V.E.フランクルのロゴセラピーだと
たとえば、妻を亡くした夫が悲しんでカウンセリングに来たときは
「逆の立場だったらどうでしょう?」と尋ねるという。
そうすると、クライアントである夫は
「もちろん妻は悲しんで辛いだろうと思います」と答える。
残された夫が自分も早く逝きたいと嘆いていても、その辛さを妻ではなく自分が背負ってあげる、どちらが先に逝くかはわからないけれど自分が残された方が相手に悲しみを背負わさず、自分が身代わりに会って引き受けているという「意味」があったということで、クライアントに人生にYesと肯定できるようになるのだ。

ここまでは前置きだ。

誰かの身代わりになるという人生の意味。

独身者にとっては本当に絶望的になる仮説だ。

家族なり恋人なり誰か守るべき人がいれば、人はその人のために必死になれるだろう。しかし、そういう相手がいなければ人はそんなに強くなれない。人は自分自身のためにはたいして必死になれない。

(フランクルのロゴセラピーは、そういうことではなく、個人個人にあった出来事への肯定的な意味づけを目的としているのだろうが。)



にほんブログ村
にほんブログ村
人気ブログランキングへ