masaの介護福祉情報裏板

介護や福祉への思いを中心に日頃の思いを綴ってみました。表の掲示板とは一味違った切り口で、福祉や介護の現状や問題について熱く語っています!!表板は業界屈指の情報掲示板です。

読書の秋に向けて


北海道はこのお盆期間中、雨の日が多かった。その雨があがって今日は曇り空の隙間に時折、青い空が覗いているが、空気はひんやりしている。

もともと北海道の夏の盛りはお盆までで、お盆の時期から海水浴もできなくなるのが常である。今年もそのことに変わりはなく、秋の気配が徐々に濃くなっていくものと思われる。

一方で道外に目を向けると、まだまだ酷暑の夏が続いている。

僕の近直の旅の予定は、来週21日(火)〜23日(木)まで、愛媛県松山市講演を予定しているが、松山も連日30度を超えており、来週もそのことに変わりはないようだ。朝夕は寒いくらいの道内は、移動の際に上着は欠かせないが、道外はそれもいらない場所が多い。気温差が体にこたえる時期でもある。

しかし着るものは気を付ければ何とかなるが、道外移動の際の最大の心配は天候である。特に今年は台風が多い。現在も日本付近で3本の台風が同時発生している。このうち台風19号が来週の愛媛講演に影響しないか心配である。そもそも台風シーズンといえば、9月がそのピークとなるはずだが、この時期で19本も台風が発生していて、この先大丈夫かと思いやられる。9/8からは3日間の沖縄の旅も予定されているが、その時期に沖縄に台風が接近しないことを祈るばかりである。

さてこれから秋に向けて講演の旅も増えていくわけであるが、8月は道内にとどまり、自宅で執筆作業に集中する時間を多く作った。

その理由は、この秋に日総研出版社から2冊目の本を出版する予定で、その原稿執筆作業が佳境を迎えていたからだ。

当たり前のことであるが、原稿させ書きさえすれば誰もが本を出版できるわけではない。書いたものが本になるには、それなりにお金がかかるものであり、出版社は本を出すことが商売だが、本を世に出す経費を無視して出版することなどあり得ないのである。出版社が本を世に出す以上は、その本がある程度売れて、出版経費を上回る収益が上がる見込みがあることが前提となる。

出版社に頼らず自主出版という手もあるが、多くの場合、自主出版は出版人の持ち出し経費が回収できるほど本は売れず、自主出版した分だけ、出版人は借金を抱え込むか、財産を減らすかどちらかの結果に甘んじざるを得ない。

特にインターネットが普及し、紙ベースの情報媒体が売れにくく、しかも「出版不況」という状況が長く続いている今日では、よほどのことがない限り出版社が本を出してくれるという幸運には見舞われないのである。

そんな中で過去に自著本だけで5冊の本を出版社から刊行していただいている僕は、非常に恵まれているといって過言ではない。

おかげさまで、その5冊とも現在も売れ続け廃盤になった本は1冊もないので、出版社にも収益はそななりにあるということだと思え、その部分では迷惑をかけてはいないようである。それは出版社に対する僕のせめてもの恩返しともいえるかもしれない。

どちらにしても現在の僕は、原稿さえ仕上げれば本を出版していただけるというありがたい立場にある。そういう立場にいつまでも甘えてはいられないので、この夏は気合を入れて執筆作業に精を出していたわけである。

執筆作業にも好不調はあって、全く筆の進まない日もあれば、書きたいことが頭にあふれて、一気に筆が進む日もあるのだが、7月から8月のお盆期間までは比較的コンスタントに筆が進んだ。この間、月7本に及ぶ連載原稿も別に執筆しながら締め切りに遅れを出すこともなく経過した。

出版本の原稿はそれとは別みたいな感じで、一心に筆を進めていた。先週先が見えてきた矢先に、夏風邪をこじらせ、40度を超える発熱を引き起こし、執筆作業も丸3日間止まってしまうという予想外の出来事もあったが、そのことも執筆の調子を落とす要因にはならず、回復後も順調に筆が進み、昨日までに1次校正作業を終えた原稿をまとめ上げて出版社に送った。

今朝担当者から原稿を受け取ったという連絡が入っており、これからその確認作業が始まる予定だ。出版社内の企画会議では書籍案が通っているので、原稿が仕上がった今日を境に、正式な稟議決済、校正編集などのスケジュール調整、販促計画などが一気に進み、秋の出版に向かうことになろうと思う。

正式の書籍名、内容等をまだ発表できる段階ではないが、どちらにしてもの新著本が、早ければ10月にも出版されることになると思う。是非ご期待いただきたい。

出版された時期以降の、各地での講演でも、新刊本の販売とサイン会を行いたいと思うので、ぜひご協力をお願いします。

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余命診断が行われていない看取り介護はあり得ない


看取り介護を実施するにあたって、対象者が終末期であると判断することは医師にしかできない。

医師は看取り介護対象者となる可能性のある人について、病状を把握して、その状態について医学的知見に基づいて終末期判定を行うわけである。

この時、終末期という概念が問題になるが、それは数週間ないし数カ月(およそ6ヶ月以内)のうちに死亡するだろうと予期される状態になった時期のことを意味しており、それが「一般的に認められている医学的知見」ともいえる。

このように終末期は人によって数週間ないし数カ月(およそ6ヶ月以内)という開きがあるのだから、医師は終末期診断に際して、同時に余命診断が同時に求められる。

なぜなら終末期であると判断した後、看取り介護に移行する場合に、お別れの時間がどれだけの残されているのかという予測は、看取り介護対象者・支援者双方に重要な意味があるからだ。当然それは看取り介護対象者の旅立ちに備えた、双方の心の準備という意味もある。

勿論、余命診断は目安であり、完全かつ正確にその期間内で看取り介護が終了するとは限らない。予測よりも短時間で別れの時を迎える場合もある。そこには様々な不確定要素が含まれているのだから当初診断された時期に多少の長短が生じることも当然あるだろう。

だからといってその時期が大幅にずれ込んで、年単位で看取り介護を行うということにはならない。もしそんなことがあるとすれば、それは終末期であるという診断自体がきちんとされていないという意味になる。

終末期判定がきちんと行われず、余命診断も行われていない状態の看取り介護があってよいわけがない。そもそも看取り介護がいつまで続くかもわからない状態は、看取り介護対象者と家族及び支援者にとって、先が見えないという状況を作り出し、最期の時間を共有しながら、お別れに伴うエピソードを作ることの大きな障害にもなりかねない。その状態は対象者も家族も常に不安を抱え、何をどうして良いかわからない状態に陥らせるかもしれない。当然それはQODにも影響し、その質は低下せざるを得ない。そうしてはならないのである。

ところが先日、ある方からメールで次のような質問を受けた。「看取り介護になってから1年を経過して、長期目標の期間が過ぎましたが、状態もほとんど変化はないのに、看取り介護計画であっても、更新作成が必要ですか?

はあっ?看取り介護が1年以上続いているって、どういう状態だろう。その施設で看取り介護対象者を終末期と診断した医師は、終末期判定をどのように理解しているのだろう。前述したとおり、終末期とは、治療を行っても元の状態に戻ることは不可能で、積極的な延命治療を行わねば、余命がおよそ半年以内であるという状態である。これは一般的に認められている医学的知見である。

そして前述したように余命診断は看取り介護を開始するにあたって重要となるし、余命診断がきちんとできておれば、「看取り介護になってから1年以上経過しているが、計画は見直す必要はないか?」などという、おかしな質問がされるわけがない。

繰り返すが、本来終末期とは、余命半年以内の状態をいうものである。予想外の回復がないとはいわないが、その場合は看取り介護をいったん終了せねばならず、看取り介護を1年以上継続して、看取り介護計画を更新作成するということにはならない。

基本的には1年以上にもわたる看取り介護というものが存在することの方がおかしい。医師はそのことをどのように判断しているのか逆に聴いてみたい。終末期判定と余命診断を行うという医師の重要な役割を放棄しているとしか思えないのである。

9.25・尾張一宮講演
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73回目の終戦の日


日本は今日、終戦の日から73年目を迎えている。

73年前の8/16以降に生まれた人はすべて、「戦争を知らない子供たち」というカテゴリーにひとくくりにできることになる。僕らもそのくくりの中にいる。

終戦の日なのか、終戦記念日というべきなのか、はたまた敗戦の日と呼ぶべきなのかは人さまざまに考え方があろうが、どのような形であれ、73年前の今日、あの悲惨で無謀な戦争に終止符が打たれたことは、今この国で平和を謳歌している日本人にとって幸福なことだと思う。

戦争には結果があって、当事国は勝者と敗者に分かれるが、敗者だけではなく勝者にあってさえなお、戦争は悲劇であることに変わりはない。戦争という争いがなければ生まれなかった悲劇が、勝者の側にも、敗者の側にもそこかしこに生まれていくのが戦争の本質だ。一方で、戦争であったからこそ生まれた幸福というものは存在しない。戦争は不幸しか生み出さないのだ。

自然の順番とは逆に、自分より若い命が先に奪われる場面に遭遇する「逆縁」が日常的だった異常な時代に、何よりも大事な我が子の命が、健康な体のままで奪われていくときの親の気持ちはいかばかりのものであったろう。「お国のため」とは言いながら、若い身で命を投げ捨てなければならなかった息子の死出の姿を見守る親は、どのような精神でその悲劇を耐え忍んだのだろうか。

日常に「死」があることに、当時の日本人は、どのように忍びぬいたのであろうか。

終戦によってそのような悲劇渦巻く時代には終止符が打たれたといえる。そん後の平和な時代に生まれた人は、戦争がないという幸運の中で、豊かな社会の恩恵を受けているといえる。

一方で平和ボケの日本人も、そろそろ未来永劫この平和が続く保障がないことに気づき始めている。この平和を守っていくために何をしなければならないのかを真剣に考えないとならない時代であることを実感している。

そうであれば、あの戦争体験者がまだ残っているこの時代に、その方々があの戦争中に経験した悲劇や、その中で抱いた哀しみの感情を拾い集めて、次代に伝えていく必要がある。戦争体験を語ることのできる歴史の証言者たちも、あと20年もしないうちに居なくなるかもしれない。最期の証言者たちがいるこの時代に、目を覆わず耳をふさがずに、どの戦史にも載せられていない名もなき一市民の悲惨な体験談を語り伝えてもらう必要がある。

戦争が終わった昭和20年(1945年)という年は、終戦の年であると同時に、たくさんの日本人が、たくさんの非戦闘員である無辜の民が、無差別に命を奪われた年である。米軍が上陸して陸戦が行われた沖縄で、人類史上最も無慈悲で残酷な原爆被害にあった広島と長崎で、そして日本軍が制空権を牛なったことにより無差別に爆撃された全国各地で、たくさんの悲劇と惨劇が繰り返された。

日本の都市の中では京都市と並んで、札幌市がほとんど被害を受けなかったという奇跡はあるが、北海道全体を見渡すと、終戦の日の1月前である7/14〜7/15にかけて大空襲が行われ、室蘭・釧路・根室・函館・小樽・帯広・旭川を心に甚大な被害が生じた。そこのは戦史に決して載ることがない幾多の哀しみと慟哭が存在していたであろうことは想像に難くない。

今日という日は、すべての戦没者の冥福を祈りながら、この国が再び間違った方向に進むことがないように誓いを胸に刻む日である。平和な時代に生まれたことに感謝しながら、その礎となっているのは何かということにも思いをはせ、いつか来た道を進まない知恵を大切にしなければならない。

そして改めて命の尊さをかみしめながら、命と向かい合う対人援助という職業の中でできることにも、思いを寄せたいものである。

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二重名簿の実態


お盆休みで明日あたりまで休みという企業が多い中、介護事業者はお盆休みという規定がない事業者が多い。

僕が30年以上勤めた社会福祉法人も、そのあと1年だけ勤めた医療法人もお盆休みの規定は特になく、暦通りに働くのが当たり前であった。勿論、有給休暇などでお盆に休みをとる職員はいたが、それはあくまで有休消化の範囲でしかなかった。

現在僕はそうしたサラリーマン暮らしから卒業し、フリーランスで講演活動と執筆活動により収入を得ているため、世間の暦は関係なく、今日も締め切りが迫った連載原稿の仕上げに向けてデスクに張りついている。連載は月単位で7本抱えているので、常にお尻に火がついているような状態だ。それに加えて秋に出版する本の執筆作業も佳境に入っているので、さながら作家のような気分である。まあ物書きとしての収入も、毎月一定額得ているので、場合によっては「介護作家」と名乗ってもやぶさかではないだろう。

ところでこの暮らしに入る前に、特養を中心とする施設の総合施設長を退職した後、1年間(正確には13カ月)老健で勤務した経験がある。もともと特養を退職したのは、今のようなスタイルの活動をしたかったからであるが、たまたま縁あって北海道の主要空港がある地域の医療法人から声がかかったので、医療系サービスの勉強もしてみようと思って、そこでお世話になった。

その間は、登別から片道2時間かかるその施設に自宅から通っていた。とうのも生活の拠点を移してまで、その施設で長く働くつもりはなく、医療系サービスの実務を学ぶということだけが目的だったからである。そこでの職名は事務次長だったが、実際にさせられていた仕事は相談員業務としてのベッドコントロールが主であった。しかし老健のベッドコントロールとは、利用者目線のそれではなく、事業者の都合によるコントロールで、介護の手が回らないから食事介助が必要な人は入所させないなどの、正当な理由によらないサービス提供拒否がまかり通っていた。発言力の強いお局介護主任等の勝手な考え方が、施設運営に暗い影を落としているという実態があった。

恐ろしいことに、そこには2重帳簿ならぬ2重名簿が存在していた。いわゆる利用者の「部屋割り表」であるが、名簿上の部屋割り表は実際に利用者が利用している部屋と異なる内容となっていた。つまり名簿は実地指導などの行政指導に対処するための架空の部屋割りであったのだ。

