masaの介護福祉情報裏板

介護や福祉への思いを中心に日頃の思いを綴ってみました。表の掲示板とは一味違った切り口で、福祉や介護の現状や問題について熱く語っています!!表板は業界屈指の情報掲示板です。

マンツーマン介護で可能となる業務省力化


介護業務の効率化を狙って、業務を分担することが必ずしも業務の省力化につながらずに、逆に業務ロスを増やして業務時間が長くなったり、分担するがゆえに人数がそろわないと分担業務が始まらないという弊害を、「介護の質を上げる工夫の具体例(入浴支援2)」という記事の中で指摘した。

逆にいえば業務を分担せず、一人の職員で一つの業務を完結することができれば、臨機応変にこなせる業務というものがあるわけである。もっともこのことがわかりやすい例として、認知症の人の介護拒否場面を考えてみよう。

認知症の人は様々な理由で、様々な状況において、必要な支援行為を拒否することがある。それは本人にとっては理由のある拒否なのであるが、必要な支援を行なえない介護支援者にとっては、非常に大きな介護負担であり、ストレスにもつながることが多い。

食事拒否、排泄介助拒否、誘導拒否、様々な拒否が考えられるが、拒否するからと言って無理に行為を行うことで、さらに認知症の人の心には壁ができて、介護をまったく受けようとしなくなるかもしれない。だから介護拒否への対応はデリケートである。無理やり力づくで、しなければならない行為を終わらせるわけにはいかないのである。

だからこそそうした介護拒否場面では、認知症の人の過去の生活習慣に思いを馳せ、日ごろの行動パターンを思い浮かべ、現在の感情のあり様を慎重に見極め、介護拒否する理由は何かといううことを探り、その理由にアプローチするという、根気のいる頭脳労働・知的対応が求められるわけである。

しかし根気よく理由を探る過程で、何となくその理由が見えてきたりする。例えば介護を拒否する理由が、認知症の人を子ども扱いするような不適切な支援者の言動であったり、ご飯の時間だから食堂に行きましょうと言われ連れていかれたのに、ご飯が食卓に出てくるまでに1時間以上もかかり、その間何の説明もなく放置された経験であったり、挨拶もなく部屋に入ってきた介護職員に対する怒りであったりすることもある。

そのような介護側の問題対応のほか、便秘でお腹が苦しいのに、その理由がわからない認知症の人が、そのことでイライラしていたり、個々がどこかわからない混乱の中にいる不安の中で、風呂に入りたいとも思わないし、ご飯を食べるどころではないという風に、その人自身の身体・精神状況が理由になっている場合もある。

そうした理由を想像して発見することが何よりも重要である。

そして発見できた様々な混乱と不安に、うまくアプローチできたときに、認知症の人の気分が突然変わり、「したら風呂入るべか」と言ってくれたりするときがある。その時に分業でしか対応できない場所では、その気分の変化に対応できずに、「少し待っててください」と言っていいるうちに、タイミングを逃してしまうことがある。

そうなると再度そうした気分に持っていくために、どれだけ時間がとられるかわからない。分業しなくても、マンツーマンでの対応ができる場所であるなら、こうした気分の変化に即応した対応が可能になり、そうした対応が日常的に可能な場所では、「日課」にとらわれないサービスの提供が可能になる。

日課にとらわれなければ、特定の時間帯に介護をしなければならないという強迫観念に縛られずに済むから、特定の時間帯に何かをしようと、認知症の人に、「説得」し続けるという無駄な時間が無くなる。それだけでも大きな業務の省力化と言える。

そもそもユニットケアとは日課のないケアのことであり、それは業務の都合に合わせてケアサービスを提供するのではなく、利用者のニーズや都合に合わせてケアが提供されることを意味する。

勿論、日課にとらわれないと言っても、生活リズムの乱れは無視してよいということではないが、(参照:小規模施設の経営者が陥りやすい落とし穴3〜日課のないケアサービスの意味)、気分を無視した日課へのとらわれを捨て去ることによって、業務はよりスムースに回ることも多いし、なにより日課をこなさねばならないという介護提供者のストレスが軽減され、それは介護職員の心身の疲弊を防ぐことにつながっていくという効果にもつながっていく。

このように分業絶対主義から抜け出して、マンツーマンで介護が可能となることによって、業務省力化がすすめられるという視点から、介護の在り方・やり方を見直しても良いのではないだろうか。

大手介護事業者のメッセージが、介護業界から撤退しなければならなかった最大の理由は、同社が開発したアクシストシステムという、15分刻みで日課をこなす介護方法により、職員の心身が疲弊していった結果であるとも言われている。

そうしたことも反面教師にしながら、もう一度便利だと言われる分業を見直しながら、原点回帰の介護の方法論を考えていく必要があるのではないだろうか。

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資格が仕事をしてくれるわけではない。


厚労省が介護福祉士か精神保健福祉士の資格を持っている人を対象として、社会福祉士の養成課程で必要な実習(240時間)を最大で60時間免除できるようにする方針を示した。

それに対して、「社会福祉士の資格を軽んじるものだ。」と批判する関係者がいる。馬鹿かと言いたい。

今回示された実習免除とは、受験資格を得る過程で共通している部分、つまりダブっている部分をカットするだけであり、すでにスキルとして持っているという前提部分が免除されてるだけだ。そのような免除で社会福祉士の資格が軽んぜられると思う方がどうかしている。

そもそも養成課程の実習過程がすべて必要だったのかという議論があって、無駄な部分はいたずらに受験者負担にすべきではないという考え方があって当然だ。なぜなら受験資格を得た人が必ず資格を取れるわけではなく、そのあとに国家試験というハードルもある。しかもその合格率はさほど高くなく、間違いなく介護支援専門員より高いハードルになっている。

社会福祉士になるためには、きちんと勉強して、それなりの知識を得なければ合格しない国家資格なのである、受験資格を得るための実習免除程度に、その資格の価値が左右されるようなものではないのだ。

そもそも、「資格は仕事をしてくれない!!」のである。

社会福祉士として使える人材になるかどうかは、資格を得た後にどれだけ勉強するかによって左右される問題であり、実務スキルが問われてくるのである。よって今回示された実習免除方針に目くじら立てる必要はない。

このことを批判している連中の欠の穴が小さすぎるという問題である。

むしろ働きながら社会福祉士の資格を取ろうとしている人にとって、仕事を休んで実習をしなければならないということは大きなハードルであり、そのために資格取得をあきらめてしまう人も多い。そういう人たちの中には、社会福祉士として大きく成長できるようなスキルの人がおり、そういう人たちが今回の免除措置で、少しでも負担感が減って受験してくれるようになれば、社会福祉士という資格者全体のスキルアップにつながろうというものだ。

この免除に目くじらを立てて、そのことを批判的にしか見ることができない欠の穴の小さい輩と、免除過程を経て資格を取得した人が、対人援助というステージで競って仕事をすれば、少しはこの国の社会福祉援助スキルが上がろうというものである。

我が国の現状は、少子化が止まらず進行する超高齢社会の中で、多死社会と人口減少社会というたくさんの困難が発生する。税源が不足する社会保障部門では、医療から介護への付け替えが進み、暮らしの場に医療が深く食い込んでくる。

よって社会福祉援助の専門家には、今以上の深い医療知識も求められてくるわけである。

そんなふうに社会福祉の領域は、かつて人類が経験したことがないほど困難で不透明な課題に向かっていかざるを得ないのである。だから人材は、できるだけ広く求める必要があるし、漫然と資格を有していることに胡坐をかいている輩は退場していただいて、資格を持った人の中でも、「仕事ぶりで競う」という現象が起きたほうが良いのである。

実習時間の免除方針にぐたぐた文句を言っている暇があったら、もっと自分を磨く努力をしなさいと言いたいところである。

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言葉の力


海の日の祝日はいつも3連休の最終日となっている。7月の第3月曜日に設定されているからだ。今年のこの連休は、天気の悪い地域が多く、登別もずっと雨だったが、今日はやっと青空がのぞいている。

そんな暦や天気とは関係なく働いている人もいるだろう。特に介護の職業に携わっている人は、週末も祝日も関係なく働いている人の方が多いのだろうが、休みを取れている人は心身ともにリフレッシュして、明日からの仕事の活力にしていただきたい。

僕は現在フリーランスで働いているので、世間の暦とは関係ない。週末から今日にかけては連載原稿の締め切りが迫っているため、執筆作業に追われておりずっとPCに向かっている。この記事を書いている時間は執筆作業を一休みして、それとは違う話題のブログ記事を書くことで気分転換という訳である。

ところで僕は過去に自著本を7冊上梓し、そのどれもが廃盤になっておらず、今でもいくばくかの印税を得ている。さらに現在雑誌やインタネット配信サイトで、毎月6本の連載記事を担当しており、そこからも収入を得ている。

その額は決して、「健康で文化的な最低限の暮らし」を営むに足る額ではなく、それだけで食べていけるほど稼いではいないが、少なくとも毎月原稿料もしくは印税収入があるという意味では、「介護作家」を名乗っても良いのではないかと思う。それともそんな肩書を付けたとしても、大した意味はないだろうか・・・。

そんな僕のキャリアとして、10年以上連載を続けている雑誌がある。それはヒューマン・ヘルスケア・システム社の「シニア・コミュニティ」という雑誌である。

シニア・コミュニティ』は年6回(奇数月)発行で、速報性でなく分析性を重視しているという特徴がある。購読している人は、医療介護福祉関連業種だけではなく、各自治体をはじめ、設計・建設業、給食事業、介護用品メーカー、弁護士、行政書士、税理士、報道機関や学校法人等多岐にわたっている。

シニアコミュニティ新装版
そのシニア・コミュニティが、今月号から新装版となって発刊された。

シニア・コミュニティの連載
僕の連載コーナーも、レイアウトが大きく変わって読みやすくなっている。

新装版の発刊に伴って同誌には次のような、「覚悟」の言葉が掲載されている。
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「シニア・コミュニティ」は大きくイメージを変えました。
少しカジュアルになったかもしれません。
そうしたい、と
思い切って変えました。

介護と福祉のこと。
とかく、伝える側がネガティブになっているような気がします。
でも、伝えなければならない内容が
ネガティブだから仕方がない、と言うかもしれません。

しかし、介護や福祉の現場は
どこも、いつもネガティブな場面の氾濫だろうが、
世間から思われているように・・・。
違います。
現場には笑いもあり、夢もある。
はつらつと働く若者だっていっぱいいます。

私たちは介護と福祉にまっすぐ向き合う人たちと
「思い」を共有したいと考えます。
だから、ワンウェイの「ほん」ではだめだと思うのです。
ただ国の制度を一方的に”伝達”するのではなく
一緒に考える「ほん」にしたいと考えます。

言葉の力を信じて。

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新装版には、介護事業コンサルタントとして全国的に有名な辻川泰史氏(株式会社はっぴーライフ代表取締役)の「人を動かすひとになれ」という寄稿文も寄せられている。

僕の連載は今後もずっと続く予定であるが、そのほかの連載陣としては、ジャーナリストの藤ケ谷明子氏(※切れ味鋭い批評が心地よく、僕は彼女の大ファンでもある。)や、介護・福祉専門の弁護士として活躍している外岡潤氏(※個人的にもいつもお世話になっている。)、さらに日本の介護の在り方についての提言を続け、09年度毎日介護賞グランプリを受賞している小島美里氏(認定NPO法人暮らしネット・えん代表理事)などがおられる。読み応え満載の専門機関誌と言ってよいだろう。

専門知識や情報を得る手段としても、きっと皆さまのお役に立つことができる雑誌なので、一度手に取ってご覧いただければ幸いである。

購入のお申し込みはこちらからFAX用紙をダウンロードしていただきたい。価格は税別1.000円であるが、リンク先から申し込んだ場合、年間購読で7,440 円(消費税・送料込) 、1冊ごとの購入は1,080円(消費税込み・送料は別途必要)である。

必読の1冊として職場に置いていただければありがたい。どうぞよろしくお願いします。

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高齢期の生き方を考える先にある看取り介護


今月に入って高齢者介護に関連して重要な国の統計が複数示されている。

9日に公表された2018年版の厚生労働白書は、統計不正問題等に関連して異例の、「お詫び」の言葉が冒頭の「はじめに」から並べられている。

これに関して、「謝れば済めば警察はいらない」などの批判的なコメントも寄せられているが、白書で謝罪するということはかなり大きなことではないかと思う。省内でこのような文言を入れることに全く抵抗がなかったとは思えず、謝罪の文言を入れるに際して、作文した人にはかなりの勇気と覚悟が必要だったのではないだろうか。

白書という閣議了解を必要とする公的資料に、このような謝罪を載せたこと自体に大きな意味があると思え、このあたりは相応の評価をして良いのではないだろうか。

ただ今後は厚労省が集めたデータをもとに、「自立支援介護」のガイドライン作りが進められるのだから、この部分への監視は欠かせない。ここに不正統計があっては、自立支援の名の給付抑制が進められるだけの結果になるので、注意深く見守りたい。どちらにしても国の分析を無批判に受け入れるだけでは、施策も制度も良くならないことを関係者は自覚すべきだ。

特に介護保険制度の中心職種と言える介護支援専門員に、制度の知識が無かったり、国が示した方針を無批判に受け入れる傾向が強いことは気がかりだ。日本介護支援専門員協会という職能団体は、介護支援専門員全体の利益代表ではないということにも注意して、それぞれのステージで、国から出されるデータなり、方針なりを分析する知識と気構えを持っていただきたい。

そのほか今週出された統計の中では、10日に総務省から公表された、住民基本台帳に基づく今年1月1日時点の人口動態調査の結果が気になるところだ。

それによると、日本人の人口は前年より43万3239人少ない1億2477万6364人。減少は10年連続で、今回は過去最大の減り幅となっている。この現象の根っこには、出生数が減り続け過去最低数になっているという自然減という最大要因があり、それは将来にわたって生産年齢人口が減少し続けるという意味を含んでいる。

日本全体の労働力が日本人だけでは賄えないことが明白になるなかで、介護労働力をどのように確保するのかという問題の解決策はないと言って過言ではない。そうであるからこそ介護事業者は、国の施策に頼るだけではなく、それぞれの事業者の企業努力と覚悟も必要になるのである。この部分で後塵を拝しては、事業経営が困難となることを自覚していただきたい。

また2日には、国民生活基礎調査(2018年)が公表されている。

それによれば全世帯に占める高齢者世帯の割合は27.6%と過去最高になっており、このうち「単独世帯」の性別は、男性32.6%に対して女性67.4%と、圧倒的に女性の比率が圧倒的に高くなっている。しかし「孤立死」・「孤独死」する人の7割は男性だという事実がある。

