2018年10月18日

冬椿

開花が早かった去年よりさらに早く、一輪だけだが咲いた。
今年はあまりきれいではないが。

冬椿18年
















ふつうツバキは春先3月頃に咲くものが多い。

雪椿新潟、富山、北信濃に咲く雪椿は、ネットによれば、雪が解ける4月中旬以降とされている。






庭のこの花は、今頃から咲き始め、3月くらいまで咲く。
花期が早く長い。
そこで冬椿と呼びたい。もちろん勝手な呼び名である。

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2018年10月17日

でんぐりがえし

屈伸前の記事の続きである。

先週末長男家族が来たとき、からだの柔軟さが話題になり、子どもたちとでんぐりがえしなどをした。
足を伸ばして座り、足先を手でつかむくらべっこをしたが、マリアとヒカルはつかめるのに、ヒビキとぼくは届かない。

ヒビキとぼくが固いのだが、そのとき身長140センチのヒビキが「マサオさんとぼくの足は同じ(長さ)だね」という。子どもの率直さはときに残酷である。

ぼくが購入を検討しているクロスバイクは、ブリジストンのTranjit 26 というものだが、身長158センチ以上とある。これはクリアーしているが、心配になってきたのは足の長さである。メーカーは、これからは足の長さで表示すべきではないか。

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クロスか電動か

今春退職した元同僚が、3,4か月前に「スポーツバイク」を買って乗り始め、体重も減り、腹もへこんだという。
これは魅力である。

折から長男の息子(馬から落馬、みたい)が、ロードバイクというもので通勤を始めた。こころなしか腹がへこんだように見える。

調べてみると、元同僚のはクロスバイクと呼ばれるものらしい。クロスバイクもロードバイクも初めて聞く名前だが、ロードバイクの方は、ハンドルが下に曲がって低く、クロスの方が棒のような直線になっており、やや高い。タイヤもクロスの方が太い。

それで近所のアライ自転車さんに行って相談・検討中である。

連れ合いは、何事につけ型から入る、道具をそろえれば満足してそれで終わるぼくの習性を心配している。買えば乗ったつもりになるという。つまり実際には乗らない、……。

それはぼくも少し心配なのと、年齢からいってぼくの場合、電動自転車の方がいいのではないかという気持ちもかすかにあるのである。

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2018年10月16日

食用花オクラ

花を食べる。

オクラ18年

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日記

昨日、民主教育研究所の中等教育研究委員会の会議。
訪問した小田原・旭丘高校と名古屋大学付属中・高校の報告と討論。
さまざまな意味で対照的な学校だが、どちらも教育実践において蓄積があり、キャリア意識・進路意識の形成というテーマに即して面白い学校だ。

夜は、地元のこしじさんで年金支給日の会。
今回は、新しいメンバーとしてYさんが参加した。

Yさんは、長く理事長・園長として幼稚園の経営をしてきた。保育内容もだが、保護者や住民のために子育て・教育や文化活動、フクシマの原発などの講演会や行事をしてきた。
今度は、分野が違うが、麦の家という保育所の運営を任されて園長になった。

さらに、町内会の会長さんもしていて、祭りなど地域の活性化のためにいろいろな仕掛けをしている。
すごい人だ。

会では、地元の公民館の話が出たり、これからの行事の話が出たり。
大学祭で自衛隊を呼ぶんだって?と質問も。
こんなに広がっているんだと驚く。

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2018年10月15日

秋咲白花大輪ねじり花

残った最後の1本が咲いた。

白ねじり花2





















白ねじり花1

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若者演劇ワークショップ in 東京

劇団銅鑼やワーカーズなどがやっている演劇ワークショップの発表会があった。

ぼくはその時間にいくことができないので、前日のゲネプロ(通し稽古)を見せてもらった。
上板橋のけいこ場。

ワークショップの最初の日には、ぼくも参加していっしょに遊んだメンバーたちである。
演目は、去年につづいて「Big Brother」。

いろいろな都合でこの日出られない若者もいたし、セリフが出てこなかったり、飛ばす場面もあったが、最初の出会いからは見違えるように(別人のように)みんな輝いていた。
カーテンコールや終わってからの感想で、「みんなで作ってきました」「仲間の力です」と言っていた。

