masaoka2010のblog

憲政等の問題に関する愚見の開陳

2017年09月

 衆議院が解散され、衆議院の選挙戦が間もなく始まる。モリ・カケ問題に際して何が何でも解散に追い込むと勇ましかった野党陣営としては待望の時が来たわけだ。さぞや意気軒昂であろう。と思いきや、野党第一党の民進党が雲散霧消しそうで些か心許ない。

 現実政治は余り知らないが、前回勝ち過ぎた安倍自民党がどの程度議席を減らすかが焦点らしい。安倍首相は先ずは与党で233名を獲得することを目指しているらしいが、台頭が予想される「希望の党」もその小池百合子党首が改憲勢力に属すると思われるから、選挙後の臨時国会で改憲が俎上に上るか興味がある。

 ところで、その解散について、一部の政治家や評論家等が解散の大義の有無について論じていたが、日本国憲法には解散のためにそのような大義が必要とは規定していない。解散は日本国憲法上はいつでも行い得るものである。と言っても、実際には、解散はいろいろな意味で簡単に行い難いもので、現実にも簡単容易になされてはいない。それでも、衆議院に民意を反映し得ない状態が生じている場合とか、政権が新たな政策を推進するために基盤を強固にしたいような場合等には解散が予想される。

 この衆議院の解散について日本国憲法を押し付けたマッカ-サ-総司令部側は、日本国憲法69条の場合に限られるという理解であった。解散は衆議院が内閣の信任を否決した場合か不信任を可決した場合だけというわけである。

 昭和23年に成立した第二次吉田茂内閣は少数党内閣で不安定であった。それ故、いわば当然のこととして多数を有した野党は内閣不信任を可決した。そこで吉田内閣は総辞職をせず、衆議院を解散したが、その解散の詔書には総司令部の意向とそれに迎合した民主党や社会党の姿勢を反映して、

 「衆議院において内閣不信任の決議案を可決した。よつて内閣の助言と承認により、日本国憲法第69条及び第7条により、衆議院を解散する。」

 と認(したた)められた。このような解散の詔書については、二つの意味で異常さが感得された。そこに「「衆議院において内閣不信任の決議案を可決した。よつて」とか、「内閣の助言と承認により」ということが明示されていたからである。

「衆議院において内閣不信任の決議案を可決した。よつて」とは衆議院を解散した動機を示したものであった。このように動機を示す書き方が必要とされるのであれば、日本国憲法53条で「いづれかの議院の総議員4分の1以上の要求」があった場合に臨時会が召集される場合にも、「○○議院の総議員4分の1以上の要求に基づいて、内閣は臨時会の召集を決定した。よつて内閣の助言と承認により、日本国憲法第53条及び第7条により、国会を召集する。」という書式が必要になる。もとより、召集詔書にそのような書式はとられていない。

ところが、サンフランシスコ平和会議に先立って、社会党はいわゆる早期解散を主張した。しかしながら、その社会党等は内閣の不信任を可決するほどの勢力を有していなかった。そのような状況での解散の主張は、社会党が衆議院の解散が日本国憲法69条によるべきとする主張を放棄したことを意味した。憲法学界には、衆議院の解散を日本国憲法7条とする見解が支配的であったが、社会党もその立場に変化したわけである。

次に、天皇の国事行為のすべてに一々「内閣の助言と承認により」ということばが付されるわけではない。そのようなことばが必要とすれば、それが日本国憲法3条によるのか、同7条によるのかも明らかにされるべきことになる。しかし、国会の召集の詔書や総選挙の公示の詔書には「内閣の助言と承認により」ということばなど付されないのである。

928日、衆議院議長が解散の詔書を読み上げる放送を視聴した。そこで衆議院議長が読み上げたことばは、

「日本国憲法第7条により、衆議院を解散する。」

というものであった。解散の詔書の正常なあり方である。ただ、解散の詔書が読み上げられた後に常になされる与党を含めた「万歳」は野党にとっては政権のいわば一時的崩壊、世論による政権奪還の機会を得た喜びであるが、与党にとってはどのような意味があるのであろうか。

