正岡紀美雄のblog2

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つぶやき-学校における徳育の怠慢

つぶやき-学校における徳育の怠慢

 殆どミスもなく、一人として大臣が更迭されることもなく、仕事ぶりが悪いわけでは無かったから、必要性を感じなかったが、内閣の改造が行われた。人の上に立つ者が安易に涙を流すことはいわば禁忌であるが、内閣を去るに際して防衛大臣が流した涙は、辞任をしなければならないことの口惜しさではなく、部下に対する信頼と感謝の純粋な表明に思えたから、防衛省では、省人としても去り行く大臣に仕えたことを幸福に思えたのではないか、と勝手な想像をした。

 ところで、新たな内閣で、文部科学大臣は留任であったが、その文部科学大臣がテレビ番組で日教組によって道徳教育が懈怠されている旨の発言をしていたことには、耳を疑った。道徳教育が殆ど行われていないということであったからだ。

 文部科学大臣のいうところが正しいとすれば、日教組がわが国の教育の癌であることは、こんにちに限ったことではない。

 筆者は、中学時代、日教組の存在を承知していなかった。しかし、それらしい団体の活動が行われていたことは、何となく感得していた気がする。筆者の中学では目立った活動こそなかったものの、非常に柔和な品格もあった教師から、筆者の地区の父兄に配布して欲しいとチラシを頼まれた経験が何度かあった。当時筆者は、そのチラシに潜むイデオロギ-を理解していたわけではなかった。それでも、その文面に何となく、こんにちいわゆるイデオロギ-的に気に入らないところがあった。それ故、頼まれたチラシは、その都度下校途中に小さく破って捨ててしまった。頼んだ教師は、何度かチラシを配ったはずにも拘わらず、筆者の地区の父兄から全く反応がなかったことを訝しく思っていたようだ。それでも、筆者がその教師に糾問されたことは、一度もなかった。後に日教組の存在とその活動あるいは活動の仕方を知り、あれが日教組の活動ではなかったかと、思うようになった。

 幸い、筆者は、授業中にも組合活動をするような日教組の教員には出っくわしたことはなかった。それでも後に、学期中にも組合活動に走る組合員の報には接していた。組合員が自衛隊員や警察官を税金泥棒と罵っている等の報は、かなり何度も耳にした。性教育等極端な教育を行っている組合員がいることは、頻繁に話題になった。日教組の教員による苛めについては、かつて雑誌で批判したこともある。

 ともあれ、このような日教組を甘やかしたり放置した責任機関は、糾弾されなければならない。

 ただ日教組は、いまや落ち目である。平成24年10月1日時点の組織率が、過去最低の25・3%ということである。37年間も連続して減少傾向を示しているとのことだ。そのような憂き目の日教組に意思の弱さ等の理由から消極的に加入した者も、少なくなかろう。日教組の内実は、過去のものではなくなりつつある。

 その日教組の組織が弱小化している事実は、道徳教育が行われていないことについては、日教組だけでなく、その他の教員あるいは教育委員会にも責任があることを意味している。

 特に教育委員会など、日教組の組合員のかつての横暴をいわば黙認した感があり、その機能を発揮しているかは、常々疑問に思っているところだ。かつて日教組は、組合というより、明らかに政治的結社の観があったのだ。それを放置した教育委員会が現存する公立学校における苛めや不登校の問題とどの程度に真剣に取り組んでいるかについても、疑心がある。モンスタ-・ペアレントその他の問題についても、対応していないのではないか等々疑念は、多々あるのだ。

 およそ組織人は、その怠慢や非について権限の問題の所為にするのを習いとしている。しかし、教育と行政相談とは、権限がなくても、しばしば人格と誠意と説得力と熱情と義務感とで解決できるものである。何事も、情熱や義務感が無い者には、たとえ権限を与えても解決することはできないのだ。

 日本国憲法が謳う個人の尊厳の思想の下で価値観は、多様化している。価値観の多様化は、しばしば無秩序化へ向かい兼ねない。その無秩序化の防止を権力の行使に依存することは、容易い。しかし、何事も権力への依存が自由の犠牲を意味することは、中華人民共和国や朝鮮人民民主主義共和国等が示している通りである。

 道徳教育は、個人の行動を慎重にし、家庭や社会や国家の存立および平穏あるいは安定にとって不可欠のものである。かつて明治人は、知育偏重を憂慮し、徳育を目指して宗教性を徹底して排したいわゆる教育勅語を創案した。その作成に際しては、「君主は、臣民の良心に干渉せず」という姿勢が貫かれ、法的拘束力を生じないように国務大臣の副署はなされなかった。この教育勅語については、占領軍も、その奉読という形式についてはともかく、内容については異論を述べなかった。

 価値観が多様化したこんにちでも、普遍的な道徳感の追究は、不可能ではない。親子兄弟・師弟・近隣関係等でも、容易に理解できる共通した道徳はあるものだ。社会が多様化複雑化しているといっても、学問も教育も進んでいるはずの現代人が、そのようなものを究明できないはずもない。
 家庭、学校、会社、地域等において、権利が中心となっており、したがって、法が保障した主観的利益が幅を利かすこんにちであればこそ、権利が衝突しないよう、すべてが円満であり得るよう徳育の普及向上は、不可避と思うのだ。

つぶやき-香港行政長官の普通選挙:自由か奴隷か

つぶやき-香港行政長官の普通選挙:自由か奴隷か

 本年8月31日、中華人民共和国の全国人民代表大会常務委員会は、香港(特別行政区)の行政長官の選挙について、1200名から成る「指名委員会」の過半数の推薦を立候補の要件とすることを「決定」した。そこで推薦される立候補者数は、2-3名に限定されるということである。香港特別行政区基本法は、平成19年以降の直接普通選挙の実施を認めたが、常務委員会は、平成19年以降とは、平成19年の選挙を意味しないとして、直接普通選挙の実現を引き延ばしにした。それをこの度び、普通選挙とは名ばかりのものとし、その法規定を実質形骸化したのだ。

 「指名委員会」が中共の息のかかった者が多数を占めることになることは、見え透いたことである。中華人民共和国の国政に自由で民主的な原理が反映されることなど、現状では考えられないことだ。それ故、選挙には、「指名委員会」を通じて中共の統制が及ぶのだ。

 常務委員会の決定に対しては、香港市民の激しい抵抗が予想される。現に中共中央委員会の機関紙『人民日報』のニュ-ス・サイト『人民網』は、香港が高度な自由を持つ法治の利益多元社会であることを認めながら、香港社会の反応が一様ではないことを認めている。その一様でない反応には、香港に暴動あるいはそれに近い状態が生ずる可能性があることも含まれているであろう。

 にも拘わらず、『人民網』は、中共御用機関の当然の性情として、常務委員会の「『決定』採択の重大な意義は、中央が香港の現実に基づき、香港社会の共通認識形成を促すため、普通選挙においては譲れぬ一線を示したことにある。この意義において、今回の決定は重大な原則的問題において争いを止めさせる、『鶴の一声』の役割を果たす」としながら、その決定のいわば絶対性を認めている。

 ここで「香港の現実に基づき」ということによって、『人民網』は、「高度の自由がある社会」を否定する姿勢を示しているのだ。そこで「香港社会の共通認識形成」の促進とは、外ならぬ(共産)党中央の意思の浸透を意味している。四の五の言わず、中央に従えというのだ。これを少しく詳しく見てみよう。

  『人民網』は、香港市民に対して、香港が法治社会を強調する以上、「法的効力を持つ『決定』に対して非理性的な方法で問題を処理」しないよう要求している。しかし、法治社会における法治とは、治者と被治者との自同性を意味するものである。被治者の意思が反映されていない「決定」を有無をいわさず押し付けようとする『人民網』の姿勢は、法治社会を曲解するものである。

 また『人民網』は、多元利益社会の香港に対して、「中央の決定は、国全体の利益と香港社会の全体的訴えに基づき考えられたものだから」「国が香港の政治制度発展について明確な原則規定を打ち出した以上、香港の各利益主体は自らの訴えを調整すべきだ」と論ずる。要するに此処でも、一党独裁の党中央の意思に従えというわけである。ここで「国全体の利益」も「香港社会全体の利益」も、「党中央の利益」に外ならないことを無視しているのである。

 更に『人民網』は、高度に自由な社会である香港社会では、高度の開放性の下で、様々な見解表明が円滑であるという。デモの規制によって香港市民が民意を表明できず、行政長官の選出の方法について民意が反映されないことに付いては触れていないのだ。香港返還時の約束である一国二制度を「中央の権威に挑戦する声や行為」を認める制度ではないと解しているのである。いかなる行為にも欠点が存するにも拘わらず、党中央の行為に対する批判的な声や行為を否定し、中央の独断に対する盲従を要求しているのだ。

  続けて『人民網』は、「現行制度の規定に基づき、香港が普通選挙を真に実現するには、まだいくつかのステップを踏む必要がある」という。しかし、事は、それ程難しくないはずだ。行政長官選挙に関する決定と同じ日に決定された香港立法会に関する選挙を十分に自由で民主的なものに改めれば済むことなのだ。そうすれば、立法会が、自由で民主的に健全な立法をするからだ。行政長官普通選挙法案は、「立法会」の3分の2以上の多数を要するが、「立法会」の選挙方法もまた党中央の意思で統制されている以上、「香港が普通選挙を真に実現」することなど、いくら「ステップを踏」んでもできることではないのである。

  最後に『人民網』は、「香港社会各界が香港発展の大局を重視する精神に基づき、理性を発揚し、先入観を捨てて、『決定』の枠内で普通選挙の具体的な実施案をしっかりと話し合い、まとめる必要がある」と結ぶ。しかし、『人民網』のように、「決定」を絶対視する姿勢は理性を発揚するものではなく、党益と国益および香港益とを同視できないという「先入観」を維持しない限り、やがては、自治区とは名ばかりの新疆ウイグル自治区と同じく、直接普通選挙どころか、一国二制度さえ、形骸化してしまう。

 一体、一国二制度という制度は、中華人民共和国による将来の完全統一への便宜的手段であったかも知れないのだ。中華人民共和国による香港返還のための、その完全統一のためのペテンであったかも知れないのだ。抑々〔そもそも〕中華人民共和国には、「すべてが、嘘。嘘でないのは、詐欺師だけ」という諺があるそうだ。中共は、今、その嘘を嘘として実現しつつあるのだ。しかし、一国二制度が、たとえ嘘であったとしても、香港人は、三人成虎・嘘百回の真実のことばに従い、一国二制度を繰り返し、平成19年の裏切りを肝に銘じ、真の直接普通選挙を強く求めるべきであろう。それは、自由か奴隷かの選択なのだ。

つぶやき-モディ・インド首相と東京裁判

つぶやき-モディ・インド首相と東京裁判

 
モディ・インド首相が、9月1日、「インド外交では日本が一番高い位置付けだ」と述べる一方、
 安倍首相との夕食会では、パ-ル判事に触れて「パ-ル判事が東京裁判で果たした役割はわれわれも忘れていない」と述べたそうだ。

 モディ首相が触れたラダビノ-ド・パ-ル判事とは、アジアの正義、否世界の正義の実践者であり、東京裁判において最も裁判官らしい裁判官であった。これは、パ-ル判事が被告人を全員無罪としたからいうわけではない。

 東京裁判(極東国際軍事裁判)における多数派は、報復主義に基づいて結論を先行させ、その結論のための正当な手続を装うためのショ-としての裁判を遂行した。これに対して、パ-ル判事は、裁判官の中で唯一人国際法に通じた裁判官であって、それも、法に基づいた論理によって結論を導いた裁判官であった。

 一体、東京裁判は、11人の裁判官が一堂に会して評議したことなど一度もなく、法の適用および法手続において誤りがあり、パ-ル判事が「復讐の儀式」と断じたものであったのだ。

 近代の裁判は、独立した公平で中立な裁判官によって組織されることを鉄則としている。しかしながら、極東国際軍事裁判所は、関係当事国にとって真に独立した公平で中立な裁判所ではなかった。中立国の裁判官ではなく、専ら戦勝国側の裁判官によって組織され、敗戦国側は、唯々被告人の地位に立たされるに過ぎなかったのだ。

 近代の裁判はまた、法によるものであることを鉄則としている。しかしながら、国際社会では、裁判が基づくべき法そのものが、整備されてはいなかった。あるべき法による裁判など、未だ無理な状態であったのだ。その状態は、こんにちも依然として続いている程だ。

 にも拘らず、裁判は、ヘンリ-・スチムソン米陸軍長官に代表される「文明の裁き」というような勝手な理屈でなされた。しかしその理屈も、所詮は「勝者の裁き」論の一種に過ぎなかった。盲目的な隷従を強いた植民地を有する諸国、共産主義支配によって人民を残酷に抑圧している国家および黒人や原住民に対して差別し、無差別に原爆投下をした国家等を含む連合国側に「文明の裁き」論が生まれること自体が、茶番であった。文明は、公正な裁判を要求するが、「ごまん」といる連合国側の戦犯は、裁かれなかったのだ。

 「文明の裁き」論が無理なことは、アメリカの行動からも明らかであった。東京裁判がアメリカ主導のものであったからだ。アメリカ主導になるに際しては、ソ連の独善的姿勢の排除の企図があった。およそ法の支配の思想あるいは人道や自由等を内容とする文明とは無関係のソ連が「文明の裁き」に参加することの不都合と厄介は、米連邦最高裁判所判事ロバ-ト・ジャクソンがロンドン会議で既に経験したところであったろう。中立条約を破って侵攻を開始したソ連に「文明の裁き」が可能であれば、マッカ-サ-が元々糾弾したかった「真珠湾攻撃」を行ったわが邦も、「文明の裁き」に裁く側でも参加できたはずだ。ともあれ、良し悪しはともかく、特定の国家主導の裁判も、公正な裁判を求める「文明の裁き」には、反するものであった。

 正当な法理論を展開したパ-ル判事の意見書は、既に出版されており、多くの人が目を通したところであろう。その意見書を目にした東條英機首相には、

 百年の 後の世かとぞ 思いしに 今このふみを 眼のあたりに見る

 という歌がある。戦後の多くの日本人さえ曲解してしまった東條首相の真意を生存中に読み取った人士の存在は、永遠の旅立に際して、首相の心残りを幾ばくか癒したものと思う。

 戦後、東京裁判の多数意見は、わが国民の脳裏を洗い尽し、わが国民の先人を見る目を変えてしまった。取り分け知識人、教育者、大新聞等の中には、掌(てのひら)をかえし、わが歴史・先人を断罪することこそ、正義であり真理であると説く者が満ち満ちるようになった。それも、一億総懺悔するかのような国民が生まれた。そのような変節した国民の象徴が「安らかに眠って下さい。過ちは繰返しませぬから」という広島の原爆の碑文となって残されている。

 この原爆を落としたものと落とされたものとの区別も不明で、国民としての自尊心と祖国愛に欠けた国籍不明の碑文は、世界の正義漢パ-ル判事をして憤らせた。そのパ-ル判事は、

 抑圧されたアジアの

 解放のため その厳粛なる

 誓いにいのち捧げた

 魂の上に幸あれ

 ああ 真理よ

 あなたは我が心の

 中に在る その啓示

 に従って 我は進む

 という文章を含む(「大亜細亜悲願之碑」(広島市本照寺))名文を認〔したた〕めている。わが先人の御霊には、さぞかし慰めとなったことであろう。

 かつてマッカ-サ-は、わが邦の戦いを自衛の為のものと証言した。わが陛下も、わが邦の戦争を自衛の為と宣した。パ-ル判事も、わが邦の戦争の侵略性に疑問を呈した。

 わが国を重視する意向を示してくれたモディ首相の訪日は、わが国をインドへと繋ぐ強固な岩盤そのものとなっているパ-ル判事をわが国民に改めて呼び起こし、そのことによって東京裁判で無視された法の正義の意味を再考させてくれた。

つぶやき-石井一元国家公安委員会委員長の「横田めぐみさん死亡」発言

つぶやき-石井一元国家公安委員会委員長の「横田めぐみさん死亡」発言

 先日、朝鮮人民民主主義共和国について精通していると自認している石井一元国家公安委員会委員長が、自らの旭日大授賞記念パ-ティ-で、拉致されている横田めぐみさんについて「もうとっくに死亡している」と述べた報道があった。

 多くの人は、かつて拉致問題に関わった元国家公安委員会委員長の地位にあった者の発言であればこそ、朝鮮人民民主主義共和国のことについて精通しているのを当然とし、その発言から咄嗟に「横田さんは、死亡している」と思ったことであろう。発言の詳細は、不明であったが、筆者も、日頃ことばが軽く信頼できないと思っていた石井氏の発言とはいえ、公然の場の発言であり、また石井氏の経歴から、その発言のニュ-スの題字を目にしたとき、一瞬「そうか」と思ったことであった。

 ところが、ニュ-スを良く読むと、「最高権力者が交渉で一度認定した事実を覆すことはあり得ない」というのが石井氏の真意で、横田めぐみさんが死亡したことに関する根拠など持ってはいないとのことであった。

 しかし、最高権力者がそのことばを覆すか覆さないかと云うことと横田めぐみさんが死亡しているか否かということとは、必ずしも直結することではない。旭日大綬章を受ける程の者であれば、その程度の認識はある筈だ。尤も、存在しなかった沖縄の集団自決軍命に関する虚報を記述しても、世界に冠たるノ-ベル賞さえ貰えるご時世であるから、受賞と人品・人柄とは直結しないが。

 最近、議場で登壇して発言中の女性議員に向けられた「早く結婚したらいいんじゃないか」「自分が産んでから」「頑張れよ」という自民党都会議員によるヤジが、セクハラとして問題となった。このヤジは、結果的に女性議員を傷つけたが、多分に女性議員を傷つける意図から生じたものではなかったろう。当人はカラカイの積りであったにも拘わらず、女性の尊厳に対する結果を考えなかった軽率なものと評価されたヤジと思うのだ。

 その都会議員の行為を多分に自民党東京都連会長としての立場で戒めた石原伸晃環境大臣は、東京電力福島原発事故から出た除染廃棄物を保管する中間貯蔵施設の問題に関連して「最後は、金目でしょ」と発言して陳謝した。これに対して石破茂自民党幹事長は、不適切発言として不用意な発言に対する注意を促したが、実際、大臣としては慎むべき発言であった。因みに、石原氏には、かつての「第一原発サティアン」発言の如く、表現法の過ちによる失言癖があるのかも知れない。

 大臣失言と云えば、民主党の鉢呂吉雄経済大臣の「死の町」発言は、福島原発事故後、人っ子一人いなかった周辺市町村の市街地を視察した結果を真摯に表現したものであったろうが、被災地の人々に誤解を与え兼ねないものであった。この大臣は、その発言前日、放射能防護服を報道記者の一人になすりつける仕草をしながら「放射能をうつしてやる」とはしゃいでいたというから、悪意のない発言振る舞いを重ねる人物なのだろう。最終的に引責辞任したが、当然のことであった。

 外国では、たとえば、オバマ大統領がナチス・ドイツの強制収容所を「ポ-ランドの死の収容所」と述べたのは、過失というより常識を欠いた失言であった。フランスのサルコジ大統領によるオバマ大統領に関する「物事の判断や効率の面で標準に達していない」人物という発言は、日頃感じていることの真面目な表現であったであろう。共に大きな失言だ。

 それにしても、この度の石井発言は、人の生死に係る問題に関するものであった。この石井氏といえば、政治資金が問題となっている最中に「一票くらい、聖徳太子一枚くらい出せば十分とれる」と堂々と発言したことで有名な人物である。この度の横田めぐみさんの死亡発言に際しては、「社会に大きな警鐘を鳴らす発言だが、皆さんの批判を問いたい」という姿勢であったらしいから、確信的な発言であり、失言とは思っていないようだ。

 それも石井氏は、自己の発言に自信たっぷりのようである。国家のトップの外交上の発言は、絶対に変らないという先入観もある。この世の政策的な事柄におよそ絶対なものがあるかは、疑問であるにも拘わらず、である。外交に際して、拉致問題など認めなかった金正日・朝鮮人民民主主義共和国は、小泉外交に際して、それを公然と認めたことを忘れたのであろう。

 その金正日は、北京と緊密な政策をとり続けたが、金正恩の政策は、まるで異なる。代替わりで天地程の変化が生じたのだ。金正日の前言を代金正恩が絶対に翻さないとは限らないのだ。

 我々名も無い凡人の世界と異なり、政治的選良のことばは、重要なのだ。仮に議員を引退しても、政治的に影響力がある者のことばは、いろいろな力を持つものである。政府が現に交渉中のことについて、気分次第でどうにでも変わりそうな独裁的な国家のトップのことばを徒に評価し、朝鮮人民民主主義共和国が、「日本でも死んだと見られている」として、横田めぐみさんを返さないで済むようになり兼ねない軽率な発言は、厳に慎むべきなのだ。石井氏が韓国の反日運動に参加した者が国家公安委員会委員長になった程の民主党に属したことから、「金正日氏の前言もあることだから、横田めぐみさんは、返さないでいいよ」という暗号を発したのではないかという邪推は、それこそ邪推であろうが、彼の発言は、証拠がなく真実が不明である以上、生存を願っている拉致された両親や国民の気持ちを軽率に逆撫でした発言だ。政府も、横田めぐみさんのことでも決していい加減な交渉をしているわけではあるまい。

つぶやき-国の無条件降伏論と安倍政権の変化

つぶやき-国の無条件降伏論と安倍政権の変化

 今日9月2日は、わが国が降伏をした日である。

 この日は、わが国民のかなりの者の心変わりをさせるきっかけとなった一日でもある。愛国国民が、国家の弾劾を専らとする国民へと変化する契機となった日でもあるからだ。

 わが国が降伏をしても、朝日新聞等をはじめ、わが民間には、未だ魂が存在した。その意気や軒昂であったのだ。敗戦に怯まず、逞しく立ち上がることを国民に訴えていたのだ。その朝日新聞等は、程なく発禁処分に遭った。占領軍が検閲を厳しくし、自由な表現を抑圧したのだ。その処分以降、朝日新聞等かなりのものは、占領軍側の言いなりになるようになった。