これは何を示しているのか・・・。高齢者支援として何が求められているのかという答えがそこにはあるのではないだろうか。僕の「看取り介護講演」では、(120分以上になれば)このことも含めてお話しすることが多い。
孤独死の現状
画像のスライドは、8月5日(月)に島根県松江市で行われる、島根県老人福祉施設協議会主催・看取り介護研修会での5時間講演で使うスライドの中の1枚である。

看取り介護と言えば、回復不能の終末期と診断された人に対するケアに特化して考える人が多いが、僕はそれは少し違うのではないかと考えている。

看取り介護とは高齢者の生活支援全般を考えるうえで、最終的にたどり着くケアステージであり、決して特別なケアではない。そこに至る過程では、終末期になった場合にどこでどのように過ごしたいのかという、リビングウイルの確認支援という重要な役割が介護支援者すべてに求められてくるし、一見看取り介護とは関係性がないと思われている、「孤独死」の問題についても、高齢者が仕事をリタイヤした後などに、どのように社会性を保ち、地域社会と分断されないかという観点から、その問題を考えることが最終的にはすべての地域住民が、最期の時間を安らかに過ごすことができるということにつながっていくのではないかと考えている。

だからこそ孤独死問題と看取り介護は無縁ではないし、関連性が高い問題であるのだと思う。

そして看取り介護に関して言えば、人が最期の瞬間まで生きる喜びを感じることができることを信じて、そうした生き方を支える介護であり、介護関係者が看取り介護を、「する・しない」、「できる・できない」と判断するのではなく、日常介護の延長線上に、ごく当たり前のように看取り介護の実践があると考える介護業界になってほしいと思っている。

島根県松江市の看取り介護講演の前にも、今月25日は札幌で2時間の看取り介護講演、27日には東京神楽坂で4時間の看取り介護講演を行なう予定だ。(参照:masaの講演予定

それらの講演は加算を取るための方法論を教えるためのものではなく、看取り介護とは何かということを伝える講演である。それは人が生きる過程を支えるという意味で、誰にでも提供されるべきケアであり、日常支援の一つとしてごく当たり前に関わるべきケアであることを伝えたい。

今年1月に上梓した、「看取りを支える介護実践〜命を支える現場から」も同じ目的で書いた本である。是非一度手に取って読んでいただきたいと思う。

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声なき声が聴こえなくならないように


センスという言葉がある。介護のセンスという言い方をしたりする。それは目に見えはしないが、時々そんなセンスを感じる人に出会うことがある。

センスのある介護者は、経験のない若い時にも、いろいろなことに気づくことができる。そんな人に出会うと、僕自身もうれしい気分になれる。

そういう人たちは介護業界にはびこる、「介護の常識は世間の非常識」という状態にも気が付く。それを変えようとして頑張って結果を出している人もいる。しかしその異常さに気がついても、そのことを変えられない現状を認識したときに、介護という仕事に絶望し、バーンアウトしてしまう人も多い。それが何より哀しい。

バーンアウトしないために、自分のセンスに蓋をしてしまう人もいる。

哀しい」・「苦しい」・「助けて」という利用者の声なき声が聴こえていた人が、いつの間にかその声を聴かないようにして、心の耳を塞いでしまったとき、声なき声どころか、実際にそこで発している悲痛な声さえも聴かなくなってしまう。その時、あんなに希望に燃えて就いた介護の仕事に、夢破れ疲れ、惰性でしか仕事ができず、おもしろくない仕事をこなしながら毎日を送るだけの人になる。それでよいのだろうか・・・。

世間一般の非常識が、介護では常識とされる一例として、日常的に「行列」を簡単に作ってしまうということがある。介護施設であれば、1日のうちに必ず1回以上は行列に並ばなければ、日常生活が送れないというとんでもない施設もある。

例えば昨日の記事で指摘したように、入浴支援を受けるために脱衣所にたどり着く前に1時近く廊下に作られた行列に並ばなければならないこともその一つだ。

トイレ介助と称して、トイレにたどり着く前に廊下人並ばされて何十分も放置されるという、「行列」も存在する。そんな行列に並ばされている人の中には、並んでいる最中に失禁してしまい、トイレは自排せつする場所ではなく、失禁の後始末の場所に成り代わってしまっているケースもある。

廊下に毎日のように並ばされている人であっても、そのことに決して慣れることはない。行列に並んでいる間は、いつも不満で、いつも不安だ。

そうした行列は人間と人間の間の隙間をなるべくなくすがごとく、前の人のすぐ後ろに並ばされるから、並んでいる人の顔のすぐ近くに、前に並んでいる人の車いすの背もたれがあるという状態になる。その圧迫感はほとんどの人にとってかなりのストレスだ。だから普段車いすを自走できない人も、そんな行列から脱しようとして、車いすのタイヤを手でつかんで動かそうとする。そうするとその姿を見かけた介護職員が、「危ないから動いちゃダメ!!」とスピーチロックという暴挙に出る。それは行動制限そのものだ。

行列をつくること自体が問題だが、その行列も少しでも動いたら人とぶつかるくらいの近さに、人と人との距離を取らずに人を並べ、そのまま放置しているあなたたちの行為そのものが危険なんだと言いたくなる。

行列に並んでいる人は、並んでいる理由もわからず、いつまで並ばされるかもわからないから、不安が助長される。だから、「誰か助けてください」・「私何をしたら良いのですか」と叫ぶことになる。

そもそも介護サービスの場でつくられる強制的な行列に並ばされている人が、全員おとなしく並んででいられるわけがない。行列を作る全国の介護事業者で、利用者は悲痛な声を挙げ続けている。そのことにストレスを感じている介護職員も多いはずだ。しかしその原因である行列をなくす方法がわからなかったり、行列を失くして利用者の助けてという声が出ないようにしようとする思いが伝わらない現場で、そうした職員は自らの心の耳を塞いでしまう。

声なき声が聴こえていた人が、心を閉じて、声になっている悲痛な叫びさえ聴かない人になる。その時、介護事業者は冷たい箱にしか過ぎなくなる。苦悩を包み隠すブラックボックスにしか過ぎなくなる。そうしてはならないのだ。

介護の常識が世間の非常識と気が付いたら、それを変えなければならない。変えようとしたときに必ず抵抗勢力にぶつかり、何度も跳ね返されるだろう。しかしあきらめてはならないのである。大事なことは、ダメなものはダメという勇気であり、良い方向に変えようとする情熱である。

しかし一度や二度の失敗で消える思いを情熱とは言わない。それは単なる気まぐれである。

利用者の声なき声を聴き続けるためには何が必要なのだろう。大切なのは与えられた才能ではなく、あり余る好奇心だ。それこそが専門家を突き動かす。そこに知性というエッセンスを加えることが大事だ。

知性とは、生業(なりわい)や人にひけらかすために身に着けるものではない。困難に直面したときに、どう立ち向かうべきかを教えてくれるのが知性だ。知識への欲求を捨て、日々同じことを繰り返す人生に意味はない。

勤勉、真摯、謙虚そして器の大きさ、それらのどれ一つが欠けても人の暮らしに寄り添う資格は無い。売名、不遜、おごり。どれか一つでも潜んでいれば、知識や技術も人を裏切る。

僕たちに求められていることは、見えない涙、声なき声を見失わないように、介護の現場で小さな勇気をもって、「利用者本位」の本質を考え続けることだと思う。青臭いと言われようが何だろうが、その一念に優る情熱はない。
見えない涙

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介護の質を上げる工夫の具体例(入浴支援2)


介護の質を上げる工夫の具体例(入浴支援1)より続く】
週2回しか入浴支援を行わない施設では、その2回の入浴日に全員をお風呂に入れなければならず、それが入浴支援を重労働化する最大の原因であることは昨日書いた。

しかしこうした入浴支援の方法には、もう一つ重大な欠陥がある。週2回しか入浴支援しないという環境は劣悪ではあるが、それは最低基準として定められている法令基準であり、それを下回るサービスであっては運営指導対象となる。

しかし週2回の特定日しか入浴支援を行っていない施設であれば、その日に必ず全員を入浴させなければ、この最低基準さえクリアできないことになる。しかし高齢者の方々は、様々な理由で入浴ができない事態が想定される。その時、入浴できなかった人について、特定の入浴日以外にそれらの人の入浴支援を行っているのだろうか?

それを行っていない施設は、この最低基準を護らないという運営基準違反を繰り返していることになる。(※ちなみに僕が独立する前に、医療系サービスの実情を知るために1年だけ体験勤務した千歳市の老健施設では、こうした運営基準違反が常態化していた。)

そのようなコンプライアンスに欠ける運営は、本来許されないわけである。介護施設が最低基準として定められた劣悪な基準さえ守らない場所という批判を世間から浴びないためにも、特定日の入浴機会を逃した際には、翌日に入浴支援ができるなど、入浴支援が毎日でもできる方法の工夫をしなければならない。世間一般並みの入浴機会を確保する以前に、そういう視点も必要になるのだ。

僕が総合施設長を務めていた特養では、毎日入浴支援ができる工夫の一つとしてサービス提供者にとって都合の良い便利な方法である、「分業」をやめるという方法を取っていた。

業務の効率化の名のもとに、介護施設では様々なサービス場面で分業が常態化している。入浴支援の場合は、浴室内の洗身介助・浴槽の出入り介助の担当者と、脱衣所の着脱介助の担当者と、脱衣所まで・脱衣所からの誘導又は搬送介助担当者と、入浴支援を3場面に切り分けて、「分業」する方法が一般化している。

しかしこの方法は、介護業務を支援行為とはかけ離れた、「作業化」する一番の原因であり、流れ作業を促進すだけの結果しか生まないことが多い。そして実のところは「業務の省力化」や「効率化」にはあまりつながらないのが実態である。

なぜなら浴室内介助と脱衣所介助と誘導介助がうまくつながらないからである。結果的に3部門の担当者が、自分の作業の都合だけで自分の担当部門を黙々とこなすだけの結果になり、廊下には脱衣介助を待つ長い行列ができ、脱衣所には浴槽に入る順番を待つ人が裸のまま座って待たされるという状態をつくることになる。待たされる人々にとって、それは至極迷惑な時間であり、人によっては地獄の時間でもあるが、待つことを常態化するというのは、業務ロスが常態化しているという意味でもある。

これを失くすことが、即ち毎日入浴支援ができる方法にもつながっていくのだ。つまり分業をしないということだ。

一人の介護担当者が、居室から脱衣所への誘導及び浴室内介助をすべて担当し、一人の利用者が居室から浴室に移動し、入浴支援を受けて居室に帰るまでの一連の行為をすべて責任を持って行うことで、入浴支援は作業から行為へと転換が図れる。

それでは支援時間がかかり過ぎて、対応すべき人数がこなせないと思うかもしれないが、浴室に今連れていかなくても良い人たちの長い行列を作るという、「業務ロス」がなくなる分、業務は効率化できるのである。

そもそも入浴支援を3場面に切り分けて、「分業」する場合、入浴支援を行うためには同じ時間に入浴支援に携わる人が最低3名必要になる。この3名のタイミングを合わせてやっと入浴支援ができるのである。それは3名同時に、入浴支援以外の業務には携われなくなることを意味している。しかもそこではまだ脱衣所に連れてくる必要のない人を、1時間も前から連れてきて廊下に放置しておくというロスが生まれる。

一人の担当者が一連の入浴支援をすべて行うなら、その担当者が入浴支援をできるタイミングで、いつでも誰かを入浴支援できるわけである。そしてそこには必要のない時間に利用者の移動支援を行うというロスは生じないし、廊下に利用者を放置しておくという不適切な状況も生まれない。

つまり入浴支援担当者は、一斉に入浴支援する必要はなく、例えばA職員が自分の今日の担当者を入浴支援している間に、ほかの職員は入浴以外の業務を行っているということであれば、入浴だけで現場の仕事が手いっぱいになって、ほかの仕事に手が回らないという状態にはならない。勿論、その日の一日の流れを読みながら、ある時間帯は、A職員とB職員の2名が入浴支援にあたって、たまたま浴室でそれぞれの担当者が二人同時に湯船にゆっくり浸かるという場面が生じたって良いわけである。

毎日の入浴支援によって1日に入浴する人の数が減ることに加え、日々の一斉介助をやめ、その日の業務の担当者が、利用者の暮らしに合わせて様々な支援を行うことによって、一つの支援行為だけに手を取られて、ほかの業務に手をかけられないという状態は軽減される。

そこにシフトの工夫を加えて、早出を1名少なくして日勤者もしくは遅出を1名厚く配置する日を造ったり、早出や遅出の勤務時間をユニットごとに変えたりすることで、様々な工夫ができるのである。その結果、配置職員を増やさなくとも、入浴支援ができる日を増やすことは簡単にできるわけだ。

ここに示した方法は、僕が特養で毎日入浴支援をするために取った方法の一つに過ぎず、そのほかにも様々な業務システムの改善で、ケアの品質は向上させることができるのだ。

要はやる気とやるための知恵が大事になるということである。やる気も知恵もない人は、ほかの仕事を探せばよいだけの話だ。

人が足りないからできないのではなく、知恵が足りないからできないのではないかと疑問を持ってほしい。介護の本質の向上のためには、そんな風に自らの姿勢を振り返ることが求められるのである。

それをしない人に、「職業に対する誇り」など得られるわけがなく、そうしようとしない人はプロと呼べるわけもなく、そんな人に全産業平均の給与水準など与える必要もないわけである。

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介護の質を上げる工夫の具体例(入浴支援1)


介護事業者で働いている人の中で、人手が足りないことを理由に、現状のサービスの質を上げようとしない人が多すぎると思う。

人手がないと言えば現状に甘んじることがすべて正当化される傾向にあることも嘆かわしい。介護の質が一般常識より低いのに、それを変えない理由にも、「人がいないから」という理由が使われる。

できない理由を探し現状に甘んじていれば楽だろう。それでも仕事は何とかこなせるし、給料が減るわけでもない。でもそれで仕事に喜びや誇りを感じることができるだろうか。自分の家族に自分の仕事ぶりを誇りを持って語ることができるだろうか。そんな必要がないという人は、機械でも相手にする職業に転職したほうが良いと思う。そんな人は介護事業者にとって、人材ではないからだ。

人手が足りないこと自体についても、その理由を検証もせず、人手がないことを言い訳にして現状を変えようとしない人に、職業は微笑んでくれないのである。職業とは辛い要素もたくさんあるとはいっても、働くことは社会活動を続けることであり、それ自体が喜びだということを忘れないでほしい。

介護という職業を単に仕事として選ぶのではなく、生き方として選んだ人には、介護という職業自体が微笑んでくれることを知ってほしい。

例えば介護施設では、1週間に2回しか利用者を入浴させなくとも運営基準違反にはならない。

しかしそのことがいかに世間の一般常識とはかけ離れたことであり、そんな基準に甘えている介護施設とは、いかに低俗な施設であるかということについては、このブログ記事では過去に様々な記事を書いて批判してきた。

