2017年02月07日

ジャズベース・ライブデビューだぜ!

菩南座

2017年1月30日(月)、心斎橋にありますジャズ・バー 「菩南座(ぼなんざ)」にて初めてのジャズライブでございました。
 

とは云いましても独力で、などではなく月2回、通っておりますベース教室の講師、雪谷まさよしさんが同店の常連さんでありまして、毎月第四月曜日にご自身が「セッションホスト」をされている中で、初企画、「ワンコイン・ライブ」をご発案されたんですね。
 

「1時間のライブは100時間の練習に相当する」。


つまり、まだまだ「カリメロ」状態にあります初心者生徒さんなどに、ステージの敷居を低くいたしまして、実践を経験することで多くを学んで頂こう、という講師の優しき親心であらされまして、この日が栄えある第一回、だったのです。で、ステージにベース二人、というのもアレなので(汗)、そこには雪谷さんのセッションお仲間のギターの松村佳澄さんもご参加いただきましての変則トリオ。松村さんとは本番直前までお会いしたことも無かったのですが、これぞジャズの醍醐味でございましょう。


しかし正直なところ「自分のジャズベースなど、まだまだお見せできるものではなひ」というのは肌で感じておりまして、「行きます!」と仰って下さった方にも
 

「いえ、ワタクシがもっと巧くなってから・・」とか
「いえ、同日は暦と方角が悪うございまして・・」とか
「いや、忙しいやろ?・・・無理やったらエエねんで! いや、無理やて!」


などと半ばご辞退を促しておりましておりました。。
 

さらには一般のお客さまなど百戦錬磨で同バーレギュラーの雪谷さん、松村さんをご覧になられるのであれば別の機会にもっと巧い方々との演奏をお越しになられるであろう、と思い、ワタクシのようなぎこちない演奏をしかもわざわざ月曜日に来られる方も少ないであろう、と正直、お客さま0人、なども覚悟していたのですが・・


蓋を開けてみますと音楽仲間のYさんとKクンが来てくださり(感涙)他にも常連さんもたくさんお越しいただき、自称「四畳半のお店(笑)」はそれだけでほぼ満員状態。
 

マスターも気さくな方で、生ビールなどを頂いて、ついついリラックスしておりますと午後8時の演奏開始。入り口近くに弦楽器だけが3人ズラリと並び、さながら三銃士、と云えるほどではなく、いざステージに立つとワタクシだけは緊張でガコガコ状態でありました。


曲はもちろん普段の練習曲。


1. 枯葉
2. Mac the Knife
3. Cantaloupe Island
4. Fly Me to the Moon
5. Stand By Me


普段の練習ではベース二本でボンボンやっているのですが、そこに松村さんのギターが加わりますと、音域に層が出来て一気に豪華に。構成も、スタンダードジャズに加えて、3曲目、5曲目などではワタクシの親指バチバチものが映える要素も加えてくださり、そのあたりも痛み入ります。

に、してもやっぱりジャズは難しかった!


ソロ、バッキングの破綻もいろいろあったのですが(あかんがな!)演奏上致命的な「自分がどこにいるかわからなくなる」という”崩壊現象”が幾度も発生いたしまして、幾度も雪谷さんに助け舟を出して頂くのですが(後の音源で分かった)リアルタイムではもはや映画「キャスト・アウェイ」状態(無人島漂流モノ)でございます。。 


とはいえお客さまの暖かい視線と声援に助けられ、何とか最後まで乗り切れましたのはこちらもホントにありがたい限りでございます。実は演奏前に風邪の悪寒がして葛根湯などを飲んでいたのですが、それ以外の要因の「いろいろな発汗作用」で、終演後には完治しておりました


以上で「第一部」が終わりまして、ワタクシは客席に戻って朋友たちと談笑。その後に雪谷さんと松村さんのデュオによる「第二部」が始まり、そこで初めて客席から雪谷さんの演奏を観たら、やっぱり巧いな〜とため息。

フレーズの多彩さに、小節感覚、ビートの出し方など、いずれも見事で、この半分の域にまで達せたらなぁ、と改めて実感いたしました。


後にお客さまのVoの方と、「異邦人」や「September」などもベース一本で伴奏されまして、その技の多彩さと、あとお客さまの歌の巧さにも驚きました。

あと、Yさんが「ほぼ無理やり」ステージに上げられ、「宝島」を共演されました :)


それから最後に再びステージに上げて頂き、エンディングとして


6. Billie's Bounce


という曲を演奏いたしました。この頃はワタクシ、客席で二杯目のビールを飲んでおりましたので、指が全然動かなかった、というのも反省点でございます。


後に、ワタクシの友人は帰路に付かれ、ワタクシは少し残って常連のみなさまと歓談。世代もお仕事もさまざまでしょうが、共通するのは音楽を奏でる喜び、なのであります。新参者のワタクシにも暖かく接して頂き、楽しかったな〜


あとは店内でマスターの計らいで放映されていた「金子マリ還暦ライブ」など鑑賞しつつ、お酒も美味しく、すっかり良い気分になりましたが、哀しきは「今日は月曜の夜」という事実で、ワタクシも帰路につきました。FBの申請なんかもみなさんから頂き、是非是非、腕を磨いて、機会が合いましたらまたご一緒させて頂きたいと思います。


そんなわけで以上がワタクシの「初めてのジャズライブ」の顛末記でございます。

最後に一言・・・
 

あぁ、楽しかった! 

