2017年04月19日

札幌ワインスクール 27期スタートしました。 来週受験コーススタート

FullSizeRender (2)今年で14年になります。ステップ1、ステップ2が始まりました。
画像はステップ2のワインです。シャトーダルマイヤックの呪われたラベル遍歴です。(笑)
元々、このシャトーの歴史は17世紀まで遡ります。当時の所有者はポイヤックの行政官である、アルマイヤック一族の所有でした。
この頃、シャトー ムートン・ダルマイヤックとよばれており(のちのシャトー ムートン・ロートシルトとなる)ブラーヌ・ムートンとピブランに挟まれた位置にあります。
1855年の格付けで第5級に選ばれたあと、当時の所有者アルマン・ダルマイヤックは「メドックにおける葡萄栽培とワイン造り」という本を出版したそうです。
1933年ここに目をつけた若きバロン・フイリップ・ロスチャイルドがこのシャトーを買い取り、名前を自分の名前シャトー・ムートン・バロン・フイリップ(男爵)にあらためます。この後すぐ人気blogランキング

ところが1975年に彼の奥方が亡くなり、彼女を偲んで、この名前をシャトー・ムートン・バロンヌ・フイリップ(男爵夫人)にあらためます。しかも、それまでは写真でも解る通り、二匹の向かい獅子がラベルに描かれていたものが、一匹のみが描かれるようになりました。

その上、このとき亡くなった奥方は実は後妻で、現当主のフイリッピーナの実の母親は、第二次大戦中の1944年にゲシュタポの手により拉致され、翌1945年に亡くなっているのです。

FullSizeRenderパリが陥落してから4年が過ぎ、ナチス傀儡政権下のフランスで、フィリピーヌさんと、お母さんは、親類縁者の家を辿って、生き延びていました。
幼いフィリピーヌさんの手をとって・・・

しかし、ユダヤ人ではないはずのお母さんは、捕まり、護送列車に乗せられ、ガス室に送られました。
終戦まであと数ヶ月という時期です。

1988年にバロン・フイリップ・ロスチャイルドも亡くなり、この時の当主フイリッピーナさんは1989年このワインの名前を継母の名前からシャトー・ダルマイヤックにあらため、ラベルも変更しています。
そして、フィリピーヌ・ド・ロートシルト男爵夫人、2014年8月26日に永眠しました。

私も、2度お会いしたことがありました。
ボルドーでも精力的に働いていました。合掌
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画像は、ステップ1授業が終わってから、焼き鳥ぼんちに向かいました。

来週から、ソムリエ協会 試験対策講座 スタートします。
昼クラス、夜クラス 開校決定しました。まだ間に合います!!人気blogランキング





Posted by masahitovolvo at 09:35│Comments(0)