masaoka2010のblog

憲政等の問題に関する愚見の開陳

 日本国憲法は前文の冒頭から気になる文章であるが、その憲法の国民主権に関する文章も些か気になる。

 大日本帝国憲法には、主権の所在を明示に定めた規定はない。しかし、憲法発布の勅語、上諭が付され、その1条に「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」とあるが、天皇に主権があるとは何処にも記されていない。

 また、アメリカ合衆国憲法にも主権に関する明示の規定などない。ただその前文で「れら合衆国国民は、より完全な連邦(Union)を形成し、正義を樹立し、国内の静穏を確保し、共同の防衛に備え、一般的福祉を促進し、われらとわれらの子孫に自由の恵沢を確保する目的をもって、アメリカ合衆国のため、ここにこの憲法を制定し確立する。」と宣言しているだけである。

 しかし、大日本帝国憲法は天皇主権を定めた憲法とされ、米国憲法は国民主権を定めた憲法とされている。
 
これらに対して、日本国憲法はその前文の真っ先に「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」と宣言している。また、その1条には「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」と規定されている。

日本国憲法では、その前文の第三段に「自国の主権を維持し」というように国が有している主権についても規定されているが、これは国権の最高性という意味の主権であって、君主主権とか国民主権とか等いう場合の国の政治を最終的に決定するという意味の主権ではない。国権の最高性という意味の主権は、わが国のような単一制の国家では国そのものが、また連邦制国家においては連邦のみが有するところであり、それを構成している国家、たとえばアメリカ合衆国でいう州が有するところではない。

ところで、日本国憲法は国の政治を最終的に決定するという意味の主権を二か所で使用して主権が国民にあることを繰り返して強調しているが、憲法の規定の仕方としては諄過ぎて、見栄えの良いものではない。抑々「日本国民は・・・この憲法を確定する。」としている以上、主権者について規定する必要などないのではないか。一体、主権者以外の誰が憲法を制定するというのか。「日本国民が憲法を確定し、主権を天皇に認める」という規定の仕方などあり得ないのだ。国政の「厳粛な信託」とか、その「権威は、国民に由来し」という部分も、主権者に関する文章である。主権者以外のものが国政を信託したり、主権者以外のものから国政の権威が出て来るはずもないからである。

尤も、日本国憲法は至極く特異な状況で制定された。それをつくったのは元々GHQである。日本国憲法はそのことを反映して、GHQが日本国憲法を通じて主権者が国民であることを認めた事情を反映しているというのであろうか。GHQが「日本の主権者は天皇ではなく国民だよ」としつっこく記させたのであり、暗に日本国憲法をつくった真の主権者はGHQと言いたかったのであろうか。であるとすれば、「GHQは、この憲法を確定する。」と宣すべきであった。本来であれば、「われわれ日本国民は○○の目的で憲法を制定する」と宣言すれば、主権者が国民であり、国政が国民によって信託され、国政の権威が国民から生ずることなど明らかなのだ。そのような憲法では、天皇を象徴と規定さえすれば、断らなくてもその地位が主権者の総意に基づくことも明らかである。

日本国民が憲法を制定したのであれば、大日本帝国憲法や米国憲法の如く、主権者は誰だと一々宣言する必要などないのだ。何故にクドクドと主権に関する規定を重ねたのであろう。五七五七七の和歌をさらに進めて五七五の俳句にまで思いを簡潔化する日本人の文章とは思えない。

 尊敬する故清宮四郎法博の論文を久しぶりに偶々目にして一筆したくなった。
 日本国憲法前文は「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。」と宣言している。この部分がジョン・ロックの信託の思想とリンカ-ンのゲティスバ-クにおける演説の影響を受けていることは大方の認めるところである。そのうちロックの思想は、その影響を受けたジェファ-ソンによって少しく改められながら、故水木惣太郎法博が「憲法の憲法」とか「憲法の生命」と評し「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と定めている日本国憲法
13条にも具現し、同憲法が定める権力分立主義と共に日本国憲法に多大な影響を与えている。

