masaの介護福祉情報裏板

介護や福祉への思いを中心に日頃の思いを綴ってみました。表の掲示板とは一味違った切り口で、福祉や介護の現状や問題について熱く語っています!!表板は業界屈指の情報掲示板です。

水分強制摂取の実践施設は情報公開を


介護力向上講習と水分の強制的補給法に対する批判的な記事を書くと、必ずといってよいほど、「それは講習自体が悪いのではなく、講習を受けた当事者の伝え方が悪いのだ」という言い訳が聞こえてくる。

しかし僕に直接メールを送ってくれる人で、水分の強制補給がいかに人権を無視した方法で行われているのかという情報を教えてくれる人たちの中には、老施協の役員が施設長である施設の職員も居られる。全国老施協から、「おむつゼロ」を達成したとして表彰されている施設の職員も居られる。そうであれば、老施協の役員や委員を勤めている人自身の講習での理解と、職員への伝え方が悪いのだということになる。そうであるなら老施協の役員会なり、研修委員会でもっとそのことを問題視して、改善の議論をしろといいたい。

事実として言えば、僕がこの問題を取り上げる講演では、必ずその地域に、同じような不適切な水分補給を行っている施設が存在するという話しを聞かされる。中には自分の所属施設で僕が指摘する不適切な水分補給を行っていると告白する人も居り、「恥ずかしいことですが、その方法が間違っていると分かっていても、上からの圧力でやめることができないのです」と嘆く方も居られる。

しかしそこには、被害者としての利用者が存在するわけだから、放置してよいわけがない。だからその状態を厳しく糾弾する誰かがいなければならず、何の得にもならないが、その役割を自らになっているのである。

日本中で、決して少なくない数の施設が介護力向上講習の影響により、不適切な水分補給を行っている実態があるのだ。それは受講者側の問題ではなく、伝える側の問題であるというしかないわけで、それが本意でないとしたら、よほど伝える能力が無い人が指導しているとしか思えない。それはそれで別な意味で大問題だ。

ところで僕の批判に対して、ある人は次のような反論をしてきている。

無理やり水分摂取、無理やり座位、無理やり経口みたいなコメントが多いですが すべて、手順があります。1500cc飲めない方には原因があります。』

どんな手順があったとしても、どのような原因があったとしても、個別アセスメントもせずに、全員一律の水分1.500ml/日を、「施設の方針」として強制補給してよい理由にはならない。そもそもそのようは方法で人の暮らしが好くなるというエビデンスは存在しない。そういう方法を行うこと自体が大問題であり、不適切であり、手順がどうだとか、理由が何であるかなどという意味のないことを主張しても始まらないわけである。

しかしこのような反論を書いてくる人も、文章の末尾に次のような本音をボロッと書き込んでしまうのである。

竹内先生が怖いから、早く結果を出そうとして、そういう現象が出るのかもしれません。』

恐怖で支配している講習会ということか・・・。そりゃあ洗脳といわれても仕方がないだろう。

どちらにしても、水分の強制補給を行っている施設のトップは、その実態が不適切なものでないかを、きちんと把握して、情報公開を行うべきである。

公開すべき情報とは、以下の通りである。

・1.500ml/日もの水分補給を行うことについて、きちんと利用者や家族に同意を得ているのか、それは施設サービス計画に載せられているのか。
《※基準省令の(基本方針)第一条の二では、指定介護老人福祉施設は、施設サービス計画に基づき〜以下略とされているので、このような重要なケアの方針を計画同意なしで行うのは、運営基準違反である。》

・水分補給の方法は、ケアとして適切な方法であるのか。利用者が水分摂取を拒否した際には、どのような対応をとっているのか。

・人権を無視した対応が行われていないのか。

・大量の水分摂取による健康被害がないことを、どのような方法で確認しているのか。


最低限、これらのことを情報提供する姿勢がない限り、1.500ml/日もの尋常ではない量の水分摂取を命じている施設のトップとして、世間様に対して道義上の責任を果たしているということにはならないだろう。

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求められる要介護認定の見直し


登別市の認定審査委員として、要介護認定審査に関わっており、僕は合議体の副委員長として毎回議事進行役を務めているが、平均して30ケースほどの認定を行う審査会自体は、30分もかからずに終えることが多い。

しかしそれは各認定審査員が、事前に一次判定調査資料等を読み込んでいるからであって、事前の準備としては審査会の何倍もの時間をかけている。

それだけ介護認定結果というものは、申請者にとって、暮らしを左右するほどの重みがあるものだと考えており、けっして機械的に処理するということにならないように自戒し、特記事項などを読み込んで、個別の諸事情をくみ取る努力は惜しまないようにしている。だから資料の読み込みにもかなりの時間をかけている。

しかし毎回のことであるが、資料を読み込んでいる際に、憤りに似た感情を覚えることが多い。

昨日の日曜日も、東京講演から帰ってきてすぐの時間から、今週木曜日に審査する29件の資料を読んでいたが、ほとんど何も書いておらず、認定の参考にならない医師の意見書が多すぎるのにイラついていた。

その事実は別な角度から考えると、医師意見書がなくても認定審査に支障のないケースがほとんどだということだ。

そうであれば、医師意見書が全ての審査ケースに必要ではないという結論を導き出さざるを得ない。こんなものに公費をかける必要はないと思う。このことはなぜ議論の遡上に昇らないのだろうか?

現在、介護給付費分科会では、認定期間を最長3年間にするルール変更が議論されているが、認定審査そのもののあり方をもっと議論しても良いのではないか。

要介護認定と、その区分は必要だとしても、現在のような7区分に分ける必要があるのかということも議論されるべきである。

要介護状態区分によって支給限度額が違っているが、そんな区分が果たして必要だろうか?区分支給限度額管理自体が必要だろうか?

区分支給限度額がなくなれば、不必要なサービスが増えるという人がいるが、自己負担の伴う介護サービスの量が、限度額管理がなくなるからといって青天井になることはないだろう。そのことはケアマネジメントがきちんと機能することで調整できる問題である。

このブログで何度か指摘しているが、現在の区分支給限度額は全体でも5割程度しか使われていないのである。つまり区分支給限度額は、サービスの調整機能を果たしておらず、逆にサービスが必要な人にとっては、それがあるが故に、自己負担10割となるために、サービスの一部を経済的理由によって抑制し、使えないというデメリットにしかなっていない。

そういう意味では、区分限度額管理の面から介護認定のあり方を考えるのはナンセンスである。

ただし要介護状態区分に応じたサービス単価が設定されていることには、それなりの意味があるだろう。要介護状態区分に関わらず、単価が均一化されてしまえば、結果的に手がかからない元気な高齢者を優先的に受け入れる事業者が多くなり、認知症や重度の身体障害がある方のサービス利用が難しくなるという可能性があるか。同じ報酬単価なら、手のかからない人を受け入れてサービス提供しようという考えが生まれることは容易に想定できるからだ。

そのため要介護認定自体が廃止されてよいことにはならないだろう。

それにしても現在のような7区分に分ける必要性はなく、軽介護・中介護・重介護といった3区分程度で十分ではないだろうか。

そして認定も、全てのケースに医師意見書を必要とするのではなく、基本的に認定調査のみで判定し、2号被保険者の特定疾病の診断に限定して、医師の意見を求めるというような方法に変えることを検討するべきではないのだろうか。

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縦割りがシステムであると勘違いしている人々


介護保険法の中に、施設入所者の住所をどこに定めるかという規定はない。

しかし特養の場合は、措置時代からの規定に基づいて、原則特養に利用者の住所を定めるのが原則とされている。その根拠は、とても古い通知であるが、昭和47年3月31日付け国民健康保険課長通知「住所の取扱いについて」である。

1(3)児童福祉施設以外の社会福祉施設に入所する者の場合
 それらの施設に、将来に向かって1年以上居住することが当該施設の長によって認められる場合(文書によることを要しない。)を除き、原則として家族の居住地に住所がある。ただし、老人福祉施設に入所する者については、通常当該施設に1年以上居住することが予想されそこに住所があると考えられるので、当該施設の長の認定は必要がないこと。


↑これに基づき特養は1年以上居住することが当然予想されるので、原則施設に住所を移すというふうに取り扱われてきている

ただしこれはあくまで原則であって、特養利用者の住所を施設に定めおくような積極的な指導が行われているわけではないので、もともとの住所地など特養以外に住所を置いている利用者は、実際には存在するわけである。しかしその数は少なく、特養に住民票を移動している人の方が多いと思われる。

一方、老健や介護療養型医療施設は、居所ではないと考えられており、そこに住所を移すということは行われないのが通常の取り扱いだ。ほかにまったく住所を置く場所なない場合に限って、例外的に住民票を施設に移すことがあっても、それは極めて異例な取り扱いとされているものと思える。

そのため老健施設の入所者については、老健の住所地以外の市町村に居所を置きながら、老健を利用している人が珍しくない。よって行政手続きも、施設所在地のみならず、広域的な対応が必要となり、老健の相談援助職員は、顔見知りではない遠隔地の行政職員とやり取りをする場面が、特養よりははるかに多くなる。

そのため老健の相談援助職員は、各地のローカルルールや、その市町村独自の考え方にに触れる機会が多く、時にはその対応に戸惑うことが多いともいえる。

先日道内のとある行政機関から、生活保護の「保護券」の発行に関わる連絡があり、介護保険証が更新された場合、その写しがないと新たな保護券が発行できないので、写しを送ってほしいという依頼があった。

その依頼自体は特段の問題となるものではなく、写しを送ることも別段手間ではないが、たまたまその利用者の保険証は、更新手続き中で、認定が下りたという連絡はあったが、保険証はまだ送られてきておらず、保険者の発行を待っているところだった。

ということは、その保険証が送られてくるのを待って写しをとり、生活保護担当課に送るより、問い合わせのあった行政機関の同じ庁内なのだから、保護課から介護保険課に問い合わせて処理することはできないのかと尋ねた。するとそういうシステムはないので、できないとあっさり断られた。

こうしたことでいちいち腹を立てたり、ごねたりするのは時間の無駄なので、そうですかということで、その後その行政機関の介護保険課から送られてきた保険証をコピーして、FAXで同じ行政機関の生活保護課に送ったが、何とも無駄なことをしているなと感じたものである。

介護保険制度を持続するために、求められている地域包括ケアシステムの構築には、多職種協働の取り組みが不可欠で、それを推進する役割りを持つのが、各市町村の地域包括ケアセンターであると思うが、それは一部門の取り組みで終わるわけがなく、地域全体でそのシステムの構築に協力して取り組んでいかなければならない。

その中で旗振り役の地域行政は、他職種協働の連携体制の構築のために、行政組織を挙げて取り組んでいく必要があり、「先ず隗より始めよ」ということから鑑みると、行政組織の縦割り行政を打ち破った取り組みが求められるのではないだろうか。

そんな時代に、このような杓子行儀な対応に終始し、縦割りの対応が住民の不利益ではないかと考えることもなく、システムとして当たり前に考え、自分の視野範囲の中だけで、淡々と事務的処理に終始する行政職員が存在することにうすら寒さを覚えたりする。

地域包括ケアシステムは、システムだけでは運用できず、多様な職種の連携が求められ、そこにおける他職種連携は、システムではなく人間関係が基盤になる。そうした中でその旗振り役が、いつまでも縦割りである限り、このシステムの運用はうまくいかないだろう。

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秋色


北海道新幹線が開通して、本州へのアクセス方法の選択肢が増えたことは、本州と海で隔たった北海道に住んでいるものとしては喜ばしいことだ。

しかし毎週のように、道外に出かける機会のある僕ではあるが、まだ一度も北海道新幹線を利用したことはない。何度か時刻表を調べて空の便と比較するのだが、時間も費用も航空機を利用したほうが便利で安いことが多いからだ。

北海道新幹線の始発駅は新函館北斗駅であるが、ここに行くのに僕が住む登別からは2時間以上、職場のある千歳からは3間以上かかるので、この時間の短縮がない限り利便性は薄いのかもしれない。札幌まで伸延した場合は違ってくるのだろうが、その時期にはもう年だから、道外に出かける機会が少なくなっているかもしれない。

現在で言えば唯一、青森市内に出かけるのであれば、新幹線を利用した方が便利かなと思うのであるが、新幹線が開通した以後に、青森市内での講演予定が入っていないのが現状である。その機会を待つことにしよう。

ああそれと、天候が荒れるなどして空の便が欠航になった場合、新幹線を使うという手はあるかもしれない。台風の場合は鉄路もとまってしまうことが多いので、そうした機会もあまり多くないのかもしれないが、可能性として道外への鉄路移動も考えられると言うことは喜ぶべきことである。

天候といえば、昨日の台風と、それに伴う大雨の影響を受けた地域の皆さんはご無事だったろうか。

もし台風が一日後だったら、僕も大きな影響を受けることになったはずだ。それというのも、今日仕事を終えた後、新千歳空港午後7時発の便で、中部国際空港に向かう予定になっているからである。昨日の名古屋周辺は大変な荒れ模様で、新千歳空港からのセントレア行きは全便が欠航していたので、台風が一日ずれたら、僕の講演も流れていたのかもしれない。