その施設は多床室が中心の老健で、4人室のほか従来型の個室や2人室があったが、部屋の利用定員が守られていなかったのである。僕が就任した当時、その施設では「ロタウイルス」という、子供が感染することが多いウイルス感染が流行しており、感染者の隔離などが行われていた。この施設の現場を仕切っているのは、看護師長であったが、その人の判断でこの施設は簡単に「面会禁止」ができてしまう施設で、その間家族であっても、利用者が施設内でどのような扱いを受けているのか、自分の目で確認することはできない実態にあった。そこでは名簿と異なる部屋にいきなり移動させられ、ある期間に何度も部屋替えが行われるということもあった。

盗人にも三分の理という諺があるように、感染予防のためというなら、そのことに一部の理があるのかもしてないが、こうした頻回な居室移動は感染症とは関係のない理由でも行われてた。

そこは2階が認知症専門棟で、1階の一般棟より手厚く職員配置がされていたが、逆に言えば一般棟の介護力は至極貧弱で、少しでも手のかかる人がいると現場が回らないとして、職員の都合で一般棟の人を認知症専門棟の居室に変えるなど居室移動が日常的に行われたいた。その時も名簿上では、居室変更した人はもとの一般棟の居室にそのままいるかのような操作が行われていた。なぜなら一般棟から認知症専門棟に変更された人は、本来の定員をオーバーし、一人室に2人対応するなどの公にできない不正行為による処理されていたからである。

当然利用料金は、実体と異なる名簿上の料金が請求されていたわけで、国保連・利用者両者への不正請求が行われていたものと想像できる。そもそも本来の居室定員よりオーバーして、定員以上の人数で居室利用させているだけで運営基準違反である。それに加えて不正請求と、それを糊塗する2重名簿の作成は悪質極まりないが、残念ながらそのことを指導改選する権限は僕に与えられていなかったし、長年にわたって染みついたその体質が、僕一人の存在で変わることはないと感じたので、予定よりかなり早い時期であったが、1年働いた時点で見切りをつけてやめさせてもらった。

ガバナンスもコンプライアンス意識も存在しない職場に、そのままいたら自分自身の倫理観も狂いかねないという危機感を覚え続けた1年間であったが、そういう実態の職場が存在するということを自ら確認できたことは無駄ではなかったとポジティブに考えている。

医師や看護師という経営の素人が、経営の本質を学ばず、公費を運営しておればよいというぬるま湯の中で創りあげられる組織とは、えてしてこんなようなものだ。

そいつらは実地指導さえ乗り切ればよいと考えているのだから、実地指導で明らかにならない不正は、不正だとも思っていない。行政指導がなければよい施設だと勘違いしているのだから救いようがないのである。

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無責任なマスコミに心を痛める〜認知症は水分摂取で治りません


発熱して救急外来受診した経緯については、「久しぶりの40度」でお知らせしたとおりであるが、そこから昨日まで体温が37度〜38度間を行ったり来たりする状態で改善が見られず、結局週末はほぼ寝たきり状態で過ごすことになった。

発熱当日の木曜日に予定していた仕事は、認定審査会も含めて何とかこなしたが、それ以降の3日間の予定は白紙と相成った。幸いこの間は、講演予定が入っていなかったので、その方面で迷惑をかけなかったことが不幸中の幸いだった。

しかしわずか3日とはいえ、仕事が全く手につかない状態はかなりのロスで、これを取り戻すのは容易ではない。サラリーマン時代なら、体調を崩して休みを取っても、自分に替わって補ってくれる人によって、業務が全く停滞するということはなかったので、それと比べるとやはり独立して行う仕事の難しさを感じざるを得ない。体が資本であることを改めて実感させられた4日間であった。

実はまだ体調は完璧とは言えない状態だが、いつまでもベッド上を中心に過ごすというわけにもいかないので、昨日の午後からは通常の暮らしに戻している。しんどいところもあるが、元気になったと思い込むことによってできることもある。

それに昨日は僕の誕生日でもあった。この年になって、今更誕生日がめでたくもないし、家族間でも特別なお祝いをすることもないが、誕生日を寝て過ごすというのも縁起が悪い。普通に起きて、普通に飯を食って、できれば普通にお酒も飲もうと思ったが、さすがに酒はまだ早すぎたようで、たった1杯のお酒で具合が悪くなった。なかなか可愛い58歳のmasaちゃんである。

それにしても世間では、根拠のない思い込みの介護方法が横行して、それがなくならない。それに拍車をかけているのが、知識に欠ける興味本位だけのマスコミ報道だ。

先日もTBSの爆報フライデーという番組で、認知症が水分摂取によって改善されるかのような内容が放映された。そしてその水分量も1.500mlとされており、あたかも竹内理論を彷彿させるものであった。

あの番組で紹介された事例(俳優の布施博さんの父親など2ケース)は、水分摂取によって認知症が改善したものでないことは、専門家から見れば明らかである。そのケースは単に脱水性のせん妄が、脱水が改善されたことによって症状改善しただけに過ぎない。つまりもともと食事摂取量はじめ、水分摂取量がかなり足りていなかったケースであることは明らかだ。3食の食事量も不十分であったから、今現在1.500ml/日もの多量の水分摂取で、内臓ダメージがなく過ごせているという、偶然と幸運の重なったケースにしか過ぎない。

同じことを脱水ではない認知症高齢者に強制的に行えば、深刻な内情ダメージが生じ、場合によっては心不全などで命を落としかねない。猛暑の地域では、電解質などを摂らずに水分だけを大量に摂取することは、低ナトリウム欠症などを引き起こす可能性もある。これも人命にかかわる。

そもそも人が必要とする水分量を、食事摂取量を抜きにして考えるなどあり得ないという常識が、かの番組には欠如している。通常の食事を3食十分摂取できている人であれば、食事以外の水分補給量は、1.000ml/日程度で十分であるケースが大部分である。食事摂取ができていてなおかつそれ以上の水分補給が必要なケースは、治療すべき疾患が別に存在すると思われる。

とにもかくにも無責任なマスコミ報道に踊らされて、必要以上の水分の強制摂取が行われ、人権侵害のみならず、生命を侵害される認知症高齢者が出てくるのではないかと危惧している。あの番組を見て、自分の身内に水分を強制的に与えた結果、病状が重篤化するケースは間違いなく出てくるだろう。その時は、その番組の報道内容を信じて間違った対応で、家族を死なしめた人も被害者だ。この場合、テレビ局自体も被告になり得ることを自覚してもらいたい。今後被害にあわれた方が生じた場合には、被害者をまとめて集団であの番組を提訴してほしいものだ。

それにしても邪教のように広がる、水分強制摂取。これを唱えている張本人が、被害者の実態を顧みることなく、根拠のない方法論を垂れ流していること自体が、すべての元凶である。その存在は、日本ボクシング協会の辞任した会長の存在より始末が悪い。

これを何とかせねばならない。

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久しぶりの40度


40度といっても、気温の話ではない。そもそも登別は、この夏一度も30度に達してさえいない。

そんな中で40度を超えたのは、僕の体温である。

昨日早朝から体がだるく、のどには痛みがあり、鼻水がでていた。風邪であることは間違いなかったが、それでも日中はさほど体調が悪化することなく、家にあった風邪薬を飲んで回復するだろうと思っていた。

昨日は午後6時から認定審査会があった。体温が少し上がって汗をかいていたので、認定審査会に行く前に風呂に入った。そのことが思いのほか、悪い結果に結び付いた。昨日の登別は夕方上着が必要なくらいの気温だったので、風呂に入った体が急激に冷えたのではないかと思われる。

救急処置室認定審査の最中から、体のだるさは増したが、何とか審査会は無事に終えることができた。しかし家に帰って体の震えが止まらず、熱を測ると39.1度に達していた。これはダメだと思ったが、医療機関の通常外来は終わっている時間なので救急外来を受診した。昨日救急の日の話題を書いたことが影響しているのだろうか・・・。

救急外来で改めて熱を測ると、さらに上がっており、40度に達した。思えば2年前に同じように40度声で、この救急外来を受信しているのである。診察を担当した若い医師は、いかにも面倒くさそうに、「喉見せて」、「風薬出しておくね」という横柄な対応である。

おそらく風邪ごとくで、救急外来を受診するなという意味だろう。しかしインフルエンザなら周りに迷惑をかけるし、体がしんどいから僕としては止むをえなぁったのである。

だが僕自身にも反省点はある。

2年前と同じように日中・我慢がしすぎである。結果的に夜に熱が上がって救急外来となってしまうのは、もっと重篤な人がいた場合に迷惑といわれても仕方がない。今後は同じミスを繰り返さず、軽い風と思っても一般外来の空いている時間に受診して、一応薬をもらっておこうと思った。

今回の夏風邪の原因ははっきりしている。

僕は今、今秋出版予定の本の原稿執筆作業中である。今月中が締めきりなので、一日中原稿を書いている日が多い。その作業場である我が家のACが僕にはきつすぎて、寒いのである。登別の日中の最高気温は、25度に達することも少ないのに、我が家のエアコンの設定温度は23度とか、22度であり、寒くて温度を上げても、いつの間にか下げられている。一昨日も原稿書きに夢中になているまに、体が冷え切って、やばいと思い布団に入ったが「遅かりし」問うわけである。

昨晩は夜飯も食えず、救急外来でもらった薬を飲んで21時に早々と就寝したが、汗をかくため着替えのために何回も起きた。今朝はいったん朝の薬を飲むため7時に起きて服薬し、そのまま昼まで寝ていたところ、何とか熱は下がったようだ。それでも体のだるさは取れず、食欲もないので、昼の服薬のみしようと起きてきたが、何も食べずに薬ばかり飲んでいるのはダメだと叱られて、いま少しだけソーメンをすすり、服薬を終えたところだ。

僕の体を気遣ってくれるのはありがたいが、もともと今回の風邪はあなたのせいですよ、とは言えない。殺されては元も子もないからだ。

ということで、体調も徐々に回復しているので、今日は午後から執筆作業を再開したい。秋(おそらく10月ごろ)には日総研出版社から新刊が上梓される。さらに年末か来年お年始あたりには、ヒューマン・ヘルス・ケアシステム社からも本が出る予定である。

11月以降の講演では、新刊の販売もできるかもしれないので、お楽しみに。

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救急の日は、沖縄で人材マネジメントを学びましょう


読者の皆様が今まで生きてきた中で一番うれしかったことを一つだけ挙げるとすれば、どのような出来事を挙げるだろうか。

受験に合格したこと、異性との出会い、ファーストキッス、就職、結婚、様々な事柄が考えられると思う。

僕の人生の中でも、様々な思い出があるが、その中で嬉しかったことを、どうしても一つだけ選ばねばならないとしたら、長男が生まれて、自分が初めて親になったことではないだろうか。僕には二人の子供がいて、二人とも同じように愛しているし、二人が生まれてくれたことに同じように感謝の気持ちを抱いているが、生まれたときのことを思い出せば、二男の時は長男の経験があったことによって、長男の時よりも少しだけ慣れがあった分、感動の気持ちもほんとちょっぴり薄かったように思う。

というのも僕が結婚してから長男が生まれるまで2年少しの期間があって、子供が欲しいと思ったときに、なかなら子供ができなかったということもある。長男が生まれて1年半後にすぐに二男が生まれたということもある。長男を妊娠中に妻が切迫流産一歩手前の状況になったこともある。出産予定日を1週間過ぎてもなかなか出産の兆候が見られなかったこともある。長男が生まれた瞬間は、へその緒がひと巻き首に巻き付いて、産声が挙がるタイミングが少し遅かったということもある。妊娠から出産まで何もかも順調に経過した二男の時と比べて、様々な困難があったことも、長男がこの世に生まれ出てくれた時の喜びにつながっている。

そんな子供たちも、もうすっかり大人で、社会人として自立しているが、長男の誕生日が来月9日に迫っている。そう・・・長男の誕生日は9月9日であり、それはわが国では「救急の日」とされている。ちなみに二男は3月6日生まれで、何の日でもないが、長男と二男の誕生に関する数字はすべて3の倍数である。まあそんなことはどうでもよい。

長男は札幌に住んでいるので、わざわざ家族が誕生祝をすることもなくなって久しい。おめでとうメールだけですますのが、ここ数年の習いである。今年もそれですまそうと思う。何しろ今年の長男の誕生日の日に僕は、北海道から遠く離れた沖縄に滞在しているからである。

今年の9月9日は日曜日であるが、その日僕は沖縄で講演を行なう予定になっている。しかもその内容がすごい。介護関連の講師として。おそらく全国で一番多く講演を行なっていると思われる小濱先生とのコラボ講演・「介護福祉業界の人材マネジメント研修会 in 沖縄が、沖縄県浦添市のピーズスクエアで開催される予定である。張り付いたリンク先からチラシと申込書を参照いただきたい。

内容は以下の通りである。
第一部:15 時 15 分―16 時 20 分
「介護業界の人材マネジメント」講師:菊地 雅洋

第二部:16 時 30 分―18 時 00 分
「介護保険の今後の展望」講師:小濱道博先生


この講演に先駆けて、特別講座として下記の講演も行なわれる。
13 時 30 分―14 時 45 分 定員=30 名
「上司と部下のコミュニケーションを深める」講師:辻川泰史 先生


僕は上記のテーマでお話しするが、主催者の方から、「施設で人材を育成してきた実例や、まささんが考えるビジョンなどを話してほしい」と依頼を受けている。まさに僕が社会福祉法人の施設・事業所で総合施設長として人事育成に携わってきた実務論をお話しすることになると思う。

ただし講演内容はまだ組み立てていない。実は現在、秋に出版予定の「看取り介護」に関する本の執筆が佳境に入っている。この数日筆が進み、毎日1万字以上の原稿を仕上げている最中である。この調子だとお盆が過ぎるまでに、原稿を仕上げることができるかもしれない。今はそちらの原稿執筆の調子を落としたくないので、講演スライドは少し後に回す予定である。勿論だからといって講演の内容も精魂を傾けて作成することには変わりがない。