 そのロックにおいては、日本国憲法の国政を担う立法権、行政権および司法権といった政治権力は「所有権の規制と維持のために、死刑、したがって当然それ以下のあらゆる刑罰のついた法律を作る権力であり、そうしてこのような法を執行し、また外敵に対して国を防禦するために協同体の力を用いる権利であり、しかもこれらすべてはただ公共の福祉のためにのみなされるもの」とされている(鵜飼信成訳「市民政府論」)。このようなロックの述べ方から、彼の「公共の福祉」(public good)をこんにち風にいえば、公共の秩序と安全の保持および国防を意味することが明らかである。またロックによれば、政治権力が規制する所有権は生命、自由および財産を内容としている。それが後に、ジェファ-ソンによって生命、自由および生命幸福追求権と改められ、日本国憲法13条に採用されたのである。彼は財産については、他の権利の行使によって得られる二次的権利と解し、その影響を受けて日本国憲法も経済的自由権を基本的人権(憲法13条、18条、19条、20条、21条、23条)として規定せず、より規制し易く基本権として規定している(憲法22条、29条)。ジェファ-ソンにおいては、これら生命、自由および幸福追求権は天賦不可侵のものであり、政府はこれらの権利を保障するために創設されたとされる(米国「独立宣言」)。米国憲法はその精神に基づいて、連邦の形成、正義の確立、国内静穏の保障、共同の防衛および一般の福祉の増進を目的として制定されたものである(米憲前文)。

 日本国憲法前文第一段の一部や同13条はこのような来歴の下に設けられた規定である。戦後憲法学界を故宮沢俊義法博と並んでリ-ドした故清宮法博は、上記のロックの「生命、自由および財産」に対する権利を基本的人権としながら、またロックがその基本的人権の確保を国家の目的、「公共の利益」(public good)(故鵜飼法博の訳における「公共の福祉」)としたことを認めながら、日本国憲法もロックと同じ「行きかた」をしているとしている。ところが、その故清宮法博は、日本国憲法の基本的人権について「生命、自由および幸福追求権」とし、それを規制できる「公共の福祉」について資本主義の原則を容認する一方で、社会的または社会主義的な制約も可能な概念と述べている。

 しかし、この碩学には日本国憲法上の自然権思想に由来する基本的人権とそれを規制する公共の福祉との関係とその他の基本権である自由権とそれを規制する公共の福祉との関係との混同があると思う。既述したごとく、日本国憲法上の自然権である基本的人権は憲法13条並びに18条、19条、20条、21条および23条の自由権に限られ、12条および13条の公共の福祉だけが基本的人権その他の基本的自由権を規制し得るのに対して、同22条や29条の自由権はジェファ-ソンが基本的人権と区別した財産権思想に基づく基本(的自由)権であって、弱者救済という社会国家原理に基づいた政策的な公共の福祉(憲法22条、29条)によっても規制できるものである。清宮説は日本国憲法の公共の福祉を十把一絡げに理解しているようであるが、民法の財産法上の取消と身分法上の取消が異なる如く、日本国憲法12条および13条の公共の福祉と同22条および29条の公共の福祉とは識別されるべきと思う。その場合、すべての人に平等に保障される基本的人権については、社会国家的、況してや社会主義的(な公共の福祉による)規制などできることではないのだ。したがって、日本国憲法は基本的人権およびその他の基本権については、ロックに学んで国防と警察的公共の福祉(すなわち公共の秩序と安全、より具体的には間接的危険の防止と直接的危険の防止)のために規制でき(憲法12条)、また社会国家的思想に基づいて弱者救済のために強者の専ら経済的自由権について政策的な公共の福祉による制約を認めても(憲法22条、29条)、社会主義的制約など認めていないと思うのだ。故清宮法博のような碩学を批判するのは畏れ多いが、抑々基本的人権と社会主義とは思想的基盤を異にしており、繰り返すが、基本的人権を社会国家的な制約はもとより、社会主義的に制約できるとする考え方は絶対に間違っていると思う。 

 或る新聞で、「人が嫌がることをしない」ことを信条としているかのような福田康夫元首相が靖国神社とは別に国立の追悼施設を建てるよう述べている。中華人民共和国がわが国に怒っているのは靖国神社に(いわゆる)A級戦犯が祀られているからであって、その怒りを鎮めるためには中華人民共和国の気持ちを忖度して国が追悼施設を特設し、首相や閣僚の靖国神社参拝を控えるべきというのが主張の中心であるらしい。その際、福田元首相の尊父福田赳夫氏が首相当時靖国神社参拝をしても中華人民共和国が文句をつけなかったのは、(いわゆる)A級戦犯が祀られていなかったからという趣旨のことをも述べてもいる。

