2017年06月25日

森智香子さん

昨日の陸上日本選手権女子3000障害には、卒業生の森智香子さんが出場した。森さんは、ぶっちぎりのトップで優勝した。

去年の選手権はリオオリンピックの予選を兼ねており、森さんは最終周の第4コーナーまでトップを走りながら、ゴール前で当時松山大の高見澤安珠さんに抜かれ、リオ出場を逃した。

去年秋の仙台の杜の都女子大学駅伝には現役生の応援に来てくれたが、そこではやはり高見澤さんに森さんの持つ区間記録を破られた。「またやられたね」というと、「そうですねえ」と笑っていた。

昨日はそれらの雪辱でもあった。
日本記録もねらいたいとテレビで話していた。

森さんのお父さんにおめでとうとメールを打つと、すぐ「グラウンドにいます」と返事が来た。


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2017年06月24日

がんばれ、大東スポーツ

退職してから大学のスポーツに応援に行くことができていない。在職中は何よりの優先だったが、週末は家庭やいろいろな用事とぶつかってしまうからだ。でもその都度、関係者がメールや電話をくれるのでありがたい。
最近では、伊勢駅伝の予選を4位で通過したことだ。走った8人のうち6人が29分台だったのは素晴らしい。

昨日は、陸上の日本選手権をテレビで見た。男子1万メートルで卒業生の市田孝君が出場した。大迫、佐藤悠基、設楽、上野、旭化成の同僚の村山、大六野など強豪が居並ぶ中で3位に入賞した。3年前の伊勢駅伝第1区のように感動的だった。

孝君には、退職の時、弟・宏君、佐々木悟君と連名のサインの入ったパーカーをもらった。
昨日のレース直後、がんばったねとメールを入れた。日曜日もよろしくと返事が来た。3000障害に出る。

大学の現役からも、土井さんはケガで欠場するが、細田さん、日奈子さんらが出る。頑張ってほしい。


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2017年06月23日

本郷界隈

書いて思ったけれど、こういう題の木下順二さんの本があったっけ。

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ぼくはここに9年間通った。

本郷17.2当時、毎日のように通った喫茶のルオー、本を買った鈴木書店などは今はない。「かねやすまでは江戸のうち」の呉服屋かねやすもシャッターが下りていた。

本郷17.1本郷17.3






本郷17.4本郷17.7






今もあるのは、音楽喫茶・麦、居酒屋・白糸、蕎麦屋の巴屋さん。
「焼かない豚は生の豚だ」。ごもっとも。「飛ばない豚はただの豚だ」をもじったものか。

本郷17.6三四郎池は、水位が下がり、写真の手前は干潟になっていた。地下水の影響だろうか。




本郷17.5本郷17.8






赤門と教育学部。構内もどんどん新しい建物が立っている。

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この日は、月刊社会教育の座談会。堀尾輝久さん、長澤成次さんと。

2月の最終講義の時に引き受けてしまったもの。編集長の金田さんには借りがあり、(ぼくも貸しをつくってはいるが、現在進行形の借りの方が多く)、引き受けざるを得なかった。
社会教育の研究も実践も長く離れていたので、勉強させてもらった。

終わってから本郷3丁目駅前で打ち上げ。
昔のこと、今のこと、たくさん話した。
とくに「レミゼラブル」のユーゴーについては弾んだ。そういえば、堀尾さんの最終講義はユーゴ―論だった。




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「太った?」

大学に行って、Oさんと話し込んだら、「太りましたか?」と言われた。
体重は少し減っているのだけど、太って見えるというのは運動不足だろうか。
4月になったらライザップ、と言っていたのだけど、フィットネスは一度も行っておらず休みっぱなし。
忙しくて行けないと思っていたのだけれど、結局はやる気の問題だったのだ。決意も新たに「太った?」と言われないようにしよう。


