人生の意味

何のために生きるのか

ひきこもりたい40男です。人と関わるのが苦手であり、将来に対しても不安だらけです。こんな自分の生まれてきた意味を日々求めています。 ニート、いじめられっ子、ひきこもりの方々が読んで、「自分だけじゃないんだ」と共感してくれたら幸いです。

幽霊などの非現実なホラー映画を見ていても、背中がぞくぞくしたり、手に汗にぎって、ドキドキハラハラするものであろう。それは映画の主人公たちが演じているだけで、実際には作られたセットの中での演技だろうし、演技している役者の心の中では仕事という割りきった気持ちで演じているだけだろうが、観る者にとっては、情動を司さどる大脳辺縁系や自律神経が勝手に敏感に反応し働いて、心拍数はあがるし、汗がでてくる、手に汗握る。こんなことを高次な存在は楽しんでいるんだろうか?いや、感動やうれし涙は共感したいだろうが・・・ ? 。

この感覚は、自分の苦悩とはまた別のものだ・・・



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怖いとか、不安とか、そういう爬虫類的本能と
人間としての高次な苦しみ悩みは
まったく別な現象だ

前者に振り回されず
後者を真摯に受け止め
むしろ後者を常に胸に抱いて真面目に生きていく


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NHKで癌と闘病しても結局癌に負けて亡くなってしまった家族を悲しむ場面を見たが、

癌とはそんなに忌むべきものなのか?

癌のおかげでやっと亡くなれるのに・・・


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苦しみは避けるべきもの?
存在は感謝すべきもの?
無への回帰は当然か?




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V.E.フランクルのロゴセラピーだと
たとえば、妻を亡くした夫が悲しんでカウンセリングに来たときは
「逆の立場だったらどうでしょう?」と尋ねるという。
そうすると、クライアントである夫は
「もちろん妻は悲しんで辛いだろうと思います」と答える。
残された夫が自分も早く逝きたいと嘆いていても、その辛さを妻ではなく自分が背負ってあげる、どちらが先に逝くかはわからないけれど自分が残された方が相手に悲しみを背負わさず、自分が身代わりに会って引き受けているという「意味」があったということで、クライアントに人生にYesと肯定できるようになるのだ。

ここまでは前置きだ。

誰かの身代わりになるという人生の意味。

独身者にとっては本当に絶望的になる仮説だ。

家族なり恋人なり誰か守るべき人がいれば、人はその人のために必死になれるだろう。しかし、そういう相手がいなければ人はそんなに強くなれない。人は自分自身のためにはたいして必死になれない。

(フランクルのロゴセラピーは、そういうことではなく、個人個人にあった出来事への肯定的な意味づけを目的としているのだろうが。)



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昨日から今朝のニュース番組を見ていて、政治団体が別な選挙カーを追いかけ笑っている男性達の異様な姿に気持ち悪くなった。

男性的な狩猟本能。
猫を飼っていればわかるが、食べるためではなく、ただ楽しむためだけに狩りをする動物は、他者の心、相手が苦しむことを想像できないのだろう。

猫よりも高等な犬の場合は、猫のような残酷なハンターではない。


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おだやかにのんびりと暮らしながら、平々凡々と人生送れたらどんなに楽だろう。

宗教や倫理など、いっけん良さそうなことを言っても、そんなのはめくらまし、子供だましだ。


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哲学者でも科学者でも、職業としてそういう分野に従事してる人は、純粋に学問なり研究なりに精進してるというわけではなく、自分の所属や人脈などに配慮した利益相反のある中で自分の推し進めたい仮説を喧伝しているに過ぎない。僕の好きな哲学的漫画『銃夢』は今月の最新刊も本屋に置いてないし、これまでの号もレンタルされてない。本屋が売りたいのはもっと明るい人気のある作品だから。


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不運
不幸
苦しみ
悲しみ
つらい
生きてる意味がないように思える
楽しみがない
き真面目
几帳面
馬鹿正直
面白みがない
退屈
地味
変化がない
弱い
貧しい
切羽詰まっている
ピンチだ

これらのネガティブな事象はそれが本当の人生の意味に繋がっていく貴重な経験だ


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への補足


人生に何故苦しみや不幸があるのかという問いに対する答えに、「苦しみがあってこそ他者に同情・共感できるから」というのがある。他者に心から同情するのはとても大事な行為だ。

そもそも他者とコミュニケーションし同じ価値観で協力協調して生きるのが人生の目的かもしれない。

もちろん、幸せや喜びを他者と共感というのは無理であろう。

 

フレンチ料理は豪華で人気がある。そんなフランスの国民性も前向きで楽観的だろう。しかし、ドイツやイギリスのような真面目な国では料理などよりも科学や技術などへ力を入れており料理なんて二の次だ。

