2007年12月15日

ごぜ唄が聞こえる

萱森小林ハル 萱森直子さんの「瞽女(ごぜ)唄が聞こえる」のコンサートに行った。世田谷の小さなホールに200人ほどがいっぱいだった。
 ごぜ唄は、文化座の芝居のなかでは2度ほど聴いた(11月15日)が、本格的なのは初めてだ。ごぜ唄というのは、特定のジャンルというより、新内節にせよ民謡にせよ、ごぜさんが謳えばごぜ唄になるのだそうだ。独特の歌唱法と三味線の奏法にあるという。
 この日は、新撰組の討ち入りの日というので、萱森さんは最初から決めていたという「段物(「祭文松坂」ともいうらしい)赤垣源蔵」を中心に演奏した。ぼくは一番前で聴いたのだが、耳が痛くなるほど荒々しく激しく三味線を叩く。弦の音のほかにヨサコイの鳴子かカスタネットのような打楽器でリズムを取っているくらいに聞こえる。唄もそうで、美しい顔がときにゆがむくらいに張り上げてうたう。「まあ、ありったけの声を出して怒鳴るようにうたうわけです。喉から血が出ても、それでも我慢してうたうわけです」(小林ハル、後出)。講談は語りだけ、浪曲は声色を使うが、ごぜ唄は淡々と「読む」。もちろん三波春夫の赤垣源蔵ともまったく違う。圧倒的な迫力の85分だった。萱森さんは、芸術ではなく、師匠ハルさんの言うとおり、芸を貫くといっていた。

 萱森さんは新潟市在住で、「最後の越後ごぜ」、人間国宝の小林ハルさんの弟子である。萱森さん自身は晴眼者でありごぜではないが、ハルさんの教えを受けた。またハルさんのすすめでもう一人の人間国宝だった杉本キクイさんにも教えを請うた。ハルさんは長岡ごぜ、キクイさんは高田ごぜで、文化座の芝居はキクイさんがモデルだった。
 小林ハル『光を求めた105歳』を買ってすぐ読んだ。すさまじい修業と、旅に出てその地域の人々とのあいだに交わされる心温まる話。本を「構成」した川野楠巳さんが言うようにこれが「ノーマライゼイション」の原型と言えるかどうかは別としても、昔の地域社会のある種のなつかしいキャパシティを描いてはいるかもしれない。

masao55ota1 at 09:01│Comments(2)TrackBack(0)

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この記事へのコメント

1. Posted by edaats   2007年12月18日 20:54
お越しくださりありがとうございます。
話が出来ず残念です。
たくさんの方に喜んでいただけ、またやりたいなという気持ちで一杯です。
ありがとうございました。
2. Posted by 「ごぜ唄が聞こえる2009」   2008年10月25日 21:40
昨年はありがとうございました。
「ごぜ唄が聞こえる2009」正式案内を発表し予約受付を開始いたしましたのでご案内申し上げます。
どうぞお越しください。
http://blog-eda.net/gozeuta/

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