 官の中にも、骨あるものはかなりいた。しかし、そのような者を含めて、相当な数が、公職を追放された。降伏の条件であった「ポツダム宣言」には、言論、宗教および思想の自由の尊重が約束となっていたにも拘わらず、である。

 発禁処分や公職追放は、わが国民や政府を骨抜きにした。骨抜きにされた国民や政府には、占領軍に対して抗するエネルギ-などなくなった。占領軍に唯々諾々と従ったのだ。

 ところで、『降伏文書』には、「下名は、茲に、ポツダム宣言の条項を誠実に履行すること、並に右宣言を実施する為聯合国最高司令官又は其の他特定の聯合国代表者が要求することあるべき一切の命令を発し、且斯る一切の措置を執ることを天皇、日本国政府及其の後継者の為に約す」とあった。また『ポツダム宣言』には、「吾等の条件は、左の如し」とか、「吾等は、日本国政府が、直に全日本国軍隊の無条件降伏を宣言」する旨が定められていた。

 このような彼我の約束事にも拘わらず、わが政府は、戦後わが国は、無条件降伏をしたと解した。
 そのように解するインテリ-も多い。降伏文書署名後の昭和20年9月6日のトル-マン大統領による「連合国最高司令官の権限に関するマックカ-サ-元帥への通達」に「天皇及び日本政府の国家統治の権限は、連合国最高司令官としての貴官に従属する。貴官は、貴官の使命を実行するため貴官が適当と認めるところに従って貴官の権限を行使する。われわれと日本との関係は、契約的基礎の上に立つているのではなく、無条件降伏を基礎とするものである。貴官の権限は最高であるから、貴官は、その範囲に関しては日本側からのいかなる異論をも受け付けない。」とあったからだ。しかし、それは、米国側のことであって、わが国とは関係ないことであった。

 筆者は、初めて下宿をしたとき、宿主が示した契約書に黙って署名をした。何ら条件を出さなかったのだ。その署名後、宿主が実質上下宿を仕切っている主婦に対して「無条件の約束事であり、下宿人との間に契約関係はないから、思うように下宿関係を処してよい」と述べたとする。その言に従って、主婦が、一日二食の約束を、「同じ下宿料金のままで、食事は、提供しない」とか、「門限午後10時を、門限午後4時とす」とか等筆者に対して勝手な要求をしたとする。そのような場合、筆者は、当然に契約書に従った主張をする。契約書を受け入れて契約したのであって、宿主に無条件に従う契約をしたわけではないからである。契約は、彼我が「契約書」に従うという条件でなされたのだ。宿主とその主婦の関係など、筆者と関係ないことだ。

 わが国が無条件降伏をしたとする論者は、「国の無条件降伏」(カイロ宣言)と「全日本軍隊の無条件降伏」との区別をいい加減に解し、『降伏文書』のポツダム「宣言を実施する為」ということばや『ポツダム宣言』の「吾等の条件」ということばを無意味なことばと解しているのだ。そしてまた、条約というものの意味するところを無視するのだ。そのような者たちは、たとえば、熱心な軍人伝道師という異名をもつマッカ-サ-が「天皇および日本国民は、すべてキリスト教に帰依すべし」という指令を出した場合、これを有効と解するのであろうか。

  『ポツダム宣言』の受諾に先立って、わが邦からも条件を出したことは、周知の通りである。これに対するバ-ンズ回答は、国際法に従った当然のものであった。それは、やがて受諾されるであろう『ポツダム宣言』の精神に従ったものでもあった。わが陛下が、「朕は、茲に国体を護持し得て」と宣べられたのは、そのような彼我のやり取りに鑑みてのことだ。きちんとした根拠があったのである。

 連合国は、大戦を文明と野蛮、自由民主と専制・ファシズム、解放と抑圧との戦いという趣旨の喧伝をした。しかし連合国は、野蛮にも何十万の無垢の人命を一瞬にして何度も奪った。軍人にも、数々の蛮行があった。戦争が終わると、かつての植民地を直ちに復活しようとした。「文明の裁き」の名目で無法な裁判をも強行した。戦前、中ソが自由で民主的な国家であったわけでもなかった。戦後は、共に自由で民主的な国家どころではなくなった。一説では、共産主義国家は、人民を1億以上も殺戮したとされる。

 ともあれ、わが国の降伏とデベラツィオとは、無関係である。彼我が交換した公文には、わが国の無条件降伏の約束を示したものは何もない。ただ無条件降伏であるかのように、占領軍に阿り盲従する者、あるいは、それを良しとする者がいるだけなのだ。

 しかし、安倍政権は、無条件降伏について、色色な見解があるとし、わが国が無条件降伏をしたとは、明言しなかった。わが政府の姿勢に変化が生まれたのである。わが政府が、少しずつ真の独立国家への歩を進めているのだ。

つぶやき-「昭和殉難者」法要への首相メッセ-ジ

つぶやき-「昭和殉難者」法要への首相メッセ-ジ

 
8月27日、朝日新聞が、安倍晋三首相が、今年4月、連合国による裁判を「報復」と位置付けている法要にメッセ-ジを送ったという報道をしたらしい。翌日の読売新聞朝刊には、そのニュ-スが小さく流されていた。

 朝日新聞は、4月のことを何のために、何時から調べ始め、その情報を何時入手し、なぜこの時期に報道したのであろう。

 数年前、橋下徹現大阪市長について、父親が暴力団関係者という情報を流した月刊誌や週刊誌があった。これに対して、橋下氏は、父親が暴力団関係者であることを堂々と認めた。大阪市民は、その橋下氏を市長に選挙した。

 ここ十年以上、週刊誌や月刊誌は、専門誌以外買ったことがない。月刊誌や週刊誌が橋下氏について書いていることは、新聞の広告等で知ってはいた。月刊誌や週刊誌が橋下氏の父親について書いた真意は分からない。しかし、その広告と掲載のタイミングを見て、それらの月刊誌や週刊誌は、橋下氏を市長にしたくないのではと推測した。下司の勘繰りではあるまい。

 素行の悪い父親を持った子供は、不幸だ。父親が浮気等して、子供を放置したら、更に不幸であろう。テレビで見たが、「おくりびと」では、主人公は、自分たちを捨てた父親を恨んでいた。しかし、その生んでいた父親をきちんと送った。

 父親が、犯罪人であったら、その子供は、より以上に不幸を覚えるかも知れない。しかし、犯罪人である父親を慕ったり尊敬する人もいるかも知れない。子供の中には、犯罪人であっても、父親を父親として捨て切れない者も、少なからずいよう。

 何も承知しないが、広告で、橋下氏の父親が暴力団関係者と報じられ、前科者と報じられていなかったのは、少なくとも犯罪者ではなかったからであろうか。

 しかし、父親がいかなる素行の持ち主であろうと、子供が立派に育つことは、あり得る。現に橋下氏は、大阪府知事にまで選ばれ、人々の評価を得られる人物になったのだ。立派な子供が素行が悪い父親を慕ったり大切にして悪いということはない。

 その橋下氏の父親のことは、府知事になる以前、あるいは、なってからでも、否橋下氏は、テレビで人気を博していたらしいから、その時でさえ、メディアには、簡単に調べられたはずだ。橋下氏の何れの時にも、覗き見主義の者、人の不幸を楽しみとする者が多い世間で、おしゃべり雀の格好の話題となり得たのだ。にも拘らず、メディアが橋下氏の市長選に先立ってそのような報道をしたについては、何かの魂胆があったのであろう。

 ともあれ、父親が暴力団関係者であれば、その子は、市長として相応しくないのであろうか。父親が犯罪人であれば、どうか。橋下氏の父親がいかなる人であろうと、橋下氏の人品人柄、市長としての適性等とは、関係はないと思うが。橋下氏を選んだ大阪市民は、批判されるべきなのだろうか。

 ところで、新聞によって「A級戦犯ら」の法要と報じられた故人をA級戦犯にしたのは、一体誰であったのか。

 日本人の頭がい骨は米国人らに2000年も遅れていると日本人を蔑視し、名古屋、東京、大阪等を大空襲して大量の犠牲者を出し、原爆を作製させたル-スベルト大統領は、故人となったからともかく、空襲を重ね、「獣を殺すに獣の方法を以てす」と実際に原爆を投下させたトル-マン大統領は、何故戦犯にならなかったのか。残忍非道な行為を営んだ米軍人は、何故国際裁判に晒されなかったのか。

 ル-ズベルトもトル-マンも米軍人も、祖国のために蛮行にも及んだのであろうが、わが先人も、同様なのだ。マッカ-サ-が自衛のために戦ったとした祖国のために戦ったのである。

 共に祖国のために戦った者たちの中で、ル-ズベルトやトル-マンや米軍人らは、内外で評価され、わが先人は、なぜ内外で貶められなければならないのか。

 もちろんわが先人には、敗戦の責任はある。しかしたとえば、周囲の苛めから家族を守ろうとして立ち上がった父親らが周囲の者と戦い殺されてしまい、周囲から断罪されたからといって、その子孫である家族は、父親を恨み続けるべきなのか。その父親らを法要している家族の一員がいる場合に、家族の代表がメッセ-ジを発して非難されるべきなのか。況してや、殉国者は、已むを得ず東京裁判の「判決」を受け入れたわが国では、「戦犯」ではなく、赦免決議もなされているのだ。

 「戦犯」とは、敗戦国民に生じる「災厄」である。一体、裁判は、法によって行われるべきであるが、連合国による裁判は、「法を引用したものでもなければ適用したものでもない。単に権力を誇示したに過ぎない」のだ(インドのパ-ル判事)。

 朝日新聞は、戦争観と政教分離主義の両面から問題の提起をしたかったのであろうが、仮に先人が過った判断をしたとしても、国民のために真剣な判断をしたのだ。わが国民は、死すと、神あるいは仏としてすべての故人を大事にする。安倍首相も、そのような国民性を発現させたに過ぎないのだろう。政教分離主義の下でも、追悼は、必ずしも帰依とは直結せず、必ずしも宗教とは限らないから、非宗教の者も、しばしばこれに儀礼として参加する。況してや、安倍首相のこのたびの行為は、私的な行為としてなされたのだ。
 

つぶやき-親日国家インド・モディ首相の訪日に

つぶやき-親日国家インド・モディ首相の訪日に

 
8月30日、インドのナレンドラ・モディ首相が来日した。戦後、継続的に親日姿勢を示してくれた国家の首相の来日である。

 筆者は、台湾より南は、未知の世界である。それより南西のインドといえば、戦前世代のわが国民の多くは、先ずはスバス・チャンドラ・ボ-スを思い出すであろうか。ボ-スの死については、諸論があるが、その遺骨は、杉並区の日蓮宗連光寺に納められているらしい。大統領や首相等をはじめ、来日に際してその連光寺を訪れるインドの人は、多いそうだ。

 チャンドラ・ボ-スは、わが国で知られていたわけではなかったこともあって、当初、わが国人の評価を得ていたわけでは決してなかった。しかし彼には、わが国民を惹きつける人間的な魅力があったようだ。

 ボ-スは、ドイツを中心とするヨ-ロッパにおけるインド独立のための画策には失敗した。その画策を断念すると、期待を日本に移した。しかし、東條英機首相も、普通のわが国人と同様、来日したボ-スを最初から歓迎したわけではなかった。しかし、一たびボ-スと会うや、東條は、彼の人柄に魅せられたようだ。ボ-スとの接触は、東條をして対インド政策を変化させたといわれる。

 ビルマにいた河辺正三中将もまた、ボ-スに魅了された一人であった。河辺中将は、身命を賭してインドの独立のために活動するボ-スの男気に惹かれた。日印のために対英戦においてボ-スとの心中を覚悟したといわれている。

 わが軍は、早くから英軍インド人兵への工作活動を営んでいた。投降して来たインド人兵に募って、白人支配からアジアを解放するための「インド国民軍」を組織した。そのインド人兵士たには、内部的な対立も生じた。しかし、ボ-スが現れるや、その結束と士気には、格段の違いが生まれた。「自由インド」あるいは「インド解放」という旗印の下に、「インド国民軍」には、投降兵の外にも志願者が現れた。その勢力は、拡大した。わが国も、インドの独立を強く支持した。

 司令官牟田口廉也中将の下で昭和19年に開始されたインパ-ル作戦中、「インド国民軍」はわが軍と共に奮闘した。祖国に一時掲旗できる程の勢いをも示した。しかしわが軍は、元々武器糧食共に不足していた。そして結果的に、惨憺たる敗北を喫した。しかしながら、その間日印兵共に戦った信頼関係は、戦後の日印関係にも大きな影響を残した。インドでは今なを、日本兵の負け戦を見ながらも、その勇敢さを讃える人々の声に凄いものがあると聞く。

 筆者らの歴史教育では、インドの独立といえば、マハトマ・ガンディだけが教えられた。学校でチャンドラ・ボ-スの名前など耳にしたことなど全くなかった。しかし首都デリ-には、ボ-スの銅像が建立されていると聞く。インド国民のボ-スに対する評価は、高いのであろう。

 そのボ-スと共に戦ったわが国あるいはわが軍に対するインド国民の評価も、かなりのものだそうだ。インドでは、わがインパ-ル作戦は、インパ-ル戦争と呼ばれ、対イギリス独立戦争と位置付けられているらしい。イギリスは、そのインパ-ル作戦に参加した「インド国民軍」の将校を極刑にしようした。しかし、そのイギリスの行為は、インド国民の大蜂起を齎した。その行為は、藪蛇となった。その結果、イギリスは、インドの地を放棄せざる得なくなったのだ。昭和22年8月15日、インドは、真に独立したのである。

 以前にも引用したことがあるが、黄文雄『捏造された日本史』によれば、インド国民軍が裁判にかけられた時首席弁護士を務めたパラディ・デサイは、

 「インドは、間もなく独立する。この独立の機会を与えてくれたのは、日本である。インドの独立は、日本の御蔭で30年も早まった。インドだけではない。ビルマもインドネシアもベトナムも、東亜民族は同じである。インド国民は、これを深く心に刻み、日本の復興には、惜しみない協力をしよう」

 と述べたという。

 プラン・ナス・レキといえば、弁護人としてインディラ・ガンジ-暗殺の反対尋問を行った事で知られる。5度もデリ-高等裁判所弁護士会会長として活躍し、憲法や公益訴訟を専門とした指導的な法律家の一人であった。そのレキによるわが国に対する感謝のことばは、既にネットを賑わしている。ここでもそれを引用しておこう。

 「太陽の光がこの地上を照らすかぎり、月の光がこの大地を潤すかぎり、夜空に星が輝くかぎり、インド国民は、日本国民への恩を決して忘れない」

 戦後未だ貧しい時代、ネ-ル首相は、わが国の子供たちへと象のインディラを贈ってくれた。このインディラは、当時のわが国の子供たちの夢と希望とを叶えてくれたものであった。

 その子供たちの夢と希望とを承知していたろう森喜朗首相の時以来、日印関係は、漸次、緊密度を増している。海上自衛隊とインド海軍とは、既に二国間共同訓練の実績をも持っている。「マラバ-ル」は、日・印・米の対中合同軍事演習であった。

 あるインドの軍人からは、「今度は、われわれが日本を守ってやる。」ということばが聞こえた。そのことばは有難い。しかし、自国のことは、先ずは自分で解決しなければならない。他国に迷惑をかけてはならないからだ。わが国にあるべきは、「インドの不幸は、無視しない」ということであろうか。

 ともあれ、戦後を通じて親日姿勢を絶やさない国のモディ首相の訪日を通じて、日印関係は、更に強化されて欲しい。モディ首相には、滞在日程が延ばされ、その意欲が感得される。日印の関係の強化は、単に産業等の関係に限られてはならない。わが国は、戦後子供たちに夢と希望とをくれたインドの好意に物心両面で応えなければならないのだ。

つぶやき-河野洋平氏および自民党政権の「大罪」:いわゆる従軍慰安婦問題

つぶやき-河野洋平氏および自民党政権の「大罪」:いわゆる従軍慰安婦問題

 いわゆる従軍慰安婦問題は、朝日新聞の訂正報道以来、燎原の火の如く燃え広がっている。朝日新聞とその見解を支持して反対意見を制圧しようとした者たちの「罪」は重い。しかし、より「罪」が重いのは、当時の河野洋平官房長官と当時の政権である。

 未だ夏休み中で時々駅のキオスクで買う朝日新聞と接する機会はないが、28日の読売新聞夕刊によれば、その朝日新聞が、いわゆる従軍慰安婦問題の核心は変わらないとし、吉田清治氏の証言を取り消したことを受けて「慰安婦問題で謝罪と反省を表明した河野洋平長官談話(河野談話)の根拠が揺らぐかのような指摘も出ている」との懸念を示したそうだ。いわゆる従軍慰安婦問題に係る宮沢政権の対韓外交は、朝日新聞の報道に左右された。その朝日新聞は、宮沢政権の河野談話を拠り所に問題をすり替えて「慰安婦」問題として主張を続けているようだ。

 朝日新聞には、①吉田証言の裏どりをしなかったこと、②関係史実を究明し確認しなかったこと、③社内の異論を無視したこと、④社外の批判との比較検証を行わなかったこと、⑤問題のすり替えを行ったこと、⑥長期間独善を通し、訂正しなかったこと等々批判されるべきことが少なくない。そのような朝日新聞の姿勢により、国家や国民は、多大の迷惑を蒙った。にも拘わらず、朝日新聞は、誤報の説明責任を果たさず、誤報の謝罪をしていないらしい。それどころか、いわば居直っている感じなのだ。

 そのような新聞であるにも拘わらず、朝日新聞が、自ら主催する多くのイベントはもとより、夏の甲子園(全国叩頭学校野球選手権大会)、全日本大学駅伝対校選手権大会、全日本実業団サッカ-選手権大会等々数々のイベントを共催できる程の社力を有するのは、余程に朝日新聞の支持者や購読者が多いからであろう。その新聞社と共催している団体の朝日新聞に対する信頼は、多分に厚いものと思われる。およそ信頼に値しないもの・不祥事をおかしたものとは、関わりたくないものなのだ。それも、不正・非行を行った団体との共催やそのような団体の後援など辞退するのが、近年の傾向でもある。朝日新聞社と関わりある諸団体には、国家や国民に多大な迷惑をかけたにも拘わらず、誤報について説明責任も果たさず、謝りもしない朝日新聞社の姿勢など問題ではないのだろう。中には、たとえば、高校球児の不始末に厳正さを要求し厳しく対応しようとするような団体もあるから一貫性に欠ける。

 ところで、自民党の宮沢政権の下で、河野長官談話は、吉田証言と朝日新聞に端を発したものである。朝日新聞の報道に接してその真否を確認もせず、取り敢えず宮沢首相は謝罪をし、官房長官が日韓で摺合せをして談話として反省し詫びたものであったのだ。

 一体、宮沢喜一氏には、外交の要諦に係る前科があった。彼は、官房長官時代、「華北」部分の検定に係るいわゆる歴史教科書誤報問題が発生した際、真実を無視して、取りあえず謝罪する談話を発してその場を逃れ、揚げ句、近隣諸国条項をも設けたのである。

 かつて高等教育とは無縁であった勝海舟は、「外交の極意は、誠心誠意にある。誤魔化しなどをやると、却って、これらの弱点を見抜かれる」「外交では、良い子になろうと思うな」と述べた。

 これに対して、最高学府東京帝大の「法学部」出身であることを凄く誇示したと聞く宮沢喜一氏は、高等教育を受けていない勝の箴言を無視して、かつては官房長官として、首相になってからは自らおよび官房長官を通じて、過ちを犯したのだ。嘘があっても、取り敢えず、相手の言い分を聞いて謝り、ご機嫌をとって良い子になっておけば、万事上手く行くとする「事なかれ主義」の解決法をとったからだ。そのような解決法は、一時的には相互の満足を得ても、長い目では、「国家に友人なし」といわれる国際社会で、対立国に付け込まれ、現につけ込まれているのだ。

 朝日新聞は、私的存在でもその影響力は大きいが、その主張で外国の公的機関をも動かせるかは、疑問である。これに対して、河野談話は、閣議決定がなかったとはいえ、宮沢政権の官房長官としての公的なものである。それによって、政権が、朝日新聞の主張にお墨付きを与えたのだ。政権の行動と公的に認知されたかたちの朝日新聞の報道とが海外の公的機関に影響したのも、当然だ。

 抑々〔そもそも〕自民党政権には、金とご機嫌とりとで「良い子になって」、当座を凌ぐ外交姿勢が、しばしばあった。その結果、勝のことばの通り、韓国等につけ込まれた。それも現況は、世界のかなりのものの間で、わが国が恰も東京裁判のC級戦犯(人道に対する罪)国家であるかの如く解されるようになり、それが、広がりつつある。

 先の不当な東京裁判でも、わが先人に対するC級戦犯とは、実質B級戦犯に過ぎなかった。上級責任者をB級(通例の戦争犯罪)、直接の下手人をC級(人道に対する罪)とした程度のものでしかなかったのだ。わが先人に真のC級戦犯は、いなかったのだ。にも拘わらず、わが自民党政府が、河野談話によって、わが国を元々永遠に糾弾されるべきナチを対象とした最悪の犯罪であるC級(人道に対する罪)の戦犯国家に貶めたのだ。世界に取り分け河野談話を根拠としてわが国をC級戦犯的に扱おうとするものが増えているからだ。にも拘わらず、自公の現政権には、河野談話に関する疑問を明らかにする動きはなく、況してや、世界の世評を悪化させている原因(河野談話)を撤回する姿勢もない。一時的に生ずる韓国の負の反応を怖れてのことであろう。

 自民党議員には、朝日新聞を糾弾する者が少なくない。その行為に反対はしない、しかし、公明党と組んだ自らの政権が、かつてもこんにちも一時的な一部国際社会の怒りを怖れ、朝日新聞以上に国家および国民にとって不利益となる行為をかつて営み、現にそれを放置していることを看過してはならない。

