むやみやたらにひとりごと:「The blue rose」～第13楽章～

2005年12月11日

「The blue rose」～第13楽章～

①・②・③・④・⑤・⑥・⑦・⑧・⑨・⑩・⑪・⑫
川嶋さとみは大学四年生。
倉内瞳と前川良子はクラスメイト。
三上晴樹と急接近中！？

　十二月十一日、日曜日。＜後編＞
　
　晴樹はつり革に捕まると、持つところがないさとみのために、さとみの腕をそっとつかんだ。二人の距離はゼロだ。さとみの心臓がペースを上げる。

　「あ、俺、あんまり、新宿知らないからね」春樹が笑う。この人の笑顔には嘘がない。さとみは、いつもそう思う。
　「俺、こっち来てから、サッカーとフットサル以外、ほとんど何もしたことないんだ。遊ぶのはいつもGatinhoのメンバーばっかだし」
　彼女はその中に含まれないのだろうか。晴樹の元カノ。どんな人だろう。

　「何か欲しいものある？ウインドウショッピングしっよか？」
　「あ、はい」
　「それ！」
　「え？」
　「さとみちゃん、敬語使わなくって良いよ」
　「あ、はい」　
　「それ！」晴樹が笑った。
　
　その時、電車が新宿駅に着いた。

　「さあ、どこから行こうか？」
　「あ…」さとみが思わず声に出す。風を浴びて思い出した。マフラーを晴樹の部屋に忘れてきた。これじゃ、まるで「計算」みたいだ。どうしよう…？

　「あ。もしかして、マフラーのこと？」
　「え？あ、うん」
　「そっか、今、気付いたかぁ。じゃあ、俺が新しいマフラー買ってあげるよ」
　晴樹は気付いていたのだろうか。気付いてて気付かないフリ？
　「あ、でも…」
　「明日の朝、寒いよ？ガッコだろ？さあ、いこ」そう言うと晴樹は歩き出した。
　晴樹が前を歩く。歩幅が大きいので歩くのも速い。

　「あ、俺、歩くの速い？」春樹が振り返って聞く。さとみは小さく首を横に振った。でも、晴樹の歩くペースはゆっくりになった。向かったのはルミネ。

　さとみの元カレは「女の買い物には絶対付き合わない派」だった。だから、こうして、男性とショッピングするなんて初めての経験だ。晴樹は嫌な顔もせず、さとみが行きたいほうに導いてくれる。気付いたら、さとみが前を歩いていた。
　晴樹は、マフラーを取り上げては、さとみの顔に合わす。
　
　「あんまりチクチク系はだめだよね？」
　「へ？」
　「だって、さとみちゃん、顔に巻くじゃん」
　そう。さとみは口を覆うほどマフラーを深く巻く。細かいところまで見てるなぁ。それは好意の表れだろうか？さとみは図りかねた。

　二階から四階まで、ほとんど全ての店を見て回った。正直、さとみはあまりファッションに気を遣わないほうで、マフラーの良し悪しが分らなかった。でも、晴樹が真剣に探してくれるのが嬉しかった。何よりも、晴樹と一緒にいられるのが嬉しかった。

　「う～ん、ピンと来ないね～。ミロード行こうか」
　そう言うと、春樹は歩き出した。さすがスポーツ選手。スタミナあるなぁ。
　「あ」そう言うと、晴樹は立ち止まった。
　「え？どうしたの？」
　「疲れてない？ちょっと、お茶しよう」

　入ったのは東口の「イタリアントマト」というお店。ファミレスとカフェが混じったような店だ。
　席に座ると、晴樹はメニューを広げて、さとみに渡した。その上から晴樹がのぞみこむ。
　「俺は…、ショートケーキとブラッドオレンジジュース。さとみちゃんは？」
　「え、じゃあ、チーズケーキとロイヤルミルクティーで」
　「ＯＫ」
　晴樹がウエイトレスに注文を告げる。

　「こういう店、よく来るんですか？」
　「まさか。思いつきだよ。てか、また、敬語使ったでしょ？」
　「あ…」
　「ま、良いけどね。次からデコピンね」
　「デコピン…？」
　さとみの頭の中を、カイの言葉が通り過ぎる。その思考を晴樹の声が遮った。
　「あ、いっけねー！！車、取りに行かなきゃ。また、おっちゃんに怒られるなぁ」晴樹が顔をゆがめて、舌を出す。
　「車？」
　「うん、豊島園のトイザラスに停めっぱなしだ」

