プロ野球のキャンプインが始まりましたね。そして、1ヶ月もしない内にオープン戦が始まって、3月には高校野球も対外試合が解禁されますと…シーズンなんて、あっという間に過ぎていくんですよね。今の時期は試合記事や感想とかは書けないですけど、日頃、野球観戦してる時に感じてることや思ってることなんかでも書いてみようかと思います。今回はデータや指標、それに対する勝負論についてです。僕みたいな観戦者が何を語るんだ?って思う人もいるかと思いますが、そういう方は素人の戯言だと思って流してくれれば。

最近、日本の野球界においてもセイバーメトリクスという統計学見地から客観的に分析した指標がファンの間でも一般的になってきた。以前までは打率、本塁打、防御率といった個人成績だけで判断、判定されてた選手の能力も、最近ではそれ以外にもOPS(出塁率+長打率)、WHIP(投球回あたり与四球・被安打数合計)、WAR(選手の総合評価指数)、UZR(平均よりも守備でどれだけの失点を防いだか)といった用語を目にしたり、聞いたことがあるという方もいることだろう。また、最近は野球をデータ分析した本もよく出てるので、これ以外にも色々な要素を数値化した指標は数多くある。僕は数学や理系がからっきしダメなので、あまり熱心にデータや統計学に基づいた分析にまでは手が回らない。それを研究したり、学ぼうとしてるファンはなかなかに凄いと思う。

最近、ネットとかでの野球ファンというかオタクの中でも指標などを用いた采配論を目にすることがある。プロの解説者が今でも個人の主観だけで語る人が多い中で、そういった指標の数字を示すことで解説者や監督の采配を批判するというケースをよく見る。確かにプロの解説者といっても、必ずしも正しいことを言っているわけではないし、首を傾げることはあるが、データを示しただけでその人の理論を完全に否定することには疑問符を浮かべる。あくまでも、僕の先入観ではあるが、ネットとかで見る野球オタクは基本的には解説を毛嫌いしている印象があるので、余計なのかなとも思う。ちなみに、僕は本当に一部の人を除いてはプロアマの解説は割と貴重な話が聞ける機会だと思って好意的に聞いている。

あと、最近、非常によく論争に上がるのが「2番に送りバントをさせるのか、強打者を置くのか」といったものだ。これは統計的には得点確率は送りバントで進めたケースが高いが、1イニングあたりに入る得点期待値は強攻策の方がいいというデータが出ている。年間通して取った数字なので、間違いなくその統計は正しいものなのだろう。このような数字を根拠にネットの野球オタクは得点期待値の高さを押し出してバント不要論、最近流行のフラエボことフライボールエボリューションを持ち出して転がせば何かある、上から叩きつけろといった理論を否定している。僕はこれらの一連の流れを見ると、一概にそうは言えないだろうと釈然としなかった。ツイッターなどでは字数の関係で上手く言えなくて、なんかもどかしかった。

それで最近、こんな本を読んだ。



社会人野球を対象にしたものなので、シーズンを戦うプロ野球、まだまだ発展途上な高校野球や大学野球などではちょっと違うなって部分もあるかもしれないが、最近、読んだ野球の本の中ではおもしろかったので、是非読んでみて欲しい。

この本で落合氏も昨今のデータに関して言及している項目があるが、そこでは「データだけで考えるのは“卓上の野球”にすぎない」という項目があった。さらに、“野球は番狂わせが起こりやすい競技と言われている以上、1点でも多く取ること。そのために、確率の高い選択を積み重ねることだ。~中略~これが絶対に正しいという選択肢もないわけで、得点できる確率の高い状況をどこまでつくり続けられるかが重要になるのだと思う。”という一文で、今まで釈然としなかった僕が言いたかったことが書かれていた。

たとえば、ノーアウト1塁、1アウト2・3塁などといった状況に加え、打者走者、次打者は誰なのか、相手投手はどうか、点差はどうか、序盤なのか終盤なのか、などなど、数え切れないような要素が試合の中ではある。その中でどれが最善策といったら「バントはしない、強攻策」とは一概には言えないし、逆に手堅く送りバントという選択肢がいいとは言えない状況もある。