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2017年06月22日

ハローワークとケンローチ

ぼくは、退職によるとはいえ、失業者である。
だからハローワークに行かなくてはならない。

職場でもこちらの雇用の条件に関係する人事部署に、自分のことで行くのは敷居が高かった。
ハローワークはもっと勇気が要るが、行った。長く待たなければならないことをのぞいては、職員の人たちはみんな親切で丁寧だった。
(年金の切り下げなどの厚生労働政策の動向には不満だが。)

ダニエルブレイクケン・ローチの映画『わたしはダニエル・ブレイク』は、イギリスのハローワークの実態を通して雇用や職業紹介のあり方を告発したものである。

かつてイギリスは「ゆりかごから墓場まで」の福祉政策によって世界のモデルとされた。
30年以上前、留学して家族とロンドンに住んだ時、隣の家のジョンは、40代にしてBT(日本のNTT)を辞めて、年金生活者になっていた。
監督のケン・ローチによれば、ここ10年のイギリスの福祉政策の後退はひどいものだという。

40年間、大工として働き「アラシックスティ」のダニエル・ブレイクは、心臓病のため医者から働くことを禁じられた。それについての行政の審査で、職員の役人的な対応に怒ったダニエルは「働ける」という審査結果にされてしまい、職業紹介に回される。短期で一本気のダニエルだが、困った人々への思いは強い(ここはケン・ローチの十八番である。)。職業紹介所で会ったシングルマザーの移住者の一家を助けていく。……
映画の最後で、ケイティが「私は、ダニエル・ブレイク。私は人間だ。犬ではない」というダニエルの文を代読する場面が感動的だ。

ケン・ローチは好きな監督、これで9本目。


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2017年06月21日

梅雨はどこに行ったの、と思った、畑の花ばな

ナデシコ17












畑の花17.6.11.1















畑の花17.6.11.2














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2017年06月20日

南信州の自然と文化

南信州は、民衆的文化の宝庫だ。大鹿村には歌舞伎があるし、飯田には黒田人形がある。新野の盆踊り、各地に残る木地師の伝統。

第31回地域住民2第31回地域住民3






第31回地域住民6第31回地域住民5






地域住民大学では、中川村の陣馬太鼓や人形浄瑠璃が披露された。
いずれも感動的な出来栄えだった。

第31回地域住民9集会後、中川村青年団の消防訓練の様子を見た。最近、消防団は若い人の人気だともあちこちで聞く。中川村にも若い人はこんなにもいるのだと思った。
姪の連れ合いは、訓練の審査をしていた。

第31回地域住民8












現地のYさんが、陣馬形山を案内してくれた。
曇り空で景色が見られないのではと心配したが、頂上では中央アルプス連峰と伊那平を望むことができた。
遠方右寄りが駒ケ岳。何とか千畳敷カールが見える。
天竜川は手前すぐ下を蛇行しているが、あとから隆起した中央アルプスに押されて平野の東を流れるようになったのだという。平野は西から東に下っている。

中央アルプスから流れ出る川は、東に流れ、ほぼ天竜川に直角に合流するが、平野を横切るため「田切」と呼ばれ、交通には不便で、中山道が木曽谷を通るようになったのもそのせいと聞いた。

最近だけで4回目。伊那谷が好きになった。
グリーンファームの小林さん、ポレポレの赤羽さん、新村長の宮下さんとも再会を約したが、肝心の妹がいないことに気が付いて寂しい。


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2017年06月19日

第31回長野県地域住民大学

土、日と、長野県地域住民大学。
南信の、「日本で最も美しい村」連合の中川村で。
亡くなった妹の住んでいた駒ケ根、飯島の隣である。

第31回地域住民1第31回だが、第30回は10年前。久しぶりの全県集会の開催である。
このあいだは、地域ごとの研究会や課題別の集会が開かれてきた。

久しぶりの集会を南信でやるということにも意味がある。
戦前以来の民衆の学習運動の分厚い伝統がある。
1924年の信南自由大学の創設、青年団自主化運動の歴史、1960年からぼくの恩師・宮原誠一さんが総主事として運営した信濃生産大学、1977年から後藤総一郎さんが始めた遠山常民大学。
とくに信濃生産大学の歴史を直接受け継いで1970年から始まったのが地域住民大学である。

