今年ノ-ベル生理学・医学賞を受賞する本庶佑京都大学特別教授と文部科学大臣とが会話を交わしていた場面がテレビに映っていた。テレビが遠くにあり、筆者は年老いて目が悪いことから字幕の文字がはっきりせず音声も殆ど聞こえなかったからニュ-スの内容は分からなかった。

 ただ過去のノ-べル賞受賞者は大臣との面談の際、自己のことを誇ることなどなくいつも後続の研究者のための研究環境等のことを心配した発言をしているから、本庶教授も同様の発言をされたものと推測した。とりわけ大学で研究する者は何科目かの講義、講義ごとのシラバスの作成、毎回の講義のためのレジュメの用意、学期末や学年末の試験問題の作成と採点、受講者の授業アンケ-トに対する反応文の作成、学生の相談事への対応、教授会や委員会への準備・出席とか等々色々な研究以外の仕事が増えていると思うから、余程にエネルギ-が無い限り研究はし難くなっているものと思う。大学人は研究のための資料を集めたり整理したり読み込んだり等々研究時間をとして、一体、一日に何時間とれるのであろうか。

 わが国の先年の「科学技術白書」はわが国の科学技術の開発力が衰退する兆候を見せ始めている旨を述べていたが、現況はその政府が直接間接に研究者たちの研究環境を尤もらしい口実で奪って衰退させているような気がしないでもない。世界の主だった科学研究の大国の中でわが国だけが論文発表数が減少しているということであったが、政府は大学人については教育を強調し過ぎて研究については邪魔をしているのではないだろうか。研究ができてこそ、高度な教育も可能と思うが。もっとバランスを考える必要もあるような気もする。
 平成
30年度の「白書」によれば、20173月のNature誌が「科学論文の国際シェアの低下など、日本の科学研究が近年失速している旨」指摘しているようである。そのような事象も、政府が直接間接に色々な負担を研究者にかけて論文発表のための準備をする作業時間等を奪っているからという気がしないでもない。その「白書」によれば、引用されるほどの質の高いわが国の論文数が減少している等「研究力に関する国際的地位の低下の傾向が伺える」ということであるが、高い論文を書くための環境づくりに政府はどの程度尽力しているというのであろうか。文部科学省の事務次官が天下り人事に尽力したり、いかがわしいところに通って厚生労働省の役人でもあるまいに「貧困調査」をしたりしていたような状況で取り分け大学等の研究者のための環境づくりに国が精力を注いでいたとも思えないのだ。

筆者の身近にも長年にわたって大学等で医学や物理等と取り組んでいる者が何人かいるが、そのような者の話を聞けば、論文を書くには、研究資金とか、多くの時間とか、協力を得られる要員や施設等が整い、その他に研究の障害となる制度的な締め付けが少ないことが必要に思われるが、中でも資金の裏付けは必要と推測する。本庶教授はノ-ベル賞に伴う賞金を後輩研究者たちのために寄付をされる由であるが、折角の賞金をそのようなことに投じられるのには政府による科学技術関連予算が十分でないこともあってのことではないだろうか。

わが国では若い科学者を育成支援する環境が十分ではないために若者の間で科学研究離れが進んでいるらしい。21世紀に入って以降、わが国の研究者は自然科学系のノ-ベル賞をアメリカに次いで世界で二番目に多く受賞して来ているが、スポ-ツであれ芸術であれ何であれ筆者とは直接には関係がないとはいえ、わが国の人々が海外で評価されることを我がことのように嬉しく思っている者として、そのような流れが途絶えることは残念なことである。特にノ-ベル賞となると是非継続して受賞することを望んで已まない。

今年の「白書」は若い研究者のためにも目を向けているが、新しい文部科学大臣にはその方向性を大事にし、後輩研究者のために寄付をされた本庶教授と何を話したか知らないものの、そのような教授の要望には是非応えて欲しいものだ。