7599d9c9.jpg先週さくら、というテーマで書いた僕のブログが、思わぬ方向に広がってきている。これも自由に書けるブログの良さで、書き手の予想もつかないところに話題が展開していく。今日はどういう話になるか、1分後の内容も予想つかず、思いつくままに書いてみたい。

その前に今週は天気に恵まれ桜も満開で、毎日、利用者は様々な場所へドライブに出かけている。だが緑風園の敷地をぐるりと囲むエゾ山桜も今が見ごろだ。地域の方にも是非、見に来ていただきたい。

正面玄関前の桜の今日の画像を貼り付けよう。

さて、月曜からの内容に関連しての話を続けさせてもらいたい。

外出について書かせていただいた。しかし、これは誤解してほしくないのだが「特別なこと」ではない。確かに十数年前、施設のサービスは施設内で全て完結する、という風潮もあったように思う。

しかし施設サービスも地域福祉のサービスのひとつであり、地域とのつながりの重要性は、単に、地域の方が施設に定期的に訪れ利用者と交流するとか、外出行事のため利用者が地域に出かける、とかいうイベント的な事柄ではなく、施設に入所しても、ごくあたりまえに、日常的に、利用者が地域に「居る」ということそのものと思う。

今日は珍しく緑風園の人たちが買い物に来ていたわ!!では困るのだ。

ただ施設の利用者の方々は身体的な障害などをもたれている方で、移動手段をはじめ、様々な援助が必要なので、外出のお手伝いをする人が必要というだけの話である。

ところで昨日の「施設の行事を考える 」にコメントを書いてくれた方がおり、その中で「離れていても考えることは似てくるものだなぁと感心しながら読んでいます」と共感のご意見を頂き感謝しているが、ただ1点、少しだけ僕の考えと違う部分は意見を述べさせてもらった。

つまり、その方の方法では、スナックに行く際に「貸切にしてもらった」という記述がある。

僕は、そういう方法を職員が提案した場合は「意味がないんではないか」というと思う。地域に出かけるということは、同時に地域の皆さんと触れ合うことであり、地域の中に、施設入所者だけの特別な場所を作っても意味がないと思うからだ。

もちろん、すべてがバリアフリーではない、様々な場所で、不特定多数の方々と一緒に過ごすことには不便も考えられる。しかしそういう不便を感じることも大事なことで、不便な環境でもそこに出かけることができることは重要だ。

貸切にする、ということは施設側から地域に対してバリアを作ってしまう要因になりかねないし、突き詰めて考えると、意識しなくとも妙な偏見を地域に植え付ける結果につながりかねない。

施設利用者とは特別な人たちだという偏見とバリアである。

これは気をつけたいことだと思う。

もちろんコメントを書いていただいた方の意識や考え方は、僕が指摘するようなことではないだろう。ただ、その様に捉えられては困るからあえてコメントに

「同じく出かけるのでも、貸切にする、しない、という両者は意識としてはまったく違うと思え
>離れていても考えることは似てくるものだなぁ

申し訳ありませんが、私はぜんぜん似ていないと思います。」

と生意気なことを書かせていただいた。これは批判と思わないでほしい。外出が特別なことではなく、日常の一部であることが大事だということを示したい、という思いだけなのだ。

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