 都議会選挙において「都民ファ-スト」を率いて驚くほどに都民を引きつけた小池百合子東京都知事は選挙後、『都民ファ-スト』を実践するためにといえば聞こえはよいが、ともあれ「都民ファ-スト」を離れて都政に専念する姿勢を示した。しかし、そのような小池知事の行動を訝しく思った者は少なくあるまい。『都民ファ-スト』の政策を実現するためには、自分を支持する勢力と一体であった方が上手く行くことは童子でも分かることだからだ。自分の手足に過ぎない「都民ファ-スト」の都議会議員たちを態々自ら切り離す必要などなかったのだ。手足を切り離せば、実現すべき政策に楯突く者が現れ易くなるからだ。それ故筆者は、知事の行動を見て俄か作りの有象無象の「都民ファ-スト」の議員の中から現れ兼ねないスキャンダル等のための予防線を張ったのでは等、邪推したりしたのだ。

 ところが、その小池知事が「都民ファ-スト」など元々移り気な都民を釣り上げるための「餌ことば」、単なる「飾りことば」「ことばの綾」であるかのように、「都民セカンド」か「都民サ-ド」か、あるいは「都民ラスト」か知らないが、国政に足を踏み入れた。一部に以前から似たような論評があったと思うが、狙いは国政で、元々都政など片手間でできると思っていたのだろう。「都民ファ-スト」と言いながら、一年以上経ったのに都民の多額の金と多くの時間と都議会議員や都公務員等の労力を無駄に消費しただけで未だ目に付く積極的政策を一つも実現していないのだ。人のあら捜しにはほんの少し成功したが、目立ったことと言えばただ一つ、森喜朗元首相らの労力もあってわが国に招致できたオリンピックの旗を世界の人が注目する中ブラジルで雨に濡れながら受け取ったことくらいだ。

 東京都民の中には「小池に嵌(はま)って、さぁ大変」と思っている人もいるのではなかろうか。『都民ファ-スト』を信頼したのか、都の公明党は「おばあちゃん一緒に仕事しましょう」と小池知事に接近したが、その小池知事は「やっぱりお山(国政)が恋しいと、平気で公明党を困らせ」ているのではないか。 

 そのおばあちゃんが、事もあろうに、公明党委員長を可哀そうな国会の廊下トンビとでも思ったのであろう、都議会選挙で厚い化粧の魅力によって言い寄らせた都の公明党に味をしめたかのように、今度はその父親に色目を使うかのようなポ-ズを示したから、自民党の中には一瞬不安を抱いた者もいたかも知れない。報道によれば、小池党首が「首相の指名には、山口那津男公明党委員長を」と甘いことばを流し、自分に近づいて来るはずという「希望」的計算をしたようなのだ。しかしながら、山口委員長はそのような軽薄な甘いことばに容易く乗るような軽率な人物ではなかった。ただでさえかなりの諸国の国政の規模に勝る重大な都政で、それもオリンピックを控えているにも拘わらず、道路一つ整備が遅れ、都政全般において舛添要一前知事程のスピ-ド感も失われている現況を示している初老の女性のことばに、山口委員長は安易に絆されるような人士ではなかったのだ。暑くもなく肌を怪我すような陽光が見られない今年の秋に相変わらずもの厚化粧でかけれたことばは、長い間政権党と手を組んで責任ある政治を心掛けて来たという自負があろう政治家にとっては、却って自尊心を傷つけるものであったかも知れない。その代わりに緑の色香に心を奪われて接近して来たのは党としての「希望」を失ったのか、あら捜し以外に政治の喜びを感じないように見える「民進党」やその「民進党」出身者と歩調を合わせられるか疑問の「日本のこころ」に属した者であった。

 行動力があると思った小池都政には、人の欠点や不幸を喜ぶ庶民の心を上手く捉えて自己の復讐と他のあら捜しとの政治を得意としている動きは目に見えても、良くも悪くも感得できた石原都政や舛添都政ほどの積極的な活力が感じられない。

 それでも、小池氏の党はかなりの国政勢力となろうから、その目的が達成されたら、金だけ使いまくり都政を停滞させた疑わしい「ワイズ・スペンディング」な動きを示しておきながら「日本を『リセット』する」というように、天皇制を中心にもつ日本を具体的にどのように整形するのか、抑々何を意味するか不明な外国語で人々を煙に巻くことなく、健全な政治勢力に生育して欲しいものだ。東京都についてはそれを二次的あるいは三次的に扱ったとしても、小池氏を選び、またその勢力を圧倒的多数に選んだのは都民であるから、都民も諦めるだろう。万一小池氏が都政を捨てたとしても、都民がその程度の民主選挙をしたということだ。抑々都民の尺度に合った知事しか生まれないのだ。それでも都民には、彼らの知事にオリンピックをきちんと開ける都政を行わせて欲しいものだ。