沖縄の皆さんにとっては見逃せない研修会となるように頑張るつもりである。沖縄の皆様と会場でお愛できることを楽しみにしている。

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夜勤職員配置加算の整理について


8月6日付で「平成 30 年度介護報酬改定に関する Q&A(Vol.6)(平成 30 年8月6日)」 が発出された。

この中で、一部の地域で混乱が生じていた、「夜勤職員配置加算」(特養及び短期入所生活介護)の考え方が整理されているのでまとめてみたい。

本年4月の介護報酬改定の目的の一つは、地域包括ケアシステムの推進とされており、 それは中重度の要介護者も含め、どこに住んでいても適切な医療・介護サー ビスを切れ目なく受けることができる体制を整備することであった。

3年前の制度改正で入所要件が厳格化され、原則要介護3以上の要介護者の住み替え場所とされた特養については、その機能を一層強化するために、入所者の医療ニーズへの対応強化が図られた。

その一つが夜間職員配置加算の強化であり、従前の加算(従来型及び経過的)、加算(ユニット型及びユニット経過的)に加えて、夜勤時間帯を通じて、看護職員を配置していること又は喀痰吸引等の実施ができる介護職員を配置している場合(この場合、登録喀痰吸引等事業者として都道府県の登録が必要)(※このブログ記事では以下、有資格者、と表記する。)については、新設された加算(従来型及び経過的)、加算(ユニット型及びユニット経過的)が算定できることになった。

従前からの気鉢兇了残衢弖錣蓮◆嵬覿个鮃圓Σ雜鄂Πおよび看護職員の数が、最低基準を1以上上回っている場合に、各区分に応じて算定できる。」とされていた。
夜勤を行う職員の数は、1日平均夜勤職員数とする。1日平均夜勤職員数は、暦月ごとに 夜勤時間帯(午後 10 時から翌日の午前5時までの時間を含めた連続する 16 時間をいう。) における延夜勤時間数を、当該月の日数に 16 を乗じて得た数で除することによって算定し、 小数点第3位以下は切り捨てるものとする。 》

これに加えて4月からの新設要件として、「入所者の動向を検知できる見守り機器を入所者数の100分の15以上設置するか、見守り機器を安全かつ有効に活用するための委員会を設置し必要な検討を実施のいずれかに適合している場合は、最低基準を0.9以上上回っておる場合に算定」が追加されている。

今回新設された靴鉢犬砲弔い討蓮↓気鉢兇陵弖錣鬟リアしたうえで、さらに夜勤時間帯を通じて有資格者が配置されていることを評価したもので、当然のことながら新設された靴鉢犬蓮↓気鉢兇茲蟾發っ碓明瀋蠅箸気譴討い襦

しかしこの加算は、月ごとに(機法繊吻検砲い困譴の加算を算定している場合、 同一月においてはその他の加算は算定できない。そしてこの加算を気發靴は兇鮖残蠅垢襪、靴發靴は犬鮖残蠅垢襪は事前に届け出が必要で、届け出ていない区分の加算を算定することもできない。

よって靴發靴は犬瞭呂噂个鮃圓辰討い詁値椶、月を通じて連日資格者を夜勤配置できると予定していたのにもかかわらず、その職員の急な病欠等で資格者が配置できない日が生じた場合、亀擇哭兇陵弖錣魯リアしているとして、その日のみ気發靴は兇鮖残蠅靴茲Δ箸靴討癲△修譴呂任ないわけである。しかし1日でも有資格者がいない方といって、すべての日が靴發靴は犬了残蠅できなくなるわけではなく、有資格者が配置されない日のみ加算算定しないということになっている。このことについて、新たなQ&Aでは次の通り解説している。

「夜勤職員配置加算は、月ごとに(機法繊吻検砲い困譴の加算を算定している場合、同一月においてはその他の加算は算定できないため、喀痰吸引等ができる職員を配置できる日とできない日がある場合に、要件を満たした日についてのみ夜勤職員配置加算(掘法◆吻検砲鮖残蠅垢襪海箸浪椎修世、配置できない日に(機法◆吻供砲硫短擦鮖残蠅垢襪海箸呂任ない。よって、喀痰吸引等ができる職員を配置できない日がある 場合は、当該月においては夜勤職員配置加算(掘法◆吻検砲任呂覆(機法◆吻供砲鮖残蠅垢襪海箸望ましい。」

つまり加算は月単位で種別が決まっているので、掘↓犬鯑呂噂个討い訃豺隋△修陵弖錣帽腓錣覆ては低い要件の機↓兇硫短擦鮖残蠅垢襪里任呂覆、その日に限って加算算定そのものができなくなるのであるが、あらかじめそうした事態が予測されるのであれば、靴筬犬瞭呂噂个鮗茲蟆爾押⊃靴燭豊気筬兇瞭呂噂个吠僂┐堂短擦鮗茲襪海箸望ましいという意味である。

しかしこの「望ましい」という表現は悩ましい表現でもある。今後実地指導上、都道府県によってこの部分の指導に温度差が出ることは間違いのないところではないだろうか。例えば靴發靴は犬鯑呂噂个道残蠅靴討い觧楡澆砲いて、その算定ができない日が月に複数回あったり、そういう月が続いていたりして、それでもなおかつ連日気發靴は兇鮖残蠅垢襪茲蟷残蠱碓未高くなっている場合に、そのことを通知違反だとして強力に指導してくる、「ひねくれた」行政指導担当者がいるかもしれないので、注意が必要である。

なおその他にも今回のQ&Aでは次のことが明確にされた。

・夜勤職員配置加算(掘法◆吻検砲砲弔い討蓮延夜勤時間数による計算ではなく、夜勤時間帯を通じて職員を配置することにより要件を満たすものである。なお、夜勤時における休憩時間の考え方については、平成 21 年 4 月改定関係 Q&A(vol.1)問 91 と同様に、通常の休憩時間は勤務時間に含まれるものと扱って差し支えない。

・同一建物内にユニット型及びユニット型以外の施設(介護老人福祉施設、地域密着型介護老人福祉施設)が併設されている場合には、両施設で合わせて要件を満たす職員を1人以上配置することで、双方の施設における加算の算定が可能であり、施設とショー トステイの併設で一方がユニット型で他方が従来型であるような場合については、両施設の利用者数の合計で、20 人につき1人の要件を満たす夜勤職員を配置することで、 双方の施設における算定が可能である。
※ 平成 21 年 4 月改定関係 Q&A(vol.1)(平成 21 年3月 23 日)の問 84 については削除する。

以上である。ほぼこれで夜勤職員配置加算の疑問は消えたのではないかと思われる。

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立秋の仙台にて


七夕祭りで盛り上がっている仙台で8月7日の朝を迎えた。暦の上では今日は立秋である。雨模様の寝台も暑さは感じないが、今日戻る北海道はもう秋の気配が漂い始めてもおかしくはない。猛暑で大変な思いをしている地域の人々には申し訳ない。

昨日は雨がそぼ降る仙台空港に、午後2時40分過ぎに降り立つことができたが、昨日の記事でお知らせしたように、この時刻は当初予定より3時間半以上遅い時間であった。

そのため研修講義を開始する時間も当初予定の14時から2時間以上遅らせて、16時過ぎから開始することになり、終了が19時を過ぎてしまった。幸いこの研修は、社会福祉法人職員の内部研修であったために、このように時間をずらすという融通が利いたわけである。これが様々な参加者を募る研修会であったならば、時間をずらして実施することもできずに、中止せざるを得なかっただろう。

そう考えると飛行機を利用しなければならない研修は、当日入りで間に合う時間帯であっても、前日入りが無難なのかなと考えたりしている。東京講演などはほとんど当日移動しているので、考え直す必要もあるのかなと思ったりしているが、これほどの遅延はあまりないのも事実なので悩ましいところである。

遅延の理由は、使用機が仙台から新千歳空港に向かうための最終チェックで、飛行機の傾きなどを修正する機械の不具合が見つかり、部品交換の必要があったとのことである。しかしその部品が仙台にはなくて、成田から取り寄せて交換してから、新千歳空港に向かうことになったために大幅遅延となったものである。

航空会社の都合なので、そのほかの便に空きがあれば変更可能だったのであるが、新千歳空港から仙台空港に向かう便はすべて満席状態で、花巻空港行きなら空きがあるといわれた。それなら遅延便を待ったほうが仙台入りは確実に早いだろうということで、昨日の移動になったわけである。

研修会は支障なく開催できたが、本来の時間設定は、この研修を受けた後に夜勤に入ることができるようにしていたという意味もあり、一部の参加者の方のシフト変更を余儀なくされたり、一部の職員さんの参加がかなわなかったりという混乱はあったと思う。大変申し訳なかったと思うが、僕にはどうしようもないことだったのでお許しいただきたい。

幸いなことに研修を終えた後、担当理事の方から「今日学ばせて頂きました内容について、施設管理者、職員より早速私に報告があり、現時点の課題解決に向けて明確な道標になったようです。引き続き、ご指導賜りますようによろしくお願い申し上げます!」という連絡をいただいた。ありがたいことである。今月28日と来月25日に2回目3回目の研修が予定されているので、今後も精進してよい研修を行いたいと思う。

前述したように、仙台は日本一の七夕祭りでたくさんの人であふれている。
仙台駅
仙台駅にも短冊が飾られており、いつもの平日よりにぎわっている。メインの飾りつけはアーケード街ということであるが、昨日は行く暇はなかった。今日仙台空港に向かう前に、少しだけ覗いてこようかどうか迷っているところだ。

仙台駅前にも屋台が並んでいた。
牛タン屋台
他の地域では考えられないと思うが、牛タンの有名店が軒を連ねていた。写真の「伊達の牛タン」はじめ、「利休」、「善次郎」、「喜助」がそれぞれ牛タン炭火焼きを、1皿800円で売っている。

仙台七夕屋台
焼きだんごや牛タン入り焼きそばも、北海道では見られない屋台である。

仙台七夕屋台
仙台は牡蠣も名物であるが、牡蠣の串焼きや牡蠣のから揚げなどというのも売られていた。

そんな屋台の中から「牛タン塩焼き」を買ってホテルで一人飯を食べたが、そのことについては、「誕生日には、牛タン常備。」で紹介しているので、そちらのブログをご覧いただき、グルメ人気ブログランキングの文字をクリックして応援していただけるとありがたい。

僕はこれから新千歳空港に向けてフライトなので、今日の記事は、昨日からの仙台での滞在報告ということでまとめてみた。今月末の仙台講演の際は、飛行機の遅れなく、予定時間で研修ができることを祈っている。

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これからの介護施設に求められるケアの視点と質


僕は今、新千歳空港で仙台行きの便の搭乗待ちをしている最中である。ところでこのブログの読者の皆さんは、杜の都・仙台といえば何を思い浮かべるだろう。

牛タン、笹かまぼこ、萩の月、松島、広瀬川、青葉城・・・思い浮かべればいろいろ出てくると思うが、忘れてはならないのが、伊達政宗公の時代より続く、日本一の七夕まつりである。

七夕といえば7月7日であるが、北海道や東北の多くの地域では旧暦の季節感に合わせて8月7日を七夕としている。仙台の七夕祭りも8月に開催されるのが恒例となっており、今日6日から始まって、明日7日がメインとなり8日(水)まで続く予定だ。

思えば7月7日は、長崎県五島市に居たので、そこで七夕気分を味わい、今日は再び仙台で、日本一の七夕祭りを見る機会をいただいている。非常に得をした気分である。今晩、仙台のどこかで織姫に出会えたならば言うことはない。・・・とそんな馬鹿げたことを言っている暇はなく、そもそも僕が今日仙台に行く目的は、七夕祭りの観光ではない。

昨年仙台市内にオープンした特養を中心にした総合施設の管理職員研修の講師を務めるために、今朝7時の特急に乗って新千歳空港に8:20に到着し、10:00発のANA便に乗って仙台空港に11:05に到着した後、14時から3時間の講義を行う予定になっていた。

ところがである・・・。9時前に搭乗口に入って余裕をもってビジターであるANAの搭乗待合室で待っていたところ、急に放送が入って、僕が乗る予定の使用機が整備が必要となり仙台から新千歳空港に来る時間が3時間以上遅れるということだ。新しい搭乗時刻は13:35となり、仙台に着くのは14:40過ぎである。これでは講義時間に間に合わないため、研修実施施設と連絡を取った。

幸い内部研修なので、職員さんだけが対象で、研修時間をずらすことができる。そのため本日の研修は当初予定時間より3時間遅れて、16:00〜19:00までに変更して実施することになり、今はまだ新千歳空港の搭乗待合室で使用機到着がさらに遅れないことを祈りながら搭乗待ちをしている。

遅延お詫び飲食券
大幅な遅れのお詫びということで、ANAからはこの食事券が2,000円分乗客全員に渡されたところだ。ただしこの食事券は今日のみ使えるものなので、搭乗前に利用する必要がある。いったん搭乗口から出て食事することも可能だが、国内線のリニューアル工事が先週終わったばかりの新千歳空港は搭乗待合室内の食事場所が豊富にリニューアルされているので、そちらを使ってみようと思った。

豚丼
ANA便の搭乗口には、お寿司屋さんなどができているのだが、その気分ではなかったので、本来はホームであるJALの搭乗口に移動して、北海道食堂の「豚丼」975円を食べてみた。このお店は空港3階のレストラン街にもあるお店の出店だと思う。味はなかなかうまいが、値段のわりに量が少ない。空港だから仕方ないかな・・・。食事券はおつりが出ないので、ここでは1000円分1枚を使い切り、残りの1000円で、夜の分の弁当でも買っていこうかと考えている。

ところで今日講義を行う施設では、オープン前の昨年10月にも就職予定職員の事前研修講師を務めたが、今回はオープン当時のあわただしさもとれて一段落した時点から、職員研修全3回シリーズを計画し、その1回目の講義を予定している。職員さんも若干の入れ替わりがあったと思われるが、人材がある程度固定したこの時期に、改めてテコ入れの研修実施となっている。

全体の研修テーマは、『これから施設に求められるケアの視点と質』であり、第1回の今日は、「組織の中の役割について」、今月28日(火)が第2回目で「ケアの視点」、9月20日(木)の第3回目は「看取り介護の方法論」を予定している。