そのことを批判できる背景には、僕が総合施設長として管理していた特養では、利用者の希望に応じて、毎日でも入浴支援を行っていたという実績があるからだ。

以前にも書いたが、僕が週2回の入浴支援を、「囚人並みの基準でしかない」と思い立ち、改革に努めたのは介護保険制度開始の1年前のことである。

たまたまその時期に、僕が勤める施設が50床+併設ショート2床の特養から、100床+ショート12床+通所介護という規模に拡大を図る中で、職員も大量に募集し新人を雇用できる環境であった。そしてその1年後には介護保険制度がスタートし、措置から契約へと制度が大きく変わることがわかっていたというタイミングで、職員の意識改革とシステム改革が必要かつ可能な状態となっていた。

その時に利用者が希望すれば毎日入浴できるようにしようとし、週2回しか入浴していない人が地域にどれだけいるだろうかという視点から、その最低基準がいかに劣悪な基準でしかないかという意識を浸透させたうえで、新規に雇用する人も様々な改革に対応できる人数を勘案しながら採用を行なった。

そして看護・介護の配置規準3:1を上回るほぼ2:1の配置に近い状態にしたうえで入浴の改革も行った。だからと言ってその配置人数が決して十分ではないことは、現場の職員なら承知のことだろう。そもそもユニット型施設の場合、もともと配置規準は2:1が最低基準だし、非ユニット型であっても3:1の配置では業務が回らないために、必然的に2:1に近い配置を行っている特養がほとんどであろう。それは決して十分すぎる配置人員ではないのである。しかし人件費を無尽蔵に増やすわけにはいかないために、その時の収益と職員の給与水準と、目指すべきサービスの質をすべて秤にかけて、配置人員を割り出したわけである。

その中でいかにシフトを工夫し、業務の仕方を工夫して利用者ニーズに対応するかという、「知恵」が問われてくるわけである。現状の人数でも業務が回らないから、これ以上のことは一切できないという、知恵のない思考を取らないことが業務改善には必要なのである。努力という思考回路を停止した先には、停滞と退廃しか待っていないのである。

例えば週2回しか入浴支援を行わない施設では、その2回の入浴日に全員をお風呂に入れなければならない。100人の介護施設だとしたら、週2回の特定曜日に体調不良者を除いて、100人全員を入浴させるわけである。それは入浴支援という業務を、重労働化させる最悪の方法と言っても良い状態で、それでは食事介助と排泄介助を行う以外には、入浴支援しかできなくなる場合が多い。

しかし毎日が入浴日であれば、入浴支援も1日のルーティンワークの一つにしか過ぎず、職員の意識は、入浴支援も他の支援行為と同じように毎日行うべき普通の行為というふうに変わっていく。そしてそこでは、1日に入浴する人の数が分散したことにより、1日中入浴支援だけに費やすという業務がなくなり、それに付随するストレスが消えていく。

実際に、毎日入浴支援を行うようになって以後に採用した介護職員は、それが普通だから、そのことが大変だと思うことなく、当たり前の介護業務として不平・不満もなく、黙々とごく自然にその支援行為に当たっている。

このように毎日入浴支援を行うと言っても、100人全員が毎日入浴を希望するわけではなく、多くの人は、「今までと同じく週2回で良い」と言ったりする。「せっかく毎日入浴できるようになったのですから、せめて1日おきにでも入りませんか。」と投げかけても、頑として週2回しか入らないという人も多い。

当然のことながら毎日入浴支援を行っている施設では、1日に入浴支援を行う人数は減るのだから、1日の中で入浴支援にかける時間も、入浴支援を行う職員の人数も少なくて済むことになる。他の業務に係る職員の時間や人数が増えるわけである。そしてシフトを工夫して、入浴支援の時間に集中的に人を配置すれば、介護職員の人数も増やさなくても業務が回ったりするのである。

そもそも入浴支援で一番大変なことは、「入浴拒否」する人への対応だ。3日も4日もお風呂に入っていないのに、「さっき入ったばかりだから、もう入らない」という人を、いかになだめすかして入浴してもらうかというところに、膨大なエネルギーと時間が費やされるのが常だから、素直に入浴してくれる人に関しては、入浴支援業務のちょっとした工夫で、難なく毎日の入浴支援は可能になるのである。

そのちょっとした工夫とは、サービス提供方法の効率化を見直して「不便な方法」をあえて採用するということかもしれない。

そのことについてはこの記事が長くなったので、明日続編を書いて具体的に内容を示そうと思う(明日に続く

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地域密着型通所介護に永続的な経営モデルは存在しない


福祉医療機構が6月28日、2017年度の通所介護の経営実態を分析した最新のレポートを公表している。

そこには地域密着型通所介護の45%が赤字というデータが出ている。このことは昨年4月の報酬改定で、地域密着型通所介護費は単価がアップしたが、それでもなおかつ経営が厳しいという実態を表しており、そのことに相当のショックを受け、今後の地域密着型通所介護の経営に不安を抱く関係者も多いことと思える。

しかし地域密着型通所介護のままでずっと経営できるなんてあり得ないことである。

わずか18人定員の事業サービスでは、保険内収入も18人の利用者によってもたらされる給付費が上限なのだから、職員の定期昇給をきちんと年次ごとに行っていく過程で、収益が頭打ちになるのは当然ではないか。しかも18人という利用定員の上限はすぐそこにある。

介護保険制度開始当初は、地域密着型通所介護という分類はなかったが、小規模型通所介護という形で事業を立ち上げても経営が成り立った。その理由は、通所介護の単価が今よりずっと高かったからである。その単価は特養の1時間単価より高く設定され、かつ夜勤業務を伴わない通所介護には、人材が集まり、人件費コストも今よりずっと低かったことから、運営コストは特養よりはるかに安く済んだので、小規模通所介護の保険給付だけでかなり長い期間保険収入のみで収益を挙げることが可能だった。収益が頭打ちになる上限もずっと先にあった。

しかし単価がどんどん下げられていく過程で、そうした状況ではなくなってきているのである。しかも財務省は、先の小規模通所介護費のプラス改定には相当お冠である。そして財源が厳しい状況でコストパフォーマンスが低い事業は、なくなってもよいとして、介護事業の大規模化を誘導している。(参照:施策として進められる介護サービスの経営主体の⼤規模化

こうした諸々の事情を鑑みると、今後の通所介護の経営モデルで言えば、地域密着型サービスは経営の第一段階となっても、最終経営モデルにはなり得ない。よって通所介護事業所を建設コストが安い地域密着型で立ち上げて、そこでしっかりサービスの品質管理をして、お客様に選んでいただける事業所として成長する過程で、定員の増加を図り都道府県指定事業所に拡大していかないと、経営に行き詰まることは目に見えている。

少なくとも地域密着型通所介護単独では、職員の定期昇給もままならなくなる。それに加えて10月からの特定処遇改善加算は、通所介護には辛い加算率となっており、小規模の事業所単独では大幅な待遇改善はままならず、規模の大きな事業者等に人材が流出する恐れがある。間違いなく今後の地域密着型単独経営の事業所には人材が集まりづらくなるだろう。

そのような中で事業規模の拡大が必至の状況となるのが、通所介護事業の立ち位置だ。しかし事業規模を拡大するには、顧客を確保していかねばならない。

他事業所との競合の中で、お客様に選んでもらうためには、ホスピタリティ精神を生む職員のサービスマナー教育を徹底し、サービスの品質管理を行い、顧客ニーズにマッチしたサービスの質向上に努めていかねばならない。顧客層の中心となる、団塊の世代の方々に選ばれるサービスメニューも開発していく必要がある。

いつまでも風船バレーとカラオケがメインサービスの通所介護なんて、廃れて無くなるのは身に見えているのである。ちいちいぱっぱのサービスが選ばれないのは当然なのである。

加えて事業規模の拡大の種を、様々なところに蒔いていかねばならない。事業者の財政基盤の強化も必要で、保険収入以外にも収益確保の構造改革が不可欠だ。

とすれば、いわゆる混合介護として通所介護事業と同時一体的に保険外サービスを提供することも必然となる。(参照:混合介護のルール明確化2・通所介護編

混合介護として、利用者が通所介護を利用中に、通所介護業務に直接携わらない運転手などが買い物代行サービスをして、保険外費用を得ることも認められているのだから、できる範囲でそれらのサービスを提供することで、利用者の多様なニーズに応えていくべきである。

本来混合介護は保険内収入と保険外収入のセットで、事業収入の拡大を図るものであるが、保険外サービスの収益が微々たるものであったとしても、このように利用者ニーズへ広く対応することによって、顧客増加につながるという視点も必要不可欠である。そういう意味で、混合介護をやらないという選択肢はない。

さらに事業規模の拡大は、高齢者の通所介護という形だけで考えていてはリスクが大きすぎる。要介護1と2の通所介護が、市町村の総合事業化されるという懸念がぬぐい切れないのであるから、そうなることがあるかもしれないという想定の下に、高齢者以外に顧客を求めていかねばならず、「共生型サービス」として、障がい者の方々にも選ばれていく事業にしていかなければならないのは当然の帰結である。

僕は通所介護事業所で、共生型サービスを行わないという選択肢はないと思っている。なぜその準備を進めて、一日も早く共生型サービスの指定を受けないのか疑問である。

共生型サービスに無関心な通所介護関係者の方々は、もう一度このあたりの視点で、経営戦略の見直しを図る必要があるのではないだろうか。

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ご縁に恵まれた繋がり


僕は今、この記事を福岡空港の「さくらラウンジ」で更新しているところだ。火曜日から滞在した北九州の旅を終えて、これから北海道に帰る予定である。

おかげさまで2日間にわたる講演も好評のうちに終えることができ、正味5時間の研修時間中を終えた後、受講者の方から帰り間際に、「一度も眠くなりませんでした」と声をかけていただいた。今日も担当者の方からアンケートの結果について、「自身の接遇や現場のケアが当たり前でないという事に気づけたようです。」という意見をいただいているとの連絡を受けた。自分の責任を果たすことができたようで、ほっとしているところだ。

今回、講演の依頼をいただいたのは社会医療法人・北九州病院さんであり、その本部で講演を行ったが、縁というものはあるものだと改めて感じた。というのも北九州病院さんから講演依頼をいただいたのは初めてだが、その本部で講演を行ったことが過去にあるのだ。

4年前に、「九州・山口三ツ星介護セミナー」という団体から依頼を受けて、講演を行った場所が北九州病院さんであったのである。おそらくその団体のメンバーに、同病院グループの方がおられて、場所を貸していただいたのであろう。(参照:三ツ星な人々との貴重な時間を過ごして

講演依頼を受けたとき、即座にそのことを思い出さなかったが、初めての依頼なのに聞いたことがある病院名だなと思ったのは、そのような縁があったせいである。

ところで北海道から北九州と言ったらずいぶん遠くに思われるだろうが(実際に遠いことは遠いのであるが)、新千歳空港から福岡空港までは直行便が出ており、2時間30分程度でたどり着くし(帰りは偏西風の影響で2時間くらいに短縮されることが多い)、博多から小倉までは新幹線乗れば20分弱で着くのだから、感覚的にはそう遠くは感じない。家から新千歳の移動を考えても、片道5時間もあればたどり着く距離である。

そういえば数年前には、東京に滞在していて、朝福岡空港に飛んで、午後一で博多で講演をして、そのまま北海道に帰るという弾丸講演を行なったこともある。それほど福岡県は遠く感じない場所であるし、年に何回も訪れる馴染みの場所でもある。その福岡県の中でも小倉は博多の次に訪れる機会が多い場所でもある。次は10月10日(木)にステーションホテル小倉で行われる、「九社連老人福祉施設協議会 通所介護部会セミナー」で、6時間の講演を行う予定である。
小倉駅のメーテル
今日は小倉駅でメーテルとデートした後、いったん北海道に帰るが、10月には小倉に再訪して2泊する予定なので、その際はまたよろしくお願いします。

さて講演に関連してよく尋ねられることがある。それは、「講演を依頼する場合に、受講者は何人以上とか決まりがありますか?」ということである。しかし受講人数はご心配いただかなくて結構である。日程の調整さえつけば、受講人数が数人の研修会等であっても喜んで受けさせていただく。

最近は、「介護事業におけるサービスマナー研修」の依頼が多くなっているが、この研修は法人単位・事業所単位の職員研修として行うと効果が高まるので、そうした単位での依頼も多くなっており、必然的に受講者は職員に限定される。場合によっては十人程度の研修となることも多い。それは全く問題のないことなので、講演依頼の相談はお気軽にメールや電話で連絡いただきたい。

最近も道内の遠軽町というところにある事業所さんから講演依頼があったが、受講予定者は17人ということである。このくらいの人数だと、じっくり職員さんの表情を見ながら、反応に応じた話をできそうである。近い距離で質疑応答もざっくばらんにできるのではないだろうか。

ところで僕は今まで講演を行っていない県は、山梨県と鳥取県の2県だけではあるが、市町村レベルで言えば圧倒的に行ったこともない地域が多いわけである。北海道の市町村も同様で、遠軽町という場所も今まで一度も行ったことがなかった。そのため講演依頼を受けた際に、「どういうルートで行けばよいのでしょうね。」とお尋ねさせていただいた。その結果の前に、このブログ読者の方は道外の方も多いと思うので、北海道地図で市町村の位置確認ができるように、下記に地図画像を貼り付けておく。
北海道地図
僕の住む登別市から遠軽町に行くためには、新千歳空港から大空町にある女満別空港に飛んで、そこからバスを乗り継いで遠軽入りするルートもあるが、そのルートの場合女満別空港からの乗り継ぎが不便である。そのため今回は、JRを乗り継いでいくことにした。

僕の住む地域の最寄り駅はJR登別駅ではなく、お隣の室蘭市にあるJR東室蘭駅である。すると(往路)は、東室蘭発8:24〜札幌着9:48〜札幌発11:00〜旭川着12:25〜旭川発12:41〜遠軽着14:46となり、所要時間6時間22分の旅となる予定だ。つまり今回の小倉講演に行く場合より時間がかかることになるのだ。やっぱ北海道はでっかい道である。

これだけ広いのだから、市町村の地域差もたくさんあって、同じ北海道でも、「こんな食べ物があるのか」と驚くことも多い。気温差も激しく、夏30度に達する地域がある同じ日に、日中の気温が10度をやっと超えるかどうかという地域がある日も珍しくない。よって北海道というくくりで、何もかも共通するというイメージは間違いであると考えたほうが良いと思う。