芝居を観て涙が出た。
「生きているだけですごいことなんだ」、「宇宙はずっとつづいていて自分の心につながっているんだ」ということばが残る。これが一人ひとりの思いになれば。

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終了後、居酒屋「ビッグ・大」で銅鑼の面々と打ち上げ。
この日は、「出羽の花桜花」と、なくなってしまったので「銀盤」。
楽しかった。

ネパール帰りの電車で、ネパールの人と会った。
あまりに美しい衣装なので頼んで撮らせてもらった。


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箱根駅伝予選

土曜日は、立川・昭和記念公園で箱根駅伝予選会。

立川予選18.1立川予選18.3









今年は、伊勢駅伝の予選を通過することができなかったので心配していた。
3,4年生はいろんな機会に会っていて、個人的にもかわいいという感覚がある。
とくに大久保君が復活して走ってくれるのはうれしい。

いつものように青桐会のみなさんがしてくれたが、若い事務職員のひとたちが大勢、集団で応援にきてくれたのはうれしい。ゼミの卒業生のI君も来ていていっしょに応援した。

立川予選18.4選手たちが頑張ってくれて7位で通過することができた。
でも1位の駒澤大学とは12分も差がある。
いっそう力をつけ、チーム力で上位に食い込んでほしい。

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2018年10月14日

魚扁の漢字

一昨日、『井上ひさしの日本語相談』の国字(日本製漢字)についての文章を書いた。
「魚」の部首にも触れたが、ちょうどその日、NHKテレビの「日本人の名前」の番組で「魚」扁の漢字が特集された。
何という奇遇。

魚扁の漢字には、日本で作られた漢字が多いが、歴史の中で増えてきたという。
飛鳥時代には、「鮭」「鮎」「鮑」ともう一つ(忘れた)の4つしか確認されていない。
平安時代になると、「鱧」など241に増える。確か「鰯」「鯖」なども。
江戸時代には、577文字。「鰤」「鯨」「鮟鱇」「鱈」など。
それが現代は、701文字。

井上ひさしさんは、『岩浪漢字辞典』には国字は121個としていたが、魚漢字だけで701文字あるというのは、どう理解したらいいのか。「見落とし」ではすまないのだが、調べるいとまはない。井上さんに訊くわけにはいかないし。


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2018年10月12日

米朝と枝雀

元同僚が退職祝いに落語のCDを送ってくれて以来、よく落語を聴くようになった。
今、特に聴く(観る)のは立川志の輔さんと桂枝雀さんである。
枝雀さんについては、別の友人が、長野で飲んだ時にその面白さを語ってくれて病みつきである。「貧乏神」「代書屋」「宿替え」「子ほめ」「上燗屋」「不動坊」など。
あの全身を使った、一途な(「一生懸命な」と自身で枕に使う)落語は爆笑の連続である。

枝雀さんの師匠は、桂米朝さんである。(米朝さんも聴く。さすがである。)
枝雀さんが生きているころ、関西では独演会でいつも満席にできるのは米朝と枝雀と言われたようである。

桂米朝本米朝さんは、大東文化大学の前身の大東文化学院の出身である。
この本にも「大東文化学院」という節が出てくる。
旧制姫路中学を卒業して学院に入る。
「不思議な学校だった」
「歴代の校長はほとんどが華族で、どこまでもまじめな学校だった」
「外界と隔絶したような学校だった」
「大学は池袋にあり、私は目白の安宿を根城にしていた」
ただ、学校生活のことはあまり出てこない。ほとんど「課外の古典芸能」に精を出していたようだ。

弟子の「枝雀追悼」という節もある。

「のみこみが早く、一を聞けばたちどころに十まで回転していた。…登場人物の心理の奥深くまで踏み込んでいく。…暇さえあれば読書。」
ひとつことへの熱中がすごかった。
落語への熱心さは尋常ではなく、深夜、外で歩き回り、ブツブツ言い、大声で叫んで、警察に通報される。
義太夫に凝ると毎日通う。
くる日もくる日も焼肉で通風になる。
フグになれば毎日てっちり。
スペイン語にはまる。
仏教書を積み上げ、托鉢に回る。……