それぞれ180分の研修会で、座学が140分、振り返りの自己啓発学習タイムを40分ほど予定している。

この施設は介護技術研修もしっかり行っており、それを担当しているのは、介護総合研究所「元気の素」代表の上野文規さんだと聴いている。オープン間もない時期で、職員がフレッシュなうちに、しっかり基礎的研修にお金をかけて職員教育を行うことはとても大事なことだ。我流の根拠のない介護がはびこる前に、しっかりとした根拠に基づいた正しい介護技術を身に着けることが、後進の職員も育てることができる介護事業者となるためには何よりも必要だからである。特に施設内研修は、職員育成には最も有効な方法なので、その充実を図ることには意義がある。運営費に占める人件費率が高くない時期に、ここにお金をかけることは正しく賢い選択といえる。

今月から来月にかけての3回の研修講演では、単に知識を伝えるのではなく、この施設で働くやりがいを持てるように、モチベーションが上がる介護の方法論を伝える予定である。知識や技術を引き上げるだけではなく、定着率が向上する一助になることを目的としている。

仙台の七夕祭りの様子は、明日のブログ記事で写真画像などとともにお知らせできるかもしれないが、今晩そのようなイベントに浮かれている暇はなさそうだ。本来ならば2回目の研修に備えて、今日の講義後に、夕食介護などがどのように行われているか様子などを確認してからホテルに戻る予定であったが、講義中に夕食時間も過ぎてしまいそうである。夜勤の様子を少し確認して帰ろうかと思ったりしている。

というのも2回目の「ケアの視点」というテーマの講義は、そこでどのような介護が実際に行われて、変えなければならないことがあるのか、そのまま続けてもよいのかということがわかると、そのことを反映して、より分かりやすく実践しやすい内容に組みかえることができるからである。そのため少しでも実際の介護状況を観察したいのである。

今晩はホテルで2回目の研修の構想を練る予定で、仙台の夜をじっくり楽しむ暇はないような気もする。ホテルに籠って終わりかもしれない。

仕事だからそれは仕方がないことである。

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ケアマネが負う義務を増やして制度が良くなるのか?


本年4月の介護報酬改定に伴って、居宅介護支援事業所関連では次の基準・通知・省令改正が行われている。

基準改正としては、利用者の意思に基づいた契約であることを確保するため、利用者やその家族に対して、利用者はケアプランに位置 付ける居宅サービス事業所について、複数の事業所の紹介を求めることが可能であることや、当該事業所をケアプラ ンに位置付けた理由を求めることが可能であることを説明することを義務づけ、これらに違反した場合は報酬を減額 (所定単位数の50/100に相当する単位数(運営基準減算))するとした。

いわゆる囲い込みを防ぐための基準改正であり、担当介護支援専門員から利用者に対して、公正中立なケアマネジメントを行ったうえで、サービス事業者を適切に選択することを明らかにする基準である。

もう一つの変更は通知改正であり、集合住宅居住者において、特定の事業者のサービス利用が入居条件とされ、利用者の意思、ア セスメント等を勘案せずに、利用者にとって適切なケアプランの作成が行われていない実態があるとの指摘も踏 まえ、利用者の意思に反して、集合住宅と同一敷地内等の居宅サービス事業所のみをケアプランに位置付けるこ とは適切ではないことを明確化するとしている。

サ高住等の入所条件として、併設の訪問介護等のサービスを利用しなければならないという不不適切ルールを押し付ける事業者が増え、そのことを当該事業所に併設された居宅介護支援事業所のケアマネジャーが推し進めているという実態が、この通知変更につながった。

省令改正では、訪問回数の多いケアプランについては、利用者の自立支援・重度化防止や地域資源の有効活用等の観点から、 市町村が確認し、必要に応じて是正を促していくことが適当であり、ケアマネジャーが、統計的に見て通常のケ アプランよりかけ離れた回数の訪問介護(生活援助中心型)を位置付ける場合には、市町村にケアプランを 届け出ることとされたが、これについては、「基準回数を超える生活援助プランの届け出について」で指摘した通り、この届出とケアプランチェックについては、届け出なければならない居宅サービス計画を作成することを躊躇(ちゅうちょ)しないいただきたい。

国が言う基準回数を超える生活援助中心型サービスを、居宅サービス計画に組み入れることは少しも/日付で恥ずかしいことではない。その計画回数に根拠さえあれば良いのだから、きちんとアセスメントした結果として、その必要性を説明できれば何の問題にもならないのである。

どちらにしても公平・中立なケアマネジメントにより、サービス事業者による不当な囲い込みをなくすための改正であることは間違いなく、それだけケアマネジメントへの信頼が揺らいでいるという意味にもとれ、このことについて居宅介護支援に携わる介護支援専門員は、危機感をもっておかねばならない。

こうしたルールの厳格化がさらに推し進められると、介護支援専門員の裁量が働く余地が著しく狭められ、それはある意味、型にはめられた利用者支援しかできなくなることにつながりかねず、ケアマネジメントによる適切な判断を阻害することになりかねないものである。

そう強く感じたのには理由があって、7/13付で介護保険最新情報Vol.664が発出され、そこでも居宅介護支援事業所の介護支援専門員にあらたなぎむがかせられているからだ。

この通知は住宅改修費についての改正通知である。

ご存知のように介護保険の住宅改修は償還払いであるが、工事前・工事後の必要書類のチェックが通れば、支給限度基準額( 20万円)の9 割( 18万円)を上限として利用者に住宅改修費が支給される。

住宅改修の種類としては、(1)手すりの取付け (2)段差の解消 (3)滑りの防止及び移動の円滑化等のための床又は通路面の材料の変更(4)引き戸等への扉の取替え (5)洋式便器等への便器の取替え (6)その他前各号の住宅改修に付帯して必要となる住宅改修がある。なお(3)については法施行当初は、屋外における段差解消、床材の変更及び手すりの取付けなどの工事については、玄関ポーチの工事を除き、住宅改修費の支給対象としていなか ったが、告示改正により、平成12年12月以降、玄関から道路までの(建物と一体ではない)屋外での工事も住宅改修の支給が可能となった。

これらは高齢者の自立を支援する役割を担っているが、価格の設定は住宅改修を行う事業者の裁量によるほか、事業者により技術・施工水準のバラツキが大きいなどの課題があるとされている。

そのため厚労省は今回、居宅介護サービス計画又は介護予防サービス計画を作成する介護支援専門員や地域包括支援センターの担当者に対し、複数の住宅改修の事業者から 見積もりを取るよう、利用者に対して説明することとする義務を課している。

さらに利用者が市町村に提出する見積書の様式もあわせて提示。改修の内容や材料費、施工費などの内訳が明確に把握できるものを作ったとして、これを活用するよう呼びかけている。

競合により、適切な価格につながるのであればよいのだろうが、実際には住宅改修は、ケアマネジャーの人脈をたどって、信頼できる職人に依頼することで、アフターフォローもしっかりしてくれるなどのケースが多く、業者間の合い見積もりで選んだ業者が必ずしも品質の高い改修を行ってくれるとは限らない。それは結果的に安かろう悪かろうの結果しか生まなかったり、融通を聞かせてくれることがなかったり、工期の遅れにつながるなどのデメリットの方が大きくなる可能性が高い。

介護支援専門員が負うべき義務を増やして制度が良くなるわけではあるまいと思うのである。

本末転倒の改正通知にならないことを願うばかりである。

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すべての介護事業関係者に求められる生きるを支える看取り介護スキル


多死社会を迎えているわが国では、2040年には死に場所が定まらない47万人の看取り難民が生ずる可能性があると言われています。

そのため医療機関以外に死に場所を求めるために、これまで様々な取り組みが行われてきました。

例えば2006年の診療報酬と介護報酬のダブル改定では、診療報酬に在宅療養支援診療所という、在宅のターミナル診療を行う医療機関を位置付け、介護報酬では特養の加算として看取り介護加算を新設しました。それ以降、診療・介護両報酬の看取り介護加算・ターミナルケア加算を拡充させて、医療機関以外の暮らしの場で看取り介護・ターミナルケアを行うための改革が続けられているわけです。

2018年の診療・介護報酬のダブル改定も同様の主旨で改定が行われました。地域包括ケアシステムの推進策として、どこに住んでいても適切な医療・介護サービスを切れ目なく受けることができる体制を整備することが目的といることがそれにあたります。それは終末期の医療や介護も、地域の暮らしの場で受けることができるという意味で、死ぬためだけに居場所を変えなくてよいようにするための改革でもあります。

そのため介護報酬改定では、ターミナルケアの実施数が多い訪問看護事業所、看護職員を手厚く配置しているグループホーム、たんの吸引などを行う特定施設に対する手厚い評価がされるとともに、特養の医療体制の充実に対する加算を新設し、その体制を整備した特養での看取り介護加算については、従前より高い単位を算定できることとしました。さらに居宅介護支援事業所の加算報酬としてターミナルケアマネジメント加算を新設したのです。

これらは介護施設などの居住系系施設も地域社会の中の居所であることを明確に示すとともに、その場所で安らかに死の瞬間を迎えることができる体制を整備しようとしているわけです。このように死ぬためだけに入院しない社会の実現を目指すことは、すなわちすべての国民の死に場所が定まるという意味に通じ、その場所で最期まで人間らしく生き続けられるということを意味しています。

よって看取り介護・ターミナルケアとは、死ぬ瞬間のケアにとどまらず、そこにつながる生き方そのものに対するケアなのです。このことを間違ってはなりません。

一方で現代社会は、独居死、孤立死、孤独死などの変死体に対する特殊清掃が増えている社会でもあります。それは隣人の存在を死臭によってはじめて知る社会という意味でもあります。それでよいのでしょうか?

そうした状況に至る孤独死の7割を男性が占めています。それは男性が仕事をリタイヤした後、社会との接点をなくして、地域の中にいても誰ともつながっていない例が多いことを表しているのではないでしょうか。

それは死に方は生き方と関係しているという意味ではないでしょうか。社会とどのようにつながりながら暮らしているかが大きな問題なのです。

そうであれば特殊清掃に至らないような死に方を模索するのであれば、死の瞬間をいかに支援するかを考える以前に、その人たちが社会とつながりながら、地域の一員として営む暮らしの支援がまず大事であることに気づきます。そういう意味でも、看取り介護・ターミナルケアを考えることは、死の瞬間だけを見つめるのではなく、そこに至る生き方=日常の暮らしぶりを見つめることに他ならないのです。

介護関係者の皆様は、自分の担当利用者にだけ関心を寄せるのではなく、自分の担当利用者が住む地域に関心を寄せ、地域社会にどのような人が、どのように暮らしているのかに関心を寄せてほしいと思います。それが地域包括ケアシステムが深化するための第一歩だと思うのです。

今年度もそうしたメッセージを伝えるためのセミナーを、11月〜来年3月までの予定で、全国7カ所で実施します。日総研出版社主催・看取り介護セミナーすべての介護関係者に求められる生きるを支える看取り介護〜最終ステージの判断基準・家族対応を学ぶ」は下記の日程となっております。

札幌地区:2018年11月3日(土・祝)10:00〜16:00 会場:道特会館
仙台地区:2019年1月26日(土)10:00〜16:00 会場:ショーケー本館ビル
東京地区:2019年1月27日(日)10:00〜16:00 会場:LMJ東京研修センター
名古屋地区:2019年2月2日(土)10:00〜16:00 会場:日総研ビル
大阪地区:2019年2月3日(日)10:00〜16:00会場:田村駒ビル
福岡地区:2019年3月16日(土)10:00〜16:00会場:福岡商工会議所
岡山地区:2019年3月17日(日)10:00〜16:00会場:福武ジョリービル


4年目を迎えるこのセミナーの過去の参加者の声の一部を紹介します。
看取り介護セミナー参加者の声
看取り介護は、日常的ケアとは異なる特別なケアである←間違っています。
看取り介護は、職員に過度なストレスを与え、離職率が高まる恐れがある←間違っています。
看取り介護を実施するためには、特別な医療支援体制が必要とされる←間違っています。

看取り介護とは決して特別なケアではなく、日常介護の延長線上にあるものであり、日頃の介護の質を高める努力と、高齢者の最晩年期の暮らしを護るという理念が求められます。そして看取り介護とは死の援助ではなく、人生の最終ステージを「生きる」ことをいかに支えるかが問われるものです。本セミナーでは、そのために何をすべきなのか、看取り期の判断基準や本人および家族の同意、職員教育の実際等についてわかりやすく解説します。

これらのことを理解して、適切な看取り介護・本物の看取り介護を実践する施設は、職員の定着率が高まり、地域住民からも選択される施設になっています。そうした実績があるセミナーです。

今から勤務調整を念頭に置いて、是非会場にお越しください。

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睡眠支援に関連深い入浴支援


北海道もこのところムシムシとした厳しい暑さが続いている。

昨日はオホーツク海側の4地点と道北の2地点で、フェーン現象の影響も加わり、35度以上の猛暑日となった。(※ただし僕の住む登別は最高気温が25度、今年はまだ一度も30度に達していないが、今日は29度まで上がるらしい。)

今日も道内は4日連続の猛暑日で、ファイターズが試合を行う帯広市は、ゲームの最中に最高気温が33度に達する予定だ。観戦される方はくれぐれも水分補給に心がけていただきたい。

このような酷暑の最中で、これでよいのかと考えさせられるニュースが飛び込んできた。札幌市西区のアパートで1人暮らしの60代の女性が部屋の中で死亡していたというニュースである。死因は熱中症で、部屋にはクーラーや扇風機はあったものの、料金を滞納していたため電気を止められていて使えない状態だったという。

この酷暑の状況で電気を止められたならば、生命の危険が伴うことは容易に想像できると思う。滞納に対する対策であるといっても、命を奪う危険性のある罰則を課すことは果たして許されることなのだろうか。もっと状況判断とか、情状酌量とかができないのだろうか。そういう判断や裁量ができるのが「知恵」のある人間ではないのか。決まり事だからといって杓子行儀にルールを執行するだけが社会正義ではあるまい。