ユニバース25における、もはや食にも性にも興味関心が失せてしまったネズミたちは自分の毛づくろいだけをやっている。

人は希望や楽観など気分高揚した妄想で生きているが、何らかのきっかけで真理を突きつけられ目が覚めれば、もう子どもを持とうとか楽しんで生きようとかそんな浮ついたことを考えることもなくなるだろう。切羽詰まった時が人は一番正常な思考を出来るのだ。単なる余興や遊びなどへの関心など無くなって当然なのだ。


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タイパ
時間をかけても得られるパフォーマンスが大したことなければ
そんなことはしないほうが良いという考え
しかし、人生は無駄な時間のほうが多い
とくに人と会っているときは、相手に合わせて時間を無駄に過ごさざるを得ない



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元宇宙飛行士の野口聡一さんの著作をAmazon Audibleで聴いた。
『どう生きるか つらかったときの話をしよう』

感想はAmazonレビュー星3つの人たちが書いている通り、宇宙飛行士という割には何の斬新さもないむしろ凡庸な人生観であきれた・・・
たしか、ひろゆきが宇宙飛行士の人にインタビューしたときにすごく頭が良いなと感じたということなのだが、やっぱりひろゆきの言うことは逆指標として使えそうだ。

宇宙。そこは紫外線だけじゃなく、宇宙線の被爆を受けるし、何より、急激もしくは長期の無重力状態から脳内に微小な空気塞栓が起っていてもおかしくなく、宇宙から帰還した宇宙飛行士の中には神を見たとかUFOを見たとか幻覚を見たり、性格が変わったりようだから、本当に危険極まりない。





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地球

IMG_2561  台所の流しの湿ったところにも細菌が栄華を極めている。それと同じような灯の明かり

世界各地で侵攻や戦争、内乱があり、日本国内でも与党野党が対立し、民間でも騙し騙され争ってる。 しかし、自分の肉体の中の細胞や分子は争っているだろうか?中に100個に1つくらいは癌細胞が生じるけれど免疫細胞に捕らえられ除去される。 人間同士だと、アイツは嘘をよくついて人を騙すとか、アイツは潔癖症で細かくて気持ち悪いとか、相対立して、反目し合う関係があるが、人間の身体の中で細胞同士が対立することはない。全ての細胞が同じDNAから出来ていて役割は異なっても同じ価値観を持っているからかもしれない。他人をよく騙す人間の脳の中のニューロンも他のニューロンを騙したり、騙されるニューロンも騙すことをリスペクトしていたり、他の内臓の細胞も騙されないようにしながら、個体の生存のために自分が犠牲になって死ぬことは利他の価値観からではなく、あくまで自分が最期刹那的な得をするという目的からかもしれない。 自分という存在はいったい何なのか?個体の全細胞の総意なのか? いや、自己免疫性疾患があるように、他の細胞に一番大事な意識の細胞と同じ価値観を共有はしていない。

ウクライナ侵攻でロシアの若い男性の中の30万人近くが徴兵を逃れるためにロシアから外国へ移住した。また、出生率も下がった。先行き不透明で不安要素が多いと子孫を残そうという感じにならないのかもしれない。しかし、戦争中は仕事が暇になって出生率が上がるという報告もある。

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人生の幸楽は全く意味がないと涼しい顔をしても、自分の独り子が誰かに苛められたり虐げられたり辱められたりしたら、親の気持ちは怒りというよりも憤りで気が狂わんばかりになるであろう。
それでも、人生の全てのことに動じず心を平静に保つのが良いわけあるだろうか?いや、あるわけない。そのために子どもを持たない方がいいのかもしれない。これこそ、反出生主義の本質的な根拠と言えるのかもしれない。むしろ、自分に子はなく、他人の子が窮地に陥っているときには、自分にできる範囲のことだけして、それであきらめもつく。

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健康のためには、栄養をいろいろ取るのではなく粗食が大事なように、人生の幸せにとっては、いろんなことをいろいろ体験するのではなく、いかに苦難を避けた人生の輪廻を過ごせるかが大事なのかもしれない。
老いていくと、仕事が減り、自由にできるお金も減り、だんだん行動範囲やできることが制約されてくる。それを不幸だとか心配する必要はない。真に危惧すべきは死後もまた苦痛な人生へ転生することであり、それを避けるべく解脱の無の道を進める考えと記憶を大事に持つことであろう。

この世界は不条理だ。

理不尽ではない。人間のやっていることなど、馬鹿らしいことばかりだから、一生懸命頑張っても報われるわけではないし、何か不運なことがあってもそれは不運ではなく当然の失敗なのだ。

しかし、不条理はある。努力せず運だけで幸せになる人はいるし、不幸な人もいる・・・
それは何の理由もない。
それが不条理だ。

不条理が待ち受けていると思って生きるのだ!

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