91第31回地域住民大学もうひとつ、過疎や自治体消滅が叫ばれる中で、南信の地方自治体は頑張っており、注目されている。自体問題研究所や生涯学習研究所が着目していることもあり、阿智村(『阿智村に学ぶ』)や泰阜村(松島・加茂『安心の村は自律の村』)、下条村(相川俊英『奇跡の村』)などの出版も相次いでいる。いずれも合併をせず、地域住民の自然と共生し、人間らしい豊かな生活を実現しようとしている。

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ぼくは第一部のシンポジウムの司会を頼まれていた。
この大学の代表は、望月町の民芸館長(元町長)の吉川徹さん、現地実行委員長は妹の連れ合いの黒川さんだから断るわけにはいかなかったのだ。妹の弔いの気持ちもある。

シンポジウムの登壇者は、阿智村前村長の岡庭一雄さんと、5月まで中川村村長だった曽我逸郎さんにお願いすることになっていた。岡庭さんには長い間生涯学習セミナーでお世話になり、曽我さんには2月の姪の結婚式でお会いしていることもあって、ぼくもやりたいと思ったのだ。

お二人とも「開発・成長型」ではない、保守地盤に依拠してでもない村長でありながら、岡庭さんは4期16年、曽我さんは3期12年という長期にわたって村政を担当された。(中川さんは、仏教徒であることもあってか、君が代を歌わない村長としても全国的に注目された。)お二人は何をめざし、何が村民に支持されたのかという秘密を知りたいというのが趣旨である。

2人とも自分からなりたくてなったのではないという。
住民が要求し、行政がそれを実現するという構図では現在はもたなくなっている、住民主体というのは、住民のためにではなく、住民による行政をこそ実現することが大事で、そういう住民を育てることが大事だという。

議論を大事にしたこと(曽我さん)、村民が自分のやりたいことを自分の力で実現するという意味で地方自治は憲法13条の幸福追求権とのかかわりで理解されなければならないこと(岡庭さん)などを強調された。民主主義を大事にしたので「まだるっこい」と批判もされたという。
ぼくも自分の経験も重ねて聴いた。

会場には、望月の伊藤盛久さん、田中夏子先生、栄村の元村長・高橋彦芳さんなどそうそうたるメンバーが来ていて、高橋さんには指名して「実践的自治」の話もしてもらった。

お二人とも、司会の我田引水的な理解によれば、きわめて学習的というか社会教育的な理念と手法を基本にしておられたと思う。岡庭さんも、高橋さんも、吉川さんも、沖縄・名護の稲峰進市長も公民館主事出身だというのは共通している。

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第31回地域住民4第2部「伊那谷に生きる」は、南信(中川村周辺)の様々な実践や活動の報告である。
第1部が地方自治の枠組み・しくみづくりの話とすれば、第2部はその中身の話である。

・ひきこもりの若者が孤立せずに暮らせるように多彩な取り組みを展開しているNPO法人「子ども・若者サポートネットハミング」(2月の若者支援の集会にも来られていた)

・荒廃地を花と人、子どもで再生する「花摘み俱楽部。ポレポレの丘」

・安心・安全な農産物を生産し、農家民宿「月のもり」を運営する市川さん

・繁茂する竹藪を活用し、竹チップでブランド米の「竹米」を生産する「竹の会夢里人」

・地域で生きるお年寄りの支えをつくる「高齢者生協」

・生活体験博物館「大平宿」を保存活用する「南信州観光公社」

いずれも素敵な人たちで、魅力一杯の活動だった。
まとめでぼくは、「3S」(sustainability, small, slow,)の大事さの話をした。

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第31回地域住民7主催者が心配していた参加者は150人にもなった。
「(自称)ばか者」、東京や愛知から移住している「よそ者」も多かったが、学生をふくむ「若者」が多かったのもうれしかったことで、懇親会は熱気にあふれ、二次会も日にちが変わるまで盛り上がった。


