masaの介護福祉情報裏板

介護や福祉への思いを中心に日頃の思いを綴ってみました。表の掲示板とは一味違った切り口で、福祉や介護の現状や問題について熱く語っています!!表板は業界屈指の情報掲示板です。

在宅強化型老健のやばい実態


僕は全国老施協の会員施設の勤務が長かったので、老施協関係者の方の知り合いは多く、全国各地の老施協研修講師としても声がかかる機会は多かった。しかしかねてより老健協会の研修会にも講師として呼ばれる機会はあり、千葉県や宮崎県の老健協会のように、繰り返しお声をかけていただいているところもある。

そんな僕が、4月から老健で勤務するようになったのであるが、北海道の老健協とはあまりつながりがなく、道内での老健協研修会には参加したことがない。そんななか、昨日は遠く南の、鹿児島老健協の方から声をかけていただき、来年3月鹿児島県老人保健施設大会で講演を行うことになった。(参照:masaの講演予定)。

老健の関係者の方々とつながりができるのは、今の僕にとっては貴重な機会である。ということで今後は、このブログでも老健の話題が増えるかもしれない。さて本題。

介護老人保健施設(以下、老健と略する)は、厚生省令第四十号の(基本方針)第一条の二で「〜その者の居宅における生活への復帰を目指すものでなければならない。」と定められているように、在宅復帰機能を持つべき施設である。

その在宅復帰機能をさらに高めるために、在宅復帰率やベッド回転率が一定条件を上回ることで加算算定できたり、より高い報酬を算定できたりする仕組みも取り入れている。このため現在の老健は、一般型老健・在宅復帰加算型老健・在宅復帰強化型老健という区分もできるのである。

しかしその老健の在宅復帰機能にも「ゆがみ」が見えたりする。

本来それは、リハビリテーションの機能レベルをきちんと担保し、その目的に沿ったサービス提供の結果、在宅復帰に繋がるものであるが、ベッド回転率と在宅復帰率を一定割合以上に保ち、「高い報酬を算定する」ということ自体を目的化して、あらかじめ入所期間を1月〜3月などと定めて、入所契約を結んでいる施設がある。

特に在宅復帰強化型老健の場合、報酬単価自体が高く設定されており、在宅復帰率やベッド回転率が算定要件を下回ると、その報酬を算定できなくなるために、そうならないようにあらかじめ在宅復帰を条件に、入所期間を定めている場合がある。

そしてそのような老健では、相談援助業務が、体のよい追い出し業務になっている場合がある。

しかしこのことは厳密に言えば運営基準違反である。

なぜなら次のQ&Aは、すべての介護施設に適用されるもので、在宅復帰強化型老健だとて例外ではないからである。

平成12年介護報酬Q&A Vol.1 【短期入所生活介護、短期入所療養介護】 「短期入所」と「施設入所」の違い

Q. 短期入所的な施設サービスの利用について、短期入所サービスとして行う場合と施設サービスとして行う場合の明確な基準はあるか。

A. 短期入所サービスについては、その運営に関する基準において「サービスの内容及びその利用期間等について利用申込者の同意を得なければならない」とされており、あらかじめ利用期間(退所日)を定めて入所するという前提がある。  したがって、あらかじめ退所日を決めて入所する場合、そのサービスは短期入所サービスであり、このようなサービス利用を「施設入所」とみなすことは、短期入所の利用日数に一定の限度を設けた趣旨を没却する結果につながるため、認められないものである。


このようなQ&Aがあるのも関わらず、期間を制限した利用を常態化していることは、明らかな運営基準違反であり、入所期間を定めた契約は、いくら重要事項として説明・同意を得ているといっても、それは法令上許されない無効契約ということになる。

ただしこのことはなかなか表面化しない。契約書自体に期間を定める旨を書いていない場合が多く、口頭で約束させられている場合がほとんどだからである。よって指導対象になっているケースもほとんどない。

だからといって、この状態を放置しておいてよいのだろうか。しかしいずれこの取り扱いは大きなしっぺ返しを食らうことにつながりかねない。

在宅強化型老健は、24年の報酬改定時に制度上位置づけられた新しい形の老健であり、老健の本来機能を発揮して中間施設としての機能を高める狙いがあった。しかしその後の3年間でその形の老健は思ったほど増えなかった。

それは在宅強化型老健が、既存型老健よりも収益率が低かったからである。その理由は在宅復帰を支援する専門職(訪問リハのセラピストなど)を数多く配置することによって、人件費がかさむことと、ベッド回転率と在宅復帰率を高めるために、ベッド稼働率が下がることにより収入自体が減ったことであった。

このため前回の報酬改定では、施設サービス費が件並み減額される中で、このタイプの老健は基本報酬が上げられている。それはこの老健をもっと増やしたいという意図が、国側にあるからであり、その意味は、老健のリハビリ機能を強化して、在宅に復帰できる人を増やすというアウトカムを求めているからである。

そうであるにも関わらず、アウトカムと関係なく、期間を定めた入所契約で、この高い報酬を算定している施設があることの実態が明らかになったとき、老健に対する縛りがさらに厳しくなることは容易に予測できる。

それは自らの首を絞めている状態ともいえるわけである。

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相談員はつらいよ・・・補足給付段階見直しの影響


来月(28年8月)から、介護保険施設入所者の居住費と食費の負担軽減に関する特定入所者介護サービス費(以下、補足給付ルールとする)のルール見直し第2弾が行われる。

現在、負担軽減されているのは利用者負担段階が第1段階(生活保護受給者と市町村民税世帯非課税の老齢福祉年金受給者)、第2段階(市町村民税世帯非課税で課税年金収入額+合 計所得金額が80万円以下)、第3段階(市町村民税世帯非課税で第2段階以外のもの)に該当する方々である。

このうち、第2段階と第3段階は、年金収入及び合計所得金額の合算額で判定しているが、いままでその計算式からはずされていた遺族年金及び障害年金といった非課税年金を、この額に含めて判定することになった。

これにより7月まで第2段階であった人が、第3段階となるケースが多くなっている。

例えば収入が遺族年金のみの方は、市町村民税世帯非課税なので第2段階となっていたが、遺族年金の年額が80万円以上であるなら、本年8月以降は第3段階となる。

この影響は負担費用が上がるというだけではなく、現在住んでいる場所を替えなければならないという結果にもつながりかねない大きな問題である。

従来型多床室と従来型個室が混在している施設の場合、施設の中で居室替えを余儀なくされる人も考えられる。それは負担限度額が上がって、従来型個室に住み続けることが困難になるケースである。

具体例を挙げよう。

老健の場合、従来型多床室の居住費の標準費用は370円/日であり、負担段階第2段階と第3段階の人も同じ負担額である。

一方、従来型個室を利用する場合の標準負担額は1.640円/日(特養は1.150円/日)であるが、負担段階第2段階の人は、490円/日(特養は420円/日)に減額される。

すると第2段階の人が多床室利用の場合と、従来型個室利用する場合の費用差額は、わずか120円/日しかないことになる。1月(30日)でみても3.600円の差である。よって多床室より個室利用を希望する人は少なくない。

ところが第3段階になると、老健の従来型個室の場合1.310円/日(特養は820円/日)になる。つまり老健入居者で従来型個室を利用している場合に、第2段階の人と、第3段階の人では、後者のほうが820円高くなるのである。これは月30日で計算すると、24.600円という額になり、大きな差額といわざるを得ない。

この8月から第2段階から第3段階に引き上げられた人で、老健の従来型個室を利用している場合、収入に変化はないのに、一月(30日計算)の自己負担額が24.600円増えるのである。そのような負担増が可能な人ばかりではあるまい。

そのために現在介護保険施設の相談員は、そうしたケースがないか確認しながら、2段階から3段階になって、利用料が変更となる利用者及びその家族に対し、8月以降の利用料を示しながら、今後の方針について協議しているはずである。

その結果8月以降、従来型個室から多床室に居室換えしなければならないケースがあるはずだが、限られた居室数・ベッド数の中で、やりくりをどうするのか悩んでいる相談員も多いことだろう。

やむにやまれず個室利用をあきらめる方を見るのもつらいものだ。個室利用を続けたい方に、経済状況を鑑みて居室替えをお勧めしなければならないケースならばなおさらである。

実質収入が変わらない中での、負担限度額増なのだから、経済的に負担可能な方でも、その変更に納得できずに文句を言われるケースもある。

国が決めたことだといっても、その説明は施設の場合、相談員に委ねられることが多いので、苦情の矛先が相談員に向かうこともある。それをじっと受け止め、国に変わってお詫びするのも相談員の役割である。

やっぱ、相談員はつらいよ、である。

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熊本から発信する意味がある


アローチャートという言葉を聞いたことがありますか?それは何かご存知ですか?

アローチャートとは、収集された情報を、ケアプランに落とし込むまでのケアマネジャーの思考の足取りを、○(丸)や□(四角)、→(矢印)などの簡単な記号を使って図式化したものです。このチャートを使うことにより、利用者やケアチームのメンバーに分かりやすく説明ができ、ケアマネジャーが本来担うべき“専門性”が目に見える形になります。 様々な課題、絡み、原因、背景をたどり…そして課題の根っこ(本質)を明らかにする。アローチャートがあなたの思考の整理をサポートします。(アローチャート研究会公式ホームページより)

このブログでも、その優れた思考整理法については、何度か取り上げています。(アローチャート関連記事

その思考整理法を全国に広めている伝道師は、梅光学院大学の吉島 豊録先生です。見た目は強面の先生ではありますが、根はとても優しい素敵な先生です。そんな吉島先生や、アローチャート学会の会員の皆様から、直接お話を聞くことができるアローチャート学会第3回熊本大会が、H28年11月12日(土)、13日(日)に熊本県民交流会館パレアにて開催されます。

大会要項リーフレットは、こちらからご覧ください。

ご覧のように、僕は大会二日目の記念講演を行う予定です。介護支援専門員の皆様にエールを送る講演としたいと思います。

アローチャートのホームページには、次のような文章も書かれています。

『なぜケアマネジャーは疲れるのか。それは「膨大な書類」と「対人支援」の板挟みになっているからだ。人と向き合うのが本来なのに、パソコンに向かう業務だけが増え続ける・・・。』

まさにその通りと思います。アローチャートという思考整理法で、自分の思考を整理することによって、その悩みが少しでも解消するかもしれません。

それはこの学会の参加者が、毎回感じていることで、アローチャートを勉強しようと集う仲間が増え続けていることでも証明されているように思います。

皆様がご存知のように、アローチャート学会の第3回目の開催地域となる、「熊本県」は、この4月に大きな地震被害に見舞われました。その爪あとは深く、自宅に戻ることができない人もまだ数多くいます。

そのような中で、介護支援専門員の皆様は、被災地で暮らす人々の暮らし作りのために、昼夜走り回っています。その中には自ら被災したにもかかわらず、自分の担当者のために地域で頑張っている人もいます。そういう人たちが、この学会の準備をしてくれています。

そうであるからこそ、熊本という場所に集い、学び、発信する意味があるのではないでしょうか。今だからこそ、しなければならないことがあるのではないでしょうか。

僕自身は、たくさんの仲間が居て、何度か講演でお邪魔している熊本県ですが、地震災害の後に熊本に行くのは、この学会が初ということになります。まだ癒えぬであろう傷跡をしっかり見つめ、感じて、あらためて自分ができることを考えてこようと思います。

愛する仲間たちと、熊本でお会いできることを楽しみにしています。

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幸せより、お金がほしい高齢者が増える国という現実


あるサイトに掲載されているシルバー層を対象にした調査で、ショッキングというか、少し残念な調査結果がある。

博報堂(生活総合研究所)という機関が、1986年からシルバー層に対する調査を行っている結果が、こちらのサイトに掲載されている。

それによると、生活の見通しについては、「暗いと思う」という回答が1986年の32%から2016年は47%と大きく上昇している。そのことを反映してか、「現在欲しいもの」という質問に対して、「お金」という回答は、1986年の28%から2016年は41%までアップ。逆に、「幸せ」は1986年の31%から2016年は16%までダウンしているというのだ。

