2018年08月14日

迎え盆

長野夏2 18.1813日は迎え盆。

今年もボーイソプラノ(プラス ガールソプラノ)で、迎え盆の歌を歌ってくれる。

14日の今日は、和尚さんと庵主さんがそれぞれ来て、お経をあげてくれた。
妹の分骨後は初めてのお盆。

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戸隠

12日、みんなで戸隠に行った。
戸隠は始終行くが、奥社まで行くのは高校時代以来。(このときは、蟻の塔渡も登った。)

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奥社の大鳥居から社殿までは2キロだが、中間にある何とか門までは、緩い上り坂で、杉のほかは栃木などが多い。

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長野夏2 18.06そこを過ぎると勾配がきつくなり、最後の石段は青息吐息。
ヒビキたちに追い付けない。





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社殿に近づくと、参拝客でいっぱい。

戸隠山は、天照大神が隠れた天岩戸が飛んできてできた山と言われており、天岩戸を投げたタジカラオノミコトを祀っている。

せせらぎにはオニヤンマがたくさん飛んでいた。

蕎麦屋さんはどこもすごく混んでおり、「そば道場」で10組くらい待って食べた。

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帰りの飯綱で、ブルーベリーを採った。
あとでジャムにした。




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バーベキュー

長野夏2 18.17
















長野も暑い。

ヒビキたちのパパが、大きなテント(屋根?)を買ってきて庭に広げてくれているのでずいぶん助かる。

長野夏2 18.10近所に住むハトコ?にあたるケント君、ソウタ君たちが来て、庭の冒険の後は、恒例のバーベキュー。いつも通りと思って用意した食べ物が足らなくなるくらいみんなよく食べるようになった。

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20年位前、庭の芝生にベニヤ板を敷いて寝たことを思い出して、昨夜は庭に面した廊下に布団を敷いて寝た。


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2018年08月11日

山田牧場 七味温泉

昨日、子どもたちと山田牧場に行った。

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ヒカルの帽子にとまっているのはイナゴ。

長野夏18.11七味温泉に行った。
滝の湯までは何回か来ているが、ここは初めて。
硫黄泉で、白い湯や、緑の湯があり、大いに気に入った。どうしていままで来なかったのだろう。

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百日草

長野夏18.18お隣のK子さんは、いつも裏の畑で作った野菜やトマトを持ってきてくれる。
足もきかないので、長野にいる間、孫たちが水やりと手伝うことにした。

水は、畑の脇を流れる水路から汲むのだが、水を貯める堰をつくることにした。
それで大工仕事。

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畑の百日草。

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K子さんの畑に咲いている花は、昔ぼくの母親がつくっていた花と同じ。
百日草と東菊とグラジオラス。

お盆の花として育てているらしい。


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百日紅

長野では、植木職人さんたち3人が来て2日間作業。
ぼくも草取りなどをした。
長野といえど昼間は猛暑。何度も立ち眩みをした。

翌日ケーズデンキにパソコンを見に行った。後日来る息子の意見を聞いてからと帰ったが、奇跡的に壊れたと思っていたパソコンが回復した。

wifi環境を求めてコメダ珈琲に来て書いている。

今年は、百日紅がきれいに咲いている。

長野夏18.01















長野夏18.02















長野夏18.03



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2018年08月08日

教員免許講習・板橋

ブルーベリー8月1日ころ昨日に続いて、今日は板橋キャンパスの教員免許講習。

受講者102人だが、卒業生は?と言ったら半数くらいが手を挙げた。驚いた。わざわざ遠くから来てくれた人もいて、懐かしいのだと言っていた。

ゼミの卒業生も3人。
大東学園高校や和光高校の親しい学校の先生たちも参加されていた。
元気が出る。

そのあと、事務職場を回った。懐かしい人たちばかりである。

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これから長野に向かうが、ノートPCが動かない。
一応持っていくが、ブログは書けないかも。