******************************

当日の模様、です :) 

 




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2016年12月27日

ジョージ・マイケルさま・・・

GM

「音程が正しければ歌が上手い訳ではない」と痛感したのは彼の歌を唄ってみたとき。

ジョージ・マイケルは、驚異的に音域が広い訳でも、唯一無二の声質を持っている訳でも無く、それでもどこまでも真っ直ぐで、伸びやかで、表現力のある歌声の持ち主でありました。

それ故に、どれほどその声に近づこうとしても、その基点の余りある「凄さ」に、近づく事も出来ません。

長年のファンとして、彼の作品を
WHAM!時代だけで語って頂きたく無いのです。ソロになってからの、自身が作詞、作曲を務めた作品を聴いてみて頂きたいんです。[One More Try] [Freedom 90’][Father Figure][Amazing]・・・どれも楽曲はもとより、作詞の世界観が知的で、切なくて、優しくて。


同性愛者であったことなど、生まれ持っての特性です。薬物に負けてしまったことも否定はいたしません。ただ、彼の役割は作品と歌唱を通じて、自身のメッセージを世界に伝えること。その事が類のないほど巧みに実現できた稀有な存在でありました。


彼の歌声を聴くと、むかしとある美術館で見た、明朝時代から伝わった陶磁器を思い浮かべるのです。

黄金に光り輝く訳では無くとも、静かで、落ち着きがあり、滑らかな艶があり、

特異な形はせず、地味であっても完璧な対照のフォルムの美しさを内包し、

何処にでも見かけられそうでありながら、決して何物にも代えられず、

完璧な完成系に近すぎるが故に、普段は気に留める事も難しく、

大きく主張はせずとも、目にした後でそっといつまでも心に留まりつづける、

自然からの産物と、人の技巧のみで培われた、他に代えられぬ傑作・・・

だから。

彼が急に、去ってしまった事が本当に哀しいんス。

彼のように歌に命を、言霊を与えられる歌い手が、あとどれだけ残っているのか、そんな歌い手に再び巡り会えるのか、そんな疑問と寂しさに、ひたすら立ち尽くしてしまうんス。

一度でいいから、彼の歌を間近で聴いてみたかったんス・・・



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2016年11月05日

上海出張レポ!

窓より  

やっと帰ってきましたがな、しかし!

中国では「Great Fire Wall」のためにFacebookも、Twitterも、YOUTUBEもすべてアクセスが出来ず(人民の情報管理と膨大アクセルの広告収入などを外資に取られないためか?)、Facebookなどは普段、「お知らせ数字」が1でもソッコーにアクセスするワタクシが「47」になってもまだ見れない、数日間ログインなし、ということで、「ヤツは上海の空の一握の灰と化したのでは?」という憶測も呼んだかもしれませんが、オニのような展示会スケジュールを別とすれば、昨夜、何とか生きて帰って参りました!


改めて日本サイコー!
 
もう中国は行きたくないー!


と噛み締めておりますが、その理由なんかをツラツラと綴ってゆきますね。

facebook  
ありえないFacebook のお知らせ件数

1.人のモラル
 

道徳心、なんです。
中国の人は残念ながら、コレが低い人が多い。
notice 
たぶん「文明人はマナーを守る」みたいな意味。

もちろん展示会で知り合ったグループ企業の方々などは知的で常識的でモラルも高い方々ばかりなのですが、移動で利用した地下鉄、あちこちの店内、展示会場の通路、トイレ、レストランなどで見かけるのは誠にザンネンな人たちばかり。

券売機の割り込み、電車内のケータイ通話、足投げ出し、幅詰め無しの電車座席、ゴミは捨て放題(コンビニ店内でカップ麺を立ち食いして、スープ袋をアイス販売コーナーのガラスの上に捨てっぱなし)、もちろんタバコは火が付いたままポイ捨て、トイレなんて・・思い出したくない(・・;)  レストランでも鶏の小骨は地面にペッ、店員もサービス精神は皆無、ちょっとした事で大声で喧嘩を始めて・・・

各箇所に常設されている清掃の方々が悪態をつきながらずっと掃除をされているのですが、みんなの場所はみんなでキレイに、という考え方が無いようなんですね。


間違っていたらゴメンなさい。


でも、そうしたモラル、文化が無くても良かった地方や小都市の人々がここ十数年間の急成長で、上海の街にニョキニョキと生えた巨大ビルのように、急速にお金持ちになったり、なろうとして、街に集まり、そこで我先にシノギを削り、人の事などかまっておられず、目につく人は誰でも競争相手、人に尽くせば損をする、外国人と富裕層には表層はピカピカ豪華な設備や施設が市内に乱立しているけども、そんなのには縁の無さそうな人たちが拗ねた心であちこちにゴミを棄てる、唾を吐きつける・・・そんな目が、空気がピリピリと感じられたんですね。

気温は10月になっても蒸し暑く、大気汚染で空は曇りがかり(冒頭の写真はホテル48階より。天気予報では”晴れ”です)、何曜日の何時にどこにいっても人人人・・

subway

そんな中で毎日、黒のスーツを着てネクタイを締めて、重たい荷物を持って(一刻の油断もならない)展示会場を往復するわけですから、こっちもどんどん機嫌が悪くなって、あるとき地下鉄構内で湿度
100%、体感気温30度、クーラーなんて一切付けない激混みの切符売り場でクタクタで汗だくで並んでおりましたら、券売機のワタクシの番の直前で絵に描いたようなチャイニーズ二人組のナナメ割り込み。

思わず


HEY ! I was in the line ! (ワシ、並んどるやろ!)]

日本じゃ考えられない剣幕で怒鳴ってしまうと


「オーケー
ノープロブレム」

[You ARE making this PROBLEM ! (お前が問題作っとんねん!) ]


相手の鼻先に指を突きつけて大声で・・・言いませんでしたけどね、さすがに
(^^;)

不機嫌2 
「アナタ、鬼のように不機嫌な顔をしている」と云われたので、自撮りしたらホントにそうだった・・

2. 食事
 

旅の楽しみと言えばお食事でございます。(とはいえ今回はホテルと展示会場の往復ばかりでしたから、大したものは無かったのですが。。)

朝食はホテルのバイキング。
breakfast
 

宿はRENAISSANCEというマリオットグループのホテルでしたから、結構エエところです。
hotel
エエお部屋。

不機嫌
でも不機嫌。

朝食会場は2つあって、西洋東洋が混じったコンチネンタルスタイルと中華料理中心のところ。4泊したので両方で食べましたが、中華のほうが美味しかったです。ほのかに甘い饅頭とか、お粥、うす味ラーメンなど、どれもお味良好でございました。パンのお味も良かったな〜


ただ
Japanese MISO soup, Japanese curry, Japanese rice っていうのがあったので食べてみましたら、


味噌汁
・・・味噌入れ忘れの出汁+ワカメ、野菜スープ
カレー ・・・給食で出たようなシャバシャバカレー 
ごはん ・・・ 長細くて粘りとツヤがないご飯


で、「ジャパニーズじゃないぜ、これ」てな味でした
(^^;)

あと、従業員のサービスが非常に悪い。
通路を塞ぐ、料理の前で大声で喋る、「水を下さい」というと遠方を指差す、おかわりを取りに行って戻るとお皿とお箸とコップが全部持って行かれてる・・・


あほー!