 現在いわゆる従軍慰安婦問題に関して、「次世代の党」のごとく、はっきりとした姿勢の政党も現れている。しかし、今までは他に選択肢がなく、現政権は、我々が選んだ政権である。である以上、我々にも責任がある。それでも、我々の付託を受けた自民党政権には、勝が述べた外交の誠心誠意の意味、外交で良い子であることの意味について深く考慮して欲しいものだ。

つぶやき-韓国の経済後退と高齢者売春婦

つぶやき-韓国の経済後退と高齢者売春婦

 
経済のことは、分からないが、報道によれば、一時期カ-ド使用率世界一を自慢していた韓国の家計負債が15ヵ月連続で最高を記録し、106兆円に達したようだ。それも、その増加ペ-スは落ちていないらしい。その負債が今年下半期も増えると見通されているから、深刻だ。

  「韓国の経済の脈が弱まっている」とは、韓国副首相のことばだ。IT産業では、中華人民共和国の猛追を受けているそうだ。韓国の特産キムチは、頼みの日本輸出が円安や李明博前大統領の反日姿勢とか朴槿惠大統領の告げ口外交等とかが「奏功」して日本人の反韓・嫌韓の感情を「培った」ことから、大幅に減少しているとのことだ。

 そのような経済現況の中で、高齢の新たな韓国駐日大使柳興洙大使が赴任し、「高齢でも仕事さえうまくやればよい」と述べたニュ-スがあった。それと並行した韓国の経済窮状を伝えるニュ-スに、「高齢」とか「仕事」といったことばが、覚えずして韓国人の高齢者売春婦を連想させた。

 というのも、今年の6月、イギリスでは、「韓国の高齢者、飢えを凌ぐために売春婦に転ずる」というニュ-スが流れていたからだ。韓国では、脱北者の中に、貧しい筈の「北朝鮮」の家族から送金を受けている者さえいるそうだ。脱北者でなくても、高齢者には、仕事をする場所がない。勢い、売春に走る高齢者がいるらしいのだ。

 BBCによれば、韓国の高齢者が生計を立てるために売春をしている。その高齢者売春婦は「バッカス婦人」と呼ばれているらしい。「『バッカス』婦人」とは、固より、ギタ-の演奏者ではない。彼女らは表向き男性顧客相手に栄養飲料水を売っている者たちだ。

  「バッカス婦人」の多くは60代、70代、80代とのことである。朴正煕大統領の努力による「漢江の奇跡」に功労のある世代の者が含まれているのだ。尤も、その世代の者に先立って、いわば官製買春制といえる韓国軍慰安婦(第五種補給品、洋公司)が設けられていた。朴正煕大統領も売春制度の存続に力を入れた。否、韓国では、1990年代でさえ、慰安婦の募集広告が新聞紙上等に存した。それ故、彼女らの若い時代は売春も盛んであった。韓国はいわば男性の天国であったのだ。韓国で売春が禁じられたのは平成16年である。しかしそれ以後も、韓国は、朝鮮日報が性産業輸出大国と述べたように、輸出する程の売春婦を有している。高齢者売春婦の中には、かつて売春婦であったり、あるいは、かつての売春婦を憐れんでいた者がいるかも知れない。その中で、後者については、現状は地獄であるに違いない。

 BBCによれば、「韓国の当局は、高齢者がストレスや性への憧れを解決できなければならないから、取締ることが答えではないことを認めている」ということである。それが、BBCによる単なる当局に対する認識ではなく、当局そのものの意向を伝えたものであるとすれば、当局の「バッカス婦人」についての理解はピントが外れている。「バッカス婦人」は、「お腹が空いているの。尊厳など要らないわ。名誉もよ。欲しいのは、一日三度のご飯だけなの」と述べているらしいからだ。

 かつて韓国軍慰安婦はいわば軍人への貢物であった。それがその後、国家経済興隆への道具とされた。かつてもいたかも知れないが、20世紀になり、売春が禁じられると、自らの意志であるいは生活のために、あるいは自慰または享楽の行為として慰安婦となる者が現れた。しかし、時代を通じて、慰安婦は若い女性あるいはある程度若い女性の特権的な「仕事」であった。それがこんにち、韓国では、ある種高齢者売春の時代となっているのだ。

 些か落ちた話になるが、BBCが伝えるところでは、「バッカス婦人」は、顧客に勃起させるための特殊な注射をしているらしい。その際、注射針が10回乃至20回使われることから、高齢者の間に性病が蔓延〔はびこ〕っているとのことだ。男性のほぼ40%が性病に罹患しているというのだ。

 朴槿惠大統領は、その就任に際して朴正煕大統領によってなされた「漢江の奇跡」に触れた。現在、かつてのいわゆる韓国軍慰安婦は、その奇跡のために自分たちを利用した朴正煕大統領の時代等の国家行為を朴槿惠大統領の国家を相手に訴えている。その朴槿惠大統領が、新たな「奇跡の主人公」にする予定の国民が、自ら売春婦の道を選んでいるのである。

 セウォル号は、朴大統領が、情報を受けながらも?所在を隠している?うちに沈没してしまった。韓国経済は、彼女が中華人民共和国に接近し、「千年の恨み」に拘(こだわ)っている間に瓦解しつつある。父親の時代と異なり、朴槿惠大統領の売春による経済復興策は、最早禁じ手である。現在、韓国で論じられている「用日論」は、自尊心は満たせる政策論だが、その実日本依存論であるから、見っともない。にも拘わらず、国家元首が舛添東京都知事風情と会って頼みごとまでしたのは、最早、恥も外聞もなくしたからであろうか。習近平国家主席は、舛添知事など見向きもしなかったのだが。

 正しい歴史認識を主張する朴大統領としては、先ずは、父親を含む歴史を反省して大統領官邸と米国大使館の前に慰安婦像を建てるべきであろう。次に、迎恩門を復活して、朝鮮人民民主主義共和国が「千年の敵」と言い始めた中華人民共和国の習近平国家主席を迎えることだ。そして、習主席に観光客を送ることと韓国と産業が競合しないこととをお願いするのだ。

 わが国に対しては、「千年の恨み」を言いながら、知事レベルであろうと接近すべきではない。5万に達するといわれる来日韓国人売春婦は、即刻、帰国させるべきだ。父親のように買春で稼ぐのは、国辱のはずだ。大統領であろうと売春婦であろうと、二年も経たずに「千年の恨み」を忘れて対日接近をすれば、言葉が軽すぎて「事大主義」の国民(朴正煕大統領のことば)の信用を失する。尤も、今では、半数以上の国民に信用されてはいないようだが。

つぶやき-色眼鏡でわが国を見る『人民網』

つぶやき-色眼鏡でわが国を見る『人民網』

 
韓国の或る有力新聞は、世論の勢いに押された朝日新聞がいわゆる従軍慰安婦問題で訂正と弁解と強がりの記事を発表すると、これを朝日新聞による安倍首相への「反撃」と報じた。これには、流石の朝日新聞もびっくりして呆れてしまったことであろう。先生に虚言を指摘された児童が、真実を述べ、嘘をついた理由を述べ、それでも弱みを見せまいという虚勢を示したような出来事は、韓国人には、「児童が先生にやり返す」ように見えるようだ。このような奇異な韓国紙の見方は、今回に限ったことではなく、朴正煕大統領が述べた民族の悪い遺産の一つであって、勝手で意図的な誤読による「健全な批判精神の欠如」であるから、今更、驚くには値しない。

 この「小中華」国に見られる傾向は、世界に嫌われた東亜の影響力のない国家の事象であるから、不愉快でも取るに足りないが、「中華」人民共和国の有力メディアによるわが国の姿勢に対する読み違えとなると、事は、無視するわけにはいかない。というのも、その見解が、外ならぬ中華人民共和国政府のそれでもあるからだ。それも、その中華人民共和国の行動には、国の内外において、積極的な暴力主義が確認されるからだ。

 今更紹介するまでもないが、『人民網』は、中国共産党中央委員会の機関紙『人民日報』を発行する人民日報社のニュ-ス・サイトである。その『人民網』が、今夏のわが自衛隊の「富士総合火力演習」(総火演)を間違って報道しているのである。

 その『人民網』は、「日本はいくら平和国家のふりをしても、そうは見られない」というテ-マで、今夏の「総火演」のキ-ワ-ドを「島嶼奪還」にあるとし、その演習によって「日本のいわゆる『積極的平和主義』なる理念は再び話のつじつまが合わなくなった」と述べた。そして「今回の演習で自衛隊が演習の目標を『島嶼奪還』と定めたことで、日本の軍事力強化の真の意図がたちまち露呈された」と続けたのだ。

  『人民網』は、その「総火演」に釣魚島の領有権を堅持し、その行動のための準備をし、そして軍事化の道を突き進み、集団的自衛権の行使を引き続き推し進めるわが国の魂胆があると感得している。

  『人民網』によれば、「日本が釣魚島を不法に『国有化』した後、釣魚島は中日交互管理・コントロ-ル下にあり、情勢が比較的安定し、衝突などは勃発していない」にも拘わらず、そのような演習をやっているというのだ。

 この『人民網』は、「総火演」について裏読みだけをして、わが国の平和主義を全く理解できていないようである。否、意図的に理解しようとしていないようなのだ。奪還ということから明らかなように、わが国の演習は、常に防衛のためであって、中華人民共和国のスプラトリ-等に見られる如き侵略のための演習をしてはいないのだ。『人民網』も、「演習の目標を『島嶼奪還』と定めたことで、日本の軍事力強化の真の意図がたちまち露呈された」と述べて、わが国の意図が「島嶼『奪還』」にあることについては認めているはずである。わが国は、海南島の奪取を意図しているのではなく、わが国が意図しているのは、元々「島嶼防衛」なのだ。そして「島嶼防衛」のために意図しているのは、(侵略とも結びつく中共軍のような)軍事力の強化というより、その実、防衛力の強化に過ぎないのだ。

 わが国は、世界の常識に則った防衛識別圏を設置しても、中華人民共和国のように、世界に類例のない「防衛識別区」を設置してもいない。況してや、中共軍機のように、外国軍機に僅か数メ-トルあるいは数十メ-トルも接近するような異常な行動をとったりもしていない。中共軍艦のように、外国艦船に異常接近したり、レ-ザ-照射をしたりはしないのである。中華人民共和国のように、突如として勝手な領土宣言をし、漁船や公船を外国領海に違法に侵入させたり、また、南シナ海で見られたように、勝手に掘削等の工事を始めたり、外国船に公船をぶつけたりはしないのである。

 それどころか、問題があれば、話し合おうと呼び掛けているのである。その呼び掛けに際して、子供っぽく話し合いのための条件提示などもしていないのである。

  『人民網』は、図々しくも、「日本が釣魚島を不法に『国有化』した後、釣魚島は中日交互管理・コントロ-ル下にあり、情勢が比較的安定し、衝突などは勃発していない」と述べているが、釣魚島の国有化は、不法な行為ではなく、また、釣魚島は中日交互管理・コントロ-ル下にあるわけでもない。平和主義に立脚しているわが国が、中華人民共和国の領海侵犯や接続水域侵入に温和に対応しているに過ぎないのだ。

  「総火演」等を観察するのであれば、韓国紙のように色眼鏡をかけて見るのではなく、わが国が平和主義を尊重し、演習における言葉づかいや武器の名称一つ気を配っていることに気が付かなければならない。わが国は、「平和のふり」をしているのではなく、全く積極的な平和主義の国家なのだ。『人民網』も、色眼鏡を外せば、その実像が見えるはずだ。

 最後に、そのことを示した一例を挙げて置こう。中華人民共和国が、尖閣沖で、わが海保の艦船に漁船を装った工作船をぶつけながら、中共軍が国内で戦争ム-ドを煽ったとき、わが国を訪れた中華人民共和国の友人の一人が、「我国では、軍内が今にも戦争が起こる」というム-ドなのに、成田に降りても自衛隊がいる朝霞でも、全く平穏なのでびっくりした」と述べた程なのだ。

つぶやき-アメリカの黒人差別

つぶやき-アメリカの黒人差別

 アメリカ・ミズ-リ-州セント・ルイス大都市圏のファ-ガソンの黒人暴動が、やっと収まったようだ。その現場近くでなされた高齢の白人男性に対するインタビュ-をテレビ画面で見た。時は、思い出を浄化する。その白人の男性も、「昔は良かった。肌の色が、皆同じだったから」と口にしていた。他方、同じ画面で黒人青年は、「奴らは、黒人に対していつも酷い扱いをするんだ」と黒人差別の存在を憤っていた。この度の暴動は、そのように黒人に鬱積していた不満が爆発したものであろう。

 事件後、警察もFBIも、事件の捜査を約束していた。警察官に撃たれた少年が絶命するや、暴動が発生した。アメリカの暴動にはつきものの略奪事件が多発した。給油所が放火された。警察官に向けた発砲もなされた。州知事は、州警を出動させた。緊急事態が宣言された。夜間外出禁止もなされた。揚げ句に、州兵まで出動した。

 ワシントン・ポストによれば、この度の暴動は、ファ-ガソンそのものの問題ではないとのことである。事件の原因が明らかになったわけではないが、多くの人々にとって、その事件は、ファ-ガソンそのものの問題ではないというのだ。より根深い問題から発生したというわけである。蟠〔わだかま〕っていた解決困難な問題が存したというのだ。その意味で、この度の事件は、改めてアメリカに潜む考慮されるべき大きな問題を浮き彫りにしたわけである。

 鈴木透『性と暴力のアメリカ』によれば、人種差別は、かなり根深いようだ。そこでは、人種差別を調査したジョンソン大統領のスタッフライタ-を務めたジャ-ナリストのグレ-ス・ハルセルの著書が引用されている。その引用によれば、著者(彼女)が黒人になりすまして白人男性と接したところ、白人男性の態度が白人女性に対するものと異なったらしい。態度が高圧的になるというのだ。また、異人種間の婚姻が認められるようになっても、人種的な偏見が依然として存在するようだ。彼女の調査によれば、白人男性が黒人女性と付き合い始めると、途端に周囲の白人が不快感を示すようになるということである。またその黒人女性に対しては、周囲の黒人男性の目が冷たくなるらしい。取り分け黒人男性と白人女性という組み合わせには、依然としてアメリカの白人社会に蟠りが存するようだ。このような事実に鑑み、ハルセルは、人種差別の根幹に性の問題の存在を見ている。しかし、多分に問題は、性だけに留まらないであろう。

 これは、ドイツでの経験である。ドイツの大学関係者による宴会に出席したときのことである。その宴席にアフリカからの研究者も出席していた。そのアフリカ人の皮膚の色は、これまで見たこともない程黒かった。人柄は温和で流暢なドイツ語を話し、片言のドイツ語の筆者らにも、愛想よく振る舞ってくれた。しかし中には、そのアフリカ人から明らかに距離をおいている者も、少人数観察できた。いま思うに、それは、性の問題ではなさそうであった。

 アメリカにも、そのような者がいるはずだ。況してや、黒人を元奴隷として、感覚的に蔑む者もいるはずである。そしてそのような者で権力を行使する者もいるはずである。そのような者がアメリカの警察の中にもいるのだ。その警察が黒人に対して過度な権力行使をしたり、黒人に対する違法あるいは不当な行為を軽視あるいは黙認したりすることがあったはずだ。他方で、そのような警察の姿勢を不愉快に思っていた黒人も、少なからず存在したものと思う。ワシントン・ポストも、フロリダで白人自警団員に射殺されたトレイボン・マ-ティン事件を上げながら、群衆がかれらが憂慮するところを警察が真剣に受け止めていないと感じていることを指摘している。

 ファ-ガソンで警察に抗した黒人は、ファ-ガソンだけの者とは限らなかった。ファ-ガソン以外の者が、数多く加わっていたのだ。そのような者たちがファ-ガソン以外の地で警察に対する不満を覚えていたことは、容易に想像できる。

 この度の事件について、たとえば、ベルファスト・テレグラフは、その他の多くの市に飛び火する可能性があったと述べた。幸いにして、そのような事態には、至らなかった。不幸中の幸いだ。

 この事件が、ファ-ガソン特有の原因で生じたわけではないとしても、同様の事件が再度ファ-ガソンやその他の地で起こらないとは限らない。

 ともあれ、アメリカ社会では、人種差別に起因する暴動は、将来も未だ未だ繰り返されそうである。特に近くは、上記事件に係る大陪審における警察官に対する評価が、心配だ。その評決がいかなるものでも、暴動の再発火を生じないことを祈らずにはいられない。

つぶやき-インドネシア最後の残留日本兵の死

つぶやき-インドネシア最後の残留日本兵の死

 8月25日、インドネシアに残って、植民地の再現を目指したオランダ軍とインドネシアの独立のために戦い唯一人生き残っていた日本兵小野盛さんが死亡した。

 インドネシアについては、知識はない。それでも、スカルノやハッタが「インドネシア国民の名において」宣した独立宣言書の日付に「皇紀」を用いたこと程度は、承知している。昭和20年8月17日の独立宣言書には、「05年8月17日」とあるそうなのだ。「05年」とは、外ならぬ皇紀2605年のことである。そのように「皇紀」が採用されたについては、わが軍に対する評価多大であったからだろう。小野さんたちは、その評価に対して再び報いたのである。

 第二次世界大戦でわが国は、東亜の安定と世界の平和の理想の下に、自存自衛のための戦いをした(開戦の勅語)が、敗戦後は、一般に侵略戦争を行ったと評価されている。わが国の戦域は、事の必要上、東亜に留まらず、大東亜にまで拡大した。否、アジアのかなりの部分に及び、瞬時とはいえ、マダガスカル島にも達した。それでも、マッカ-サ-は、昭和26年5月3日、本国の上院軍事外交共同委員会において、日本が「戦争を始めた目的は、主として安全保障上の必要に迫られてのこと」と証言した。このような見解は、間違っているのであろうか。

 わが国は、大戦中、ビルマ、フイリピン、自由インド仮政府を独立させた。インドネシアについても、独立が予定されたが、日本は敗北した。それでも、インドネシアでは、独立宣言書が発せられた。にも拘わらず、オランダは、インドネシアの再植民地化を図った。フランスも、インドシナに対する再侵略を試みた。オランダやフランスには、イギリスの協力もあった。第二次大戦に際して、連合国側には、必ずしも民族を解放する意図などなく、植民地保持の意図もあったのだ。

 インドネシアでは、オランダおよびオランダを支援するイギリス軍との戦いが始まった。その際、日本軍兵士の中には、軍籍を離脱し、インドネシアに残ってインドネシアの独立のために戦った者もいた。兵士に限らず、軍属の中にも、インドネシアの独立を目指した者がいた。それらインドネシアのために戦った日本人の半数以上は、ほぼ戦線の先頭に立って闘い戦死している。

 わが国は、大戦に際して、敵を追って戦線を拡大し、欧米の植民地に進入したが。その際新たな植民地の支配者として占領統治を行ったわけでは決してなかった。大戦の異常時世とて、わが軍が占領地の人々をわが国への協力者として育成したことは、いわば当然のことであった。その際、緊張時の軍政とて、わが軍にも行き過ぎはあったが、それでも、欧米の植民地支配者の如く、現地人を盲目的隷従者として処遇したわけでは決してなかった。現地人のために諸種の技術を移転し、民生の安定に努め、学校をつくり教育等を施し、独立への志向をも高めたのだ。

 以下、少しく黄文雄「大日本帝国の真実」に依拠するが、マレ-では、昭南興亜訓練所を設立し、マレ-人、インド人、華僑の優秀な人材を集め、新たな国家を建設するための教育をした。後にマラヤ大学の副学長ウンク・アジス氏は、「日本軍が齎した『大和魂』のような考え方をもつことは、独立のためにどうしても必要だった。」と述べている。インドの独立を目指したチャンドラ・ボ-スは、ヒトラ-の協力を得られないと知るや、わが軍と組み、インド国民軍を組織し、わが光機関と協力してイギリスと戦った。インドの法曹界の長老グラバイ・デサイ博士は、戦後「インドは間もなく独立する。この独立の機会を与えてくれたのが、日本である。インドの独立は、日本の御蔭で30年も早まった。インドだけではない。ビルマもインドネシアもベトナムも、東アジア民族はみな同じである。インド国民は、これを深く心に刻み、日本の復興には惜しみない協力をしよう。」と述べている。

 もとよりインドネシアにも、同種の見方は存在する。インドネシアの政治学者アリフィン・ペイが、「日本が戦争に破れ、日本軍が引き揚げた後、アジア諸国に残っていたのは、外ならぬ日本の精神的・技術的遺産であった。この遺産が第二次大戦後に新しく起こった東南アジアの民族独立運動にとって、どれだけ多く貢献したかを認めねばならない。」と述べている如くである。

 また、アメリカのJ・C・レブラ教授には、次のような言があった。「日本による占領下で、民族主義、独立要求は最早引き返せないところまで進んでしまったことを、イギリス、オランダは戦後になって思い知ることになる」。

 しかし、国際社会では、正義は常に勝者にある。戦後の歴史観も、勝者によって創られた。人々は、しばしば勝者に迎合する。迎合者にとって、敗者は、常に悪でなければならない。その結果、わが国の過去は、全悪の衣を着せられた。いかなるものにも、評価すべきものが存する。しかし、それに少しでも焦点を当てることも、悪となった。徒に美化するな、というわけである。反省が足りない、というのだ。

 かつてわが軍は、東南アジア地域に独立の精神を植え付けた。これに対して、わが国に対する占領軍は、わが国民に歴史的マゾヒズムを押し付けた。その際、共に軍政(わが国の被占領の場合、戦闘行為は終焉していた)の厳しさを現地の人に押し付けたが、平時においても、現地人の民生の安定・教育の向上等に努めなかった連合国側と、戦時においても、民生の安定・教育の向上等に努めた彼我の差異は、看過されてはならない。

 この度の小野さんの訃報は、異国の地に残り、その国のために命を捧げ、現地の人の尊敬と賞讃とを浴び、またわが国およびわが国民の名誉と誇りとを高めたわが先人の生き様によって、わが軍のプラス面を改めて想起させてくれた。