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教員免許講習・東松山

教員免許講習雨東松山今日は、東松山キャンパスで、教員免許講習。

受講者は少なかったが、ゼミ卒業生のI君、ゼミのW君から勧められたという卒業生、基礎演習に出ていたという人、地域のぼくの友人の友人、など、I君を除けば、終わってから挨拶に見えたのだが、縁がある人が多かった。

今日は雨で気温は下がった。
でも、体調がすこぶる悪く、講義をしているうちに少し元気が出たが、終わったらバテバテで、そのあとの約束はキャンセルさせてもらった。

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2018年08月07日

大昆虫展

ヒビキとヒカルが来ているので、月曜日、川越の丸広で開かれている「大昆虫展」に行った。
世界のカブトムシが展示されている。

昆虫展1昆虫展3







昆虫展5昆虫展8







昆虫展91昆虫展9







「キモイ生物」というコーナーもあった。
ウーパールーパーは可愛かったが、右のはナントカガエル。顔だと思ったが、お尻らしく、いっそうキモクなった。

昆虫展6この子たち、とくにヒビキはムシに極端なほど臆病だが、何とかつかめるようにはなった。大進歩である。





昆虫展2ところどころにクイズがある。これにはみなさん、挑戦してほしい。行かなくても回答できる。

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2018年08月06日

ムクゲ

ムクゲ18.8.3














3種目のムクゲが咲いた。
あらためて数えてみると、家には、5種8本ある。
あと白の一重と八重はこれからである。キブシのおかげで日陰になっているからだ。
夏はムクゲ。

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8050問題

8050問題・東洋大8月5日、全国進路指導研究会の夏季セミナー。「8050問題」とは、引きこもりが長引いて50才になり、親は80さになってしまうという問題。これはもちろん当事者と家族の問題だが、社会問題にもなろう。

洋作さんが話すというので会場の東洋大学まで出かけた。最近は日曜日の研究会に出るのが多くなった。もっともぼくの場合、曜日はあまり関係ないが。

2時間たっぷり洋作節を聴いた。これまでの自身の活動を総括する意気込みで、準備に力をいれたことがよくわかった。

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2018年08月05日

初雪葛

ハツユキカズラ18年8月















お隣のお隣のもの。いつも見事である。

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カチャーシー、ゼミ飲み

夏休みになったらゼミで集まりましょうと、卒業生のコンちゃんが提案してくれて、久しぶりのゼミ飲みをした。彼の前後の学年に触れを出してくれて、結局、最近数年間の9人ほどが集まった。

ゼミ飲み18.8.1コンちゃん世代がよく行っていた池袋の沖縄料理のカチャーシーである。
小学校教員が多いが、大学職員、このあいだまで若者支援のNPOをやっていた人など多彩である。みんな元気に頑張っている。

初めて知った面白い話もあった。
S君は、式根島の出身だが、名前は共正と言い、キョウショウと読む。みんな苗字よりも名前で呼んでいた。おじいちゃんが漁師で、孫が生まれたら、自分の持ち舟の名前の「共正丸」と付けると決めていたそうなのである。でも、おばあちゃんがさすがに「丸」はやめようと言ってくれたので、今の名前になり、おばあちゃんに感謝していると言っていた。しかし、「共正丸」もいいなあ。

ゼミ飲み18.8.2店のオーナーも店長もマスターも変わらず元気。
突然暗くなって、花火の付いたケーキ(サーターアンダギー)が運ばれてきた。そして、ハッピーバースデーの歌。
ぼくは誕生日じゃないのに、とういうと、久しぶりだから、と。