・・・・・・・・・


お昼ごはんは基本的に展示会場で食べるんですね。


で、ウチの会社のブースは中々気合が入っていて、ブース内に厨房を用意してお客さまには無料ランチ(イタリアン)とビアーやドリンクをもてなす、と。
しかし入り口に受付を設けて、原則はグループ社員と一緒に食べる、という決まり
あるのですが、チャイニーズ、またもやってくれます。お昼時になるとウチと全く関係のないお仕事の人たちが押し寄せて「食わせろ!」の文句。


コレぐらいならまだ予想できたのですが、ある時などは「別の展示会場」から無料ランチの噂を聞きつけて、バスを会場に横付けして数十人が小走りでやって来て・・いやいや、ワシら石原軍団の炊き出しやないねんから。


もちろん社員も外から見えない奥の詰所でランチを食べても良いのですが、いかんせん、給仕に時間がかかり過ぎるので、
2日目以降は外のお店で食べたんですね。


で、ピザハットやレストランなんかは美味しかったのですが、
2日目に食べた現地のお弁当が・・・人生で最もアカンかったお弁当で。基本的に鶏のテリヤキっぽいものなのですが、そのお肉が小骨だらけで、周りの人たちが一口食べては床にペッ! 副菜のベジタブルミックスは味がしないし、煮込み卵二分の一個は殻がついたままで齧ってしまうと、その強烈な塩味は「大人に必要な塩分1週間分」ぐらいの強烈な辛さ。しかもお値段50 900円)。二度と食うか!


・・・・・・・・


夕食は、もうヘトヘトで疲れて帰ってるものですから、そこから大挙して集まってレストランでワイワイなんて気分にはとてもならなくて、まずチェックインしたらゴロリと横になって、しばらく休んでから自分のペースで独りで気楽に外食でした(一人が好きなワタクシ)。で、ホテルは駅に直結していて、その駅にメチャメチャでかいショッピングモールが併設して、上のほうはレストラン街だったんですね。で、「汁なしラーメン」「春巻き」「麻婆豆腐(激辛)」なんかをビアーと共に頂きました。

NO restaurant
 どうかと思ったレストランの看板
 

ただ、
1日だけ日本人で中国で弁護士をしていらっしゃるスーパーウーマン(お客さんの顧客および通訳)の方に地元の名店に連れて行って頂き、リアル上海ガニやリアル歓待料理を頂きました。
fish

crab



ある魚介スープがとても美味しかったので、料理名を訊きますと日本語のピッタリの料理名は無くて、あるエピソードが元になっている料理で、「魚貝、肉類を一切禁止されているお坊さんがこの料理を調理している家の近くを通りかかったところ、あまりの美味しそうな匂いに、塀に登って中を垂涎で眺めた」という話から「坊主・塀・登る」という三文字を組み合わせた料理名・・と、まどろっこしいですね、はい。

 スープ
コレがそのスープ。美味しかった!

3 展示会場
 

立っている。ひたすら、立っている。
 

展示会場のブース。これは「上海ITMA2016」という二年に一度開催される、テキスタイル産業の世界最大規模の展示会だ。そこで、ワタクシは自社ブースでひたすら立ち尽くし「いつ来るかも知れない日本からの顧客」を待ち続けているのだ。
 

いや、必ず来る見込みがあるのなら幾らでも待てる。しかし、開催前の事前調査で、すでにワタクシの顧客はごく一部の方を除き、「来ない」のである。それでも、立ち続けてなくてはならない。
 

誰のためか? もはやこうなると同僚とのパワーゲームなのだ。
 

さすがに中国の顧客は多いが、インド、東南アジア諸国、さらには欧州などからは来場者もそれ程は来ない(それぞれの自国で展示会がある)。それでも同僚の手前、奥に引っ込んで座って休憩する訳にはいかない。お互いが維持を張って立ち続けて、その姿を奥のカフェコーナーで一日中「会議」を続けているドイツ本社のトップ陣にアピールしなくてはならないのだ。
 

(いや、そもそもドイツ・トップ陣のそんなに打ち合わせばかりするのであれば、中国くんだりまで来なくて良いと思うのであるが・・)
 

しかし、ホテル出発帰宅時刻から考えれば朝8時から夜7時まで、11時間ほぼ立ちっぱなし、というのは非常にキツイ。腰が固まってしまい、時々ロッカールームでストレッチをしないと腰が「悲鳴をあげ」、足の土踏まずがやがて「平ら」になり、全体重が扁平足にかかり、足もパンパンにむくんでしまうのだ。
 

しかし、周囲を見渡してもいずれのスタッフもキツそうな顔をしている。そこで「ツライのは自分だけではないのだ」と思い直して・・・再び立ち続けていたのだ。
 

しかし。
 

二度と行きたないわぃ!