ほしいものは、幸せではなくお金という高齢者が多いのである。

それは、老後の生活不安が如実に現れた結果といえそうであるが、その不安の主たる要素が、経済的な不安=お金がないということだ。それは同調査で、1月の小遣いの額が徐々に下がっていることでもわかる。

高齢者が老後に経済的な不安を抱える要因は様々であるが、この問題の根の深さは、シルバー層の人々が、現役世代の負の遺産を引きずって経済的に困窮するケースばかりではなく、いわゆる中流階級と呼ばれていた人々であっても、高齢期に貧困に陥るというケースが、数多く含まれている点である。

定年等でリタイヤした後に、年金生活となった際に、年金だけでは暮らすことができず、預貯金を崩して生活し、それが尽きたときにどこからも救いの手が差し伸べられる見込みがないことに不安を持つ高齢者が増えているということだ。

そうであれば、現役世代で収入が低く、満足な預貯金もないまま高齢期に入った人々は、その負の遺産を引きずったまま、社会の底辺で息を潜めて命をつなぐしかないのか・・・。

本来の社会保障とは、市場経済主義の中で不公平に分配されざるを得なかった社会の、「財」を再分配して、弱肉強食の競争社会で敗れた人にも、人としてふさわしい生活を保障するというものだ。国家や政府というものは、国民すべてに、そうした文化的な生活を保障するために存在すると言ってもよい。

しかしこのような調査結果が示される意味は、そうした財の再分配機能が不全の状態に陥っておることを現すもので、ここにしっかり手当てすることが求められているのではないのだろうか。

しかし国は、ますます国民に対し自己責任を強く求め、社会保障はより狭く、低い給付という方向に組み立てなおそうとしている。介護保険制度も、給付の効率化・適正化の名の下に、軽介護者への給付を切り捨て、ますます使いづらい制度へと変わろうとしている。

経済的弱者の支援策も、低所得者への補助をアリバイ作りのように、わずかに実施するのみで、そこからもれた人は、制度の光の届かない場所で、誰からも手を差し伸べられることなく野垂れ死にしていくしかない。・・・我が国の現状とは、こうした一面を影として持ち続けている状態と言えるのではないだろうか。

それは弱者を切り捨てるだけではなく、この国で暮らす民の心を蝕み、心を貧しくする方向であるといえるのではないだろうか。

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介護ワークというメディアでの新連載


今年3月までの僕の所属といえば、社会福祉法人の理事であり、その法人が経営する特養と通所介護と、居宅介護支援事業所の総合施設長という立場であった。

4月以降の僕の所属や立場をどう表現してよいかとなると、これは結構難しい問題である。

医療法人の経営する老人保健施設の事務次長という立場は、まったく疑いのない立場であり、常勤職員として契約して給与を受け取っていることは間違いないのであるが、所属はそれだけではないし、本業もそれだけとは言えない状態である。

というのも僕が講演等でご招待受ける場合、4月以降は、「北海道介護福祉道場 あかい花 代表」という立場で依頼を受けて、登壇しているからである。当然、その活動も収入を伴うものであり、僕の職業の一つなのである。このことは所属する医療法人にも承諾をいただいたうえで、雇用契約を結んでいることである。

つまり拘束時間が長い職業を本業と見た場合は、クリアコートの事務次長という立場がそれであるといえるが、世間一般的な周知度からいえば、北海道介護福祉道場あかい花の代表という立場が、本業のように捉えられている向きもある。それは決して的外れな見方でもない。

また僕には、「物書き」という仕事も別に持っている。場合によっては、「介護作家」と紹介されることもあり、それは決して片手間な活動ではなく、自分としては真剣なビジネスの一つで、そこからもいくばくかの収入を得ており、プロの書き手の端くれであると思っている。この場合の肩書は、クリアコート事務次長ではなく、「あかい花 代表」とされることがほとんどである。

書き手としての僕は、現在著作本は自著本を4冊、共著本を1冊上梓している。あらたな自著本の執筆作業も準備中である。加えて現在7本の連載記事(介護関連冊子やインターネット配信コラム等)を書かせていただいている。当然これも印税や原稿料という形で収入があるのだから、僕の職業の一つといってよいだろう。

例えば世間ではきょうまでが3連休とされている。僕は土曜日がクリアコートの出勤日であったが、昨日と今日は休みである。しかしそれはクリアコートの仕事が休みであるという意味でしかなく、昨日と今日は、連載原稿の執筆作業に費やしており、休養という意味の休みではない。

masaの講演予定を見ていただくとわかるが、土日の多くは講演予定で埋まっており、家でゆっくり休むという意味の休日は非常に少ない。しかしそれは決して苦ではなく、僕にとってそのことも人生をエンジョイするという意味につながっている。そういう日々を送ることができることに感謝しており、講演や執筆という活動を通じて、自分の意見や考え方を伝えることが許される立場に限りない喜びを感じている。

そんな執筆活動に今月から新たに連載が加わった。

株式会社doorが運営する介護業界に特化したメディア「介護ワーク」というサイトの、「著名人特別コラム」として、連載コーナーを作っていただいた。

第1回配信記事は、昨日ネット上に公開されている。こちらは、介護の分野で本当に必要となる情報を届け、介護にまつわる人材不足と、業界の非効率な問題を解決するために、どなたでもご覧いただける無料サイトなので、是非参照いただきたい。

今後どれだけの期間、どのくらいの頻度で連載を続けるかは未定であるが、要望に応えて介護に従事している方に役立つような記事が配信できるように努めていきたいと思う。

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相談員の使命


昨日は、札幌市老施協の相談員を対象にした研修会に招待され、介護施設や通所サービスにおける相談員の役割と実務をお話してきた。

その内容は、あくまで僕が特養や老健、通所介護等で実践してきた、あるいは実践している実務からの視点であり、まさに実践論である。

講演後に、受講された方から、「今まで一番良い話を聞いた」、「2時間という時間が短く感じる参考となる内容だった」という声を直接かけていただき、感謝している。

講演後は、交流会(懇親会)にも参加し、夜9時札幌発の高速バスで登別まで帰り、自宅には11時過ぎに着いたが、さわやかな良いと疲れを感じる良い一日だった。

特に相談員という、僕の本来ステージの専門職の方々と、じっくりお話をすることができて気持ちよく酔った。若い相談員さんたちの日ごろの業務に対する考え方も聞くことができて、勉強にもなった。

相談援助業務といっても、所属する事業者によって、期待されるところも、求められる業務内容も様々で、それぞれに悩みや心配事も抱えながら、日々迷いながら業務を続けている人が多いようだが、共通していることは、相談援助職に使命感を持って、日々学びながら利用者の暮らしを護ろうと、真摯に取り組もうとしていることだ。僕も若い頃を思い出した。

お話の中で幾人かの相談員から、「待機者が確実に減っている」、「なかなか新たな入所相談が来ない」という話があった。

このことは高齢要介護者の、居所の選択肢が広がっている結果であり、今後団塊の世代の方々の、施設入所ニーズが増大したとしても、それらの方々は比較的高い額の年金受を受給しているため、必ずしも利用料だけで入居施設を選ぶということではなく、特養への入所希望者が、今後劇的に増えることはなく、過去のようにすべての地域の特養が、たくさんの待機者を抱えて、親方日の丸的に入所する人を選ぶことができるという時代には還る事はないだろう。

どちらにしても介護保険施設が、利用者確保に困らないという状況は過去のものとなり、顧客確保のために何が必要かということを、真剣に考えなければならない時代である。少なくとも、介護サービスの品質に気を使うことなく、漫然としたサービス提供を続け、利用者ニーズに対応しようとしない施設は経営危機に陥ることだろう。

相談員はこの状況をしっかり理解して、他の職員にも危機意識を持つように指導しながら、顧客に選ばれる施設を創るためのタクトを振る役割が求められてくる。

その役割とは、相談員が地域の中で営業回りをして、顧客を確保するという役割ではなく、相談員が施設だけではなく、地域にも貢献する施設サービスという意識を持って、その質を向上させるリーダー役として存在することだろう。

そうした経営視点や、中間管理職としての役割はより重要になるだろう。

同時に、ソーシャルワーカーとしての相談員は、利用者の権利擁護のために存在するという基本姿勢を忘れてはならない。利用者の代弁者としての役割を忘れてはならない。その基本姿勢は、場合によっては、事業経営のための姿勢と相反することがあるかもしれないが、その際には、利用者の暮らしを護るという観点から、物言う人でなければならない。

昨日は、そういう意味から、「竹内理論」と呼ばれる、個別アセスメントのない、一律1.500ml/日の水分補給を強制的に行っている施設に、ソーシャルワークの視点はないのかという問題提起も行ってきたが、ほとんどの受講者の皆様から、その考え方に賛同していただき、僕も勇気を持つことができた。

実際にこの理論をt里入れていた施設に所属し、そこで異議を唱えていたという人は、僕の話を聞いて、「涙が出そうになった」と言って下さった。それだけこの理論の実践施設では、利用者が悲惨な状況にさらされている。

全国老施協が(この問題に気づいたかどうかは分からないが)、この講習をやめたというのに、北海道では相変わらず、この人権蹂躙の方法論を教える研修会を開催し続けている。洗脳を受けたかのように、そのことを妄信する、わけのわからない施設長も存在する。

そんな中で、せめて相談員は、施設の掲げた目標のみを達成しようとして、利用者の悲惨な状況を生み出しているこの方法論の間違いに気づいて、利用者本位を真の意味で実現するために、勇気ある声を挙げる人で居てほしいものだ。

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ご縁を絆に


生活拠点と職場が離れていると、日常の「手続き」に不便が生ずることが多い。仕事の合間、昼休みなどにちょっと外出して手続きを済ませるということができなくなるからだ。

特に現在の僕は、片道2時間かけて通勤しているので、役所で行わねばならない申請手続きなどを行うためには、わざわざ仕事を休まなければならないことがある。しかし窓口対応10分で済む手続きだけのために、仕事を休むのもばかばかしい。

そんな手続きのうち、運転免許の更新手続きが必要な時期になった。道指定の場所(札幌市内)か、室蘭警察署にいかなければならない。

そうした折、今日は午後4時からアートホテル札幌で行われる、「札幌市老人福祉施設協議会 生活相談員研究会 」での講演を頼まれた。千歳市の職場からなら車で1時間もかからない場所だから、時間休をとっていくこともできるが、今日は丸1日代休をもらうことにした。

午前中に室蘭警察署に行って、免許更新手続きをすました後、平日しかできないいろいろな処理を地元で行った後に、札幌に向かう。そして札幌では、「相談援助職の役割と実務」をテーマに講演を行った後、講演会場であるホテルで行われる交流会に出席後、札幌発21:00の室蘭行き高速バスで帰ってくる予定だ。家に着くのは23:00頃になる。

そんな日だから、今は家でこのブログ記事を更新している。流れからして今日は私事の軽い話題を書かせていただこうか。

さて、僕が一番太っていた時期は、大学3年生から就職1年目の23歳ころまでのことで、当時は身長170センチ(今もこれは変わらない)で、78キロくらいあった。これは相当デブである。

就職して2年目に、これではいかんと運動をはじめ、10キロ以上身体を絞った。当時は野球をいていたが、たまたまそのチームが軟式野球では全道トップレベルの強いチームだったし、毎日業務終了後に練習をしていたので、夏の間は特段努力しなくとも、野球の練習をしているだけで、ある程度の体重をキープしていた。

当時、自分が一番プレーヤーとして動きが良いと思えたのが63キロくらいで、それより体重が増えると動きが鈍り、それより体重が軽くなると、パワーがなくなるような気がして、シーズン中はその体重を保っていた。