生涯悩まされたのは、うつ病で、死の恐怖、地球滅亡の恐怖におののいた。
59才で自死。
米朝さんは、「死ぬよりほかなかったのかと今は思う」と記している。

このように知ると、あの爆笑落語も凄絶である。


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2018年10月11日

『井上ひさしの日本語相談』と広戸さん

井上ひさしのの本ご相談ここのところ寝酒ならぬ寝本にしているのは、『井上ひさし日本語相談』である。(寝酒は飲む。それにプラスである。)
小説とちがって興奮したり引きずり込まれたりしないし、こんな固い文章でも井上さんのやさしさややんちゃな心があふれていて、ふんわりとした気持ちになれるのである。

作家の想像力にはいつも驚く一方、とくに井上さんの場合にはその博識と、徹底した調査や検索に感心する。

たとえば、国字(日本製漢字)についての質問に対しては、「筆者も日ごろから愛用している『岩浪国語辞典』を一頁一頁丁寧にめくって国字の数を勘定してみました。見落としがあるかもしれませんが、筆者の数えたところでは国字が百二十一個ありました」という調子。

国字には、辻、峠、躾、裃、畑、働、塀、腺、などあり、多くは会意文字。
日本の自然を反映した「木」部首、「魚」部首、「鳥」部首も多い。
杣(そま)、椚(くぬぎ)、柾(まさ)、椙(すぎ)や、鮴(ごり)、𩸽(ほっけ)、鰰(はたはた)、鱈(たら)、鳥では、鴫(しぎ)、鶫(つぐみ)などである。

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昨夜は、「方言は文字化できるか」を読んだ。

その最後に、質問者が島根の人ということもあって、「方言辞典としては、『島根県方言辞典』(広戸惇・矢富熊一郎編…)がピカ一。」という文章があった。

ぼくの長い友人に、青年劇場で俳優をしている広戸聡さんがいる。彼は島根の出身だ。
「島根」の「広戸」? しかも名前は一字。もしかして、と今朝メールを送った。

「ある本を読んでいたら、「広戸惇」ほか編『島根県方言辞典』というのがありました。
「島根」の「広戸」なのでもしやと思い。
縁戚とか知り合いとかではありませんか。」

そうしたら、さっき返事があった。
「はい、本家の伯父さんです。何の本に出ていたでしょうか?」


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Kさんからの葉書

Kさんから葉書をもらった。
Kさんは手術入院中だとある。
病院で、ぼくが差し上げた「最終講義」と「告辞集」を読んでいると書かれている。読むのは3度目だそうだ。

Kさんは美容師さんで、太鼓集団響のへアメイクを担当されている。
10年くらい前か、ふじみ野で「響」の小公演と、「響」メンバーの出身である浦和商業定時制を撮った映画「月明かりの下で」を上映した時に、Kさんが来てくれて、その感想に触発されて、ぼくが感謝の手紙か何かを出したのだと思う。

小林古径・髪そのときに、美容師さんだということも頭にあって、小林古径の「髪」の切手を貼ったのではないか。
去年、「響」公演の打ち上げを浦和の「こくぞう」でした時に久しぶりにお会いし、10年前の手紙を今も大事にしていると言われ、「最終講義」などを送ったのだった。









碌山葉書ところでKさんの今度の葉書は、萩原碌山の「労働者」である。
ぼくは、探して碌山の「北条虎吉像」の葉書に返事をしたためた。裏は黄変し、郵便番号も5桁の古いものである。