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2018年08月04日

ゼミ論、昔の

ゼミ論・昔の書庫を整理していたら、学生(卒業生)の作品が出てきた。ゼミ論文などである。

最近のワープロでのものは、データは本人も取ってあるだろうから、手書きのもので住所がわかるものは返却することにした。

この数名は、1名を除いて1976年入学なので、小学校の教員をしていれば今年くらいに定年退職のはずである。長いのは、400字詰め原稿用紙で6,70枚も書いている。

子ども会について書いているHさんは、学生の頃、児童文化研究部で子ども会をしていて(ぼくはそこの顧問でもあった)、青森、東京で小学校教員をした。

「働く母親」について書いたOさんも新潟の小学校教員だが、自分自身が働く母親としての人生を歩んで、今どう振り返るだろうか。

児童館について書いたS君は、卒業後東京の学童保育で働いてきた。一度、彼の職場の研修にも呼んでもらった。

W君は、学年はずっと下だが、クラリネットを演奏していてこういう論文を書いた。このブログでも何回か紹介したが、ブログの「つぶやきコラム」は音楽評、美術評、映画評など感性に一層の輝きを見せている。

それぞれここから飛躍していった。



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知らないこと、知ろうとしないことは罪ではないのか

常盤木ぼくの研究生活の出発点にセツルメントがあったということは、何度も書いた。
中学、高校と1年先輩だったSさんが折に触れて高校生だったぼくに送ってくれた手紙で、セツルメント活動がいかに素晴らしいかということを熱っぽく語ってくれて、大学に行ったらぼくもセツルメントに入ろうと決めていたのだった。だからSさんは、ぼくの人生である意味、決定的な役割を果たしている。

でもそのSさんは、ぼくがセツルに入ると入れ違いにセツルを辞めた。司法試験の勉強に集中するということだったと思う。
Sさんは、その後弁護士になり、江戸川に法律事務所を開いた。「地域に根差した町の法律事務所」がモットーで、医療過誤の問題では本も書いた。

18、9才のころから一度も会っていない。
でも年に数回発行している事務所のニュースは、定期的に送ってくれる。

今回の文章は、映画の「ゲッペルスと私」と、原作になっている本についての所感である。
ゲッペルスは言うまでもなく、ヒットラーの片腕として宣伝担当を務めた。「私」は、ブルンヒルデ・ポムゼル(2017年、105歳で死亡)、ゲッペルスの秘書を務めた人物で、73年間の沈黙を破って回想したのが映画であり、本である。

Sさんは、「ナチスのあの数々の残虐非道行為を一体どのように見、どのように考え、受け止めていたのか」という期待で映画を見たが、映画は見事に裏切る。しかし、「裏切ることで、私たちにとても重要なことを教えてくれます」という。

ポムゼルは、非人道的な残虐行為については、「何も知らなかった」、「知らなかったのなら、やっぱりそれは私たちの罪ではない」、「ぜったいに」と言い切る。

ベルリンの「貧しい人々が住む特別な界隈」を語りながら、「人々はそういうものを見たいとは思わなかった。そして、目を向けなかったから見えなかった」、「すべてがあまりにものどかだった」と感じていたという。

Sさんは、本の編者、トーレ・D・ハンセンの言葉を借りながら、現代社会の何百万人ものポムゼル(自分の出世と物資的保障ばかりをいつも考え、社会の不公正や他者への差別を受け入れてしまう人々)の存在を憂うる。
知らないことは罪ではないのか、知ろうとしないことは罪ではないのか、と。


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2018年08月03日

まつりぬい

志の輔落語の「歓喜の歌」のなかに「まつりぬい」という言葉が出てくる。知らない男は、「なんでえ、その目出てえような縫い方は」と笑いを誘う。

小学校の通信簿で家庭科が「よくできる」だったぼくはわかる。5才のチコちゃんは知っています。チコちゃんなら、「ボーッと生きてんじゃねえよ!」と叫ぶだろう。

まつりぬいはもちろん「まつる」から来ているが、説明は難しい。
辞書では、「スカートのすそなどの折り返した部分を、表がわに縫い目がめだたないようにして、裏から表へ針をわたしながらぬいつける」(『三省堂国語』第6版)とある。「わたす」がさらにわかりにくい。)

「布の端などがほつれないように、二つか三つに折って手前の布と向こうの布を交互にすくって縫う」(『新明解』第7版)。「すくう」?