 筆者は日本国民でありながら、わが国民(日本国民)がどのような人々か分からない。それでいて日本国民を勝手に理想化し美化もしているから、失望することもしばしばである。

 戦前わが政府は、神道中教派神道に属するものを別として神社神道を非宗教として扱って来た。ところが、昭和201215日、占領軍が「国家神道(神社神道)ニ対スル政府ノ保証、支援、保全、監督及弘布ノ廃止ニ関スル覚書」で神社神道を「国家ガ公式ニ指定スル宗教又ハ信条」として扱うと、早速神社神道を国家神道と看做し始めた。また、占領軍側が「神道ノ理論及ビ信仰ガ、日本国民ヲ欺キ、コレヲ侵略戦争ニ導カントスル軍国主義的宣伝ニ再ビ悪用サルルコトヲ防止スル」と述べると、神道の理論および信仰が軍国主義的であったことを認める発言をし始めた。

たとえば、日本進歩党の江口繁はその数日後、帝国議会において「国家神道が行過ぎたる所の軍國主義者に依つて國家民族の運命を誤つたと云ふことに付ては、我々大いに反省しなくてはならぬ、併しながら我々民族三千年の神ながらの大道と云ふものは、決して眞意を世界に誤解せしむべきではないと私は信じて居る、此の我々の神ながらの道と云ふものは、萬邦共榮、世界恆久平和を目指して、眞に人類の幸福を齎すと云ふことが、我々の神ながらの道であると私共は確信して居ます、之を誤つて国家神道なるものをして覇道的なる軍閥者流に依つて、今日の悲運に際會せしめ、非常に誤解を、生ぜしめて居る」と述べ、そのことばを受け入れている。

また翌年9月政府委員有光次郎も帝国議会において「從來の軍國主義乃至極端な國家主義的な教材や、国家神道の宣傳と考へられますやうな教材、更に又排外的な考を助長するやうな教材を一切除く」として、戦前に軍国主義的な国家神道なるものが存したかのような発言をしている。

しかしながら、国家神道ということばは戦前の国民が知らないところで、況してや、その理論がどのようなものか知っていた者などいなかったはずだ。

現在、バチカン王国は教会国家主義の国であるが、たとえば、イギリス(Britain)は英国(イングランド)教会が支配する国家教会主義の国であり、またイギリスの中でも、エジンバラを首都とするスコットランドは長老派教会が支配する国家教会主義の国である。要するに、ブリテンやスコットランドには国家教会が存するのである。ギリシア生まれのエリザベス女王の夫君エジンバラ公フィリップは元々ギリシア正教会の教徒であった。彼はイギリスに帰化し、母の実家のマウントバッテンの姓を名乗ったが、その際、英国教会の教徒に改宗した。その帰化はまたエリザベス女王との婚姻のためでもあった。かつてその英国教会の最高統治者英国国王はロ-マ教会との交信等さえできなかった。元々国家教会なるものにはその信教に基づく厳格な規律が存するのだ。

これに対して、意味不明の国家神道と結び付けられた天皇は仏教と繋がりを有していた。後七日御修法とか師号宣下等はその例である。皇族の中にも仏教との関わりを持ったり、仏教的な振る舞いをした者もいた。それ故、皇后に対する(宗教ではない)神道への改宗という問題など全く生じなかった。明治維新後の皇室の葬祭は「古式」によって行われた。しかし、その「古式」(あるいは「国式」)は神道ではないものと解されていた。明治中期以降は、正否はともかく、形式的には葬式が宗教の基準とされていたが、国家と宗教の区別はかなり留意された。明治初頭神官僧侶が学師となる場合、その教旨の説得は学制の時間外に限られた。伊藤博文には国教の拒否姿勢があった。教育勅語では宗教色が排除された。その後宗教教育禁止令も出された。政府には政治と宗教とを分離しようとする考え方があったのだ。現在は政府による葬祭を「古式」とはいわないが、筆者は内閣自民党葬にしか出席した経験はないものの、その葬儀は無宗教形式といいながら、葬祭のいわば「国式」としてキリスト教式の献花というかたちが行われているようだ。「新式」なのであろう。

 一体、戦前に国家神道のことばさえ知らない以上、国家神道の理論なるものについても政府も国民も知らざるところであった。神社神道の周辺には、それを支持する理論をもった教派神道は存在した。しかし一体、神社は宗教でなかったはずで、抑々教えの無いものに主義主張が生まれるはずもなかった。神社を悪用しようとしたものはいたかも知れないが、国民を欺くような理論など持たない神社には、軍国主義に悪用される理論などもなかったのだ。

