2013年07月

2013年07月31日

カゴ

かご連れ合いと境内の蕎麦屋さんに入った。
ぼくの横に写真のような飾り棚があって、テーブルの向こうから連れ合いが、
「それってカゴでしょ?」
(ボク、花の生けてある竹籠を見て)「そうでしょ」
「違うって、そのカゴ!」
(花の生けてある竹籠を指して)「だから、そうでしょ」
「違うって、それの入っている飾り棚!」

木製のカゴ(駕籠)だった。


masao55ota1 at 07:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年07月30日

フクロウ

ふくろう








ぬまっちゃんがふらっとあらわれて、フクロウをもってきてくれた。ブログの更新がないから、いないのかと思った、と言って。

木の枝に、布でつくられたフクロウが、なんと33羽もとまっている。

ぬまっちゃんが行く宮城の自動車修理屋さんに同じものがあり、いいなあといったら、それをつくった親戚の人か何かに頼んでくれたんだそうだ。

masao55ota1 at 08:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年07月28日

夏の花

気がつけば、夏の花が咲いていた。

夏の花1









夏の花5










夏の花3










夏の花4










夏の花94










夏の花92











ひっそりと日陰に咲く夏の花もある。

夏の花8岩タバコ











夏の花7










夏の花6










夏の花91みんな薄紫。



















masao55ota1 at 19:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年07月26日

キンチョウ

朝顔2キンチョウの夏になった。
キンチョウにしびれてブログが更新できなかった。
ご心配をおかけしました。
大丈夫です。




朝顔1今年のグリーンカーテンは朝顔。
何とか2階まであがってきた。

masao55ota1 at 01:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年07月08日

独仏大使講演会

生け花47月5日、エリゼ条約(独仏協力条約)50周年を記念する独仏駐日大使の合同講演会がわが大学で開かれた。
大学の90周年記念も兼ねた。




生け花3中世以来、両国は戦争の連続で宿敵、天敵と憎み合う仲だったことは、歴史の授業だけでなく、「ドーデの「最後の授業」やルイ・アラゴンの「ストラスブール大学の歌」などの文学を通しても知ってきたが、歴史的な和解を遂げた条約ができて50年。両国の大使がいっしょに語ること自体がすばらしい。
これは、フランス国旗を表した生け花。


生け花2ドイツ国旗の生け花。











生け花1会場は学生や教員であふれた。クリスチアン・マセ大使も、フォルカー・シュタンツェル両大使の講演も、学生がフランス語やドイツ語で一生懸命に質問する姿もよかった。

これはわが大学のスクールカラーの生け花。





masao55ota1 at 00:37|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2013年07月04日

伊勢路駅伝出場

いささかニュースがnewではなくなったが。

そして、PCの写真ソフトが不調で写真がアップできないのだが。

日曜日、国立競技場で、全日本大学駅伝(伊勢路駅伝)の予選が行われた。
昨年は、惜しくも13秒差で出場を逃した。
シード校は6校。今回は、20大学で7校までが出場できる。

この予選は、1レースは各大学2人ずつ計40人が走り、4レースが行われる。各チーム8人が走ることになり、その合計タイムで競われる。
そのほかにオプションの1レースもあるので、5レースが行われることになる。
夕方5時の開始だが、8時過ぎまでの長期戦になる。

わが大学は、2レースを終わったところで5位。ところが3レースを終了した時点では12位になってしまった。
しかし、最終レースは市田兄弟が期待通りの走りで、6位になった。

6年ぶり38回目の出場を勝ち取った。
オプションを走って好記録を出した池田君、大隅君、走らなかった選手を含めた全員の力である。
昨年の箱根につづいて、伊勢路での復活は快挙である。

ぼくは応援で、声が枯れた。

これで男子駅伝は、箱根予選会を合わせてそして箱根出場ができれば正月まで3レース、女子は、東日本大会、杜の都駅伝、12月23日の選抜駅伝の3レース、全部で6レースがつづくことになる。そのうち5回はTVで放映される。駅伝の伝統がようやく復活する。

うれしかったのは、卒業生のS君が石川から駆けつけてくれたこと。
彼は昨年の女子の東日本にも来てくれた。
うれしくて新宿の「どんでん」で、彼の最終バスまで飲んだ。
学生時代、ぼくの家まで来て、子どもと一緒に輪投げをした思い出を語ってくれた。
いっしょに飲んだのは卒業以来、30数年ぶりである。



masao55ota1 at 00:25|PermalinkComments(1)TrackBack(0)