つぶやき-習近平主席の深謀か:中共軍機の異常接近

つぶやき-習近平主席の深謀か:中共軍機の異常接近

 8月18日、平成13年の海南島沖合事件のヘマに懲りず、中華人民共和国が、中共軍のSu-27戦闘機を米軍P-8対潜哨戒機に異常接近させるという事件が発生した。南シナ海の国際空域で戦闘機と哨戒機との翼間僅か6メ-トルにまで接近したということであるから、異常も極まる。

 一部には、この度の中共軍の行動も、軍単独の暴走という見方がある。しかし、自衛隊機への異常接近をはじめ、米軍機への接近も一度だけのことではない。強権を行使している党軍事委員会の主席をも務める習近平国家主席が、何度も繰り返される軍の行動を承知していない筈はない。事は、一度過てば、戦闘行為にも発展し兼ねない問題なのだ。戦闘機の操縦士も、その程度のことは心得ているはずである。況してや、党軍事委員会主席においてもや、である。中華人民共和国政府は、色々な逃げ道を用意しての行動であろうが、この度も、ある程度の覚悟をもって、その政府の明示あるいは暗黙の了解の下でなされているものと思われるのだ。

 何しろ習近平主席は、汚職撲滅のために虎もハエも叩く姿勢である。事は、単に国内に留まらず、国家の「あかっぱち」に繋がる問題なのだ。ハエをさえ叩こうという姿勢の習主席が、事と次第では、国際的に自分の顔に泥を塗り兼ねない問題に無関心である筈もない。パラセル諸島に関してベトナムとの関係で恥をかいたばかりの習主席が、恥の上塗りの結果を招き兼ねない行動を全く知らないということなど考えられ得ることではない。習主席が事件に反応していないのは、彼にとって不都合な事態が生じた場合に「知らなかった」ということを逃げ道とするために過ぎないと思われるのだ。わが国等に確認される軍の暴走という見解は、そのような習主席の逃げ道を予め認めようとしているものである。

 習主席としては、中共軍機の米軍機や自衛隊機への接近距離の程度は評価の対象であるかも知れない。不断には、接近すればする程、操縦士の勇敢さの証明であり、それでいて、事故を起こしていない事実は、技術の高さの証明であるかも知れないのだ。そのようにして実戦に近いかたちをとらせながら、中共軍、とりわけ戦闘機の操縦士の士気を高揚し、且つ技術を高めるのである。

 万一、事故が生じた場合には、白を切り、自国を不必要に偵察哨戒する行為の不当さを説き、外敵を利用して自国民の恨みや憤怒を暴発させ、目を外に向かわせ国民の結束を図る積りであろう。中華人民共和国は、新疆ウイグル、チベット、内蒙古といった民族独立の問題だけでなく、環境問題、就職問題、経済問題等諸々の内政問題でも苦慮し、暴動が無数に起きている現況にある。内の乱れの不満を解消させる得策は、目を外に向かわせ、愛国心を培うことなのだ。現に、中華人民共和国の政府は、米軍機等の哨戒飛行の不当性をいい、その衆愚には、米国機へ異常接近した操縦士を英雄と讃える者も現れている。

 にも拘わらず、習主席が中共軍機の他国軍機への異常接近に反応しないのは、国際批判が生じた場合に、軍の責任者を問責し、軍に対するテコ入れの契機ともなるからであろう。そのことによって、軍への支配力を高めるのだ。中華人民共和国の治安機関の中枢にあった周永康については、既に虎退治をやった。残るのは、軍というわけである。習主席は、中共が自ら支配されるために選び出した存在である。丁度、「天主」(God)が、人が自ら支配されるために作り上げた存在に似ている。人は、自ら従うその「天主」を全能の存在として作り上げた。ところが、習主席は、自ら万能となろうとしている。「天主」は、あらゆる事態に対応できる能力を有するが、習主席は、あらゆる事態に対応できる権力を備えようとしているのだ。そのために黙して陰謀を巡らしているのである。

 日本に帰化して文筆活動をされている石平氏によれば、習主席は、現在、自己への崇拝を強化しているとのことである。民衆にとってアヘンである筈の「習教」を確立しようとしているようなのだ。その石氏によれば、習政権を乗っ取る動きが軍の中にあるとのことである。習主席がそのような動きに手を拱いているはずもない。外国軍機に異常接近をする中共軍機の無作法を黙認しながら、事が生じた場合をも考え、軍の練度等の向上と他方で軍を牛耳る機会への底意との「二足の草鞋をは」いているのだ。それも、習主席の内外の政治手法には、「心を攻むるを下と為」しているのか、力あるいは形を誇示する嫌いが存すると思うのだ。

つぶやき-「貧乏になる権利」を定めた日本国憲法25条1項?

つぶやき-「貧乏になる権利」を定めた日本国憲法25条1項?

 今春消費税が3%上がったばかりであるが、報道によれば、谷垣禎一法務大臣が、アベノミクスが失敗と見られないように、10%への引き上げ発言をしたそうだ。それが、経済の実況ではなく、アベノミクスに対する評価を気にしての消費税増税発言であるとすれば、噴飯ものである。その発言に安倍首相を貶める底意があるとすれば、より悪質である。

 以下は、冗談である。

 谷垣大臣は、法務大臣であるから、上記は、別な魂胆に発したものかも知れない。何せ、日本国憲法25条1項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と定めているのである。

 現在、多くの国民は、「健康で文化的な最低限度の生活」以上の生活を営んでいる。にも拘わらず、誰も「健康で文化的な最低限度の生活を営む」権利を主張し、これを行使しようとしていない。そこで、法務大臣である谷垣大臣としては、多くの国民に対してその権利を行使して欲しいが、誰もその権利を行使しないことから、国がその権利を実現してやろう、というわけだ。

 「すべての人は、請願権を有する。」という憲法規定の下では、すべての人が、請願する権利を有することを意味する。そのような規定があれば、およそ人は、普通、折があれば、その権利を行使しようと思うものだ。ところが、上記の規定の権利については、多くの国民が、その権利の行使を敬遠するのだ。

 一体、すべての国民が「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とは、奇妙な規定である。権利といえば、法が保障する主観的な利益を意味するはずである。である以上、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を権利と思える者は、「健康で文化的な最低限度」以下の生活を営んでいる者に限られる。ところが、上記の規定は、「すべての国民」に対して健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を認めているのだ。

 かつて司法試験予備校で、上記の規定について可笑しい規定か否かを一部の者に問うたことがある。これに対して、質問を受けた東大や一橋等に在籍するあるいは出身のすべての予備校生が、「健康で文化的な最低限度」以下の生活を営むようになったら、すべての国民が権利として主張できるのであるから、全く可笑しくはないと答えた。

 要するに、3歳の国民も、選挙年令に達したら、投票権を行使できるから、「すべての国民は、投票権を有する」という規定も可笑しくないというわけだ。「すべて国民は、投票権を有する」という規定と「満20歳に達した者は、投票権を有する」と云う規定とに差異を感じないのだ。そのように答えたすべての者が司法試験に合格したが、彼らは、「日本国民は、(アメリカ人になったら、選挙権を有するから)、アメリカの選挙権を有する」という規定も認めるのであろう。

 「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」は、通常、生存権と呼ばれ、社会権と解されている。最高裁は、その生存権をプログラムと解しているが、憲法学者には、それに権利性を認める者もいる。仮に、そのような権利として認める学説に立ってみよう。

 およそ民主制社会では、国民が納税をしない限り、国家には、財政基盤がない。それ故、すべての国民がそのような権利を持つという理屈は、それを自由権と解さない限り、百%成り立つことはない。日本国憲法25条1項は、原則として「健康で文化的な最低限度」以上の生活を営む者の負担によって、「健康で文化的な最低限度」以下の生活を営む者を支えるという構造になっているのである。ということは、生存権という社会権は、「健康で文化的な最低限度」以下の生活を営む者には、権利であっても、「健康で文化的な生活」以上の生活を営む者には、権利どころではなく、その実「負担」である。にも拘わらず、その「負担」をも権利というとすれば、「すべての国民」に健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を認めた日本国憲法25条は、「健康で文化的な最低限度」以上の生活を営む国民に対して「貧乏になる権利」を認めた規定ということになる。

 ところで、消費税は、「健康で文化的な最低限度」以上の生活を営んでいようと「健康で文化的な最低限度」以下の生活を営んでいようと同じ消費に対して同率に課税されるから、これを衡平な税というか否かは、見方によって異なる。ともあれ、消費税を上げても、そのことは、専ら「健康で文化的な最低限度」以上の生活を営む者に対して、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を行使しろということを意味することにはならないのである。単にアリストテレスがいう平均的正義が、国民のすべてに実現されるに過ぎないのだ。

つぶやき-村山・舛添両氏による日韓関係改善の迷惑

つぶやき-村山・舛添両氏による日韓関係改善の迷惑

 
報道によれば、村山富市氏が、日韓関係の改善を働きかけるために訪韓したそうだ。先には、都市間交流ということで、舛添要一東京都知事も訪韓し、朴槿惠大統領と会談した。これら村山・舛添両氏の日韓関係の改善がどのようなことを意味するのか、必ずしも明らかではない。

 かつて、日韓関係は、表向き悪くはなかった。しかしその間、韓国では、絶えることなく反日教育が行われていた。こんにちの日韓関係は、韓国におけるそのような反日教育の「成果」なのだ。

 狡猾な韓国には、国内事情次第で対日接近を図る性向がある。かつて朝鮮通信使は、室町将軍の使節派遣に対する答礼ということを名目にした。しかしその実、倭寇の取締の要請とわが国の国情探査が狙いであった。しかし、その通信使は、程なく途絶えた。

 徳川幕府には、朝鮮との復交の意向があった。しかし、通信使の復交は、実際には、復交による経済の向上を目指した対馬藩の策謀による国書偽造を承知しながら、朝鮮が豊臣によって生じた対日恐怖を解消するため、また朝鮮出兵の際の捕虜の返還や謝罪を求める等のために偽書を受け入れて進めたものであった(回答兼刷環使)。これに対する日本側による返書の事実はないようだ。

 それを契機に捕虜は返還されたが、陶工等が帰国しなかったのは、朝鮮の差別の顕著な身分制度を嫌悪し、技術を評価するわが国の処遇を選択したからであった。

 ただ通信使を派遣した朝鮮には、敵愾心が強く、また朝鮮人一流の性格上、上から目線で人を人とも見ず、わが国を蔑視する姿勢大であった。因みに、その人品は評価できず、国家を代表しているにも拘わらず、白昼堂々と集団で鶏泥棒をする等品行賤しい営みが確認された。他方で、清朝時代、李王朝は、その朝鮮通信使による「倭情」を詳細に清に報告しなければならず、日本への贈り物等すべて清の許可の下で行われ、屈従の時代を続けた。

 その間、李氏朝鮮では、朴正煕大統領がいう民族的罪悪史が形成されていた。大韓帝国時代の朝鮮には、李朝の悪政を嫌悪し、日韓合邦への動きが生まれた。伊藤博文等その動きに反対であったが、最終的には、日韓は併合された。こんにちの朝鮮は、この時代についてわが国を問責する動きで満ちている。責任を他に押し付けるのは、朝鮮民族の属性なのだ。しばしば口にされることであるが、朝鮮人の間では、字が下手なのは、墨や筆がわるいからであるとされる。モチを上手く切れない女は、まな板のせいにするらしい。暮らしが悪いのは、祖先が悪いからという。事業がうまく行かないのは、墓のせいにされるのだ。

 こんにちの韓国人が日本によって奴隷化されたと主張するのは、ル-ズベルトを利用した面もあるが、その習性によるところ大である。その習性から、韓国人の諸悪・不遇・不幸は、すべて大戦以前の日本の支配のせいにするのだ。こんにちの韓国の反日教育は、その習性の上に成り立っている。

 それも、村山氏は、「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与え」たと、漠たる表現によって、恰もわが国がアジア諸国を植民地支配したり侵略したかのような謝罪をし、わが国の責任を認めた。しかしそれは、およそ一国の首相が出す談話としては、無責任な緻密性・精確性を欠いたものであった。たとえば、かつてインドネシアは、国家ではなく、オランダに属していた。また村山政権に限らず、自民党政権も、台湾を国家として認めていない。わが国は、インドネシアを植民地にしたことはなく、台湾や朝鮮を侵略したこともない。アジアには、今後も国家が生まれるかも知れない。

 村山氏は、「植民地と侵略」のうちの一つをやったのか二つをやったのかなど関係なく、とにかく「植民地と侵略」ということばを適当に並べて、「アジア諸国」を不明にしたまま、十把一絡げにともかく謝罪の談話を発し、わが国の責任を認めたのである。その結果、その談話は、「とにかく日本は悪いことをしたのだから、断罪を続けよう」という韓国人の姿勢を間違いなく助長している。

 ところで、報道によれば、舛添知事は、朴大統領との会談で、韓国学校の増設に「全力」を注ぐ旨(「快諾した」という報もある)を約束したとのことである。会談の詳細は不明で雰囲気も明らかではないが、その応諾が儀礼的なものであれば、無責任である。元々国際政治学者であった知事であればこそ、その応諾の意味するところを承知してのことであろう。その際知事は、各種学校許認可権限者とはいえ、大統領が外交権の行使の一環として行った要請に対して、日本国憲法の精神に基づいて、外交権を持たない地方公共団体の知事として、特定の国家のために行動をとることの是非を判断して応諾したのであろうか。

 頼まれた学校がいわゆる一条校か各種学校かは知らないが、韓国学校の問題は、先ずは韓国が自ら努力すべきことである。中華人民共和国あるいは台湾の要請があれば、知事はどうする積りであろうか。朝鮮人民民主主義共和国の要請が来たら、どうする積りなのか。また知事は、韓国学校における教育の内容について承知した上で応諾したのであろうか。そこで特に反日教育がなされているとすれば、知事はそれに加担することになるのだ。都市間交流で訪韓した筈の知事が外交権や教育権を行使する外国の国政権者の意向を簡単に受け入れることなど、都民が委託した都政の範囲を超えるのだ。

 ともあれ、韓国は、日韓関係が一見良好の時代にも、絶えず反日教育で反日国民を養成していた。その間、わが国は、ご機嫌取りの外交を続けた。かつて勝海舟は、「外交では、良い子になろうと思うな」と述べた。至言である。大統領が関係が悪い国家の知事風情に会うなど日本へ接近するには、それなりの理由がある筈だ。その理由を充足することが真の日韓関係の改善を意味するかについては、慎重でなければならない。少なくとも「千年の恨み」を説く大統領の反日教育の下での一時的であろう「改善」の意味するところについては、深究されなければならないのだ。

つぶやき-安倍首相と危機管理

つぶやき-安倍首相と危機管理

 
広島で丘陵地の土砂崩れで多数の命が失われた。わが国としては、大規模災害となったのだ。その災害にかかる安倍晋三首相の初動対応について一部で批判が起きた。

 一国の首相がすべての事故に対応する必要があるわけでは決してない。首相には、日頃重要な対応事項が山積しているからだ。万能とはいえない人間たる首相の下で、司・司の適切な対応というのも、重要なことだ。そのような法制原理の下で、すべての政治責任は、最終的には首相に帰するということだが。

 ただ災害時、首相は、夏期休暇の最中であった。それ故、常日頃とは、異なる状態にあった。しかし、政治やとりわけあらゆる類の危険防止の行政には、停滞などあり得ない。中でも大規模危険については、常に目配り・気配りが必要である。

 もとより、首相がいなくても、そのような事態に対する態勢は、完全ではないとしても、かなり整えてあるものと思う。首相官邸では、官房長官が留守を守っているはずだ。その体制が機能すれば、それはそれでよい。

 たとえば、未だ東北大震災の記憶も生々しく余震が続く中で、8時間も辻舌鋒を続けて国会議員になったことで有名な首相が、選挙演説で首相官邸を空け、他方で官房長官も、選挙運動の街頭演説のために大阪に出かけたということがあった。当時の野田首相もその女房役の藤村官房長官も、首相官邸を空けていたのだ。二人して共に街頭演説のために高揚していたであろうか。しかし、正しく「好事魔多し」である。折しも、三陸沖地震が発生したのだ。固よりその際、二人の危機管理への意識は、問題視された。

 それ以前、韓国延坪島に対して朝鮮人民民主主義共和国が砲撃をするという事件があった。その際、首相官邸に政治家は不在であった。それも時の菅首相が、事件を「報道で知った」と云うから呆れた。それもその首相が、官邸ががら空きの状態なのに「態勢は、整っている」と発言したから、最早、目出度いというより他になかった。東京には、在日の韓国人や朝鮮人が多数いる。そのような状態で、時の国家公安委員長岡崎トミ子氏は、ソウル日本大使館前の少女「慰安婦像」が大丈夫か案じてでもいたのか、迅速に警察本部に赴むくこともせず、自宅にいたというから漫画でしかなかった。

 広島市の大災害の日、安倍首相は、8時からプレイをするためにゴルフ場へ行ったらしい。しかし、かつて米潜水艦と「えひめ丸」との衝突事故に際して森首相が示したとされる大失態を教訓としたのか、被害が甚大と分かるや、直ちに引き返し、東京に戻ったという。

 その際、問題の震災に対応する態勢は、一応、整っていたようだ。しかしそれは、行政の問題である。政治は、そのようなことで評価されるわけには行かないのだ。政治は、しばしば非合理に支配されるからだ。

 案の定民主党海江田代表は、事態の深刻さが「分かっていたのになぜゴルフを強行したのか」と首相の対応を批判したらしい。このような海江田氏の批判は、決して不自然ではない。かなりの人が同調するところと思うのだ。海江田氏のその他の批判には、行き過ぎたものもあったが。

 このような事例で、問題は、事態の深刻さに関する判断について存在する。首相をして「深刻な事態」と認識させるシステムの問題である。首相がそれを認識したのは、ゴルフ場でのプレイ中であったようだ。首相がそれ以前に事態の程度を認識したのであれば、ゴルフ場に向かわなかったかも知れなかったのだ。

 森首相の場合、「詳しいことは分からないが」という状況で、事の報告を受けたようだ。首相は、直ぐに首相官邸に戻ることを考え、その必要性を秘書官に確認もしたらしい。その際の秘書官の反応は、もう少し情報を集めるから、「少し待つように」ということであったらしい。

 首相に情報を上げる者としては、軽微な事件や事故で首相の行動を方向づけるわけにも行くまい。「我国の修学旅行生が、ドイツでバス衝突事故」という情報を首相に上げ、首相を官邸に戻させた後、「旅行生は全員無傷・無事で、旅行は、代替バスで続行」というような場合、これを適切な対応といえるであろうか。これが適切であるとすれば、首相は、事に際して、会議や講演や他国の要員との会談等すべてを中止し、些事でも官邸に戻らなければならなくなるであろう。その結果、公益や国益を損なうとしたら、決して適切な対応とはいえない。

 超大国アメリカの大統領の場合、夏期休暇中の静養先にも危機管理の対応チ-ムが帯同するらしい。しかし、わが国の場合、要員や機器や滞在費用等で予算措置を必要とする以上、防衛予算に見られるように、平穏な状態で起こり得る状態に備えることには、無駄だというクレ-ムがつき兼ねない。国防、警察、消防等危機管理の問題は、犠牲を最小にするために、不断に予算や人や機器を投入し、十分な訓練を重ね、「全てが無駄になる」ことを喜びとする性格のものであるが、理解を得られることは難しい。無駄は避けなければならないが、「無駄だ、無駄だ」という者ほど、事に直面して万全でなかったとクレ-ムをつけるから、事は厄介だ。

つぶやき-報道機関の仮面をつけた政治勢力

つぶやき-報道機関の仮面をつけた政治勢力

 ユダヤ人の諺に「一つの嘘は、嘘である。二つの嘘も、嘘である。三つの嘘は、政治である。」とある。

 戦後の朝日新聞の大誤報として注目されるのは、レッド・パ-ジに遭い潜伏中の共産党幹部伊藤律自身を吹き出させたといわれる「伊藤律会見記事」事件であろう。これは、朝日新聞の取材力が空想の世界にまで及んだ事件で、見事に伊藤律との幻の会見を現実のものとして記事にした事件であった。

 一時期「地上の楽園」と虚報が流れた朝鮮人民民主主義共和国について、その経済復興の姿を褒めちぎり、「千里の馬」の牽引者として金日成を讃え、人口一人当たりの生産高は「日本をしのぐ」というその政府のことばをそのまま伝えたのも、朝日新聞であった。その朝日新聞によれば、金日成は、帰還者も小躍りする盤石のかたちで受け入れたらしい。

 わが国の左翼人士の傾向でもあったが、犠牲者が1億にも達するともいわれる中華人民共和国の文化革命について礼賛したのも、朝日新聞であった。その報道ぶりは、その他のわが国の特派員が追放されている中で、唯一現地に残れたほどに中華人民共和国の眼鏡にかなったものであった。

 大量虐殺で知られるポルポト政権を「敵を遇するうえで、きわめてアジア的な優しさにあふれているようにみえる」と述べ、いわば「明るい社会主義国」への期待を報じたのは、朝日新聞和田俊記者であった。また欧米人の価値観をすべて上等なものとしたのは、大衆レベルでは新聞や放送であると述べたのは、『百人切り』で有名な朝日新聞の本田勝一記者であった。そのような欧米的な価値観に毒されていない本田記者や上記の和田記者の目には、欧米の記者が報じたポルポトによる都市部の人々の農村への追放も、都市から農村への疎開であり、堕落した都市部の人々を健全なものに立ち直らせるためのものであった。この二人の記者には、平和な農村から百万にも達しよう人々を無慈悲に天国へと旅立たせた赤いクメ-ルの行為は、「素晴らしい『おくりびと』(納棺者)」の儀式に見えたことであろう。