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長野

いろいろな用事があり、金曜日、長野に行った。

その日、親戚から電話が入り、前の家のおじさんが亡くなったということだった。
弔問に行かなくてはならない。
長野の実家は今は空き家になっているが、母親が生きていたときは、前の家、裏の家、両隣、都合5軒が老人の一人暮らしだった。母がなくなり、裏の家がなくなったが、これで3軒とも空き家になる。

フィアットパンダ寄居のPAについてタバコを吸っていると、前に見た記憶のある車が止まっている。緑のフィアットパンダ。もしかしてと思ったら、卒業生のサトウ君だった。能登に行くところだという。二人とも寄居PAは初めて。偶然とはいえ、驚いた。
ちなみにこのクルマ、イギリス経由のなんとか輸入で、こだわりのクルマ。6速マニュアルで、窓の開閉も手動。

ネギ醤油ラーメンついでにネギ醤油ラーメンはおいしかった。





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長野では、弔問に行った後、草取りや梅の木の剪定。
今年は業者さんが遅くなってしまうので、見苦しいところは少しでもやっておきたい。

剪定ばさみで、梅の木の枝といっしょに左の指を挟んでしまった。軍手を見たら大丈夫だったが、脱いでみると指は切れていた。手品のような話。軍手のおかげでたいしたことはない。



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薔薇

中田4大学1年のときの同級生が退職のお祝いにと絵を贈ってくれた。

個展で飾られた絵のなかから気に入って希望したもの。
水彩だが、ベニヤ板に珪藻土を塗り、黒色で下地を塗り、その上に絵を描いて、黒い線のところは紙やすりで削り取ったと言う。水彩とは思えない質感に仕上がっている。絵は人柄をよく表現すると思う。


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2017年06月16日

静かな生活

カヤさんカップ朝食後にゆっくりコーヒーを味わうというのは贅沢である。こういう時間が増えた。

カップは、20数年前、要町にある熊谷美術館で求めたもの。熊谷榧さんの作品。豪胆な力強い作風。
片付けをしていたら出てきた。
容器は大事だと思う。

香香を焚く機会も増えた。昼間から座って本を読むというのも贅沢である。





今日は市立図書館に行った。
家から徒歩5分くらい。
数年ぶりなのでカードも再発行してもらった。
これからはこういう時間も増やしたい。
でも蔵書については、大学図書館が格段にいいとあらためて思う。
普通の雑誌や落語のCDなどは公共図書館らしくていい。

市民の森1図書館への行き帰りは市民の森を通る。聖路加病院のものだが、市が借り受けて整備し開放している。
母親と子どもがくつろいでいた。



市民の森2櫟が多い。


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2017年06月15日

畑の葵。

葵01














葵03













葵02














葵04













葵05
















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飛ぶ教室

『飛ぶ教室』は、『15少年漂流記』と並んでいちばん好きな児童文学の作品である。(『チップス先生さようなら』『ハックルベリーの冒険』も別の意味で好きだが。一応、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカからひとつずつ選んでみた。)

たくさんの翻訳が出ているが、池内紀さんの新しい訳が出ていることを知ったので、読んでみた。(映画にもなっている。)

ドイツの9年制で寄宿制の学校であるギムナジウムで学ぶ、7年生の5人の生徒たちの物語である。クリスマスで行う学芸会に出す芝居づくりを軸に、授業や寮生活のあれこれを描く。子どもたちは、それぞれに個性的で、どこにでもいそうな子どもたちである。たくらみ、冒険、勇気と友情が主題である。

「子どもがおりおり、いかに深い悲しみと不孝を味わっているものか、ある日を境に(大人は)忘れ果てる。だからこの機会に、きみたちに心の底からおねがいしたい。幼いころのことを、決して忘れないこと! 約束してくれるかな? ほんとだね?」
ケストナーの願いだが、「きみたち」は子どもだけでなく、大人でもある。だから「8歳から80歳まで」に向けて書かれている。