 しかし当初、中華人民共和国はいわゆるA級戦犯が靖国神社に祭られ、その神社に首相が参拝しても文句をつけたわけではなかった。靖国神社によるいわゆるA級戦犯合祀後、大平正芳首相は3回、鈴木善幸首相は9回も靖国神社参拝をし、中曽根首相も参拝しているのだ(肩書はいずれも当時)。その事実は大なり小なり報道もなされていたから、東京に大使館を置く中華人民共和国が知らなかった筈はなかった。というのも、三木武夫首相の靖国神社参拝のころ、特定のマスコミがその参拝を公式か私的かと厳しく質問し、そのことで国内ではかなりの論議がなされていたからである。そのような中で昭和53年にいわゆるA級戦犯の合祀がなされたのである。況してや、大平首相はその翌春の例大祭の靖国神社参拝に際して、問題視する一部マスコミに反応してそれも、いわゆるA級戦犯に対する評価は歴史によってなされる旨の発言を公然としていたのだ。そして、その後も既述したごとく、首相の靖国神社参拝は続けられたのである。東京にある中華人民共和国の大使館や地方にある総領事館や領事館の誰一人としてそのようなわが国の状況を知らなかったとすれば、情報機関としてだけではなく、ただでさえスパイ行為をも営んでいるといわれる者が少なくない中華人民共和国の機関、その他専門的な諜報機関の能力が疑われる。中華人民共和国の情報や諜報活動は決していい加減なものではないのだ。

 筆者が中華人民共和国の機関から招待され訪中した際に、首相の靖国神社参拝の問題に触れられたとき、「中華人民共和国の国民も政府も首相の靖国参拝を真には問題視していない。中華人民共和国政府が首相の靖国参拝に文句をつけるようになったのは、わが国の一部マスコミのタレこみ、入れ知恵によるのではないか」という趣旨のことばを返して見たのは、上記のような事実を知っていたからであった。中華人民共和国政府が首相の靖国神社参拝を問題視するのは、中曽根康弘首相のとき以来、それを問題視すればするほど外交的に優位に立てることに味をしめたからである。中華人民共和国政府は、福田康夫元首相のように、わが国に対して何らかの一寸した脅しをすれば、外交等で忖度してくれることを経験および知識としたのである。しかし、小泉純一郎元首相のように、文句をつけても云うことを聞かない首相には、中華人民共和国も文句をつけることに諦観が生まれたらしく、6回目の参拝を選りにも選って八月十五日にしたにも拘わらず大した文句をつけず、国民のデモも全く無かったにも等しい事実が顕現したことは、未だ記憶に新しい。

 その後の安倍晋三、福田康夫等々の首相が中華人民共和国に対する忖度を再開したことがこんにちの事象となり、いまでは、中華人民共和国政府は首相の靖国神社参拝だけでなく、国務大臣の参拝にまで文句をつけるようになっている。

 抑々わが国にはA級戦犯なるものは公式には存在しない。福田康夫元首相のような人物は、中華人民共和国やそれと連動し勝ちな韓国が、将来、わが国の独立後わが政府が行った戦勝国側が戦争犯罪人とした者に対する恩赦やわが国会における国内法上彼らを戦争犯罪人ではないとした等の動きをけしからんとし、その決定を取り消せと迫ってきた場合、これも忖度してすべて取消への動きを主張するのであろうか。

 最後に、仮に国立追悼施設が新設された場合にも、靖国神社にわが国の英霊が祀られている事実を取り消すことなどできることではない。また、日本国憲法の下で国が靖国神社に干渉することもできることではない。福田氏らは、国立追悼施設ができた場合にも、誰を追悼するか中華人民共和国等の意向を忖度するのであろう。福田氏の首相時代、中華人民共和国の大使館がわが国内の全国から動員したという噂のある中華人民共和国の暴徒による長野事件でその暴徒を逮捕しなかったのも、「人が嫌がることをしない」奥ゆかしさ?のためであったのだろうか。

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