 教科書改竄事件では、時の文部大臣が「教科書改竄はない」と国会答弁をした事件であるにも拘わらず、安倍晋三官房長官は、官房長官談話で事実に基づかずに中韓両国に謝った。その安倍長官がその安易な謝罪についてテレビで反省したことについて論点をすり替えて噛みついたのが、元々自らも誤報を流した朝日新聞であった。その手法は、いわゆる従軍慰安婦問題を女性売春婦一般のものとしてすり替えたものと同じものであった。

 沖縄のサンゴ礁に朝日新聞の記者が「k Y」と落書きをし、わが国民のモラルの低下を記事として掲載したのは、外ならぬ朝日新聞であった。朝日新聞には、ニュ-スを伝えるだけでなく、ニュ-スをつくる能力の面でも卓越したものがあるようだ。

 一寸思い出すだけでも、朝日新聞の報道に係る事件は、幾つも指摘できる。その間、筆者は、朝日新聞を購読したりやめたりしたが、このサンゴ礁事件以降、朝日新聞の購読は、完全に止めた。

 朝日新聞の購読を完全に止め得なかったのは、かつて筆者の周りの学生たちにNHKや朝日新聞の情報で論議を進める者が多かったからだ。それらの学生たちには、NHKや朝日新聞の情報は、絶対的に正しいようであった。その彼らが得る情報を知っておく必要があると思ったのだ。

 しかし、何時しか朝日新聞に社会の木鐸としての期待は、なくなっていた。新聞人は、しばしば国民の知る権利に応えるという。その場合の知る権利が何を意味するかは、必ずしも明確ではない。しかし、現実には、新聞もテレビもラジオも、営利性が最大の特徴ではないか。それ故、営利性を考慮してか、特定の宗教団体の行為については、今や真剣に報道していないようである。ただ、新聞ではないが、営利性のないNHKの場合、政治性が最大の特徴のようだ。それは、教育テレビにまで現れているそうである。

 朝日新聞の場合、新聞にとって肝要な事実を掘り起こす作業を怠っている。一体、韓国に記者を有する朝日新聞であれば、たとえば、韓国で慰安婦とは、元々、米軍や国連軍用に売春する女性を意味したことを知っていたはずだ。それが、慰安婦と区別されたわが国の場合と異なり、挺身隊と呼ばれていたことをも、承知していたはずだ。知らなかったとしても、調べれば、直ぐに分かったはずなのだ。にも拘わらず、主として韓国人慰安婦を問題にし何度も報じた朝日新聞が、今になって、慰安婦と挺身隊とを混同していたとは怠惰にも過ぎるものがある。要するに、わが国を断罪するに際して、わが国のことも韓国のことも全く精査していないのだ。わが国では、既に昭和19年に、内務大臣請議によって挺身隊と慰安婦とは異なることが明言されてさえいたのだ。

 また朝日新聞が重視した吉田清治の証言の裏どりをしていないのも、杜撰であった。この度「再調査」をしたらしいが、最初の調査は、誰が何処でどのように行ったのか。吉田の虚言については、済州島の記者によって即刻確認され、秦郁彦先生らによっても、疾うに確認されていたのだ。

 朝日新聞は、報道機関を自負している。にも拘わらず、その元主筆若宮啓文氏が安倍政府の打倒を朝日新聞の社是と述べたらしいことは、国会でも話題になった。新聞に不偏不党を期待する積りはない。朝日新聞のように特定の主張がある新聞があってもよいのだ。ただ報道で同じことにつき嘘を繰り返せば、ユダヤ人の諺にあるように、最早、政治である。朝日新聞は、いわゆる従軍慰安婦問題では、ナチスの宣伝大臣ゲッペルスに学んだのか、「嘘百篇の真実」を実践したのだ。若宮氏は、朝日新聞が報道機関ではなく、政治勢力であることを白状したのではなかったのか。

つぶやき-馬鹿な国の馬鹿な政治家

つぶやき-馬鹿な国の馬鹿な政治家

 「馬鹿な国の馬鹿な政治家」とは、福島原発で事故に対応した東京電力の吉田昌郎所長の菅直人首相およびその周辺政治家に対する憤りのことばである。


 筆者は、原発に関する知識は全くない。知識が無いから、福島原発事故が起きても、それ程驚かなかった。福島と埼玉の距離が、筆者の原発事故に対する恐怖心を生じさせなかったのかも知れない。


 小さい頃、長崎に原爆が落ちた。原爆が落ちたとき、天草から見た長崎方面の空は、真っ赤であった。その真っ赤な空を自分で見たのか、母や兄弟から聞いた印象でその空を勝手に脳裏に描いたのか、今では分からない(父は当時在台湾)。その後、被爆地の写真や永井博士のニュ-スをラジオ等で知った。知識としては原爆の怖さを身につけた。しかし、それを本当には怖いとは思わなかった。他人事であったのであろう。


 筆者の初めての海外経験の地は、ドイツであった。ドイツに行って間もなく、チェルノビルの原発事故が起きた。その際のドイツ人の慄き方は、未だ記憶に残っている。朝、昼、夜のテレビの放送時間は、チェルノビルのニュ-スで大騒ぎであった。ここで放送時間と述べたのは、当時は、(記憶によれば)土曜日と日曜日を除いて、午前中と午後に放送がなされない時間があったからだ。


 ドイツ人の放射能に対する恐怖心には、目を見張るものがあった。学生たちも、数人集えば、その話で持ちきりであった。しかし筆者は、そのときにも、放射能に対する恐怖心はなかった。ドイツとソ連との距離が安心感を与えたのかも知れなかった。ドイツ語が理解できなかったことも、事情が分からず、恐怖心を遠ざけた一因であったろう。しかし、基本的には、科学への無知の所為であった。ガイガ-・カウンタ-が反応していると聞いても、全く恐怖心など抱かなかったのだ。


 福島原爆事故の後、孫と温泉に入っていたときのことだ。かなり高齢のタクシ-の運転手から、「乗客は、孫子を関西や九州に避難させているのに、その気はないのか」と問われた。「乗客は、何がどのように怖くて子供を逃がしているのか」と訊いたところ、「とにかく、怖いからだろう」という答えでしかなかった。無知な筆者は、東京に孫子を置いたまま、こんにちを迎えている。


 無知程怖いものはないのだろう。原発事故が起きたところへ乗り込んだ当時の首相も、科学的知識に欠けていたのではないか。大学あるいは大学院で中途半端な勉強をしても、真の知識など得られるはずもないのだ。原発事故の真の怖さを知っていたら、現場で必死の対応をしているところに、のこのこと乗り込んで行くことなどなかったであろう。火事の場合でさえ、消火中の現場へ大臣が視察に来るのは困る。来てもよいが、迷惑がかからないところから視察して欲しいものだ。


 そのような場合、視察に行くとすれば、帯同すべきは、専門家集団だ。緊張している現場には、メディアなど代表取材で十分なのだ。メディアの取材活動がしばしば現場に迷惑をかけることは、多くの事例で確認されているところなのだ。


 菅直人首相は、原発事故現場に乗り込むに際して、単に原子力の知識を有している者というだけでなく、いろいろな職種の危機管理の専門家を数多く帯同したに相違ない。当人は、現場に迷惑をかけないように、望遠視察をしたのであろう。よもや、現場の責任ある者たちの仕事を中断させることなど、しなかったものと思う。原発事故の重要性を知る者であれば、当然の配慮であるからだ。しかし、結果的には、(もとより他事もあるが)「馬鹿な国の馬鹿な政治家」としての行動をとっていたという評価が現れた。


 折しも、韓国では、危機に際して、大統領の行方不明が問題となっている。国としての大事に直面している日に、大統領が七時間も所在不明で、何処で何をしていたか、が問題となっているのだ。新聞によれば、朴氏は大統領官邸にいたそうだ。それでいて、重大事に、秘書室長でさえ、官邸内の所在を知らなかったというから、異常だ。隠れていたとしても、官邸がべら棒に広いわけではない。ペンタゴンとは、比較にもならないのだ。官邸内にいながら、緊要時に、大統領にいわばのんびりと書面報告をしていたというのも、尋常ではない。文章では、事故現場の雰囲気さえ分からないはずだ。大統領は、官邸で
21回もの報告を受けていたという。それでいて、対応のために官邸で前面に出ず、所在不明の状態を続けていたのは、普通ではない。それも、事故後、四か月も経った後で、当日のその所在が依然として問題となっているとは、呆れた事象である。事がさらに重大事であったとしたらと、韓国人は、肝を冷やしたであろうか。


 わが国では、首相の動向は、翌日の新聞に出る。朴氏には、四か月以上も、秘密にしなければならない事情があるのだろう。多分に人には言えないことをしていたのであろう。古来、秘密のあるところ、噂が立つ。噂が立てば、立てた奴には、権力の魔手を及ぼす。その噂を噂として伝えたメディアがあれば、その報道を問責する。近代立憲主義など、糞食えだ。菅直人首相らを知る者からすれば、「上には上がある」という評価が自然に出て来よう。


 吉田所長は、つぶやいているであろう、「馬鹿程怖いものはない」。

つぶやき-香港は恐竜(中華人民共和国)の餌か

つぶやき-香港は恐竜(中華人民共和国)の餌か

 香港(香港特別行政区)で親中派団体による大規模デモが行われた由である。主催者発表によれば、およそ19万3千人の参加があったということである(『産経新聞(Web版)』8月17日、21時34分配信)。

 それにしても、「およそ」であれば、19万人でよいのに、3千という数字は何を意味するのであろう。19万5千人であれば、「およそ」をつけても区切りがよい。

 ところで、李白の詩にも、「白髪三千丈」という表現がある。3という数字が出て来るのだ。習近平国家主席によれば、およそ18万人程の人口の南京虐殺数は、30万人ということである。そして第二次大戦による日本軍の犠牲者は、3500万人であったという。いつも、3という数字がくっついて来るのである。そういえば、「千三つ」ということばにも、3という数字が出て来る(因みに、警察発表では、最多時11万人余ということである(『読売新聞
(Web版)』8月17日、19時42分配信)。

 香港では、9月に民主化を求めるデモが予定されている。その香港では、2017年から行政長官を普通選挙によって選出することになっていた。そのことについては、中華人民共和国政府の同意もあった。ところが、その選挙がそろそろ政治の日程に上るときになって、中華人民共和国の全国人民代表大会(全人代)常務委員会には、姿勢を変える動きがあるらしい。その選挙には、事実上、親中派以外には立候補できなくするというわけだ。このような兆候に警戒したデモが予定されているのだ。

 香港は、一世紀以上、イギリスの植民地であった。その地が中華人民共和国に引き渡されたのは、1997年のことである。その際、香港には、「一国二制度」が約束されていた。その地に自治が認められたのである。

 本年6月10日、中華人民共和国国務院報道弁公室は、その香港の自治に関する白書を発表した。そこでは、「一国二制度」に触れられているものの、本国政府の統治があって始めて香港の自治が成り立つということが強調された。そのような見解は、香港が政変に揺れるエジプトやウクライナのようになることの危惧から生まれたもののようである。

 香港には、香港基本法が存在する。自治地域のいわば憲法である。国務院はまた、この「基本法」に対して、個別の条項だけを取り上げて解釈することは望ましくない旨の見解を示している。その法は、全体として意味をなすというわけだ。国務院は、このように述べることによって、自治地域の最高法に対する最高解釈権が本国政府にあることを暗示したのだ。

 その中華人民共和国政府は、行政長官について中華人民共和国を愛し、香港を愛する者でなければならないという意向を示している。その場合、中華人民共和国を愛し、香港を愛する者の判定について何らかのかたちで本国政府が介入することは、当然に想定され得る。とすれば、実質上、普通選挙は、形骸化する。

 そのような本国政府の普通選挙形骸化の兆しを察知し、香港では、7月1日、民主化を要求する51万人デモが行われた(警察発表は、最多時98600人)。この度のデモは、そのような動きに対抗した反民主化デモといえる。(因みに、二つのデモを写真で見る限り、警察発表の正確さにも疑念を禁じ得ない)。

 ところで、香港の中華人民共和国への移行は、香港の自由や民主の原理の放棄を意味するものに外ならなかった。中国史に誕生した中華人民共和国は、共産党独裁の国家なのだ。共産党のためであれば、何でもありの国家なのだ。そのような国家とのいかなる約束も、中華人民共和国の当面の目的を達成するための手段に過ぎない。約束は、中華人民共和国が目的を達成するための餌に過ぎないのである。自由で民主的な国家における約束事であればともかく、そもそも中華人民共和国にとって、約束など、守るものでは決してなく、守らせるものに過ぎない。

 中国史で「桃園の誓い」が評価されるのは、中国人自身、約束を守らないからであろう。「尾生高の信」が語り継がれるのは、愚直が狐や狼の餌だからだ。

 かつて、「香港返還」が話題になったとき、香港の共産化は当然に心配された。しかしその際、識者の中には、中華人民共和国の香港化を公然と説くものが、多数存在した。筆者自身、ほんの一時期、大陸の知識を持たないにも拘わらず、そのような識者の意見を口真似した。しかし、そのような見解は直ぐに改めた。中華人民共和国が、目的のためには、3500万人とも7000万人ともいわれる程の犠牲者を出して平然としている国家だからである。

 内蒙古は、少数民族に自治権や自決権を認め独立の自由を認めた筈の毛沢東の術中に陥った。ウイグル人の東トルキスタンは、恐竜の手に落ちた。チベット人の政府「ガンデンポタン」は、いわゆる「十七個条協定」によって恐竜に丸め込まれた。遠くない将来、「一国二制度」の罠に嵌った香港も、完全に恐竜に呑みこまれるのであろうか。

 不吉な予感が外れることを期待したいが、とりわけ習近平の中華人民共和国には、千に三つも真実があるとは思えない。

つぶやき-人種差別?のアメリカ

つぶやき-人種差別?のアメリカ

 ミズ-リ-州のファ-ガソン郡で、抵抗をしないことを示して手を上げた黒人少年が警官に射殺されたという事件で暴動が起き、アメリカが騒がしい。ミズ-リ-州知事は、郡警察に代わって州警察の発動を決め、非常事態をも宣言した。オバマ大統領も、冷静を保つよう呼びかけている。

 未だ記憶に新しいが、アメリカン・フットボ-ルのス-パ-スタ-であったO・J・シンプソンによる殺人事件で、ドリ-ム・チ-ムといわれた弁護団は、巧みにロス・アンジェルス警察による人種差別を争点化して勝訴した。この事件の裁判は、アメリカにおける人種問題が依然として燻っていることを示したものでもあった。中でも歴史の長い人種問題は、黒人差別の問題である。黒人には、奴隷として扱われた歴史があるからである。基本的人権を謳った「独立宣言」を起草したジェファ-ソンも奴隷を有し、当時のリッチモンド紙によれば、その奴隷との間に5人の子供をもうけていたそうだ。上記の裁判では、その黒人に対する人種差別問題が悪用されたのだ。

 そのアメリカでは、黒人の血が一滴でも混じっていれば、肌の色に関係なく、黒人である。一滴ル-ルである。かつて白人たちは、黒人男性が白人女性に手を出すことには神経質であった。その際、白人には、黒人男性に対する性的コンプレックスがあったとする説がある。白人女性が一度野性的で精力的な(「性巨人」)黒人男性と交わると、最早、白人男性に関心がなくなるという不安があったと説くのだ。その正否はともかく、白人による黒人に対する差別的扱いは、南北戦争に伴ういわゆる奴隷解放後も続いた。

 黒人は、20世紀半ばまで、殆どのスポ-ツ競技に参加できなかった。1908年、黒人にも参加が認められたボクシングで、ジャック・ジョンソンは、世界チャンピオンになった。チャンピオンとして名声を博した彼は、白人女性を連れまわしていた。そのようなジャクソンを、白人は内心では決して評価していなかった。そのジョンソンは、新たに制定された州超えに売春婦を移動させることを禁じたマン法で逮捕された。この事件は、いわば黒人に対する法的リンチであった。因みに、リンチとは、バ-ジニアに入植したチャ-ルズ・リンチ大佐に由来することばで、自警団を結成した彼が、容疑者を逮捕し裁判し処刑したことから生まれたことばである。

 そのリンチの多くは、南部アメリカで行われた。1882年から1950年までの間、その南部で行われたリンチの大多数が、黒人に対するものであった。取り分け自警団から地下組織へと変貌したク-・クラックス・クランは、差別的な組織であった。その組織のメンバ-は、禁酒法のアメリカの暗黒時代に、全米で400万を超えたことさえあった。尤も、ク-・クラックス・クランの肥大化は、黒人へのリンチの増大を意味しなかった。むしろ、黒人へのリンチは、19世紀末を頂点に減少した。固より、それには、理由があった。その理由とは、法的な黒人の隔離政策である。黒白の接触が衝突を生むことから、黒白を分離したのである。黒白が接触しないで済むようにいわゆるジム・クロウ法が制定されたのだ。たとえば、黒人用と白人用とを別席にする如くに、である。1896年、連邦最高裁は、そのジム・クロウ法を「分離すれども、等しい」として憲法に違反しないと判断した(プレッシ-対ファ-ガソン事件)。アメリカは、そのジム・クロウ法を違憲とするまで半世紀余を要した(1954年のブラウン対教育委員会事件)。しかし「分離すれども、等しい」の法理が違憲とされた後も、南部では、1964年に公民権法が制定されるまで、その法律は、公然と実施された。

 1883年、連邦最高裁は、異人種間の性的接触(ミシジネ-ション)を同人種間の性犯罪より重く罰する法律を合憲とした(ベイス対アラバマ事件)。そのミシジネ-ションが違憲とされたのは、1967年のことである(ラビング対バ-ジニア事件)。1972年には、黒人による白人女性レイプに対する死刑判決の傾向に終止符も打たれた(ファ-マン対ジョ-ジア)。

 アメリカは、遅々としてではあるが、黒白の平等への道を辿ってはいる。しかし、人種差別の意識が一朝にして消えるわけではない。アニタ・ヒル事件で有名なブッシュ大統領任命の連邦最高裁判事クラレンス・ト-マスは、白人女性を妻としていたことから、相当に色眼鏡で見られた。当時も依然として、一部に名声を得た黒人男性が白人女性と結ばれると、その男性を「性巨人」的に見立ててこき下ろす風潮が存したのである。

 1990年代、筆者が別件での調査のために訪れたシカゴでは、黒人が市中に移住して来るので、白人が郊外に逃れているという現象があった。地下鉄の駅の窓口は頑丈にガ-ドされ、駅員に降りる駅を教えられ、「間違えて前後の駅で降りると、黒人にやられるぞ」と警告された。シカゴ大学では、裏門?から外に出ようとすると、キャンパス・ポリスらしい者から、「こちらは、黒人が多いから危ない」と止められた。初めてのアメリカでは、非常な人種差別どころか、黒人に対する警戒を覚えたことであった。

 数年前、アメリカ留学から帰った知人から、アメリカには、未だ人種差別の意識が凄いと聞いた。黒白の間だけでなく、黒人間でも、階層差別があるとも聞いた。

 アメリカの現状は知らない。ただ黒人が大統領になるほどの国家にはなっている。相当に変化はあるのだろう。それでも、新聞その他の報道で見聞するアメリカには、人種差別らしいものが感じられる。ミズ-リ-州のこの度の事件が、最後の暴動であって欲しいが。

つぶやき-日中首脳会談への兆候に

つぶやき-日中首脳会談への兆候に

 このところ、高村正彦日中友好議員連盟会長、福田康夫元首相、岸田文雄外務大臣の動きから、今秋の日中首脳会談への兆しが感じられる。

 それでも、8月15日のわが国の閣僚による靖国神社参拝には、韓国と共に、中華人民共和国は、相も変わらず、難癖をつけた。この度は、国会議員の靖国神社参拝についても、怒りの声が確認された。そのうち国民が大勢参拝することも、「けしからん」というのであろうか。

 かつては、首相の靖国神社参拝について外国からの文句はなかった。いわゆるA級戦犯が祀られた後も、である。それ故、大平正芳総理大臣も鈴木善幸総理大臣も、粛々と参拝を続けた。中曽根総理大臣のときには、8月15日以外の参拝にはクレ-ムはつかなかった。

 それが、首相の8月15日以外の靖国神社参拝をも問題にするようになった。閣僚の靖国神社参拝をも非難し始めた。そして参拝をしていない首相の玉ぐし料についても、難癖をつけ始めた。さらには、国会議員の靖国神社参拝をも取り上げ始めたのだ。

 ただ意外なことには、この所、中華人民共和国のネットでは、「国難に殉じたものに礼を尽くすのは、悪くない」とか、「中華人民共和国民にとっては、悪い奴でも、日本国民にとっては、英雄となることはある。その英霊に参拝するのは、自然だ」とか等の意見が、かなり見られるということである。

 唯物主義の国家中華人民共和国でも、宗教はかなり復活している。アメリカのユタ州の学会であった中華人民共和国の社会科学院の研究者によれば、「中華人民共和国にも、今や、信教の自由はある」ということであった。しかし、法輪功に対する弾圧を聞けば、事は、ことば通りに解するわけにはいかない。チベット僧侶の数多い焼身自殺のニュ-スは、単にチベットの自治や独立への動きだけでなく、宗教的弾圧に対する抵抗の存在を伝えるものだ。新疆ウイグルでは、モスレムの寺院内にさえ官憲が入り込んでいるようだ。それでも他方で、蘭州市の寺院では、テ-プで読経が日中ずっと流されていた。中国共産党の意向の範囲でに過ぎないが、中華人民共和国では、「宗教は、民衆にとって阿片」という思想が、かなりの程度に過去のものとなっているようだ。そのような中華人民共和国国民の中に、わが国民の靖国神社参拝に対する理解が増えたのも、自然といえる。