では、どうれば正解だとわかるのか。これはこの場面ではどれが最善策(あるいはハズレじゃない)かを選択する嗅覚を身につけるしかないと思う。むしろ、現場で指揮を執る人には試合においては一番重要な場面だと思う。

たとえば、先ほど例にあげたノーアウト1塁で点差は同点、打者はこの日、既に2安打を放っている2番打者だとしよう。ここで高校野球なら送りバントを多数の監督が選択するし、そのような光景を見ることも多いだろう。ここで送りバントが成功すればクリーンナップに得点圏で回るので悪くない選択肢だが、僕は一方でもったいない選択肢だと思う。ヒットの内容にもよるが、この日、2本打たれているということは打者は好調であることが窺えるし、仮に自分のチームはそうは思えなくても相手側、特にバッテリーは嫌なイメージを持っているはずだからだ。マルチヒットを打たれている打者をどう打ち取ろうか考えている相手打者がバントしてくれるなら、アウト一つもらえるという心境になる。なので、僕はこういうケースだと走者にはライナーゲッツーにだけ気をつけて打たせた方がいいと考えながら見る。では、その2番打者がノーヒットであったケースだとどうか。この場合は素直に送らせるべきだ。その後のクリーンアップにそれぞれ一本出てるなら尚更だ。一本出てるだけでなく、相手バッテリーからしてみれば、得点圏でクリーンアップを相手にしたくないと考えるだろうから、まず送りバントを阻止することを考えるはずだ。バッテリーや内野守備陣はクリーンアップを相手にする前にそちらに気を遣わせることができるし、送りバントの処理でミスが出てチャンスが広がるかもしれない。要は相手にとって、その状況がいかに嫌かを思わせるように仕向けるわけだ。

もちろん、これで点が取れるわけでもないし、相手がそんな風に思ってくれるとは限らない。絶対に正しい選択肢とはいえない。あくまでも、自チームにとってどれが最善で、相手チーム側から見て何が嫌かというのを考えた上での選択肢の一例である。まず、対人競技による試合は相手あってのもので、その相手は同じ人間である。その相手からのプレッシャー、相手に与えるプレッシャーなどもあって、心境的な変化でプレーの質が変わることもあるのが対人競技というものだ。データだけで考える野球オタクにはその点が抜けている。データはもちろん、今の野球において重要ではあるが、データの中にプレーや技術、相手との相関関係も示せる根拠があってはじめて生きるものだと思う。データ無視の「バッティングは上から叩きつけろ」理論、何がなんでも送りバントといった技術や戦術に固執する指導者も未だに多くおり、それが勝ちに繋がると思ってると、それはまた困ったものであるが(指導者の野球観、チームとしての取り組みの一つとしては一概に悪いとはいえない)。


試合においての例をあげると昨年11月に行われたアジアプロ野球チャンピオンシップ2017の決勝戦でこのようなケースがあった。両チーム無得点で4回裏、ノーアウト1・2塁で打者は6番の外崎(西武)を迎えた場面だ。ここで日本は強攻策を選択し、外崎は見事にライトオーバーの先制タイムリーを放ち、この後、日本は効果的に得点を重ねて初代アジア王者に輝いた。だが、S1という番組で出演していた野村克也氏は「結果オーライ。外崎がバント下手ならわかるけど」とこの強攻策を否定したが、外崎がこのシリーズ、ホームランが出るなど好調だったこと、二塁走者が決して足が速いとはいえない山川(西武)だったこと、1・2塁とフォースプレーだった状況を考えると、外崎には相当上手く三塁側に転がすバントが求められただけに送りバントは僕はいい選択肢だとは思わない。2回裏に甲斐(ソフトバンク)が一塁側に転がし送りバント失敗のダブルプレーに倒れていたこともあったのも強攻策に踏み切った要因の一つだろう。野球が確率のスポーツだというなら、2017年シーズンは犠打が10しかなく、このシリーズで5割近い打率を残していた外崎のパンチ力ある打撃に賭けた方が最善に近い選択肢だったのではと結果論ながら思う。