幸い今日は台風の影響もなく、セントレア行きの便も定刻運行しているようで、夜9時頃には到着できるだろう。

現在の職場からは新千歳空港に車で向うと15分もかからないために、夜の出発便を利用する際は仕事を休む必要がない。明日の秋分の日は、13:30〜15:30まで、岐阜県大垣市で行われる株式会社 ライフ・サポートが運営するロータスケアセンター内覧会記念セミナーで、介護支援専門員に向けた講演を行う予定であるが、それを終えた後は、セントレアから新千歳空港に戻ってくる予定だ。しかし夜遅い到着便なので、家に戻るのは億劫であるため、その夜は新千歳空港内のホテルに泊まって、金曜日の朝はゆったりと空港から職場に出勤することになる。

こんな風に1日も業務を休むことなく、道外講演を行うこともできるのも、職場が空港に近い利点だろう。

ところで今日の夜は、21:00セントレアに到着した後、名古屋に行った際はいつもお世話になっているKさんが迎えに来てくれて、金山駅構内のホテルまで送ってくださる。その後22:00という遅い時間から、講演主催者の方が懇親の席を設けてくださる予定になっている。夜遅くまで、お待ちいただき大変恐縮であるが、ありがたく参加させていただく。どうやら名古屋コーチンのお店での懇親会らしく、料理も楽しみである。

夜遅い食事になるが、新千歳空港のラウンジで軽くハイボールでも飲んで向おう。

明日木曜の夜に北海道にとんぼ返りで戻ってくるが、金曜日は通常業務に就き、週末の土日は株式会社学研ココファン社内研修で講演を行うために東京五反田に滞在している。

こんな風な講演の旅は10月から11月にかけて、さらにその機会が増える。まだまだ台風シーズンは終わらないが、なんとか影響を受けずに予定通りの移動ができることを願っている。

それにしても北海道はもうすっかり秋である。九州から関東にかけて吹きすさんでいた昨日も、秋晴れの空が天高く広がっていた。気温も25度を超える日はほとんどなくなり、朝晩は涼しいというより寒く感じることが多くなった。

しかしこの時期は北海道の食材が一番おいしくなる時期でもある。どんなものが食べられるかは、僕のもう一つのブログ、masaの地と骨と肉も参照にしていただきたい。

そしてこの時期の北海道に、是非一度来ていただきたい。

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介護保険制度がもたらしたもの


2000年4月1日から施行された介護保険制度。

その成立までの経緯については、「介護保険・夜明けの雷鳴1」、「介護保険・夜明けの雷鳴2」、「介護保険制度へと続く道」で詳しく解説しているところである。

この制度は、「走りながら考える」と言われた制度で、制度施行後に修正が行われ続けており、今も様々な瑕疵や不具合が存在することも事実であるが、この制度が誕生したことで生じた様々なメリットも多い。

例えば国全体としてみれば、強制加入の社会保険料という新しい財源を確保したことが、最大のメリットであるといえるかもしれない。

消費税を1%でも上げようとすれば、大きな政治問題となり、それは時の政権を揺るがしかねないほどの国民の反発が予測される我が国において、一定年齢に到達した人で、日本国に住所を定めた人が全て、介護保険料という社会保険料を支払うことが義務化されるという、「国民の痛み」は、さしたる反発もなく比較的スムースに国民に受け入れられ、それが定着している。このことだけでも大きな改革といえるであろう。

また国民にとっては、この制度の創設によって、使える介護サービスの種類と量が増え、さらに営利企業などを含め、様々な民間事業者が保険給付サービスに参入することで、多様なサービス形態が生まれ、結果的にそれは国民の選択肢を増やすことになったというメリットも評価できることだろう。(参照:介護保険制度の功罪 その2

このような様々なメリットの中でも、国民にとって最大のメリットは何かといえば、僕個人としての意見で言えば、「介護支援専門員」という有資格者が誕生したことであると言いたい。

特に在宅の方々で、介護保険の給付サービスを受ける際に、居宅介護支援事業所の介護支援専門員によって居宅サービス計画を作成してもらっている場合、その方々には、介護に関する専門知識を持った担当者が常に存在するようになった。それだけでも大きな利益だと思う。

今の時期、台風が何本も日本列島を直撃して、地域によっては大きな災害に備えた対応が必要になっているが、そういう地域で、いかなる状況であっても、自分の身を案じてくれる担当者がいるという安心感は大きいだろう。それが介護支援専門員の存在の意味でもある。

3.11の時には、自分が被災者であるにもかかわらず、自分の担当利用者を探して被災地を走り回る介護支援専門員が、何人もいたことを知っている。こういう人たちによって、地域の福祉は支えられているし、介護支援専門員の誕生によって、日本の福祉の底辺は確実に底上げされていることは、このブログや各地の講演で、何度も声を大にして唱えている。

そういう意味で、僕は介護支援専門員の応援団だ。勿論、僕自身も介護支援専門員の資格は持っており、資格更新研修も受けてはいるが、その実務に携わっているわけではないので、当事者とは言えず、あくまで熱狂的なサポーターと思ってもらってよい。

時には介護支援専門員に向けて、厳しことも言ったりするが、それは介護支援専門員に対する期待を込めた叱咤激励であると捉えていただきたい。

おかげさまで、介護支援専門員の方々の職能団体をはじめとした組織から、講演を依頼されることも多い。masaの講演予定を参照いただくとわかるように、近直の9月22日(木:秋分の日)に岐阜県大垣市で行う講演も、対象は介護支援専門員を対象にしたものである。

事務局の方からは、そこで話してほしい内容として以下の通り要望をいただいている。
・介護保険制度の今後の動向
・CMに必要な資質と能力
・CMだからできること、だからできないこと(事例を混じえて)
・終末期(看取り)のご利用者様にCMとしてどのように本人・ご家族に関われば良いか(CM個人としてチームとして)
・CM業務の中で生じるジレンマやストレスの解消法について


2時間という限られた時間であるから、このすべてについて深く話すことはできないが、できるだけ要望に沿って、その内容を含めてお話ししようと考えている。

11月に熊本で行われる、第3回アローチャート学会も、頑張っている介護支援専門員さんたちが、たくさん集まる勉強会だ。

先日は、設立17年を迎えるという静岡県の三島市介護支援専門員連絡協議会さんから講演依頼をいただき、来年2/18に行われる研修会でお話をさせていただけることになった。

大阪府の枚方市介護支援専門員連絡協議会さんからも連絡をいただき、来年度早々の4/22に記念すべき同会の15周年記念講演の依頼をいただいている。

日本全国の介護の最前線で頑張っておられる介護支援専門員の皆さんに、熱いエールと最新の情報を伝えてきたいと思う。

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新千歳空港に温泉があるのをご存知ですか?


暦の上では今日まで3連休。しかし僕はこの間、ずっと出勤して仕事をしている。

介護施設の場合、暦に関係のない職種の人が多いため、そのような勤務は珍しくもなく自慢にはならない。そういう意味では、僕が一人事務室で黙々と事務作業をこなしていても、誰も珍しがらないし褒めてもくれない。

そもそも僕が暦上の休みの日に出勤している理由は、それだけ平日に休みをとっているからに過ぎず、その代わりの勤務に過ぎないので、人より多く働いているわけではないのである。しかし働いきものかどうかという観点で言えば、僕は間違いなく働きものではないだろうか。

平日に休みをとっている姿は、端から見れば単なる「休み」でしかないが、僕自身は休養やレクリエーションに充てているわけではないからだ。その日は、本業(といってよいと思う。)の老健業務が休みなだけで、「北海道介護福祉道場 あかい花」代表としての仕事があるということには変わりはないわけである。

前回、老健業務を休んだ日は9/15(木)であるが、その日は朝7:00には家を出て、仙台で講演を行い、日帰りで夜9時過ぎに北海道に戻ってきた。

次の休みはそれからちょうど1週間後の、9/22(木:秋分の日)であるが、その日は岐阜県大垣市で講演があるため、21日の業務終了後、新千歳空港19:00発の便でセントレアに飛び、金山駅まで行って宿泊し、翌日は講演終了後、即セントレアから新千歳空港に戻ってくるという強行日程だ。そして新千歳空港到着は、21:00過ぎになるため、その日は空港内ホテルに宿泊し、翌日は空港から直接職場に出勤して通常業務をこなし、翌土〜日曜日は東京講演の予定である。

今月はそれだけではなく、28日(水)も東京都日野市講演があり、これも日帰りであるが、その日はちょっとしたたくらみがある。

日野市講演が終わって、羽田空港を経ち千歳空港に到着するのは20:00ちょうどである。この時間なら高速を飛ばせば、21:30までには家に戻ることができるので、当初はその予定であった。当然ホテルの予約はしていないし、今から予約しようとしても、新千歳空港内のホテルだけではなく、千歳市内で空き部屋があるホテルは一軒もない。

ところで新千歳空港内には温泉施設がある。ここにも宿泊所があって、一泊5.000円程度で泊まることもできるが、ここは当然満室状態である。しかしホームページを見たところ、「リラックスルーム」というスペースが別にあって、リクライニングシートが並べられたそのスペースに宿泊することもできるということが分かった。

料金は温泉利用料(朝8:00までなら何度でもはいれる)と浴衣やタオルのセット付きで1.500円+深夜利用料金1.500円=合計3.000円で、朝9時まで宿泊でき、しかも朝食は無料だそうである。

これは予約なしの利用となり、リラックスルームのリクライニングシートが埋まったらクローズということなので、当日まで利用できるかどうかわからないが、ここはひとつ試してみようかとたくらんでいる最中である。もしこれが利用できるということになれば、僕の選択肢はさらに広がり、冬の強行日程も何のそのということになるかもしれないので、来週の水曜日がどうなるか、今からワクワクしている。

日常の中に「旅」があると、こんな楽しみも生まれるわけである。たった一度きりの人生、ネガティブに考えてもがき苦しむのではなく、何事もポジティブに考えて楽しまなきゃあな。

さてうまく宿泊できたら、写真もばっちりとって、後日このブログ内で報告します。それじゃあね。by masa

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推奨される混合介護は介護事業経営の切り札になるのか?


9/5に公正取引委員会が介護分野の規制改革に関する報告書をまとめ、その中で介護保険と保険外サービスを組み合わせた「混合介護」の弾力化の提言を行っている。

具体的には、保険給付サービスとしての訪問介護の際に、サービス対象ではない同居家族の食事の支度や洗濯などを、追加料金を徴収した上で一体的に提供することを可能にするなどの内容だ。

こうした規制を見直せば事業者の効率や採算が改善し、介護職員の賃金増につながり、かつ利用者の負担する料金が下がる効果も期待できるとされている。

果たしてそうだろうか?僕はこのことによって一時的には、「利用者の負担する料金が下がる」効果はあるのだろうと思うが、事業者の採算性アップや介護職員の賃金アップについては疑問符をつけている。

そもそもこの規制緩和の本当の意味は、給付はずしが行われ、保険給付サービスが受けられない人が増えるので、それらの人々に対して、保険外のサービス利用を促進するために、保険外サービス事業者を増やしたいという国の思惑があることを見逃してはならない。

介護事業者は、ここにあらたな収益事業展開ができると見ている向きがあるが、確かに今後は、保険サービスと保険外サービスを組み合わせて提供する、「混合介護」への参入が不可欠になるものの、それは現在の収益事業に上乗せされて、あらたな収益事業が生まれるという意味ではないことに注意が必要だ。

混合介護が必要になるという意味は、要介護2までの人に対する保険給付サービスが縮小され、保険収入が減収せざるを得ず、その分の補填として、保険外サービスを含めた多角的な事業展開をしていかないと、介護事業者は生き残っていけないという意味である。

しかし保険外サービスは、法的規制の及ばないところが多いのだから、指定事業者のみならず、様々な事業主体がそこに参入してくるという意味でもある。骨太の方針で、社会保障費の自然増分は低く抑えられるとは言っても、毎年5.000億円の自然増は発生するのだから、そこは収益確保の場であることに変わりはなく、民間事業者の参入余地はまだある。

規制委員会の提言は、その際に、指定事業者であれば、指定事業と一体的な保険外サービスの提供が可能になるという意味で、指定事業者にとってのメリットを生み出す効果はあるだろう。

しかし当然のことながら、この部分にメリットを感じるのであれば、訪問介護事業の指定を受けて保険外サービスを一体的に提供して収益を挙げようとする民間事業者は増えることが予測される。

その際に一時的には価格競争が起こって、保険外サービスの価格は低く抑えられる可能性が高い。その中で顧客の争奪戦が始まるのだから、決して事業者の収益率が高まるとは言えず、生き残りをかけた戦いの中で消えていく事業者も多いだろう。

そのような価格競争が行われる中で、従業員の人件費だけが突出して増えることはないと思われ、価格競争の結果、生き残り事業者の寡占状況が生まれた場合は、競合する事業者が存在しない中、介護従事者の働き場所も限られてくるので、賃金は一定水準に収まる可能性が高い。だから公正取引委員会の提言は、すべて実現するとはいえないわけである。

