僕の好きな聖句

マタイによる福音 第6章24~34節

「明日のことまで思い煩うな」
「その日の苦労はその日だけで充分である」

「野の花がどのように育つのか注意して見なさい。働きもせず紡ぎもしない。しかし、栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる」


働くことは、アダムとイブの罪を犯したときからの人類に課せられた苦労であり、欧米では労働は神からの罰だと認識しているし(日本では仕事は生きがいなのだろうが・・・)、そんな労苦を課せられていない野の草は、神から愛され綺麗な花で着飾ってもらえてる。


人間は一日一日労働し苦労するのは、ただの罰なのか?DVC00007


僕は一日の仕事を人生の意義として考える糧として、ヒントとして、感謝して役立てようとしている。そして、明日のことをあれこれ思い煩うよりも、今日一日の出来事をできうる限り振り返ろうとしている。


しかし、今日一日の労苦がただの罰に過ぎなくて、振り返るに足る価値も意義も何もないのなら、なんと虚しいことか・・・



いや、そんなことはないはずだ。


一日の労働労苦は罰でもあるけれど、神からの問いかけであるはずだ!


そして、明日のことをあれこれ悩むのは間違っている。明日のことは神が周到に計画して考慮してくれている。

僕がやるべきことは今日一日に起きたことを振り返り、よくよく考えることだ。


『その日の苦労はその日だけで充分である』


寝る前に、一日が終わってやっと眠れると思う前に、今日一日をよくよく内省しなければ・・・・

DVC00005