masaoka2010のblog

憲政等の問題に関する愚見の開陳

 皇太子殿下が即位後飛行機等や列車の特別の使用の仕方をやめられるとの報道がなされた。筆者が聴いたラジオ報道によれば、国民の財政負担を憂慮されてのご発言らしい。皇室には昔から節倹の思想があるようであるから、殿下のご発言もそのような皇室の伝統思想の反映であるかも知れない。ただわが国が天皇になられる方が国民と変わらない乗り物使用を考えなければならない程に貧しい国になったのかと思うと残念に思う。

一国の象徴であり元首である天皇が国民と変わらない振る舞いをされることあるいは姿になることを歓迎する向きは少なくあるまい。そのようになればなるほど国民は親近感を覚えると評する向きも多いであろう。ただ親近感の高まりは往々にして対等感の高まりに通ずるものがあり、その対等感は人々の中に馴れ馴れしさと共に自己との優劣の感情を引き出し兼ねない。国民の中に入り尊敬心を生ずることもあるが侮蔑感に繋がらないとも限らない。国民と変わりない振る舞いや姿は天皇を特別扱いすることの必要性を失わせ兼ねない。それ故、長期にわたれば制度の存続が危ぶまれるようになるような気もする。同じようなものであれば同じように処遇されるべきという考え方が生まれるのは自然と思うのだ。であれば、天皇制という特別の制度も不要となる。

金銭の問題ではなかったが、今上陛下が即位された後、陛下のご親意によって陛下の車が交通信号で普通の車と同様に停車するようになったという報道があったと記憶している。またそれを報じたニュ-スには新時代の天皇がいかにも親しみ易く庶民的になったというような評価が伴っていたようにも記憶している。しかし、筆者はそのニュ-スを耳にしたとき、陛下の安全の問題がかなりに気になった。信号で停止している間の警護は大変なことになるとも想像した。わが国には天皇制に反対する勢力が当時も今も存在したり存在している。近隣には反日教育を行い、天皇を必ずしも真に評価しない国でさえ存在していたし今も存在している。
 今上陛下が皇太子時代、ご婚儀に際して馬車を襲った者がいた。皇太子ご夫妻が沖縄訪問をされた際には火炎瓶を投げた者もいた。

昭和天皇も皇太子時代に難波大助という無政府主義者に襲撃されたことがあった。大正12年の虎ノ門事件である。その昭和天皇は昭和7年にも朝鮮人李奉昌に襲撃された。桜田門事件である。この李奉昌はこんにち韓国の英雄とされている由である。その李らの墓に自由党党首(当時)小沢一郎氏が参拝したと後に聞いたときには何となくある種不気味さを覚えたものであった。その小沢氏は天皇訪韓を唱えた人物でもあったからだ。失敗に終わったものの数年前韓国人が靖国神社でテロ事件を起こしたり放尿したりしたことは未だ記憶に新しい。数日前には反日行動を公然と行う保釣連合会に関わっているらしい中華人民共和国国民が靖国神社で放火テロ?をしたというニュ-スもあった。中華民国国民は北京オリンピックに先立って長野暴動さえ起こした。そのような現況がある中で天皇を標的にする者が内外にいないとも限らないのだ。
 来年からいわゆる移民法の実施によっていろいろな人物が外国からやって来る。およそ日本国憲法の筆頭を飾っている天皇制と無関係の者たちだ。スパイ・ウェアを収めた機器をさえ売り込む国がある。国防動員法がある国からの移民は事に直面して民兵となる者の仮の姿といえないこともない。韓国のように反日教育を続けている国からの来日があることも忘れてはならないのだ。そのような国の者の中に反天皇の者が紛れていないとも限らないからだ。

鈴木善幸元首相の葬儀の後、外国の元首や大使等の車が新橋近くの交差点を他の車や人を止めて猛スピ-ドで突っ走る光景を見た。外国の要人に万が一のことが起きれば国として恥晒しになるからであろう。特別の人たちだ。筆者は筆者ら一般人を不自由にして外国の大使等に対するそのような国の特別対応を悪いとは思わない。ケネディ-大統領は警護の中でも銃殺された。レ-ガン大統領も落命する危険に瀕したことがあった。要人には要人としての在り方がある。他と変わらないあり方が最善とはいえないのだ。想定の内外の事は起こり得るのだ。