ところで遠軽という場所には言った言葉ないと書いたが、行ったことがなくとも縁がないわけではない。

僕が社会福祉の道に進むきっかけになった出来事はいくつかあるが、その一つに心を打たれるほんとの出会いがあった。そのことについては、『Think about my Daughter 〜「もうひとつの少年期」との出会い』で詳しく紹介しているが、その本の舞台である、「北海道家庭学校」のある場所が遠軽町であり、著者はそこの指導員であったはずだ。

今回の講演のお話をいただいた際に、ほかの予定をずらしてお受けした経緯には、僕の思い出と思い入れが少しだけ関係しているのである。

そんなことを考えながら北海道行きの飛行機の時間待ちをしているところだ。ちなみにお今日の昼ご飯は福岡空港ラーメン滑走路の、「海鳴(うなり」で魚介とんこつラーメンと、海鳴丼を食べた。
海鳴の魚介とんこつラーメン
福岡空港には、このスペースのほか搭乗口には、「一蘭」もあるが、僕は海鳴のラーメンが一番好きで、いつもここで食べている。ただフードコートには、福岡のソウルフード、「ビーフバター焼き」や、因幡うどん、佐賀のちゃんぽんの有名店にある人気メニュー、「井出カツどん」(ちゃんぽんの出汁をベースにしている)もあるので、こちらも食べてみなければならず、またの来訪機会が今から楽しみである。

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正義感だけで仕事はできない


今日は一日、社会医療法人・北九州病院さんで介護職員向けの研修講師を務めている。

講演時間は10:10〜16:10の予定で、テーマは「介護のプロとして求められる実践力〜サービスマナーから看取り介護まで」としている。先ほど午前中の講義を終え、今昼休みの真っ最中である。この後13:10〜午後の講義を再開するが、それまでの短い時間を利用して、この記事を更新している。

さて本題。介護事業者の職員の平均給与は、他産業のそれより下回っていると言われる。しかし本当にそうだろうか。平均給与のデータの抽出方法もいろいろで、資料によっては介護事業者の職員のぉれは、他産業平均と変わらず、女性だけを取り上げればすでに他産業平均を上回っているとしているものもある。どのデータ、どの資料をピックアップするかで、その結果はかなり違ったものになるのである。

勿論、介護事業者の中には、地域密着型通所介護を1事業所だけ経営している母体とか、グループホーム2ユニットのみを経営している母体とか、小規模経営事業主体も多い。そういうスケールメリットが全く働かない事業主体が、規模の大きな法人と同じだけの職員待遇にできるわけがなく、給与水準が他産業平均を大きく下回る事業者が存在することは事実だ。

しかし措置制度時代から経営を続けている社会福祉法人などの職員待遇は、もともと国家公務員準拠の給料表に基づいていたし、介護保険制度以後、その給料表を見直したとしても、極端にその額が下がることはないことに加え、介護職員処遇改善加算によって、介護職員の給与は他産業に比べて低くなっているわけがない。現に僕が経営していた社福の職員給与ベースは、地域では市役所職員とそん色ないものだった。今でもその傾向は変わっていないだろう。

介護事業者の規模が大きくになるほど、職員待遇は向上する傾向にあり、他産業の平均給与ベースより高くなっているところも少なくない。しかも本年10月からの特定処遇改善加算によって、この傾向にはさらに拍車がかかり、介護職員の給与は全産業平均とそん色ないというより、上回るという状況も珍しくなくなってくるだろう。

そうした状況があるということを前提にして指摘しておきたいことがある。

介護の仕事は対人援助そのものであるが、だからといってそのことのみを取り上げて、福祉の精神とかを職員に求めても始まらないということである。虐待を防ぐための論理にしても、介護の仕事だから正義感をもって、利用者に奉仕せよというような指摘では何も変わらないし、何も生まれないのだ。そうした問題ではないとあえて言いたい。

そんな正義感を求める前に、介護を職業としている以上、それは介護という分野に関するプロフェッショナルであるという意識を持つように教育すべきだ。

そもそもプロとは何か?金銭で出力するのがプロである。

使命感だけに頼り切ることほど危険なことはないのだということに気が付いてほしい。ボランティアが腐っていく理由のほとんどは、金銭が介在しないからだ。仕事に正義感など持ち込むから成長しないのだ。だからボランティアを主力にする限り、市町村の総合事業に未来はない。(おっと話がそれた・・・。)

そもそもプロが金銭をもらって奉仕するって恥ずかしいことだと思わないのだろうか?介護給付費は税金と社会保険料という公費で賄われているが、公費からの給与という対価になぜ奉仕が出てくるんだ。そんなのおかしい。公費による対価には、それにふさわしい仕事で返すしかないだろう。奉仕の精神などそこに介在する余地はない。

介護という職業に対し、声高らかに奉仕の精神と正義感を求め続ける限り、それが目指す目的や目標は限りなく幻想化させられていく。そこにおける理念や理想も、目指すべき近い将来の到達点ではなく、幻想の産物でしかなくなる。

それではダメなのだ。介護サービスの利用者に、高品質で適切なサービスを提供し、その暮らしを守るためには、プロ意識に基づいて、もらっている対価にふさわしい仕事をしなさいということに尽きるのだ。

利用者の暮らしぶりを豊かにすることで、選ばれる事業者になるためには、そうした介護のプロフェッショナルを育てねばならないし、そのために適切な対価は手渡さねばならないということに尽きるのだ。

それが介護事業者と労働者と利用者の3者ともに、ウイン・ウイン・ウインになるための唯一無二の方法論である。

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ADL維持等加算の意味


国は今後の介護報酬には、ADLの改善等アウトカムに基づく支払いを導入したいと考えており、それを「自立支援介護」と称している。

そのことは「骨太の方針2019」にも明記されており、「診療報酬や介護報酬においては、高齢化・人口減少や医療の高度 化を踏まえ、下記の各項目が推進されるよう適切に改善を図るとともに、適正化・効率 化を推進しつつ、安定的に質の高いサービスが提供されるよう、ADLの改善などアウ トカムに基づく支払いの導入等を引き続き進めていく。 」と記されている。

2018年4月の介護報酬改定は、診療報酬とのダブル改定であったため、両報酬の算定ルールの整合性を取るために多くの時間と手間がかけられたために、その本格導入は先送りされ、自立支援介護の新加算は加算はメッセージ性が強く、むしろそれは2021年度の報酬改定の呼び水と見るべきである。

その呼び水・試行的取り組みとして、2018年の報酬改定時に通所介護において、「ADL維持等加算」が新設された。

この加算は、指標にBarthel Index(バーセルインデックス)を用い、その結果をADL利得とし、その数値が一定要件をクリアした事業所を、ADLの維持・改善につながった利用者が多い事業所と評価し加算する制度である。(※評価対象利用期間の6ヵ月目におけるADL値から評価対象利用期間の初月におけるADL値を控除した値が多い順の上位85%について、ADL利得が「ADL利得が0より大きければ1」・「ADL利得が0より小さければ-1」・「ADL利得が0ならば0」として区分し、合計した数が0以上であることが要件の一つとされている。)

その評価については、連続して6月以上利用した期間(複数ある場合には最初の月が最も早いもの)のある要介護者(評価対象利用期間中、5時間以上の通所介護費の算定回数が5時間未満の通所介護費の算定回数を上回るものに限る。)の集団について、総数が20名以上等の算定要件を満たすこととされている。(※算定要件は、老企36号解釈通知で確認願いたい。)

ところでこの加算は、自立支援の結果への評価加算と言われているが、評価された事業所の体制加算という意味があることに注意しなければならない。

なぜならADL利得を評価した結果というのは、あくまで前年度であるからだ。そして算定年度については、利用者全員に算定できるのであって、算定年度に新規利用する人も含めて、前年に評価対象となっていない利用者も算定できることになる。つまりこの加算はあくまで、「ADLの維持・改善につながった利用者が多い事業所と評価された体制に対する加算」なのであり、その体制がある事業所を利用する人全員に算定できるわけである。評価集団に属していた人だけに算定する加算ではないという理解が必要だ。

またこの加算は、機3単位/月)と供6単位/月)に分かれているが、兇了残衢弖錣蓮↓気陵弖錣鵬辰┐董◆算定日が属する月に当該利用者のADL値を測定して、その結果を厚労省に届け出ること」とされている。

しかし気両豺腓癲ADL値については本体報酬の介護給付費明細書の給付費明細覧の摘要欄に記載しなければならない。そして兇砲弔い討蓮ADL維持等加算(供砲硫雜邉詆嬌駝精拿颪竜詆嬌駝精挈の摘要欄に記載し、これによって介護給付費明細書の給付費明細覧の摘要欄に記載する提出と兼ねるとされている。

つまりADL値を測定した人の場合、気鉢兇琉磴い鷲床楚値を基本報酬の備考欄に記載するか、ADL維持等加算の備考欄に記載するかという違いしかなく、単位の低い気鮖残蠅垢詬由はないと思われる。(この部分の解釈が間違っていると思う方は、ご指摘いただきたい。)

だからこの加算を算定する事業所は、評価集団に属しバーセルインデックスを測定している人に関しては低い単位の気鮖残蠅垢詆要はなく、できるだけ兇鮖残蠅垢戮である。

しかし高い単位といってもわずか6単位/月ですかなく、しかも加算算定の手間は結構あることを考えて、「そんなゴミみたいな加算は算定しない」という事業所もある。

しかしそれはダメだ。この加算の単位が低い理由は、前述したように次の報酬改定の、「呼び水」であり、「実験的な役割」があるのだ。そのためこのこの加算の算定単位は低いが、2021年の報酬改定の際は算定ルールを検証しなおして、要件は変る可能性があるものの方向性は同じにして加算単位もアップするという方針があると言われている。

よって今のうちにこの加算をきちんと算定できる体制づくりをし、加算要件に必要な作業を、通所介護事業所のルーティンワーク化するのが、昨年から2021年度にかけて求められることである。

次の報酬改定では、地域密着型通所介護を中心に、基本サービス費の厳しい削減が予測されるために、こうした加算を細かく算定しない事業所は、討ち死の憂き目にあう可能性が高いので、決してこの加算算定をおざなりにしてはならないのである。

それにしても全国の通所介護事業所のバーセルインデックスデータを厚労省が集めることにどんな意味があるのだろう。それが本当に自立支援介護につながるのだろうかと、疑問を持っている人もいるのかもしれない。

しかしこのことには大きな意味があるのだ。

バーセルインデックス自体は、さほど重要な検査データではないと思っている人がいるかもしれないが、全国の事業所に眠っていたデータを、厚労省が一括して集約すること自体が意味深いことなのだ。それはビッグデータであると言え、かつそのデータは厚労省にしか集約されていないことに意味があるのだ。

つまりこのデータをどう使おうが、どう読もうが、それはビッグデータを集約している厚労省の思うがままになるということだ。このデータを使って、どのような結論が導かれようとも、それに反論するデータを集約している場所はほかにどこにもないのだから、厚労省が「このデータの結果はこうである。」とされれば、それでおしまいなのである。

不正統計と情報操作がお得意の省に、このようなデータが集約されていく先に、どのような結果が出されるのか戦々恐々としなければならないというのが通所介護事業者といえそうである。

このあたりの覚悟をしっかりしておく必要もあるのではないだろうか。勿論その意味は、このデータによって導かれた結論を、疑うことなく受け入れるのではなく、しっかり検証して反論する眼と頭を持つ必要があるということだ。

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心遣いが見えるときに生まれるもの


岡山に行くといつもお世話になる、川上道子元中国学園大学中国短期大学専攻科教授から、次のようなエピソードを紹介された。

『ある家族の思いを聞いたことがあります。母親を特養に預けたことを心苦しく思っていた。面会に行くと、「昨夜ね、空気が乾燥気味なので、タオルを濡らして干しておきますね。と。そして部屋を出る時に、布団のズレを直した後、足元を軽くポンポンと叩いて空気を抜いてくれたのよ。」と嬉しそうに話す。娘としては、介護職の気遣いはもちろんのこと、母親の笑顔が何より嬉しかったと言われていました。若い男性介護職の優しさに触れたお話でした。』

このエピソードを僕の講演でも紹介しようと思い立ち、川上先生のお許しを得て早速次のようなスライドを作成した。
心づかい
このスライドは、早速明後日の北九州講演で使う予定だ。

というわけで僕は今、福岡行きの飛行機に乗っている最中だ。今回の講演は社会医療法人・北九州病院さんの介護系職員研修として行うものだ。

講演は2日間にわたっており、明日は介護支援専門員の皆様が受講対象で、「介護支援専門員に求められる役割〜医療・介護連携からターミナルケアマネジメントまで〜 」というテーマで講演する。そこでは先の報酬改定について、多職種連携という部分ではどのような方向性が盛り込まれ、介護支援専門員に対しては、どのようなメッセージが込められているのかを解説したうえで、今後の方向性を指し示す予定である。講演時間は90分を予定している。

明後日は10:10〜16:10という長丁場の講演で、介護職員さんが受講対象となっており、「介護のプロとして求められる実践力〜サービスマナーから看取り介護まで」がテーマである。その中で上記のスライドを紹介することにしている。

スライドに書いたように、「この笑顔をつくるものは何か?」ということについて、講演の中で、僕が今まで実践して結果を出してきた様々なケースを通して得た答えを示してきたいと思う。それは実際に僕が仲間とともに行ってきたことだから、理想でも幻でもない実践論である。

だからこそ、やろうと思う人は誰でもできることだ。講演を聴いて、「良い話で良かったね」だけでは終わらない、すぐにでも実行に移すことができる方法論である。あとはやる気があるかどうか、継続する覚悟があるかどうかにかかっているので、そこにつながるモチベーションを上げるような話をしてきたい。

心を込めると何もしないのに笑顔になってくれる人がいる。それは心は見えなくとも、心遣いが見えるからかもしれない。心遣いができる職員を数多く生み出すためにも、マナー教育は不可欠となる。明後日の講演テーマはそれらをすべて網羅したものであり、時間もたっぷりあるため、十分伝えることができると思う。受講した内容を深めて確認するためにグループワークの時間もとっている。北九州病院の皆さん、よろしくお願いします。

対人援助とは目に見えない、「心配り」なしで語ることのできない職業だと思う。しかし心を配るという態度は決して介護報酬上のアウトカム評価の対象にはできない。そういう意味では国が目指す「アウトカム評価につながる介護報酬」=「自立支援介護」とは、その程度のものでしかなく、それを目指すだけで、人を幸福にできないことは明らかである。

ではどうしたらよいのか・・・。根拠ある実践方法の中に心配りというエッセンスを加えるやり方を、伝え続けることでしかその答えは出ない。その答えを伝えていきたい。

そもそも心配りができる仕事は、精神論で創り出すものではなく、自然発生もしない。それはプロフェッショナル意識の中で生まれるものだ。

心配りというのは、ホスピタリティに相通じるものであるが、それが生まれるか否かは、組織風土や職場環境にも左右される。それを創り出す環境とシステムが必要になることも忘れてはならず、そのための考察はおざなりにできないことを、事業経営者は常に意識しなければならない。