介護保険制度も利用者負担が最高3割まで増やされ、それに伴う罰則も増えている。その罰則が生命の危険に及ばないのか、暮らしを成りたたせない阻害要因とならないのかも、もう一度検証してほしい。

暑さに話を戻す。このところの状況から地球の温暖化は進んでいるように思う。違うという説もあるが、どちらにしても僕らが幼かった頃と比べて、北海道の夏は確実に暑くなっている。そのため北海道の一般家庭では無縁と思われていたエアコンを設置する住宅も増えている。僕の家も、昨年ついに暑さに耐え切れずにエアコンを設置した。

介護施設も同様で、ここ数年のうちに新設された特養や老健は、エアコンを基本設備として設計段階から組み入れている。これは十数年前では考えられなかったことである。僕が総合施設長を務めていた特養は、介護保険制度が始まる前年の1999年に増設と改築を行ったが、その時はエアコン設置は議題にさえならなかった。今とは隔世の感である。

しかしそうしたハードが変わっても、ソフトはほとんど変わっていないし、ソフトの変化につながるサービス提供者の意識も低いまま変わっていない状況がみてとれる。

僕が1年前に働いていた老健も、昨年新築されてエアコンが入っているが、そこのソフトも過去のままだ。冷房が効いているとはいえ、そこではリハビリに汗を流す高齢者がたくさんおられる。しかし昨日の午前中に入浴させられた方が、午後からリハビリに汗を流し、その汗をシャワーで洗い流せるのは金曜日の午前中まで待たねばならない。いまだに運営基準上の週2回の入浴支援を行ってさえおればよいと考える介護施設が多すぎる。(参照:週2回しか行わない入浴支援に関連した記事

しかもエアコンが入っている介護施設でも、北海道の場合、夜にはスイッチをオフにしている施設が多い。しかしここ数日は、夜になってもあまり気温が下がっておらず、今夜も寝苦しい夜になりそうだ。そんなときに入浴支援は、安眠と関連深いという知識があれば、その知識を新たなケアのソフトに結びつけることもできる。

例えば介護施設の入浴支援は日勤帯に行うという常識を覆して、夜間入浴をスタンダードにできないかが考えられてもよい。暑い期間限定でもよいからそのことが実施できれば介護の質は大幅に変わる。

入浴と睡眠が関連深い理由は、体温がある程度下がると人は眠くなるという特性があることによるものだ。

入浴すると、温かいお湯の中に身体を入れるため、身体は温まる。身体が温まれば末梢の血管は拡張する。するとお風呂から上がった後には身体から熱がどんどん逃げていくことになり、体温の低下速度が速まるのである。これが入浴が眠りを導いてくれる理由になのである。

そのため夏の暑い時期、寝苦しい夜に熟睡するためには、入浴時間を夜寝る時間と絡めて考えたほうが良いと言われる。

入浴する時間は就寝前1時間がいいとか、いや体が冷える速度を考えると2時間がベストだとか諸説がある。つまりは個人差も大きいということだろうが、必ずしもベストの時間ではなくとも、ベターな時間で入浴することだけで、睡眠の質は変わる。少なくとも日中太陽が燦燦と降り注ぐ最中に入浴支援を行うという選択肢はなくなる。

夜間入浴を行うことで人手を増やさねばならないわけではない。僕の経験から言えば、その実現はシフトを工夫して日勤者を減らして遅番の職員を増やすことで対応可能である。日勤者を減らすことで、その時間帯の仕事に支障をきたすとネガティブに考える人も多いが、その時間帯に集中していた仕事を、遅い時間に回せばよいだけの話だ。

遅番シフトを敷くのは介護職員に限らず、看護職員、相談援助職員、事務員だってよいわけである。要はやる気だけの問題だ。

しかも夜間入浴を行って、利用者の睡眠の質が変わることで劇的に変わるものがある。それは夜勤者の業務負担の軽減である。

このことは夜勤者が、不眠者の対応にいかに時間と手間をかけているのかを考えればわかるというものである。その時間や手間を夜間に入浴支援を行うことでなくすることができるのである。

これはある意味、時間を貯金するという意味になる。別な時間帯に手間と時間を使うことで、人手が少ない夜間の時間を貯金できるとしたら、それは利用者のメリットにとどまらず、従業員のメリットにもつながるのではないだろうか。

しかもそのことは、利用者の暮らしの質の向上につながるのだから、それは人材として貴重な人々の働くモチベーションにもつながっていくと思う。それは顧客からも、介護職員からも選ばれる施設となる要素になり得るかもしれない。

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人を育てることは、人の成長に感謝すること


人材難を嘆く介護事業経営者の方が増えている。

人材確保が困難で、将来の介護事業経営に不安を持つ経営者の声を聴く機会も増えている。

人口減少社会の中で、生産労働人口が大幅に減るわが国では、全産業で人手不足感が助長されており、その中で他産業より待遇が悪いと認識されている介護事業から、人材が枯渇するのではないかという不安は現実化する恐れがある。

ところで人材難を嘆く介護経営者の中には、座して待っていても人材が湧いてくると勘違いしているように見受けられる人もいる。しかし人材は湧いて出てくるわけではない。何の努力も工夫もしないところに人材は寄ってこないし、人材は生まれないのである。

今求められることは、自らが人材を育てることである。介護事業経営で大事なことは、営利主義に走ることではなく、人を育て進化に目を向けた経営をすることだ。

自らの組織が、人を育てる組織としてのガバナンスが確立されているのかを含め、介護事業経営者は人を育てる組織を目指さねばならない。

僕は今、そうした組織をつくるお手伝いをしており、社会福祉法人等の職員研修講師の依頼もたくさん受けている。来週からは仙台の特養で全3回の職員研修もスタートする。そんな僕が今、感じていることは、人を育てるということは、とても難しいという至極当たり前のことだ。

人を育てるためのマニュアルなど、「あってなきが如し」である。人の器はそれぞれ異なるので、一つの方法ですべての人が育つわけではないからだ。百人の生徒がいれば、百通りの人を育てる方法論んが必要になる。人を育てる仕事に携わっていると、つくづくそのことに思い至る。

ただ大事なことは見えてくる。人を育てるために絶対的な方法はないからこそ、人が育つということに感謝する気持ちを持たない指導者の下には、人材は集まらないし、人材は育てられないということだ。

自分の講義を聴いた人、自分が教えた人が必ず何かを掴んで成長するという考えは、指導者のおごりでしかない。人が育つということはそれだけ難しいことなのである。

そうであるがゆえに人材育成にかかわる人は、誰よりも人が育ってくれることに感謝する人でなければならない。人を育てることは、人の成長に感謝することなのである。

指導者として心得ておかねばならないことは、その人の長所を見つけるであり、長所を認め結果が良ければ褒めることである。そして快適な職場環境を作ることを目標に、継続して職場をリードしていくことが大事だ。

指導者として目標にすべきことは、すべての職員が一定レベルの仕事ができるように育てることであり、自分で考えて行動する職員を育てることである。

そのために勇気をもって、温かく、かつ厳しく注意を行うことを厭ってはならない。

育む(はぐぐむ)とは、親鳥がひなを羽で包んで育てることを意味するように、人材育成とは、そこに居る後輩たちを大事に守って発展させることでなのである。大事に守って発展させるためには、ある人はそっと肩を抱く必要があり、ある人は背中を強く押す必要があり、ある人はじっくり話をする必要がある。優しい言葉が必要な時と、強い叱咤激励が必要な時がある。そこをどう見極め、どう使い分けるかが指導者の力量として問われてくる。

当然そこに必要になるエッセンスが「愛情(人間愛)」であることは今更言うまでもない。

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介護施設の常識が世間の非常識であることを感じた一瞬


スマートフォンやタブレットが普及して、動画が簡単に撮影できる時代である。さらにインターネットは日常に欠かせないツールとなり、SNSを利用していない人が少数派になっている。そのため日常のさりげない映像や画像がSNSにアップされるようになった。

その中には介護施設の日常場面がアップされているものも珍しくはない。

介護施設などの利用者が、その中で楽しそうにしている映像・画像に心を癒されることもある。しかしそこに映る人にきちんと承諾をとって撮影したうえで、ネット配信の同意も得ているのだろうかと心配になることもある。どんなに素敵な笑顔でも、不特定多数の人が見ることができるネット画像として配信されることを好ましく思わない人もいるはずで、このあたりの配慮を常に忘れないでほしいと思う。

それとともに、良かれと思ってネット配信している映像が、世間の常識から乖離していると思われるものもあり、介護施設等の非常識さが見て取れるものもある。

先日、僕とフェイスブックでつながっている人の配信映像を見て、そのことを強く感じた。

今、各地で猛暑となっていることから、介護施設でも涼やかに過ごすためにいろいろな工夫がされている。そんな一場面がSNSを通じて映像配信されていた。

その映像とは、ある特養がお昼ご飯の時に、「流しソーメン」を行って、利用者の方がそれを食べているシーンである。そのこと自体は、被写体となっている方に同意をいただき撮影して配信しているとしたら何も問題ないだろうとは思う。

しかしわすか十数秒のその映像に僕は涼やかさを感じることはできず、不快感しか持つことができなかった。そして介護の現状がこれでいいのかと憤りさえ感じた。介護施設の非常識が、このような場面でも存在していると思わざるを得なかった。

その映像では、竹で作った本格的な流しソーメンのレーンに、「そうめん」を流し入れて、入所者と思しき女性がそれを食べる様子が写されていたのであるが、ソーメンが女性の前に流されてきたとき、画像に飛び込んできたのは、誰かの腕である。画面にいきなり出てきたその腕は、素手のまま流しソーメンのレーンに突っ込まれ、その素手でソーメンを掴んで流れを止め、女性利用者が箸でそれをすくって食べている。

僕がそこで感じたものは、涼やかさでもなく、ほのぼのとした気分でもなく、気分の悪さでしかなかった。

素手でソーメンを掴んだ人は、事前に手をよく洗って不潔な状態ではないのだろうと想像する。しかし自分が口にして食べるものを、素手で掴んで箸ですくわせている状態が普通の食事シーンとしてあり得るだろうか?ましてや素手でソーメンを掴んでいる人は、調理専門の人ではなく、自分以外の他の人の食事介助も同時に行っている人であったとしたらどうだろう。ソーメンをすくえない人の介助が必要であるならば、せめて素手ではなく箸を使って流れを止めるお手伝いをするくらいの配慮があってもよいだろう。

僕は決して潔癖症ではないが、素手でレーンに流れるそうめんを掴むことに涼やかさもさわやかさも感じないし、そんな流しソーメンを行う意味も分からない。

素手で麺を掴むくらいなら、流しソーメンなどせずに、最初から器に盛ってソーメンを出してくれと思う人がいても当たり前ではないだろうか。僕自身であれば、そんな流しソーメンは決して食いたくない。僕にはその場面は楽しそうに食わせてさえおけば何でもありみたいな映像に映って哀しい。

どちらにしても世間一般的に言えば、流しソーメンのシーンで、第3者が麺を素手でつかんで流れを止めるなどということを行なえば非難の的になる。それが介護施設では当然の介護として行われるとしたら、やはり、「介護の常識は世間の非常識」と言わざるを得ない。

フェイスブックでつながっている人は、匿名であっても、ある程度知り合いの関係の人である。しかしこの映像を放置して、その施設で似たようなことが繰り返されるのを見ないふりをしてよいということにはならないと思ったので、「世間の常識とは乖離している状態ではないか」ということをコメントとして書き込んだ。

その直後に、「気づきませんでした」として、その映像は削除されたのであるが、削除したからよいということではなく、その施設内で僕のような非難の声があったことについて話し合ってもらいたい。

職員すべてが、その状況がおかしいと気づく人になってもらいたい。

介護施設の中には、嫌だという思いを素直に訴えることができない人もいるのだ。それらの人々の代弁者になるのが我々の務めである。

代弁できる人とは、利用者の様々な思いに気づく人である。仮のそのことを利用者本人が不快に思わないとしても、自分や自分の親が同じことをされて、少しでも嫌な思いを持つのではないかと思われる行為ならば徹底的に行わないように配慮しなければならない。そうしなければ人権というものは簡単に奪われてしまうし、人の尊厳などなきものにされてしまうのである。

対人援助というのは、それほどデリケートなものだと考えてもらいたい。

そしてインベントや行事というものは、利用者のために行っているものであるというごく当たり前の視点に立ち返って、利用者目線からその在り方を考えてもらいたいものだ。

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「ご利用者・ご家族からの ハラスメントに関するアンケート」結果を読んで感じたこと


労働組合「日本介護クラフトユニオン」(東京)が今年4月〜5月に実施した「ご利用者・ご家族からの ハラスメントに関するアンケート」の4月時点の速報値が出されたとき、「従業員を護るために事業者としてしなければならないこと」という記事を書いて論評したが、先ごろ正式な調査結果報告書が出された。(※張り付けているリンクは最新の最終報告書である。)

それによると介護職の74.2%が、高齢者やその家族からハラスメントを受けた経験があり、そのうち40.1%がセクハラに該当する行為を受けたとされている。

セクハラの内容は、「サービス提供上、不必要に個人的な接触をはかる」とか、「 性的冗談を繰り返したり、しつこく言う」という内容が上位を占めているが、利用者自身だけではなく、利用者の息子から体を触られたり、電話番号をしつこく聞かれたりするケースも報告されている。

これはもうヘルパー個人の資質とか、事業者責任だけで解決できる問題ではない。

リンクを張った資料とは別に、「ハラスメントの具体的内容」という資料も存在するが、そこではセクシャルハラスメントが187件、パワーハラスメントが300件、両者の混在したケースが149件報告されている。セクハラと報告されたケースの一部を引用すると下記のようになる。