新しい御代には異なる光景が見られるようになるのであろうか。警護の問題は大変になるのであろう。万が一にも何事も起こらないで欲しいが。

 ファ-ウェイの役員がカナダで拘束された事件を契機にネットで『ファ-ウェイ』を検索したところ真っ先に「ファ-ウェイ・ジャパン」が現れ、そこには「ファ-ウェイは、1987年に中国・深センに設立された従業員持株制による民間企業であり、世界有数のICTソリューション・プロバイダーです。」という説明があった。その「民間」会社の幹部が外国で逮捕されたくらいで大騒ぎするとは今や大国を自認している中華人民共和国の姿勢としてはあり得ないのではと思いきや、中華人民共和国は「人権」を盾に大騒ぎをし、それどころか、カナダに対して直ちに仕返しを仄めかしたとおもったら、直ぐにその仕返しを実践し、報道によれば、今の所二人の人物を「人権」を無視して拘束しているようである。それも靖国神社で放火テロ?を営んだ自国民に対するわが国の扱いにも口出しをして来たから、中華人民共和国が相手次第で横柄になる国であることが改めて示された。

 筆者は産業や機械のこともめっきり弱いから、ファ-ウェイについては全く知らない、そのファ-ウェイが日ごろどのような取引をしどのような機器にどのような装置を仕組んだり等しているかも知らないが、中華人民共和国が社会主義市場経済と銘打って世界の自由主義圏に入り込んで来たとき、或る種の胡散臭さは感じたものの、中華人民共和国も豊かになりさえすれば、自由な市場でその豊かさを覚えた人々たちが自由の重要性を感得するであろうから、それらの者を中心に非人間的な権力主義的社会主義の放棄への動きが始まるものと想像したりしたこともあった。しかし、自由主義圏の人々が一見柔和な眼差しで韜光養晦を信条とした鄧小平を信頼し中華人民共和国に接近し彼我の権益を追求しているうちに、自由主義市場を利用して力を蓄えた中華人民共和国は次第にその本心を露わにし始めた。自由主義圏の人々は「韜光養晦」という中華人民共和国の戦略に無警戒であったが、彼の国には「有所作為」という底意が存したのであり、習近平主席の中華人民共和国はその本性を前面に出し、鄭和の足跡を自分のものとしようとする以上に覇権の矛先をその先にも向け、世界を征服することを目指しているかのように情報通信等の手段の掌握を企てたようだ。そしてその習氏は今年は終に「戦争の準備をせよ」というようになり、貿易戦争とはいえ「片頬を殴られたら殴り返す」旨を公然と宣べるまでに至っていたのだ。

 そのような中華人民共和国の魂胆を知らないかのように習近平氏を大々的に歓待したオバマ大統領はわが国に対しては安倍晋三首相を鼻先であしらうような姿勢をとっていた。その素人大統領は遅まきながら中華人民共和国に対する姿勢を改めたが、そのために習氏の中華人民共和国の反撃を食らい、オバマ米国はその大統領が公用の訪中に際して飛行機のタラップ下に絨毯さえ敷かれない冷遇を受けるほどにまで舐められてしまった。

 そのように米国さえ舐め切り、国際法をも無視して傲慢になった中華人民共和国に公然と対抗する姿勢を示したのがトランプ大統領である。トランプ大統領は取り分け習近平氏の中華人民共和国に対して公然と名指しでその傲岸不遜を指摘しその鼻っ柱を折にかかったのだ。そのトランプ大統領に対して「殴り返す」と公言したはずの習近平氏がブエノスアイレスで揉み手をし、農産物の即刻輸入等に応じ後に自動車輸入報復関税中止等色々とご機嫌を取り始めているにも拘わらず、米国は中華人民共和国の民間企業であるどころか、その戦略機関であるファ-ウェイの役員の逮捕引き渡しをカナダに求めているらしい。トランプ大統領がその逮捕を貿易戦争の駆け引き手段とするかの如く述べたのは彼の法の無知がなさせたところであろう。何でもありのいい加減さの窺える大統領でもあるのだ。ただ米国は逮捕の黒幕ではなく逮捕させた張本人である。しかも、米国はファ-ウェイ等の製品を使用しないように公然と友好国に呼びかけてもいる。にも拘わらず、中華人民共和国はカナダに圧力を加えている。また米国の要請に基づき(どこの製品ともいえずに)ファ-ウェイ等の不採用の姿勢を示したわが国にも脅しをかけている。中国の長い歴史では「強きは正義であり弱きは悪」のようだ。そして今「弱きを挫き、強きに屈」しようとしているのだ。そのような中華人民共和国の現況にあって金に目が無いわが財界人には将来の人質要員を提供し技術等の貢物を大陸に送る動きがあるようだ。