心を込め、心を配るだけで、幸せになってくれる人がいるとするなら、こんな素敵なことはない。お金をかけずともできる方法で、誰かが笑顔になってくれるとしたら、それに越したことはない。

そしてそれは案外簡単に手に入れることができる習慣なのかもしれない。そんなふうに思える、目からうろこの話をしてきたいと思っている。

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介護施設の空きベッドが埋まらない理由と対策について


介護保険制度ができる以前、特養が利用者確保に困るということはなかった。

しかし介護保険以後、グループホームが爆発的に増え、特定施設も増加した。それらは介護保険制度上、「居宅サービス」に分類されているものの、事実上はすべて要介護高齢者の暮らしの場である。(参照:グループホームは在宅であるという誤解

よってGHも特定施設も、事業経営上は特養と競合するサービスと考えてよいものだ。

しかもあらたな高齢者の居所としてサ高住が誕生し、全国にたくさん建設されるようになった。そこに外部のサービスを貼りつけることによって要介護高齢者が暮らすことが可能となっており、重介護者の住み替え場所の選択肢の一つとなっている。

こんなふうに要介護高齢者の居所の選択肢が増える中で、特養の入所要件が厳格化され、入所対象者は原則要介護3以上となっている。さらに全国にたくさん建設されたサ高住では、空き部屋が埋まらずに入居料金等のダンピングを行うところも増えており、入所費用が一番安いと言われる特養との価格差が縮まっている。

なおかつ現在心身の状態に合わせた住み替えが必要な人たちは、年金が一番充実した状態で受け取れる人が多く、入所費用がネックになって特養以外には入所できないという人はあまりいなくなっている。都市部の特養に空きがなく、周辺市町村の特養に入所していた人たちの中には、都市部にサ高住ができて空き部屋があるのだから、そこに住み替えるという動きも出てきた。

また地域によっては高齢化のピークは越えてしまい、高齢者人口そのものが減っている地域もある。そこでは施設サービス利用者自体が減っている。

そうした諸々の事情が相まって、特養の待機者が減り、なかには空きベッドが埋まらないという特養もぼちぼち出てきた。相談員が地域を営業回りする光景も普通にみられるようになった。(※当然その影響は、特養の待機者が数多く入所している老健にも及び、老健でベッド稼働率が低下する傾向もみられている。)

そのような事情も相まって、表の掲示板では「営業してますが、稼働率は改善しません。 」というスレッドが立てられ、特養のベッドの稼働率低下で経営に影響が出ているので、どのように顧客確保をしたらよいかという相談がされている。

しかしその施設の考え方はおかしく、稼働率が上がらない理由を検証もせずに、施設名の入ったボールペンとポケットティッシュ、クリアファイルなどを配るという方法で集客しようとしている。

全く馬鹿げたことだ。そんなことで自分や自分の大切な家族の身を預ける場所を決めるとでも思っているのだろうか。

特養が地域住民から選んでもらえず、空きベッドが生じている一番の原因は、「サービスの質が悪いから」であり、特に団塊の世代が特養を敬遠する一番の理由は、「特養に入所したら、週2回しか入浴できないから」なのである。ここの処方がきちんとできなれば集客はままならず、特養だとしても廃業の憂き目にあうのが、これからの時代である。

現にその相談者も、「空床がある原因はショートのリピート率が低いこともあると思います。一度だけ使ってその後は他の施設に流れてしまいます。だから、ショート利用した方は入居申し込みまではいきません。」と書いている。つまりショート利用者が一度サービスを利用して、そのサービスに満足できずに、むしろ懲り懲りして逃げているのである。その最大の理由は何かという検証作業を行わずして、ベッド稼働率のアップなどあり得ない。

これからの時代、施設サービスの顧客の主力も団塊の世代の人々に移ってくる。日本の経済成長を支えたその世代の方は、サービスに付加価値を求めてきた世代でもあり、介護サービスに対しても、単に身体介護をしてくれるというだけでは選択対象とはしてくれないし、サービスを利用した際に、不快な思いをすることを一番嫌う傾向にある。

その方々に選んでもらう施設サービスとは、顧客満足度が高まるサービスである。利用者に不快な思いをさせた際に、「そんなつもりはなかった」という言い訳は一切通用しないのである。だからこそ顧客に不満を与えないように、サービスマナーを確立することは重要なのだ。

これからの施設サービスは、運営基準通りのサービスだけを提供しておればよいという時代ではない。運営基準をきちんと守ったうえで、さらに品質の高いサービスを提供していかないと、特養も顧客から選択されないのである。

質の高いサービスの基盤は、職員が職業人としてきちんとサービスマナーを護った先にしか生まれない。しかし職員すべてが介護サービスとしてのサービスマナーを身に着けた先には、ホスピタリティの精神が生まれる可能性があるのだ。サービスの品質に加え、真のおもてなし精神がある職員がいるという付加価値は、多くの顧客が求めているものであり、顧客確保の事業戦略上は一番の武器となる。

そのために職員のサービスマナー教育は欠かせなくなる。そんなふうに組織改革の必要性に気づき始めた事業経営者・管理者・管理職の人々も多いと思う。その方々にはぜひ覚悟をしてほしい。

職場の組織風土はあっという間に悪化するが、よくなっていくのには時間がかかるのである。しかし時間がかかるからこそ財産になると考えてあきらめないことが大事だ。

経営者や管理職は部下に思いを伝え、丁寧に説明して、厳粛に実行する覚悟が求められる。さらにこうした風土をつくるためには、組織全体で外部の講師を招いた場で、学ぶ機会が得られることが有効な手立てとなる。

言葉遣いや態度を直せない職員に、口を酸っぱくして説得することはあまり意味がない。それより納得のための「学びの機会」をぜひ職場全体で持ってほしいものだ。説得ではなく、納得させるためには、職場の上司以外の第3者から評価を受けたり、話を聴く機会を設けたりすることも必要だ。

そのようなお手伝いが必要な際は、ぜひ気軽にメールで連絡願いたい。実務に即生かすことができるサービスマナー講座を行って、組織改革のお手伝いをします。

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五輪の憂鬱


G20が行われている大阪では、空港のチェックも厳しく、至る所が警戒対象とされ、市民生活にも影響が出ているのだろうと思う。

ホテルも予約が取れなくなっているため、この時期に研修会など他のイベントを開催できるわけがないと思う。しかしその日程は今日と明日の2日間であるし、その前後を含めても4日間程度の特別対応で済むのだろう。

それに比べると来年の東京オリンピックは開会式が7/24で、閉会式が8/9だから、17日間という長い期間に及ぶ。そのあとパラリンピックが8/25に開会し9/6に閉幕するまで12日間開催される。その間の警戒は大変なものとなるだろう。

その東京オリンピックに興味があるかと聞かれると、「ある」と答える。しかし興味のあるなしにも温度差があると思われ、僕の「興味あり」の温度はあまり高くはない。

オリンピックで日本選手が活躍する姿を見ると心が躍る。勝ち負けにつながる様々なエピソードに感動したり、感激したり、涙したりすることもある。そうしたスポーツの最大イベントが、この日本という国で行われることは大変うれしいし、一国民として誇りに思う。

しかし・・・しかしである。だからと言ってオリンピックを是非「生」で見なければならないとも思わない。だから観戦チケットの抽選で、世間が一喜一憂している姿はよく理解できない。勿論僕自身はチケットの抽選に応募もしていない。テレビで見れば十分だ。

スポーツを生で見る感動は、茶の間でテレビを見るのとは違うことは、過去に自分も体験していて十分理解している。しかしオリンピック規模の大イベントになると、会場まで向かったり、そこから帰ったりする段階で混雑必至だと思うし、食事をするだけで長蛇の列に並ばなければならなくなる可能性も高い。

そもそもホテルが予約できるのかという問題があるし、予約できたとしても、普段12.000円で泊まっているところが、いったいいくらになるの?という問題もある。この値段の高騰は一番の恐怖だ。

東京オリンピックとはいっても、競技が行われる場所は東京都内に限られているわけではない。北海道では札幌ドームがサッカー会場になっているし、仙台の宮城スタジアムでもサッカーは行われる予定だ。関東エリアは、様々な場所で多種の競技が行われることになっているが、それ以外にも静岡の富士スピードウェイでも自電車競技が行われる。

地元の住民にとってそれはとても光栄なことなのだろう。しかしそんな場所で期間中にほかのイベントを行うわけにはいかない。仮に行ったとしても、参加者の宿泊場所の確保がままならないだろう。

オリンピック競技が行われない地域であっても、講師を遠くから呼ぶ場合に、航空チケットがスムースに予約できるとも限らない。

そうであれば東京オリンピックとパラリンピックの期間中に、「介護関連研修会」が行われる可能性は低くなるのではないだろうか。

研修講師として全国を飛び回っている僕としては、それはそのまま、「おまんまの食い上げ」につながる切実な問題である。

逆に言えば、その時期は僕も講演の日程調整がしやすい時期なのかもしれない。興味がある方は、「masaの講演予定」を参照にして、まずはメールで気軽な問い合わせから始めていただきたい。最終的に依頼につながらなくとも、まずは打診の連絡をいただければ、ご希望に沿った調整が可能です。
菊地先生
菊地先生
菊地先生
菊地先生
画像は先週日曜日に五反田で行われた、「株式会社・学研ココファン」さんの職員研修会の講演の模様。終末期支援は日常介護の延長として当然行われるべきものという観点から、その具体的方法論をレクチャーし、共感をいただいてきた。このように受講者の心に残る、「実践できる方法論」をわかりやすく解説します。どうぞよろしくお願いします。

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損保ジャパンの介護事業への配転計画の裏を読む


損害保険会社大手の「損保ジャパン日本興亜ホールディングス」といえば、「ワタミの介護」や「メッセージ」を買収し、介護事業部門においても大手と言ってよい企業である。

同社が、西日本で最大の介護事業者だったメッセージを買収したきっかけは、「Sアミーユ川崎幸町事件」であったと記憶している。

3階のベランダから利用者3人を投げ殺したとされ、1審で死刑判決を受け控訴中の今井被告事件のほか、複数の介護職員が利用者に罵声を浴びせ、乱暴に利用者をベッドに放り投げているなどの隠し撮り映像がユーチューブにアップされ、その後の調査で全国の有料老人ホーム「アミーユ」で同じような虐待行為が発覚したことで、親会社である「メッセージ」が介護事業経営を続けることが不可能となり、損保ジャパン日本興亜に事業譲渡した経緯について鮮明に記憶している関係者は多いことだろう。

ところで月曜日の夜にネット配信されたニュースでは、損害保険ジャパン日本興亜が、ITを活用することで業務の効率化を進め、2020年度末までに従業員数を17年度比で4000人程度減らす方針であることが報道されている。それは同社の全体の約15%に相当する数ということであるが、希望退職者の募集は行わず、余った従業員は介護などを手掛けるグループ企業に配置転換し、新卒採用も抑えるとしている。

要するに本業の合理化で余った従業員を、後発事業として抱え込んだ人手の足りない介護事業に配転するというものだ。

これによって同社は、本業の生産性がアップし、さらに生産性の低いと言われる介護事業に、本業で鍛え上げた人材を貼りつけることで、そちらの生産性も向上させるとともに、介護事業の人材不足も一気に解決し、介護業界のトップランナーとして走り続ける条件を備えるということになるだろうか。

そして一つの企業だけで、新たに4000人もの介護人材を生み出すことが、介護業界全体の人材不足を少しでも補う効果につながるのだろうか。

しかしそうは問屋が卸さないだろう。

配転される人たちは、介護の仕事に就くことを望んでいるわけではあるまい。そして介護の仕事に対する興味も知識もあるわけでもあるまい。損害保険を扱う業務をしていた人が、いきなり介護の業務に臨んでも、事務作業くらいしかできる仕事はないかもしれない。しかしは配転先の介護事業者が求めているのは事務作業を行う人ではなく、介護業務を行う人材である。

そうであれば企業グループ内の配転だからと言って、「ああそうですか」とすんなり配転に従うとは限らない。配転を拒んで辞めてしまう人もいるだろう。

望まぬ形で配転された人も、時とともに介護業務に慣れて、そこで新たな人材として張り付くなんて言う期待はできない。覚悟を決めて配転に従ったとしても、いざ介護の仕事に就いてみると、やはり自分の適性ではないと気が付いて、短期間で辞めていくのが落ちではないだろうか。

しかし大手企業がそんなことを理解できないわけではないだろう。ということはこの配転の方針には裏があるということではないのか。

つまり合理化=首切りというイメージは、企業にとってマイナスにしかならないために、そう思われないように、世間に対しては希望退職も募集せずに、内部の移動だけで合理化を進めるという印象操作を行って、その実態とは、余剰人員をまったく畑の違う異業種へ配転させることで、相当数の職員が自分の望まない仕事に嫌気が差して、辞めていくことを見越したものではないのかとうがった見方をしてしまう。

このような形で介護事業者に配転させられる人が、すべて介護事業者の戦略となるわけがない。その一部の人達には介護の仕事の適性がなく、あらたな職場で何かをしでかす恐れだってないとは言えない。適正も希望も鑑みない配転は、「介護うつ」の予備軍を大量に作り出すかもしれない。

配転から1年後に、その人たちが何人介護業界に残っているのか、3年後には何人になっているのかを調べることは、こうした配転の効果と実情を考えるうえで、興味深い統計データになるのではないだろうか。しかしその数字は、決して表には出ることはないのだろうと想像する。

どちらにしても、余剰人員として無理やり専門外の業界に配転させられる人々には、お気の毒としか言いようがない。無理をして精神と身体を病まないようにしていただきたい。

ただし断っておくが、介護とは本来、人の暮らしを支え、誰かの心に咲く赤い花になることができる、誇りある職業である。転職動機に利用されるような職業ではないのだ。適性のない人や、介護の仕事に興味がない人にとっては、「辛い」ものになるだけの話である。

その時、「辛い」という文字に「一」を足して、「幸福」に換える動機づけが持てる人は、介護の仕事に変わっても幸せでいられるだろう。

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カルト宗教と同じようにはびこる洗脳ケア


個別アセスメントを一切無視して、全員一律に食事以外での1.500mlの水分補給を強制しながら尿量を増やし、トイレで排泄介助することだけを目的とする方法が、「竹内理論」と呼ばれる介護の方法論である。

それは「おむつゼロ」が実現できるケアと称されているが、おむつがまったく必要なくなるわけではなく、おむつを使用しないのは日中(概ね日勤時間帯)のみであり、夜はおむつを使用している。しかも日勤時間帯のおむつゼロと言っても、紙パットの使用とそこへの排泄は有りとされており、全員がトイレで排泄できているわけでもない。