ところで、介護給付費の全体の額は増額するが、それは介護が必要となる人の数は増える中で必然的に増える額より低い額しか給付しないという中での増額なので、必然的に顧客一人当たりの単価は減ると考えざるを得ず、介護事業経営は一つの事業に的を絞ってはならず、多角的に大規模化して、様々な事業の中で顧客を囲い込んで、顧客数を増やしていくことが収益を挙げる構造としては望ましい。

財源不足を理由にした給付抑制により、保険給付サービスを受けられない人が増えたときに、介護サービス事業者の数が極端に減って、数社の寡占状態が生まれることは、価格競争面ではマイナス要素なので、国はそのような状態は望んではいないだろう。

よって現在存在する様々な規制を緩和し、民間事業者の参入を促す政策誘導が行われている。それはある意味、既存事業者にとっては、競争・競合相手が増えるという意味である。

そこでは民間企業が特別養護老人ホームを開設できるよう参入規制の緩和や税制や補助金制度を公平にすることなどにも切り込んでいる。介護給付費が削減されては経営できないといっているなら、民間事業者がいくらでも特養を経営してくれるぞという脅しも盛り込まれているわけである。

介護給付費という公費だけで収益を挙げようとする、「甘い考え方」では、今後の介護事業経営はできないぞという意味を含めた、規制緩和の提言であることを理解すべきだ。

どちらにしても、混合介護を事業経営の切り札にして、勝ち組になろうとするのであれば、保険サービス事業も、保険外サービス事業も、きちんと経営していかなければならないということになる。特に法的規制が及ばず、公定費用もない保険外サービスの中で、価格競争も展開されていくのだから、それは温い保険給付サービスより、かなり厳しい状況において、経営手腕が問われるという意味だ。

よって混合介護が必然であっても、混合介護のサービス展開の結果が、すべての事業者にとって、勝ち組に繋がるわけではなく、混合介護の中で大きな負債を背負って負けていく事業者も増えるという意味だ。

そこを理解しておかねばならない。

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介護経営戦略塾のプレセミナーにて


数年前まで9/15は敬老の日ということで、高齢者介護施設の職員たる僕も、この日に休みということはありえず、何かしらの行事のために必ず出勤していた。

しかし敬老の日が固定日ではなくなってからは、9/15が特別な日ではなくなった。そのため今日の僕は、休みをとって仙台で講演を行うために現在移動中である。

今日は新千歳空港を10:00に経って、セミナー終了後とんぼ返りするという日帰り講演である。ただし日帰りとはいっても、今日中に家に帰るわけではなく、北海道に戻ってくるという意味にしか過ぎない。それというのも帰りの空港到着は21:00過ぎになるので、それから1時間半かけて家に帰り、明日出勤のために朝5:30に起きるのも辛いものがある。そのため今晩は新千歳空港内のホテルに泊まる予定であるからだ。

本日のセミナーは、11月から来年3月まで、5ケ月の期間をかけて大阪で行われる「介護経営戦略塾」(みらい福祉研究所)のプレセミナーをかねているので、法人のトップや役員、介護施設の管理者などが多数参加する予定である。

僕はその中で、社会福祉法改正の今後の事業経営への影響を中心に、制度改正の動向を読みつつ、今後の介護事業経営に必要な視点を語る予定になっている。そこでは当然、現在までの介護給付費分科会での議論を振り返った視点が求められるが、同時にもっと広く政治動向も見つめた分析が必要になる。

例えば、来年度は介護報酬改定の時期ではないが、介護職員処遇改善加算の給付率のみアップさせ、一人平均約1万円の増額を図る改定が行われることになっている。その財源は、財政安定化基金を取り崩しすことで確保するというものだ。

この増額分は、介護報酬全体でみると約2%のアップにあたるそうである。そうであるならば、再来年の介護報酬改定にこのことはどう影響するだろう。

介護職員不足が叫ばれ、介護事業者の人で不足が深刻化する中で、介護職員処遇改善加算のを下げるという選択肢はないと思われる。しかし財政安定化基金を毎年取り崩すわけにはいかない。そうすると来年度の2%アップ分と、報酬改定時にさらに処遇改善加算のアップを図ったとしたら、そのアップ分は、介護報酬本体から持ってくるしか無くなる。

つまり再来年の介護報酬改定では、報酬全体を最低2%引き下げた額から査定が始まるという意味であり、『次も下げる』という財務省の意向が反映されれば、大幅な引き下げが行われることになる。

報酬アップなどあり得ないという情勢が作り出されているわけである。そのような厳しい情勢下での介護事業経営を考えていかねばならないということになるが、当然そこでは事業の多角化と、保険外事業からの収益を得るという考え方が出てくる。

しかし保険外事業とは、保険ない事業よりも厳しい競争の中で収益を確保しなければならない事業であり、経営能力のない事業者では、そこに手を出すことが命取りになりかねないものでもある。

そもそも本体事業の経営がまともにできない事業者が、本業以外の事業経営能力があるのだろうか?そこが大きな問題である。

どちらにしても事業戦略は、医療・介護ミクスによる複合サービスエリアを視野に入れる必要があるだろうし、スケールメリットを最大限に生かさないと生き残れないだろう。

ただし経営という視点のみで、福祉を切り捨てるような方針は、社会福祉法人が自らの首を絞める結果になることは、今般の社会福祉法の改正内容を読み込めば、容易に理解できることだ。本丸の非課税法人であることを否定された先には、社会福祉法人経営の破綻しかなくなる。

さらにいえば職員確保が最大の課題であるが、人員配置できれば誰でも良いということにはならない。アミーユ川崎幸町の虐待映像のように、密室の中で職員が何をしているのかを確認しようとして、隠し撮りされる場面は今後さらに増えるからだ。

だからこそ今後の介護事業経営は、顧客確保戦略を盛り込んだうえで、人員確保・育成システムを織り込んだ、経営戦略を立てていかないと破綻する。

世間からより厳しい視線を受けざるを得ない社会情勢の中で、顧客確保につながるのは、表面上の豪華さではなく、実際の暮らしの質=高品質な介護サービスである。このように介護事業者にとって法令理解と遵守は当たり前であって、その先のホスピタリティ意識が安定経営には不可欠になるといえよう。

そういう意味で、生き残っていく介護事業者とは、隠し撮りのカメラに注意するのではなく、隠し撮りされても堂々とその姿を見てもらって恥ずかしくない介護サービスを実現することであることを忘れてはならない。

とまあ、このようなお話を17:00過ぎまでしてくるわけである。そして仙台空港20:00発の便で北海道に戻るというハードスケジュールであるが、搭乗前にラウンジでまったりして、ハイボールを飲んで過ごすのが一番の楽しみである。

今日はその時、牛タンカツサンドでも肴にしようかと思ったりする。

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社会福祉法人批判の背景と誤解


改正社会福祉法では、社会福祉法人の経営組織のガバナンス強化が求められている。

しかしその意味を取り違えてはならず、ガバナンス強化そのものが目的であるといことではなく、ガバナンスを強化することで、より地域社会に貢献する社会福祉法人となることが期待されているわけであり、その先に強固なコンプライアンス意識が不可欠になるものである。

昨今の社会福祉法人批判とは何かということを考えると、理事長一族の身勝手経営に代表されるような個人商店的な経営で、事業規模零細な社会福祉法人が過剰利益を得ているというバッシングであるということを念頭に置くべきである。

いわゆる「内部留保批判」にしても、それは社会福祉法人が行政事務の受託的な業務だけを行って、公費や介護保険料を財源とする費用を受け取っているだけで大きな利益を挙げているにもかかわらず、収益を溜め込んで社会に還元していないという論理展開の結果である。

つまり社会福祉法人といっても、介護施設運営をするだけで、法人経営をしていないじゃないか=社会貢献していないじゃないかという批判なのである。

そうした批判傾向は、社会福祉法人が過度な利益を得ているかのような偏向報道によっても助長されているが、何度か指摘しているように、それらの偏向報道が指摘する、一法人平均3億円とされている内部留保金には、本体事業に使っている建物や土地の資産額や、介護給付費が2月遅れで支払われるために、あらかじめ2月分の運営費としてプールしている法人の自己資金も含んでの金額なのである。

つまり内部留保とされる額は、決して余剰資金でもなく、過剰利益でもなく、本体事業の運営費そのものであるという実態があるのだ。このことを知らずして批判している馬鹿学者が、幅を利かせているというのが内部留保批判の実態である。

報道機関にしても、この金額が何を意味するかきちんと理解しないまま、財務省の示した数字だけを報道しているだけだ。それは情報の垂れ流しで、悪意のある報道といっても過言ではない。

ではなぜ財務省は、こうした実態とかけ離れた数字を垂れ流し、あたかも社会福祉法人が過剰利益を得ているような印象を世間に与えようとしているのだろう。

それはとりもなおさず、社会福祉法人が非課税法人であり、収益事業以外から生じた所得を除いて法人税も非課税であり、そこから財源を得ることができないという「非課税憎し」に他ならない。

よって社会福祉法人への課税議論は、いったん休止しても、またぞろ復活することは間違いなく、非課税である限り内部留保批判は繰り返されることも間違いない。

内部留保金に限って言えば、社会福祉法人より医療法人のほうが多額に抱えていることは明らかなのに、医療法人の内部留保金が批判対象にならない理由は、医療法人が法人税を負担しているからに他ならない。

そうであるがゆえに社会福祉法人関係者の方々は、世間一般的に言われている一法人平均3億円という内部留保金とは、本体事業に使用している土地や建物や運営資金を含んだものであって、それらを含めるとそのような金額になることは当たり前であることを広くアピールした上で、組織ガバナンスの強化に努め、改正社会福祉法で定められた、「社会福祉充実残額」がある場合には、社会福祉充実計画に基づいた社会貢献に努めていく必要があるだろう。

そういう意味では、この改正法ルールは、社会福祉法人の内部留保金が、世間で言われているほど多くないとアピールするチャンスでもある。なぜならば、「社会福祉充実残額」とは、下記の画像に示した計算式によって算出される額なのだから、一法人平均3億円などという額には到底及ばない。

実際には「社会福祉充実残額」に該当する残額が無い法人もあるだろう。「社会福祉充実残額」がある場合でも、それは医療機関のように、経営者や管理者が年俸数千万円を得ているという状況とは異なり、特養の施設長の平均年収が700万円程度の年俸レベルの中で生じている残額であることもアピールすべきである。

この残額は決して世間から批判を受けるような筋のものではないのである。

逆に言えば、本体事業の中で品質の高いサービスを実現し、社会貢献をしている社会福祉法人が、特養の施設長を始めとした管理者の給与水準を低く抑えながら生み出した利益が、一定額を超えた場合には、それを地域貢献事業等で吐き出すまでは、一般企業と同じ土俵で保険外の事業を展開できないというのが、社会福祉充実計画の実施ルールでもある。

社会福祉法人関係者は、非課税法人であるからといって、ここまでがんじがらめのルールで縛られて良いものかどうか、十分検証した上で、ソーシャルアクションにつなげていく必要があるのではないだろうか。

どちらにしても社会福祉法人の母屋ともいえる、非課税法人を守るためにも、ガバナンスを強化し、フルセットコンプライアンスを確立して、地域社会へアピールする意味も含んだソーシャルアクションは、三位一体的に確立していくべきものである。

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洗脳介護からの解放


洗脳介護の実態から続く)
竹内理論に基づく、「強制水分補給」で苦しんでいるのは、いやいや水分を補給されている利用者だけではない。

勿論最大の被害者であって、もっとも苦しめられているのは、強制水分補給を「施設の方針」として行っている施設に住む人なのだが、それを行っている施設の職員の中にも苦しんでいる人はいるのだ。

そもそも竹内理論の実践施設のすべての職員が、そのことに疑問を持っていないわけではなく、苦しそうな表情で水分を補給させられている利用者の姿を見て疑問を抱くにとどまらず、罪悪感を持つ職員もいるのだ。

密室化した施設の一室で、口をこじ開けて無理やり水分を飲ませる先輩の姿や、水を飲ませるためだけに夜間に安眠を妨害して起こすような先輩の姿に意味を感じられず、やる気を失ってしまう職員もいる。それらの職員が昨日の記事で紹介したように、このブログ記事の中に様々なコメントを書き込んでおられる。

しかし介護力向上講習では、施設長と介護現場のリーダーが洗脳教育を受けているために、末端の介護職員が、いくら疑問を感じて声を挙げても、その声が施設の上層部に届くことはきわめてまれである。洗脳された施設長や介護リーダーは、正論を唱える職員を異分子とみなし、罵倒し声を止ませるか、異端分子として切り捨てようとするのみである。

施設長や現場の介護リーダーが、その悪魔の所業に気がついた施設だけが、この方法論を捨てることができる。そしてこの方法を取りやめて、やっと普通の介護を取り戻したとき、いかに間違った介護を行っていたのかということに気がつくのである。

なぜならこの強制水分補給を行っている最中は、前述したように、このことを批判したり反対したりする職員は、洗脳された人々によって、介護が何たるかを分かっていない職員として糾弾されてしまうので、それを恐れた職員は、なかなか水分を摂ってくれない利用者に対して、なりふり構わない方法で水分の強制補給を行っている姿を隠してしまう。そのため利用者の苦しそうな様子は表面化せず、密室化し潜在化するからである。