冬になって運動量が減ると数キロは太るのだが、若い頃は代謝が良いためか、春から練習が始まるだけで体重は元に戻っていた。

30歳代前半で、野球選手を引退した後も、コーチや監督として練習に参加していたので、あまり体重増に悩むこともなかったが、40代後半から50代に入ると、野球から完全に離れて運動機会もなく、食事量に注意しなければすぐ体重が増加し、場合によっては血糖値がかなりやばいことになる時期もあった。

そのため食事量にはかなり気を使いながら、なんとか67kg〜69kgの間で体重をキープしていた。しかしその体重もちょっとオーバー気味である。

そんなとき通販で買ったイタリア製スーツが、サイズ間違いで小さくて着られない事件が起こった。パンツのすそ直しをしているため、返品交換もできない。これは非常にもったいないことで、あと少しだけ痩せればそのスーツも着ることができると思い、4月からダイエットにいそしんだ。

具体的には、食事制限である。転職して通勤距離が長くなったことから、朝早く家を出るので、そんな時間に朝飯はあまり食いたいと思わないのを利用して、朝は基本的にはヨーグルト程度のものしか食べず、昼は、家から持ってくる「おにぎり一個」のみで、ついつい食べたくなるカップラーメンには、決して手を伸ばさないようにした。その代わり、夜ご飯は晩酌を含めて一切制限せず、旅先での朝・昼ごはんも制限なく食べて、ストレスをためないようにした。

本当はウオーキングなどの運動もしたいのだが、平日は時間的に無理だし、土日祝祭日はほとんど講演活動で埋まっているので、その時間はなかなか取れない。しかし食事量を減らしたことで、かなりの効果がでてきた。

4月と5月の2月間で、4キロほど痩せて63キロ台になった。下の写真は、6/12に行われた、大阪府作業療法士会主催の研修講師として招かれたときのものだ。このように小さくて着れなかったスーツが着れるようになってうれしい限りである。
6月12日の写真
一緒に写っているのは、僕の講演を受講していただいた、「住まいと介護研究所」の谷口所長(向かって左)と、大阪府作業療法士会の長谷川さん(向かって右)とのショットである。

さらに6月と7月のこの時期までの1月半で1.7キロ減となり、昨日現在で体重は61.3キロまで落ちた。下の画像は、7/7の七夕の夜、僕に会うためだけの目的で青森県八戸市から室蘭にやってきた、かっこうの森・代表取締役の下沢さん(向かって右)と、独立社会福祉士の小泉さん(向かって左)とのショットである。
7月8日の写真
しかしこの二人、前日の夜にフェリーで八戸港を経って、この日函館〜室蘭を旅して、夜僕と一緒に飲んで、この写真を撮った直後に、東室蘭駅から苫小牧に向かって、そのまま苫小牧港からフェリーに乗って、八戸に帰っていった・・・。超ハードボイルドな二人であった。まさに風のように去りぬである。

このお二人も、僕が全国各地で講演していることが縁でつながっている方である。そのつながりが、やがて絆となって、どんどん強く、深くなっていくのが僕にとっての一番の財産である。

今日も札幌で新たな縁ができるかもしれない。職場にも近いところで生まれる縁が、これから先にどんな変化をもたらしてくれるのかを考えるだけで楽しい。

さあそろそろバスの時間である。今日も張り切って、期待をもって、講演会場に出かけて行こう。皆さん会場でお会いしましょう。

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日本は「豊かな国」なのか?


12日に厚生労働省が発表した国民生活基礎調査によると、65歳以上で一人暮らしの高齢者は2015年6月時点で約624万人(推計)となり、初めて600万人を超えたという。

夫婦などを加えた高齢者世帯は、全世帯の25.2%の1271万4千世帯で、14年から50万世帯増えたそうである。

このうち58.0%もの人が経済的に「苦しい」と感じているというが、この背景には、公的年金や恩給を受給している世帯の55.0%は、他に所得がないことによる。
(※「高齢者世帯」は65歳以上の人のみか、これに18歳未満の未婚の人が加わった世帯をさす。)
介護施設の入退所業務に携わっていると、経済問題は高齢期の過ごし方にも大きく影響することが実感される。

現在僕が働いているのは老健施設だから、終の棲家ではなく、中間施設と呼ばれる通貨施設である。基本的にその機能とは、医療機関と居宅の中間に位置し、何らかの理由で入院が必要となった人が、機能低下のために居宅に戻ることに支障がある際に利用し、リハビリテーションを受けて機能改善し、居宅に戻るという機能と目的を持った施設である。

しかし高齢者の場合、少しでも機能障害が残っておれば、インフォーマルな支援のない状態で居宅に戻ることは難しく、特に認知症の人の場合は、実際には自宅に帰ることが出来ないケースも多い。

その結果、特養やグループホームの待機期間を老健で過ごす人も多く、中間施設の意味が、医療機関と居住系サービスとの中間という意味合いも帯びてきている。

そんな中、年金受給額が徐々に減ってきており、年金だけではグループホームの利用料負担が厳しいために、食費と居住費の減免制度(補足給付)がある特養への入所という選択肢しかないケースがある。しかも昨年度からの特養の入所要件の厳格化により、原則的に要介護3以上の方しか、特養入所ができなくなったことで、要介護1及び2の方々で、老健から先の行き場所が見つからない人がいる。

今後、私たちが受け取るであろう年金額は、さらに厳しい額に減らされていくことが考えられ、我々自身の将来不安は尽きない。老後、豊かに暮らせる人は少ないというのが、我が国の現実である。

我々の老後は、年金だけでは生活困難となるのは目に見えているので、現役世代でできるだけお金を貯めておく必要があると考える人が多くなるのも当然である。それは結果的に、経済市場にお金が回らなくなるという意味で、日本の景気がなかなか良くならない一因を作り出している。

そういう意味で、社会保障費の削減策は、日本経済の足かせになっているとも言え、社会保障費は、社会の格差を縮めるための必要経費であるし、この国の経済をも下支えするセーフティネットだとして、きちんとそこにお金をかけるという策が必要とされるはずである。(参照:金子教授の「セーフティネット張替え論」

ここの政策が根本的に間違っているのではないだろうか。そんな気がしてならない。

どちらにしても、先進国と呼ぶにはあまりにもお粗末な隙間だらけのセーフティネットしか張られていない我が国は、政治的にはきわめて貧しい国であると言い切ることができるだろう。

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シナリオ通りに進む改定議論


大きな国政選挙が一段落した。

僕は比例区のほうは、政党名ではなく個人名を書いて投票した。僕の結果は、比例区・選挙区で1勝1敗となった。

全体の選挙結果という点でみれば、今回は与党の圧勝と見て良いのだろう。与党独裁政権というのは、国民の意見が届くのか心配するところだが、1票を投じて国民の義務を果たしたのだから、それなりの主張を続けていきたい。

それにしても投票率が低すぎる。1票には力がないのかもしれないし、自分が推薦するに足る人物がいないという意見も分からないではないが、よりましな方向を見据えてでも、1票を投じるというかたちで、国に物言うことは大切なことだと思うのだが・・・。

そういえば、全国老施協の推薦候補は、比例区で見事当選したようだ。当選順位では、滑り込みセーフとはいえ、落選とは雲泥の差である。これによって全国老施協が政治力という強い見方を得て、前回の制度改正・報酬改定と異なりは、発言力が増すことを期待したいものだ。

介護保険制度に関して言えば、選挙を終えたことで、一挙に審議が進んでいく。しかしその方向性は、国民にとって必ずしも望ましい方向とは言えない。

まずは第60回社会保障審議会介護保険部会で、軽介護者の給付切捨てと、福祉用具及び住宅改修の給付制限が規定路線化されようとしている。

今回の選挙でも社会保障は大きなテーマの一つであったはずなのだが、介護保険制度の改正というミクロの論議は全くなかったので、財務省等のかねてからのシナリオどおりに、給付制限が進められていくのだろう。

この部分について言えば、全国老施協にも期待薄である。昨年同会が出した、「2025年に向けたあるべき社会保障制度改正を目指して〜財政健全化に関する意見書」では、「保険給付と保険外給付(完全市場原理)の棲み分け」として、「介護保険給付は、施設サービスをはじめ直接介護を要する事業や標準水準の生活維持を目的とした事業に限定し、それ以外の付加的サービスは原則自己負担」とかかれており、例)として、福祉用具は、車いす・特殊寝台・床ずれ防止用品・自動排泄処理装置等に限定するべきとしているので、それは概ね財務省等の主張する給付制限と方向性は同じといってよく、僕の意見とは異なるものだ。

こうした方向に今回の改定議論が進んでいくのだろうが、そこに果たして「国民の福祉の向上」という視点は存在しているのだろうか。どうも怪しいところである。

施設サービスについては、今後の議論になるが、その方向性も厳しいといわざるを得ない。

ところで、施設サービスの中で現在示されているものは、職員の省力化に繋がる介護ロボットの導入施設に対する報酬加算である。

このことについて、月曜日にアップしたキャリアブレインの僕の連載、快筆乱麻!!masaが読み解く介護の今5でメッタ切っているので、ぜひそちらもご覧いただきたい。

ロボット導入施設への加算は、当然ながらロボットを導入せずに、加算算定しない施設の基本報酬単価が削られることを意味している。それはおかしいだろうと異議を唱えさせてもらっている。(※ただしこちらは有料サイトである。)

一挙に進む改訂議論の中身は、こちらで随時論評していこうと思うが、このブログ読者の皆様も、その議論の流れに注目し、今いる場所でできることとして、必要な意見を表に出していただきたいと思う。

介護保険部会等で決まったことは、やがて法令として規定され、それは我々が守らねばならないものとなる可能性がある。しかしそれは変えられないものではないし、唯一の真実でも、正解でも、正論でもないという考え方も必要だ。

我々が見ている場所で、我々しか護ることができないものも存在するということを忘れてはならない。

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施設の顔としての相談員


介護施設の相談員の業務は非常に広範囲に及ぶが、主要な業務として入退所支援業務があることに異論を唱える人はいないだろう。

入所業務の場合、相談員が窓口となって利用者もしくはその家族と対応することになる。そうなるとほとんどのケースで、利用者もしくは家族が、一番最初に相まみえる施設職員が相談員ということになる。

それはある意味、相談員の対応一つで、「施設のイメージ」が決まってしまうということだ。ここで利用者や家族にとって不愉快な対応をとってしまえば、それらの人々は、相談員個人に悪い印象を持つだけではなく、施設そのものに悪い印象を持たれてしまい、利用したくない施設と考えられてしまうかもしれない。

そのことは場合によって、施設の悪評につながっていきかねないもので、施設サービス全体を考えるとそれは大きな損失である。

逆に考えると、介護施設の相談員がお客様に好ましい態度をとることが、施設のイメージを引き上げる効果もあるということだ。

このように相談員の初期対応が施設の印象を決定づけるというう意味で、相談員はまさに「施設の顔」といってよいだろう。

そうであれば相談員には誰よりもビジネスマナーという視点が求められ、服装・態度・言葉遣いなどにも注意を払う必要がるという結論にならざるを得ない。

しかも昨今の状況を考えると、特養にしても老健にしても、顧客確保に苦労のない売り手市場であるという状況に変化が生じている。

入所要件が原則要介護3以上となったことで特養の待機者の数は大幅に減っている。加えてサ高住の建築ラッシュで、介護付き有料老人ホームやサ高住の空き部屋が増えており、それらの居住系施設では利用料金のダンピングと、強力なセールス活動が行われている。そこではサ高住と介護施設の価格差が縮まるという現象が生まれており、すぐに入居できて、設備も新しく住環境としては申し分がないとして特養の待機者がそこに流れ始めている。それに伴い、老健で特養待機していた人が、どんどん特養に入所し、老健の待機者も大幅に減っており、一部の特養や老健では、待機者がおらず、入所希望者もいないということで空きベッドが出始めている。

このことは地域住民にとって選択肢が広がるというメリットになる反面、介護施設の経営上は大きなリスクとなり、顧客確保が課題となって、相談員が営業に回ることを求められている施設も出てきた。それは決して良いことではないが、それほど介護施設の顧客確保は深刻な問題になりつつあるということだ。