・・・・・・・・
 Indian
 インド支社の同僚。

とはいえ休憩、という訳ではないが、周囲の代理店スタッフと色々と情報交換が出来たのは有意義であった。とは言っても仕事関係よりも、各国の面白事情など。
 

タイでは市バスがF1なみのデッドヒートを繰り広げてバス停に向かう。運転手の給料はタクシーのように何人の客を乗せたか、で決まるからだ。乗客は悲鳴をあげているらしい。
 

インドで過去に見られた極貧困層の人々が通行人からお恵みを貰うために幼少の頃に手足を切ったりして不具さをアピールする風習(以前に『レンタル・チャイルド』というルポ本でショックを受けた)について訊いてみると、そもそもそういう手段に出る人はごくごく少ない人数で、現在では近代化の流れでそうした風習を完全に断ち切る手段に出ている。強制立ち退き、グループの解体、など。コレで完全に解決する訳ではないが、少なくとも次世代への継続を断ち切る、と。
 

インドのターバンは6m×2m 中身は肩までの長髪で、毎日交換している。最近は若い世代では嫌がる流れがあり、彼も息子たちに無理強いはしていない。しかし祖父の時代は問答無用で着用が義務であった。

・アメリカのナッシュビル郊外にあるプラスキという町は町全体が白人至上主義の考えで、ダーウィンの進化論を否定しており、子供たちに「平等」や「間違った教育」を与えないために学校には行かせず、ホームスクールで教育する。
 

・中国では数年前、町の路上にいきなり穴ボコが空いていて何人も落下する事件があった。マンホールの蓋を窃盗し、転売する地方出身者がいたのだ。現在は問題がなくなった。取る人が無くなったのではなく、蓋を完全に溶接したのだ。まぁ今後メンテナンスはできないが。


・・・・・・・


などなど。文化も背景も全く異なる人たちがたまたま同じグループ会社に勤めて、同じ製品を扱っているというのも面白いですね。
 


でも・・・


もー、
二度と行きたないわぃ!







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2016年06月23日

井上夢人 「ラバーソウル」

image

「片思い」

ある種「最も美しい心のカタチ」かもしれません。

決して叶わない相手への想い、憧れ、献身・・どれほどその道中は見苦しく、心は歯がゆくとも、見返りを求めぬその心の有り様は、誰からも教わった訳でもなく、生まれ持って人に備わった最も純粋な「魂の震え」ではなかったか、と若かりし日々の実体験を元にも振り返るワタクシであります。

しかし、この作品に登場する"鈴木誠"。顔貌に大きなハンデを持ち、唯一の拠り所が音楽雑誌へのビートルズの評論活動であり、滅多に人前に出ない彼がある事故をきっかけに愛車の助手席に初めて女性、若く美しいモデルを乗せる事となり、彼の心に芽生えた恋心が・・

タイトルはもちろんビートルズの名盤、「RUBBER SOUL」。各章がその曲名の歌詞沿った内容となる構成に引き立てられ、しかし事態は異形の男による徐々にエスカレートする盗撮、傍聴、監視、電話、手紙などのストーカー行為。それらはやがて放火、殺人へと続く凶悪犯罪へ。 寒気をもたらす彼の徹底した”執着”の矛先は・・・

あまりに、あまりに静かで、哀しいエンディング。

異形の男、鈴木誠の「求め続ける恋」が、いつしか「与え続ける愛」へと昇華していたのだ、と分かった時、ワタクシ、久々に書物を膝に起き、天を仰ぎ、この作品に出会えた喜びに打ち震えるました。「片思い」に秘したる圧倒的に強く、真っ直ぐな想い。

この読後感を未経験の方々が、羨ましい限りです。誰もがかつて抱いた、暗くとも眩い心の炎が、ひょっとして甦るかもしれません。

同CDをBGMに、是非とも極上の読書体験を。
この作品は・・・凄い!

masabo01 at 21:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2016年05月20日

「黒木あるじ」・・・さま

books

どなたにも「好きな作家」はいらっしゃると思います。

もちろん作品が本屋さんで並んでいる時点で、それはものすごい事で、基本的にどの作家もめちゃめちゃ上手い訳なのですが、優れた作家さんほど独自の文体を持っており、それがたまたま手に取った読者さんの思考回路や表現の好みに合致すれば、読み進める上でとても分かりやすく、また状況も目に浮かぶようで、読んでいて「脳が喜ぶ」状態が享受できる、と思うんですね。その場合の「好き」はあくまで「好み」と同意語です。
 

しかし、その表現が、描写が、一読者が今まで触れてきた作品をはるかに凌駕した「すごい」所から、次々と降ってくるように流れ落ち、その都度に圧倒され続けたとき・・・読み手は、もはやその作家の作品を「好み」などと呼ぶ心理的状況では居れなくなると思うのです。
 

そう、「好き」になってしまうのです。
「好み」などではなく、ラブ、なのです。


これは、決して男が男に惚れる、男色、というものではないのです。その作家さんの技量、語り口調、描写力、構成力・・・そのあらゆる才能をお持ちの方を「一人の人間」として「好き」になってしまい、その人がたまたま同性であった、という結果論なのでございます。


黒木あるじ、さんなのです。


おそらくご承知の方は居ないでしょう。


いわゆる「実話系怪談作家」。竹文庫書房や角川ホラー文庫などで本屋さんの片隅に置かれている、極めて読者を選ぶ作品群の中の一人の作家さんなのですが、この方が、すごいのです。 いわゆる「怖い話好き」のワタクシ、こうした系列の話はそれこそ山ほど読了したのですが、黒木あるじさんの作品だけは、全くいままでの話とは別、なのです。


本当に、怖い。


もちろんスプラッターな描写に逃げる訳でも、曖昧模糊とした話で数を稼ぐ訳でもなく、一つ一つの話を丁寧に取材した黒木あるじさんが、聞き手として、読者として、当然抱くであろう常識的な論説を踏まえた上で、エンディングに、そこを超えたところから冷水を最後にかける、という手腕を一つの手として用いられます。それにより、一気に”陰”でしかない”あちらの世界”にも、感情が、理由が、宿っている事が判り、それにより話が一気に「厚み」を増すのです。


もちろん、他の話でもあらゆる手腕を用いて、いずれの話にも徹底的に「厚み」と「リアル」さを追求され、その実験的とも言える手段がどれも極めて効果的で、一つ一つの話を読了するたびに太いため息を吐くと共に、その技量に、才能にひたすら酔いしれてしまうのであります。