逆に言えば、1500mlもの尋常ではない量の水分を、50人とか100人とかの利用者全員に、毎日一律に飲ませようとすれば、端から見て危なっかしい強引な方法でしか摂取させることは難しいのである。

この強制水分補給の間違いに気がついて止めた施設だけが、「○○さん、毎日水を無理やり飲まされて苦しがっていたけど、そんなことが無くなってよかったね」という形で、様々な利用者の苦しんでいる場面、哀しんでいる場面を顕在化させることができ、その罪深さに気がつくことができるのである。

洗脳された施設の職員も、その洗脳から解放されたとき、はじめて人の心を取り戻すことができるのだ。

僕の講演を受講される方の中にも、竹内理論に基づく強制水分摂取を行っている施設の方が含まれることがある。そこでその方法論の危うさ、いい加減さに気がついて、早速それをやめたという人も多い。ただしそのことに気がつくのが、前述したように一職員の立場でしかない人なら、施設の方針を変えられないという場合も多い。そうした方々は、間違っていると感じたまま、不承不承施設の方針に従い続けるか、その施設を辞めるかという選択肢しかなくなる。

罪をこれ以上、重ねないためには、その方針を続ける施設を辞めるほうが良いだろう。そういう形で、志の高い職員が居なくなることでしか、洗脳の解けない施設長がいるからである。

そういう問題はあろうとも、僕はあの講習会が都道府県レベルで続く限り、そのことの批判を続けていくだろう。このエビデンスも人間性も無い水分強制補給法に異議を唱え、まっとうな介護を取り戻すための提言をしていく人がいないと、特養は闇の世界になると思うからだ。
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先日の愛媛松山講演でも、この問題について、実際に取り組んでいた施設の職員さんが居られ、その時期の利用者の悲惨な状況を教えてくださった。そういう話しを聞けば聞くほど、この取り組みが行われている施設では、多かれ少なかれ密室作業が発生していることがわかる。そういう施設に限って、施設長は音頭をとるだけで、施設に不在である日が多く、水分補給がどのようにして行われているのかを、施設の隅々まで確認することをしていない。

確認するにしても、水分摂取がスムースにできる、問題の無い人の水分摂取の状況だけを見ているに過ぎず、コメントに寄せられているように、「スプーン1口のゼリーですら、首を横に振って涙目になられ 浮腫で全身腫れあがっている利用者様に無理強いする」ような状態や、「密室の中で、スプーン2本を使って無理やり口を抉じ開けて」いる状況を、見ようとも知ろうともしない。

それが老施協の表彰を受けたり、老施協の役員や研修委員を務めて偉そうなことをいっている人たちの実態の一部でもある。

こんなことをいつまでも続けてよいわけが無い。水分の強制的な大量補給に苦しんでいる人の家族は、その実態を見て、そうした施設のトップを人権蹂躙で訴えることもあり得るだろう。

いずれそういう訴訟ケースが出てくるのではないかと思っている。そしてそこで行われていることはエビデンスのない方法なのだから、その裁判は訴えられた施設が必ず敗訴するだろう。

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洗脳介護の実態


対人援助サービスは、特定個人の「暮らし」に深く関わるのだから、結果を出さなければ意味が無いと思っている。

結果を出すために、日々学ぶ必要はあるし、実践する過程で頑張る必要はあるが、頑張ったという過程だけで満足してはならず、必ず結果を追い求めなければならないと思う。

その結果とは何かといえば、僕たちがかかわりを持ち、何らかの形で暮らしに介入している人達の暮らしぶりが少しでも良くなっていることであり、僕たちが関わっている人が満足されて日々暮らしを送ることができていることだと思う。

仮に僕たちが掲げた目標が達せられていたとしても、関わっている人の暮らし振りが良くならず、満足していないのなら失敗だと思う。その場合は、目標の設定自体が間違っているという意味だ。

目に見えない「こころ」を持つ人間に関わる職業であるのだから、サービスを利用する人の感情を無視して物事を評価してはならず、僕たちが良かれと思っていることであっても、その結果が「だめだ、満足していない」といわれてしまえば失敗なのである。

だがその結果を判断することは意外と簡単である。人に関わる仕事なのだから、そこには関わる人の表情があるからだ。認知症等の理由で、意思表示ができない人であっても、表情で満足度を図ることができるからだ。

しかしながら、そのような考えとは対極に位置する、利用者の満足度を無視した実践を行う介護施設が存在する。そういう実践を指導する職能団体が存在する。

利用者の表情を無視して、利用者の感情を脇において、自分たちの掲げた目的が達成されているかということだけを見ているのが、全国老施協の「介護力向上講習」である。
(※ただしこの講習会は、昨年度から全国レベルでは実施せず、都道府県の老施協レベルでの実施となっている)

そこでは「竹内理論」と呼ばれるエビデンスの無い方法論を、唯一絶対の根拠として受講者に押し付け、介護施設の利用者全員一律に、個別アセスメントの無い1500ml/日以上の水分補給を強制的に行う指導がされている。そして強制水分補給を行う際の、利用者の苦痛にゆがんだ表情は無視される。

そうした方法で実現できるとされる目標とは、「日中おむつゼロ」というものにしか過ぎない。しかも全国老施協基準の「おむつゼロ」とは、すべての人が日中トイレで排泄しているわけではなく、尿取りパットを使って、そこに失禁している状態もありという、なんともお寒い「オムツゼロ」である。

その程度の目標を達成させるために、竹内理論の実践施設では、利用者が毎日毎日苦しさを無視されながら飲みたくもない水分を強制的に飲まされている。

人の尊厳を無視した強制介護を行うに当たって、そのことに疑問を持たないように介護施設の施設長と介護リーダーを集め、順位付けで競わせ、反論を怒号でつぶす講習会は、さながら洗脳セミナーであると語る人も多い。

利用者の意思など関係のないところで、ともかく決められた量を飲ませさえすればよいという何でもありの水分摂取や、多人数で引きずるような人格無視の歩行訓練を強制し、座位姿勢のアセスメント抜きの便座への強制座位を取らせて、苦痛にゆがむ表情を無視して、排泄をさせることにどんな暮らしの質があるというのだろう。

竹内理論の実施施設の職員からも、悲惨な状態がコメントとして寄せられている。密室の中で強制水分補給が行われている実態が、血豆だらけの口腔状態を作り出している事実を知ってほしい。

しかしながら、実際に竹内理論に基づいて、強制的な水分摂取を行っている施設のトップである施設長は、決められた水分が摂取され、全国老施協基準の「お寒いオムツゼロ」さえ達成していれば満足し、その施設の中で、利用者がゆがんだ表情でいることを知ろうとしない。利用者が昼夜の別なく様々な強制的方法で、水分を身体に突っ込まれている状態を知ろうともしない。

恥を知れといいたい。

全国レベルで実施しなくなった介護力向上講習会は、都道府県の老施協レベルで行われているが、県レベルで手を引いたところもある。残念ながら北海道老施協は、この悪魔の講習会を続けている。

北海道老施協とその役員たちよ、恥を知れ。研修委員よ、恥を知れ。(明日書く予定の記事:洗脳介護からの解放に続く)

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今夜、愛媛県松山市に飛びます。


愛媛県松山市は、四国の中で僕が始めて足を踏み入れた記念の場所である。

数年前、まだ一度も四国で講演したことがなかった僕を、講師としてお招きいただいて以来、ほぼ毎年のように呼んでいただいており、明日土曜日に5回目の愛媛講演を行う予定になっている。

今回の講演は、「愛媛県老人福祉施設協議会主催・平成28年度 職員連携研修」の中でのもので、午前10:40〜昼休みをはさんで「サービスの品質を向上させる職員連携を考える」、「介護福祉施設サービスの現状と課題〜斜めから見る視点を含めて」という2つにテーマに分けて、約4時間お話させていただく予定である。会場は愛媛県松山市のテクノプラザ愛媛となっている。

ちなみに午後からの講演のサブテーマ、「斜めから見る視点」というのは、僕が考えたのではなく、愛媛県老施協の方のリクエストである。僕が今年度から老施協会員施設を離れて、医療法人の老健に所属するようになったことから、昨年度までとは違う少し離れた立場で、客観的に評価してほしいという意味だと思う。

老健で働いてみると、そこはやはり在宅復帰を目指したリハビリ施設なのだということが分かる。

それゆえに暮らしの場としての機能は、特養のほうが数段上のように思える。それは老健が特養より劣っているということではなく、施設の機能と目的がそもそも違っているという意味にしか過ぎないが、そうであるがゆえに、なんだかんだ言っても、「暮らしの場」として考えるなら、特養は要介護高齢者にとって住みよい場所であり、生涯、安心して暮らすことのできる終生施設になり得る場所だと思う。

要はそうしようとするか、しないのかという違いと、その方法論を知っているのかどうかという問題だと思う。

今回の講演では、老施協の応援団として、そこから離れた立場からの視点も入れて、人の暮らしを護る実践論を伝えて来たい。

ということで今日中に現地入りしなければならないので、今日は時間休をとって早退させていただき、新千歳空港17:00発の便で羽田空港を経由して松山空港まで飛ぶ予定だ。

現在、四国の各空港までは、北海道からの直行便がないため、どうしても時間がかかり、今日も松山空港には20:55着となっているので、宿泊する松山市内のホテルには、21:30過ぎに到着することになる。ちょっと遅い到着で、何もすることもなく今晩は寝るだけだが、明日の土曜日は、講演後に事務局の方々との懇親会も予定されており、その日もう一泊して、日曜日にゆっくり北海道に帰って来ればよいので、ちょっとした息抜き旅行である。

ところで講演内容について、事務局より次のような依頼があった。

「職員連携について」の研修では、菊地先生の著書「人を語らずして介護を語るな THE FINAL」第5章介護力を豊かにする方法−自己覚知を促す方法を模索して−masa式演習授業−、及びP156 自己覚知はケースワークすべての原則につながっていく、という考え方もお話しいただければと思います。

この部分は、午前の部でしっかりお話しする予定である。

当初事務局からは、時間が長いのでグループワークも入れてはどうかという話があったが、僕にとって4時間という時間は、決して長い時間ではなく、今回いただいたテーマをすべてお話しするのは、それだけの講演時間が必要と考えたので、グループワークは入れていない。

受講者にとってみれば、4時間の座学は、長い時間と思うだろうが、それも講演が始まる前だけの話しで、きっと講演を聴かれたあとは、その時間がとても短く感じるだろう。それだけの内容を盛り込んでいるつもりである。

今回も募集定員の70名を大きく超えて、100名近い方が受講してくださる予定になっており、座学でもしっかり学ぶことができ、翌日から何かしら自分の職場で取り入れることができる、「介護の実践論」をお話しするつもりである。受講者の皆さん、よろしくお願いします。

四国は、このほか徳島で1回、高知で2回の講演を行った経験があるが、うどん県香川とは縁がない。誰か読んでくれないだろうか・・・。

なお、たくさんの方々に台風と大雨の心配をしていただいているが、幸い登別〜千歳間には、大きな被害は無く、現在は風も穏やかで雨も上がっている。平穏な状態なのでご安心いただきたいと思う。

天候も回復して、今日のフライトも予定時刻どおりに順調に行くだろうと思う。それでは愛媛の皆さん、明日研修会場でお会いするのを楽しみにしています。

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介護認定期間の延長は是か非か


厚労省は次期制度改正時に、現在最長2年まで延長できるとされている介護認定期間について、最長3年まで延長できるように、ルールを変更しようと検討している。

このことについて、高齢者の状態像は変化しやすいのだから、そんなに期間を延ばしても良いのかとか、それは行政の怠慢ではないかとか、いろいろな批判的意見が聞こえてくる。

そんな声を聞くと、人間というものはなかなか保守的な考えから抜け出せず、新しいことを取り入れるときの壁は高くする傾向が強いなあと思ったりする。

もともと認定期間がどのくらいが適当かというエビデンスなど存在していない。当初の半年〜1年にしても、現在の1年〜2年にしても、科学的な根拠も何もないといってよいのだ。2年なら良くて3年ならなぜだめなんだろう?3年より、2年のほうがよりましと考える理由はなんだろうか?