しかもトイレで排泄するために行われていることと言えば、利用者のニーズどころか人格さえ無視した方法がとられていることが多く、トイレで排泄するために歩くことを奨励すると言っても、そのやり方は、片麻痺・拘縮のある方を3人、4人がかりで歩行器で引きずったりしている。しかもそれは家族には決して見せようとしない。なぜならそこで引きずられている人の姿は、目も当てられない悲惨な姿であるからに他ならない。

また座位がまともにとれない方であっても、ポータブルトイレへ極力誘導させられ、無理やり座らされており、その時に利用者の苦痛にゆがんだ表情は無視されている。中にはその状態のまま放置され、便器に30分以上座り続けさせられている人もいる。自分でお尻をずらせない人が、そんな状態で放置されたら、お尻の痛みに悲鳴を上げるのは当然だが、その悲鳴さえも無視されることになる。

水分も強制的に目標量が摂取させられるため、呑みたくない人の口をこじ開けることが日常的に行われ、密室の中でスプーン2本を使って無理やり口を抉じ開け、そのために舌の裏が血豆だらけにさせられ泣きながら水分を摂取させられている人もいる。

まさにそれは「悪魔の所業」といっても言い過ぎではない行為であるのに、それが自立支援介護だとか、科学的介護であると洗脳され感覚麻痺した介護事業者によって、今なお行われ続けている。

まるでそれはカルト宗教がこの世からなくならず、増殖していく過程と同じである。介護サービス利用者の個別のニーズを無視し、全員一律の目標を達成するためのスローガンを、事業者職員全員に唱和させ、それに向かって一切の疑問や意見を無視して突き進むことにおいて、竹内理論の実践は宗教化しているといえ、それはもはやケアとはいえない。

そんな罪深いことをしていることに気が付かない人は、いつかその業(ごう)によって地獄の苦しみを味わうことになるだろうが、自分の身にその業の報いが降りかかったとしても、何の罪もなく強制的に過剰な水分摂取を強いられている人が報われるわけではない。ひどいことである。

そんな虐待とも見まごう実践に、疑問を抱いた人から先日も電話をいただき、どう反論したらよいのかと問いかけられたが、「竹内理論に関連する記事」を参照いただき、ここでの反証を参考にして間違っているものは、間違っているのだと主張していただきたい。

竹内理論に関しては、医療の専門家の多くは間違っているという認識を持っているが、医療の世界ではそのような方法論に猛進する知識レベルの低い人は少ないため、まじめに反論する必要もないと考えられている節があって、「それは違う」という反対の声を挙げるよりも無視されているという傾向が強いように思う。無視されていることをいいことに、大きな反論がないとして暴走を続けているのが竹内理論による悪魔のケアだ。

まともな介護事業関係者も、竹内理論の危うさや、おかしさに気が付いているはずだが、僕のように竹内理論の批判記事をネット配信している人はどれくらいいるのだろうか?例えばネット検索すると次のような意見に出会った。

おむつゼロ運動に見る、大衆心理の危険性

なかなかよくまとまった記事である。そこで批判されている竹内理論による、「画一的ケア」の実態も、僕が批判している実態とほぼ同じ内容だ。というか口の中に血豆ができたケースなどは、僕の記事を参考にしているのではないかと思ったりした。(※そのケースは、僕に直接メールで情報提供してくれた人が実際に働いている施設で経験したケースである)

自立支援とかおむつゼロという名のもとに、カルトケアが行われているという現実がこの国の介護の在り方を歪め続けている。実に恥ずべきことである。

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小さなリスクという言葉が、大きな後悔につながらないように


介護保険制度の今後の運営に関連して、財務省は、「小さなリスクは自助努力で対応すべき」と言い始めた。

小さなリスクの概念は、いかようにも考えられ、いかようにも広げることができるが、当面は要介護1と2の対象者のサービスを制限するための方便に、この言葉が使われていくことになる。具体的には要介護2までの対象者の生活援助(訪問介護)と通所介護を、市町村の総合事業に移行させ、介護給付から外すことが狙いである。

そして「小さなリスク概念」を緩やかに広げて、地域支援事業化できるサービス種別を、福祉系サービスを中心に徐々に拡大するとともに、地域支援事業のサービス単価を下げる方向で、市町村の担当者を洗脳し、やがてそれらのサービスは、自己負担利用が原則であるという方向にもっていこうとする狙いがある。このたくらみに、介護業界関係者は気づく必要がある。

このようにして、訪問介護の生活援助や通所介護から計介護者を外す改正が、2021年度当初から実現されるかどうかはわからないが、内閣・財務省・厚労省等の様々な資料を読むと、「給付の重点化」という文言がしばしば見受けられるので、介護給付サービスは、より重度の人へ重点的に給付される仕組みに変わっていくことは明らかである。

そうであるがゆえに、介護事業経営の視点としては、保険給付サービスについて、重度化対応にシフトできる方向で、職員の意識転換を図る必要がある。そして利用者の重度化に対応する知識と技術を獲得するようにスキルアップの仕組みを取り入れていかねばならない。当然そこには、認知症の人に対するケアスキルとか、看取り介護スキルと言った、技術面の向上が含まれてくる。それが顧客確保の基盤となることを忘れてはならない。

さらに事業経営の視点で言えば、給付抑制された部分のサービスは、保険外サービスのターゲットにもなり得ると考えることが重要だ。和光市方式で、「介護保険から卒業させられた人」の1割が、卒業前と同じサービスを利用しているというデータが存在するように、給付が制限されたサービスを、自費で利用したいと思う人は一定割合おり、その人たちを顧客として掴んでおくことは、将来の保険給付サービスの顧客確保戦略とリンクしてくるので、より重要な視点となる。

保険外サービスは、そのような付加価値とともに考えるべきで、そこで莫大な収益が挙がらないとしても、安定的な顧客確保には欠かせないサービスと言えるのだ。

だからといって保険外サービスは全額自己負担のサービスであるからといって、事業者が赤字を出し続けて、「出血サービス」を続けるわけにはいかない。そんなことをすれば、その負の影響は従業員の待遇に直結し、介護労働が社会の底辺労働につながりかねないからだ。

だから保険外サービスと、保険給付サービスをうまく組み合わせて、保険外サービスを効率的に提供して収益を挙げるという、「混合介護」は事業経営にとって重要な要素になるのである。しかしサービスを混合して提供するにあたっては、サービスの提供時間は長くなり、労務負担は増えるわけである。しかし混合介護で収益があっがた分以上に、人件費をかけてしまって、収支が悪化しては本末転倒度頃の騒ぎではなく、それは事業経営を危うくしてしまう。そうであるがゆえに、混合介護は、保険給付サービス以上に、知恵が必要なサービスであるという理解が必要だ。

混合介護については昨年9月に、「介護保険サービスと保険外サービスを組み合わせて提供する場合の取扱いについて 」が示され、グレーだった部分が明確にされるとともに、それまで認めてこなかった、保険給付サービスと連続する保険外サービスや、保険給付サービスを途中で中断して、再開するまでの間に行うことも認めており、こうしたルールを大いに利用して、保険給付サービスと同時一体的に収益を挙げられる工夫を、それぞれの事業者が考えていかねばならない。(参照:混合介護のルール明確化1・訪問介護編 ・ 混合介護のルール明確化2・通所介護編

さらに現在行われている混合介護のモデル事業の中から、より弾力的な組み合わせが示される可能性もあり、介護事業者はその情報を常にチェックしながら、事業所独自の工夫とアイディアを引き出して、顧客に選択されるサービスを提供していかねばならない。その覚悟と工夫がない事業経営者は、それそれ業界を去るべき時である。

小規模サービス事業所を立ち上げれば、自然と顧客が寄ってきて、事業経営の工夫をせずとも事業運営ができた時代はもう来ない。そんな夢を追うことなく、地域に根差した高品質サービスを作り上げていかないと、事業経営は続けられないのである。

それにしても国は、「小さなリスク」とレッテルを張った、軽度の要介護者をいとも簡単に切り捨てようとしている。しかしそのことは制度運営上は、大きなリスクであると言えないだろうか。軽介護者は、自分でできることもたくさんあるから、サービスの質と量はさほど増やさなくても自立支援ができるということだろうが、介護支援が必要な人に、軽度のうちから必要なサービスをマッチングさせることで、より大きな給付につながらないようにしてきた効果を、そのレッテル貼りによって消滅させてしまう恐れがある。

小さなリスクというレッテル貼りが、大きな後悔につながる危険性を内包していることは解っているとしても、責任を取る体質のない国の機関は、当座の給付抑制に走って、その暴走を止めようとはしないということだろう。

このことは、国民として、介護業界関係者として、しっかり歴史の証人ならねばならない。公文書に残されない真実を、しっかり記録として残し、後世に伝えなければならない。

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公定価格を価格上限と印象操作する財務省建議


こんな早い時間に記事更新するのには理由(わけ)がある。

昨日上京し、講演を終えた後、五反田のホテルで一泊し月曜日の朝を迎えたが、今朝はそのまま千葉県鎌ケ谷市に移動し、この後午前10:00〜講演を行う予定である。12時までお話しすることになっているが、昼以降も何かと予定が入る可能性が高く、いつ記事更新できるかわからないので、いっそのこと鎌ヶ谷に向かう移動の真っ最中のこの時間に記事更新を行おうと思い立って、電車内でこの記事を書きはじめ、講演前にアップしている。

今日の講演は、介護支援専門員の皆様に向けた講演である。そうであれば介護支援専門員には、財務省が無茶な要求を突き付けており、そのことの情報提供と解説もしなければならないと思っている。

今年4/23に行われた財政制度分科会資料では、ケアマネジメントの役割りについては、「介護サービスの価格の透明性を高めていくための取組等を通じて、サービスの質を確保しつつ、確実に価格競争が行われる仕組み(より良いサービスがより安価に提供される仕組み)を構築すべきである。」と提言されている。

それはあたかも介護支援専門員を価格割引の交渉窓口にせよという乱暴な指摘だ。こんな提言が正当化されてしまえば、高品質なサービスを提供して、様々な加算を算定している事業者が悪者扱いされてしまう。

そもそもケアマネジメントは、価格競争のためにあるのではなく、必要な社会資源と利用者を適切に結び付けるものである。そうであるにも関わらず、価格競争を促すという不純な要素がケアマネジメントの一部だとされてしまえば、安かろう悪かろうサービスも有りということになり、自立支援とかQOLの向上という介護保険制度の理念は、どこかへ吹っ飛んで行ってしまう。

しかし財務省は、その考え方を頑として変えようとしていない。

それが証拠に6/19にまとめられた、財政制度等審議会の「令和時代の財政の在り方に関する建議」では、「介護サービス事業者は介護報酬を下回る価格を設定でき、サービス面のみならず価格競争も可能。しかしながら現実には、サービス価格が介護報酬の上限に張り付いている」として、割引サービスを実施しない事業者や、割引を促さずに事業者を選んで、居宅サービス計画を立案する介護支援専門員を批判している。

介護支援専門員は、もっと公定価格を割り引くための社会活動をせよというわけだ。そのうえで価格を見比べて、より安い価格でサービス提供する事業者を、居宅サービス計画に組み入れなさいというのである。

馬鹿言ってんじゃない。割引ができる制度になっているからと言って、公定価格は価格上限と言えるほど高い価格設定ではない。報酬改定では、改定の前々年の経営実態調査での収支率をもとに、それが高い事業種別の給付費を削減してきた結果、収益を挙げるのに汲汲とするほど低い価格に抑えているのが介護給付費の現状である。

介護事業経営者が莫大な収益を懐に入れているわけではないし、小規模事業所では、従業員より低い年収で介護事業を経営している人がいる中で、サービスが提供されているわけである。3年ごとに給付費が削減されることで、処遇改善加算の支給対象となっていない職員の定期昇給財源確保に苦労している事業者も多い。

それななかでの割引推奨は、介護の職業を社会の底辺化に向かわせる改悪でしかない。

そもそも割引を強要するサービス・買いたたくサービスの品質をとやかく言うことはできなくなることは明白ではないか。「安くしとくから、多少、職員の資質に問題があっても文句は言わないでね」ということになっては困るわけだ。

ところが財務省は割引を促す布石として、居宅サービス計画を作成するプロセスで、複数の事業所のサービス内容や利用者負担について加減算の有無も含めて説明することを、居宅介護支援事業所の運営基準として義務付けるべきだという。そしてそれが適切に行われていなければ、運営基準減算を適用せよという。

このようにケアマネジャーを小馬鹿にするような、乱暴な提案が行われているのを知らない関係者はいないと思うが、それにしてもこの提案に対して、抗議の声があまり聞こえてこない。

介護支援専門員協会は、なぜ真っ先に反論と不満の声を挙げないのだろう。勿論、同協会が4月の財政制度分科会資料に対しては、「利用者による正当な事業所の評価を阻害する可能性が高い」という意見を挙げていることは知っている。しかしそれは協会の公式サイトやフェイスブックに意見書を掲載するという手段でしかない。それじゃあダメなのだ。国の政策とか、介護報酬とかに関連する議論は、真正面から反論をたたきつけないと誰も相手にしてくれない。介護給付費分科会に委員を出している団体が、なぜ強硬に反対の公式意見書を財政審に向かって提出しないのか?それをしないから6/19の建議書では、協会反対意見があることなど何も影響されず、全く無視して再び暴論が展開されているわけである。

反論が反論になっていない協会のこういう中途半端なところが、日本介護支援専門員協会が、国のひも付き団体と揶揄される所以である。この団体に何も期待できないことが、ここでも明らかになっている。

昨年の報酬改定で居宅介護支援費はプラス改定であった。しかしそれは雀の涙程度のアップでしかなく、運営基準改正で介護支援専門員の仕事量は増えており、決して労働に見合った対価とは言い難い。

そのような中で、さらに義務と責任と新たな仕事を押し付けるような提言がされ、それは減算という脅しがセットになっている。こんな横暴を許しておいてよいのだろうか。介護支援専門員はもっと国に対して声を挙げなければならないのではないだろうか。

そんなことも含めて、今日は2時間の講演を行なう予定だ。だからその予告編として、朝のこの時間に記事更新しているのである。

鎌ヶ谷はファイターズタウンだから、ファイターズファンの僕としては、気合と魂を込めて、闘志とともに、鎌ヶ谷の介護支援専門員の皆さんに檄を飛ばしてきたい。

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安楽支援の基盤


今僕は、東京都品川区五反田の学研ビルに向かっている最中だ。

今日はそこで行われる株式会社学研ココファン・ケア品質向上大会に講師としてお招きを受けている。僕の講演は90分であるが、13:30〜18:10まで行われる大会の全日程に参加し、職員の皆様の研究発表などを聴こうと思い、朝早い便に乗って北海道からこの時間までに駆けつけた次第である。