しかし、それだけではないのですね。


あるじさんの作品はその構成上、一冊に40ー50ぐらいの短編(たまに100話)が含まれているが定例なのですが、その中で、ごくごく稀に、唐突に「泣かせる話」が埋もれているのです。


それはこちらの世界と”あちらの世界”の仄かなつながりが観える話。多くは、こちらの世界の人を時には力強く、時にはそっと、護ってくれるお話。


護り主は、すでに亡くなった父、母、おばあちゃん、兄弟、ご先祖さま、そして何か不思議な力・・そんな加護に護られた若い人たち、でもその凄さがまだ判らない人たちの経験を、そっと紡ぎとめ、優しく、丁寧に浮かび上がらせてくれるあるじさんの筆力に触れたとき(それがめちゃめちゃ巧い!)今まで何度、心がいっぱいになって、文字が滲んで見えたか判らないほどです。


そして、数分前には心底こちらを怖がらせ、直後には心を震わせる、その作家としての卓越した技量にただただ、はい、惚れてしまう、岡惚れなのでございます。


(ただしご当人のルックスは「・・・」ですが・・ 苦笑)


aruji

そんな訳で、写真の作品群はワタクシのコレクションのごく一部 なのですが(大半、兄に貸して返しやがらねぇ)、これからも黒木あるじさんの作品に、ひらすら心を「ブン回し」されたい、と思っております!




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2016年04月23日

永遠に、シモベです

prince smile

あまりに突然で、哀しすぎるニュース。
 

プリンス殿下の訃報。。 

映画 [ Purple Rain ] のPVを洋楽チャンネルで初めて観たのは11歳の頃。 
当時はそのビジュアルに衝撃を受けながら、「音楽」にまで耳が回らず、 
16歳になって改めてそのサントラ版を聴いたとき・・・ 

鋭いビートに乗せて紫の貴公子が叫ぶ喚起、情熱、愛、嫉妬、煩悶、赦し、そして”輝き”が、 
躍動感あるメロディに乗せられ、そしてダブル・ミーニングを伴った歌詞たちが目まぐるしいほどの 
情景とストーリーを伴ってスピーカーからつぎつぎと流れだし・・ 

その時が、ワタクシが27年間、そしてこれからも続く「殿下の忠実なるシモベ」となる栄誉を賜った
瞬間でありました。
 

尽きぬ才能と追随を許さない歌唱、演奏力を携え、世界中のファンから、音楽関係者から 
至るところで歓迎され、世界最高峰のバックバンドと共に決して手を抜かぬステージングで、 
連日連夜、満員の客席の前で演奏を繰り広げてきた殿下。 

数万人が会場で、そして全米が生中継で観るスーパーボールのハーフタイムショーでも、
百人程度のカジノのクラブ・ステージでも、
決してルーティンに陥らず、全力のパフォーマンスを
繰り広げ、クールな表情の中からときどき泉のように湧き出る殿下の笑顔を
 
画面から観ていると、改めて音楽が持つ尊さ、喜び、そして底しえぬ奥行きの深さを
目の前で体現してくれているようでした。
 

突然の逝去。 何が原因であったのかは全く分かりません。 
そしてあまりの哀しさに、未だにそれが信じたくない思いもあります。 

ただ確かな事は、彼ほど自分の実力と才能を完全に晒し、その作品内容だけで 
世界中で受け入れられ、成功したアーティストはいない、という事であります。 

そして全世界の何百万分の一のシモベとして望みますことは、殿下が
数えきれないほどのステージを心底楽しまれていたこと、そして
ご自身の存在が世界中の人々に多大なる影響と
高揚、そして勇気を
与え続けたことを決してお忘れになられていないこと。
 

そして「永遠のシモベ」といたしまして、今でも勇気づけられる 
殿下からのメッセージを最後に記させて下さい。 

***************************
Purple Rain / Let's Go Crazy より 

... 'Stead of asking Him how much of you're time is left
Ask him how much of you're mind, baby

'Cause in this life things are much harder than in the afterworld
In this life...you're on your own!

And if the elevator tries to bring you down, 
go crazy...punch a higher floor ! 


*******************************

彼(医者)に自分の時間がどれだけ残っているかを尋ねるよりも 
自分の「心」がどれだけあるかを問うんだ。 

なぜなら現世は永久の世界よりも遥かに厳しいから。 
この世界では...自分の力だけで切り抜けるんだ! 

もしエレベーターがキミを下の階に連れてゆこうとしたのなら、 

クレイジーになっちまえ、 

上の階のボタンを引っ叩け!


****************************  
 

はい、いつまでも上の階のボタンを叩き続けます!
殿下の音楽と、永遠のシモベとしての矜持を心に抱いて!





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2016年02月28日

須藤満さん、ベース教室!

IMG_0985  
と、いうわけで、元T-SQUARE,現在は日本を代表するセッションベーシストであられる、須藤満さんの個人レッスンに行って参りました! 


先日、心斎橋の楽器店で須藤さんのセミナーがあったのですが、諸般の事情で参加できなかったんですね。しかしその直後に京都のジャズ・フュージョン音楽事情を支えているライブハウス、RAGが主催で同氏の個人レッスンを開講いたします! という告知があり、まずは「お試しレッスン」なるものを受けにいった次第なのです。 


場所は「スタジオRAG 伏見店」。
午後4時から
30分。 


もう、ワタクシにとって須藤さんなんて、16歳の頃からの憧れで(T-SQUARE / WAVE というアルバムの頃)、なんとファン歴26年! 