そもそも認定の期間が必要かどうかということも怪しい。

僕の個人的意見としては、認定期間など無くともよいし、あるのならばその期間は最長5年でも、10年でも、長ければ長いほど良いと思っている。区分変更申請は、いつでもできるんだから、期間延長で被保険者が不利益をこうむることは無いからである。

まったく状態変化がなく、必要なサービスにも変化がないのに、認定期間があるがゆえに、その都度更新申請を行って認定調査を受け、認定審査会で判定を受けなければならないというのは、利用者自身にとっての大きな負担であるし、財源論から言えば随分無駄な費用がそこにかけられているように思えてならない。

認定審査の役に立たない医師意見書に一体いくらの公費がかけられているというのだろう。財言論から給付制限に走って、軽度者のサービスを削減して、使えない制度にするより、認定調査と、認定審査にかける費用を国民のサービスに回したほうがよほどましな制度になる。

認定作業が遅れて要介護状態区分(要支援状態区分)が確定しないまま、暫定プランでサービス利用せねばならないケースも多発しており、「改訂関係Q&A・vol2の52(暫定プラン)は机上の空論」で示したように、暫定プラン中のサービスに支障が出たり、サービス利用を控えたりせざるを得ないケースがある。更新認定結果がなかなかでないことで、居宅サービス計画の作成作業に支障が出ると感じるケアマネも多いはずだ。

認定期間が延長されればそのようなケースは確実に減る。それだけでもメリットは大きい。

要介護状態区分にしても、現在のように7区分も必要ない。例えば非該当・要支援・要介護もしくは、軽介護・中介護・重介護といった3区分程度で十分だ。

区分支給限度額管理による、サービス量の調整機能の面から、その必要性を唱える人がいるが、そもそも区分支給限度額が無いからといって、不必要なサービス利用が増えることにはならない。そのことはケアマネジメントがきちんと機能することで調整できる問題であるし、本来そのためのケアマネジメントでなければならないはずだからである。

もともと自己負担がある介護サービスであるのだから、要介護度に応じた区分支給限度額が無いからといって、その利用される量が青天井になることは無い。それが証拠に、現在の区分支給限度額は全体でも5割程度しか使われていないのである。

つまり区分支給限度額は、サービスの調整機能を果たしておらず、逆にサービスが必要な人にとっては、それがあるが故に自己負担10割となるために、サービスの一部を経済的理由によって抑制し、使えないというデメリットの方が大きいのである。
(参照:要介護認定廃止議論に欠けている視点

要介護状態区分など、もともと定規自体がひん曲がっていて、地域によって、審査会によって差があるのが現状で、尺度として正確なものではないのだから、それを拠りどころに物事を考えること自体がどうかしている。そんなものを頻回に認定しなおす必要性など無いのである。

延長結構、それより期間設定そのものの有効性や、是非を議論すべきではないだろうか。

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事業戦略を見直さない介護事業者は死ぬ


介護事業者のリスクマネジメントの最たるものは、経営リスクマネジメントであり、顧客確保ができないリスクに対する備えが、最重要課題である。

それはとりもなおさず事業経営戦略に繋がる問題である。ここの意識の差が、これからの事業経営の明暗を分けるだろう。

要介護高齢者の、「暮らしの場」は、その環境の差異はともかくとして、確実に増えており、要介護者の選択肢は広がっている。

そんな中で増えすぎたサ高住の、空き部屋活用のための利用料ダンピングの動きや、訪問介護事業所などの顧客確保戦略として、老築化したアパート等を買い取って、そこに事業所を構え、要介護高齢者を住まわせ、アパート内で支給限度額いっぱいまで訪問介護サービスを提供するような動きが強まる中、後期高齢者や要介護者の数は増加しても、介護施設の入所者確保は容易ではなくなる。

つまり昨日書いた、「利用者確保に困り始めた特養」の内容は、他の介護保険施設も対岸の火事ではないという意味も含んでいるのだ。

特養の待機者が減り、空きベッドが生じてくるということは、老健において特養待機目的で入所する人がいなくなるということだ。

在宅復帰型老健は、特養待機するのが目的ではないから、そんなことは関係ないといっていられない。あらかじめ3ケ月しか入所できないという条件で在宅復帰型老健に入所してくる人の中には、当座は行き場所が無いから在宅復帰型老健に入所して次を探すという人が数多く含まれる。特養の空きベッドができるという意味は、当座の老健入所ケースが減るということを意味するのだ。

療養型医療施設も同様で、空きベッドを埋めなければならない特養の顧客確保戦略は、介護の差別化の方向に向かうのは必然だから、医療機関がバックにある特養などでは、経管栄養や点滴などの医療行為が必要な人を重点的に受け入れようとする動きが強まるだろう。それは特養の医療サービスがマルメではなく、介護報酬の外付けである点から考えても、バックボーンとなっている医療機関とのパックで収益を見込むという戦略として成り立つのである。
(※マルメではないことによって、介護報酬と診療報酬をそれぞれ算定できるために、医療依存度の高い人の特養入所=医療機関で診療報酬を算定できる外来患者の増加、という構図が成り立つのである)

居宅サービスは、これから軽介護者の給付抑制が進み、要介護1と2の人は、順次地域支援事業化され、そこから保険外自己負担サービス化されていく。

どちらにしても、要介護者の数が増える中で、介護給付費を抑制していくのだから、顧客一人当たりの単価は減ることになる。よって今後の事業継続のためには、顧客数をしっかり増やして、事業経営が成り立つ顧客数を確保していく戦略が必要不可欠となるのだから、今後は施設サービス及び居宅サービスを問わず、顧客の奪い合いが激しくなることは容易に予測できる。

その中で選ばれる事業者になっていくためには何が必要なのか。

その際のサービスの差別化とは、結局は介護サービスの高品質化に尽きると思う。

それは利用者確保ではなく顧客確保であることを忘れてはならないし、顧客を確保するために相談員は、営業周りをするのではなく、顧客に選ばれるケアの品質管理をする役割だということを自覚してほしいと思う。いや施設長がそれを理解しないとだめである。

そうであるなら、介護事業者は従業員の接客態度の向上にも努めて当然であり、僕が提唱する、「介護サービスの割れ窓理論」を積極的に実行しようと取り組む事業者が増えていることは、喜ばしいことである。

そういう事業者は、従業員の顧客対応意識を高めようと、日常的に使う用語の改革にも力を入れており、例えばショートステイのお客様に、より心地よく対応していただくためには、「入所・退所」という言葉は違和感があるのではないかとして、「チェックイン・チェックアウト」という言葉を日常的に使うようになったりしている。

その言葉がベストかどうかは分からないが、職員の意識改革という点からは有効である。

このように、お客様により良いサービスを実現するために、既存のあらゆるものの改革の必要性を自覚する事業者と、そうでない事業者には差ができ、それは生き残ることができるか、そうでないかの分かれ目にも繋がっていくだろう。

介護にほとんど興味の無い安定政権が、経済効果でしか社会保障費を見つめない現状において、介護サービス事業者に優しい制度改正などあり得ないわけだから、今後の介護事業経営は、より厳しいものとなり、運営しかできない管理者のいる介護サービスを利用する人は、いなくなるだろう。

サービスを利用する人は、単なるユーザーではなく顧客であり、お客様意識を持ってサービスの質を高めないと、誰も選んで利用してくれないという意識のもと、職員のホスピタリティ意識を高め、介護サービスの質を向上させていく事業者だけが生き残り、それ以外の事業者は野垂れ死にしていくしかないだろう。

そういう意味で今の時代、介護サービスの割れ窓理論は、企業倫理としてだけでなく、リスクマネジメントとして求められているという自覚が、介護事業者しいては介護経営者に必要とされるのである。

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利用者確保に困り始めた特養


インターネットを酷使して情報を得ることのできる社会では、最新の情報をリアルタイムで得ることが難しくなくなっている。

そういう意味では、情報を得ることに関する「地域差」は存在しなくなったといってよく、中央官庁の情報も、地方に住む一個人が素早く手に入れることができる時代になったといえるだろう。

しかしそのような時代であっても、手に入れることができるのは、ネット上の文字や数値であって、その文字や数値の周辺に存在している、「空気」までは手に入れることはできない。

それは直接、その場面に存在する誰かが感じるもので、その感じたものを得るためには、人と直接やり取りしないとならない。それが極めて重要であったりする。特養を巡るこのところの変化も、担当者が現場で肌で感じているが、表立ってはいない情報である。

このところ僕は、北海道を本拠にしながら、週末は大阪を中心に、東京・仙台・福岡・岡山等を回りながら、そこで全国各地の介護関係者の方々とお会いしているが、その中に特養の入所担当業務を行っている人がいる場合、直接尋ねることがある。

それは、「利用者確保に困っていませんか?」ということだ。

それはつい最近までありえない質問だった。特養はどこであっても満床であることに加え、数多くの待機者を抱えているのが当たり前であったからだ。しかし「既に存在している空き箱(その1)」でも指摘しているように、特養の「実質待機者」が居なくなり、空きベッドが埋まらないという状況は、一地域・一施設の問題ではなく、全国的な問題へと広がりを見せているのである。

その実態を数値としてではなく、入所担当者の実感として知りたいというのが、僕の質問の意味である。そこでわかることは、特養待機者は地域を問わずに確実に減少しており、利用者の新規確保は、思った以上に困難になっていると感じている相談援助職員が多いということだ。しかもその状況は、この1年〜半年の間に、急激に変化しているといってよいものだ。

それは特養の入所要件が厳格化されて、原則要介護状態区分3以上の人を対象としたルール変更の影響だけではなく、要介護高齢者の自宅以外の場所への「住み替え」の選択肢が多様化し、年金で支払える額であれば住む場所の種類は問わないという人が増え、それに対応して、介護サービスをセットで考えても、特養の費用とそう変わらない額で暮らすことができる居所が増えているという意味である。新設サ高住の空き部屋が埋まらないために、ダンピングするサ高住があることも影響している。

同時にその中には、介護が必要な状態になっても、自分が望む暮らしをしたいと考え、そのためにはお金がかかっても自分の希望が聞き入れられる場所を望んだ結果、特養以外の居所を選択する人もいることを意味している。場合によっては、より暮らしやすい場所を求めて、特養から別の特養への住み替えというケースも見られている。それはまさに待機者がいないから可能になる選択方法ともいえる。

どちらにしても、特養が何もしなくとも利用者確保に困らない時代ではなくなっているのである。そのために入所担当の相談員のルーチンワークに、地域への営業周りが当たり前に考えられるようになっている地域がある。(※ただしこういう業務を相談員に押し付けている法人は、生き残っていけない法人になると思う。これからの法人経営を考えると利用者確保は、事業所単位ではなく、法人単位で行う必要があるからだ。そのことは別の機会に論じよう。)

しかし僕はこのことを否定的に考える必要は無いと思う。少なくとも高齢期の居所の選択肢が広がるということは、国民にとって、地域住民にとって悪いことではない。

勿論、介護施設サービスを主力に、事業経営する法人とって、そのことは重大な問題であり、利用者確保ができなければ即、経営困難に繋がるものだ。そうであるならば、利用者に選択される特養にしていく努力が求められる。良い施設サービスだけ残って、サービス水準の低い施設がなくなることは、むしろ健全といえるのである。

利用者本位という言葉が建前でしかなく、サービスの品質意識も無く、顧客に対するホスピタリティなどどこ吹く風で、職員対応は個人の資質任せで、顧客に対してタメ口で接することが当たり前という特養は、つぶれて当然である。なくなってよい施設である。

サービスの質の関係なく、何をしても、何をしなくても一緒で、開設さえできれば利用者確保に困らないという状況の方がどうかしているのである。利用者の生活の質というものに対する意識の無い特養は、暮らしの場としての存在意義が無いのである。暮らしの場であれば、看取り介護ができないなんていっている特養も、そろそろ業界から退場してもらっても良いのである。

よって今後の特養経営には、本当の意味でのサービスの品質管理が不可欠になる。

ホームページやパンフレットで、いくら美辞麗句を並べて宣伝しても、実質が伴わない特養は消滅していくだろう。

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逆風が強まる厳しい時代の介護事業経営


先週北海道に上陸した台風のことを書いた記事では、自分の周辺や通勤の道筋に残された爪あとに触れたものの、自分の身にその被害は直接及ぶことは無かった。

ところが意外なところで、その被害が自分の身に及んできた。

9/2(金)は、夕方予定されていた「大阪市老人福祉施設連盟主催研修」の講師を務めるために、東室蘭駅からJR特急に乗って、新千歳空港に向かう予定であった。そのためその日午前中に自家用車で東室蘭駅に向かい、駐車場に車を止めて駅のホームに向かった。

僕の乗る予定の列車は、函館からやってくる札幌行きの特急列車であるために、運行時刻に後れは無いか確かめようとしたところ、予定の列車時刻がホームに掲示されていなかった。おかしいと思い駅員さん確認すると、室蘭発の列車が運行しているが、函館からの列車は、台風による線路への倒木のために、すべて運休しているという。

室蘭からの列車は動いているといっても、それだと飛行機の出発時間に間に合わない。あわてて切符の払い戻しを受け、駐車場まで突っ走って、自家用車に飛び乗り、そのまま高速道路から、新千歳空港に向かった。

金曜日の昼近くであるから、空港の駐車場も混雑しており、空きスペースを探すのに苦労したが、なんとか飛行機の出発時間に間に合う時間に空港に到着することができ、大阪セミナーは支障なく実施することができた。

ところで7月〜毎月第一金曜日と土曜日は、大阪市老人福祉連盟主催セミナーと、一般社団法人みらい福祉研究所が主催する、「masaの介護福祉情報裏板・リアル!2016本音のトークライブin大阪介護の陣」を3回連続で9月まで抱きあわせで実施してきたが、いよいよ今回が最終回となった。

締めの最終講演として大阪市老連セミナーでは、高い理念を実現するための介護の実践論を、大阪介護の陣では、地域包括ケアシステムの中で求められる多職種連携のあり方や、認知症の理解を考えながら、介護ロボットは介護人員の省力化に繋がるのかを検証しつつ、高齢者介護のみらい予想図を描いてみた。