そうであれば、介護施設は看板を掲げるだけで利用者が集まるという時代ではない等意識改革が必要で、顧客に選ばれる施設となるために何が必要かを考えなければならない。

勿論その基盤は、介護サービスの品質そのものであり、日常のケアの質を充実させて、死ぬためだけに別の場所に移る必要がない看取り介護・ターミナルケアができる施設にしていく必要があるが、その前に入り口段階で好印象を持たれないと、誰もその施設に入所してくれないなんてことが現実になる恐れがある。

それは施設の相談員に、ホスピタリティ(心からのおもてなしの意識)がないと、淘汰される施設になりかねないという意味である。

さらに今後の介護施設に求められるものは、他施設との差別化であり、そのためにはワンランク上のサービスの質を創る必要がある。そこでは施設サービスも接客業であるという意識が不可欠で、相談員は自らそうした対応を実践するとともに、他の職種に対しても、顧客に対する接し方に砕けた態度は必要とされないとして、ホスピタリティ教育の実行役としての役割を担っていく必要があるだろう。

今後の施設経営を考えると、施設の頭脳である相談援助職が、こうしたホスピタリティ教育のリーダーにならないと、利用者の暮らしの質は上がらないだけではなく、生き残っていくことが難しくなるだろう。

そういう意味で、施設相談員には意識改革が求められ、そうした状況理解につながる学びの場が必要である。

今週の木曜日(7/14)に札幌市のアートホテルズ札幌で行われる、「札幌市老人福祉施設協議会・生活相談員研究会」っでは、16:00〜18:00の予定で「相談援助職の役割と実務」をテーマとして、そのような話をする予定である。

平日の研修会で講師を務めるためには、仕事を休めねばならないので調整が必要だったが、今勤めている施設のある千歳市にも近い、札幌市の施設相談員の皆様には、今後何かとお世話になることもあろうと思って、今週土曜日の休みを返上して、木曜日に代休をとって講師役を務めることとした。ついでに当日おこなわれる懇親会にも参加させていただくことにしている。

会場でお会いする皆さん、どうぞよろしくお願いします。

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汚らしい言葉を恥と思えない厚顔



利用者に対して、「タメ口」で話しかけている人々は、その様子を見て、家族が何も感じていないと思っているのだろうか。

それとも家族の目には、職員が「タメ口」で話しかけている姿が、親しげな関係を表していると映って、喜ばれていると思っているのだろうか。

勘違いするなといいたい。その場面を自分自身に置き換えたらどうだと言いたい。

専門学校を出たばかりと見受けられる若い職員が、自分の親に「タメ口」で話しかけている姿を見てどう思うのか・・・。時にその口調は、命令口調と取られても仕方がないし、荒々しい口調にしか聞こえないことも多い。それを見て誰が喜ぶというのだろうか。

家族は哀しんでいるのだ。家族は悔しがっているのだ。それでも何も言えない人が多いのだ・・・人質をとられているようなものだから・・・。

汚らしく、無礼な言葉を使って何も感じない人間・・・そういう若者を大量生産しているのが、ベテランを気取った先輩職員である。それは決して介護のプロフェッショナルとは呼べない姿であり、いうなれば素人に毛が生えてはいるが、なまじ経験をつんでいるだけに始末に終えない、「バリアお局様」といったところだ。

そういう職員を真似て、職場で口汚い言葉を、顧客に対して使う人間がいなくならないのが、介護サービス事業の現状である。

暮らしの場とか、生活施設という言葉の本来の意味は、個人の尊厳が保障され、一人ひとりの思いを尊重して、個性に対応したケアサービスを提供するという意味なのに、「暮らしの場だから、丁寧語を使うと固苦しい」というふうに、意味の分からない理屈に置き換えられている。

馬鹿を言うなと言いたい。

世間一般の日常の場面でも、親しき中にも礼儀ありは生きているし、自分が生活の糧を得ている職業場面で、そのサービスを利用する顧客に対して、タメ口が通用するなんてことはない。

介護サービス事業に携わる多くの人々が、こんな簡単な理屈に気がつかないのはなぜなんだろうか。

顧客に対するサービスに、マナーやホスピタリティが求められないと考えるのは、なぜなんだろうか。

おそらくそれは、なんだかんだ言っても介護サービスがぬるま湯に浸かっていて、特段の努力をしなくとも事業経営が可能だったからだと思う。事業さえ立ち上げれば、顧客確保に頭を使わなくても運営できる状態が長く続いた結果であろうと思う。

そのような状態に甘えて、マナーのない仕事を続けていて何が面白いのだろうか。その職業のどこに魅力を感じ、誇りを持てるというのだろうか。

僕は自分の仕事に誇りを持ちたい。その誇りとは、対人援助の職業が、人の幸福に寄与する仕事であるという誇りである。だから、自分の思い込みで相手を傷つけることは、できるだけ避けたいと思う。自分が良かれとおもって使う、「親しげな表現」が、相手にとってはなれなれしい無礼な言葉と受けとられないように、年上の人や、お客様に対して使って不自然とはならない丁寧語でお話しする。

それはサービスの質の担保である。それができないで何のプロかと言いたい。

僕は職場で、恥を知る職員を育てたい。自分の仕事をしている姿を、隠し撮りカメラで映されたとしても、なにも問題ないと思える職員と一緒に働きたい。

そのためには自分自身が、そうあるように、日々努めているつもりである。

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千歳の繋がりをぼちぼち創っていきます


介護施設の業務は、介護施設の中だけで完結するものではなく、地域の中に入って活動しなければならないことも多い。

特にソーシャルワーカーは、その役割として、地域社会全体を舞台にしたアクションが求められており、地域包括ケアシステムの一翼を担うために、様々な機関の人たちとの横の連携の基盤となる関係作りや、地域住民への啓蒙活動にも積極的に取り組む必要がある。

僕の場合は、職場での肩書きは事務次長だが、ソーシャルワーカーとしての責務も担っているので、そうした地域活動も視野に入れておく必要がある。

とは言っても、4月から職場が変わって、新しいことを覚えることで精一杯の状態で、とてもではないが、地域に出て行って活動することは難しかった。しかしいつまでも新人気取りではいれないので、ぼちぼち千歳市内のいろいろな活動に参加しようと思っている。

その一つには、千歳市内の介護支援専門員の職能団体に所属して、市内で活躍する介護支援専門員の皆さんとの繋がりを作ることである。そのため先日年会費を支払って、「千歳市ケアマネジャーの会」に入会させていただいた。

その最初の活動は、今月22日の総会後に行われる記念講演会を受講することで、講師は日本介護支援専門員協会・常任理事の笠松さん。テーマは、「災害に強い地域包括ケアシステム〜防災とケアマネジャー」で、先日の熊本地震に際して、現地支援に従事した経験談を聴くことができる。とても興味深い内容であり楽しみである。

それにもまして当日は、笠松さんや、ファシリテーターを務める、村山北海道介護支援専門員協会会長も参加する懇親会があるのが楽しみだ。もしかしたらそちらが一番の目的かもしれない。笠松さんや、村山さんには、以前からお世話になっているので、今後のご指導とご鞭撻をお願いしながら、楽しく呑んできたい。

もう一つ別な地域活動が控えている。

それは現在僕が所属している老健施設・クリアコートの地域活動である。とりあえず明日、千歳市内の「勇舞ホール」という場所で、午後1時から60分間、「認知症の理解」に関する講演を行う。

この講演は、クリアコート千歳が月1回主催している、「認知症予防サロン すっきりクリア」の中で行うものだ。このサロンは、クリアコートのリハビリ部門が担当しており、一般市民の方が対象となって、認知症予防に関する様々な活動をしている。

僕は前回、認知症リハビリの実践講座に参加させていただき、一般参加者の皆様と一緒に、作品作りを行ったが、今回は講師役となり、「愛を積む〜認知症の人とともに歩む介護」をテーマにした講演を行う。その講演のファイルの一つが下記である。

無題
僕の著作分に書いたケースを紹介して、愛情の成せる業ということを考えていただきたいと思う。

もちろん認知症の方を支援するに関しては、認知症の基礎知識・専門知識は必要だが、人が人に相対する以上、知識や技術だけではどうしようもないことがあることも事実であり、そこで必要とされるのは、人として人を敬い、真摯に関わるということだ。

そこに愛情という名の、一片のエッセンスが加われば、変えられるものがあると思う。後はそこに僕たちが理論付けすればよいだけの話である。

そういう意味で、ここで紹介するケースは、僕たちが目指そうとするケアそのものなのかもしれない。そうした説明をしたいと思っている。

今から参加を希望する人は、クリアコート0123-27-3232までお問い合わせいただきたい。

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恥ずべき壁


介護福祉士養成校で学ぶ学生の、最初の壁が介護施設等における「実習」である。

その壁の意味が、介護のプロの知識と技術に触れて、自分がそのようになれるのかというポジティブな高い壁なら良いのだが、現実には、「介護ってこんなことも許されるの?」というように、介護の常識が世間の非常識、という現実を目のあたりにして、そのことを指摘すると、「理想と現実は違う」、「もっと現実に目を向けて仕事を覚えないと、介護職なんてやってられないよ。」というふうに、高い志を押しつぶす、恥ずべき壁が存在している。

その壁に押しつぶされて、志を失ってしまう学生や、介護という職業に誇りを感じられなくなってバーンアウトしてしまう学生が、毎年何人か出てくる。

人材難の折、人の役にたつ職業について、見知らぬ誰かを幸福にしたいと志を抱いている人たちが、そういう形で介護の職業を目指すことうをやめてしまうのは、大いなる損失である。

もちろん実習先がすべてそのような事業者ではないことは言うまでもないが、学生の理想をつぶすことが目的のような指導を行っている実習先が少なからず存在している。恥を知れ。

恥ずべき壁としてそそり立つ彼らの言う「現実」とは、自分たちのスキルを基準に考えている現実でしかなく、それが介護の標準ではないことに気がついていないと言いたい。

ある施設では週2回の入浴介助が、「最高基準」となっている。その施設では、利用者を週2回ずつ入浴させていれば問題なく、そこから一歩も前に進んだケアなど考えられない。それはその施設の現実であるとしても、そんな現実は人の暮らしとしては、きわめて質が低いものであり、そんなものが介護サービスのスタンダードであってはかなわない。

まともな介護施設ならば、法令上定められた、「一週間に二回以上、適切な方法により、入所者を入浴させ、又は清しきしなければならない。」という基準省令の規定を、あくまで「最低基準」と考えて、どのようなり理由があろうとも、少なくとも週に2回は入浴機会があるのが介護施設のサービス原則であり、しかしそれでは護ることのできないものがあるのは当然で、人としてふさわしい暮らしを護るために、創意と工夫を凝らして、それ以上のサービスを実現するのが使命であると考えるのが、介護のプロとして関わるものの普通の感覚である。

そこから毎日入浴できる支援方法や、夜間入浴支援が普通にできる方法論が生まれてくる。

そしてそうした方法論の積み重ねが、介護という職業の面白みと、誇りを生み出して、職員の就業意欲を高め、離職率を減らして、人材が確保され、さらなるいサービスの品質アップに繋がっていくのである。

介護サービスの事業管理者は、そのことをもっとも理解して、職員のスキルアップとサービスの品質向上は、事業経営とリンクするものであると考えなければならない。

そもそも自分が週2回しか入浴できないとしたら、そうした環境に積極的に身をおきたいと考える人が何人いるだろう。毎日入浴しないと落ち着かない人自身が、週にたった2回しか入浴行きかいのない暮らしをなんとも思わないのは、単なる感覚麻痺なのか、人間愛の欠如なのか、僕にはどうも分からない。

法令は護るべきものではあるが、法令さえ護っておれば人は幸せになれるわけではない。

人の暮らしに関わり、人の暮らしに潤いを与え、幸福を運ぶべき職業である介護サービスは、人が何を求めているかということを考えることを止めたとき、人の苦悩に気づかなくなる可能性が高い。そうなったときの姿は、驕慢で醜い姿でしかないだろう。そうなりたい人はいるのだろうか。