教師像も面白い。20年以上、親子2代の生徒に対して同じ講話をしている校長先生。
生徒である自分の息子の失敗を教室で詰問し、「親の顔が見てみたい」と言う先生。
何よりも生徒が尊敬しているおとなは「道理先生」(ふつうは「正義先生」だが、池内さんは「道理」にした。「正義」が胡散臭いからだという)と「禁煙さん」だが、かつてはこのギムナジウムの同級生だった二人を結びつけるのは、子どもたちである。

「教師には、どうしても逃れられない義務と責任がある。自分を変えていく能力を保持していることだ。…自分も成長する教師でなくてはならないのだ」。
これもケストナーのメッセージである。

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ぼくはかねてから気になっていたことがある。
ドイツの中等教育は3分岐制である。複線型で差別的だと批判する人もいる。
ギムナジウムは、そのなかのエリート学校である。小説には、近くの実業学校(レアル・シューレ)の生徒たちと集団的なけんかをする場面も出てくる。
ギムナジウムを舞台にして普遍的な子ども像を描いていいものかという懸念である。
ギムナジウムの進学率は現在でも2割弱? 原作が出版された1933年くらいはもっと低かったろう。

そしてケストナーは、自分の経験をもとにしているのではないかとも思っていた。でも池内さんの解説によれば、ケストナーの少年時代はとても貧しくて、中等教育は学費の安い師範学校に行ったらしい。それならばなぜギムナジウムを舞台に選んだのだろうか。

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原作は、前にも書いたように1933年ナチスが制圧し、表現の自由は奪われた時期に出版された。ケストナー自身も2度逮捕されている。しかし、ケストナーはドイツにとどまり、唯一許されていた児童文学で表現しようとした。それもあっての「8歳から80歳対象」だったのではないか。

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今日、とうとう「共謀罪法」が成立した。
この国の自由と民主主義の未来を憂うる。

最終講義で話したが、大学の前身である大東文化学院が認可されたのは1923年だが、大正デモクラシーのピークでもあったその年、関東大震災後の11月に国民精神作興に関する詔書が出、12月に治安維持法のためにする罰則に関する緊急勅令に衆議院が事後承諾を与えて治安維持法への道を開いた。治安維持法から戦争への道はまっすぐだった。
同じ道を歩まないように。


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2017年06月14日

片づける

片づける・30年代今年の講義は、今までになかったほど戦前の歴史に時間を割いている。
歴史は暗記と思っていたり、好きではなく、また自分には関りがないと思っている学生が多いので、これまでは敬遠してきた。
歴史の話になると、途端に学生の生気がなくなるのは事実だが、それはこちらの教え方の問題もある。そういう意味で新しい挑戦である。歴史を扱っても、現代を扱っても大事なことは同じである。

歴史が多くなったのは、本の片づけをしているからでもある。
片づけていくと、歴史関係の本がたくさん出てくる。
ぼくは、1930年代から戦中の青年学校論をテーマにしていたので、その時代の教育、青年、労働関係の本がまとまっている。
手に取ると、講義に使えそうなものがたくさん出てくるのだ。

なかには、手に取るたびに、崩れてしまうのもあるので、今日はラッピングして学生に見せた。

これらも廃棄しようと思っていたのだが、もう少しとっておこうかと思う。
かくて片付けは進まない。


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あじさい

あじさいの季節になった。
庭のあじさい。


あじさい17.1













あじさい17.6




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2017年06月13日

石川文洋さん

2月の退職を祝う会の最後に、しばらくは「休養とリハビリ」に専念したい、仕事はくれないで、とあいさつした。
ところがまさにその日に仕事の依頼を2つ引き受けてしまった。だって、忙しいところを来てくれた人の頼みだから一番断りにくい状況だったのだ。

そのひとつは、大学1年の時の同級生で高校教員をしていた佐藤洋史君からで、都立高校4校の定時制の廃止について存続の要望の呼びかけ人に山田洋次さんや堀尾輝久さんらとともに、名を連ねてくれというもの。

都庁昨日、都庁で知事への要望書の提出と記者会見があった。高校教員や父母らが同席した。
よびかけ人の一人、報道写真家の石川文洋さんは両国高校定時制の出身であり、その立場から存続を訴えた。