 これに対して、朴槿惠大統領、洗礼名「ユリアナ」は、クリスチャンである。その敬虔度は、承知しない。しかし、この政権の座についたクリスチャンは、「汝の敵を憎め」というが如く、恨み言を続け、敵をつくることによって、政権を維持しているようだ。『神』が、「彼らの上に激しい怒りと、憤りと、恨みと、悩みと、滅ぼす天使の群れとを放たれた」とは、旧約聖書のことばである。「敬虔な」クリスチャンの「ユリアナ」は、正しく「恨み節」に生きている。「千年の恨み」を公然と言い放った一国の元首なのだ。それも、みっともないとも思わず、其処彼処で、わが国の悪口を言い、いわゆる告げ口外交を展開して恬として恥としない。「無作法をしない。自分の利益を求めない。苛立たない。恨みを抱かない」など、「ユリアナ」の新約聖書には、無いのかも知れない。

 折しも、韓国をフランシスコ教皇が訪れている。「ユリアナ」の政府は、その教皇が居合わせる場に元戦時売春婦(慰安婦)の出席を認めたそうだ。その場に「ユリアナ」の父朴正煕大統領がつくった韓国軍慰安婦(第五種補給品、洋公子、特殊慰安隊)が同席したかは、明らかではない。そのような「ユリアナ」と元戦時売春婦に対して、ロ-マ教皇は、説諭されたであろうか。

 愛は寛容であり、愛は親切である。また、人を妬むこともない。

 愛は自慢せず、高慢にならない。

 不作法をしない、自分の利益を求めない、苛立たない、恨みを抱かない。

 と(コリント人への手紙)。

 ところで、日中の間には、今秋の首脳会談へ向けた動きがある。その動向を察知してのことでもあろう、韓国のメディアにも、日韓の現状に対する朴大統領の姿勢に必ずしも与しない意見が現れ始めた。その動きに揺れたのであろう、朴槿惠大統領にも、日韓首脳会談への示唆をすることばも現れ始めた。しかし、歴史を歪んで蒸し返し「千年の恨み」を持つ大統領との便宜的な首脳会談は、無意味である。「過ちは、繰り返されるからである。」

 別子銅山の中興の祖と仰がれた伊庭貞剛には「わからぬ者には、いくら言ってもわからぬ」ということばがある。なけなしの金を何度も貢いで何度も口で謝って、中韓の現状であることは、決して忘れてはならないのだ。

 それでも、たとえば、胡錦濤前国家主席には、わが国に配慮する姿勢もあった。中国には、孔子を生み孟子を生む等の素晴らしい土壌もある。現に中華人民共和国国民の一部には、習近平国家主席の内外における専横的姿勢にも拘わらず、わが国を知って、あるいは自己の判断で、わが国に対する理解をし、中には評価する事象も顕現しつつある。統制されているはずの中華人民共和国のネットに現れた靖国神社参拝に対するこの度びの一部の反応は、その一例であろう。

 その事象等に見るように、大統領自ら千年の恨みを公然と説く大恨民国の朴槿惠韓国と異なり、中華人民共和国は、真の相互理解を得ることができる人々の国家であるかも知れない。幸い、日中首脳会談への微かな兆候も現れている。しかし、油断は、禁物だ。「金で解決する」とか、「ともかく言うことをきく」といった外交は、いい加減やめて欲しいものだ。その意味で、前提条件無しで首脳外交を目指す安倍首相の姿勢には、大賛成である。

つぶやき-敵は中南海にあり:中華人民共和国メディア

つぶやき-敵は中南海にあり:中華人民共和国メディア

 中華人民共和国の「人民網」が、朝日新聞がいわゆる従軍慰安婦問題に関して訂正報道をしたことでわが国を批判した。その論ずるところは、実に独裁国家のメディアらしい。

  「人民日報『鐘声』」を引用した「人民網」によれば、朝日新聞の訂正報道に対して日本の右翼メディアが歓呼しているらしい。ここで右翼メディアの意味するところは不明であるが、左翼イデオロギ-国家の御用メディア『人民網』から見れば、わが国の殆どのメディアは右翼に見えよう。要するに、わが国の殆どのメディアを意味するものと思われる。

  「人民網」によれば、朝日新聞の訂正行為は、安倍日本の右傾化の産物で、国際社会は、わが国が右傾暗黒化しているのを見たとのことである。安倍政権とわが国のメディアが緊密になっており、一部のメディアは、歴史を否認し、中華人民共和国に対する悪意を吹聴し、地域の安全保障情勢に緊張を齎す点で歩調を合わせているというのである。またわがメディアは、何時か来た道を辿っているともいう。そして、わがメディアに対して、国家の未来、国民の命運に対して責任を持てと結んでいるのである。ここで「人民網」がいう国際社会とは、韓国を意味するに過ぎない。

 このように「人民網」が朝日新聞の訂正報道に神経を尖らせる姿勢は、全体主義国家のメディアであればのことであろう。自由で民主的な体制の国家では、国家の未来、国民の命運に責任を持つメディアであれば、誤まった報道を訂正するのは、自然の姿勢である。むしろ、普通のメディアであれば、虚報を何十年も放置するどころか、誤報に対する批判を「捏造」とか「言われもない言いがかり」とか等の態度で否定的な姿勢を維持したことこそは、更に問責されるべきなのだ。

  「人民網」は、一体、安倍政権が、何時朝日新聞に対し圧力をかけたというのか。中華人民共和国の御用メディアと異なり、朝日新聞に限らず、わが国のメディアは、権力による圧力があれば、直ちにこれを公にする。自由で民主的な体制の国家では、そのような圧力には、至極ニュ-ス性があり、営利的にも得をするからである。

 これに対して、中華人民共和国のような国家では、報道のすべてが、共産党政府の掌の上のものである。政権の色眼鏡に適う報道しかできないのだ。取材活動の自由も編集の自由も報道の自由も無いのだ。それ故、たとえば、「人民網」が、習近平国家主席の資産を調査し報道することなどできることではあるまい。韓国では、大統領に関する噂を噂として報道すれば、権力の手が及ぶが、中華人民共和国では、それ以上で、単に権力の手が及ぶどころではあるまい。処分まであり得るのだ。中華人民共和国で政権の眼鏡に合わなければ、たとえ正しい報道であっても処分をされることは、かつて産経新聞柴田穂記者の国外追放の例に見られた通りである。

  「人民網」は、わが国が歴史を顧みず中華人民共和国の悪口を吹聴しているかの如く述べているが、そのことばは、習近平国家主席を報ずる場合に述べられるべきことだ。わが国が、少ない兵数で、3500万もの中国国民を殺傷し、南京で30万をも大虐殺したとは、中国人を侮蔑した虚言である。中国共産党は、人民を守り得る「勇猛果敢な」八路軍を持っていたではないか。習氏は、中国のわが国に数倍する軍隊は、虫けらのように弱かったと言いまくっているのだ。尤も、土民軍の八路軍は、わが軍にとって物の数ではなかったが。

  「人民網」はまた、わが国が歴史を逆行するかのように論じているが、それは、わが国を知らず、為にする見解でしかない。わが国の民度は高く、メディアのレベルも、戦前とは比較にならない。「人民網」が心配すべきは、むしろ中華人民共和国メディアが、わが国の生前の水準にも達していないことだ。中華人民共和国のメディアは、権力を怖れ、権力がテレビを黒い画面で隠し、ネットを遮断しても、何の批判もしない。そのように情報の自由な流れに抗し得ないメディアは、最早、情報メディアとは言えないのだ。しかも、歴史の逆行をいう「人民網」は、歴史を正しく認識できてもいない。毛沢東がわが国や中国を戦争の泥沼へ引き摺り込んだ事実に対する認識がないのだ。かつて毛沢東が、佐々木更三社会党委員長に対して、中国のこんにちある(当時のこと)を日本軍国主義のおかげと述べたことには、全くの冗談ではなく、一面の真実もあるのだ。尤も、中韓では、「歴史は民衆を欺く虚言」(黄文雄)であるから、中韓で歴史を口にするときは、すなわち、虚言の上塗りの出発を意味するが。

 最後に、「人民網」は、わがメディアの国家の未来、国民の命運に対する責任を述べるが、それは、そのまま「人民網」に返されるべきことばだ。現在、新疆ウイグル人、チベット人、内蒙古人がどうなっているか、何故報じないのか。年間20万件ともいわれる国内暴動を何故詳しく報道しないのか。知識人に対する人権の抑圧についても、何故権力のスポ-クスマンとなるのか。中華人民共和国の南シナ海や東シナ海での無法を何故報道しないのか。

 肖像が天安門に掲げられている毛沢東の造反有理とは、「上の者をやっつけることはいいことだ」ということではなかったのか。中華人民共和国メディアの敵は、東シナ海にあるわけではない。南シナ海にあるわけでもない。況してや、積極的平和外交に走る安倍日本でもない。

  「敵は、中南海にあるのだ。」

つぶやき-お盆は、神道?

つぶやき-お盆は、神道?

 
お盆といえば、7月の行事であった。それが八月になって、奇異な感じがした。以前には、たとえば、「花祭り」は、4月でなければならなかった。しかし、仏事に限らず、キリスト教でも同じ事象は見られる。宗教行事等適当でよいのだろう。

 キリスト教のクリスマスが12月25日と云うのは、奇妙である。キリストの降誕日など、不明なのだ。12月25日といえば、アジアの「宗教」ミトラ教のソル・インウィクトスの誕生日だ。東方と交流した古代ロ-マは、その宗教の影響を受け、その生誕日を祭日とした。キリスト教のクリスマスは、ロ-マに進出したキリスト教が、その日に便乗したものだ。

 埼玉県坂戸市にある永源寺は、最近、「花祭り」を春の連休祝日最終日の5月5日としている。4月8日の「お釈迦さま」は、結構賑わっていた。しかし数年前、その日が変更されたのだ。後世、坂戸市の人々は、御釈迦様の降誕日を5月5日と思うようになるのだろう。

 現在、宗教ということばは、しばしば非常に広範に用いられる。しかし宗教には、常識的に、文字通り、教えがあるはずだ。宗教は、その教えを布教することに熱心である。その布教によって、自己の教えの信者を増やすのだ。その信者を拡大するには、便宜的手法もあり得るのである。

 これに対して、自然と結び付いた人の祭事は、多くの場合、そうはいかない。自然を観察し、その自然の事象に合わせて農業その他の生業の日程行事・催事を決め、それが、次第に祭事となるからだ。その祭事の日々を勝手に動かせば、農業その他の生業に大きく影響が出ることになる。

 わが神道は、自然のすべてを神とし、その神による自然の摂理に従って現世を享受する祭事を決めた。そのようなところに教えのある仏教を持ち込んでも、インテリ-はともかく、庶民に浸透したか、疑問がある。厳しい修行をしなければ成仏できないなど、今でも、多くの庶民にとっては、御免蒙りたいところだろう。そこで仏教は、山川草木悉皆成仏を論じた。森羅万象を神とするわが国民に合わせたのだ。すべてが仏様であり、また仏様になれるというわけだ。それも中には、念仏を唱えるだけで成仏できるとするものも現れた。キリスト教がわが国で深く分析研究されている割にその信者が増えないのは、人が絶対に「神」(天主)になる可能性がないからであろう。キリスト教では、幾らア-メンを唱和しても、何曲讃美歌を歌っても、「神」にはなれないのだ。それ故か、現世を享受するわが国民がクリスチャンとなるのは、僅かにクリスマスとバレンタインの季節だけである。

 これに対して、わが国の仏教には、わが国に浸透するために上記以外にもいろいろな工夫が存した。たとえば、御祓いが、そうだ。わが国には、雨が多いせいか、水の行事が多い。雛流し、塔婆流し(経木流し)、七夕流し、灯篭流し等々、水に流して事を終了させるのだ。この水に流すとは、神道に根差す「御祓い」を意味するらしい。それによって、人の邪心、欲望、疫病等精神的あるいは身体的に伴う穢れや紛争、失敗、災厄等事象から生ずる邪悪、不浄を取り除き清めるというわけだ。すべてを水に流して事を解決し、清々しくなろうとするのであろう。その類のものか否か知らぬが、わが国民が好きな入浴が、一風呂浴びて、一日のすべてを洗い流して忘れさせるのも、日常の不浄の御祓いに似ている気がする。さだまさし氏の「精霊流し」は、神道の「御祓い」と仏事の結び付きの行事を美しく歌ったものであった。話は飛ぶが、大統領自らわが国への「千年の恨み」を言う現在の韓国人には、水に流すという考え方などないのであろう。

 彼岸とは、仏教用語である。もともと中国に存した行事であったらしい。しかし、彼岸会法要は、日本で生まれたもののようだ。それでも、たとえば、熊本に存する「彼岸」「籠り」などは、山(森、湖、海などと共に他界とされた)に住む神霊に対するわが国の人々の固有の信仰と仏教とが結び付いたものといわれる。

 こんにち、8月15日が、お盆とされている。このお盆は、優れて仏教的行事と考えられている。しかし、既に夏は終わっており、仏教の立場からは、奇妙な日のはずだ。そのお盆の日は、元々、初秋の満月の日に精霊を迎える儀式の日であった。神道の祖霊は、インド仏教の如く転生することもなく、またわが国の仏教の如く、地獄や極楽に行くことも無く、(他界とされている)山中、深森、湖沼、海上といった生者の近くにいる。そして、盆や正月に子孫のところに帰って来るのだ。したがって、お盆は、元々、正月の秋版といえ、極めて日本的なものらしいのだ。それが、仏教の夏安居(げあんご)と結び付けられたらしい。僧侶は、一定期間、一ヶ所に集まって集団で修行をする。これを安居という。その安居が「夏」に行われ、その最終日が7月15日である。この夏安居とわが国の祖霊祭が結び付いたのが、お盆というわけである。それが、8月15日とは。

 ところで、神道の定義については、必ずしも一定したものではない。しかし、日本に芽生えた独自の信仰あるいは祭祀を神道というとすれば、こんにち言われているお盆の原型は、神道にあったことになる。

つぶやき-「神社教」をつくった東大有名教授

つぶやき-「神社教」をつくった東大有名教授

 
内村鑑三といえば、いわゆる一高事件で有名である。内村は、『教育勅語』を内容的に否定したわけではなかった。しかし、その「奉拝」という儀式に反発したのである。内村から見れば、多分に神社神道の形式でなされる「奉拝」に宗教性を見たのであろう。

 信教の自由でいう「宗教」の定義は、至難である。幕末以前、わが国には、宗教ということばさえなかったのだ。それ故、明治人にとってその意義は、不明であった。それでも、キリスト者の内村には、宗教に対する理解があったはずだ。教育者でもあった内村であればこそ、当時の人々の宗教に対する理解も分かっていたものと思う。何せその後にできる民法でも、宗教と祭祀とは、別なことばであったのだ(現民法33条も)。にも拘わらず、彼は、「奉拝」に宗教を見たのである。

 ところで、戦後の日本の憲法学界をリ-ドしたのは、宮沢俊義であった。その著書・論文は、当時の憲法学徒の殆どが目にしたところであった。時代を風靡したのだ。

 宮沢を受け継いだのは、その弟子芦部信義である。その著書・論文にも、多くの憲法学徒が目を通した。宮沢の代表的な著書に『日本国憲法』という日本国憲法を逐条的に解説したものがある。この著書を補訂したのが、芦部であった。憲法学界では、その補訂版も、依然広く読まれている。

 その著書では、国家の宗教との絶縁が説かれている。そしてそれが、国家の非宗教性の原則、国教分離の原則として説明されている。他方、その著書では、基本的人権が、憲法に先存するものとされている。そして、その基本的人権は、「自然」あるいは「造物主」によって与えられたものとされている。外国の思想に習ったのであろう。しかし、自然に存在するのは、(自然の)自由だけである。基本的人権という法概念が、自然に存在するわけはない。法概念である絶対的な基本的人権を説くには、絶対万能の「造物主」(天主)以外にあり得ないのだ。国家が無い状態では、支配するものが存在しない。支配するものが存在しない以上、人は自由であった。それ故、国家に先存する基本的人権とは、自由を意味する。しかし、その自由を本質とする基本的人権を与えたのは、造物主であったのだ。

 宮沢も芦部も、そのことを中途半端に認めたのだ。しかし、そこで認められた造物主は、優れて宗教的概念だ。この優れた二人の学者が、基本的人権を説くに際して、日本国憲法が「独立宣言」の延長上の存在であることに触れないことは、不可解である。また、その「独立宣言」を起草したジェファ-ソンが、ジョン・ロックの影響を受けたことに触れないのも解せない。そのロックは、人間を天主の作品、僕〔しもべ〕、所有物と説いた。そして人が生き得るのは、天主が欲する限りにおいて、とも説いた。宮沢・芦部が中途半端に認めているように、基本的人権は、その天主が国民に対して信託したものなのだ(憲法97条)。またロックによれば、そもそも「国政は、国民の厳粛な信託によるものとして」、天主が政府を設けたのは(社会契約)(憲法前文一段)、人の偏頗と暴力を抑制するためであった。これを日本国憲法でいえば、人が自然状態で有した生命、自由および幸福追求の権利(基本的人権)を守る(公共の福祉)ために、人の生命、自由および幸福追求の権利を制限すること(国政)が認められたのだ(憲法13条)。

 日本国憲法は、優れてキリスト教の思想に則ったものであったのだ。そのことを、宮沢・芦部共著は、中途半端に認めた。しかし、中途半端であったとしても、それを認めた以上、彼らが日本国憲法に国家の非宗教性を内容とする国教分離の原則を説いたことは、一貫性に欠ける。一体、日本国憲法の国教分離の原則とは、国家と宗教の分離ではなく、国家と教会の分離に過ぎないのだ。

 ところで、宮沢は、大日本帝国憲法時代、国家の儀式は、原則として「神社」によって行われたと説いた。しかし芦部は、これを補訂し、「神社」の部分を「神社教」と訂正した。その際芦部は、神社教については何ら説明していない。

 わが国の神道は、歴史が長く、古くは自然のままに神が宿った。神社という人工的な神の宿所が設けられるには、時間を要したのだ。その神社についても、古代の建造から明治・大正のものまで、多々ある。また、たとえば、阿蘇神社と乃木神社とでは、祭る神も異なる。

 現在、各神社が宗教法人法上の存在となっている。それは、マッカ-サ-の影響の下、宗教法人法が存在するに過ぎないからだ。その教義は、その法律の適用を受けるための便宜的な教義で、教義の実質を欠くから、神社は布教活動をしない。したがって、信者もいない。仏教徒や教派神道の氏子はいるが。

 宗教法人法上の存在が宗教か否かは、宗教の本質とは関係はない。相撲部屋のプロの力士と変わらない程に大学の法学部で相撲だけやっていても、学生証を付与されていれば、学生だ。オ-ム真理教は宗教法人法上の宗教であった。しかし、恰も「万引きをやったから、学生でない」と身分を剥奪されるかのように、法人格を失った。万引きをしようがしまいが、真剣に学ぶ学徒は、実質的には学生だ。かつてキリスト教も、各地で体制の違法な集団であった。教義をもって宗教を名乗れば、宗教法人法と無関係に信教の自由における宗教であり得る。アレフは、信者にとって宗教なのだ。

 ただ神社教というには、常識的に教義が必要だ。神道イストということばは聞いたことがあるが、神社教徒ということばは存在するのだろうか。

 芦部がいう神社教が何時成立したか不明である。わが国では、国の儀礼の公式が定まらず、区々であった。大日本帝国憲法下、そのための法令が確立したのは、大正15年である。それ故、定型が行われた実際年数は、約20年である。大日本帝国憲法の歴史の半分にもならないのだ。

 内村鑑三が「奉拝」を嫌悪したのは、宗教と祭祀とを区別しなかったからだ。信教の自由では、「イワシの頭も信心から」といわれる如く、すべてが宗教であり得るのだ。人の考え方次第なのだ。その立場で、神道を宗教と捉え、十字を切る以外の儀式の形式を嫌悪したものと思われる。しかしその際、「教育勅語」の「奉拝」に神道を意識しても、神社教など意識しなかったのではないか。

つぶやき-日韓の真の復交が困難な理由

つぶやき-日韓の真の復交が困難な理由

 日韓の外相が会談したそうであるが、日韓関係の修復は難しそうである。

 韓国が「『恨』の国」ということは、こんにち、わが国の多くの国民が知るところであろう。その「恨」のスケ-ルは、大言壮語では世界に比類のない中華人民共和国国民も驚くであろう。

 韓国歴代大統領で最も人気が高いのは、朴槿惠大統領の父親朴正煕大統領である。この変節を繰り返した朴大統領の韓国での人気度は、韓国でダントツといえる。

 ここで変節を繰り返したとは、この元帝国軍人高木正雄氏が、およそ帝国軍人の思想とは相反する(北朝鮮労働党と繋がりのあった)南朝鮮労働党(南労党)に入党した経歴を持つからである。しかも、この朴正煕氏は、麗水・順天事件で大韓民国国軍に潜伏し、「国軍」への反乱軍に与した。しかし、逮捕されるや、恥知らずにも転向し、南労党の情報を暴露し、党を売り飛ばしたのである。危うく死刑は免れたが、彼の強運は、彼をして大韓民国の大統領にまで上らせた。しかし、彼の行動を人ぞ知る洪思翊(こうしよく)陸軍中将の堅固な志操と比較すれば、雲泥の差がある。

 ただ朴氏の大統領としての能力は、評価されて然るべきである。彼は、経済を立て直すためにベトナム戦争に積極的に参戦したり、わが国との交渉力を発揮し、わが国から多額の経済援助を引き出す等して、世界最貧国圏に属した韓国の国民所得を20倍も引き上げたのである。彼の功績は、こんにちも「漢江の奇跡」として記憶に留められ、そのことが、こんにちの彼の評価と結びついているのである。

 ただ彼の統治時代、その軍人がベトナムで残忍な殺戮行為を営み、また強姦等によってライダイハンを残し、更に、彼が韓国軍慰安婦(特殊慰安隊・第5種補給品・洋公子)に関わったことは、将来、火病の民の間で問題化する可能性がある。

 その朴大統領の恨みは、わが国に対してもあったろうが、主として李氏王朝にある。彼は、その李氏王朝の両班の存在をして「後世の子孫まで悪影響を及ぼした民族的罪悪史」とみたのである。また、彼の時代に存在した辛く困難な生活を李王朝の「悪遺産そのもの」と看做したのである。そしてさらに、彼の時代の若い世代は、既成世代とともに、先祖たちの足跡を「恨めしい眼で振り返り、軽蔑と憤怒をあわせて感じる」と述べたのである。