どちらにしても、最低保障の法規定に縛られて、人が工夫をしなくなるのは退化でしかない。退化した人によって創られるサービスを甘受しなければならない人は、人としての矜持さえ失いかねない。そんな職業に誇りを持てというのは無理だ。

そういう職業には決してしないように、理想をつぶす壁をなくすために何が出きるのかを考え続けたいと思う。

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風が吹いている


先週末は、金曜日に北海道を経って、大阪と東京で3講演を行ってきたが、大阪も東京も気温と湿度が高い状態で、街を歩くだけでひどく体力が消耗した。

日曜日の夜に北海道に帰ってきたが、本州と比べると、ここはオアシスだ。吹く風もさわやかに感じる。

ところで風といえば、我が介護業界に吹く風はどんな風だろうか。巷では国政選挙が行われているが、選挙運動の中で、介護現場の人材難を憂う声や、それに対する具体的施策を公約に掲げる政党も人も、その姿は全く見えないといってよい。

この選挙が終わると、1年半後の介護報酬改定に向けた、介護給付給付費分科会での議論も一気に進むことになろうが、その見通しは必ずしも明るくはなく、吹く風も逆風であると見る向きが多い。その風を少しでも順風に変えるためには、国政選挙の場で己の一票を投じて、物申す行動を示すことは必要だ。小さすぎる力だという理由で、それをしない人に物申す権利はないといえる。

風はそこに吹いているのだから、いつ、何をきっかけに風向きが変わらないとも限らないのだ。

介護業界の人材不足、人手不足は深刻だとは言っても、介護保険制度以前と以後では、介護業界に携わる人の数は倍以上に増えているのだ。それは特定場面で見た場合、マジョリティーとなり得る数なのである。この数の力、数の論理を結集できる場がないことが残念でならない。

方法論や各論は違えど、労働対価にふさわしい介護報酬を確保し、人材を確保して、この国の福祉を護るという目的は同じなのだから、この部分で集結して力を合わせることが出来れば何かが変わるはずなのに・・・。

法律や法令を護ることは当然であるし、それはきわめて大事 な約束事ではあるが、法律や法令が、ことごとくその時代と人のためになる最良のものとは限らない。介護保険法などを含めた、社会福祉各法も同じことが言えるわけで、この時代のニーズと、時代に左右されない普遍的なものを、バランスよく見つめて、新しい法律を作っていくためのアクションも必要である。

今行われようとしていることは、改正という名の給付抑制の拡大である。様々な理由や難癖をつけて、公的給付の介護サービスを使えなくして、自己責任という名の個人負担が増える制度に変える方向に誘導している人たちがいる。この国の民が、すべて裕福で、自己責任で自らを護れるのであれば、よれも良いだろうが、一体高齢者の何割が貧困層に陥っているというのだろう。

高齢者だけではなく、介護サービスの現場でも、非正規労働者の数が多すぎる。それは必ずしも経営者が搾取するために、安い人件費を求め手いるわけではなく、そうしないと介護経営が難しい実態が、そこかしこに存在しているからに他ならない。いうなれば我が国の実態は、裕福な仮面をかぶりながら、それを支える社会のセーフティネットがズタズタに切り裂かれた状態といえる。これが先進国を標榜する国の姿といえるのだろうか。そこの国家責任というものが存在しているのだろうか。

それでもあきらめないで、志を共にする仲間と力を合わせて、そこに吹いている風をこちら側に向かせて行きたい。

先週から始まった、「masaの介護福祉情報裏板リアル・本音のトークライブin大阪・介護の陣」のテーマソングは、そういう意味をこめて、いきものがかりの「風が吹いている」をテーマソングとさせていただいている。受講者の皆さんは、そのことに気が付いただろうか。その歌詞が耳に届いただろうか。(※ぜひ張り付いたリンク先の歌詞を読んでいただきたい。)

このセミナーは、あと2回大阪で続けていくので、一緒の風に乗りたい方は、ぜひ会場にお越し願いたい。

僕たちの周りにも必ず希望の明日へ吹く風が吹いているはずだから。

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特養の待機者減の報道の背景は何か


先週6/30(木)、新聞各紙が一斉に「特養の待機者減少」というニュースを流した。

その中には、「急減」という言葉を使っているものも見られた。

待機者の減少の理由は、各誌とも特養の入所要件の厳格化により、原則要介護2以下の人が入所できなくなったことと、サ高住など他の入所施設という選択肢が広がったことによるものと分析している。

しかしこのような報道が今されだされるというのもどうしたものだろう。

もともと入所要件の変更ルールの議論では、特養の待機者のうち要介護1と要介護2の人の割合は、全国で13パーセント以上となっているという数字が出されていたのだから、少なくとも昨年4月以降、特養待機者の1割以上の減少は織り込み済みだ。しかも入所要件の変更により、待機者の要介護度の確認と、その意向の再確認の過程で、とりあえず申し込みをしていただけという人が何パーセントか零れ落ちることも想定されることであって、待機者が減少することが、ニュースになるほうがおかしいと思う。

いやそうではなく、待機者の割合が想定より多すぎるのだという人がいるとしたら、それこそ見込み不足だ。

既に存在している空き箱(その1)」という記事は昨年10月に書いたものだが、ここではすでに特養が売り手市場ではないことも、相談員の業務として、「顧客確保のための営業周り」が求められてきていることも指摘済みである。

僕から言わせれば、6/30日に一斉報道された記事内容など、数年前から予測された範囲の現象でしかなく、報道するに値するものとは思えないのである。

しかも報道内容の中には、国の施策によって要介護2以下の認知症の人の行き場所がなく、漂流を余儀なくさせられているかのような指摘が見られる。

しかし、「国の施策」面からそのことを論ずるなら、それは誤った指摘であり、「特例入所」という形で、要介2以下の認知症の人は、特養に入所できる仕組みは残っている。この特例入所が機能していないとしたら、それは国の責任ではなく、そのルールの運用を任されている市町村の責任である。

このように真実とはいえない報道内容が、ある日一斉に流されるのはなぜだろう。

そこには国、あるいは政治の意図が隠されているのではないかといううがった見方をしてしまう。

この報道に触れて僕が感じたことは、安倍首相の、「新三本の矢」という経済政策の中で掲げた、「介護離職をなくすための特養整備」の軌道修正が図られているということだ。

特養に入所できない人の家族が、そのことを理由に辞職を余儀なくされることがないように、待機者の解消を狙った特養整備の施策と、そのための補助事業については、声高らかに唱えたものの、巷の評判は芳しくない。やれ箱物だけ整備して介護職員はいったいどうするのか、やれ介護離職より先に介護者の離職をなくす施策が先だろう等々、思った以上に評判が悪かった。

そんな中で骨太の改革を実行して、社会保障費の自然増分を含めた伸びを、現行の1兆円から五千億円に抑制しなければならないときに、特養のベッド数を増やす政策は、それと大きく矛盾することである。そうであるなら、そのような無理を、評判が芳しくない中で続ける必要はないと考え、待機者大幅減という現象を理由に、政策変換を図ろうとするものではないのだろうか。

それはそれでよいとして、これによって安倍政権は、ますます介護にそっぽを向いて、介護保険制度や介護報酬など何のことやらという方向で、政権運営されるのではないかと危惧するものだ。

どちらにしても、この報道が単純な社会現象をあらわしているものというような、能天気な読み方をしてはならないと思う。

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強くなくても歩いて行けるさ〜大阪に向かう空から


介護施設には様々な人生がある。

中間施設といわれ、終生施設ではない老健にも、仮住まいとはいえそれぞれの暮らしがあり、暮らしの中にうまれる様々なエピソードがある。僕たちはそのエピソードの中に刻まれる1人物なのかもしれない。

それにはどんな意味があるのだろう。

僕は職業柄、いろいろな施設を渡り歩いているような人の相談にも応ずることもあるが、人によっては、特定の人物との出会いが、苦々しいだけの思いにしかなっていないことがある。そういう人と出会ってしまったことを悔いる気持ちだけを持ち続けている人がいる。

僕たちが対人援助のプロであるならば、結果的に相手にそのような思いをもたせてはならない。

良かれと思った結果が、相手にとって苦々しいものになってしまった時に、僕たちはそのことを、たまたまの結果であるとして忘れ去ってはならない。

できるなら、僕はそれらの人の人生の中で、良い記憶として残らなくても、消してしまいたい悪い記憶になりたくはない。できることならば、僕がかかわる人々に、さわやかな笑顔を運びながらも、風のように消え去ってしまう存在でありたい。

高齢者の人生の一部に関わる関係者は、誰かの人生の一部に深く介入しているという事実に目を向けるべきだ。望む・望まないにかかわらず、僕たちの存在が、誰かの人生に何らかの影響を与えてしまうという意味を考える必要があると思う。

そんな僕にも、若い頃の失敗はたくさんある。もしかしたらそれは、関わった人々にとって、禍々しい記憶になっているのかもしれない。そうだとしたら、その時に出会った人達には本当に申し訳なく思う。取り返しのつかない失敗ではあるが、そのことを繰り返さないというのが、僕の唯一の贖罪である。その思いは、きっと一生消えることはない。

対人援助とは、それだけ重たい職業だ。その重さを自覚したとき初めて、その使命が見えてくる。そしてその使命を達成しようとする日々の努力があればこそ、我が胸に誇りを抱くことができるというものだ。

それが人から見れば、つまらないプライドだとしても、人はパンのみで生きるにあらずの精神を忘れず、道なき道を探し、歩いて行こうと決めている。

人が思うほど、僕は強い人間ではない。しかし、自分が思うほど、僕は弱い存在でもないはずだ。

そう信じて、今だからできることを続けていこうと誓った。そんな思いとともに、僕の日常が存在し、僕という個性がつくりだされている。そういう僕に共感してくれる人々に出会うために、僕の旅はここにある。

暦を見ると既に6月があっという間に過ぎている。今年も残すところあと半年だ。今年は僕にとって、新しい空へ飛び立つ年だった。しかし挑戦はここで終わりではない。今の職場が最後の職場だとも思ってもいない。やりたいことがあれば、また新しい空に向かって飛び立って行くかもしれない。求められるのであれば、別の大地に根をおろすことだろう。そこに希望という光が見えたなら、きっと迷うことはないだろう。

7月というこの季節は夏といってよいと思うが、今年の北海道は時折震えるような寒い日があって、どうも夏らしくない。しかしこの大地にも熱い太陽が照りつける真夏の日が来て、やがて落ち葉の季節を迎え、厳しい冬がやってくるのだろう。

それでも僕は、北海道という場所が好きである。冬の寒さや厳しさを誰よりも知ってはいるが、それを厭う気持ちにはならない。それでも新しいチャレンジの時は、この愛すべき大地から旅立つかもしれない。それも選択肢の一つであるし、その選択を狭めるほど老け込む年でもあるまい。

巡りくる季節の中で、半年後・一年後の自分がどこにいるのか、何をしているのか、今はそのことを考えるのが一番の楽しみである。幻想に終わったとしても、夢見ることは許されることだろう。夢は若者たちだけの専売特許でもないのだから。

今僕は、愛する北海道から大阪に向かう旅の空にいる。今日からの3日間は、大阪市老連主催・看取り介護セミナーmasaの介護福祉情報裏板・リアル!2016本音のトークライブin大阪介護の陣VOL1介護甲子園コラボセミナーin東京 と講演の旅が続く。

今日の講演主催者、大阪市老連さんとはもう5年以上前からのお付き合いで、毎年複数回僕の講演を企画していただいている。今年も今日の講演のほか、8月5日(金) は、masaの連続研修第 2 弾『高齢者虐待の実態と防止策』 〜 感覚麻痺や鈍感さ を生み出さないために…私たちがすべきこと〜 を企画していただいており、さらに9月にも、第3回講演を予定している。大阪介護の陣も3回シリーズなので、この3月は、2つの大阪講演が抱き合わせで実施されることになっている。