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石川文洋さんは、ヴェトナム戦争の報道と、ご自身の出身地でもある沖縄についての報道がライフワークである。ぼくも行ったことのあるホーチミン市の戦争証跡博物館には常設コーナーが設けられている(文洋さんの当時のカメラNIKON F も展示されているらしい)し、沖縄についての写真集や著書も多い。沖縄の人らしく愚直に、正面から対象、課題に向き合ってきた。

石川文洋さん記者会見の後、佐藤君と文洋さんを誘って、池袋の沖縄料理・みやらびへ行った。



文洋さん3みやらびのママさん、川田功子さんと文洋さんは義理の兄妹(きょうだい)なのだ。功子さんやヨウコさんを交えて、長野の諏訪に帰る文洋さんと最終列車のぎりぎりまで語り合った。

ちなみに、ヨウコさんは祝う会の時に琉球舞踊を踊ってくれた人。

ところでこの日、文洋さんとぼくが取り出したカメラは、偶然だがSONY R100 で同じだった。


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百合

農園ではみんな野菜を作っているが、唯一Aさんだけは2区画も借りながら花を栽培している。
でもそのおかげできれいな花を楽しめる。
今はユリとナデシコ。


ユリ17.6.11.3













ユリ17.6.11.1














ユリ17.6.11.2














畑の花17.6.11.3

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2017年06月12日

コメニウスと信南自由大学

今年の講義ではいろいろ新しい試みをしているが、そのひとつ、コメニウスについても初めて触れた。コメニウスは、16世紀末に生まれたチェコの教育学者だが、『大教授学』『世界図絵』など著作を著した。

コメニウスには、『大教授学』の後に書かれた『汎教育』という著作があり、そこには「あらゆる人が、あらゆる事を、全面的に学んで人間形成をする」という、今日では生涯学習、社会教育に通じる考えが展開されている。

先日の講義で、この著作が公刊されたのは300年後の第二次大戦後だという、資料の叙述について、学生から、それはなぜか、と聞かれたが、ぼくは「わかりません」としか答えられなかった。それで、相馬伸一さんらの研究史をみると、小民族だったチェコの歴史的な事情もあったのかもしれない。一世紀後の「チェコ再生運動」のなかではコメニウスは高く評価されている。

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1924年(大東文化学院創設の1年後、今から約90年前)、長野で農民・市民向けの「信南自由大学」が発足している。その趣意書には、コメニウスについての記述がある。

「今や各国の教育はコメニウスの学校に帰らねばならぬ必要を感じはじめた。其の結果として、理論的には社会的教育の思潮が盛んになって来るし、事実的には成人教育の運動が前世紀に比類のない発達を示した。そしてコメニウスの学校の本義から言へば、民衆が労働しつつ生涯学ぶ民衆大学、即ち我々の自由大学こそは教育の本流だと見られなければならぬ…」

書いたのは土田杏村だとされるが、土田はどのようにして公刊もされていないコメニウスの主張を知りえたのだろうか。

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チェコの人たちの愛国心は強い。画家ミュシャは、汎スラヴ主義に立ってスラヴ民族の歴史を描こうとしたが、その動機を促したのがスメタナの「わが祖国」だという。

ぼくは7,8年前、プラハに行き(学長になってからは 個人的な海外旅行は一度も行けなかった)、モルダウのほとりに佇んだ。
夜の居酒屋では、誕生祝をしてもらっているおじいさんからウォッカを差し入れてもらい、酌み交わしたのだった。


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2017年06月11日

ジャガイモの収穫

子どもたちも来て採った。
今年は、小粒だが、収量は例年並み。

すぐ蒸かして食べたが、すごくおいしい。

最初の写真は、種芋を植えた約3か月前のもの。


ジャガイモまき











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ジャガイモ収穫1











ジャガイモ収穫2











ジャガイモ収穫3











ジャガイモ収穫4

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2017年06月10日

「レミゼラブル」と板垣退助

ミュージカル(と映画)の「レミゼラブル」は、ぼくにとっては中学2年生の時の「ウエスト・サイド・ストーリー」と並ぶ傑作である。

「ウエスト・サイド・ストーリー」は映画で見て(何回も)、舞台はのちにロンドンで観た。
音楽は、キリテ・カナワやホセ・カレーラスなどのオペラ歌手が歌ったものや、R・バーンステインの練習風景のDVDなどさまざまなバリエーションで楽しんだ。