リアルトークライブ大阪介護の陣
それぞれのセミナーを3回連続受講してくれる方や、今回の講演を、金・土と連続受講してくれる方もいて、大変ありがたかった。

大阪市老連のセミナーは、今年度はこれでいったん終了となるが、みらい福祉研究所主催セミナーは、11月〜来年3月まで、介護ビジネスアカデミーの、介護経営を考える実務者養成講座第2弾として実施予定だ。(参照:masaの講演予定

今後計5回(5時間/日)の講座参加者を募集する予定で、現在その紹介のためのプレセミナー(参加無料)を実施している。興味のある方は、9/15に仙台の七十七銀行 本店5階で行われるセミナーに是非お越しいただきたい。

そんなわけで金曜日は上本町で、土曜日は道頓堀で、それぞれのセミナーの打ち上げにも盛り上がった。

大阪市老連連続講演打ち上げ
リアルトークライブ大阪介護の陣打ち上げ
2泊の大阪滞在後、日曜日は北海道に直帰するのではなく、東京で講演を行った後に、羽田空港から帰る予定になっていた。そのため朝8時過ぎの新幹線で品川に向かい、コクヨホールで行われていた、「日経ヘルスケア 介護マネジメントセミナー2016 Summer」で13:00〜14:00まで、「介護施設におけるコンプライアンスとリスクマネジメント」というテーマで、主に介護事業経営のリスクマネジメントという視点からお話をしてきた。

この中では、特養を始めとした施設サービスの待機者が、急激に減っている状況を説明し、サービスの質に関係なく利用者確保に困らないという状況は大きく変化し、顧客確保が施設サービスの課題になりつつあることを説明し、その中でサービスの差別化・高品質化が求められ、職員のホスピタリティ意識が重要になってきている点を説明した。

そして不適切サービスや、情報の秘匿が、介護事業経営の最大リスクであることを、「不二家はなぜ経営危機に陥ったか」ということを例に挙げて説明し、フルセットコンプライアンスの導入を提言してきた。

こちらは介護事業の経営者、管理者の方々が数多く受講していたように思うが、ここでは次期介護報酬改定もマイナス改定の可能性が高いことを指摘したうえで、介護事業者に対する厳しい逆風がますます強まる中で、職員にだけ研修を受けさせて居ればよいと考える経営者であっては、この厳しい時代に生き残っていけないこと、経営者や管理者が率先して生きた情報を得て、身になる知識を獲得すべきであることを指摘してきた。

受講者の感想・意見も聴いてみたいものである。

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旅のある人生


人生は長い旅にたとえられることがある。

その意味とは全く違うが、僕の今の暮らしは、まさに旅が日常の一部になっており、それなしで考えられない日々を生きている。

勿論それは、趣味の旅行ではなく、全国各地の皆様から呼んでいただく、講演の旅のことである。

ここで問題なのは、僕は個人事業主ではなく、医療法人の一社員でもあるということだ。そのため決められた休みの数以上は職場を休めない。よって平日の講演の旅が多くなるという意味は、その分だけ土日祝祭日の勤務が多くなるということだ。

例えば今月のカレンダーで言えば、敬老の日のある週は、17日(土)から19日(月)まで、一般事務職ならば3連休である。しかし今日のように、平日の旅がある僕は、17日(土)から19日(月)までの3日間も出勤日であるし、その前後の休みは、15日(木)と22日(木:秋分の日で祝日)であるが、15日は仙台講演(宮城県)、22日は大垣講演(岐阜県)となっており、家でのんびり過ごすというわけではない。

しかし本来なら、このような勤務調整もできない事業者が多い中、僕の講演の都合に合わせた勤務を組んでくれる所属法人には感謝しかない。

ということで、講演の旅を続ける限り、土日祝祭日をそのたびに充てているか、平日の旅の振り替えで出勤しているかということで、プライベートでの完全休養という日は、年間を通じて数日しかないということになる。

このことから、「タフですねえ。」といわれることがあるが、確かに年とともに、移動の際に疲れを感じることはあるが、僕の話を真剣に聴いてくれるたくさんの人々がいて、講演前後には、講演を通じて繋がることができた人々と、その土地土地のおいしいものを食べながら、おいしいお酒を呑んでいる。そんな風に、楽しいことをしているのだから、疲れが残ることは無い。

むしろ講演予定が無く、どこにも出かけることが無い週は寂しく感じてしまう。土日で外出せず、家で休養という日は、新しい講演ファイルを創ったり、連載原稿を書いていたりすることはできるが、それらの作業を平日の夜に忙しくこなさなければならないほど、休み無く講演の旅があったほうが嬉しい。

「奥さんは寂しいでしょう。」といわれるが、それは無いと言い切ることができる。「亭主元気で留守が良い。」というのはその通りであり、僕は理想的な亭主であるのかも知らない。逆に3連休ずっと家に居て、3食亭主の食事作りをするとしたら、それも大変なことだろうと思う。

というわけで、今日も大阪に向かう機内で、こんな風に記事更新している。

今日と明日は大阪に滞在し、当然のように夜はオフ会である。日曜日の朝は新幹線で東京に移動し、品川での講演を終えてから北海道に帰る予定だ。家に着くのは夜8時少し前になる予定。今週も家族にとって、理想的な元気で留守のお父さんとなることができた。

来週も、金曜の夜から愛媛に2泊3日して、日曜の夜に家に帰る予定になっている。なんて素敵なお父さんなんだろう。僕って・・・。

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多職種連携の肝は、優しさかもしれない


高齢者が病弱になっても、心身の障がいを持ったとしても、住みなれた地域で暮らし続けるために、地域住民のニーズに応じた住宅が提供されることを基本とした上で、生活上の安全・安心・健康を確保するために、医療や介護のみな らず、福祉サービスを含めた様々な生活支援サービスが日常生活の場(日常 生活圏域)で適切に提供できるような地域での体制を地域包括ケアシステムと呼ぶ。

ここでは住まい・医療・介護・予防サービス・生活支援が一体的に提供される必要があるために、それぞれの分野の関係者による、有機的支援体制が求められる。よって「多職種連携」の必要性が強く叫ばれるわけである。

じゃあ、その多職種連携を誰が大きな声で唱えているかと言えば、厚労省であり、都道府県の担当課であり、市町村の担当者であったりする。

そうした人たちが、介護事業者に向けた研修会やセミナー等で、声高に「多職種連携」という言葉を唱えるたびに、僕は鼻白く感じる。「あなた方は、過去において、あるいは現在も、多職種連携の実績があるのか?」といいたくなる。

介護事業者の多職種連携を促す前に、自分たちの縦割り行政を何とかしろと言いたい。縦割り行政と、その意識で凝り固まった役人の、鼻をくくったような対応がなくなれば、それだけで地域住民の福祉は、大幅に向上するのではないのかと言いたい。

まあそれはさておき、僕たちには、寄り添うべき利用者が目の前に居られるので、それらの人たちの暮らしが少しでも良くなるように、できることを粛々と行っていかねばならない。そのときに多職種連携が必要というのであれば、僕たちのできる限りの知恵と努力で、その関係を構築しながら、有機的に繋がる体制を作っていく必要があるだろう。

そもそも多職種連携が求められる理由は、様々な領域の専門家がいるとしても、それらの人々が世の中のすべての事柄に精通しているわけではないという、至極当たり前の理由によるものだ。

世に秀でた専門家であっても、別の分野のことは全く分からなかったり、特定分野からも物事を眺めても、見えてこない部分があるかもしれないので、様々な専門家が、それぞれの専門領域の知識と技術を持ち寄って、多角的に支援方法を構築しようという意味である。

そうであれば、そこではお互いの専門性を尊重しあって、吸収しあうという関係性が求められる。異なる専門性をもつ複数の者が、援助対象である問題状況 について検討し、よりよい援助の在り方について話し合うプロセスをコンサルテーションと呼ぶが、多職種連携には、まさにこのコンサルテーションというプロセスが重要になるのである。

そのプロセスの中に居る専門家には、他の専門職の声を聴く、「謙虚な耳」が求められるのと同時に、他の専門職に自らが持つ専門性に基づいて、自分が持つ知識や援助技術を、丁寧に分かりやすく説明するという、「誠実な口」が必要とされるのである。

勿論、専門家集団であるからこそ、分かり合うまで議論を尽くすという姿勢は必要で、他者の言葉を無批判に受け入れるだけではなく、疑問は素直に表出しながら、皆で答えを引き出していくという過程も忘れてはならない。

人間は誰しも完璧な存在ではないので、間違えることもあるが、チーム全体でその間違いを修正しながら、利用者に支援が届くところでは、考えうる最良の方法を構築していくという考え方が必要なのである。

多職種連携は、単なる仲良しチームではなく、実効性ある支援方法を作り上げる、専門家・実践家集団の活動プロセスに不可欠な関係性であるといってよい。

多職種連携は、利用者の暮らしの課題を解決するという結果責任を負うチームだということも忘れてはならない。連携するために頑張っているけど、利用者の暮らしはちっとも良くならない、というのでは何の意味も無いことだ。連携は目的ではなく手段である。

そんな難しい話は抜きにして言えることは、連携とは、わかりあうってことだ。わかりあうってことは、ゆるしあうっていうことだ。ゆるしあって、おぎなって、お互いを支えながら光を届けることだ。

そうしたお互いを思いやる心なしでは、つながりなんてできない。

人の暮らしを支援するということは、人としてのやさしさが求められる行為である。

そうした行為を行おうとするメンバーが、メンバーに対して優しさを失ってしまえば、そのチームの雰囲気は、殺伐としたものになるだろう。仲良しクラブでなくても良いとは言っても、殺伐とした関係性で、良い支援ができるとも思えない。

もちろん職業である以上、厳しさも、叱咤も必要だが、愛の無い厳しさは憎しみしか生まない。それは人を幸せにしない。

僕たちはどんな場面でも専門性を基盤に、自らの知識や援助技術が向上するための研鑽を続ける必要があるが、対人援助として、人に関わる職業である以上、常にそこには目に見えない、「愛と優しさ」というエッセンスを加えることを忘れてはならないと思う。

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台風の日でも、来てくれる「あなた」のこと


台風が北海道に上陸することはきわめてまれである。

その理由は、北海道周辺の海水温が低いので、北海道に近づくほど台風の勢力を保つことができなくなり、温帯低気圧に変わる例が多いし、偏西風の影響で直撃のコースを外れる台風が多いからである。

気象庁によると、北海道に台風が上陸するか、上陸しなくとも近くを通って重大な影響を与える数は、年平均1.8回ということだ。

ところが今年は、すでに3本の台風が上陸したほか、甚大な被害という形で影響を与えた台風の数は合計6本となっている。しかも短期間に集中しているために、河川の氾濫を始めとした被害は日に日に拡大している。

昨日の台風10号も、上陸はしなかったものの、北海道を掠めて通った際に、道内は風と雨で大荒れの状態となった。

僕の住む登別も、海岸沿いの地域の世帯に対して避難勧告が出ていたし、一部の道路は通行止めになっていた。さらに停電した地域もあり、一部地域ではまだ電気が復旧していない状態だそうである。

僕の家や家族に被害は無かったが、隣家のバイク用のテント(車庫として使っている)が風で飛ばされてしまっていた。

今朝は風雨も収まりつつあったが、道路の通行止めは続いており、迂回路を通りながらの通勤は、いつもより大幅に時間を要する結果をもたらした。

僕は現在、片道90キロを自家用車で通勤しているので、その間の台風の爪あとをつぶさに目にすることができる。大きな看板が倒れているところや、木々の倒れている場所も目立っている。道路にもいろいろなものが落ちている。飛ばされた網戸が雨に濡れていたりする。

それでも登別〜千歳間は、さほどの被害が大きくなかったようだが、十勝方面等は、河川の氾濫などで浸水した家や道路もあり、亡くなられた方や怪我を負った方も居る。今朝僕が家を出た時点では、冠水した道路に立ち往生した車の屋根に昇って救助を待っている人もいた。一刻も早く救助してほしいものだ。

そんな状況ではあるが、一昔前と明らかに異なっていることがある。それは介護保険サービスを利用している高齢者の方であれば、(セルフプラン利用者を除いて)担当の介護支援専門員がいて、安否確認をしてくれるということである。

勿論、法令上どこにも、災害時に介護支援専門員が、担当利用者の安否確認をしなければならないという規定は存在しない。そうであっても、昨日〜今日の様な北海道の状況下で、自分の担当している利用者の安否確認をしようとしないケアマネは居ないだろう。あの3.11のときも、自分が被災者であるのに、自分の担当者の安否確認のために、被災地を走り回っていた介護支援専門員を何人も知っている。

介護支援専門員とは、そういう「人種」であると思う。

そしてそういう専門職の人たちが、全国津々浦々に居る。

これはとてもすごいことだ。どんな小さな村にも、居宅サービスを利用する高齢者を見守り、支援する担当者がいるということは、国民の福祉の目に見える向上であるといってよいし、それは介護保険制度が生んだ、一番の功績であるといってよい。

困っている、困っていないに関係なく、何かあったら声をかけてくれる自分の支援担当者がいるということに勝る安心感は無い。

こんな状態だから、北海道では今日も事業を休止している介護サービス事業所がある。普段デイサービスに通っている独居の高齢者の方で、家から一歩も出ることができない人がいるかもしれない。特段被害が無くとも、外出できずに食料や水に不自由しているやもしれない。