切手は、これも探して碌山の「女」である。ラスト2のもの。

一日も早いご快癒をお祈りします。


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吉祥寺

夜、武蔵野地域若者サポートステーションでJYC(全国若者)の会議。
ぼくとしては、この年になって新しい分野に挑戦しているわけだが、これまでの高校・大学教育や社会教育とは違う業界(世界、と言ってしまうと壁が大きくなりそうだから)で、会議で出てくる人や団体の名前がわからず、もちろん運動のポイントや課題がつかめないところも多くてつらいところもある。
この分野での専門家になるというつもりはないが、まあ新参者なのでしばらくは「勉強」(我慢して努力する)。

吉祥寺18.10.1吉祥寺18.10.2








終わってからヨウサクさんや事務局メンバーの若い人たちと、熱中屋さんへ。
ここは2度目だが、九州の料理が専門で、この豊後鯖の刺身が売り。
おいしかった。


最近、ほんとうに「酒中」日記になってきた。

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2018年10月10日

中島かまぼこ店とうさぎ屋さん

ぼくが今の大井町に越してきたのは、1986年、32年前である。
当時の大井町には、8つの商店街があった。
ところが90年代に入ると、大型店舗がどんどんできて商店街は廃れた。

自宅の近所には「富九」商店街があったがすぐになくなり、去年だったか、名前だけ残っていたバスの停留所も「大井中央…」に変わった。

大井ショッピング1先日、望月に持っていくおでんの種を買おうと、「大井ショッピング」にある中島かまぼこ店に行った。
中島さんは、おでんの具をもちろん手製でつくる。みんなおいしいが、名物は「コショウ玉」と「七味とうがらし」である。とくにコショウ玉は、胡椒だけでつくったのではないかと思われる真っ黒な大きな爆弾のようで、激辛でおいしかった。
最近は次第に小さくなり、夏子さんに言わせると辛さも減っているというが、ほかでは手に入らないのでありがたい。

もちろんパンのうさぎやさんにも行った。
ここのアンパンもクリームパンも、とくにウグイス豆のパンは、中身が超弩級の巨大さなのだ。

大井ショッピング2この商店街、写真で見るように、かつては両側に店があり、ざっと見て30軒ほどはあったのだろうか。できた当初は人があふれ、向こうの端が見えなかったというくらいだったらしい。32年前だって繁盛していた。

でも土曜日の午後だというのに、中島さん、うさぎやさん、お刺身屋さん、クリーニング屋さんしか開いていない。(夜は、こしじさんともう一軒ぐらいか。)
仕方ないので、大根はとなりのスーパーのベルクに行って買った。

人のことは言えないが、中島さんもウサギ屋さんも年をとった。いつまでも元気でやってほしい。


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ムラサキシキブ

紫の実だけれど。
畑で。

ムラサキシキブ

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「仁」さんと濱住さん

昨夜、Aさんと東武練馬の駅で待ち合わせ、行ったのは「のみくい処・仁」さん。
在職中は、ときどき行っていた。
でも板橋方面にはあまり行く機会がなくて足が遠のいていたのだ。
マスターもママさんも元気だった。
「先生、2年ぶりくらいになるんじゃねーかね」とマスター。
マスターは、同郷、同年齢で、なによりいいひとなのである。
「佐久の花」を飲み、終わってしまったので「刈穂」にした。
楽しかった。

******************

そこに行くとき、ふじみ野駅前でチラシを配っている人がいて、もらって電車の中で見た。

ヒバクシャ 核兵器の全面廃絶を訴える「ヒバクシャ国際署名」に取り組む連絡会は2日、9月末までに集まった署名が830万403筆に達したと発表した。来週、日本原水爆被害者団体協議会の被爆者2人が米ニューヨークを訪れ、軍縮を議論する国連総会第1委員会の議長に目録を提出する。

というようなチラシだったが、2人のひとり、副代表が「濱住治郎」という名前だった。
「濱住」という名前はそうあるものではなく、もしかして、とネットで見るとやはりあの「濱住さん」だった。

1971年だったか2年だったか、大学院生だったぼくは、東京都稲城町(当時)の公民館の青年教室に、週一回講師として通い始めた。
このブログにときどきコメントをくれる「47年来の悪友」も、そのときの教室生であり、それ以来の友人だ。
そのときの担当の公民館職員のひとりが濱住さんだった。
とても温厚な紳士で、そのころは70年安保の後で、まだ政治の季節で、教室でもそういう話など出たが、およそ政治には遠い人だと思っていた。