 流石に、朴正煕氏は、「歴史を忘却した民族に未来はない」(朴槿惠)ことを自覚した国の大統領であった。ただ娘と異なることは、その歴史観である。世界の人々も驚こう「半万年」の韓国史の中で、その娘が見詰める歴史とは、大いに異なるからだ。その娘が注目するのは、日本によって財政的な支援を受け、ほぼ各町に一つといってよい程に学校を建設して文盲を減少させ、帝国大学までつくり、ハングル文字の文化を復活させ、治山治水や植林を行い、道路や町づくりをし、産業を活発化させ、人口をほぼ倍増させたわが統治時代に、韓国人女衒を中心として営まれた戦時売春行為だけなのだ。その韓国では、売春が禁じられているこんにちでも、朝鮮日報が述べた性産業輸出大国の実態を有し、国内には、ミアリテキサスのみならず、オフイステル等の存在も知られている。

 何よりも、父親が携わった韓国軍慰安婦には、実質性奴隷とでもいえるものもいたといわれる。そのような国の大統領が、「加害者と被害者という立場は、千年過ぎても変わらない」と述べ、公然とわが国に対する「千年の恨み」節を唸っているのである。朴正煕氏が、朝鮮民族が反省すべき遺産として述べた事大主義を地で行っているのだ。李光洙氏によれば、韓民族には、虚言、悪口、無恥、空理空論、大勢従応等の悪性が沁み込んでいるということであるが、国家元首自らそれらを顕現させているわけである。因みに、この朴槿惠氏は、今でこそ、国家元首としての特権を持つが、竹島に不法上陸した人物で、現在、わが国で告発されている人物である。国家元首でなくなった後訪日すれば、少なくとも事情を聴取されるであろう。

 そのような朴槿惠氏が真にわが国に親交を求める筈もない。一見日韓の親交が確立されたと思われる時代でさえ、反日教育、それも恨日教育がなされていたのだ。一部にいわれているように、反日(恨日)教育は、北の工作だけに起因するわけでは決してないのだ。そのような教育の「成果」で、国民は、今や旭日旗にさえ異常反応を示すようになった。整形女性のまつ毛が旭日旗型化しているとまではいわないだろうが。

 ともあれ、そのような国民をもつ国の大統領が、親日であり得る筈もないのだ。朴槿惠氏は、親日と評価されている朴正煕氏の影を消す必要もある。しかも、朴女史は、優れて大勢従応の大統領なのだ。そのような結果、朴槿惠韓国との真の親交は、大統領の個人的理由だけでなく、元々韓国的民主主義を理由としても至難なのだ。否、朴大統領が失脚したとしても、反日(恨日)教育が続けられる限り、日韓の真の親交は期待できまい。

つぶやき-「中国」旅行者が褒める?日本

つぶやき-「中国」旅行者が褒める?日本

 
中華人民共和国からの旅行者が増えているようだ。それも、わが国を旅行した者の多くが、旅行後、親日になったり、少なくともかなりの者の反日の感情が減衰していると聞く。彼の国のマスコミの中には、そのような変化を見て、「国では反日、心は親日」という趣旨を論じているものもあった。その内実は、わが国を「知らずに反日、知れば親日」ということであろう。

 「中国」の旅行者によるわが国の評価は、礼儀正しい、清潔、丁寧親切、時間を厳守する等総じて高いようだ。ただ、何となくくすぐったい。本当かなという気にもなる。

 筆者が、NHKの「のど自慢」を聞かなくなったのは、宮田輝アナウンサ-が辞めた後、暫くしてからである。宮田アナウンサ-の言葉づかいは、とても美しかった。尤も、当時は、その他のNHKのアナウンサ-の言葉づかいも、綺麗であった。しかしいつしか、司会の言葉づかいが、ぞんざいになった。同じ現象は、その他の番組でも見られるようになった。人を識別して、使い分けてはいる。しかし、たとえば、特にお年寄りでいかにも紳士・淑女風の者に対しては、丁寧な言葉づかいであるが、そうでない場合、友達言葉か、時には子供にでも話かけているようになされる。そうでないお年寄りがきちんとした言葉づかいをしている場合にも、である。その識別が、気に入らなくなった。

 ところで、言葉のニュアンスは、時代と共に変化する。「貴方」「貴殿」「貴公」「貴君」貴様」「貴兄・貴姉」「お宅」等は、いずれも相手方を立てた言葉であった。これが、人でなくなれば、たとえば、貴家、貴店、貴校、貴学、御社、貴職等となり、これらは、今も用いられている。南北朝時代は、相手のことを「御分」といったそうだ。「分を弁える」という言葉があるが、文字通り、「分」を弁え、相手を立て遜(へりくだ)った表現である。

 しかし、平等の思想が蔓延すると、「分を弁える」という考え方もなくなっている。最近では、たとえば、親子兄弟でも友達言葉になり、「分」がなくなりつつあるのだ。否、学校関係でも、先生と生徒とが友達言葉で話し合っている場面を目にする。

 「分」については、たとえば、出過ぎたことをされたときに、「分を弁えろ」という言い方が残っている。その「分」が総じて弁えられている時代には、多くの家に神棚か仏壇があった。神棚や仏壇は、清潔に整えられていた。そして、神棚や仏壇には、身を正して拝んだ。神棚や仏壇は、親子や兄弟という「分」を超越した別の「分」の存在であった。そこを清潔に保ち身を正して拝む習慣から、自然に人々の礼儀・作法・躾が育まれたらしい。しかし今や、神棚や仏壇がある家は少なくなっている。神棚や仏壇がある家でも、年寄りはともかく、不断にそこで拝む者も、少なくなっていよう。

    たらちねの にはの教〔おしえ〕は せばけれど

    ひろき世にたつ もとゐとぞなる

 という歌がある。小さな各家庭でなされる教えや躾の範囲は、ちょっとしたものではあるけれども、それでも、そこでなされた教えや躾こそが、広い社会に出た場合の基礎となる、というわけだ。

 しかし、清潔を保ち、身を正し、相手を立て、遜る超絶的な存在が各家庭になくなると、広い世に出ても、遜るどころか、横柄にもなる。神棚や仏壇によって無意識に弁えた「分」が、なくなるか、見えなくなるのだ。

 「分」を弁えた者は、己の「分」を大切にするように、相手の「分」を大切にする。それが、相手や周りに気を遣った生き方となる。そのことが、日本人をして清潔で謙虚で礼儀正しく時間に厳しい人間を生み出したのかもしれない。

 宮田輝アナウンサ-の喉自慢の司会には、「分」を弁えた良さがあった。自惚れの強いマイペ-ス人間は、砕けた言葉づかいで平気だ。好き勝手に振る舞える。親切でも丁寧でもない。振る舞いを改めることもない。時間なんて厳守せずとも、平然としている。最近多くなったNHK職員の犯罪非行に関する報道は、その一事象かも知れない。

 筆者は、天主も神も仏も霊も信じてはいない。しかしわが家には、神棚がある。父祖の家の真似事だ。少し離れた所にある八幡様を通るときは、夫婦して共に拝礼もする。拝礼をすると、何かすっきりするのだ。かたちだけなのに、だ。自慢ではないが、「分」を弁えた拝礼が躾となっているのか、愚妻には、謙虚、丁寧、礼儀正しい等の四囲の評価がある。

 今、わが国は、オリンピックを前に「おもてなし」を謳っている。しかし、電車やバスでの若者のマナ-がいいとも思えない。ほんの一例だが、この一年、年寄りに席を譲る姿を一度しか見たことがない。かつては、かなり見たが。それでも「中国」の旅行者が評価してくれているわが国民に確認されている外観の良さは、何とか維持されて欲しいものだ。外国に親日が増えれば、なをよい。

つぶやき-戦争史を国史とするアメリカへの不安

つぶやき-戦争史を国史とするアメリカへの不安

 
オバマ大統領が、イラク過激派に対する限定的な空爆を開始した。過激派による米軍への脅威およびクルド自治区イルビルへの進撃を阻止するためである。空爆された「イスラム国」は、ゲリラ戦で抵抗する姿勢のようだ。オバマ氏の対外姿勢では、「曖昧」だけが一貫性であるから、今後の成り行きが心配される。

 かつてアイゼンハワ-大統領は、アメリカを世界の憲兵とする姿勢を示し、アメリカを反共の先兵とした。その後、一時期いわゆるパックス・アメリカ-ナ(アメリカの平和)が、口にされた。併しアメリカの平和の時代が真に存在したかは、疑問である。ソ連が崩壊するまでは、二極の時代であったのだ。アメリカは、東側には手出しができなかった。他方で、共産主義陣営は、解放名目で各地に触手を伸ばした。革命・内乱・混乱が各地に発生した。それに伴う反米の動きは、世界中に現れた。アメリカの平和を経験した国は、意外に少ないのだ。こんにちも、アメリカの平和の時代ではない。今や、オバマ大統領は、アメリカが世界の警察官でないことを明言している。世界は複雑化し、地域の無秩序・混乱・動乱・戦争が、共産主義だけに起因するものではなくなっている。そのすべてにアメリカが対応することは、いろいろな能力の面で不可能だ。

 思えば、アメリカの国史は戦争の歴史であった。植民地であった時代も、ポウハタン戦争からダンモア戦争まで数多くの戦いがあった。その独立も、戦争という手段で達成された。いわば金銭のトラブルが、本国との力による縁切りとなったのだ。独立後は、先住民やかつての本国やメキシコ等と戦いを続けた。1823年には、モンロ-主義を宣明した。しかしそれは、欧州情勢に介入しないことの表明であっても、自己の領土拡張政策放棄の表明ではなかった。それ故、連邦最高裁が国家として認めた筈の先住民族の国家との条約は破棄され、しばしば力で西への侵出を続けた。その後、南北に分かれた戦争をも行なった。スペインとも戦かった。中南米への侵攻を行った。フイリピンや清国等アジアでも武力を行使した。そしてわが国とは、稀に見る大戦を行った。第二次大戦後の戦いも、極東、東南アジア、中近東等とかなりの数に上っている。

 因みに、わが国は、対米戦争で戦争宣言が遅れた。そのために、アメリカは、「騙し討ち」との批判を浴びせた。しかし、そのアメリカは、戦争宣言など数えるほどで、戦争宣言など殆ど行っていない。

 アメリカは、モンロ-主義の下でも、ラテン・アメリカの地域に勢力を及ぼした。アメリカの指導者たちは、その地域の住人を人種的に劣等な御し易い人々と考えていた。そして、慈善の名において帝国主義政策を推進した。軍事力も有用な手段であった。20世紀前半、キュ-バやハイチやパナマやニカラグァには、兵力が投入された。そのようなアメリカがわが国の大陸における行動に抗議したのは、明らかに矛盾していた。もとより、天主の権威の下で建国したアメリカ(「独立宣言」)には、常に「アメリカ人の正義」が存した。その正義観の下で、ル-ズベルトは、「善隣外交政策」と銘打って、汎米主義を唱えた。各地に強力な指導者を育てた。現地の政府軍を鍛えた。経済的な支配を確保する等して、必要があれば、政府を転覆さえした。ル-ズベルトが大統領になるに先立ち、たとえば、ドミニカでは、トルヒ-ヨが大統領の地位にあった。彼が真に独裁化を強めたのは、ル-ズベルトの頃からであった。ニカラグァで圧制を極めたソモサ将軍の一族も、ル-ズベルトの時に基盤を築いた。キュ-バに独裁政権を築いたバチスタも、ル-ズベルト無くしては目立たぬ存在で終わったろう。朝鮮半島のインフラを整え、産業を興し、教育水準を高め、人口を増加させたわが国をして朝鮮人を奴隷化した(「カイロ宣言」)と述べた圧制者の生みの親ル-ズベルトにとって、アメリカ寄りであれば、独裁政治も嫌悪すべきものではなかったのだ。

 ともあれ、アメリカは、中南米にその建国の理念である自由な民主主義を正しく輸出したわけではなかった。第二次大戦後、そのような地域に戦前から世界の共産化を企てた勢力が浸透を図った。専制と腐敗は格好の浸透理由であった。その勢力は、東アジアや東南アジア等にも浸透を試みた。トル-マン大統領、アイゼンハワ-大統領、ケネディ大統領は、それらの浸透を防止しようとした。冷戦構造の時代である。

 レ-ガン大統領による共産主義の総本山の破壊は、世界の無秩序のパンドラの箱を開けたことを意味した。大戦の危険への怖れに伴う秩序という緊張の糸が崩れたのだ。その結果、思想、民族、宗教、経済等を理由として混乱・動乱・戦争が各地に生じた。他方で、20世紀後半、共産主義の浸透に怒り、中小国の独裁政治に寛大でなくなったアメリカは、其処彼処で手を出した。しかし、精神的にも経済的にも思想的にも等々結束する力を漸次失った。もともと力ある時代にも、共産勢力や独裁者との問題を決定的に解決し得たわけでは決してなかったが。

 それでも、アメリカは、依然として世界の超大国である。その戦争を歓迎するわけではないが、国連には、何も期待できない。アメリカの大統領には、過誤無き判断と適切な対応が求められる。しかし、アメリカは、漸次内向きでかつて以上に国益中心主義になっている。オバマ大統領の判断基準といえば、国内大衆の風向きだけだ。不安定なその風向きにアメリカの落ち着きが感じられない。そのようなアメリカと手を組むわが国としては、その風向きの予見力を高め、盲従的でない慎重な協調を心しなければならない。

つぶやき-河野洋平氏の反応は~朝日の『検証』

つぶやき-河野洋平氏の反応は~朝日の『検証』

 
朝日新聞が同紙に対する「いわれもない中傷」や「捏造」に応えて『慰安婦検証』をした話題が、身近でも聞かれる。

 教科書改竄〔かいざん〕報道や沖縄珊瑚捏造報道等が多発したことから、朝日新聞を購読していない。暑くて市の図書館まで行く気にもならない。数件先にある理髪店の購読紙は、筆者と同じだ。学期中であれば、駅のキオスクで買うのだが、夏休み中だ。それ故、朝日新聞の『検証』の中身を目にすることはできていない。近いうちに図書館で読もうと思うが。

 テレビに出演した自民党の石破茂幹事長が、国民の信頼を踏み躙〔にじ〕ったと朝日新聞に落胆の姿勢を示したそうだ。民主党の大畑章宏幹事長は、虚報を流せば、国民を誤らせ「民主主義の根幹が揺らぐ」と述べたようだ。日本維新の会の小沢鋭仁議員団幹事長は、国会の場での議論を主張したらしい。結いの党の小野次郎幹事長は、朝日新聞の責任の重さや報道の影響を指摘したとのことである。

 みんなの党の浅尾敬一郎代表は、朝日新聞が「分かっていて(訂正を)遅らせたのか、そうではなかったのかも含めて答える必要がある。また、事実と違うことをどういう理由で載せたのか、そこに意図があったのか、なかったかについても朝日は言っていない」と強調したようだが、これは、朝日新聞の『検証』の姿勢を示すもので、紙面のつくり方を想像させてくれる。次世代の党の山田宏幹事長による「もっと早く決着をつけて欲しかった」という意見は、朝日信者以外の多くの国民が共有しているところであろう。

 日本維新の会の橋本徹代表は、朝日新聞に国際版をつくって強制連行の不存在と性奴隷評価の停止とを世界に配信するように迫っているようだ。これは、大方の希望を代弁するものであるが、一種の無い物ねだりであろう。期待するだけ無駄というものだ。

 舛添要一東京都知事は、朝日新聞の反省を当然としながら、日韓関係を歪めた一つと猛省を求めたらしい。いわゆる従軍慰安婦に関する真実は、朝日新聞のこの度の『検証』以前に大方の知るところであった。舛添都知事としても、真実を掌握していたものと思う。であれば、先に朴槿惠大統領との会談に際しても、朝日新聞に猛省を求めるのと同じ姿勢で、大統領の「正しい歴史認識」に対して猛省を求めてくれたものと思う。まさか、朝日新聞が誤報を認めるまでは、いわゆる従軍慰安婦に関する真実について無知であったわけではあるまい。朴大統領といえば、旅客船沈没当日の自己に関する報道の如く、事の真否についての報道には至極激怒する人物のようである。況してや、問題は、国家に係る情報の真否に関する問題である。都知事の説得の熱意と力量は、いかばかりであったのだろう。序でに、韓国軍慰安婦・第五種補給品について朴氏の「ご高説」をうかがってくれば、更に良かった。

 ところで、日本国憲法は、報道の自由については規定していない。わが最高裁が日本国憲法上認めているのは、事実報道の自由である。一体、市民や市民の代表が誤報に基づいて話し合い意思決定をするとすれば、話し合いを不可欠としている民主主義において事実報道の自由を守る理由がなくなる。それでも、自由で民主的な国家の司法は、時宜を得た正確な報道の困難さに鑑み、総じて報道機関の誤報に寛大であるが、本来的には、誤報と猥褻とは、無価値な情報なのだ。朝日新聞が大々的に誤報を行い、その誤報に対する批判を侮蔑排除し、長期に真実の追求を怠るどころか、数十年間にわたって誤報を庇護した姿勢は、責任ある報道機関の姿勢ではなかった。事実報道の自由を享有する報道機関としては失格であったのだ。それは、最早報道機関というより、かたちを変えた政治的勢力の姿勢であったのだ。そして、日本国憲法が保障する事実報道の自由を食い物にするものでしかなかったのである。かなりの者が朝日新聞社長の証人喚問を求めたのは、そのような朝日新聞の実態に鑑みてのことであろう。

 他方で、今のところ、ラジオや新聞等で朝日新聞の『検証』に関する河野洋平氏の談話については、見聞できていない。寡聞にして承知しないのだ。いわゆる従軍慰安婦問題に関して官房長官談話を発した河野氏は、その問題について講演活動もしており、一家言ある人物である。その官房長官当時の談話によって、国の内外が多大の影響を受け、国家や国民は損失を被ったのだ。そのような人物の朝日新聞『検証』に対する見解については、マスコミがもっと注目してよいはずである。

 自民党の面々については、かなりの者が朝日新聞に対して文句があるようだが、河野長官の証人喚問に熱心でないことには、不満である。証人喚問は、河野長官を断罪する制度ではない。国政の真実を語らせる制度に過ぎないのだ。虚言を弄しない限り、真実を証言したからといって、問責されることもない。今さら河野談話を覆せば、世界の物笑いになり、反発を生むかのようにいう者がいるが、その談話を契機にわが国や国民に対する侮蔑は、少しずつ拡大しているのだ。証言次第では、河野談話を覆して当然なのだ。真実を永遠に残すためである。ともあれ、河野氏のいわゆる従軍慰安婦に関する「ご高見」と朝日新聞『検証』への反応を議院で証言して貰うかたちで訊いてみたらどうであろう。

つぶやき-8月15日と靖国神社

つぶやき-8月15日と靖国神社

 
8月15日が近づいた。ニュ-スの端境期ということで、マスコミは、安倍晋三首相の靖国参拝を求める声、それを妨げようとする声を大げさに取り立てて騒がしくなるであろうか。安らかであるべきにも拘わらずである。

 ただ筆者は、首相に限らず、天皇陛下のご親拝をも期待したい。それは、8月15日に限らない。国のために身命を捧げた人には、いつでも誰でも敬意を払って欲しいのだ。

 国政政治家としては、外圧の問題もあろう。国政に責任を持たない身で論ずれば、そのようなことを問題にする必要はないと思う。内政に対する干渉は、独立した国家として排除する姿勢が必要と思うのだ。いわゆる戦犯問題は、日本国憲法で受け入れ得る問題ではない。独立国家が、憲法と両立しない国際行為にいつまでも拘束されるべきでもない。現に国内法的には、その問題は解決されているのだ。その解決は、念のため、関係国と連絡し合った結果でもある。にも拘らず、愚痴愚痴云う戦後の新興国は、無視してよい。韓国の国会議員には、靖国の遺骨・位牌を取り戻すと述べた全く無知の者さえいた。そのような者に気をつかえば、靖国神社の問題だけでなく、政府の諸種の白書あるいは青書にも、クレ-ムがつく。教科書さえも、作成できなくなるであろう。

 国内的には、マッカ-サ-によって押し付けられた憲法の政教分離を問題とする者が、少なくない。
 宗教とは何か、承知しないが、筆者は、靖国神社を政教分離でいう宗教と思っていない。

 「靖国神社は、宗教法人ではないか」という反論もあろう。そは、マッカ-サ-の圧力の結果なのだ。一体、戦前の人々は、普通に、神社を宗教と思っていなかったのだ。マッカ-サ-の考え方、その「神道指令」等が、神社を宗教としたに過ぎないのだ。マッカ-サ-が宗教といえば、宗教でないはずのものも、なぜ宗教となるのか。神社には、教えなどないのだ。教えが無いから、信者もいない。布教活動さえないのだ。

 カソリックは、当初、深く究明することもなく、神社を宗教的本質をもつものと考えた。そのため、いわゆる上智大学事件が発生した。上智大生が、靖国神社に敬礼をしなかったのだ。その事件を契機に、ロ-マ教会は、靖国神社を考究した。その結果、布教聖書長官ピエトロ・フマゾ-ニ・ビオンディ枢機卿は、神社参拝を宗教行為でないと断じた。そしてそれを愛国心と皇室に対する表敬とする指令を発した。わが国の戦前の常識を受け入れたのだ。

 宗教ということばは、わが国民の知らざるところであった。宗旨とか宗門とか門徒ということばはあった。しかしそれらは、教えのある仏教用語であった。仏の教えの下で、解釈差異で分派したからだ。江戸時代、教えをもつ教派神道も、誕生した。これも、教えごとに分立した。そして、これら各仏派や各教派神道が、相互に心から同席することはなかった。

 しかし、神社には、教えが無かった。それ故、そこは、各仏派や各教派神道の紐帯となった。それら各派の親和融合する場となったのだ。過去もこんにちも、神社の催事は、仏教徒や教派神道の者たちに支えられているのだ。