 にも拘わらず、戦争に負けると、いわば当然の如く、軍国主義と結び付いた国家神道という宗教が存在したかのように論じられ始めた。その変化は昨今の、常々「解散に追い込む」とか、「国民の意見を聞け」と言いながら、民意を聞くための解散が決断されると、「突然解散するとは怪しからん」「解散の大義が無い」という現象に似ている。

 すべての日本人について当て嵌まるけではないが、このように簡単に変わる日本人とは、一体いかなる人々なのか。

 日本国憲法78条は裁判官の身分を保障して「裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない。裁判官の懲戒処分は、行政機関が行ふことはできない。」と規定している。多くの人には注目されていないが、この規定については改められるべきでは、という意見が予てから存在した。

 愛媛玉ぐし料訴訟事件の判決が下ったのは平成942日のことである。この事件については、その判決に先立って朝日新聞が42日に違憲判決が下る旨の報道を同年2月初旬に行い、同日、共同通信社の配信に基づいて一部の地方紙が同様の報道を行ったことを記憶している。

 裁判所法75条には、「合議体でする裁判の評議は、これを公行しない。」(同条1項本文)とあり、また「その評議の経過並びに各裁判官の意見及びその多少の数については、この法律に特別の定がない限り、秘密を守らなければならない。」(同条2項後段)と規定されている。裁判所に対する信頼と裁判の公正を維持するためだ。しかしながら、このような規定が存在するにも拘わらず、最高裁からいかなる発表もなされていない状況で、42日に違憲判決が下る旨の報道あるいはニュ-スの配信がなされたことは、証拠は示し得ないが、裁判所法75条に反した行為が最高裁内に存したからに外ならない。

 その事象については、最高裁における評議の秘密の漏洩行為の存在を疑う意見が国会内にも、また一般にも直ぐに上がった。そのような意見に反応したのであろう、報道等の数日後、朝日新聞と共同通信社とは口裏を合わせたかのように、判例の傾向や(憲法)学界の傾向に鑑みて観測報道等をした旨のほぼ同様の弁明をした。因みに、判例の傾向を踏まえれば、当時は誰が推測しても合憲判決が下ると予想される状況にあり、また憲法学界では、最高裁は判例を踏まえて判決を下すであろうという理由から、合憲判決が下るという意見が専らであった。それ故、上記二社の弁明は弁明になっていなかった。しかし、ここで問題にしたいのはその二社の報道行為や弁明行為のいかがわしさではない。

 仮に最高裁判事7名が意図せずして何らかの軽率なミスで個々に情報漏洩となる行為をしたとした場合である。7人の謀議が存在していた場合はともかく、個々の行為がそれぞれ意図的であって偶然に一致した場合にも個々の裁判官について罷免のみが行われる弾劾裁判を行うための事由に相当するか否かは微妙である。しかしながら、たとえ過失であったとしても、それが懲戒処分に該当するか否かの裁判をすることは十分に考えられ得ることである。

 その裁判官の懲戒処分については、上記日本国憲法78条によって行政機関が行うことはできない。また、国会が設置する弾劾裁判所(憲法64)もまた行うことができない。司法権の独立とその内容をなす裁判官の身分保障によって裁判官の懲戒処分は裁判所で行われるからである。

 現在、裁判官分限法によれば、最高裁裁判官の分限事件は最高裁の大法廷で行われることになっている(裁判官分限5)。その大法廷は最高裁の全員の裁判官の合議体である(裁判所9)が、最高裁判所裁判事務処理規則によれば、大法廷の定足数は9名である。となると、上記7人の裁判官が懲戒処分に該当するか否かの裁判は行われ得ないことになるわけである。

 上記の事件で、最高裁は「合議の内容が漏れたということになりますとこれはゆゆしい事態」としながらも、最高裁長官代理は「最高裁側から漏洩した事実はない。」と逃げた。それ故、最高裁裁判官全員に対する訴追がなされたが、結局、有耶無耶に終わった。

 万一、上記の想定の事態が発生した場合には、いかんともしようがない。裁判官弾劾をする場合に罷免以外の制裁を可能としていればともかく、裁判官に対する弾劾裁判と懲戒裁判との間の隙間の問題だ。日本国憲法78条については、一考する必要がありそうだ。