その人が、「47年ぶり」にいきなり、しかもこんなかたちで登場するなんて。
ネットで見ると、濱住さんは胎内被曝者だった。
そういえば、そういう話も聞いたかなあ。

https://t-hibaku.jp/syougen/hamasumi.html
https://mainichi.jp/articles/20181003/k00/00m/040/121000c

「47年来の悪友」に電話すると、やはり驚いていた。

普段はあまり読まないチラシだが、その日は偶然読む本を忘れ、読んだのだった。神様の引き合わせかもしれない。


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2018年10月09日

「蜜柑とユウウツ」

8日、さいたま市文化センターで、「グループる・ばる」の芝居、「蜜柑とユウウツ」を観た。
「グループる・ばる」は、松金よね子さん、岡本麗さん、田岡美也子さんの3人がつくる集団だが、今回が「さよなら身終い公演」だそうである。

さいたま市民劇場は会員制の鑑賞団体で、参加型の運営なので当番制で当日の仕事を分担する。「アマリリス」班はつくってまだ1年にならないが、今回の昼の部が当番。
ぼくは、「携帯・電源OFF」の看板を持って立った。例によって(中)高年女性が圧倒的に多いが、知り合いの男性5人ほどに会った。

ミカンとユウウツところで「蜜柑とユウウツ」は、詩人・茨木のり子さんの評伝劇。
ただし、茨木さん自身が登場するのではなく、「のり子」「紀子」「典子」の3人の「のり子」の幽霊が、生前の家庭生活や交友を描くという設定。谷川俊太郎、川崎洋、金子光晴、岸田衿子(劇中では葉子)などの詩人たちが出てくる。
このあたりは、井上ひさしさんの戯曲に通じる。

ぼくは元来およそ散文的な人間であることを自覚しているが、わかりやすく、ユーモアがあり、りりしく、清々しい詩人として石垣りんさんと茨木のり子さんだけは好きだ。男性では、吉野弘さん。

ミカンとユウウツ2茨木さんを知ったのは、岩波ジュニア新書の『詩の心を読む』だが、『倚りかからず』は発売されてすぐ手に入れた。
この詩が茨木さんの真髄だろう。

後藤正治さんの評伝『清冽』は、だいぶ前に読んだが、この芝居でも茨木さんの生涯やエピソードの多くは、それによっていると思われた。「倚りかからず」の詩の精神は、強烈な自己を持った放浪の詩人・金子光晴のそれに大きな影響を受けたとされる。

『清冽』には、茨木さんのお父さんという人は「信州・長野の出身」、「生家は善光寺門前で味噌・醤油を商っていた」とある。今度調べてみよう。

もともとが淡々とした静かな芝居でもあるが、大きな会場で、耳の遠くなりつつあるぼくらにはセリフも聞きづらいこともあり、しばしば睡魔とたたかった。

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茨木のり子2帰り、ふじみ野駅近くで打ち上げ。
「出羽桜桜花」から「まろやか芋」へ。
焼き鳥のほかは、魚がおいしかった。サンマ焼きは、食べる名人がいて2本とも骨しか残らなかった。楽しかった。


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落花生

落花生収穫2落花生収穫








子どもたち、翌日はふじみ野の畑で落花生の収穫。


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望月の稲刈り

稲刈り18.10.7.1














10月7日。
望月のモリちゃんの田んぼで稲刈り。
今回は、大掛かりな「体験交流会」というのではなく、こじんまりと家族中心。
モリちゃん一家、チズコさん一家、それとぼくら一家。ゼミ卒業生のサトシ君(能登から直行)、その先輩で松本に住むススム君夫婦。
ゼミの、あと2組6人も予定していたが、子どもさんの病気やクルマの都合で来られなかった。
だから総勢大人10数人と子どもたち9人。