　ああ、そうか。昨日は優勝した後、写真撮影とか終わらして、そのままの勢いで電車で池袋に出た。西口の「３００Ｂ　ONE」というお店に打ち上げをしたのだ。決勝戦が始まった時には、さっぴ～さんが予約を入れておいてくれたらしい。二時間飲み放題付コース二千五百円はかなりお得だ。いつも、打ち上げはその店でするのだという。

　その時、ケーキとドリンクが運ばれてきた。
　
　「ブラッドオレンジって、普通のオレンジジュースとどう違うの？」さとみが訊ねる。
　「知らない？」
　「うん」
　「俺も知らない。だから俺も頼んでみた」晴樹がストローをさしながら笑った。さとみもつられて笑う。どうしてだろう。出会って間もないのに、この人はどうしてこんなに居心地がいいんだろう？晴樹といると安心できる。

　「晴樹さんとショートケーキって似合わない」さとみが笑いながら言った。
　「残念でした。俺は酒好きの甘党なの」春樹が笑い返した。
　「で、ブラッドのお味は？」
　「何か濃いな。トマトジュースっぽい」
　「ええー？マジか」
　「味音痴でごめんね！あ、そうだ。さとみちゃん、ショートケーキの苺はいつ食べる？」
　「え？えっと、最初に食べちゃうかな」
　「ふ～ん。なるほど。お兄さん？お姉さん？んー、お兄さんだな」
　「え？？どうして分ったの？」さとみには兄がひとりいる。
　「君のことは全てお見通しさ」晴樹は笑いながら苺を口に放り込んだ。

　
　その後は、ミロードでまた、マフラー探し。
　「さとみちゃん、モノクロ系が多いよね？」
　「え、うん」
　「マフラーをワンポイントに持ってくるか、モノクロで統一するか。さあ、あなたのご注文はどっち？」
　さとみが晴樹の部屋に忘れてきたのはホワイトのマフラーだ。
　「モノクロ系でファイナルアンサー」
　「モノクロ系ね。ザ・ファーストかＭ-プルミエか」
　「え？」
　「いいや、ひとりごと、ひとりごと」

　最終的に、「theory」のホワホワの白いマフラーに決まった。会計は晴樹がする。
　「すいません。プレゼント用にしてもらえますか」

　「はい、プレゼント」綺麗に包装された紙袋を晴樹がさとみに差し出す。
　「あ、ありがとうございます。すいません、こんな高い物…」
　突然、晴樹が紙袋を引っ込めて、さとみにデコピンした。
　「約束だからね。プレゼントもお預け」晴樹が振り向いて歩き始めた。正直、晴樹のデコピンはすごく痛かった。慌てて晴樹の後を追う。

　「どこ行くの？」追いかけながらさとみが聞く。
　「ゲーセン」
　「ゲーセン？」
　「プリクラ撮るだっちゃ。コン」手を狐にして、晴樹が言う。
　プリクラと聞いてさとみの心は跳ねた。晴樹とツーショット。これはちょっと嬉しいかもしれない。いや、かなり嬉しい。さとみは、感情がもろに顔に出る。満面の笑みになった。スキップしたい気分だ。

　
　「プリクラ、よく撮るの？」さとみが聞く。
　「普段は酔った時だけ～」
　「え？じゃあ、今日は？」
　「初デート記念だっちゃ、コン」
　「マジか」
　
　二人はくっついて、色んなポーズを撮った。落書きは二人でした。晴樹がでっかい字で「初デート12/11」と書いた。さとみは「マフラー買ってもらっちゃった」と書いた。さとみは嬉しくて笑いっぱなしだった。
　さとみがハサミで二人分に切り分ける。晴樹はそれを財布に入れた。里美は手帳に挟んだ。