・調理している間、隣の部屋から私の後姿を見ながら自慰行為をしていた。
・キスを迫られた。アダルト画像を見せられた。
・用意した食事をテーブルに配膳し台所に戻る際、抱き着かれベッドに倒された。突き放し振りほどき台所に逃げ離れて帰り支度を始めた時、 口止め料として3万を出して黙ってほしいと言われた。
・調理をしているとき後から抱き着かれ胸を触わられた。
・排泄介助中手を話せないことをいいことに胸や尻や股間を触られた。
・移乗の際、首筋にキスをされた。介護時、胸や太ももを触られた。
・子供をつくろうと言ってくる。


これらの行為は、認知症の利用者による行為とは限らず、正常な判断能力が保たれていると思われる要支援者や要介護者の人によっても行われている。

パワーハラスメントも具体例が掲載されているが、まさにヘルパーや介護職員を、奴隷と考えているかのような、それらの人々を非人間化するような暴力的発言が羅列されている。

この問題について表の掲示板で議論されたスレッドには、『役場に相談した際に「そこを何とかするのがプロだろう」と言われました。』というコメントもあるが、ヘルパーの人格を無視したハラスメントに至る人物に対して、介護事業者の専門性で対応できると考えるほうがどうかしている。

認知症の対応として、不適切な行為に対してどのように応ずるべきかということは、ヘルパーのみならず、計画担当者であるケアマネも含めたチーム全体で考えるべきだろうが、認知症だからといってすべての行為を許容することにはならず、現に自傷他害のある人については、それは専門的な治療対応が必要であり、介護サービスの対象ではないとしてサービス提供を拒否できることになっている。

そもそも介護の専門性に、エロ爺いのあしらいなど存在しないのである。

この調査結果報告書では介護従事者の心得として以下の5点が示されている。
*介護従事者が毅然とした態度をとれば大丈夫だと思う。
*はっきりと「そのような言動はやめてください」と全職員で足並みそろえて言 う。
*コミュニケーション能力を高める。
*サービス提供者の心得などの学習
*事業所内での情報共有


そのうえで、『国を挙げて、介護者の人権対策を! 事業者がスタッフを守ってください! 介護者の権利も、利用者の権利と同様に 守られるようにしてほしい! 』と訴えているが、それは至極まっとうな訴えである。

介護サービス従事者だから、その仕事の中で個人の尊厳や権利を奪われてよいことにはならないし、ましてや自らの身体や精神に危険の及ぶ行為を、「仕事だから我慢しろ」ということにはならないわけである。

契約の上で行われる介護サービスは、事業者と顧客双方の信頼関係を築きながら、お互いを信用し思いやりながら継続していくものである。個人の暮らしの場に介入し、利用者の人生に深く関与する介護という仕事であるからこそ、この信頼関係を何より大事にしなければならない。

モラルやルールをも守る姿勢は、事業者だけではなく、顧客の側にも求められて当然であると思う。

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小規模通所介護に未来はあるのか?


介護のニュースサイトJOINTが「訪問介護の事業所数、初の減少 報酬改定など影響 小規模デイは大幅減」という記事を配信している。

記事内容は厚生労働省が公表した「介護給付費等実態調査」の結果に関連したもので、訪問介護の事業所数が前年度比で始めて減少に転じたことと、通所介護の事業所数は2年連続の減少していることを取り上げている。そして、「ともに利用者の総数は増加し続けており、サービス自体が縮小しているわけではなく、累次の介護報酬改定や制度改正で講じられる国の施策に加えて、深刻な人手不足や競争の激化などが深く影響している。」と解説している。

この記事の中の図表が分かりやすいので、参照していただきたい。

訪問介護については、生活援助中心型サービスの単価が下げられ続けており、かといって身体介護の単価が引き上げられているわけではないので、事業年数が長くなり職員給与が高くなるにつれて事業経営が難しくなるのは当然である。国の最低賃金基準が引き上げられ、他産業も人手不足で人件費が高騰する中で、訪問介護単体の事業者が減っていく傾向は今後も続くだろう。

通所介護事業所については、初めて減少に転じたのは2016年度で、それ以降2年連続となっているが、これは2015年の報酬改定で、小規模通所介護費が下げられたことが影響していると思われる。すると今年度4月からの小規模通所介護費の引き上げによって、いったんこの影響は止まり一息つけると考えてよいのだろうか。しかし人件費の高騰など、厳し経営状況は続いているので、2018年度以降も小規模事業者の経営撤退は続くのではないかと予測できる。

そもそも小規模通所介護については、その規模のままで何年事業継続ができるのかを考えると、未来永劫その規模で営業を続けられるモデルではない。あくまで新設事業所が一時期その規模で事業を立ち上げて、顧客に信頼を得て、その数を増やして事業規模を拡大していく過程の一時的な事業規模もモデルと考えるべきだ。小規模のままで職員の定期昇給を続けながら事業継続することは難しいことは明らかである。

定員18名の地域密着型通所介護は、僕が社会福祉法人を退職した時期に誕生したが、僕が総合施設長を務めていた施設に併設した通所介護も、その際に地域密着型に移行したが、僕の収支計算上の戦略では、(その時就業している職員の給与ベースなどを総合的に判断したうえで)地域密着型通所介護のまま事業継続ができる期間は5年と読んでいた。それ以降は都道府県指定の通所介護に移行していかないと事業継続は無理であると判断していたのである。

今年1月に書いた「プラス改定とモデル事業に隠された国のメッセージ」という記事の中でも指摘しているが、そもそも通所介護の報酬構造は、すでにすべての加算を算定しないと、将来にわたって収益を確保することは難しくなっているのだから、18人までしか受け入れられない地域密着型通所介護の経営戦略は破綻している。今収益を挙げていたとしても、1日18人しか加算算定できない事業で、10年職員の定期昇給を行いながら収益を挙げ続けることは不可能だ。地域密着型通所介護は顧客数を増やし、1日でも早く都道府県指定の事業に変更していくべきであり、月450人以上の顧客確保を目指していかねばならないのである。

もしそういう拡大戦略を持たず、小規模通所介護のまま10年以上先まで事業継続しようとするなら、従業員には毎年の定期昇給はあきらめてもらう必要がある。そんな事業者に人材が集まるのだろうか?

さらにこの動きに拍車をかけているのが財務省の圧力である。「施策として進められる介護サービスの経営主体の⼤規模化」でも指摘しているように、次期報酬改定では、一定以上の事業規模の収支差率を勘案して報酬設定するという提言を行っている。

報酬改定には改定の前々度の経営実態調査の数値が影響するのであるが、この際にスケールメリットの働かない小規模事業者は収益が出ないのは当然であるとして、それらがいくらマイナスとなっても、その数値は無視し、ある程度の規模のある事業者だけの数値のみを参考して時期報酬を設定しようという提案である。よってスケールメリットの働かない小規模通所介護費は、次回は大幅な削減が予測され、地域密着型通所海保事業者は統合・合併しないと倒産・撤退せざるを得ない政策誘導が進められていくのである。

このことを念頭に置かない経営者を仰いでいる小規模通所介護事業者の職員は、今から転職先を探しておいたほうが良いだろう。

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介護保険利用者負担3割が8月から適用されます


猛暑といわれる日本列島であるが、北海道は涼しい地域が多い。

僕の住む登別はこの夏まだ一度も30度に達しないばかりか、25度を超える日も極めて少ない。もうすぐ8月だが、北海道はお盆を過ぎると秋の気配が漂うので、こと登別市に関して言えば猛暑のないままこの夏が過ぎ去っていくようである。

ところで8月といえば、介護保険制度においても大きな変化がある。いよいよ利用者自己負担割合が3割まで引き上げられることになるからだ。今回3割負担となる方は、27年8月に負担割合がいきなり倍にされ、それからわずか3年でさらに3割負担とされているのだから、27年7月と比べると負担割合は2.5倍に増やされるということになる。あまりにも急激な負担増加である。

要支援・要介護認定を受けている被保険者には、保険者から各自の負担割合(1割・2割・3割)を記載した「介護保険負担割合証」が7月中に送付されているはずなので、改めて確認をしておいていただきたい。

8月から介護保険利用者負担が3割に引き上げられる対象者について、国は介護保険最新情報Vol.667を発出して改めて周知している。

3割負担の対象となるのは、第1号被保険者である高齢者本人の合計所得金額が220万円以上の方である。ただし、年金収入+その他の合計所得金額(給与収入や事業収入などから、給与所得控除や必要経費を控除した額で、雑収入のうち、年金収入に係るものを除いた額。)が、下記の場合は3割負担とはならない。

・世帯に他の第1号被保険者がいない場合で340万円未満
・世帯に第1号被保険者が2人以上いる場合で463万円未満


つまり年収が1人暮らしで280万円以上340万円未満、夫婦で346万円以上463万円未満の被保険者については、現行の2割負担が据え置かれるわけである。

介護施設や居宅介護支援事業所のケアマネジャーは、担当利用者の負担割合を確認して、改めてその理解を促す必要もあるだろう。

自己負担が1割から2割に上がった際には、負担割合があがった利用者のうち、1週間あたりの利用単位数の合計を減らしたか、あるいはサービスの一部を中止した人の割合は3.8%となっていたが、サービスを減らした理由を聞くと、「支出が重い」が最多の35.0%であったそうだ。(※三菱UFJリサーチ&コンサルティングが今年の2月から3月にかけて行った調査による)

今回も人によっては介護サービスの抑制などを考慮せねばならないかもしれない。

ただし利用者負担割合が変わる人について、必ずしも7月より1.5倍の負担増となるわけではない。「高額介護サービス費制度」の制度があるので、3割負担対象者の自己負担の月上限は4万4,400円となる。この金額を超える人は申請手続きが必要になるだろうから、担当ケアマネジャーは、この支援も行わねばならない。さらに夫婦で介護が必要になった場合などは、同じ世帯であれば家族合算が使えるので、その確認と申請支援も必要となる。

1年間の介護費用と医療費の合計額が一定基準を超えた場合に支給される「高額医療合算介護サービス費制度」の対象にならないかの確認も不可欠である。

この時期だからそうした支援はすでに行っているというケアマネジャーがほとんどだろうが、改めて漏れがないか確認していただきたい。

なおこの改正に伴い、毎月の保険料を支払っていない人への罰則も見直されることになった。

ご存じだろうと思うが、毎月の保険料を支払っていないと課せられる罰則は、その期間の長さに応じて3段階となっている。滞納が1年を超えると給付費が償還払いとされ、1年半を超えると給付費は未納分の返済に充てられる。さらに2年を超えると、自己負担が強制的に引き上げられる給付制限となっており、65歳を超える前に滞納があった場合も適用される。

このことに関連して、3割の自己負担が適用される人が2年以上滞納したケースについては、サービスを受けた際の給付費の給付制限の割合が変えられている。現行では7割まで保険給付され、自己負担は最高で3割となっていたが、罰則の機能を維持すために、これが6割給付となり、4割を自ら負担しなければならなくなる。この変更はサービス事業所もしっかり把握しておかねばならない。

介護保険サービス医療時の自己負担については、2021年度に控える次の制度改正をめぐる論点の1つとなっている。政府の今年度の「骨太方針」には、「所得のみならず資産の保有状況を適切に評価しつつ、能力に応じた負担を求めることを検討する」と明記されており、今後厚労省の審議会などで具体策が俎上に載る見通しだ。

このことに関連しては、4/25に行われた財政制度等審議会 で、財務省から「介護の自己負担、原則2割に」という提案もされている。年間所得に関係なく、負担割合が上がるのであれば、サービスを利用できない高齢者の割合はさらに増えることが予測され、今後の議論に注目しなければならない。

今年度報酬改定が診療報酬とのダブル改定だったことから、薬価引き下げ分のおこぼれにあずかって介護報酬が上がった状況と異なり、2021年度は介護報酬の単独改定となり、財源がない改定となる。

その中で給付抑制と利用者負担増という流れがあらゆるところで模索されていく。

介護関係者は、それを「やむを得ない」とあきらめるのではなく、本当に必要なところに財源は回されているのかも含めて、国民の福祉の向上につながる制度、国民の暮らしを護る制度として、介護保険制度が持続していく方向になっているのかを検証し、必要な声を挙げていかねばならない。

厳しい時代であるからこそ、正論は正論として語らねばならない。

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ヘルパー2級免許を偽造した母娘を雇った事業者の経営責任


青森市で、ホームヘルパー2級修了証明書を偽造した母娘が、偽造有印私文書行使容疑で逮捕された事件に関連して、その母娘を雇用していた施設側に、1,500万円の返還請求を青森市が行ったとというニュースがネット配信されている。

概要は下記の通りである。

7月9日に青森市内に住む母娘、一戸遥容疑者(27)と則子容疑者(60)がホームヘルパー2級の研修修了証明書を偽造した偽造有印私文書行使容疑で逮捕された。

これに関連して両容疑者を雇用していた青森市内の介護施設が、2年前の2015年1月までさかのぼって、無資格である両容疑者がサービス提供を行って得た介護報酬の返還を求められているという。

事件の発端は2015年1月。青森市内で老人介護施設がハローワーク等に求人を出し、それに応募した一戸遥容疑者を面接の上採用。その際一戸遥容疑者は、ヘルパー資格を取得済みだとして施設に「ホームヘルパー2級の研修修了証明書のコピー」を提出していた。

その後雇用から5カ月後、「母親もホームヘルパーの資格を持っている」と遥容疑者から母親を紹介され、母親の則子容疑者も採用した。母娘は男性が経営する老人介護施設で2年ほど勤務したが、一戸遥容疑者と母親の則子容疑者が退社して半年ほど経過した2017年9月、施設側が青森市福祉部の担当者に呼び出され、母娘の研修修了証明書が偽造であることが告げられたというものである。

青森市は、ホームヘルパー2級研修修了証明書が偽物であることを見抜けなかった施設側にも責任があるものの、不正の意図はなかったとして「不正請求」ではなく「請求ミス」として処理を行っているとのことである。

ネット配信記事では母娘が介護施設で働いていたかのように書かれており、加えて「母娘が勤務した事業所は全部で4カ所。」とされている。しかし介護施設であれば介護職員の資格は必要とされないために、母娘が提供していたサービスは訪問介護サービスであると思われる。