そんな人たちにとって、わずかな時間でも訪問して声をかけてくれるケアマネは、本当に頼りになる存在であると思う。そういう人たちに代わって、その人たちの心の声を伝えたい。「あなたが居るから、毎日安心して暮らせるのです。」と・・・。

そんな介護支援専門員って、すでにこの国にとって、居なければ困る存在である。

そういう職業に就いている介護支援専門員の皆さんは、どうぞそのことに誇りを持ってほしい。僕はその誇りを護るために、影に日に、自分のできることを続けていくことを約束したい。

そんな僕が、岐阜県大垣市で介護支援専門員の皆さんに、直接お話しする機会がある。

28年9月22日(木:秋分の日)の13:30〜15:30、ロータスケアセンター(岐阜県大垣市)の内覧会にて、「ケアマネジャーの地域活動と多職種連携」をテーマにして講演を行うので、お近くの方は、この機会に是非、新しい施設の見学がてら、お越し願いたい。

それでは当日、大垣市でお逢いしましょう。

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介護施設のコンプライアンスとリスクマネジメント


僕の書いた文章が、本になって世に出た最初は、「介護施設と法令遵守」という本である。

ただリンク先の本の画像を見て分かるように、この本は共著本であり、僕は執筆者の一人にしか過ぎないため、本の表紙カバーに僕の名前は載っていない。ここにはこの本の監修者である、多摩市の伊藤介護保険担当課長(当時)と、淑徳大学の結城先生の名前が載せられているだけで、僕の氏名は本の中の著者紹介欄に経歴とともに掲載されているだけである。

それでも記念すべき執筆本第1弾であることにかわりはない。

監修者がある共著本と、自著本の一番の違いは何かと問われれば、それは発生する費用であるということができるだろうか。前者は、僕の収入として懐に入るお金は執筆料のみであるが、後者は出版社との契約に基づく印税であるという違いがある。

それはどのような違いか等については、また別の機会にお話しよう。

ところで僕はこの共著本の、「第3章 特別養護老人ホームの法令遵守」という部分を執筆している。その中で、時代が特養に求めていることは、単に法令を守った運営をすることにとどまらず、法令に精通して、それを守ることはある意味当然であり、それに加え社会的要請にも積極的に応え、国民ニーズにマッチした運営に努めることだとして、フルセットコンプライアンスという考え方を紹介している。

そういうこともあってか、今週末の日曜日(9/4)、東京港区のコクヨホールで開催される、「日経ヘルスケア 介護マネジメントセミナー2016 Summer」で、「介護施設におけるコンプライアンスとリスクマネジメント」というテーマで講演を依頼されている。

この共著本が出版されたのは2010年8月であった。その時期よりさらに、社会から厳しい視線を向けられているというのが、現在の社会福祉法人が置かれている状況である。しかも今後の社会福祉法人は、単なる施設運営ではなく、法人経営が求められるが、そこで必要となる法人経営のリスクマネジメントとは、単に法を護っておれば良いというものではなく、フルセットコンプライアンスの視点はより重要になる。

コンプライアンスの基盤は、法令を理解することであることは言うまでもないが、経営リスクマネジメントに繋がるコンプライアンスとは、単に法文を理解することではなく、法文に繋がっている背景や、その目指す目的を理解して対応することである。

そのために介護施設を運営する法人は、事業に対する社会の要請や環境変化に対応できる組織へと替わっていかねばならない。こうした予防的コンプライアンスの思想がないと、法人の滅亡は現実的なものとなっていくだろう。

あのアミーユ事件をきっかけにして、親会社のメッセージが介護事業から撤退しなければならなかった事例を教訓にするとしたら、介護事業の最大のリスクマネジメントは、「介護サービスの品質管理」であることは間違いが無い。ここを現場任せにする法人にも明日は無いだろう。

特養に限って言えば、待機者の減少が著しいだけでなく、空きベッドが埋まらない地域が出始めている。介護職員が見つからないことが最大の経営リスクであった状況に変化が出始め、利用者確保ができないことが、最大の経営リスクとなりつつある。

これからの社会福祉法人は、保険外事業も含めた事業の多角化が必要だといっても、本体事業が揺らいでいては法人経営はままならない。

9/4は、ここをどうするかという視点からのリスクマネジメント論を展開する予定である。

このセミナーに先駆けて、今週金曜と土曜日は大阪で講演がある。

大阪市老連主催の連続講演も、いよいよ最終回。今回は「『誰かの赤い花になるために』 〜 介護の誇りとは・・・私たちは今なにをすべきか〜 」をテーマにお話しする予定である。9月2日(金)16:00〜18:00、大阪市立社会福祉センター3階までぜひお越しいただきたい。

翌土曜日の13:30〜15:30のmasaの介護福祉情報裏板・リアル!2016本音のトークライブin大阪介護の陣もいよいよ最終回。今回は、多職種連携や介護ロボット、認知症の人に対する介護実践などの話をする予定である。寺田町に建てられたおしゃれなビル、SKアカデミービル2Fセミナールームまで聴きにきていただきたい。

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2号被保険者の対象年齢拡大議論に欠落しているもの


8/31(水)に開催される社会保障審議会・介護保険部会の議題は以下の通りとなっている。

(1)その他の課題2(被保険者範囲)
(2)ニーズに応じたサービス内容の見直し
(3)その他

このうち(1)については、現在「40歳以上」となっている被保険者の対象年齢を引き下げてはどうかという議論が行われることになるだろう。

制度創設時にも、2号被保険者を何歳からにするかということは議論されたところであり、30歳〜案や20歳〜案なども議論された。

それが40歳以上とされた背景には、被保険者になれば、強制加入の制度の中で、あらたに保険料の負担義務が生ずるために、収入の無い学生を含めた世代まで対象範囲を広げるのは、国民の反発につながりかねないことを考慮したもので、なおかつ強制保険料の支払いが、社会に広く認知浸透するまでの間の、軟着陸として40歳以上という年齢に落ち着いたものだ。

よって国としては、将来的に2号保険者の対象年齢拡大することは、制度創設時か視野に入れていたもので、その具体的議論の段階に入ったという意味である。

このことについて国は、次のような考え方を示している。

我が国では、多くの国民が40歳という年齢に達した頃から『親の介護』という問題を考慮することになるため、費用負担にも理解を得られるのではないかとの考えのものと、2号被保険者の対象年齢を「40歳以上」として設定しました。しかし高齢化がさらに進行し、給付費が増大する中では、支え手である被保険者の拡大も重要な検討テーマとなるのです。

このように介護サービスが必要な人が増えて、給付費が増大することに対する、新たな財源として、2号被保険者の対象年齢の拡大が避けられないという考え方である。

2号被保険者の場合、保険料支払い義務はあるが、要介護状態となっても、それだけで給付対象である、要介護状態区分認定(もしくは要支援状態区分認定)は受けられない。要介護の原因となるものが、特定疾病に該当しなければ認定対象にならないのだから、急fyが受けられないわけである。

つまり対象年齢の拡大は、保険料を支払ってくれる人を増大させても、それに伴って給付費も比例して増加するということにはならないので、財源確保という意味では、効果が高い方法である。

逆に言えば、それは国民にとっては、掛け捨ての保険料を強制的に払わせられるという痛みしか感じられない方向性ともいえる。

特に大学への進学率が高い今日、学生も対象となる20歳以上案は、収入の無いこの保険料を、親に負担させる案であるとも言え、国民の痛み感と反発は相当のものだろう。

同時にこのことについては、障がい者団体の反発も相当強くなることが予測される。

対象年齢が拡大され、介護保険の被保険者となる年齢が下げられた場合、その対象となった人は、適用関係からして基本的に介護保険サービスの利用が優先される。そのため障がい者サービスとして利用していたサービスが利用できなくなるものもでてくるだろうし、同じようなサービスを受けても、自己負担が高くなる場合も考えられる。

富山型デイサービスのように、年齢区分の無いサービスミクスの考え方は重要であるが、同時に若い人独自のサービス利用の形態を護る視点も求められることだろう。

また費用負担を考えるならば、先天性の障がいを持たれている方々は、現役時代の労働対価のストックが無い中で、公的年金によって生活が支えられているのだから、その年金が上がらずに、負担ばかり高くなるのは死活問題である。このことには最大限の配慮が必要だろう。

その点が足りないと、過去の制度改正の際にも見られた、障がい者団体の方々の、厚労省前での抗議活動も、十分予測されるところである。

そもそも、介護保険財源の問題は、税と社会保障の一体改革の中で、総合的に考えられるべきであり、その前提は、政治改革で政治家も痛みを共有するというものではなかったのではないか。

にもかかわらず選挙制度改革は一向に進まず、政治家は一切痛みを負うことなく、国民の痛みだけが増大している。果たしてそれは世の流れとしてやむをえない状況といえるのだろうか。

財源の使い方にしても、介護給付給付サービスから無駄な給付を減らそうという議論だけで、国費全体について、無駄な支出は無いのかと考える視点が全く無く、社会保障費だけが、狙い撃ちされて削減されることは問題ではないのか。

どうもそのあたりが欠落したままの議論になっているような気がしてならない。

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大阪より福岡に向かいます


普段の講演の旅は、職場の業務を終えた後、夜遅くに講演地に前日入りしたり、当日の講演開始間際に会場に到着するなど慌ただしい移動となることが多い。

しかし今回は時間に余裕があるゆったりとした旅路である。昨日の大阪講演は、講演1時間前に会場に到着する状態ではあったが、講演後は夜遅くまで天王寺の夜を楽しみ、今朝は朝寝坊しても何も問題のない状態で、これからゆっくりと福岡まで移動するだけだ。

明日は午前10時から午後3時まで、昼休みを1時間挟んで4時間講演を行うが、今日は完全なる移動日で、夜に福岡県老施協の皆さんとの食事会があるが、それまでは完全にフリーの時間である。

そのため宿泊していたホテルに、チェックアウト時間ギリギリの11時まで滞在し、その後リムジンバスで伊丹空港に移動し、日航のサクララウンジでティータイムと洒落込みながら(正直言うと、昼間っからハイボールを呑んでいたりする。)、13時50分発の便を待ちつつ記事更新をしている。

福岡に着いてからも少し時間があるので、何をしようか思案中である。すっかり馴染みとなった博多か、天神の街を散策しようかと思ったりしているが、北海道人には少々厳しすぎる暑さのことを考えると、それもどうかなと思う。

どちらにしても、時間に追われず何をしても良い自由な、まったりとした時間を楽しんでいる。

いつも思うことだが、世間の皆さんが額に汗して働いている平日の朝に、ゆっくりと朝食を楽しんだ後に、自分一人だけのためにバスタブに湯を張り、ゆったりと湯船に浸かっているのは、至極の贅沢に感じたりする。

ホテルの部屋では、読書したり、テレビを見て過ごしていた。

さすが大阪だなと感じたのは、平日の午前中から、吉本新喜劇が放映されていることだ。北海道ではまず考えられない。

それと朝のワイドショーでは、息子の強姦致傷事件を詫びる女優の記者会見が長々と映されていた。未成年でもあるまいし、成人した息子の罪を親が背負い込む必要はあるのか?しかしこの国では、息子の責任と突き放して頭を下げないとしたら、バッシングの嵐となることは目に見えているのでやむを得ないのかな。それにしても情けない息子だ。しばらく臭い飯食って、人生考え直せ。

さてさて、今日から大好きな福岡に二泊もできる。嬉しいなあ。今日は天神、明日は博多でオフ会も予定している。博多のうまいものをたくさんいただいてこよう。博多豚骨ラーメンも楽しみだ。ダイエットは一時中断である。

明日の福岡県老人福祉施設協議会 平成28年度生活相談員研修、「これからの生活相談員の仕事について考える」〜施設・地域を支えるために担うべき役割は何かは、150名満員御礼だそうだ。今年はどんな人たちに出会えるだろう。楽しみだなあ〜。

それでは福岡の皆さん、どうぞよろしくお願いします。

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介護ロボットが主役になる未来を想像してみた


近未来社会では、介護ロボットが人に替わって、すべての介護を行うことができるようになるのだろうか。

人工知能を持ったロボットが、人の動きを見ながら、ロボット自身が考えて、臨機応変の対応を行うようになるのだろうか。

そうだとしたら、それはそれで良いことなのだろうと思う。

感情の無いロボットに、介護されるのはどうなのかという意見もあるのだろうが、人間には感情があるからこそ、喜怒哀楽の感情に寄り添うことができる反面、負の感情をそのまま利用者に向けて、不幸を作り出すケースも決して少なくはない。

プロ意識の無い介護者の、顔色を伺いながら介護を受けなければならないのであれば、感情の無い無機質なロボットに、自分の身体を委ねたほうが良い場合も多いだろう。

ロボット相手なら、人に見られて恥ずかしい部分であっても、恥を感ずる必要も無くなる。同姓介護などという配慮も必要なくなる。

知識や技術教育も必要なく、プログラミングだけで、人の行為のすべてを支援できるロボットがあるとすれば、こんな楽なことは無い。人手不足も補える。少子化も高齢社会も、どんな社会情勢とも無関係で、介護支援量は確保できるのだから、実用できるものなら、そこにどんなにお金をかけても無駄にはならないだろう。