そうした自己表現の場がある僕は、幸せ者であると思う。そういう場所を作ってくれるのも、心を繋げている仲間の存在があるからだ。

そういう人たちへの感謝の思いは、志を同じくする人の抱く思いを、僕が代わりに伝え続けていくことだろう。そういう形でしかご恩返しはできないが、そんな不器用なやり方があってもよいだろう。

関空を見下ろす空の上で、着陸態勢に入った飛行機の中で、そんなことを思いながらこの記事を書いている。

大阪の大地に、今日はジリジリとした熱い太陽が照りつけている。

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不在者投票をする姿


7/10の参議院議員選挙に関連して、介護施設では投票所へいけない利用者のために、不在者投票を行うことになる。

老健の場合も、施設内で定めた期日に不在者投票を行うが、そのためにあらかじめ利用者の医師を確認し、投票用紙を各市町村に請求する事になる。参議院議員選挙は国政選挙だから、住所地がどこにあろうと、選挙権のある人は投票できるわけであるから、施設に住民票を置かないことが原則の老健の場合、請求市町村は複数にわたることが多い。

ただ投票用紙を請求してほしいという意思を示す人は、利用者の約半数で、投票用紙を請求しても、不在者投票当日に実際の投票行動に結び付かない人もいる。特に不在者投票の場合、投票用紙を内封筒と外封筒に入れて投票するという仕組みなので、その煩雑さを嫌って投票しない人もいるので、この方法がなんとかならないのかと思ったりする。

しかし投票する人の姿はみな真剣である。老健だからリハビリに取り組んで、利き腕変換している人も多いが、不自由な手足を懸命に動かしていり人、震える手で時間をかけて文字を刻む人、選挙公報を1時間かけて読み込んで投票する人など、選挙に行ったことがないという人に、一度見せてやりたいほど真摯な姿勢がそこかしこにある。

こういう人たちこそ、国政に意見を言えるというもので、投票もせず、政治に関心も持たず、それでもってマスコミの論調に乗って政治家や国政を批判するだけでは、日本は変わらないといいたい。

それにしても、この参議院選挙の盛り上がりに欠ける様子は何だろう。政権運営に直接関連しない選挙だからだろうか。それとも政治全体に対する期待の薄さだろうか・・・。

現在政治力を失っている全国老施協としては、この選挙でなんとしても応援する候補を当選させて、次期介護報酬改定に向けた政治力を手にしたいだのだろうが、その懸命さもイマイチ伝わってこない。

選挙で示す公約の中には、介護職員の処遇改善という内容も入っているが、介護保険制度全体の方向性に及ぶ公約は見当たらない。軽度者を給付から切り捨てていく流れが敷かれていることに、異議を唱えるような公約なり意見なりがまったく出されないのはなぜだろうか。

そんな中で、介護関係者のおとなしいことといったらない。前述した軽度者の切り捨ては、国民の福祉の低下のみならず、介護サービス事業者にとっては死活問題だ。顧客がある中で過当競争を強いられて、しかも介護き給付費の上がる見込みはほとんどないという状況に、何らかのくさびを打ち込むなり、風向きを変えるなりする様な動きが見えてこない。

そういうお前はどうなんだといわれるかもしれないが、僕が選挙に出るわけにはいかないので。せめてよりましな候補者を選んで1票を投じようと思う。

同時に僕のできることは、現在7本の連載を抱えながら、全国での講演活動を行っているという状況を生かして、自分の主張を文章や言葉にして、いろいろな場所で主張していくことだと思っている。

明日から、大阪市老連看取り介護講演(金)〜本音のトークセッション大阪介護の陣(土)〜東京介護甲子園コラボセミナー(日)と熱い3日間が始まる。

そこで熱い仲間とつながりあって、一陣の風を吹かしてきたいものだ。

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人員不足っていう問題ではないと思うが、闇は深い


現在の職場に変ってつくづく思うことは、人事責任に煩わされなくなって、ストレスなく毎日を過ごせるようになってありがたいということだ。

3月までは、退職者の補充をはじめとした人事を、ほぼ僕一人の責任でこなしていたので大変だった。

前の職場は、職員の離職率が高いわけでもなく、正規職員の募集には必ず応募がある施設だったが、契約職員やパート職員の補充は大変であった。しかも特養だけではなく、デイサービスも含めての管理だったので、毎日職員の定着と教育、新規採用に頭を悩ませる日々で、道外講演の最中でもそのことが頭から離れることはなく、夢にまでも出てきたりした。

その点、現在の職場ではそういう責任はないので楽である。これは非常に大きなことである。

それにしても介護施設の人材不足は深刻である。全国どこの職場でも、職員採用を担当している人は大変な思いをしているのだろうなと思う。

現場も人が足りずに、ギリギリの状態で回している介護施設が多いから、職員募集に応募があれば、とりあえず採用してしまうという傾向があるが、このことは悪循環を生んで、ますます介護の人材不足を深刻化させている。

どういうことかというと、どこでも採用されるから、介護職員は売り手市場である。そうであれば売り手のスキルに関係なく採用されるから、スキルを挙げようと努力をしない人も、引く手あまたで、気に入らない職場は、さっさと辞めて、次の職場を探すのに困らないということになる。

それらの人々が気に入らない職場とは、必ずしも介護サービスの質が低い職場ではなく、単に自分が気に入らない職場であって、上司や先輩のまっとうな指導さえ、それが気に入らなければいつでも辞めてやると考えている人も含まれてくる・・・というより、複数の職場を渡り歩くような人は、このタイプの人が多いのだ。

人が少ないからといって、このような人を雇用してしまうと、人の数は増えたけど、サービスの質は下がるし、他の職員への負の影響も出るし、それやこれやの対応で時間が割かれ、職場も混乱して、結局はいないほうがましだったということになりかねない。そういう経験をしている施設が多いのではないだろうか。

だから人手不足であるけれども、職員採用はじっと我慢で、慎重に良い人材を選りすぐっていくという考えも必要である。まず採用ありきで、とりあえず雇用して、数さえ揃えれば何とかなるだろうという考えは禁物である。求めるべきは、人員ではなく人材であるという基本を忘れてはならないということだ。

しかしそう考えていても、人材を見極めること自体が難しいという問題もある。簡単な採用試験と短時間の面接だけで、そのような見極めが出来るわけがない。特に僕自身は、この見極めが苦手だという自己覚知があるために、前の職場でも採用に関する面接は、決して一人では行わなかったし、意見が割れた際には、他人の意見を採用することにしていた。

それでも当たり外れは付きもので、ふさわしくない人物を採用してしまった場合は、出来るだけ早くに、「向いていない」ことを自覚してもらって、自ら退場していただくようにしたほうが良い。雇うほうも、雇われるほうも、双方が我慢してなんとなく働き続けていると、そこでひずみが生じ、それが利用者に向かったら、虐待などの取り返しのない事態に繋がりかねないからだ。

虐待といえば・・・先週驚くべきニュースが耳に入ってきた。

東京都内で仕事をしていた25歳の男性介護士が、勤め先の介護老人保健施設で、入居者の70代女性のベッドに潜り込み、服の中に手を入れて女性の胸や腹などを触ったとして、強制わいせつ容疑で逮捕され、「いけないこととは思いながら、やってしまった」と容疑を認めているというのだ。

とんでもない事件だし、容疑者にはどのような罵声を投げつけても足りないくらいではあるが、同時にこういう事件が起こると、施設の管理者としてはどうしたらよいのだろうと呆然としてしまう。

若い男性を雇用する際に、介護施設の高齢女性に、わいせつ行為を行うかもしれないなどと考えて、事前にそのようなことを防ぐ手立てを考えている管理者なんていないのではないか。そのようなことはありえないことだから、手立する必要も考えていないというのが現状だろう。

そういうありえないことが起こった。これを今後どのように対策するべきなのか・・・そもそもそのような人物をどう見極めるのか・・・。これはもう運を天に任せるしかない世界である。困ったものである。

ただひとついえることは、この問題を介護のストレスに転化して考えてほしくはないということだ。こんなのは異常な性癖の大ばか者が引き起こした、きわめて異常な事件であって、犯人の心の闇を解いたところで、何の教訓も生まれないのだと断言しておこう。
大阪・介護の陣

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施設経営の視点を持った利用者の代弁者として


施設の相談援助職員(介護支援専門員・生活相談員等)などを対象にした専門研修会が少ないという声が聞こえる。

確かに居宅介護支援事業所の介護支援専門員の専門研修に比べ、施設の介護支援専門員や生活相談員の専門研修機会は多くないのかもしれない。

ただ僕に限って言うと、施設の相談援助職を対象にした専門研修の講師を依頼される機会が多く、近直だと7/14(水)16:00〜アートホテル札幌で行われる札幌市老人福祉施設協議会 生活相談員研究会 ・研修会でも、「相談援助職の役割と実務」をテーマにした講演を行う予定となっている。施設の介護支援専門員の役割と実務や、施設サービス計画の作成の視点に関する講演も、全国各地で行っている。

そんな中で今年の4月から6月まで、大阪を舞台に、施設の相談援助職員(相談員と介護支援専門員)を対象にした実務講座を、全6回シリーズ(1回210分)で行ってきた。

介護アカデミー相談員・ケアマネジャー講座
定員は12名で、施設は特養だけではなく、老健も対象にしていたが、結果的に老健の相談援助職の方の参加はなく(ただし老健のリハ職の方が1名参加していた)、特養の方が中心となる講座だった。

施設の相談員や介護支援専門員は、施設サービスにおいて、頭脳の役割を担って、利用者に結び付ける介護サービスを、様々な角度からコーディネートする調整役であって、なおかつ中間管理職として施設の経営や運営にも関わっていくという役割が期待される重要な職種である。

今回の講座では、介護保険制度がなぜ創設されたのか、それはどういう経緯とタイミングで、精度創設に繋がっていたのかということを解説したり、施設サービス費の算定構造を紐解くなど、施設経営の視点も盛り込んだ講座内容としてみた。

介護アカデミー最終講義
最終回は、施設サービスとして求められる重要な機能として、認知症の人に対するケアと、特養が基本サービスとして看取り介護を実施する必要性をお話して締めくくった。

3.5時間×6日間の講座で、この役割のすべてを伝える事が出来たかどうかはわからないが、施設経営にも関心を持ちつつ、利用者の代弁者となって、その暮らしぶりをよくするための相談援助職という具体像を思い描いての講座であった。

介護アカデミー卒業生
卒業生は11名。(途中で仕事をやめて、講座受講も止めた方が1名:最終講義を受講できなかった2名は、後日ビデオ受講で卒業。)最終講義を終えたあとで、終了証を渡して、全員で記念撮影をしてお別れした。受講終了した皆様の、今後に大いに期待したいところだ。

介護アカデミーは7月以降も続くが、僕自身はその講座はいったん卒業させてもらい、7月からは大阪で新たな企みを実践する予定である。「菊地雅洋トークライブ!!masaの介護福祉情報裏板・リアル2016本音のトークライブin大阪介護の陣」がいよいよ今週土曜日から始まる。

このトークライブは、筋書きがない本当のライブで、一応パワーポイントの資料は作っていくが、それはあくまで基本的な参考資料にしか過ぎず、どんな展開になるのか講師も分からないというものだ。音響や映像もふんだんに使って、介護の未来を明るくするための熱い議論を交わす予定になっている。熱い思いを抱いて、元気になりたい方は、ぜひ会場にお越し願いたい。

第1回本音のトークセッションは、居宅サービスの今後について熱く語る予定だ。特に居宅介護支援事業所の介護支援専門員の皆様は必見である。そしてその余韻は、そのまま翌日曜日の、東京で行う介護甲子園主催研修に繋がっていくだろう。

