アルツハイマー型認知症の主症状は「記憶障害」であることは、今更言うまでもない。

人間の脳内には、情報を処理する際に一旦その情報をためておくという器官、いわば記憶を司る器官といえる「海馬」という器官があるが、アルツハイマー型認知症の場合、この海馬周辺に血流障害が見られ、記憶を司る器官が機能しなくなることから、記憶障害が主症状となって現れる。

アルツハイマー型認知症の「記憶障害」以外の中核症状である、「見当識障害」や「実行機能障害」なども、もともとは記憶障害が進行した結果であるとも言える。

アルツハイマー型認知症の場合、認知症を発症した後の記憶が保持できないだけではなく、発症時点から過去にさかのぼって記憶を失ってしまう場合が多い。この場合、例えば自分の実際の年齢が80歳であったとしても、40歳までの記憶しかなくなれば、老いた自分の顔の記憶もないし、老いたという認識もないのだから、鏡に映った自分の顔は、他人の知らない人としか思えず、鏡の自分お顔に向かって挨拶をしたり、知らない誰かが勝手に自分の家に入ってきたと思って、怒鳴りつけたり、鏡を叩いたりする。

その時、認知症で40歳までの記憶しかなくなった人の脳内記憶では、自分の妻も若い姿でしかないし、子供も小さな姿の記憶しかないから、年老いた妻の顔を見ても誰だかわからないし、自分の脳内年齢より年上の子供を誰かわからないのは当然である。

この時、家族は認知症高齢者を「夫」として、「父」として十分認識しているのだから、家族であるがゆえに許される横柄さで接したり、くだけた口調で対応したり、時には家族であるから許される、「叱る」と行為に及ぶことが多い。

しかし家族の認識ができない認知症高齢者のとってみれば、その家族の態度や言葉は、知らない誰かからのものに過ぎず、どうして自分が他人から叱られたり、横柄な態度を取られるのだと、憤慨したり、怖くなったりするわけである。このことは認知症の方々の状況を考えてみれば、当然の反応と言えるのである。

そして自分の家にいたとしても、妻や子供が一緒に住んでいたとしても、自分が知らない他人が住んでいるとしか感じられず、他人がいる家は、自分の家ではないと思い、「帰る」と言って、外に出ようとする。家の内装や外観が、今ある記憶以降に変わってしまっているのであれば、尚更そこは「自分の家」として認識できないということになる。

街並みも40歳以降に変わってしまった記憶がないのだから、今現在の街に住んでいた記憶はなく、ここはどこだろうと不安になって、長年住み慣れた街から、「帰る」といって、あてもなく過去に住んでいた街並みの景色を求めて歩き続ける。

実行機能障害も、2つ以上の行為と行為の繋がりがなくなる障害だから、例えば椅子に座っていておしっこをしたいと思って、トイレに行こうとする際に、おしっこをしたいと感じて立ち上がるという行為と、トイレ向かって歩くという行為が繋がらなくなる。尿意を感じて立ち上がったはよいが、歩き出した瞬間に、尿意を感じてトイレに行こうとしたという記憶がないため、「自分はどこに何をしに行こうとしているのだろう」と不安になり、おしっこをしたいことより、その不安が強くなり、その人にとって記憶のない『知らない場所』を「ここはどこだ、自分の知っている場所に行かなければ」と不安いっぱいで歩いているうちに失禁してしまうという状況が生まれる。

だから認知症の方々の、「行動・心理症状」には、認知症の人にとっての必然性があるわけである。その必然性を誘因といったり、理由と行ったりするわけであるが、そのことを理解して、我々がそうした症状が出現することの意味を真剣に考えて、誘引となるものを取り除いたり、変えたりすることが、認知症ケアと言えるのだ。

自分に置き換えて考えてみて欲しい。街で出会った知らない年下の人間が、親しげに砕けた態度で、横柄な言葉を交えて、いきなり話しかけてきたらどう感じるだろう。多くの人は不快になるか、気持ち悪く感じるか、怖くなるだろう。

認知症の人は、記憶が保持できず、昨日と今日、さっきと今が繋がっていないのだから、毎日ケアする介護職員も、その瞬間瞬間は「知らない誰か」「初めてあった若い人」にしか過ぎないのである。

その人が横柄な言葉を交えた友達言葉で話しかけてきたとしても、フレンドリーに感じるどころか、「変な人だな」とか、「気持ち悪い人だな」とか、「怖い!!」としか感じられないのである。

よって認知症高齢者で、記憶障害が進行している人に対しては、毎日、初めて出会った目上の人として、デリカシーを持って、知らない人に初めて話しかけるように、最大限に気を遣って、丁寧に話しかけるのは当然のことであり、これは「介護は顧客サービスだから」という理屈以前の、認知症高齢者のケアの専門家として、ごくあたりまえのプロの心構えなのである。

逆説的に言えば、そうした心理上の「怖さ」に配慮しない、言葉に配慮のない対応しかできない人は、素人であるばかりでなく、毎日認知症の方々を言葉で怖がらせ、虐待する人であると言っても良いだろう。

それはある意味、犯罪的であると行っても過言ではない。

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