天気は晴れ、朝強かった風も穏やかになり、気持ちいい。
この日の主な仕事は、田んぼ3枚のはぜかけ。

稲刈り18.10.7.7稲刈り18.10.7.2







子どもたちはみんな同じ年ごろで、すぐ仲良くなって遊んでいた。
一番人気は、キャタビラの付いた稲束の運搬機で、乗ったり運転したりしていた。

稲刈り18.10.7.3みんなで食事。今回は焼肉パーティはやめたので、前日から煮込んだおでんを持って行った。

帰りは「春日の杜」温泉。
そこでもまた子どもたちと合流したのだった。

ボスケソでチーズを買って帰った。


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2018年10月06日

畑仕事

連日、畑仕事に精を出している。
韮の花も実になった。
でもどうしてこんなかたちに?

畑18.10.8

















畑118.10.4畑18.10.7








タラの木だが、いつも4,50センチに剪定していたのだが、切ろうと思い掘ってみるとこれが大木の根のよう。開墾者の苦労のようだ。
右は落花生。

畑18.10.5畑18.10.6







イチゴは活着したようだ。
親株は捨てて、子株か、一番は孫株がいいという。

今日植えたのは、白菜の苗。
長野の辛味大根の種などを蒔いてみたが、風土が違うのでどうだろうか。

コスモス。
実は畑のかなりの部分を占拠されている。
でも花が終わるまでは手を付けられなくなった。

畑18.10.2


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カラタチバナの実

赤い実、第2弾は、カラタチバナ。
もう1本の白実のほうは落ちてしまって、たったひとつしか実が残っていない。

カラタチバナ18年実

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アケビその後

アケビ料理アケビは山形の郷土料理らしいので、山形出身のご近所さんにひとつをあげ(そのうちでもアケビをつくっているが今年はならなかった)、もうひとつは家で味噌炒めにして食べた。

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北坂戸

むね1むね3







友人のMさん、Yさんと北坂戸の「むね」さんで飲んだ。
ここはMさんのごひいきでぼくも何回か来ているが、今回は久しぶり。

むね2むね4







ジャズ好きのママさんの手料理に、お酒は最初は「明鏡止水」、それから芋焼酎「川越」。
「明鏡止水」はいうまでもなく、望月の大沢酒造。
「川越」は宮崎の国富町のお酒なのだが、なんとYさんの実家の同じ町内の酒蔵さんの作らしい。
どちらも縁のあるお酒なのだった。

Mさんとはもう30年以上になるが、鶴ヶ島教育委員会ではいろいろと一緒に社会教育の仕事をし、その後は10年以上も大学の非常勤講師もしていただいた。
今は、脊椎狭窄症で歩くのがつらいと、奥さんの送り迎え。でも酒は大丈夫らしい。

Yさんは、機関紙協会に勤めていたが、大学院で勉強して、今は自治体の議会広報誌の権威。
引っ張りだこで全国を飛び回っている。芝居では、あちこちで会う。

これまでも行った釣りや旅行の夢を語って楽しかった。

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2018年10月05日

梅もどき

もう秋で、いろいろな実物(みもの)が色づき始める。
第1号は、ウメモドキ。

18.1ウメモドキ

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晴耕雨読

台風24号のせいで、日、月、火と予定されていた行事が中止やキャンセルになったので、ぽっかりと時間が空いた。
晴耕雨読の生活になって、毎日晴れれば畑や庭仕事をし、雨の時には本を読んだ。

落花生18年収穫落花生の収穫をした。
今年は、昨年より量は多い。虫食いのも多いようだが。

子どもたち用には、もうひと畝を残してある。







疾風ロンド本は気ままだ。東野圭吾『疾風ロンド』は、長野の友人に勧められて『雪煙チェイス』を読むつもりが間違って買ったもの。
この本も『雪煙』同様、長野の里沢温泉スキー場が舞台。
里沢は「野沢」だろう。
それにしてもこの小説は、スキーやスノーボードを相当やっていないと書けない。
著者が好きなのだろう。

それにしても東野さんは推理小説が巧みだ。
この本も映画化されているらしいが、今度『人魚が眠る家』も映画になる。11月16日封切り予定。



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