あと、もう一つ例をあげたい。選抜の決勝の再現といわれた2017年夏の府大会準決勝の大阪桐蔭と履正社の試合だ。これは僕がたびたび語り草にしている場面の一つで、8回裏で1アウトから6番片山が四球を選んで、7番でエースの竹田を迎えた場面だ。いわゆるセオリー通りならここは投手である竹田には送りバントで塁を進めて9回表の投球に備えて欲しいといったところだ。近年は減少傾向にあるが、履正社はもともとバントを多用するチームなので、スタンドの観衆のほとんどが送りバントだと思ったことだろう。僕もバントだと思ったが、ここは打たせるべきだと思った。すると、結果は投手に渡る最悪のダブルプレーで無得点に終わってしまい、準備する暇もなくそのまま9回表のマウンドに上がった竹田は失点を重ねて履正社は敗退となってしまった。ただ、強攻策にしても同じダブルプレーに倒れた可能性もあるし、むしろそっちの方が可能性は高かったという意見もあるだろう。僕が着目したのは竹田は大阪桐蔭のエースの徳山に5回表に特大のホームランを打たれているということだ。竹田がどういう性格で、どう思っていたのかはわからないが、打撃が好きか自信のある投手は相手投手に打たれると「俺も打ってやろう」という気になるという話を聞いたことがある。また、竹田は公式戦でホームランを放ったことがあり、打順も下位打線でないところを打つなど打撃面も決して悪い選手ではなかった。選抜での決勝戦で8回裏に3点ビハインドから追いついたが、ここで一気に逆転しないといけなかったという声を多々聞いた。ゆえに、ここも同点に追いつくだけでなく一気に逆転する必要があった。なら、分の悪い賭けにしても竹田の一発に期待してもいい場面で、履正社の岡田監督には攻撃の伝令を使って竹田に「三振してもいい、フライでもかまわない」と伝えて打席に送り出すぐらい腹を括るべきだと思った。それに打ちに行ってのダブルプレーと、送りバントをしてのダブルプレーだと凡退した後の心境も違うはずだ。これは最善どころか悪手になる可能性もあるが、僕は仮にこの送りバントが決まって後続の一打で同点に追いついたとしてもおそらく履正社は勝てなかったと思う。大阪桐蔭サイドも送りバントで来ると思ってただろうし、同点でも9回の攻撃で突き放すぐらいの心境だっただろう。あの状況だと、まずは同点に追いつくのも大事ではあるが、夏に履正社が大阪桐蔭に勝てていないということを考えると、リードを奪うことで初めて優位に立てたのではないかと思う。僕はこの回の履正社の攻撃が夏に大阪桐蔭に勝てない、甲子園で優勝できない、要因ではないかと思った。

先ほどの例は極端なものだが、時に無形の力や勘や閃きから悪手であったとしてもそちらの方が得策と考えれば、そんな奇策のような選択が良い方に出るのも対人競技による勝負というものだと僕は思う。何を言いたいかと言うと、人と人が勝負をしている以上、相手に与える重圧があるし、メンタル的な部分で本来の実力を発揮できない状態もあるので、必ずしもデータや数字通りの結果になるとは限らない。それに加えて、人間的な部分や技術とかも加味していかないと勝負というものは語れないし、割り切れるものではないということだ。僕も競技かるたを現役でやってる時に団体戦(ちはやふるの単行本3巻、4巻、14巻、15巻あたりを参照)で番狂わせをしたことがある。メンタル的な部分やそれによる勝負の駆け引きとかは、また話すと長くなるので、別の機会に書きたいと思う。ただ、僕はデータや分析を軽視してるわけじゃなく、むしろそれはとても今の時代にとっては重要なものだと思う。ただ、やってるのは人間だから、その通りになるとは限らないですよってことを忘れないでいただきたい。そして、野球に限らず、どの対人競技も相手あってのもので結果論が付き纏う。それを色々な人であれはこうするべきだった、あの判断はよかったなどと試合中、試合後に議論を交わし感想戦をすることができるのも観戦者にとっての醍醐味だと思う。