 森友学園問題に関する論説(『月刊日本』47)で目にしたが、大阪府私学審議会会長がNHKのインタビュ-で「大阪府の事務方の中でも大きな教訓だろうと思う。証拠を持っているわけではないが、時々、国でも、都道府県でも、市町村の行政でも、大きな力がどこかから働いて、住民全体の公平・公正な幸せのためにやらないといけない行政が、ちょっとおかしいよなってことが時々ないわけではない。そういうことをチェックするのがわれわれ審議会だったはず、それが結果として十分にやれていたのであろうか。」と述べたそうである。

 この会長は一般論として「大きな力がどこかから働いて」「ちょっとおかしいよなってことが時々ないわけではない。」述べているが、発言の全貌は分からないものの、会長はそのようなことを行政の一端を担っている大阪府私学審議会にも感じているのであろう。その審議会がかなりの外圧あるいは誘導等があり、政治化しているからこそ、「大阪府の事務方の中でも大きな教訓」とか、行政の一般論としてのことばもあるのではないか。

 個人的経験で恐縮であるが、筆者も地方公共団体の審議会委員や全く毛色の異なる幾つかの審議会の会長をしたことがあり、国の審議会の委員や会長をも経験したこともある。しかし、筆者が鈍かったのか、筆者が関わった審議会で外圧らしいものや誘導らしいものを感じたことが一度もなかった。どの審議会でも事務をとったり資料を集めたりしてくれた事務局の公務員から何らかの方向づけをする示唆とか情報を受けたこともないのだ。

 筆者の経験で印象に残っているのは、国の審議会で特定地方の住民が問題提起をしていた事例で、「住民と集会を開きたい。」と事務局に提言をした際、「問題が問題だけに、審議会員の皆様に何かあったらいけないから、集会の在り方を検討します。」と、事務局による集会のあり方についての考え方が示されたことくらいである。そして実際、住民ではなく、住民代表との集会の機会が設定された。事務局が想定した範囲であったか否か承知しないが、会長を務めていた筆者だけは集会の場で住民の代表たちによって激しく面罵された。その面罵の仕方は筆者の初めての経験で、筆者にとっては想定外であったが、筆者の住民側との対話という目的は果たした。

 ともあれ、何十年間の審議会委員あるいは審議会会長を務めた経験では、審議会内の意見の衝突はあったものの、少なくとも筆者には外圧や誘導など全くなかった。その際、筆者と対立した委員に対しては筆者の意見を予測した何等かの外圧や誘導があったのであろうか。そうとも思えなかったが。

 国や地方公共団体の審議会は任命者の御用機関であるとの噂や評価をしばしば耳にしたことがある。委員については任免する者に都合の良い者を集めるので、結論の方向性は決まっているというわけである。審議会の委員がどのように選考されるかは承知しないが、実際に何らかの基準はあるのであろう。

しかし、少なくとも筆者は筆者が属した審議会に諮問されたことについて予め答えを持っていたものは一つもなかった。任命に先立って諮問されることについて予め方向づけられた予備知識を与えられたことも一度もなかった。それ故、その時その時で筆者は筆者なりに真剣に取り組んだだけであった。予測していない諮問に筆者さえ答えを持っていなかったのに、任命者が筆者の考え方を予め予測できていたとすれば、その者は超人である。

 そのようなことであったから、上記の住民代表との集会でも、筆者なりに想定問答を考えたが、事務局から想定問答の予備知識が与えられていたわけではなかった。それ故、その集会で、筆者が住民に対して面罵される回答をしたときの発言について、その審議会の委員であった元事務次官経験者から、集会後「あの発言は事務局から予め求められていたのか。」と訊かれたとき、不思議に思ったものだ。元事務次官程の者であるから、筆者のような発言の仕方をすれば、どのようになるのか承知していた風であったのだ。しかし、事務局から筆者を含む審議員に対して「この種のことを説明して欲しい」とか、「彼の種のことを質問して見て欲しい」とかいう程度のこと等一切要望はなかった。

 要するに、筆者が経験した範囲では、たとえば、審議会に「○○長の諮問事項」は示されたものの、外圧あるいは外からの誘導等が本当にあるのか疑問で、筆者には経験が無いところだ。それだけに、上記の大阪府私学審議会会長の発言と会長自ら認めているらしい政治化している審議会を含む行政の存在を知って改めて驚かされた。審議会に限っていえば、一体、何の為の審議会なのだ。
 審議会長自ら外圧らしいものを認める審議会およびその審議員たちの矜持はどこにあるのだろう
か。                                                                                                           

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