　「さあ、飲みに行こうか」
　「え？まだ五時だよ？」
　「俺とのデートは酒を抜きには語れない」
　「マジか」
　「マジだ」
　二人は声を合わせて笑った。　

　駅前から外れて、靖国通りに出る。しばらく歩いて、ビルの地下一階に下りる。「和・旬菜かなえ」というお店。

　雰囲気のある店内だった。席に座ると、晴樹が飲み物のメニューをさとみに渡す。
　「実は俺、腹ペコなんだよね～」
　「さっき、ケーキ食べたばっかじゃん」
　「甘いものはベルバラ」
　「ぷっ、何それぇ～。しかも、使い方間違ってるしぃ」さとみは声を上げて笑った。
　「ホラホラ、早く飲み物決めて。俺が餓死する前に」
　「じゃあ、スクリュードライバー」
　「らじゃ」
　晴樹が店員を呼ぶ。
　「生とスクリュードライバーね」
　それから、食べ物のメニューをさとみの前に広げた。さとみが考えている間に、飲み物が来た。
　「決まった？」
　「う～ん、何でも良いよ」
　「じゃあ、鮮魚三点盛りと、小さな葉野菜のサラダと、有機無農薬野菜の一夜漬けと、オムキャベと、くじらの竜田揚げと、貝柱と紅大根のかき揚げと、つくねの備長炭炙り焼き。以上」　
　店員が慌てふためくほどのスピードだ。さとみの目も丸くなった。
　「そんなにいっぺんに頼むの？」
　「さあさあ、乾杯、乾杯」晴樹がジョッキを掲げる。
　「乾杯ってあれじゃないよね？」さとみは「レ点」の心配をした。
　「アレはGatinhoとキョンだけだよ」晴樹は笑った。
　「初デートかんぱ～い」
　それでも、やっぱり、晴樹のジョッキは空になった。
　

　「マネージャーさんの二人はどういう繋がり？」食べながらさとみが訊ねる。
　「キョンは俺らと一緒。大学のサッカー部のマネージャー」晴樹がオムキャベをほおばりながら答える。
　「さっぴ～さんは？」
　「さっぴ～は、元々、レディースチームでフットサルやってたんだ。その頃に知り合った。で、腰を悪くしちゃって、フットサルできなくなったんだ。だから、俺がスカウトした。フットサルに詳しいから、すごい助かってるよ」
　「へぇ～。Gatinhoの人ってすごく仲良いよね」
　「そうかな？俺はジャンとタカは嫌いだけど」もちろん、冗談だ。
　「ジャンさんもそれ言ってたよ」さとみはクスクスと笑った。
　「俺、一浪してっから、ジャンとは同期なんだ。それで、大学サッカー引退した後に、同期のメンバー七人で立ち上げたのがGatinhoの始まり。結局、就職とか帰省とかで、初期メンバーは俺とジャンだけになったけどね。その分、後輩が入ってきてくれるから」
　「ジャンさんのこと信頼してるんでしょ？ホントは」
　「昨日の最後の俺のゴール見たろ？アレができるのは俺とジャンだけだよ」
　「じゃあ、タカさんはどうして嫌いなの？」　
　「彼女が可愛いから」さとみは危うく貝柱を吹き出しそうになった。　
　「Gatinhoってみんな彼女いるよね～」
　「そうだな、フリーなのは、俺とプロペとアンリくらいかな？モッチなんか妻帯者だし」
　「キョンさんとさっぴ～さんは？」
　「二人ともフリー。その話はさっぴ～の前では禁句だよ。二十台後半で焦ってるんだから」
　「マジか」

　料理を食べつくす頃には二人ともお腹一杯になっていた。さとみはほろ酔い気分だ。会計はまたも晴樹がする。
　「私も出すよ～」とさとみが言うと…
　「俺の彼女になったら出させてあげる」晴樹はそう言って、さとみの鼻を押した。

　外に出ると、ぐっと気温が下がっていた。晴樹は酔っているのに、車道側を歩いてくれる。その上、さとみのバックまで持ってくれた。さとみは嬉しくてニコニコしっぱなしだ。

　二人は高島屋に向かった。クリスマスシーズン。サザンテラスのイルミネーションを見るためだ。暗闇にイルミネーションが煌いている。
　本当に綺麗だ。ＢＧＭに切ない声の男性ヴォーカリストの曲がかかっていた。幻想的な雰囲気と荘厳な見晴らし。晴樹が無口になった。