何度もライブハウスに見に行ったり、少し言葉を交わしただけでもドキドキしていた「まさぼーベース界ピラミッド」の頂点にチャクラのように燦燦と輝かれる同氏と、二人きりでスタジオに入って、 ベースを教えて頂く、なんて夢のまた夢でございまして、突然3日前に決まったこの機会に、当日なんてワタクシどれくらい部屋の中でウロウロして台所で水を飲んだかわかりません・・ 


場所は近鉄の竹田駅というところからバス、ということだったのですが、あまりの緊張のあまり予定よりも45分も早く着いてしまう見込みだったので、近鉄丹波橋駅から散歩がてら徒歩で向かう事にいたしました。
 

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ご覧のとおりの京都の下町、という感じですが、万代スーパーが蔵造りっぽくなっていたり、よう分からない看板や廃棄物があったりして、京都はやっぱり良くわかりませんでした(^^;) 


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蔵仕様の「万代」

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よく分からない廃棄物 ...  看板?

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よく分からない教室

10分前に到着。
 

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ドキドキしてスタジオ前の椅子で待っておりますと・・・


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4数分前に入り口扉から「どーもー」と須藤さん! 

ワタクシ、立ってお辞儀をいたします。
「お、お願いいたします!」
 


広いCスタジオに二人で入りまして、セッティング。


須藤さん 「すいません、ギリギリになっちゃって。それにワタシ、教えるのはシロウトなもんで・・」


いえ、何をおっしゃる! 


26年ぐらいファンなんです」と言いながら、ワタクシはMOONの五弦を持参しており、HARTKEのアンプに。 須藤さんは新しくMOONが作成した青いベースを卓に接続されておりました。 


事前にスタジオからメールが届いており、「なんでも音源を持参してきてもらって、それを弾いてもらうのを見てアドバイスやレクチャーいたします」というコンセプトでした。


もう、訊きたい事は山ほどあるのですが、折角の機会、スラップ技よりも「須藤さんの音楽アプローチ」を訊いてみたい! とメロディアス・ベースソロへのアプローチを尋ねる事にして、課題曲は NATURALというアルバム収録のWHITE MANEという曲にいたしました(ベースソロ付き。ちなみに先日始めたピアノデュオ・プロジェクトの課題曲でもあります) 


まずは須藤さんの目の前で弾いてみます。


あぁ、見てはる! 

モノホンが見てはる! 


と、ドキドキしながら弾いてみますと 「お上手ですね! フォームも綺麗ですし!」とあまりに勿体無いお言葉。


しかし、もう一度、ベースの音量をギリギリまで下げて、CDの音をもっと上げて力強く弾くように、とご教授。


かなり力強くピッキングして弾いてみますと、決していつもそう力一杯弾く、というわけではなく、打点を強くすることで一音一音の長さをしっかり意識して弾く大切さを覚える練習、でありました。そしてついハシり気味の演奏が良くなった、と。やっぱりプロは凄い! 


それから同ソロのコード進行をノートに表記していたものを元にどのようにソロを構築すれば良いか、別曲(PLAY FOR YOU) ではどうか、などと懇切丁寧に実践も交えて教えて下さいました。


もう、TOP OF TOP の方に目の前で実演で教えてもらえるなんて、あまりに光栄で、同時に例えば4小節の繰り返し進行で無限大にソロを弾きまくる須藤さんが素晴らしすぎて、ますます憧れとせめて御足元の下の下の下のほうぐらいにたどり着ければ・・ という思いが強くなりました。 


あっという間の30分。お片づけをしておりますと


須藤さん「そういえばスラップも弾いていただければ良かったな〜 


ワタクシ、ベースをケースにしまった後でありましたら 


「コレで弾いて下さい!」


と手渡された須藤さんのベース! 


新品でキラキラ輝くの一本(ライブで使用されたのは昨夜が初めて、だったそうです)。
もちろん弦もキラキラです。
 


「こ・・・コレが・・」


と感慨にふけりながら、即興で8小節ソロ。 


須藤さん「あ、もう何の問題もありません(笑)」 


嗚呼、弾いてしまった、見て頂いた〜 


あと、ついでに最近もっとも「耳を疑った高速スラップ」であるTRIX[Jungle Circuit] という曲のリフをお願いして弾いて頂きました。 目の前で見るとやっぱり凄い!


でも、 


須藤さん「え・・Jungle Circuitってどんな曲だったかな〜(笑)」っていうお言葉もありましたが。


いえね、たっぷりリハーサルを取るTSQUARE時代の曲はやっぱり覚えているんですが、後のバンドなんかは事前個人練習→即レコーディングとかで、すぐに忘れてしまうんですって。


テクニカル面では圧倒的なTRIXなのに、プレイヤーは「あんまり覚えてないや」とは、面白いものです(笑) 


・・・・・・・・・


もうワタクシは30分のレッスンを通じて更に須藤さんの存在を崇高するようになり個人レッスンも開始したかったのですが・・ 


その具体的な日程などを須藤さんとお話ししておりますと・・コレがちょっと難しそう、なんですね。 


2 50分、の日程なのですが、「日本一忙しいベーシスト」須藤さんに置かれては、一ヶ月の大半を全国のライブハウス演奏と移動に費やされており、レッスンに当てられる日が多くて月10日ぐらい。しかも「平日メイン」なんですね。(週末=ライブ。またライブ当日のレッスンは困難) 


かたや勤め人のワタクシは平日に全国あちこちに出張に出ており(週3日ペース)仮に平日がオフィスで、双方の都合が合ったとしても会社にベースを持って行って、夜から同スタジオまで向かう道のり、それから受講、帰宅までの時間を考えますと、かなりの負担になりそうなんです。 


そこで元より受講が難しそうなレッスンを申し込んで結局ダメになってしまうよりも・・練習は自分で頑張って、その代りに出来るだけ週末の須藤さんのライブにお邪魔して、どんどん刺激を受けて、あと応援するつもりで物販で色々CDTーシャツなんかを購入するほうが良いんじゃないか、と思ったのです。 


(軽くそんなニュアンスも伝えましたが、須藤さんも分かって下さったよう・・かな(笑)) 


スタジオから出まして、待合スペースで須藤さんが煙草を吸われる間もお話しをさせて頂きました。 アマチュア時代の頃、現在休眠になっているプロジェクトの事、私生活の事(もちろん書きませんが(^^;)  


煙草を2本吸われてから、次の「体験レッスン」は夜半、ということでいったん宿に戻られます。ワタクシがバス停に向かいます、といいましたら


須藤さん「方向いっしょです。一緒にいきましょう  


ひえ〜! 須藤さんの手押し自転車と連れ立って歩いてしまう! 