「レミゼラブル」の音楽は、山口県の友人が自分で編集して送ってくれたCDでいつもクルマの中で聴いている。ミュージカルの10周年、20周年のDVDも観る。

「ウエスト・サイド・ストーリー」は人種問題という社会問題が主題だが、「レミゼラブル」は貧困と、独裁対共和制という社会問題が主題である。

原作者のV・ユーゴーは、ルイ・ナポレオンと対立し、国外追放され、16年間孤島で亡命生活を送る。
原作では、いやというほど長く1815年のワーテルローの戦いの叙述が続く。ミュージカルのなかに出てくる「民衆の歌」(Do You Hear The People Sing?)は、ルイ・ナポレオンの第2帝政の圧迫に対する1832年の民衆蜂起を歌ったものである。

ユーゴーは、貧困への怒りと共和制への希望をこの作品に込めた。

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昨日の新聞で知ったのだが、板垣退助は、暴漢に襲われた岐阜事件後の外遊中、1883年(明治16年)に晩年のユーゴーに会っているという。

自由民権運動の旗手の一人だった板垣は、襲われた際に「板垣死すとも自由は死せず」と言ったと言われるが、ユーゴーに会った時に、日本で自由民権の思想を広めるにはどうしたらいいかと問い、ユーゴーはそれに対して自分のものを含めヨーロッパの小説を広めることを薦めたという。
板垣はたくさんの小説を持ち帰り、やがて黒岩涙香『嗚呼無情』が生まれたという。
ネットの「板垣会」会報などを見ても事実のようだ。

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今週(前日)講義で、自由民権運動の中で片岡健吉らの「立志学舎」に触れたところだった。
幕末の松下村塾、適塾から、明治の自由民権運動の中の塾、明治末の「夜学会」、大正期の上田自由大学や信南自由大学などを駆け足で教えた。板垣については、昔の百円札とだけしか言わなかったので(知っているはずがないか)、来週紹介しよう。


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2017年06月09日

落語

落語2ぼくの無聊を慰めようというのか、同僚だった友人が志の輔さんの落語のCDを送ってくれた。

ぼくの退職間際に飲んだ時、その友人が落語が好きだと打ち明けた。
彼の挙措や容姿?から落語は連想できなかった(つまり紳士で、端麗)ので驚いたが、人間いろいろあって面白い。

窓を閉め切って、家にあったものを含めて聴いて、大笑いしたり涙ぐんだりしている。


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カタバミとイタドリ

カタバミピンク












イタドリ17












カタバミは雑草だが可憐な花をつける。

イタドリも本来は雑草だが、この斑入りは買ってきて栽培している。


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2017年06月08日

消毒士

サボテン2017.2












サボテン2017.1














庭には椿3種、山茶花1種があるが、そのうち1本に茶毒牙が発生。

茶毒牙には、昔ひどい目に遭って医者に行ったこともある。

最近空き家になった隣も椿が多いので、見ると2本が全滅している。

それで消毒をしようと思ったら、最近数年は剪定も人に頼んできたこともあり、噴霧器が壊れていた。
急遽、ビバホームセンターに行って買ってきた。
隣を含め3軒の消毒をした。
近所の消毒のおじさん(おじいさん?)デビュー。


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2017年06月07日

花のはやり

花・弁天の森















気が付くと、今この花が畑でも家庭の庭でもよく栽培されている。
花にも流行がある。
何という花だろうか。
これは弁天の森近く。


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シモツケ

花の様子は、京鹿の子とよく似ている。
でも京鹿の子は「草」であるのに対して、シモツケは低木ではあるが「樹木」。


シモツケ17.2













シモツケ17.1



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