そうであれば介護施設に併設されていた訪問介護事業所か、関連事業としての訪問介護事業所の訪問介護員として、サービスを行っていたものと思える。記事を書く記者が、介護保険制度の知識に欠けていることが原因で、この点があいまいなのが歯がゆいところであるが、どちらにしてヘルパー資格がないとして市側が報酬返還を求めているのだから、それは訪問介護事業以外は考えられないということになる。

報道記事に書かれているが、今回の返還指導が不正請求ではないということで、雇用者側の資格確認がずさんであるという理由によって請求ミスとして過誤調整することになり、事業者側のミスも認めて返還する以上、母娘に賠償を求める資格が失われる可能性があるということである。

まあ仮に賠償請求が認められるとしても、この母娘に賠償能力があるとは考えられないので、どちらにしても約1,500万円とされている返還額は、事業所側が泣いて支払うしかあるまい。

僕は長年社会福祉法人の経営する特養等の総合施設長を務め、職員採用にもかかわってきたが、そもそも資格証をコピーだけで確認することはあり得ないと思う。原本を確認し、そのコピーを事業者側がとって保管するというのが当たり前のことで、それ以外の資格確認方法をとったことがない。

そういう意味では、この事件においては事業経営者の経営姿勢という問題も問われてくるのではないかと思う。

こういう杜撰な経営体質の事業者で働く、他のまじめな職員が一番迷惑であろうし、一番の被害者といえるのかもしれない。

どちらにしてもこの施設の経営者は、自らの経営手腕と法人の経営体質を、今一度見直さねば、今後の厳しい時代に生き残っていくことはできないだろう。

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今年のC-mas全国大会は、濃〜い大会になりそう


介護保険制度に関連した講演を、日本で一番多く行っている人は誰かといえば、それはおそらく札幌の小濱介護経営事務所・代表の小濱道博先生ではないかと思われる。

小濱先生は、介護事業コンサルティングを手がけ、全国での介護事業経営セミナーの開催実績は、おそらく年間300回を軽く超えているのではないだろうか。

その小濱先生は、護事業者の経営改善に資する支援者たる「会計事務所グループ」をネットワークするC−MAS介護事業経営研究会 最高顧問も務めておられるが、その全国大会が毎年品川で開かれている。猪瀬元東京都知事など多彩な顔触れがそろって、講演やシンポジウムが行われている大会であるが、小濱先生のお声がけにより、一昨年・昨年と僕もその大会で講演させていただき機会をいただいた。

そして今年も3年連続で声をかけていただき、29年10月12日(金)13:00〜17:00まで行われるC-mas.ver2018全国大会にも講演者及びシンポジストとして登壇させていただくこととなった。今年はいつものコクヨホールが改修中とのことで、会場が品川クリスタルスクエアになっているのでご注意願いたい。

今年は僕のほか、日本を代表する若手の介護事業経営者である辻川泰史氏(株式会社はっぴーライフ代表取締役)と藤田英明氏(日本福祉グループ創業者・CARE PETS CEO)のお二人である。お二人と氏名をネット検索すれば、その紹介サイトが多数ヒットする有名人である。そんなすごい人達と絡んでトークを行わねばならないので、ちょっと緊張するかもしれない。内容は以下のチラシを参照していただきたい。
10.12C-MAS全国大会2018
C-MAS全国大会2018
この全国大会について、小濱先生と藤田氏が、それぞれフェイスブックで紹介している。両氏のコメントを転載させていただきたい。

小濱氏のコメント
今年のC-MAS全国大会は10月12日です。品川開催です。激動の平成30年改正は何だったのか、迫り来る激変の平成33年改正を見据えて、徹底的にアクションプランを掘り下げます。
第一回から皆勤賞の辻川泰史先生は、社会福祉業界屈指の開拓者、藤田英明氏との本音トーク。人材をどう集めて、どう活かすか。すべての業界人は必聴です。
第二部の菊地雅洋先生の講演は、制度について本音で語って頂く、他では聞けない内容になりそう。激辛がお好きな方にお勧め。
第三部は、、メンツだけ見ても大変な事になりそうな激論会。。。になるのかな、、(笑)
今回の大会の大注目!藤田氏の次なる新戦略は何と、ケアペット事業から始まった。
と殺処分直前の動物を引き取っての障害グループホーム事業、ペットと通えるデイサービス事業とは何か。その先にあるものとは、、


藤田氏のコメント
介護事業経営研究会2018全国大会に登壇しまーす!!
10月12日です!最近はペット業界向けの講演ばかりなので、介護事業者向けのオファーは正直嬉しいです!
辻川 泰史氏、菊地 雅洋氏と他では聞けないタブーなきセッションを繰り広げたい!
また、マサさんには、右も左も分からない若かりし頃、掲示板で大変お世話になったので、感謝の念を込めつつ議論させて頂きます。
なかなかマニアックなキャスティングですが、当たり障りのない表層的な話など求めておらん!という小濱 道博先生の心意気を感じます!
申し込みできると思うので小濱先生にご連絡を!!


当日どのようなお話をするかはまだ未定である。タイムスケジュールなどもまだ聞いていないので、それを確認してから内容の詳細を決めたいと思う。実は9/9に沖縄県那覇市で、小濱氏・辻川氏と僕とで3者のコラボ講演を行なう予定があるので、その時にでも詰められるところは詰めて置きたいと思っている。

どちらにしても興味深い内容となることは間違いない。特に第3部は、どのような議論展開になるか、お二人の有能な介護事業経営者に挟まれて、僕がうろたえる場面が想像されて仕方がないが、腹を据えて本音の介護を語りたいと思う。

C-mas全国大会は、どなたでも参加できる大会であるが、参加料(昨年は非会員の方は3.000円だったと記憶している)やタイムスケジュールが入った正式なチラシが出されたら、その時点で改めて紹介したいと思うので、よろしくお願いします。

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年次有給休暇の改正対応はできていますか


今週火曜日は、松山市で行われた愛媛県老人福祉施設協議会主催・第1回管理職員研修会の講師を務めてきた。

今朝その研修会のアンケートなどの反響についてのメールがお送られてきた。それは次のような内容であった。

アンケートを確認したところ、参加者満足度が非常に高く、「もっと多くの方に聞いてもらいたい」との感想が寄せられていました。また、参加された方の感想が拡がり、参加したいとの問い合わせも続いております。』

ありがたいことである。この研修は第2回として8月22日(水)にも同じ内容で研修会が開催されるので、今週の研修に参加できなかった方は、ぜひその日に愛媛県総合福祉会館までお越しいただきたい。

この研修は介護事業経営のための労務管理などを中心にして、今後の介護事業経営に必要な視点などを、僕の経験と今後の見通しを基にして話をさせていただいているが、その中で介護経営リスクを減らすためには、経営者や管理者は労働法規等を正しく理解しておかねばならないと指摘している。

例えばつい先日国会審議を終えた「働き方改革」も新たな労働法規なので知っておく必要があるのは当然のことである。その内容は以下の通り集約できる。

1.時間外労働の上限規制
2.フレックスタイム制の改正
3.年次有給休暇の改正→年次有給休暇の付与日数が10日以上の労働者に対し、1年間で最低「5日」は会社が労働者に年次有給休暇を取得させる(「5日」については会社が時季指定権を持つ)、という制度が追加されている
4.特定高度専門業務・成果型労働制の新設
5.中小事業主に対する時間外割増賃金率の適用


このうち介護事業者に最も影響が大きなことは、3ではないかと思う。介護事業者においても年10日以上の年休が与えられている働き手が自主的に5日以上を消化しない場合、事業者が本人の希望をふまえて日程を決め、最低5日は有給休暇を消化させることが義務づけられる。これに違反した場合、従業員1人あたり最大30万円の罰金が科されるのである。

例えば被雇用者が有休をとることを拒否して、有休を消化しないということも許されなくなるわけだ。このルールは、2019年4月1日〜適用されるわけだから、もう1年を切っている。これに備えた業務体制の見直しが迫られる事業者もあると思える。

僕が過去に総合施設長を務めていた社会福祉法人の状況を思い起こすと、このことはあまり大きなハードルにはならないと考えていたが、当日の受講者の中には、この問題はかなり大きな問題で、従業者全員にこの義務を履行することはさらに人手不足感を助長すると考え、今から対策を練らねばといっておられる方もいた。

このことに関連して厚生労働省は7月18日、企業側が年休の消化日を指定したのに、従業員が従わずに働いた場合、有休を消化させたことにはならないとの見解を示している。その場合も事業者は法令違反を問われペナルティを課せられるわけである。そうであれば事業所側は、指定した日にきちんと休んでもらう手立てを講ずることも課題になりそうだ。

ただしこの5日の有休消化については、あらかじめ労使協定で、お盆や年末年始を従業員が年休を取る休業日と定めておく「計画年休制」を導入している場合、こうした計画年休の日数は、消化義務の5日間にカウントできるとの考えも示している。よってリフレッシュ休暇や夏季特別休暇などの制度を別に設定している事業者は、このルールに該当し、それを含めて5日以上休めておればよいと考えてよく、その制度を廃止して、有休をとるように変える必要はないと思える。

しかし有給休暇が取りやすいかどうかという職場環境は、人材が集まる一つの重要な要素である。

他産業、特にサービス業から転職して介護の仕事を始める人の中には、介護業界は人気がなくて人手不足であるといっても、なんだかんだ言っても夜勤の後は明け休みだし、その翌日は公休が取れる。有給休暇も消化できて、年間休日数がサービス業より多いという理由で転職してくる人もいる。

それだけサービス業は、休みがとりにくいともいえるわけだが、他産業からの転職者を広く受け入れて人材のすそ野を広げることは、介護人材確保にとって求められることである。そうであれば全産業に求められる有給取得率の向上の流れに対して、介護業界が遅れを取ってしまっては、この業界からの人材流出はさらに進んで、制度あってサービスなしという状況に陥りかねない。

介護事業経営者の方々には、そうした危機感をもってこの新制度に対応していただきたい。

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仕事ができる人とは、業務をこなせる人ではない


保険・医療・福祉・介護の職業以外で、顧客に対して「ため口」で話しかけて許される職業はない。他の職業では、顧客に対して丁寧語で会話すべきかどうかということは議論にさえならない。そのことは至極当然の姿勢といえるからである。

介護業界は、そうした常識を持ちあわせていない異常な業界である。

介護業界ではいまだに顧客に話しかけるときには、丁寧語を使うべきではないかという議論がされ、各事業者で丁寧語で会話をする指導がされているという状況は、この職業がいかに未成熟で、品性に欠けているかという証明でもある。

有名な講師が壇上で、顧客である高齢者を「じいさん、ばあさん」と呼んで、それが親しみのある表現だと勘違いした輩が、実践レベルがその講師の域に達していないにも関わらず、その講師の汚い言葉だけを真似することによって、介護サービスの場で心づかいのない言葉に傷つけられる人がいなくならない。そのことを考えると、そのような不適切な言葉を使って講義する人間が、いかに高い介護技術を持っていて、達人の域に達していようと、その利より害の方の影響が大きいという意味で、バリアでしかない。それは前時代的存在といってよく、さっさとこの業界から去ってほしいと思うのである。

自分自身は30年以上介護施設などで働き続けてきたが、就職したばかりの一時期を除いて、ずっと利用者に対しては「丁寧語」で接してきた。その姿勢自体は、自分自身の中では誇りでも何でもない。ごく当たり前のことというレベルでしかない。そうしない他の人たちがどうかしていると思っている。

この職業を通して、社会の一員として認められ、この職業のおかげで生計を維持し、家族を養ってきた僕の身としては、いつまでも介護という職業を、顧客に向かってため口を使って話しかけるのが当たり前という恥ずべき状態に置きたくはない。自分や自分の家族が胸を張って、介護という職業に誇りを持てる状態にしたい。そのために『介護サービスの割れ窓理論』を20年以上前から唱えてきたし、全国各地で行う講演会でも、そのことを提唱し続けている。

この理論に共鳴して、自らの職場でこのことを実現させようとしている管理職の方も徐々にではあるが増えてきている。しかし僕と共通した思いを持つ介護経営者や管理職の皆さんの悩みとは、一度浸透してしまった、「ため口での会話」に慣れ親しんだ職員が、なかなかその習慣から抜け出せないというものだ。

しかし言葉遣いの改善は、単に事業経営者や管理職の思いとして職員に伝えるだけではなく、「職場の掟」としてのルールを定め、実践できない職員には、実践できている職員との差別化を図るために、何らかのペナルティを課すなどして、経営者が本気で取り組まねばならない問題なのである。おざなりの姿勢で、長年にわたって培われた悪習が変わるわけがないのである。(参照:説得ではなく納得の職場改革が求められている

利用者に対するため口を改めることができない職員は、昇給時期が遅れるだとか、役職に就けないだとか、様々なペナルティが考えられるが、そのことを就業規則として定めるべきである。

その時一部の管理職の方から、「言葉遣いを改めることはできないけど、仕事ができる職員」であれば、ペナルティを課すことで辞められては困るという意見がある。そもそも介護職員が足りないご時勢で、仕事ができる職員に対して、言葉遣いを直せないという一つの欠点のみを指摘して、へそを曲げられて辞められては困るとして、「叱る」ということすら躊躇する上司がいたりする。

しかしそれでは言葉の改革などままならない。仕事さえできれば言葉遣いのルールなど無視してよいと思われるからだ。

そして「仕事ができる」と思われている、言葉遣いの荒い先輩職員の姿を見た後輩は、低きに流れていくのは必然の結果で、そうした職場で「利用者には丁寧語で話かけましょう」という掟は、お題目・スローガンの域から脱することはできなくなる。

しかし仕事ができるって何だろうか。事業経営者の思いとは経営理念である。理念とは理想でも幻想でもなく、たどり着くべき究極の目標を達成するための考え方そのものである。その経営理念に沿って定められた職場のルール・職場の掟を護ることができない職員は、仕事ができているといえるのだろうか。