二人で夕日を浴びて楽器を背負って自転車で歩くなんて高校時代にフラッシュバックした気分さえいたします。 


帰路もツアーの事なんかも色々とお聞きいたしました。


交差点の別れ際でお辞儀をしてお別れでした。 ホントに優しくて、聡明で、素敵な方でありました。ますますファンになりました。 

 

レッスンもホントに受けたいんだけどもな〜 


でも気分も新たに、今日の事を大きな刺激に、ベースを頑張るのだ! そして、さらにディープに須藤さんファンになるのだ〜! 

  



masabo01 at 07:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2016年02月16日

ナウォリタ グゥワール!

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「わたしはすぐに、ナウォリタ グゥワール!」

なんのこっちゃ? ですが、ワタクシが高校生の時に衝撃を受けたCM、なんです。

時は80年代後半、西田ひかるさんが出てた、ノーシンという頭痛薬のCMなんですね。

西田ひかるさんといえば13歳までアメリカで過ごされた帰国子女でありまして、もちろん英語はペラペラ。その彼女が出演したこの頭痛薬のキャッチコピー

「わたしは、すぐに 治りたガール!」

と叫ぶところが、前半の「わたしは、すぐに」あたりは良いとして、後半の「Girl」の英語発音に誘発され、「治りた」のあたりから「英語発音っぽくなってしまった」結果が「ナウォリタ グゥワール!」で「キャッチコピーなのに何を言っているのか聞き取れない」という致命的欠陥をも併せ持つCMだったんです。

で、当時のワタクシだけ何に衝撃を受けたか、と申しますと、英語なんて教科書「ニューホライズン」でしか勉強してなかった河内のイモ学生からすれば「バイリンガルの思考回路の片鱗」が見えた気がした、という点なんです。そうか、このように自然と思考と発音が切り替わってしまうが ゆえのバイリンギャルと見つけたり!だったんですね。

で、ふとした点でこのCMを思い出して、その辺も鑑みて娘たちに話しかける時は時々、このフレーズを借用している昨今なのです。

「どう? もうそろそろ湯船、出たいガール?」

「おはよー。なに? まだ眠たいガール? 」(いずれもそれっぽい発音)

・・・まあ、衝撃どころか徹底的にノーリアクションなんですけどね (^◇^;)

masabo01 at 21:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2016年02月08日

「新ユニット」結成なのだ!

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もともとバンド志向、なんですね。

酒場で初対面の方々と3コードでセッション!も楽しいのですが、どちらかというとキメもビシバシ入った、サイズが決まった演奏が好き、というのは生まれ持っての生真面目な性格ゆえ、なのでしょうか、演奏するならバンド志向、なんです。

で、昨年末の「幼稚園ライブ・アンプからなんで音が出ぇへんねんショック🙀」から立ち直るためにも、何とかベースが前に出る、しっかりしたバンド、それも好みにバッチリあった演奏がしたい、という願望がございました。

そして時同じくして元T−SQUAREの鍵盤とベースの方がたった二人で完成度の高いアルバムもリリースされておりまして、「このような演奏ができれば!」と望んでおりましたところ、こうした要望に応えられる知人の鍵盤奏者はお一人のみ!とFB仲間、かつT−SQUAREの熱烈ファンであらせられるYさんにお声がけをいたしまして「アイヨサイサイ」と御快諾を頂き、一ヶ月の練習期間を経て、先日が初のスタジオ入りでございました!

本町にあるグランドピアノ併設の防音スタジオで、ワタクシはミニギターアンプを借りてピアノ、ベースのみの編成でのT−SQUAREからの4曲を演奏。

※ ちなみにこのアンプがすぐに音が歪んでしまって大変イマイチであった事も追記しておきましょう・・・(^◇^;)

T−SQUARE。 元々凄腕5人編成の彼らの演奏をたった2人でどうして再現できようか、の疑問も抱きながらの音出しでありましたが、Yさんがピアノのみならず、ギターやサックスソロまで鍵盤で再現して下さり、こちらはひたすら単音・低音をボーンボーン・・・でもこれがなかなか上手くいけた、と自画自賛(^^;;

いやはや、Yさんの演奏クオリティに依るところがあまりに大きいのですが、適度な緊張感とツインのアンサンブルを構築している実感がビシバシ伝わり、ひたすら楽しかった!

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余韻に浸りつつも演奏後は共通の趣味でもある「ウルトラマン怪獣が過去の栄光にすがり、お互いを慰め合う」というコンセプトで出来た「怪獣酒場」というお店で軽く打ち上げ。

こちらでもパクパク食べてワハハと笑っての、楽しい時間でございました。

後で演奏録音を聴いて、若干青ざめておりますが。。実に楽しい1日でありました。

手応えを感じつつ、6月のYさん主催の鍵盤発表会に発表の機会があるやも・・という予感もしつつ、取らぬ狸の皮算用はやめておきまして、ともあれありがとうございます〜

masabo01 at 12:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年12月20日

2015 幼稚園ライブレポ・・・

2015年、幼稚園ライブ終演です。。

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そもそも冒頭から波乱気味な予感がございました。


午前8時半に集合予定だったのですが、道路混雑を予想し午前6時には出発し、途中でコンビニでたっぷり休憩を取ったにも関わらず午前7時20分には幼稚園に到着、車内で仮眠を取り、それから8時には職員室にご挨拶に向かい、「リズム室」を開放して頂き、自分の荷物を搬入。完了した頃に他のメンバーも続々と到着して参りました。

 

そこで自身のベース(今回はYAMAHAのTRB-5)を見てふと違和感。
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「ストラップ忘れとるがな!」

 

そう、普段から椅子に座って練習するワタクシ、ストラップなど家に1本ぐらいしかないのでは・・

 

ともあれ今日は椅子に座って、アンソニー・ジャクソン様風に演奏するしかない!と倉庫から椅子を借りてマイクアンプなどをセッティング。そこでふと思いつきます。

 

「待てよ・・梱包用のビニールひもがあれば・・」

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そこは幼稚園、やっぱりあるんですね。適当な長さに切って、肩にぶら下げて・・いける!

