2014年10月09日




[740] なんばの話を、しましょう。
投稿者:コロ助なりかも 投稿日:2014

雪の便りを知って、思い出しました。

 なだらかな丘陵に挟まれて、ポン貫気別川の清流の川岸は、豊な雑木林となっていて、昆虫やその幼虫と共存しているヤマベの魚影が濃いそんな谷でした。

 留寿都の黒坂の谷と呼ばれる、穏やかな谷に住んでいる穏やかな老人が、穏やかに穏やかに暮らしているのでした。

 山菜を採り、たまにヤマベを採り、酪農を営んでいる生活。

 私は、こんな豊かな生活に憧れ、老人の元に幾度か訪れ、その穏やかな生活や、穏やかな考え方を伺い、大変に心休まったものです。

 そんなある冬のことです。

林の中や、畑を渡り、岸部をお話ししながら歩いたのです。

 深い雪を、移動するのに、カンジキを貸して貰い、深い雪の上を歩いたのです。

 老人の、歩みは、それほど速い訳ではなく、どちらかというと自然をしっかり踏みしめる様なペースでした。

 しかし、私は、その歩みに汗だくになりながら懸命について行ったのを思い出したのです。

 体力の差ではなく、カンジキに対する慣れの違いだと、自分で納得させようと思った気がします。

 ここまで思い出した時に、何故そんな些細な事を今、頭に思い浮かべるのかといぶかしく感じました。

 更に、記憶は続きます。

 あの時も、雪の無い地面を歩く時も、老人は両腕を背中に組んで歩いていた事に気付きました。

 私はというと、両腕を振り子のように振って、それを前進の為の推進力のように、地面をつま先で蹴って歩いています。

 勿論、雪のカンジキ歩行もそうです。老人に遅れまいと、体を捻って歩くのでした。

 ここで、今の私には、全てが合点に至りました。

 右足が前方に踏み出される時、右の腰は右足と共に前方に突き出されます。
 右肩はその時どうなのか?

 老人の、後ろ手に組んだ状態では、右肩も前方に突き出されるのです。

 しかも、雪を蹴る足の動きではなく、雪を踏みしめる動きだったのです。

 見ていると、非常に派手な動きではなく、地味で穏やかな動きと、見た目には写るのです。

 一方、私はというと、派手で元気でつま先で雪を蹴り、腕を振り回しパワフルと勘違いする動きです。

 腰は右前方、肩は左前方で体の芯の背骨を中心に捻じれた位置関係にあります。

 これでは、おそらく体力以前の問題で、無駄な動きと合理的な動きで、歩けば歩くほど、疲労と距離の比較では離れていくばかりです。

 そんな事を、今は気付いています。

 原住民のなんば歩きに気付いた今、原住民ではない、日本の穏やかな谷に暮らす、穏やかな老人のなんばに想いを馳せるのです。

 黒坂の谷の、黒坂爺ちゃんは、実に自然になんばで歩いていたのです。

今でも、穏やかになんばで生活していることでしょう。



 という訳で、後ろ手に組むか、腰に手を当てるかして、腰と肩を同期させて歩く訓練をしましょうよ。みなさん

 周りから、奇異の目で見られる事、請け合いですが。


「ナンバ歩き」で驚異のカラダ革命―古武術の動きが、頭とカラダを劇的に進化させる! (Rippu best mook)





にょっきmasaki0kon at 19:00コメント(0)トラックバック(0)リア | これどう? 

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