 現在米国には思い上がって覇権主義に走った中華人民共和国にタガをはめようとする動きがある。中でもトランプ大統領は「敵を作りたいと思うなら、何かを変えようとしてみることだ」と述べたウッドロ-・ウイルソン大統領のことばに従っているのであろうか、「『何か』を変えようとしている」。安倍晋三首相が中華人民共和国に叩頭しそうなわが財界人を放置すれば、トランプ大統領はその面で安倍相をも敵にまわすかも知れない。かといってトランプ大統領に従った場合に中華人民共和国に存する人質の数は多い。習氏の訪日を要請し靖国神社にも参拝できない安倍首相が近い将来進退谷まる事態が目に見えるような気がする。

 126、高知県室戸岬沖において米国海兵隊のF/A-18D「ホーネット」戦闘攻撃機とKC-130J「スーパーハーキュリーズ」空中給油機とが空中給油訓練中に墜落するという事故が発生した。米軍兵士は一人を除いて全員死亡した由である。日米安保条約にある如く「極東における国際の平和及び安全の維持」に対する関心からわが国の安全に寄与し、また「極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため」に米軍は昼夜訓練に励んでいる。不運にして事故に遭遇した海兵隊員、とりわけ死亡した隊員にはいたましい限りである。

 筆者はかつて硫黄島において米軍の艦上機の夜間離着陸訓練を見たことがある。滑走路において航空母艦の艦上を想定した範囲に暗い中で離着陸する訓練を見ながら、日中でも実際の艦上での離着陸訓練は命がけだとその大変さを想像したものであった。実際の戦闘行為はもとより命がけであるが、軍隊というものはその訓練も命がけなのだ。命がけの訓練を日ごろ重ねて置かなければ実際の戦闘に際してわが国や極東の平和や安全を守れないどころか自らの命もまた守れないのだ。

 同様のことはわが自衛隊の場合にもいえる。「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため」を主務としている自衛隊(自衛隊3条)も日ごろ死ぬ程の訓練をしているのだ。その訓練とは単に肉体的なものに限らない。たとえば、上記の米軍艦上機の夜間離着陸訓練に際して自衛隊員が航空管制に当たっていたが、真っ暗にした管制塔の中で懐中電灯のようなものを照らしてレ-ダ-を見ながら、米国の地方の訛りもあって聞きにくいことばも発するらしい米軍パイロットと必死に連絡を取り合いながら、真剣に管制の実践と訓練とをしていたのだ。管制の誤りは一瞬にして犠牲者を出すからだ。否自衛隊だけではない。

警察もまた同様であろう。警察については訓練現場を見たことが無い。しかし、警察も「個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持」のために(警察2条)訓練に怠りないはずだ。自己を鍛えていなければ危険な人物から人の生命、身体および財産を保護する等できないし、自己を危険に陥れることになるからだ。

消防もまたそうである。三鷹の消防学校には何度も行ったことがある。国民の生命、身体及び財産を火災から保護する等のために(消防1条)、消防士の訓練にも筆者のような者では耐えきれないほどの大したものがあった。今では高層建築とは言えないが、かつては高層であったビルを造って訓練している風景は未だ印象に残っている。

およそ軍隊(あるいは自衛隊)、警察および自衛隊は非常な金をかけ用具、施設、環境等を備えて猛烈な訓練をする必要がある。国際社会も国内社会も複雑多様で様々な危険と背中合わせのこんにち、でき得る限りのことを想定してそれらから国の平和や安全や独立を守るとか、人々の生命、身体および財産等を守ることが可能なものでなければならないからだ。金をけちっては事に直面してそれぞれがその目的を達することはできないのだ。

かつてわが国では自衛隊員や警察官に対して税金の無駄遣いと蔑みのことばをかける者たちがいた。飛んでもないことばだ。およそ自衛隊、警察および消防には日常高額の税金を投ずる必要があるのだ。そしてそこに投じられた費用がすべて無駄にならなければならないのだ。

自衛隊も警察も消防もその基本は国や国民に危険が生じないようにすることを第一の任務としているのだ。それらに投じられた税金が有効になるようではそれらのための制度を設けた意味がないのだ。まさか、税が有効になるように戦争をしろというのではあるまい。犯罪が生じることを望んでいるわけでもあるまい。火事が起きることを期待しているというのでもあるまいと思うのだ。それとも、竹島を取られ尖閣が狙われ犯罪も日常で火災も少なく無いこんにち、それらは一切不要というのか。

それらは危険の発生を予防し、事が起きた場合に国民に代わって危険を防止する重要な装置なのだ。

なを、駐留米軍については米国のためといわんばかりの人は少なくない。しかし、筆者が会ったことのある米軍司令官をはじめ兵士たちはすべてが真面目にそれ以上のことを考えていたことが印象に残っている。自分のことや自分に禍の及ぶ可能性のある近隣を自ら守ることもせず、自衛隊、警察および消防に任せて、また米軍を悪しざまにいうことは自由であるが、非常に無責任と思う。

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