そして人と同じことができる介護ロボットと、介護の専門職である人間が、選択肢として競合するなんてことが実現できたら、それだけで介護サービスの質は飛躍的に向上するのかもしれない。

だから人に替わることができるロボットができるというなら、早くその完成を急いでほしい。テクノロジーを最大限まで磨いて、介護の現場で実用化してほしい。

こんなものに何十年もかけていては意味が無いぞ。もうすぐ高齢化のピークは過ぎるのだ。介護の人手が足りない時期に、高齢期を迎える僕たちを支えてくれるロボットを実用化しないと、今の若者が高齢者になって、介護支援が必要になるときは、人手は余っているかもしれないのだから。

でも今の僕たちには、人に替わることができる介護ロボットを想像することは難しい。それは自動運転の車を作ることより、はるかに困難なことだろう。

だって人間は、必ずハンドルを切った方向に、向きが変わるわけではない。ハンドルを切れないときもある。ハンドルに手が届かないことすらある。

車ならば、燃料が切れれば止るだけだが、介護ロボットの燃料が切れたら、死んじゃう人がいるかもしれないぞ。入浴支援の途中で燃料が切れて、浴槽の中でのぼせて死んじゃう人がいるかもしれないぞ。移乗途中で燃料が切れたら、落下して死んじゃう人がいるかもしれないぞ。

部品の故障・欠損によってどんな動きが起こるか想像もつかないぞ。

つい先日、大阪・吹田市の有料老人ホームで、68歳の入居者の女性がつけていた人工呼吸器が停止し、女性が死亡していたそうだ。スイッチが入れられていなかったそうだが、スイッチが必要な機械であるからこそ、そういう悲惨な事故が起こる。

スイッチが必要な介護ロボットが、人間の替わりになったときに、いったいどのようなことが起こるのだろうか。それはたぶん僕らの想像を超えたものだろう。

そんな未来を考えてもしょうがないから、僕は目に見えない「愛情」が誰かに伝わることを信じて、それが人にとって大切だということを信じて、非科学的なものを文字にして伝える日々を続けている。

このブログには、そういう意味もある。

少なくとも介護に愛情を添えられるのは人だけなのだから。
愛と科学的根拠

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介護事業におけるコンプライアンスとリスクマネジメント


良い介護を行って当たり前であるという風潮の中で、報道機関に取り上げられる介護のニュースは、待遇の低さであったり、信じがたい虐待であったり、ネガティブなものが多い。

それらの報道の中には、偏見に基づく解説も見られ、そのような情報社会の中で、国民の介護事業に対する視線は、決して好意的ではなく、厳しいものにならざるを得ないのだろう。

僕たちは、そのことも社会の一面として受け入れ、理解したうえで、介護サービスの品質アップに努めながら、批判の的となるような状況をなくしていき、同時に僕たちの世代で、介護のスタンダードを引き上げて、偏見の生まれない良質なサービスの質を作っていく必要がある。

そのためにも世間の偏見を生む元となっている、「不適切対応」の芽を摘むためのマネジメントは不可欠で、すべての介護事業者は、そのことを含めた介護経営リスクマネジメントに取り組んでいく必要がある。

主な収入源が介護給付費という公費である介護保険事業者は、高い倫理観が求められ、それは介護保険事業者の介護経営リスクマネジメントには、コンプライアンス意識が欠かせないという意味にもなる。

コンプライアンスの基盤は、法律を理解することであり、リスクマネジメントにつながるコンプライアンスとは、法文理解にとどまらず、そこにつながる背景や目的を理解することである。

例えば社会福祉法人が、経営リスクマネジメントに取り組もうとすれば、今般改正された社会福祉法の法文を読んで、その内容を理解するだけではなく、社会福祉法改正の背景にある社会福祉法人への批判とは何かということを理解せねばならない。

一例を挙げてみると、内部留保批判の本質とは、個人商店的な法人が、行政事務の受託的な業務だけを行って、公費や介護保険料を財源とした費用を受け取っているだけで、大きな利益を得ているのも関わらず、収益を溜め込んで社会に還元しない姿勢が問われたという意味である。

そうであれば社会福祉法人は、その批判の元になっている内部留保とは、法人の余剰金ではなく、本体事業に必要な建物や土地の資産も含んだ金額であることを明らかにし、さらに2月遅れで支払われる介護給付費のストック分である運営費も含まれているということを、世間にアピールした上で、それらを除いた余裕財産がある場合、それを原資に社会還元するために、地域福祉の向上に繋がるサービス提供の方法を考えていくという姿勢が求められているのである。

ここでは法令に違反しているのか、いないのかのみを基準として、画一的にものごとを考えるのではなく、介護事業者に社会が期待していることに応えられるように、事業運営を考える必要があり、法令に精通した管理部門が、内部監査等を含めて違法性をチェックするとともに、サービスの質を管理する必要がある。

これが、いわゆるフルセットコンプライアンスという考え方であり、これからの介護事業者は、サービス事業ごとに業務管理を行うのではなく、法人全体の管理部門が、法人全体のリスクマネジメントに当たっていく必要があるだろう。

法人の管理部門の責務とは、組織全体を機能させることでビジョンを実現させ、事業に対する社会の要請や環境変化に素早く対応できる組織を作ることによって、コンプライアンスに反する行為を予防する機能を併せ持つべきだ。そこでは内部情報をガラス張りにして公開するとともに、世間の意識・意見も風通しよく引き入れることで、専門バカにならないという、社会とのチャンネルの確保が重要なポイントになる。

そのようなフルセットコンプライアンスの視点で特養の経営を考えると、多死社会の中で、看取り難民が懸念される状況で、看取り介護を行わない、行えない特養は存在意義を失うという結論となり、制度から退場していただく第一候補が、看取り介護を行わない特養だということに気づくだろう。

またフルセットコンプライアンスの要素として、「環境整備コンプライアンス」が存在するが、それは事業者が社会的要請に応えたくても制度や社会環境にそれが阻害される場合、業界団体を組織したり、自治体や国に働きかけて社会的要請に適した環境を作ることを意味する。

そうすると介護事業者が、保険外サービスにも取り組んで、その中で地域住民の福祉の向上に貢献しようとしても、様々な法律の規制により、事業参入がままならない場合がある。これらの規制緩和を働きかけも、コンプライアンスとして考えられて良いもので、ソーシャルアクションが伴わない、フルセットコンプライアンスというものはあり得ないことにも気が付くだろう。

そういえば僕の書いたものが本となった最初は共著本、「介護施設 安心・安全ハンドブック(全6巻)」のなかで、「第3巻・特別養護老人ホームにおける法令遵守」であったが、ここでもフルセットコンプライアンスの考え方を書いている。ずいぶん前のことである。

このことに関連して、9/4(日)東京都港区『コクヨホール』(東京都港区港南1-8-35)で、日経ヘルスケア 介護マネジメントセミナー2016summerが行われるが、僕も講師として、「介護施設におけるコンプライアンスとリスクマネジメント」というテーマで、13:00〜60分のお話をすることになっている。

このセミナーの午前の部では、介護経営セミナーでは日本一講演数が多いと多いのではないかといわれている、小濱 道博先生(小濱介護経営事務所 代表)のお話しも聞けるので、興味のある方はぜひ会場までお越しいただきたい。

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楽しみな大阪と福岡の旅


僕は今の職場では一応新入社員なので、半年間は有給休暇が無い。10月以降は、半年間で10日の有給消化が可能になる。

しかし現在でも平日に講演を依頼されると休まねばならないので、雇用契約時に時間休の前借と、休日出勤の代休制度を取り入れてもらっている。今現在はそれを利用して、平日の講演を行っているわけだ。

そんなことを含めて、外部機関での講演、介護福祉士養成校での授業、認定審査会の出席などは最大限の配慮と協力をいただいているという意味では、非常に感謝しているところである。

今週も木曜から大阪〜福岡の講演予定が入っているが、木曜と金曜の休みは、先週と先々週の土曜日に出勤した分の代休を利用している。ということでプライベートの休養時間という休みは、ほとんどなくなるが、そのことはまったく苦にならない。むしろ今週は○○に行くことができる、来週は○○だと考えるだけで楽しい。

そんなわけで、今週の予定を紹介させていただく。

今週の木曜日に大阪産業創造館(大阪市中央区)で行う、「大競争時代を生き抜く韓これからの介護経営戦略無料セミナー」は、一般社団法人みらい福祉研究所が主催するセミナーで、11月から開始される、介護ビジネスアカデミーのプレ講座という意味もある。(11月〜3月までの本講座「入所施設の介護保険法の解釈講座」の予定はこちらからご覧ください。)

当日僕は、介護保険制度の動向と、社会福祉法改正についてお話しする予定になっているが、2講目は、齊藤みらい福祉研究所長が、「2018年改正に向けた介護経営3つのポイント」という講座が行われる予定だ。

そのテーマは非常に興味深く、僕もぜひ聴いておきたいお話で、当日は自分が話し終えた後も、残ってその話を聴きたいと思っている。

当日は新千歳空港10:25発の便で、伊丹空港には12:15に到着予定だ。そこから12:25空港発のハービス大阪行きのリムジンバスとタクシーを乗り継いで、セミナー会場には13:15くらいに到着予定である。ただしこれは接続がうまくいった場合のことで、飛行機等が遅れたりすると、講演時間の直前に会場入りすることになる。

まさか先週から今日までのように、台風が連続して北海道に上陸するようなことは無いと思うが、昨日今日でどう害に出かける予定が入っていたらアウトだった。もし当日不測の事態が生じて講演開始時間に間に合わなかったら、講座1と2が入れ替わる可能性があるが、しかし天気予報から考えても、昨日今日のように飛行機が欠航になることは無いと安心している。

しかしあわただしいのは開始前だけで、セミナー終了後は、のんびり大阪に滞在できる。

土曜日に福岡で講演があるので、北海道に帰らないで、木曜日のセミナー後、大阪に一泊して、翌金曜日に大阪〜福岡への移動する予定にしている。木曜日は天王寺駅近くの、馴染みのホテルに泊まる予定である。平日なので、誰も付き合ってくれないだろうから、夜は一人さびしく天王寺界隈で呑んでいることだろう。どこかよいお店をご存知の方はぜひ教えていただきたい。

金曜日に移動する福岡は、僕が大好きな場所だ。昨年は毎月のように行っていたが、今年は5月に一度行ったきりなので、今回も非常に楽しみにしている。福岡には午後3時頃に付く予定であるが、その日は移動日で、夜は講演事務局の方が一席設けてくれている。博多のおいしいものを堪能してきたい。

今回は博多のホテルに予約が取れず、西鉄薬院駅近くのホテルに泊まる予定であるが、前泊と後泊のの2泊3日の余裕ある日程なので、博多のとんこつラーメンを最低3回は食べたいところだ・・・。

ところで本番である土曜日の講演は、福岡県老人福祉施設協議会の平成28年度生活相談員研修で、「これからの生活相談員の仕事について考える」〜施設・地域を支えるために担うべき役割は何かというテーマで、午前と午後、それぞれ2時間ずつ計4時間の講演である。

昨年も同じテーマでお話したが、その内容が好評を得たということで。今年も同じ話をしてほしいと依頼を受けている。新しい話題にも触れたいので、昨年と全く同じは無いではないが、骨格は同じくしてお話しする予定である。すでに受講定員の150名の申込者があり、満員札止めとなっているとのことである。うれしいことである。

特養を運営しているだけで、サービスの質も意識せず、ホスピタリティという意識も持たずとも待機者がいっぱい居た、「親方日の丸」の時代は終焉に近づいている。そのことに気づい法人は、顧客確保のための接客意識に目覚めて対応しつつあるが、それに乗り遅れた法人は、負け組みとして業界を去らなければならない時代だ。

社会福祉法改正にちりばめられた細かな規定は、社福ののっとりにつながりかねないものもあり、それに対応した組織強化も急がれる。そんな中で、施設や事業所の中で、顧客である利用者と最初に接する相談援助食の、「事業者の顔」としての役割はより重要になってくる。中間管理職および組織運営の頭脳役として、経営への参画も求められてくるだろう。

よって相談員として、ソーシャルワークの知識を得るだけではなく、制度の動向をつかみ、関連法律が求めている方向を知り、それに即した事業運営を意識した上で、利用者支援に携わっていくのが相談援助職に求められるスキルである。

そのあたりをうまく伝えてきたいと思う。

研修終了後は同じ会場で、研修参加者の皆さんと懇親会も予定されているので、そちらでの交流も楽しみにしている。

その夜は別件で、博多の人情弁護士・篠木先生と、篠木先生が主催するケアマネゼミの皆さんとの打ち合わせと称した飲み会参加するにも予定である。

篠木ゼミ主催の、リーガルソーシャルワークセミナーは、11/12(土)と2/4(土)、ともに博多(会場調整中)で開催予定であるので、その打ち合わせである。

飲み会ばかりだと感じているあなた・・・その感想は正しい。これがあるから全国を飛びまわれるのです。

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