日本語、あるいは大和言葉には、生活にまつわる豊かな情感の動詞が多い。それが死語になりつつあると、池澤夏樹さんが『終わりと始まり』で書いていた。
「うがつ」「うるかす」「かしめる」「くける」「「こく/しごく」「なう」「はつる」。

これらの多くは、農仕事、大工仕事、裁縫仕事など手仕事の言葉である。その仕事はカンとコツの世界である。
そもそもそういう仕事が生活の中になくなってしまっているのだから、言葉も必要なくなるのは仕方ないのかもしれない。

小さいころの脱穀は、「稲こき」と言った。
「こく」(扱く)は、「何かの間にはさんだり、通したりして引っ張りまわりに付いている物を取り除く」(『新明解』)ことである。これなどは、千歯こきをつかったり、見たりしたものでなければわからないだろう。もっともぼくの頃の主力は、ずん胴に、山なりの針金の突起をつけた足踏脱穀機だったが。それでも「こく」は生きていた。(「扱く」は「しごく」とも読む。「(運動部の上級生が下級生に対して行う)きたえあげるという名目で行われる過酷な練習」という意味の「しごき」は現代も残っている。)

日本語には、色に敏感な感性を反映して、色を表す言葉も多い。
そういえば、実物を示しながら色を説明した本があったなあ。探してみよう。


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2018年08月02日

「歓喜の歌」−立川志の輔さんと公民館

映画歓喜の歌1年ほど前、落語の好きな元同僚が、立川志の輔さんの創作落語のCD2枚を送ってくれた。無類に面白い。

映画「歓喜の歌」は、その志の輔さんの創作落語を映画化したものである。
涙を拭きながら笑い転げた2時間だった。

映画は、文化会館の職員とそこで発表会をするママさんコーラスの市民の物語である。
文化会館は、「負け犬」のダメ職員の「吹き溜まり」と設定されている。その職員が、コーラスの活動をしている市民の真剣な姿に触れて、市民のために奮闘する職員になっていく。

原作である落語の「歓喜の歌」は、いいのかどうかわからないがyou tube で聴くことができる。
Fさんに教えられて聴いてみたが、これも素晴らしい。

落語の筋は映画と一緒だが(当たり前だ)、原作では、「文化会館」ではなく、「公民館と公民館職員」だったのだ。落語での「公民館」が、映画では「文化会館」になってしまっている。

これは、事実の問題として、今多くの自治体で現実に起こっていることである。
先日演劇集団大河の公演を観たことはこのブログに書いたが、場所はT市の西文化センターだった。当日、現地でぼくは職員の人に、ここは公民館じゃなかった?と訊いたものだが、4,5年前に「公民館から文化センターになった」という返事だった。(ぼくのクルマのナビではまだ「公民館」で出てくる。)
同様のことは近隣市町村で怒涛の流れになっている。

落語の方では、公民館活動、市民の文化活動の姿がリアルに描かれる。
職員は、練習風景に接してママさんたちの恐ろしいほど真剣な姿に驚く。
練習が終わると何人もすぐ家計のためのパートに駆けつける。
病気で入院した夫に代わってラーメン屋をしながら、本職の洋服のリフォームもし、夜も眠れないような生活をしながら、生活の励みにコーラスに通うママさんもいる。

「私たちはもちろん個人の趣味もあるけれど、少しでも家庭を明るくしたい、地域もよくしたいと思ってやってんのよ」と言うママさん。
そんな姿にほだされて職員も変わっていく。志の輔さんではないが、だから人間って面白い。

最後は、「公民館のみなさん、ありがとう」で終わる。現代人情物落語と言っていいのだろう。
公民館職員必聴の落語である。


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2018年08月01日

火星大接近

昨夜、ヒカルから電話があり、今夜火星が大接近するので写真に撮ってくれと注文があった。
ベランダに三脚を立て、一番長い500mmのレンズを、D300に着けて750mmくらいにし、試みて撮ったのがこれ。

途中、電話してなかなかうまくいかないと言うと、ヒカル、「がんばれ」だと。

火星

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2018年07月31日

相思子様人参(ソウシシヨウニンジン)