それでは週末、大阪と東京で熱く語り合いましょう。
大阪・介護の陣

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全国を駆け巡る充実感


3月まで、社会福祉法人が経営する特養・デイサービス・居宅介護支援事業所の総合施設長を勤めていたが、本業以外の活動が楽しくてしょうがなくなった。

若い人に対する教育活動や、講演活動が自分に一番あっているし、そうした活動が日々の暮らしの張り合いになっていた。

しかしその活動を増やしてしまえば、社福の管理者としての業務に支障をきたす恐れがあるため、なかなか思うような教育・講演活動が出来なかった。

そんな中で、「北海道介護福祉道場・あかい花」を設立して、介護業界の将来を担う、志の高い若者たちと学びあっているうちに、こちらの活動に軸足を移せないものだろうかと考え始めた。それが2年ほど前のことである。

その頃から前職を退職することを考え始めた。だから前法人を退職することは、親しい人なら2年ほど前から知っていたことになるし、フェイスブックの書き込みにもそのことは匂わせていたので、知人の方々は、なんとなくその気配を感じ取っていたようである。

そしてこの春、思い切って30年以上勤めた社福法人を退職した。2年前に描いた夢では、教育・講演・執筆活動で生活の糧を得られるようになればと思っていたが、紆余曲折があり、現在勤めている医療法人に勤めながら、教育・講演・執筆活動にも力を入れるような状態になった。

このことは現法人に勤める際にも認めてもらっていることで、秘密裏に行っている活動でもないし、平日に道外講演などをしなければならない際にも、休みを取らせてもらえるように配慮して貰っている。

もちろん僕一人だけ、休みが多いというわけにはいかないので、特別ルールとして、土日祝祭日が休みが原則であるにもかかわらず、希望勤務も事前に申し出て、平日に休む代わりに、土日に出勤することも認められている。有給休暇も使えるが、本来それは就職してから半年後から与えられるルールになっており、9月末まで取得できないことになっているが、これについても時間休の前借りを認めてもらっている。

例えば、先週上海で講演を行った際は、金曜日の午後に1時間有給を前借りして千歳空港に向かった。今月始めの金沢講演の際は、金曜日を休みにしてもらって、その代わりの勤務日を明後日26日(日)にしてもらっている。だから今日は、仕事が終わったらそのまま千歳空港に直行して、空港内のホテルに泊まり、明日朝一番の始発便で大阪に飛び、13:30〜17:00まで大阪市内で講演を行い、講演後は北海道にトンボ帰りして(家に到着するのは、夜10:30頃)、明後日日曜は通常出勤となる。

こんな風にして、6月から7月いっぱいは休みが一日もなく、老健の仕事がない日は、すべての日に講演予定が入っている状態である。しかしそのことは大変でもなんでもなく、楽しいことでしかない。本当にありがたいことである。

こんなふうにして現在は、平日は医療法人内の老健の事務次長職を務めながら、土日を中心に、道外などの講演活動や、道内での自分が主催する介護教室の活動を行っている。

それって3月までと同じではないかと思う人がいるかもしれないが、職場の責任が全然違うので、まったく異なる状態といってよい。

3月までは、法人全体の責任を背負っており、休みの日に職場から遠くで活動していても、何かあったら逐一連絡が来て、対応せねばならないし、責任も背中にずっしりと降りかかってきた。

現在の職場でも、それなりの責任のある立場ではあるが、ワントップとはまったく異なる立場で、講演先まで緊急連絡が入ることもない。いったん職場に出たら責任ある仕事をするが、オフは完全に業務とは離れられるメリットは大きい。そんな立場を楽しんでいる。

現在、毎月大阪での講演があるが、7月からは第2ステージの展開が待っている。7月〜9月まで、毎月第一金曜と土曜は、大阪での講演。ここをベースに、日曜日に講演依頼があれば、大阪から全国に飛んで講演を行い、その日のうちに北海道に帰ることになる。

来週に迫った7月第一週は、7/1金曜日が大阪市老人福祉施設連盟主催の看取り介護研修、7/2土曜日は、トークライブin大阪介護の陣、7/3日曜日は、場所を東京に移して、介護甲子園主催セミナー、となっている。

お近くの方で、まだお申し込みでない方は」、ぜひこの機会にお申し込みになって、会場にお越しいただきたい。
あかい花

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特定施設の新たなビジョンに触れて


6月20日のCBニュースによると、全国特定施設事業者協議会(特定協)は、特定施設入居者生活介護(特定施設)の通称を「介護付きホーム」とすることを決めたそうである。

確かに一般の人たちにとっては、「特定施設」という呼称は分かりにくい。何か特殊性のある施設のようなイメージを持ってしまいそうである。そういう意味では、今後「介護付きホーム」という呼称は、関係者のみならず、一般市民の間にも広く浸透していくんだろう。

そんなことを書くと、どこからか、「特定施設って居宅サービスでしょ。おかしくない。」という声が聞こえてきそうである。しかしそれは特定施設やグループホームが、なぜ居宅サービスに分類されたのかという経緯を知らない人の戯言である。

特定施設とは、本体施設として有料老人ホームとかケアハウスなどがあって、そこが職員を指定基準以上配置して、それらの施設内部の職員でサー日オス提供する場合に指定を受けることができるものだ。この場合、特定施設の指定部分では、外部の介護保険サービスはつかえない。つまりその実状は、介護施設なのである。

グループホームにしても、グループホーム内で、グループホームに居住している人に対して24時間365日の介護サービス提供を行うものであり、規模は小さくとも立派な施設サービスである。

それが介護保険制度上は、「居宅サービス」に分類されているに過ぎない。

その理由は、法令上、介護保険施設に分類されてしまうと、設置主体が(特区を除いて)国・地方自治体・社会福祉法人・医療法人に限定されてしまうからだ。そうなってしまっては、居住系施設の数が増えないために、必要なサービス量の確保が困難になる。

そうなっては困るから、特定施設やグループホームについては、民間営利企業が参入できる居宅サービスに分類したに過ぎない。この点を理解していないとチンプンカンプンになってしまうので、注意が必要である。

ところで特定協は通称を定めた総会で、介護付きホームの事業者が目指すべき「ビジョン」も決めたそうである。そのビジョンの具体的な内容は、貼りつけたリンク先の記事を読んでもらうとして、その中のひとつに次のようなビジョンが示されている。

・『終の棲家』の実現〜尊厳をもって最期まで暮らしていただける住まいを目指します。

これはきわめて重要な視点である。事実上、特養と替わりのない「暮らしの場」となっている特定施設が、終末期という理由で、その居所を替えるように誘導せねばならないのはおかしい。日常の暮らしに対し、責任を持ってその暮らしを支えるサービスを提供するとしたら、その暮らしの先にある終末期に対しても、きちんとした責任を持つべきである。

高齢者の最晩年期に関わりを持つ介護の専門家が、その人のもっとも心の支えを必要とする時期に、その責任を放棄してどうするのかといいたい。

特に家族単位が縮小し続けている現代社会においては、家族などのインフォーマルな支援がない人が増えている。そのときに尊い命の炎が燃え続けている間、支える役割を担うべきものが、介護サービスではないのだろうか。看取り介護・ターミナルケアとは、そのように「生きる」を支えるケアであって、死の援助ではないし、特別なケアでもないはずだ。

僕たちが、この世で関わりを持ち、縁を結んだ利用者の方々に対し、真摯な思いを寄せ、人としてその存在を愛しむならば、最期の瞬間まで関わりを持とうとする姿勢のほうが当然である。

僕が生まれた当時、日本人の7割以上が、自宅で家族に囲まれて旅立っていかれた。そのときは、枕辺にいかなる専門家もいなかったケースがほとんどだ。そうであっても自宅で家族に囲まれての旅立ちが、悲酸な状態であったという事実はない。むしろそこでは、家族の心に永遠に残っていくエピソードがたくさん生まれていた。まさに、自宅の枕辺で命のバトンリレーが行われていたわけである。

家族単位が縮小し、日本人の8割以上の人が医療機関で死んでいる現代社会において、僕たちは日本人として何か大切なものを失ってしまったのではないだろうか。

もう一度大切な家族同士の繋がりやエピソードを取り戻すというのが、看取り介護の意味なのかもしれないし、そこに関わることができる介護の専門家は、そうした場所で、崇高なる命のバトンリレーをお手伝いできるという意味ではないのだろうか。

そういう意味で、介護施設はもちろん、グループホームであっても、自宅であっても、介護の専門家のすべてが看取り介護・ターミナルケアに取組んでほしい。

そのときのヒントになる「看取り介護セミナー」を全国で行っているが、1回5時間という十分な時間 をとっている日総研看取り介護セミナーは、いよいよ岡山会場で最終回を迎える。

8月7日(日)10:00〜16:00・福武ジョリービルで、命のバトンリレーについて考えてみませんか?

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日本の介護が乗り越えなければならないもの


上海講演でお話したこと、その2です。昨日の記事からの続きです。

日本の在宅サービスの今後の課題を考えるとき、ひとつには認知症の人がさらに増えてきますので、それらの方々が住みなれた地域で暮らし続けられるための支援が求められてきます。居宅サービスにも、認知症の人にきちんと対応できて、落ち着いて暮らしを送るお手伝いが出来る援助技術が求められてきます。

そのとき考えなければならないことは、地域に住み続けるということは、必ずしも自宅にこだわらずに、その人の心身の状態に合わせた支援が提供可能な場所に、住み替えるということも必要になるということです。具体的には認知症の人のグループホームなどが、その対象になるでしょう。

ここで更なる問題として考えなければならないことは、車の運転ができる認知症の人が増えてくるという問題です。

認知症の人は、記憶をためる神経組織に障害が生じて、今朝、朝ごはんに何を食べたかというエピソード記憶や、赤鉛筆の赤という意味は何で、どういう色なのかという意味記憶は失われます。しかし仕事の手順の記憶等の「手続き記憶」は比較的晩期まで残っています。これは手続き記憶が記憶される部位が、他の2つの記憶とは異なる部位であって、そこはアルツハイマー病などで障害が生じにくい部位だからです。

すると「車を運転する」ための手順の記憶は、手続き記憶ですから、朝何を食べたのかを思いだせず、自分の家族の顔が分からない人でも、運転という行為は出来てしまいます。

しかし車を動かすことは出来ても、判断力は衰えていますし、認知能力も衰えていますから、正常な運転は出来ず、車をものにぶつけてしまうことが多いです。ものならまだしも、人にぶつけてしまうことがあればたいへんです。しかし事故を起こしたという記憶は、エピソード記憶ですから、覚えていることができません。こうして、自分の大切な孫を、自分の運転する車でひき殺してしまって、その記憶がないという認知症の方が、実際に存在しているのです。これは悲惨なことです。

居宅サービスの関係者は、そういう人がサービスを利用していた場合、「運転できるから大丈夫」と考えるのではなく、少しでも認知症の症状が現れた人の、運転を止めさせる支援から入らねばならなくなります。そして運転しない暮らしが、不便ではない暮らしへの支援を考えていく必要があるのです。

それともうひとつは、日本人の死者数が増える中で、病院のベッド数が減りますから、2030年には、40数万人の人の、死に場所確保が問題になるということです。

今、日本人の8割以上の人が医療機関で亡くなっていますが、これからの社会では、死ぬためだけに医療機関に入院することは難しくなるし、好む好まざるにかかわらず、在宅死が増えていくことになります。

その中で在宅サービスは、利用者がどこに住んでいようと、最期の瞬間をどう過ごすのかという部分に関わって、安らかに暮らすための支援が求められることになると思います。

厳しい介護報酬と、サービスが競合する社会で利用者確保の競争に勝ち抜くには、ターミナルケアの機能を持ったサービス事業所ということが必然となってくるでしょう。

ここのニーズを捉えられない事業者は、たいへん厳しい経営となるのではないでしょうか。

・・・・・そのほかにも話したと思うのだが、その内容の記憶があいまいである。このあたりで報告終了とさせていただきたい。

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介護保険制度創設の意味と効果、そして課題


上海講演では、日本の居宅サービスの現状と課題を、介護保険制度の創設の意味とともに語ってきた。原稿なしの講演だから、自分の記憶だけで話した内容をここにご紹介したい。