ただ搭乗便に遅れが出たため、予定時刻に到着するかは微妙な時間になってきたが、仮に遅れたとしても、大会自体には支障はない。開始時刻に間に合わせようとしているのは、あくまで僕の都合だからである。

介護の実務に携わっている人たちが、どのような思いを持ちながら、どんなふうに日々の業務に取り組んでいるかを知ることは、僕の活動にとても非常に重要になる。そういう意味では、今日のような機会は得難い貴重な機会であるといえる。

その大会の中で行う僕の講演は、看取り介護をテーマにしたものだ。
看取り介護講演
看取り介護とは、終末期を過ごす人々が安心と安楽な状態で過ごすためのケアである。それは日常介護の延長線上にあるもので、決して特別なケアではないが、看取り介護対象者が、本当に安楽に過ごせるために、必要な知識と技術はしっかり備え老いておかねばならない。

間違ってはならないことは、終末期だからといってずっとベッドに横たわり、安静にしなければならないとは限らないということだ。安楽とは、「安らか」であるに加えて、「楽しむ」ということも必要になる場合があるのだ。終末期にもバイタルが安静しているときには、活動参加機会があってもよいし、先日紹介したように、VRを利用した終末期支援があってもよい。

しかしいくら環境が整えられ、立派な機械・設備があろうと、それだけで人が安楽になることはない。本当に人が求める安楽とは、自分に思いを寄せてくれる誰かがそこに存在することだと思う。最期に残された時間であるからこそ、その限られた短い時間の中だからこそ、その関係性と愛情が求められるのだと思う。

人と人の間で刻んだ営みを思い、人としてこの世に生きてきた喜びを確かめるためにも、それは最も求められることなのだろうと思う。

逝かんとする人の傍らに、家族や親族がいない場合は、看取り介護に係る関係者が、その役割をしっかりと担う必要があると思う。逝かんとする人に、人間としての愛情を寄せ、手を握り、そのぬくもりを伝えることができるということが、看取り介護では最も重要なことなのかもしれない。

そのためには、介護支援に関わる関係者は、誰かの最期の瞬間に、「傍らにいることが許されるもの」となるために、日々の関係性づくりに努力を惜しんではならないのだと思う。

終末期支援の知識や技術もしっかり伝えてくるが、そうした思いも、同時に伝えることができる講演にする予定である。

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今週FBでつぶやいたこと。


週末のお休みを楽しんでいる人も多いのかもしれない。しかし現在フリーランスの僕に、土日はあまり関係ない。

今日も朝からずっとPCの前に座って仕事をしている。明日からの東京講演と千葉講演に備えて、最終準備作業を行うとともに、出張中は連載記事を書く時間が取れないので、その前に仕上げとはいかなくても、ある程度まで文章をまとめておく作業が欠かせないのである。

そんな中、気が付けばもう昼の1時だ。そういえば今日は土曜ということで、ブログ記事も更新していなかったし、基本土日の更新はしないことが多いのであるが、いつもよりアクセス数が多くなっているので、簡単に今週FBでつぶやいたことを紹介してみたいと思う。

ということで本題。

・来年の「骨太方針2020」の主項目として、医療保険や介護保険などをどう次世代に継承するかという政策パッケージをまとめる方針が示されている・・となると参議院選挙後の動きとしては、介護保険の齢者の自己負担の上限の引き上げや総合事業の見直し、報酬の適正化といった重大な論点が挙げられるが、それは即ち利用者負担増と、軽介護者の給付抑制と報酬抑制をパッケージで進めるという意味である。

・介護の仕事にも生産性の向上が叫ばれている。テクノロジーを活用して人の業務の省力化が図られ、効率的に必要な業務ができるに越したことはないと思うが、生産性の向上の名のもとに介護サービス利用者のニーズは埋没し、人の負の感情は無視され、手のかかる人は排除される。手のかかる部分はカットされて暮らしの質が低下するという結果にしか結び付かないような気がする。昔、ウエットケアからドライケアへという流れがあったが、あれでQOLが上がった人はいない。介護のアウトカムが、利用者の暮らしの質から介護提供者の生産性へと変わっていく過程で何が起きるか心配である。

・僕が総合施設長を務めていた特養では、末期がんで亡くなられた70歳代の女性が、亡くなる前日に元気だったころにいつも参加していた「療育音楽」という音楽療法の場に参加する場面があった。その場面を施設に泊まり込んで付き添っていた家族が見つめ、残されたわずかな時間の中で周囲の人と関係性を紡ぐ姿に感動し泣いている姿があった。
そのエピソードは、葬儀の際に親族や知人に繰り返し語られ、心に残る思い出となっていくのである。それが命のバトンリレーとなるのである。
そういうエピソードがまったく存在せず、「看取り介護」を受けているという人の姿が見えない特養やグループホームはおかしい。密室の中で何が行われているかわからない場所の看取りは怖い。そこで行われているのは看取り介護ではなく、放置介護であるようにも思え、その場所で死に至る人の状態とは、周囲に人がいたとしても、「孤独死」ではないかとさえ思う。群衆の中の孤独死を生まない看取り介護が求められている・・・。

・社会保障対策として何より求められるのは、少子化を食い止めるだが、昨年度の合計特殊出産率は1.42である。これは壊滅的数字で、近い将来日本人は絶滅危惧種と言われかねない。出生者数も前年より2万8千人弱減っているから、社会の高齢化はさらに進行する。何か抜本的な対策を急がないと大変なことになる。政治家はこのことにどれだけ危機感を抱いているのだろうか?

こんな風につぶやいている場所でつながりたい方は、メッセージとともに友達申請をしてください。

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生き残りをかけた介護事業経営


昨日香川県高松市から3日ぶりに北海道に帰ってくると、札幌は気温18度と過ごしやすい気温だったが、登別に近づくにつれ、その気温は下がり続け、当地はひんやりとした寒さを感ずるような状態である。

昨日は夕方6時から、登別市役所で認定審査会の審議に加わる必要があったので、その真偽に遅れないように移動日程を組んで、高松から帰ってきたその足で、審査に駆けつけた。そして無事32件の審査を終え自宅に戻った。

香川県高松市で2度目となる講演も好評のうちに終えることができた。
高松講演3
今回は一般社団法人香川県福祉事業協会さんの主催講演であったが、会員数を超える受講者が駆けつけてくださり、満員御礼の状態で講演を行なったが、講演終了後にはたくさんの方に、「とても学びがあり、社員さんと聞けてほんと良かったです。」とか、「大変参考になるお話ばかりで、あっという間の2時間でした。」という声をいただいた。

会場で販売した僕の本も、売れ行き好調で、僕の著作7冊をすべて購入してくれる人や、社員にプレゼントして読んでもらうということで15冊まとめて買っていただいた方もいた。ありがたいことである。
サイン会4 (2)サイン会5サイン会2 (2)
最新刊の「看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」は売り切れとなった。会場で購入できなかった方には、この場を借りてお詫びしたい。貼りついた文字リンク先からだと、送料無料で購入できるので、ぜひそちらで取り寄せていただくようお願い申し上げたい。
高松講演4
今回の高松講演の受講対象者は、介護事業経営者や管理職の方が多かったことから、講演テーマは、「介護保険制度の今後の方向性を読む〜生き残りをかけた介護事業経営」とした。

介護事業経営環境は、介護保険制度開始当初とは全く異なり、非常に厳しいものとなってきている。地域によっては顧客そのものが減少して、利用者確保に難渋する事業者も出始めている。その中で制度改正や報酬改定の状況を正しく理解し、近い将来どういう方向に制度が向かっているのかを読むことは、事業経営に必要な収益を得るためのお金の流れを読むことと同じことになる。そういう視点がないと経営を続けることが難しくなるのである。

しかし経営環境は厳しいと言っても、2018年と2028年を比べると、介護保険制度の市場には保険給付費だけで今より10兆円ものお金が多く流れてくるわけである。この莫大な費用を獲得しようとして競争が激化するが、その競争を勝ち残る先には、企業の規模を拡大して安定経営ができる未来も手に入れることができるのである。

だが対人援助の職業は、人の命と暮らしを護るのが主たる目的となっている。このことを忘れたときに、その企業は顧客から見放され、大きなしっぺ返しを食らうことになる。そしてその結果は事業の失敗・倒産という憂き目にあうことだろう。だからこそ介護事業経営者には、単なる事業運営から経営への脱皮を図る意識転換が求められる。とっくにそれができている人はいるが、いまだに経営意識が無い人も多い。特に社会福祉法人の理事長・施設長は、措置時代の法人運営意識から抜け出せずにいる人が多い。それはすでに事業危機である。

古い体質の組織は、もっと人が考え動くことができる新しい体制に変えていかねばならないのだ。

そんな意味を込めて、高品質な介護サービスを提供しながら、収益を確実に挙げていくために求められる視点とは何か。そのことを中心にお話しさせていただいた。貴重な時間を削って僕の講演を聴いてくれた人の時間を無駄にしないように、最新の情報と、それに対する僕の分析を織り交ぜてお話しさせていただいたつもりである。受講者の皆さんの今後の参考になれば幸いである。

讃岐うどん
僕自身はどうかと言えば、今回もうどん県の、おいしい讃岐うどんも堪能し、夜は連日、香川のおいしい食べ物と、ゆかいな仲間に囲まれ幸せな2泊3日の旅だった。オフ会の模様は、「君は、貝社員ですか?」・「地鶏の自撮り」を参照いただき、雰囲気を味わっていただきたい。

高松でお会いした皆さん、どうもありがとうございました。また愛ましょう。

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風が吹いている。


自分は人と比べて優れた存在ではない。むしろ劣ることが多い存在だ。人より誇ることのできる何ものも持っていない。

物心つくころから、そんな風に思い続けてきた。だからこそ人前で、背伸びして実際の自分より良い自分を人に見せようとしていたこともある。その傾向は年を取った今もなくなっていない。

自分のありのままをさらけ出すのは怖いことだ。恥ずかしいことだと思う自分も確かに存在している。若いころはそんな自分を隠して、違う自分を人前で演じることにエネルギーを使うことが多かった。そんなことに疲れて、人の目を気にしない場面が増えてきたように思う。それは自分が少しだけ図々しくなったからに過ぎず、人生に達観したとか、正直になったということではない。人前で自分を飾ることが面倒くさくなっただけだ。

同時に人前で自分を飾ることを少しずつ恥ずかしく思うようになってきた。飾っても飾り切れない人間の本質というものは、誰かの目には見えているのだろうと思う。

いつまでたっても人の目は気になる。人の声が気にかかる。・・・しかしそれはそれでよいのではないかと思うようになった。人は人の中で生きているのだから、周りの人を無視できる方が異常だ。周りのことが気になるのが当たり前だ。それが人間という存在だろう。

僕の人生はもう半分以上過ぎている。若いころと異なり、明日不慮の出来事があってももったいない人生ではないと思う。

世に名を残そうとも思わない。消えてなくなった時に、誰かの記憶に残る必要もない。できれば汚名だけは残したくないと思うだけだ。自分の「老い」に気づかずに、世に迷惑をかけるようなことがないように祈るのみだ。

人は老いる。それは自然の摂理であり、恥ずべきことではないが、だからといって誇ることでもない。老いを自覚し静かに隠棲できることを祈るのみである。

自分は、自分より人生をずっと長く生きてきた高齢者の方々の、最もプライベートな部分に関わることで、「生活の糧」を得てきた。これはある意味異様なことである。異常なことといってもよいかもしれない。人生の先輩に向かって、自分は恥ずかしくない姿で相対してきたのだろうか。

生活支援と称してずいぶん失礼なことをしてきたような気もする。法律に触れるような悪行をしたわけではないが、若気の至りという言葉だけでは済まない業を負うような行為がなかったとは言えない。生意気な行為を繰り返して今の自分があるのかもしれない。そんな繰り言を言っても始まらないし、聞く側の人は迷惑なだけだろう。だから「ごめんなさい。」は自分の心の中だけでつぶやいていればよい。別な誰かには「ありがとう。」と心から声をかけるのみだ。

風はそこにただ吹いているだけなのに、ある時は身を切るように冷たく、ある時は何より心地よく爽やかだ。風は風という存在でしかないのに、自分の身の上の中でその存在感が変わってくる。それを感ずる人のありようで顔を変えているかのようだ。喜び勇むのも、思い悩むのも、地上のほかの存在のせいではなく、身の上のせいでしかない。哀しい自分は誰より哀しいが、うれしさで満ち足りた自分がどこかにあったことや、これからも確かにあることを忘れてはならない。

誰のせいでもなく、誰の責任でもなく、僕は僕として今ここにある。

これから僕はどこに行くのかは、僕も知らない。僕の行こうとする道だけがそこに伸びているわけではない。行きつく先も想像できない。そこにたどり着くのが明日になるのか、はるか遠い日になるのかもわからない。だから人生は面白いと思っていればよい。

不安や心配があって当然だ。それがすべてなくなるのは人としての歩みをやめるときだろう。

人生が面白くないと思うのも自由だが、どうせ自分で自由に決めることができることなら、面白くないことを選ぶ必要もない。面白いと思い込んでおればよい。

ずいぶん年を取ったと思いながら自分が歩んだ道を振り返るのもよいのだろうが、振り返った道に自分の足跡があるわけではない。ただそこには見えない風が吹いているだけだ。

だから今はまだ人生を語らずの心境である。

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虐待の元凶は介護ストレスにあらず


介護事業者における虐待をストレスが原因と論調する向きがあるが、それは少し違うのではないかと考えている。

仕事にはストレスがつきもので、介護の職業が他の職業に比して特別にストレスが大きいという根拠はない。人と向かい合う仕事だから、ストレスが利用者への暴言や暴力に直接結び付くと考えるのも短絡的すぎる。

現に虐待と無縁の介護従事者の方が圧倒的な多数派なのである。

虐待と無縁の人が、ストレスとは無縁かといえば、決してそうではなく、多かれ少なかれ仕事上の様々なストレスを抱えながら、仕事を続けている。それらの人にとっては、ストレスがあるから、そのはけ口を、利用者に対する虐待行為に求めるなんて言うことは信じがたいことである。

むしろストレスを利用者への虐待行為に結び付ける考え自体が、介護の仕事を行う人間としての適格性が疑われると考えるべきではないだろうか。

介護サービスの現場で、職員の虐待に結び付く一番の原因とは、人の暮らしに深く介入する職業に向いているのかどうかという人選がきちんと行われておらず、入職後の教育が適切に行われていないのではないかというところから考えられなければならない。