赤城自然04


























赤と黒の混じったきれいな実。初めて見た。
家に帰って調べてみた。

この実は、中国産のトウアズキに似ていて、トウアズキの中国名は「相思豆」。その種子なので「相思子」。それに似ているので「様」。ニンジン科なので「人参」。それを日本読みして、「ソウシシヨウニンジン」。思い切り説明的な名称なのである。

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2018年07月30日

ゴミ

ゴミ処理1雑誌類などを持って市のごみ処理場へ行った。退職以来、本や書類の整理など大量のゴミが出た時、何回も行った。
ここの職員さんは無類に親切である。

あまりにいい空で、帰りに写真を撮ったのだが、反対側を向くと隣接の市のごみ処理場がある。

ゴミ処理2ゴミ処理3








迷惑施設とされるものは、こういうふうに自治体の端っこに建てられることが多い。
確か所沢市と入間市の処理場も、境界線を挟んで向かい合って立っていた。

だいたいの場合、近くには老人の家や老人施設など高齢者施設も多い。

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2018年07月29日

「朝は、7時」

演繹集団大河鶴ヶ島西文化センターで、演劇集団大河の「朝は、7時」を観た。

今回が第16回の公演になるという。地域の人たちがこんなに長く続けてきたという、それだけですごい。
今回は、初めての翻訳ものに挑戦。ポール・オズボーン原作。
小笠原響さんの本格的な演出のせいもあると思うが、ほんとうに上手くなって、観客も笑いが出て、乗っていた。

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2018年07月28日

赤城自然園の花々

赤城自然00















赤城自然01














山百合

赤城自然02














虎の尾

赤城自然12














蕎麦ナントカ、と写真を撮っている人に聞いたが忘れた。(「ソバナです」と教えてくれる人がいた。)

赤城自然05














姥百合。もう少したつと葉(歯)がなくなるそうだ。

赤城自然08















シキンカラマツ

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赤城自然09














柳蘭

赤城自然11














柳蘭

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2018年07月26日

蓮華升麻

赤城自然園で蓮華升麻が咲いているというので、出かけてみた。
いたるところに咲いている。
可憐で気品がある。

蓮華升麻18.7.25.1














蓮華升麻18.7.25.4














蓮華升麻18.7.25.2














蓮華升麻18.7.25.6
















蓮華升麻18.7.25.7













蓮華升麻18.7.25.8

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2018年07月24日

ムクゲ

ムクゲ18.7.24.1昨日は暑かった。「命の危険レベル」「災害レベル」「地獄」など恐ろしい言葉がテレビや新聞で躍った。熊谷が史上最高気温の41.1度を記録したという。一度最高気温を記録し、熊谷駅前に大きな温度計を設置して、最高気温を売り物にしていた。それが四万十の江川崎に越されたので、今回の奪還は、喜んでいいのかどうかわからないけれど、少し〇〇〇〇〇。

あまりの暑さに、カメラのレンズも熱中症になって膨張したみたい。

このムクゲは、25年以上前、大阪の堺市の青木一先生のお宅に行ったとき、もらって帰ったもの。京都大学のなんとかいう博士がつくったとかいうお題目だったが、どこにもあるような気もする。でも青木先生にもらったという意味がある。

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2018年07月23日

JYC

JYC18.7.21。2JYC18.7.217月21日(土)、JYC(全国若者)の、午前中、総会。午後は、チラシのフォーラム・研究大会。池袋のワーカーズ会議室。

予想以上にたくさんの人たちが集まった。「学習支援」「就労支援」「ひきこもり支援」の分科会に分かれて報告や討論が行われた。
ぼくは引きこもり支援の分科会に参加。

正直この年で新しい分野の勉強をするのはしんどいところもある。他の分野なりの業界用語もあるし。でも新しいことを知るという喜びもある。

日曜日は、早稲田大学でJYCの、今度は事務局会議。

この日も暑く(天候のこと)、体が参る。

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