その職員は、単に日々の業務をこなすことに長けているだけではないのか。それが対人援助の中で、どれほど評価できることだというのだろうか。

むしろそうした職員の存在により、職場の掟が形骸化して、利用者に丁寧な言葉遣いと態度で接するという、介護のプロとしてのサービスマナーが無視され、すべての職員にホスピタリティの精神を持ってもらいたいという経営者の思いが実現しないのなら、その職員は仕事ができるとは言えない。むしろ経営理念に反した行動に終始するいらない職員だ。百害あって一利ない職員だと考えるべきだ。

現にある職場では、仕事ができると言われていた、そのような職員を降格させ、自主退職した後、職場の雰囲気が変わり、丁寧な言葉遣いが浸透していったという実例がある。

介護経営者の方々は、この部分で決して勘違いしないことだ。本当に変えたいと思うときは、その思いについてこれない職員については、日常業務に精通していたとしても、その職場では不要な人材であると考える覚悟も求められるのである。

サービスマナーが確立されていて、利用者に対してごく当たり前のように職員が丁寧に語りかけられる職場には、「利用者に思いやりをもって接する介護をしたい」という動機づけを持つ、志の高い人が募集に応募してくる傾向がある。

介護事業経営者の方々には、単なる人員ではない、人材が集まる職場を創るための重要な要素が、サービスマナーと言葉遣い教育であることに早く気が付いてほしい。

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まさに長い旅となった松山講演


月曜日の夜に松山市に入り、昨日は午前と午後にわたる4時間半の講演を行い、今日松山空港11:55発の便に搭乗し、空の上からこの記事を更新している。

今回お邪魔した松山市のある愛媛県も、先日の豪雨被害を受けた所で、特に7日(土)未明から早朝にかけて被害が拡大したようである。大洲市肱川町山鳥坂の特養「かわかみ荘」の裏山も7日早朝に崩れ、土砂が窓を突き破るなどして、居室7室と浴室・洗濯室に流入したそうだ。幸い夜勤職員の機転で、裏山側の入居者は部屋から避難して別な場所にいたために全員が無事だったとのこと。少ない人数の夜勤者の、万が一に備えた判断に拍手と称賛を送りたい。

しかし水道が復旧したものの、洗濯や入浴ができない状態は続いているそうなので、今後の復旧支援が求められるところだ。エアコンは復旧したのだろうか。松山市は連日の30度超えで、昨日も最高気温が34度だったが、この暑さで高齢者の暮らしの場でエアコンがないのは、健康被害に直結する問題だと思え心配である。

昨日の研修会の参加者の方の幾人かも、被害の影響で参加を取れやめている。8/22(火)にも第2回管理職員研修会が予定されているので、その際には今回不参加となった方が、参加できる状態になっていることを願っている。

そのほかにも愛媛県各地で、道路の冠水、家屋の浸水などの被害が報告されており、復旧のための人的・物的支援が不可欠だ。先日講演を行った宇和島も大変な状況になっており、支援に入っている地域包括支援センターの方から次のようなメールが届いた。

『宇和島市も大きな被害を受けた地区があります。先日masaさんが講演を行なった会場がある三間地区は、大規模な崖崩れや浸水はなかったものの、被害が大きかった吉田地区ともに断水が3月程度見込まれています。』

断水が3カ月も続く生活を想像できるだろうか。大変という言葉では済まないほどの重大な事態である。宇和島の皆さが一日も早く日常を取り戻せるように祈るしかない。

広島県や岡山県の被災者の方も、この暑さの中大変な思いをしていると思う。被害を受けなかった地域に住む我々などは、自分ができる範囲で後方支援に努めたいものである。被災者の皆さん、負けずに頑張ってください。

ところで今回の旅は、時間的に本当に長い旅になった。月曜日の記事に書いたように、新千歳空港から松山空港までのANA直行便が復活したのを知らず、JALの羽田乗継便のチケットを購入してしまったため、今回はその便を利用した。

自宅近くの高速バスに朝9:20に乗車して、松山市までの旅が始まったわけであるが、運悪くその日(16日・月・海の日)に乗り継ぎ予定の羽田空港の滑走路に穴が開いていることがわかり、長時間その滑走路が閉鎖された。その影響で新千歳空港から羽田に着く便が、予定より1時間30分も遅れたため、松山空港行きの乗り継ぎ便に乗ることができなかった。そのため以後の2本の松山行きの便に振り替えてもらう必要がったが、あいにくこの日は3連休の最終日のため、全便が満席となっており、キャンセル待ちだった。そのため月曜日に松山に入れずに、翌火曜日の朝一番の便で松山入りして、講演会場に直接入って、ぎりぎりで講演に間に合うような行程となる恐れもあった。

幸い僕はマイレージクラブ会員でサファイヤクラスになっているため、優先順位が高かったので2席のキャンセルが出た席を取ることができ、月曜日の夜に松山市に入ることができた。しかし僕の後ろにかなりの人数のキャンセル待ちの方がいたので、それらの方は東京に1泊して翌日に松山に飛んだのだろう。昨日からの仕事に間に合わなかった人もいたのではないだろうか。お気の毒である。

それにしてもキャンセル待ちの時間ってドキドキ感がすごかった。心臓に悪いぞ。

とにもかくにも月曜の夜は8時を過ぎてホテルに入り、そのまま外に出る気にもならず、コンビニで弁当を買って、愛媛の地酒のアンテナショップで地酒を買い夕食とした。(参照:masaの血と骨と肉「サラダにレタスを入れ足す」

それでも翌火曜日の講演を無事務めることができたわけであるが、実はこの日の朝もハプニングが起きていた。愛媛講演は昨年も一昨年も複数回行っており、愛媛県老施協さんからも何度も講師としてご招待を受けているのだが、そのため固定観念から、今年の講演会場も例年と同じ会場だと勘違いし、何の疑いもなく朝「ひめぎんホール」に行った。ところがホール日程を見ても研修予定が掲示されておらず、しかも関係者の姿が見えない。あわてて電話で確認すると、今年の研修会場は、「愛媛県総合福祉会館」という別な場所だという。

幸いひめぎんホールからは歩いてすぐの場所だったので、電話で誘導してもらいながら、たどり着くことができたが、朝から30度を超える気温の中、大汗をかいての移動となった。

こんなふうにハプニング満載の松山講演であったが、講演自体は予定道理行うことができてほっとしている。思えば先週の五島市講演も、前日入りした際に、天候調査でフライト時間が遅れて、五島市入りが1時間近く遅れたりした。

こんなふうに飛行機のフライト時間は平気で大幅に遅れることがあり、それは天候に左右されるだけではなく、機体の状態やバードストライクなどの予期できないハプニングなどが影響するので、当日入りではなく、前日入りの予定を立てていたほうが、講演に影響しないで済む可能性が高いので、できるだけ前日入りの講演予定が望ましいのかなと考えたりしている。東京講演の場合は、当日入りが多いので気を付けたいところである。

このあたりは、ご招待してくださる講演主催者の方と、十分打ち合わせて日程を調整したいと思うところである。

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思いをつなぎ、命をつなぎ、歴史がつながれる


今僕は松山市の「愛媛県総合福祉会館」という場所にいる。

今日は午前10時から愛媛県老施協が主催する管理職員研修の講師として、このあと15:30まで講演を行なう予定になっている。正味4時間30分の講演であるが、この記事はその合間の昼食休憩時間を利用してあわただしく更新しているので、思いつくままにいつもより短い記事の更新になると思う。

何を書こうかと考えていたが、思いつくままに(以前にも何度か書いたことと重複はするが)看取り介護という言葉の表現について書こうと思う。

2006年の介護報酬改定時に、特養のターミナルケアが始めて報酬上の評価となり「看取り介護加算」が新設された。「看取り介護」という言葉は、その時初めて造られた言葉である。

従来から使われていたターミナルケアという言葉は、医療機関や医療系サービスで使うべき言葉だから、介護保険サービスの介護系サービスに新設される加算名は別の言葉を使うべきだとして、関係職能団体が宿題を与えられた結果、この言葉が生まれたわけである。

ターミナルケアを日本語に訳すとすれば、終末期介護という表現が考えられるが、「終末」という言葉を使うと、それがあたかも「」の支援であるかのような誤解を与えかねない。ターミナルケアは、命の炎が燃え尽きる時期が間近であることが明らかな人に対するケアであるとしても、それは旅立つ人が死の瞬間を迎えるまで、尊厳ある人としての暮らしを支える行為であり、あくまでも生きることを支援する行為である。

よってこうした誤解を与えかねない名称は好ましくないとして、新しい表現方法がないかと関係者は悩まされたわけである。その時古くから日本語として存在していた、看取り、看取るという言葉からヒントを得て、「看取り介護」という新語をひねり出したのが、この加算名の裏に隠されたエピソードである。

しかし突き詰めて考えると、この言葉は少々おかしい。看取り・看取るとは、死に行く人を看護するという意味だけではなく、「病人の世話をする。看病する。」という意味もあり、看取り=看護なのである。そうすると看取り介護という表現は、「看護介護」という表現ともいえ、日本語としてはやや不自然である。

そこで僕は、「看取り介護」という言葉を、「つなぎ介護」という言葉に変えたらどうかと提案しているところだ。

看取り介護は特別な介護ではなく、日常介護や日常生活とつながっている介護だ。そのことはこのブログ記事で何度も訴えてきた。

そして実際に誰かの旅立ちを見送る瞬間や、そこにつながる日々の中では、看取る人と看取られる人との間に様々なエピソードが生まれ、そのエピソードが人々の心に刻まれることによって、旅立つ人と残された人の間で命のバトンリレーが行われる行為でもあることも紹介してきた。

それはまさに旅立つ人の命が、残された人につなげられていくという意味である。

様々なつながりがそこには存在し、人の命が思い出として誰かの心につながって残されていくことが、人の歴史をつくっていくのではないだろうか。そしてつなぐ・つながれていくというのは一方的な行為ではなく、看取る人、看取られる人、双方に意味があり、双方の思いが込められた言葉でもある。

それは様々な場面で心を紡ぎ、ご縁を紡ぐという意味なのだから、人にとって最も大事な行為が死の瞬間まで続いていくという意味にもなる。それは人がこのように生まれ、様々な人生を生きる意味にもつながっていくのではないだろうか。人はこの世に生まれ、日々の営みを続けていくそのことだけでも意味があるということだ。

そういう意味でも「つなぎ介護」という表現が、ターミナルケア・看取り介護に替わる言葉として、最もふさわしいのではないかと考えるのである。

一般的にも浸透した「看取り介護」という言葉を、今更変える必要を感じない人のほうが多いのではないかと思うが、ターミナルケアとは「生きるを支え」、「看取る側の人と看取られる人の双方に意味がある」という観点から,名称見直し議論が起きないものかと期待している。

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masaの日本酒道20〜鳴海・純米直詰め生


3連休の最終日を過ごしている人が多いと思える「海の日」の月曜日の今日、僕は明日の愛媛県老施協第1回管理職員研修の講師を務めるため、松山市に向かう途中である。

今新千歳空港の「さくらラウンジ」で、この記事を更新しているが、松山空港までのANA直行便が復活したのを知らず、JALの羽田乗継便のチケットを購入してしまったっために、今回も3時間以上の長い旅となる。8/22の第2回目の管理職研修の際には、直行便のチケットを購入しているので、今日より楽に移動できる。

いつもなら祝日は記事更新も休みにすることが多いのだが、ラウンジで搭乗待ちをする間に、特にすることもないため、ブログ記事を更新しようとサーフェイスを開いたところである。さて何を書こうかと考えて、たまたま昨日ネットで取り寄せたおいしいお酒が届いて呑んだばかりなので、久々に日本酒道でも書こうかと考えた。


今日は最近頑張っている関東の地酒の紹介である。

鳴海と書いて、「なるか」と読む。その名の由来は、この酒を造っている蔵の近くにある神社に由来しているらしい。

古くから漁師町として栄えた千葉県勝浦市にある酒蔵・東灘醸造が出している「鳴海シリーズ」の生酒が旨い。フルーティーさは最高といってよく、それはべたつくようなしつこい甘さではなく、さわやかですがすがしい甘さである。米の旨味を味わえる穏やかな中取り純米酒となっている。

千葉の酒・鳴海
今回取り寄せた内容は、それぞれ原料となる酒米が異なる3種で造られた生酒。原料米は山田錦、富山産五百万石、雄町という王道の酒米で仕込んである。この3種類がそれぞれ2本ずつの(750ml×6本)セットで、9,774円はお値打ちだと思った。しかもうれしいことに全国送料無料。本州からお酒を一本取り寄せると、北海道の場合下手をするとその一本のお値段と同じくらい送料がかかることがあるので、これはうれしいサービスである。

3種類のお酒は、いずれも海の幸に合うすっきりとした酒質だということなので楽しみだ。

この鳴海は、絞り機から直に詰めるという「直詰め」しているのが特徴である。このため微炭酸を含んでおり、呑んだ瞬間舌にピリピリ感があって心地よい。醗酵由来の炭酸を楽しめるお酒はそう多くはないので、ぜひ一度お試しいただきたい。

鳴海・特別純米直詰め生
昨晩は3種類のうち「鳴海 特別純米五百万石 直詰め生(青)」をいただいた。微炭酸が心地よく舌を刺激してくれる。程よい酸味がきいた味わい深いお酒に仕上がっている。五百万石でこれほどフルーティーならば、白ラベルの山田錦仕込みの味わいはいかほどだろうと、今から楽しみである。

しかし今日から愛媛県講演で3日間家を留守するため、鳴海をじっくり味わうのは、水曜日に帰宅した後になる。あまりにおいしく貴重でもったいないので、毎日おちょこで一杯ずつちびりちびりとやろうかなと思ったりしている。

しばらくこのお酒を愉しむことができそうだ。

ところで酒造りに関して言えば、10月には大分県日田市で、「百合さんのお酒」で紹介した井上百合さんとコラボ講演を行う予定だ。僕は「看取り介護」、由利さんは「酒造り」。とっても貴重な講演だと思う。10/21(日)は、ぜひ日田商工会議所(大分県日田市)にお越しいただきたい。

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