対人援助の職業は、第3者の暮らしに介入する職業であるがゆえに、バイスティックの7原則の一つである、「統制された情緒関与の原則」等を貫ける知識と資質を持つ人を選んで、育てなければならない。求められるのは、常に「自己覚知」に努め、スキルを磨く動機づけのある人材なのである。そういう選択と教育が行われているのだろうか。

介護事業経営者は、責任を持って自己覚知やバイスティックの7原則を伝える努力をしているのだろうか。

本来対人援助の仕事は誰にでもできるものではない。よって採用という入り口の段階で、きちんと人材として適性があるのかが厳しくチェックされなければならないし、採用後も段階に応じて定期的にスキルアップの教育を施していかねばならないのである。特にリーダーとなる職員に対する人権教育を徹底し、リーダーが部下に対して日常的に利用者へのサービスマナーの徹底を図る指導が行われるようにしなければならない。だからマナー教育は重要だ。

しかし介護人材の不足が叫ばれ、それに対する決定的な処方が見つからない今日、介護事業経営の最大の課題は人材確保であることを理由に、職員募集に応募してきた人の適性検査をおざなりにして、闇雲に職員採用をしてしまう事業者も多い。

しかしそのこと自体が、経営リスクに直結すると言ってよい。昨今、介護事業者の職員による様々な虐待が明らかになっているが、その根は適性を鑑みない採用と、教育システムを整えていない事業者が、知識と技術のない人間を、十分な教育を行わないまま介護現場に放り出すように勤務させる状態にあると言えるのではないだろうか。

しかしそれは負のスパイダルを生む状態だ。職員採用をそのような考えで行っている限り、悪貨が良貨を駆逐する状態が続き、人材不足の常態が永遠に続くという悪循環に陥る。

例えば介護施設で、とりあえず夜勤職員の数を確保しようとして数合わせの人集めを行なった結果、質の低い職員の指導に業務時間がとられ、疲弊して辞めていく職員が多くなる。教育してもさっぱり人権意識が備わらない職員の、利用者対応の横柄さや、乱暴な言動にストレスを抱えるのは、人材として財産になる職員だ。そうした人財が、適性のない職員の存在によって辞めていく結果になるとしたら、プラスマイナスで考えると、あきらかにマイナスである。

このように適性を問わずに募集に応募してくる人間をすべて採用する施設では、数合わせの結果が、職員減少を招くという悪循環が起こっている。その結果、夜勤職員の配置ができずに休止に追い込まれる介護施設もぼつぼつ出現してきた。地域によっては高齢化のピークが過ぎて、介護施設の需要が満たされ、供給過多となりつつある地域があり、そこでは当然、利用者もこうした施設を選ばなくなり、経営に行き詰まる施設も現れつつある。

そうしないための唯一の方法とは、妥協のない人材採用であり、内容の伴う職員教育である。

妥協をしない結果、一時的に職員数が減って仕事が回らないときは、一部の事業を縮小して、身の丈の範囲でしっかり事業をまわし、その間に徹底的に職員を育てるという考え方と覚悟が必要だ。きちんとした職員採用と教育を行っている事業者には、長期的にみれば必ず求められる人材が集まってくるのだ。

つまるところ介護事業者は人なのだ。介護施設にいくら最新の介護ロボットを導入したとしても、人に恵まれなければ、その介護施設は資材置き場と化すだけである。だからこそ人材確保と育成のためにこそ労力とお金を使うべきなのである。

虐待事件がひとたび職場内で起こったならば、多額な損害賠償責任が生じるだけではなく、社会の批判の的にもなる。そうした事業者は、健全な社会活動にも支障を来すようになり、事業継続の危機にもつながるのだから、職員採用は慎重に行わねばならないし、採用した後の適性の見極めや、教育もおざなりにはできないのである。
介護という職業

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市町村の「通いの場」の拡充と充実が促されている意味


今日も僕は空の上からこの記事を更新している。昨年12月まで、四国で唯一、講演を行なっていなかった香川県での、2度目の講演のために高松市に向かっている最中である。

北海道から高松空港への直行便がないため、今日も羽田経由便を利用し、高松空港へは午後5時少し前に到着予定だ。明日午後2時からサンメッセ香川で行われるセミナーは、一般参加も可能なので、是非たくさんの皆様においでいただきたい。申し込みは今日まで間に合いますよ。(貼り付けた文字リンクを参照ください。)

さて、それはさておき本題に移ろう。

先月27日に、厚生労働省が「一般介護予防事業等の推進方策に関する検討会」の初会合を開いた。この検討会は、それぞれの地域の住民が主体で実施する、体操教室や茶話会といった「通いの場」の運営の支援などを中心とした、市町村の一般介護予防事業の推進策を検討する場である。

初回は効果的な取り組みを進めるための、専門職の関与の仕方や事業の指標・評価方法などが論点として提示されたが、今後は介護予防の効果的な取り組みが検討されることになっており、年内に議論の結果を取りまとめて社会保障審議会介護保険部会に報告し、2021年度の介護保険制度改正へ反映させるとしている。

その主議題が「通いの場」の運営支援だという。それがどのように次期制度改正に反映されるというのだろう。

このことを考えるうえで参考になるのが、先に示された、「経済財政運営と改革の基本方針2019」原案〜骨太の方針〜である。その16頁に注目してほしい。

その頁の最初のタイトル、(介護インセンティブ交付金(保険者機能強化推進交付金))という部分では、次のような考え方が示されている。

先進自治体の介護予防モデルの横展開を進めるために保険者と都道府県のインセンティブを高めることが必要であり、公的保険制度における介護予防の位置づけを高めるため、介護インセンティブ交付金の抜本的な強化を図る。同時に、介護予防等に資する取組を評価し、
(a)介護予防について、運動など高齢者の心身の活性化につながる民間サ ービスも活用し、地域の高齢者が集まり交流する通いの場の拡大・充実、ポイントの活用といった点について、
(b)高齢者就労・活躍促進について、高齢者の介護助手への参加人数、ボランティアや介護助手へのポイント付与といった点について、交付金の配分基準のメリハリを強化する。


このように(a)で、地域の高齢者が集まり交流する「通いの場」の拡大・充実が取り上げられている。これと市町村に支給されるインセンティブ交付金を関連づけて、「メリハリを強化」すると書かれている。つまりこの「通いの場」を拡充・充実させない市町村には、インセンティブ交付金は渡さないという意味にとれる。

通いの場という言葉があるのだから、当然通所介護の関係者は、この議論に注目しなければならない。

というよりこれは明らかに、要介護1と2の利用者の、通所介護からの切り離しを視野に入れた検討である。

なかなか広がらない介護予防・日常生活支援総合事業(総合事業)における、通所型サービスA(緩和した基準によるサービス)や、通所型サービスB(住民主体によるサービス)の場を、市町村がもっと積極的に支援して作りなさいという意味だ。

とはいっても尻を叩いただけでは前に進まない市町村が多いことから、市町村がぜひとも手に入れたいインセンティブ交付金を餌にしたというわけだ。

このように市町村への報酬金制度の見直しを、通いの場の拡充支援と絡めることによって、市町村が高齢者が集うサロン造りの支援を行うという意味である。そのサロンとは市町村が行う介護予防の目的を果たすサロンであり、そこに元気高齢者が集まることができるようにし、それらの人々が介護給付の通所介護を利用する必要がないようにすることを目的にしているのだ。

そして要介護2までの人は、元気高齢者として介護予防の対象に入れてしまおうとするもので、2021年の報酬改定・制度改定時には、通所介護の対象者が要介護3以上の人に限定される可能性があることを示している。これは先に財政制度分科会資料で示された給付抑制策と完全に一致する内容だ。(参照:次期制度改正に向けた財務省の資料を読んで

通所介護事業経営者の方は、要介護2までの利用者が介護給付から外れて、自分の経営する事業所を使えなくなったとき、現在の事業を継続できるだろうか。それを見据えて事業戦略立て直しできるのだろうか。
(※現在市町村の総合事業としての通所介護を受託している事業所は、そこからも利用者が、通所型サービスAもしくはBに流出する可能性が高いことも併せて指摘しておきたい。)

それはなかなか厳しいことだろうと思うが、内閣も財務省も厚労省も、同じ方向に向かった検討・議論を進めている以上、通所介護はその方向に向かう可能性が高いという覚悟で、今後の事業経営を考えていかなければならない。

特に重度者へのシフトという方向が可能となるように、そこに向かった顧客確保の戦略とともに、それに対応する職員のスキルアップを同時に考えていく必要があるだろう。そしてできるだけ早く、要介護3以上の利用者数を増やしていかねばならない。

なぜなら要介護3以上の要介護者で、通所介護を利用している人はそう多くはないからだ。今のうちにそういう方々を顧客として確保していかないと、いざ通所介護利用が要介護3以上に限定された際に、顧客が全くいないということになりかねない。この部分は特養の入所要件が、原則要介護3以上になった際とは状況が大きく異なり、顧客がいないために倒産せざるを得ないという混乱が広がる可能性が高い。

そういう意味も含めて考えると、この給付制限が実現した場合、現在営業している通所介護事業所のうち、過半数を超える事業所の経営が困難になると予測する。非常に厳しい現実の中で、事業撤退か事業転換が迫られる事業主体も多くなるのではないだろうか・・・。

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スピーチロックを失くするために求められるもの


自分が良かれと思って行動しているのに、それを全否定されるかのように非難されたらどう思うだろう。

自分が何かをするたびに、「危ない」・「ダメ」・「何してるの!!」と叱られるとしたら、どんなことを考えるだろうか。

自分が何かしようとするたびに、誰かが自分の行動を見張るようについてくるとしたら、どう感じるだろう。

そのような状態に置かれた人は、周りの人は悪意を持った人ばかりだと思うだろう。そんな場所には居たくないと思って、どこか別の場所に行こうとするだろう。自分が何も悪いことをしていないにもかかわらず非難し、罵声を浴びせる人は、自分を攻撃する悪者にしか思えないだろう。その罵声に耐え切れず、思わず声を荒げ、場合によっては衝動的に殴り掛かるかもしれない。

そのような状態に常に置かれているのが、「認知症の人」の現実ではないだろうか。

動かないで、しちゃだめ、立たないで、ちょっと待って、という言葉の拘束をスピーチロックという。このスピーチロックは、認知症の人にとってストレスそのものである。

認知症の人は、自分の視線の範囲にコンピューターがあったとしても、それが何かわからない。コンピューターから伸びている各種コードは、誰かがひっかけて転んでしまう危ない障害物に見えているかもしれない。だから、「善意」でそれを片付けようとして、コードを引っ張ってしまう。

そうした善意の行為であるにもかかわらず、いきなり大声で、「ダメ〜!!」、「何してるの、やめて!!」と怒られるのである。その言葉は、自分の行動を監視する悪意ある誰かが罵声を浴びせている言葉としか思えない。だからこんな場所には居られないと、どこかへ行こうとするのだ。そうするとその人は、徘徊行動があって離設の恐れがあるというレッテルを貼られてしまう。

しかしそれはスピーチロックという、不適切な対応によって引き起こされた問題であり、行動・心理症状(BPSD)は、認知症の人の問題というより、不適切ケアの結果であり、不適切な関わり方をどうにかしなければならないという問題なのである。こうしたスピーチロックを失くすことで、行動・心理症状は軽減するのである。

「ちょっと待って」という言葉は、「〜しているので、ちょっと待ってもらえますか?」と言い換える必要がある。

「座っていて」という言葉は、「〜すると危ないので、座っていていただけますか?」と丁寧に説明を加えて、お願いする言葉に換える必要がある。

このように言い切りではなく、相手に尋ねるような形をとると「相手に選択権がある」話し方になる。それは介護サービス利用者に対するマナーを意識した言い換えと言えるだろう。

認知症の人の記憶は毎日失われる・・・というより、アルツハイマー型認知症の人は、脳の器官の中で、情報処理をつかさどる海馬の機能が失われてしまっているので、新しい情報を記憶できない。

認知症の人であっても感情の記憶は残るが(感情の記憶は小脳がつかさどっているためである)、人の顔や名前の記憶(意味記憶)と近直の出来事の記憶(エピソード記憶)は残らないから、昨日対応したあなたが、昨日の時点で認知症の人に受け入れられたとしても、今日は認知症の人の記憶の中に、あなたという人物は存在しない。

だから昨日通じ合った認知症の人にであっても、朝最初に出会った瞬間のあなたは、「知らない誰か」でしかない。

知らない人に突然ため口で、馴れ馴れしく話しかけられたら、あなたはうれしいだろうか?見知らぬ誰かが、朝元気に大きな声で挨拶したら、この人だれ?という警戒心が先に来るのではないだろうか。

だから職員が朝最初に出会ったときに元気に笑顔で「おはよう〜!」というのではなく、人生の先輩である利用者に対して挨拶するのだという気持ちを忘れずに、認知症の人にはゆっくり近づいて、丁寧に「おはようございます。」と挨拶すべきである。それもできるだけ驚かせないように、静かにゆっくりと云う方が良い。

それはとりもなおさず、認知症の人に対しても、サービスマナー精神を持って接する必要があることを表していると言ってよいだろう。

認知症の人は記憶や見当識の障害があると言っても、何もわからなくなているわけではない。説明すればわかることもあるし、納得できることもあるのだ。理解して納得した状態が長い時間続かなくとも、すぐ忘れて同じ行動を繰り返したり、同じことを尋ねたりしたとしても、その都度説明することで安心したりできるわけである。

それは決して無駄ではない。なぜなら尋ねて答えてくれた内容は記憶できなくとも、答えてくれる安心できる人がそこに居ることは、感情の記憶だから、小脳にその記憶は残されるわけである。

あの人はいつも優しく答えてくれる人という感情の記憶は残るから、その人の顔と名前を忘れて、朝の挨拶の時に怪訝な顔をしていたとしても、会話を交わすうちに感情の記憶がよみがえってくるから、この人は安心と思ってくれるわけである。安心する状態に、昨日より今日の方が短い時間で達することができるのである。

介護サービスの場で認知症の人が感じていることがある。

「ここはどこなのだろう、自分は何故ここにいるのだろう、どうやってここに来たのだろう。」
「ここは何で年寄りばかりなのだろう。」
「ここは病院なのか。どして自分がこのような場所にいなければならないのか。」
「あの若い人は何故自分の名前を知っているのだろう。」
「何か薄気味悪い。どうして自分の後を、知らない人がつけてくるのだろう。」
「知らない人が、なぜ自分に馴れ馴れしく話しかけてくるのだろう。」
「年下の人間がなぜ自分に横柄な言葉や態度で接してくるのだろう。」

認知症の人の行動が理解できなくなった時、認知症の人は今、こんな風に感じているのではないかと思い起こすことで、我々が今しなければならないことが見えてくるかもしれない。

認知症の人の行動受容とは、こんなふうに認知症の人の立場に立って、考えてみることから始まるのではないだろうか。

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