーマンには無理だ。
 そこで2台体制となる。
 ゆったり、おおらか、余裕、押し出し部門は1998年型キャデラック・コンコースが受け持ち、超弩級性能と刺激は2006年型シボレー・コルベットが担当する。
 キャディに乗るとスポーツカーが恋しくなり、コルベットを駆れば舐めるように滑らかな乗り心地の大型セダンに惚れ直す。
 ない物ねだりではなく、両方の素晴らしさを認めているのだ。
 今日はこれ、明日はアレ。2台を味わうのは喜びだ。
 お転婆コルベットと着物の似合うキャディ姐さん。
 一日おきに別の女とデートするようでとっても楽しい。
 お転婆を操縦すれば姐さんが、姐さんと戯れればお転婆が恋しくなる。
 いい女2人を操り、いっぱしの色男気分だ。
 プライベート名刺も“キャディのマサ”から“ベティのマサ”になった。

 キャディは12年17万km。
 普段はとても静かだが、アクセルを深く踏み込むと「グワワワァ~」と勇ましい音。
 あたかも上品な女が食事のマナーで馬脚を顕しような、何とも微笑ましい光景。可愛い。ステキだ。二面性が好きだ。
 端正なのに色気あるたたずまい。往年の美人女優ジャクリーヌ・ササール(!)張りだ。
 4年48,000kmのコルベット。
 怒濤の加速にシビれた。0-100キロ加速は4.2秒だ。
 「1995年型カマロZ28(275馬力)の速さに喜んでいたオレはお子ちゃまだったなぁ~」
 404馬力は凄い、と悦に入ったものだ。
 CG長期テスト車のマネをして入念な慣らしを行う。
 群馬~鹿児島一気走行(1582km)、握り鮨を食いに富山日帰り往復、ヤリイカ活造りを求めての福岡(1200km11時間半)。
 喰い道楽でドライブ好きだから、この所業は容易に止みそうにない。
 2010年型で打ち止めの大型キャディDTS。
 ニュルブルクリンク記録保持車コルベットZR1。
 “珠玉の2台体制”から“蠱惑の2台体制”になればイイなぁ~。夢はアドバルーンのように膨らむ。

 クルマ好きは遠足を待ちわびる子供と同じだ。散歩を切望する犬にも似ている。

コルベット博多遠征2010(6th)

004-2
 コルベットを迎えて4年。群馬から6度目の博多遠征だ。
 時間100ミリの激しい雨に見舞われた昨年と打って変わり、今回は終始乾燥路面をイクことが出来た。
  路面状況の良さに気が緩んだのか夜明け直後、猛烈な睡魔に襲われ30分オネンネする。
 約1200km12時間半の行程はこうだ。
 先ず300km走りトイレ休憩。ミルで挽きましたっ!と豪語するコーヒーを呑む。
 又300km。ここで給油。もう中国道に入っている。山陽道は距離は短いが都市間を結ぶため混雑する。
 俺は中国道が好きだ。きついカーブやアップダウンやトンネル。10分走っても1台も遭遇しない。空いててイイぞと思ったが、やはり他車がいないと張り合いが悪い。
 あと2回、計4回の休憩。
 総休憩時間は1時間。九州自動車道の事故渋滞を入れて12時間半はまぁまぁだ。
 昨年は豪雨にもかかわらず仮眠も渋滞もなく11時間半。今年走ってみてこの記録を破るのは難しいと痛感した。
 俺は1200km走っても疲れない。明治アーモンドチョコレートとヴェリタースオリジナルってうまい飴で糖分を補給しながら運転するからだ。
 今年はさらに自分で漬けた昨年の南高梅最後の5粒も持参。食べるとスッキリ。カラダの隅々まで梅のエキスが行き渡る。驚きの疲労回復効果。
 日本と中国にしかない梅。この凄いモノをもっと大事にすべきだ。
 全く同じコースなのに昨年より3km多い。ヨコハマアドバンスポーツに替えてすぐの昨年。1万kmを後にした今年。タイヤの減りが0.25%の誤差を生み出した。
 チョー長距離一気走行したからこその発見だ。
 博多に6泊。
 写真は、長旅を終えホッとした表情でニューオータニの駐車場にカラダを横たえるコルベットの図。
 生け簀料理3度(ヤリイカ、関アジ、イサキ、コチ、オコゼ他)、割烹、海鮮丼、天丼、穴子天ぷら、エビ煮込みカレーハンバーグ載せ、デパ地下の穴子寿司と鯖寿司と折尾かしわめしとパン、練り物、博多ラーメン、スナック2度、その他(!)をマン喫する。
 帰路もロクに休まず淡々とアクセルを踏み続ける。往路と違い“祭りの後”の長距離運転は首から僧帽筋にピリリと効いた。
 長距離ドライブにC6コルベットはとても適している。
 ケツと背中にぴったりハマる丁度良いかたさの革張りシートは快適だ。
 ハラワタに染みる重低音は重量級スポーツカーを駆っている喜びに溢れ、404馬力のパワーは何事にも瞬時に対応できる。
 鷹揚で正確なハンドリングは安心感をもたらし、前245後285のぶっといタイヤは頼り甲斐があり、前後ともドリルドローターを備えるブレーキは信頼に足る。
 車載計にあるので燃費を計ったら12。
 トルクが太く、時速100キロで1300回転とハイギアードのため超弩級スポーツカーに相応しくない好燃費。嬉しいようなガッカリしたような。
 車内から眺めるフェンダーはセクシーだ。
 「おぉこりゃぁプックリ膨らんだ亀頭みたいだ」「ホント、勃起したキトウみたいね」4年前にオンナと意見が一致した。
 だが荷室に置いたサムソナイト特大旅行鞄が火傷するほど熱いのは大いなる欠点だ。
 渋滞に遭った時「6速マニュアルトランスミッションのコルベットZ06での博多イッキはキツい」と危惧の念を抱いた。
 買う前から心配する必要ゎありませんケド~。 (2010.7.24)
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