読売新聞社が全国の有料老人ホーム2425ヶ所を対象に10月に行った調査結果として「過去1年間に、ターミナルケア(終末医療)を実施したうえで、ホーム内で最期まで看取ったケースはあったか?」との質問に、「あった。」と答えたホームは44%。「なかった。」は47%だったとし、その結果は4割を超える有料老人ホームが「終の棲家」としての役割を持ちつつあることを意味していると報道している。
介護付き有料老人ホームが利用者にとっての「終の棲家」として機能することは国民全体にとって喜ばしいことである。なぜならこの国における高齢期の「住まう場所」としての介護付き有料老人ホームが、最後まで面倒を見てくれるという意味であり、安心して住み続けることができる場所の選択肢が増えることだからである。
よって本当に適切な看取り介護が行われ、利用者が安心・安楽な状態で人生の最後の瞬間を過ごせているホームは、その取り組みを続けてもらいたい。
しかし本当に現状の4割以上の介護付き老人ホームが「看取り介護」を実践できており「終の棲家」として機能しているんだろうか?ここが問題である。
そもそもこの調査の前提条件である質問が「ターミナルケア(終末医療)を実施したうえで、ホーム内で最期まで看取ったケース。」という文章が問題である。ターミナルケアは終末期医療ではないだろう。積極的な延命治療を行わない終末期の介護を含めた取り組みがターミナルケアであり、介護施設でターミナルケアを行うことを「看取り介護」と称しているものだ。
ターミナルケアを直訳すれば「終末期介護」としかならないはずである。
一方「看取る」という言葉の意味自体はターミナルケアを表すものではなく「看病する」とか「臨終の場に付き添う」という意味である。
よってこの調査における結果は、回答者が本来のターミナルケアの意味をきちんと把握して捉えているとは限らず、それは単に介護付き有料老人ホームで「看取った人が4割以上いる」ということに過ぎない可能性が否定できない。つまり必ずしもターミナルケアあるいは看取り介護が実践されているとは限らず、単にそこで「死ぬ人がいる」という数字にしか過ぎない可能性がある。そうであれば本当に4割以上のホームが「終の棲家」として安心・安楽な最後を迎える援助を行っているとは言えないということではないだろうか。
そこで誰が、どのように回復不能な終末期であるかということが判断し、利用者自身や家族にどのようにその判断が伝えられ、利用者や家族が何をどのように選択でき、ホームで最後の瞬間まで暮らし続けるために、職員はどのような体制で、どのような共通理解を持って、どのように実際の支援を行っているのかが問題である。
そうした「中身」と「支援方法の実態」を検証することなくして「終の棲家」であるという判断はできないし、この回答だけで安易に有料老人ホームで、終末期のケアが適切に行われているという判断にもならない。
終の棲家という言葉を安易に使ってはならない。人生の最終ステージに他人が関わるということは、一方では重大な責任と義務が生ずるのである。確かな理念をもった取り組みがなされているからこそ「終の棲家」として安心して最後の瞬間まで自らの身を委ねることができる、という理解が不可欠だ。
終の棲家という概念は、サービス提供側の視点ではなく、利用者の視点から判断評価すべきものであるということを間違ってはならない。
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介護付き有料老人ホームが利用者にとっての「終の棲家」として機能することは国民全体にとって喜ばしいことである。なぜならこの国における高齢期の「住まう場所」としての介護付き有料老人ホームが、最後まで面倒を見てくれるという意味であり、安心して住み続けることができる場所の選択肢が増えることだからである。
よって本当に適切な看取り介護が行われ、利用者が安心・安楽な状態で人生の最後の瞬間を過ごせているホームは、その取り組みを続けてもらいたい。
しかし本当に現状の4割以上の介護付き老人ホームが「看取り介護」を実践できており「終の棲家」として機能しているんだろうか?ここが問題である。
そもそもこの調査の前提条件である質問が「ターミナルケア(終末医療)を実施したうえで、ホーム内で最期まで看取ったケース。」という文章が問題である。ターミナルケアは終末期医療ではないだろう。積極的な延命治療を行わない終末期の介護を含めた取り組みがターミナルケアであり、介護施設でターミナルケアを行うことを「看取り介護」と称しているものだ。
ターミナルケアを直訳すれば「終末期介護」としかならないはずである。
一方「看取る」という言葉の意味自体はターミナルケアを表すものではなく「看病する」とか「臨終の場に付き添う」という意味である。
よってこの調査における結果は、回答者が本来のターミナルケアの意味をきちんと把握して捉えているとは限らず、それは単に介護付き有料老人ホームで「看取った人が4割以上いる」ということに過ぎない可能性が否定できない。つまり必ずしもターミナルケアあるいは看取り介護が実践されているとは限らず、単にそこで「死ぬ人がいる」という数字にしか過ぎない可能性がある。そうであれば本当に4割以上のホームが「終の棲家」として安心・安楽な最後を迎える援助を行っているとは言えないということではないだろうか。
そこで誰が、どのように回復不能な終末期であるかということが判断し、利用者自身や家族にどのようにその判断が伝えられ、利用者や家族が何をどのように選択でき、ホームで最後の瞬間まで暮らし続けるために、職員はどのような体制で、どのような共通理解を持って、どのように実際の支援を行っているのかが問題である。
そうした「中身」と「支援方法の実態」を検証することなくして「終の棲家」であるという判断はできないし、この回答だけで安易に有料老人ホームで、終末期のケアが適切に行われているという判断にもならない。
終の棲家という言葉を安易に使ってはならない。人生の最終ステージに他人が関わるということは、一方では重大な責任と義務が生ずるのである。確かな理念をもった取り組みがなされているからこそ「終の棲家」として安心して最後の瞬間まで自らの身を委ねることができる、という理解が不可欠だ。
終の棲家という概念は、サービス提供側の視点ではなく、利用者の視点から判断評価すべきものであるということを間違ってはならない。
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