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見た目なんかどうでもエエ!しかしひもが細すぎるため肩に食い込んでしまう点はあるのですが、じっと我慢してると、それもなかなか・・とカミングアウト。

 
 

「それでは参りましょう」と開始したリハーサル。

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数曲をゴキゲンに流して、途中でトーンチャイムの練習もして、次の曲・・・に進んでベースを抱えたワタクシに、楽器人生二十数年で初めて襲った悲劇!

 
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音が、アンプから全く出ない・・

 
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過去にもこうした事はあったのですが、シールド口にフーッとやれば復活したものですが、今回は全くの無反応。

時間は9時45分。

本番は10時から、です。

 
 

以下が取り組んだ対策です。

 

l  シールドをまさごっちさんのに取り換える

l  ベース内蔵の9V電池をじゅんじゅんさんのリモコンに使用されていたものと取り換える

l  全体の音響スピーカーの背面にベースを接続する

l  とにかくシールドを素早く抜き差しする(内部の錆びを取る)

l  シールド接点を探って、ねじり気味に押さえる

l  アンプを挿しているコンセントを変える

l  つまみをでたらめに上下させる

l  ベース本体を振る。上下左右からのシェイク

l  祈る

 

・・・とにかく何をやっても音が出ないのです。
 

9時55分。いろいろと心配してくださるメンバーにお礼を云いつつも退室して頂き、ワタクシだけ会場に残って、まだアンプと格闘いたします。

 
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そのうちに続々と入ってこられる保護者の方々。園児。近隣のシルバー施設の方々、職員さん・・・ 

 

アンプから出るのは「ジーッ!」というノイズ音。不穏な音と雰囲気に心配そうな視線を背後に感じてしまいます。分かってる、とにかく、音よ、鳴ってくれぃ。 

 
まずは元・園長先生のご挨拶。

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「みなさん、おはようございます〜」

 

まめさんの流れるようなご挨拶。

「こんにちわー!!」と元気な子供たちが大きな声であいさつを返してくれます。

 

「今日はじつはベースの音が出ない、という過去に経験のなかったトラブルが発生しております。でもみんなの元気な声とお顔を見たら、それだけでも今日は大丈夫、という気持ちになりました」

 

見事に起死回生を図ってくださいます。

一曲目の「夢をかなえて、ドラえもん」が始まりました。
もちろんベースは参加できません。

 
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そこでりんりんさんがぶっつけ本番でベースパートをピアノで弾いて下さり、全体に厚みを持たせてくださいます。Kさんも軽快なリズムをカホンで刻んで下さります。

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ワタクシといえば、弾けるのに、さらにはそれを楽しみにしてくれている子供たちも居るのに音が出せない、さらにはそのことで他のメンバーに負担をかけている事態が情けなくて、心苦しくて・・・
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結局、途中の「I can sing a rainbow」とトーンチャイムによる「ジングルベル」だけは参加できましたが、それ以外はベースなしで演奏となりました。

 

最後にはワイヤレスマイクを本体に当てて振動を拾ってもらおうと思いましたが、それもほとんど音が出ず・・

 
コンサートそのものはさすがのまめさんの進行と盛り上げ、それをサポートする鉄壁のりんりんさんとKさんの演奏により大いに盛り上がり、大団円。(そりすべり、という曲ではKさん、片手で鈴を振りながらベースパートをピアノで弾いてくださいました。感謝!)

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よくプロのステージではステージ上に数本サブギターが並んでいたりしますが、その必要性を痛感いたしました。また今回のベースは電池が必要なアクティブタイプで、そうした電気回路の影響を受けない磁石ピックアップのパッシブベースが必要・・いや、それよりもアコースティックタイプの魅力を感じたり・・とすべてが後の祭りでございます。

 

居たたまれなくなり、最後まで無言だったのですが、最後のあいさつの際にマイクを借りて園児にご挨拶。

 
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「みなさん、今日は機材トラブルで音が出なくて申し訳ありませんでした。

二十年以上ベースを弾いておりましたがこんな事は初めてです。もしここに予備のベースがあれば、と何度願ったかわかりません。そして備えあれば憂いなしという諺を痛感いたしました。みなさんもこれからの人生、どんなに準備されても不慮の事態で足止めを食らう場面もあるかもしれませんが、事前の準備とその対策は本当に大事だ、とおじさんを見て思い出してくれたら嬉しいです」

 

と、自分を棚に上げるという例も交えてのご教訓。

 

終演、でした。

 

演奏を終えてから職員室で元・園長先生(現在は嘱託)とプチ茶話会。しかし、そこで「リベンジを誓い、沸々と闘争心を燃やしている」ワタクシに再び氷たっぷりの冷や水バッシャーン。 すなわち、来年に同園は近隣の保育園と合併し「こども園」に。そこで双方の行事を“見直し”、“場合によっては”このコンサートは今年で最後になるかも・・

 

とのことでした。

 

いやや、いやや、そんなん、ワシのこの想いはどこにぶつけたらエエねや〜! 
 

と駄々をこねる訳にもいかず、先生も我々をご評価下さっているようで、「もし来年がダメでも再来年。このカタチが難しければ、別の機会に..」と仰って下さったのが救いであります。

 

それからはモスバーガーでプチ打ち上げ。

 

周りからも暖かく励ましてくださいましたが、ライブ会場で、オーディエンスを前にして演奏できなかった、という痛手なかなか癒えず、ひたすら酒に逃げたその夜でございました。

 

恒例の幼稚園ライブ、コレで終わりにはしたくない!

まさに「何らかのカタチ」でまたキッズの前で演奏してやるぞ〜! と誓ったワタクシでありました。

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masabo01 at 07:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0)