会場では概ね高評価をいただき、日本の関係者の方からも「分かりやすかった」と評価いただいた。ただし、このブログ記事を読んでいる人は、日本の専門職の人が多いのだから、その内容は当然と思えることが多いかもしれないということを断っておきたい。

(講演内容)
日本では2000年から介護保険制度が創設され、高齢者介護の制度が大きく変わりました。制度創設に至った理由はいくつかありますが、最大の理由は、国費のみを財源とし、行政機関主体のサービス提供であったそれまでの制度が、構造疲労を起こして機能しなくなる恐れがあったからです。

その背景には少子化とともに、ベビーブームと呼ばれる一番人口が多い世代の人々が2015年に65歳に達するということがありました。それまでに財源をきちんと確保するとともに、サービスの量を確保する必要がありました。

この点、介護保険制度は非常にうまくいったという側面があります

まず財源ですが、サービスの量を増やすためには、国民負担を増やさなければならないわけですが、日本の場合、消費税を少しでもあげることには、国民の抵抗感が強く、それは時の内閣が倒れたり、場合によって政権交代を伴う恐れがあるわけです。

そんな政治状況とも絡んで介護保険制度は、税金などの国費のみを財源とするのではなく、国民が強制加入して支払う保険料方式を採用しました。導入された介護保険料の負担というのは、一定年齢に到達すれば強制的に徴収され、ある意味税金引き上げと同じようなものといえるのですが、そのことにあまり気が付かなかった国民が多いのか、この痛みはさしたる抵抗もなく受け入れられました。これによって国は、強制加入の保険料という新たな財源を確保したわけです。新たな国民負担の導入は、このように見事なソフトランディングとなりました。

もうひとつはサービス量の確保という部分で非常にうまくいきました。過去の制度では、サービス提供は行政機関や、社会福祉法人などの公益法人のみでその供給主体をまかなっていました。しかし介護保険制度では、在宅サービスに限って民間の営利企業の参入を認めました。当初、国はこの制度を国民の中に浸透・定着させるために、サービス利用を推進しておりましたので、たくさんの民間事業者が介護保険の居宅サービス事業に参入する結果を生みました。

その結果、民間の知恵もこの制度に好影響を与えました。例えば、日中のみ利用することを想定していたデイサービスにおいて、日中は保険制度内の利用を行いながら、夜は空いているスペースを使って保険外で宿泊することにより、実質数日間の滞在が出来る形態として、「お泊りデイサービス」というサービス利用方法が生まれました。

これは後に、通いサービスを中心にしながら、時間や曜日を固定せずに、訪問や保険外の宿泊を自由に組み合わせて利用する、「小規模多機能型居宅介護」という新しいサービスを生むことに繋がっていきました。このサービスは、要介護者が住みなれた地域で暮らし続けるためには、非常に有効なソフトと評価されていますが、これは福祉の先進国である北欧にもないサービスといえ、まさに民間の知恵が生み出した新しいサービスともいえます。さらに民間の知恵は、夜も昼も関係なく地域を巡回して訪問介護サービス等を提供する、24時間巡回サービスにも繋がっていきました。

現在では、居宅サービスの全事業で、その運営主体は民間営利企業がその5割を超えており、まさに介護保険制度は、民間活力の導入により成立している制度といってよいと思います。

ところが制度国民の間に浸透し、サービスの利用者数が増えてくることによって、給付費用は当然上がってくるわけです。さらに高齢者の数は増えてつけているわけですから、自然増分だけでも給付費は上がってくるわけです。当然この費用には財源が伴いますから青天井というわけにはいきませんので、ある時期から国は、給付を制限するようになりました。そして収益が高いとされたサービスについては、国定費用である介護給付費を下げるようにしました。

これによって介護保険サービスの収益率は確実に下がっていきます。民間事業者だけではなく、介護事業者にとって、このことはどうぞ介護保険というステージに上がってくださいといわれ、もっと上にどうぞと架けられたはしごをはずされる結果を生んでいきました。

2年後にも介護給付費の改定が予定されていますが、その際にも給付費はさらに下がるのではないかと言われており、特に軽度介護者は、給付対象からはずされたり、サービスを使いづらい仕組みへと誘導させられる可能性が高くなっております。

この事業に参入している事業者にとって、非常に厳しい時代になったといわざるを得ません。ただし給付費自体は、安部政権のプライマリーバランスゼロの政策の中でも、毎年年5千億円の増加が見込まれるのだから、その大半が人件費分だといっても、その中の収益を狙った事業参入は、まだ少なからずあるので、厳しい競争が続けられることになることは間違いありません。

※この前半部分では、財務省は保険料方式に反対だったこと、厚労省は介護保険特別会計の誕生で、裁量権が広がって、この制度を維持継続したという思惑があることなども予断としてお話しした。
(明日に続く)

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上海での3日間


僕にとって始めての海外講演となった上海講演は、とても貴重な体験であった。それとともに前後の移動日を含む3日間は、とても思い出深いものとなった。

講演前日の17日(金)は、仕事を終えた足で、自家用車を飛ばして職場から15分の新千歳空港に向かった。降りしきる激しい雨の中、駐車場に車を入れて国際線ターミナルに、出発時刻の1時間前に到着。出国・搭乗手続きを行おうとしたところ、なんと18:30発の予定便が、約2時間遅れとのこと。遅延理由は、上海浦東空港の管制の都合で、使用機の到着が2時間遅れとのことだった。12日に同空港で起こった、爆発事件がこんな形で影響してきた。

そんなわけで現地・浦東空港に到着したのが現地時間で午後11時頃。迎えの車で上海市内のホテルに入ったのは、日付が変わる直前だった。

そのためこの日は、疲れを取るためのマッサージを受けた後に、眠るだけとなり、翌日の講演に備えた。

翌朝は、午前7時に起きて、上海料理の朝食バイキングをいただいた後、セミナー会場となるホテルへ移動。移動手段は、ゴルフカートというユニークさであるが、カートを走らせること5〜6分で会場に到着した。
講演会場は各国首脳も利用するホテル
会場は、中国政府の首脳も宿泊するし、アメリカ大統領を始めとした各国首脳も宿泊するというホテル。セキュリティーが優れているのだろう。

僕の講演は、午前10時からで、その前に中国側の講演が2題用意されていた。今回のセミナーは、同時通訳なので、机のうえに用意されているヘッドホーンを装着して、日本語通訳のダイヤルに合わせた。
講演は同時通訳で
中国の介護事情は、日本より10年以上遅れているという話を聞いていたが、演者の語る熱い想いは日中ともさほど変わりはないようだ。そもそも日本だって、サービスの質の差はあって、僕の以前勤めていた施設のサービスと比べると、そこより10年遅れたサービスだと思える施設はたくさんあるので、あまり上から目線で評価しないほうが良いと思ったりした。

それにしても中国の人たちの講演は、時間が関係なしだ。決められた講演時間を無視して、司会者にとめられてやっと話を終えるといった始末である。おかげで僕の講演時間は、予定開始時刻より30分以上遅れる始末である。これはいただけない。

さて僕の講演である。今回は日本の居宅サービスの現状と課題について、介護保険制度創設の意味と功罪、今後求められるサービスの展開予測などについて語らせていただいた。その内容は、明日にでも詳しく報告するとして、今日は全体の流れのみ紹介したい。

同日通訳のセミナーは、通訳者のために原稿が必要とされる場合が多いが、僕は当日まで何を語るか決めていなかったので、原稿なしである。当日の前二人の話を聞いた後、通訳さんに大体こういうことをしゃべることを話して、専門用語を使わず、ゆっくりしゃべることに努めた。後で聞いたところ、なかなか優秀な通訳であったとのことだ。

その結果、僕の講演内容も概ね好評を博し、すべての演者の講演が終了した後の質疑応答では、会場の中国の人から4つの質問があったが、そのうちの3つが僕を回答者に指名しての質問であった。どれも僕の回答できる質問内容だったので、これにも丁寧に答えたつもりである。

上海講演
昼食も上海料理のバイキングであったが、それをはさんで午後からは、分科会。約2時間半のディスカッションも大いに盛り上がった。

セミナー終了後は、ナイトクルージングの船上での夕食会が開かれた。
ディナーはサンセットクルージングとセットで
この船の中の食事については、今朝更新したmasaの地と骨と肉で紹介しているので、参照していただきたい。

DSCN1367
長江に浮かぶ船上からの眺めも最高だった。

夜遅くまで楽しんだが、僕は翌朝5:30にホテルを出て空港に向かわねばならず、一足お先に失礼した。今回は、中国の通貨に交換する時間もなく、上海ではつかえ利通貨を持たない状態で、何も買わずに帰ってきたが、また上海にお邪魔して、お話しする機会が出来そうである。そのときまでの楽しみとして、とっておこうと思う。

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旅のある人生を楽しんでいます。


講演の依頼を受けた場合、移動の交通手段は自分で手配し、飛行機のチケットも、主催者の方の負担が出来るだけ軽くてすむように、早割りの最安値で購入することにしている。

しかしホテルは、現地の地理的事情が分からないと、講演場所とのアクセスに苦労する場所の宿を予約してしまうなどの問題があり、講演主催者の方に手配をお願いすることが多い。

すると主催者の方が気を使ってくれて、身分不相応の豪華な部屋を利用させて頂くことも多い。そんなときは、プチ贅沢に浸って、命の洗濯を気取っている。

特に贅沢に感じる瞬間は、朝の出勤時間にゆうゆうと、大きなバスタブに湯を張り、一人で湯に浸かっている瞬間である。地球資源を大切にする意味では、とんでもないことだが、たまには自分にご褒美をあげないと煮詰まってしまうので、こういう瞬間は僕にとって非常に貴重な時間である。

そんなときに、やっぱり日本人は「湯に浸かる」という文化を持っていることを忘れてはならないと思ったりする。

介護施設の中には、利用者の立位が不安定になったという理由だけで、簡単に湯船に浸かる機会を奪う施設がある。

車椅子で浴室に移動させられ、シャワーチアーに乗せられた利用者は、シャワーで全身を洗われて浴室から居室に帰させfられるが、そこで体は綺麗になったとしても、湯に浸かって疲れを取ったり、くつろいだりする機会は、一生失われるわけである。そこでは入浴は単なる体を洗う行為でしかなく、お風呂に入る楽しみなど存在しないのだから、「入浴拒否」する人が現れるのは当たり前である。

お風呂は身体を綺麗にするだけではなく、心も綺麗にしてくれるもので、それが人の暮らしにとってとても重要だったりする。介護の介とは、心にかけるという意味なのだから、この視点を忘れた介護は、ただの作業になってしまうことを肝に銘じておきたい。

旅の途中の休養の時間でも、そんなことを考えている僕は、やっぱりこの職業がすきなんだろうと思う。

その好きな職業を続けながら、好きな介護の話をさせてもらう場があって、そこでたくさんの仲間が出来る僕は幸せ者である。土日のほとんどが講演で埋まっているが、そのことはちっとも苦にならない。むしろ土日ともに予定がなく、家で過ごすとしたら、時間をもてあましてしまうかもしれない。そんな充実した毎日を送っている。

今週末は、いよいよ中国・上海での講演である。今日は、新千歳18:30発の直行便で上海入りする。現地到着は、現地時間で21時過ぎになるので、今日はホテルで寝るだけだ。上海といえば、ディズニーーランドのオープンでにぎわっていることだろうが、その喧騒とはあまり関係なく過ごす事になるのだろ。

今回は結構ビップ扱いで、現地では運転手と通訳が張り付いてくれるらしい。

明日は日本の居宅サービスの現状と課題について解説する予定であるが、何をどのように話すかはいまだ決まっていない。現地の空気を吸って、会場で受講者の顔を見てから決めようと思ったりしている。

11月には同じセミナーが、今度は東京に舞台を替えて行われるそうである。今回、上海で見聞きしたことを元に、11月はもっと面白くて、参考になる話をしたいとも思ったりしている。

どちらにしても、このような機会を得られること自体が幸せなことである。本当にありがたいと心から感謝している。

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