 現在、殆どの国が、国難に殉じた者の施設を有している。そしてそこでは、献花あるいは供花がなされている。その形式は、キリスト教式である。そのような施設でなくとも、たとえば、(橋本龍太郎首相の葬式は所要で欠礼したが)、小渕恵三首相の内閣自民党葬(武道館)、宮沢喜一首相の内閣自民党葬(武道館)、鈴木善幸首相の内閣自民党葬(新橋のホテル)でも、献花の方式がとられた。祭壇に単に一礼をする形式ではない。あるいは、三跪九叩頭する方式でもなかった。それは、欧米キリスト教の影響の下に、献花の形式が一番適切と考えられたからであろう。

 国難殉死者を祀るかたちとして神社の形式がとられたのは、わが国民の歴史の習俗の反映であった。教えの解釈が異なる特定の宗派の形式では、異論が出たろうからである。国民的儀礼の場所としての「靖国」の施設に神社の形式がとられたのは、至極自然であったのだ。

 その施設に国を代表するものが参拝することを日本国憲法が禁じているとは思えない。一体、追悼参拝とか表敬参拝を政教分離でいう宗教として論ずる必要はないのだ。かつて、訪日を前にして、ロ-マ教皇が靖国参拝の意向を表明したのは、それが追悼あるいは表敬の参拝だからである。靖国神社は、もともと宗教ではないから、それに帰依するという概念もない。しかし、ロ-マ教皇が、たとえば、高野山に詣でて帰依でもしたら、大問題になったであろう。追悼参拝あるいは表敬参拝には、そのような心配もない。それ故、異宗教の者だけでなく、無宗教の者もこれを行う。そして、異論も出ないのだ。

 軍人伝道師という異名をもつマッカ-サ-が彼が宗教と解した靖国神社を真に破壊するつもりであったかは、不明である。しかし、少なくとも本国には、靖国神社を解体する意向があった。その意向の実施をマッカ-サ-をして思い止まらせたのは、マ-ク・R・マリンズによれば、メリノ-ル会の伝道師パトリック・バ-ンと上智大学のイエズス会士ブルノ-・ビッテルであったとされる。

 マリンズによれば、「すべての国民には、祖国のために死んだ者たちを悼み、回想するための場所が必要」と訴えたビッテルには、次のような言があるという。

 「実のところ、死んだ者たちに対して敬意を表すことは、市民の義務であり、権利である。靖国神社は、単に神道的な伝統の聖域ではなく、むしろ、いかなる信仰の人々も――神道も、仏教徒も、キリスト教徒も――戦没者の魂を敬うことができる国民の追悼施設なのである。」

 外国の者にも、真の靖国理解者がいた。そして、人の道を守ってくれた者がいたのだ。

 わが国家あるいは国民も、自らを懸命に守ってくれた英霊には、すべてが静かに表敬すべきと思うのだ。

つぶやき-内心を育成する困難

つぶやき-内心を育成する困難

 
早大出の父・東大出の母というわが国が誇る大学を出た両親から生まれたということである。知的水準も高かったらしい。長崎の女子高校生の殺人事件は、知りたくなくてもラジオや新聞の広告や大見出しを通じて耳目に飛び込んで来る。加害者および被害者のご家族の心境はいかばかりかと、やり切れない思いに駆られる。

 ただ加害者の高校生が、「人を殺してみたい」と口にしていたらしいことを耳にした。どのようであったら、このようなことを確言する子供となるのかと頭を巡らした。しかし、確たる答えは浮かばなかった。ただ殺人のような行為は、当人の心を律する何かがない限り、外から抑えることは至難だ。

 筆者は、台湾から引き上げると、天草の小さな村で育った。村には大きく綺麗なお寺があった。そのお寺で、或る時、かなり怖い講話を聴いた。人を殺せば、人は恨んで死んで行くから、幽霊となって、必ず何らかの仕返しに出て来るというものであった。その時の幽霊の形態描写や声音が、非常に恐ろしかったことを今も覚えている。小さい子の脳裏に刻み込まれたのだ。

 そのお寺で聞いたのか、それとも、その後別なところで聞いたのか忘れたが、わが国にそのように非常に恐ろしい幽霊が生まれたのは、戦国時代に殺傷が多かったことに鑑みてのことだそうだ。話した者が幽霊の専門家であったのか否か、全く記憶にない。しかし、小さな心には、それは、理屈の通った話であった。その真偽など、どうでもよいことであった。

 その後、熊本に移った。教育の水準が上がった。中学の頃には、幽霊など全く信じなくなっていた。人間は死ねば、土に戻るだけ、というわけだ。天国も地獄も、全く信じなくなった。宗教心が何か知らぬが、天主とか神とか仏とか霊とか等、今も信じていない。

 ところで、筆者は、凄く短気だ。人間的に残忍とも思っている。それ故、気に入らない奴に暴力をふるいたくなることは、数限りない。気に入らない奴となると、殺したくなることもある。しかし、本当に殺す気にはならない。人を殺したら、殺した奴が本当に恐ろしい姿で出て来るような気がするのだ。流行りのことばでいうマインド・コントロ-ルがとけないのだ。

 三つ子の魂は、抜けないものである。熊本で先祖の墓は、集落から一寸離れた林の中の大きな墓地にあった。中学時代か高校時代か忘れたが、盆が近づいたある夏の夕暮れ、その墓の掃除を急に頼まれた。掃除を始めたころには、既に薄暗くなっていた。当時は、街灯や電気設備など全くなかった時代だ。昼間は何とも無い梟の声が、不気味であった。月明かりだけの周りを墓石や卒塔婆に囲まれた暗い林の墓地が、非常に怖かった。狸かウサギでも急に飛び出したら、一瞬、非常に怯えたことであろう。

 硫黄島に行ったことがある。その際、米軍施設の広々とした部屋に泊まった。宿泊する前に、駐在する自衛官から硫黄島では幽霊が出るという話を聴いた。「いくさ死には、化けて出ない」とは、嘘というわけだ。そういえば、アッツ島の幽霊の話等戦争にも幽霊はつきものだ。そのように思ったら、夜中の風の音の中にも離れた部屋のドアが開く音にも、少しく敏感になった。幽霊等全く信じていないのにである。ただその夜、深夜にドアの開閉をした者はいなかった。

 幽霊が殺人を止めるか否かは、人によろう。怖れるものを持たないものは、自由放縦であり得る。科学が万能化しつつあるこんにち、幽霊を教育の場で語れば、父兄から苦情も来よう。

 大日本帝国憲法期、伊藤博文らは、憲法と宗教とを分離した。その際、法について免れて恥無しとする者たちをいかに善導するかには腐心した。明治政府は、宗教と教育をも分離した。官公私立学校での宗教の教育や儀式を厳しく禁止もした。しかしその時代、宗教に代わって内心を善導するものには、工夫がなされた。キリスト教の国教化を主張した中村正直、祭政一致を説いた元田永孚、キリスト教の国教化や祭政一致に与しなかった井上毅によって教育勅語が起草されたのだ。その勅語は、いわゆる宗教色を徹底的に排除した。宗教無しに知育偏重の是正を図ったのだ。

 その勅語は、12の徳目を定めた。好きか嫌いかはともかく、その定める徳目に目を通して欲しい。

1  父母ニ孝ニ

2  兄弟ニ友ニ

3  夫婦相和シ

4  朋友相信シ

5  恭儉己レヲ持シ

6  博愛衆ニ及ホシ

7  學ヲ修メ業ヲ習ヒ

8  以テ智能ヲ啓發シ

9  德器ヲ成就シ

10 進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ

11 常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ

12 一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ

 この中に教育で推奨すべきことは、全くないのか。子供たちの心に植え込んでいいものは、全くないのか。

 日本国憲法は、基本的人権の尊重を強調している。そのような憲法の下では、悪意ある者に事前に対応することには、異論が少なくない。思想とか良心は、自由というわけだ。かつては、いわゆる人権論者が、スト-カ-の防止にも反対した。監視カメラにも、反対が少くなかった。この度の女子高生の事例の場合も、人権論者の主張が、反映している。この事例の如きでは、措置入院は、できないというわけだ。かつてのスト-カ-や監視カメラの反論と同様、事が行われていないのに、法的な規制や監視は、違憲というのだ。

 制度が後手後手に確立される以上、何とか人々の内心を善導し律する方途が考慮されなければならない。徳育の方途の問題である。

つぶやき-朝日新聞に期待する

つぶやき-朝日新聞に期待する

 
朝日新聞が、いわゆる従軍慰安婦問題で、一部誤報を認めたらしい。長期にわたって誤報を放置し、わが国民や外国人を誤判させた責任は簡単には免れない。しかし、自己の報道を見直す姿勢は、今後も貫いて欲しいものである。

 この「旭日旗」の一部を社旗としている大新聞が、「旭日旗」に猛反発する国民が選んだ大統領朴槿惠氏がいう「正しい歴史認識」に一歩近づいたわけである。朴氏としては、さぞや悦ばしい限りであろう。彼女としては、安倍晋三首相にもはっきりと「正しい歴史認識」へと歩を進めるよう期待しているであろうか。

 ところで、慰安婦なるものは、何も戦時に限らず、何時の時代もいるものだ。特に性産業輸出大国と朝鮮日報が報じた程の韓国には、いわば輸出用の慰安婦さえ、今も数多く存在している。

 筆者が韓国を初めて訪れたのは、1990年頃のことであった。先輩教授および大学院生と韓国の法務省を訪ねたのだ。その際、金浦空港でリムジン・バスを待っていると、韓国人なまりの日本語を話す売春プロ-カ-が先輩教授のところに寄って来て、「綺麗な子がいるよ。どう」としつっこく勧誘しているのを目にした。筆者は、このような場面を経験したのは初めてのことであった。

 しばしば韓国を訪問している先輩教授は、そのようなことには慣れっこのようで、これを軽くあしらった。宿については、役人を経験したその先輩教授が、役人たちがよく泊まるというホテルを予約していた。三人で夕食を終え、それぞれの部屋に戻ったが、ベッドに入っていた筆者に、深夜「○○さん、いい子がいるんだけど」と電話がかかって来た。売春プロ-カ-だ。しかし、売春プロ-カ-が筆者の名前を呼んだのは、解せなかった。はっきりと筆者の名前で電話をして来たのだ。イギリスでは、フロントとタクシ-(正確には、ハイヤ-)業者がつるんでいる例を経験したが、恐らくフロントと売春プロ-カ-とは、つるんでいたのであろう。

 余談であるが、その電話の後、隣室の大学院生にも同じような電話がかかって来たか、確認するために部屋を出た瞬間、筆者の部屋のドアの鍵がかかった。筆者は、深夜のホテルの廊下に放り出されてしまったのだ。慌てて、フロントへ行き、事情を話したところ、驚いたことに凄い数の鍵が一つにされた束を直ぐに渡された。それが、ホテル全室の鍵の束であったのか、それとも同じ階の部屋の数の鍵の束であったか、今は記憶にない。しかし、凄い数の鍵が一束になったものであった。その鍵の束をもって深夜に部屋とフロントとを往復したが、人にでも出会ったら、怪訝に思われたに相違なかった。日頃隙の多い筆者が、ホテルに泊まったら、必ず内側からドアチェ-ンをするという習慣を身につけたのは、この時の経験からである。

 話を戻して、ここで論じたいのは、慰安婦の問題ではない。およそ慰安婦について、不本意にそのような者になったり、慰安婦として不自由な目に遭っている者は、かつてだけでなく、こんにちも確認されるところであろう。韓国では、今も、フイリピン女性が人身売買され米軍相手にジュ-シ-バ-で売春も強いられているのではないか。ミアリテキサスは、自発的で自由な性交渉の場なのか。一体、日韓で問題となったのは、慰安婦になるにつき軍の強制があったか否かであったはずだ。いわゆる従軍慰安婦の問題なのだ。にも拘わらず、こんにち、問題が普通に慰安婦に転化されている。いわゆる従軍慰安婦の問題を慰安婦の問題にすり替えてはならないにも拘わらずである。

 その場合、いわゆる従軍慰安婦の問題は、軍の一部が強姦をしたような事件とは異なる。一時期、沖縄で米兵による強姦事件が多発した。しかしこれは、軍の命令によるものではない。軍に所属する個人あるいは集団の行為に過ぎないのだ。

 いわゆる従軍慰安婦とは、韓国に存在した韓国軍、米軍および国連軍のために政府が設けた慰安婦(第五種補給品、洋公主)のようなものをいう。韓国の慰安婦については、昭和20年当時のものは、慰安婦(comfort woman)あるいは売春婦でよい。しかし、いわゆる朝鮮戦争以降のものについては、性奴隷というべきものもあったようだ。「正しい歴史認識」を唱える朴氏であればこそ、多分にその事実を掌握していることであろう。何せ朴氏の父君朴正煕大統領は、その道のプロであったはずだ。その父君こそ、性産業輸出大国に先駆けた性売買の大元締めの一人であったのだ。

 その韓国軍性奴隷については、そのうち朝日新聞が特集するかも知れない。かつて日本軍が利用した戦時韓国人売春婦と朝鮮戦争後の韓国のいわゆる従軍慰安婦との差異を正しく認識するためである。

 「旭日旗」あるいはそれらしきものを見れば異常反応を起こす韓国人が、朝日新聞には不思議に興奮しない。そのような朝日新聞には、内外の人々が朴氏が望む「正しい歴史認識」を持つようになるように、戦時韓国人売春婦と朝鮮戦争後の第五種補給品の異同の特集を期待したいものである。取り分け韓国人には分かるように。尤も、朝日新聞に期待することは、無駄かも知れないが。

つぶやき-安倍氏の「対中包囲網」外交?と「冷戦思考」?

つぶやき-安倍氏の「対中包囲網」外交?と「冷戦思考」?

 
中華人民共和国『人民網』(平成26年8月4日)は、「反中国同盟構築 安倍氏の誤算」というテ-マでわが安倍首相の外交を批判する論を展開した。その国民を誤導する姿勢と習性とは、相も変わらないようだ。

  『人民網』は、安倍首相の外交を「中国『封じ込め』外交」あるいは「『対中包囲網』外交」と捉えているようである。しかし、わが首相の外交は、中華人民共和国を意識したそのようにスケ-ルの小さな外交ではない。「弱い犬程よく吠える」というが、韓国の朴槿惠大統領と金魚の糞のようにくっ付いて、彼方此方でわが国の悪口を触れ回る習近平国家主席や朴氏の告げ口外交とは異なるのだ。安倍首相は、地球を俯瞰した外交をしているのであって、中華人民共和国に格別の意を払っているわけではないのだ。その外交は、地球儀俯瞰外交であるから、その外交に中華人民共和国や韓国を排除する姿勢があるわけでも決してない。

 その証拠に、安倍首相は、「日中や日韓の間には問題があるから、話し合わなければならない。門戸は、開かれている」と、何度も口にしているのである。ただこの二国のトップが「僕ちゃんたちのいう条件を聞かなければ、会わない」と捻〔ひね〕くれていることから、その外交が偶々〔たまたま〕二国を除いたかたちになり、中韓の周辺諸国やその他の諸国の外交を先にしているだけなのだ。中韓が、安倍首相の呼び掛けに何か弱みがあるのか、キャンキャン叫びながら、金魚の糞宜しくくっ付いたまま国際社会の波間に浮かびながら、遠ざかっているだけなのである。安倍首相としては、そのような子供地味た国家に付き合っている暇がなかったに過ぎない。

 中華人民共和国の政府首脳やそれに右へ倣えの『人民網』をはじめとする御用メディアや御用学者たちは、口を酸っぱくしてわが国の批判を試みながら、安倍首相の動向が気になって仕方がないようだ。そして、日伯共同声明に中華人民共和国批判を導入することに失敗したとほくそ笑んでいるようである。しかし、安倍首相には、そのような中華人民共和国の動きを気にしている暇もないし、また、二国間関係の共同声明に特定の国家を名指して批判するような低劣な国家の首脳がやる無作法な姿勢もない。

  『人民網』が、日伯共同声明で宣べられた民主主義、人権の推進、社会の包摂性、持続可能な発展という価値観について、「恐らく世界の圧倒的多数の国々が従い、努力している理念」と態々〔わざわざ〕注目したのは、それらが、中華人民共和国には欠けていることから、自国に対する皮肉に聞こえたからであろう。その『人民網』が、それに続けて「中国は責任ある大国、国際ル-ルの擁護者、建設的な参加者であり、国際法の遵守の面で信望が厚い」と冗談を述べたのは、もしかしたら冗談ではなく、自国の政府に対する皮肉を述べたものかも知れない。事実、かつて中華人民共和国におんぶで抱っこであったはずの朝鮮人民民主主義共和国の金正日総書記は、信望の厚いはずの「中華人民共和国は信頼できない」と述べ、今また、金正恩最高指導者も、「中華人民共和国を敵とみなせ」と述べたらしい程なのだ。国際社会に疎いオバマ大統領でさえ、中華人民共和国については、「国際社会が強硬姿勢を維持しなければつけあがる」国と気が付いたのである。

 ところで、『人民網』は、日伯共同声明に中華人民共和国「封じ込め」が表明されることを期待していたのか、そのどこにも中華人民共和国「封じ込め」の内容は見つからなかったと述べた。しかし、これは、自国の品格無き国家首脳がやることを他所の国の者もやるものと思っているからであろう。自分の尺度で他を計る姿勢は、自称「大国」のマスコミとしては余りにも見苦しい。『人民網』は、安倍首相をして「反中同盟の構築者」とみなし、安倍首相がブラジルとの関係でその企てに失敗したかのように論じているが、そのような論じ方は、習近平氏に対してなされるべきことである。魏の萢雎〔はんしょ〕の知恵に学んだのか、遠交近攻は、むしろ習氏の反日外交政策の一環のようなのだ。

 その習氏は、彼方此方で反日同盟を構築するかのような振る舞いをし、各国に同調を期待して来たようであるが、それに同調しているのは、朴槿惠氏だけなのだ。それもその朴氏が、外国の評価を得られていないどころか、国内では首相一人きちんと任命できず、自国内で支持率を低下させていることに気が付いているのであろうか。安倍外交は、中華人民共和国を封じ込める必要も反中同盟構築の必要もなく、世界中の諸国家と自然体で交わるだけなのだ。

 中華人民共和国の周恩来は、「外交というものは、かたちを変えた戦争の継続状態である」と述べたが、かつてのわが国の外交が戦争に留意していなかったことは、反日を続ける中・韓にも献身的に続けた経済援助からも明らかである。にも拘らず、『人民網』は、積極的に平和外交を続ける安倍首相に「冷戦思考」の存在を感得し、「失敗する」としているが、「失敗する」もしないも、安倍首相には、「冷戦思考」など全く無いのだ。中華人民共和国国民を善導すべき『人民網』には、余りにも他を分析する能力に欠けているようである。それでいて、全てを見通したかのように「ご高説」を宣〔のたま〕っているのだ。

  『人民網』が、周恩来の如く外交を戦争の延長と考え、また安倍外交にも真に「冷戦思考」なるものを見てとるのであれば、余りにも軽率な思考観察である。そのように好戦的なものが先ずなすべきは、孫氏を紐解くことであろう。その孫氏には、「彼を知らず己を知らざれば、戦うごとに必ず危うし」とあるからだ。尤も、孫氏を紐解く中華人民共和国は、諸外国にとって迷惑であるが。

つぶやき-原爆を落とし、戦争をした奴

つぶやき-原爆を落とし、戦争をした奴

 
また「広島の日」が来る。原爆が投下された日である。

 未だ見たことはないが、原爆死没者慰霊碑には、「安らかに眠って下さい。過ちは繰返しませぬから」とあるそうである。広島市によれば、その「碑文は、すべての人びとが、原爆犠牲者の冥福を祈り、戦争という過ちを再び繰り返さないことを誓う言葉」だそうである。

 その碑文から、そのような理解は無理だと思うが、一体、広島市は、「すべての人びとが、原爆犠牲者の冥福を祈り、戦争の過ちを再び繰り返さないことを誓う言葉」をどのような判断によって創り出したのであろう。

 世の中には、人を殺して平然としている人がいる。広島や長崎に原子爆弾を投下し、その正当性を疑わない人々も、依然として少なくない。原子爆弾の投下を当然のこととしている者が、近隣諸国の人々の中にさえ現在もかなりいるのだ。そのような者たちが、原爆犠牲者の冥福を真に祈っているとは思えないのだが。

 世界は広く、広島や長崎の存在さえ知らない人は多い。ましてや、たとえ大きな出来事であっても、世界史の出来事を知らない人も、決して少なくない。原爆が広島や長崎に投下されたこと知らない人は、少なくないのだ。したがって、世界は、原爆の犠牲者の冥福を祈る人々だけではないのである。

 何せ、わが国にもいるが、世界にも、天主も神も仏等をも信じない唯物主義者は、少なくない。そのような者は、祈るとか願うとか誓う等といった宗教あるいは祭祀に伴う行動をしないのだ。初詣とか神前結婚式とか「祈念」式典など馬鹿馬鹿しいと思っている者がいることを看過してはならない。

 ところで、広島市は、上記碑文のことばを「戦争の過ちを再び繰り返さないことを誓う」言葉とも説明しているが、アメリカ合衆国は、第二次大戦後、何度戦争を繰り返したか。近隣諸国でも、中華人民共和国は、建国後60年余に過ぎない未だ新しい国であるが、既にウイグル、チベット、台湾、朝鮮、ベトナム、インド、ソヴィエト等と戦い、今また、ベトナム等と事を構えようとし、わが国にも触手を伸ばそうとしている。韓国は、半島だけではなく、自ら望んでベトナムで戦い、イラクやアフガニスタンへも出兵している。世界には、自衛戦争や解放戦争や制裁戦争を当然とする国家や人は、少なくない。わが国にさえ、日本国憲法の審議に際して、日本共産党は防衛のための戦争を正当としたし、日本社会党は、自衛権を堂々と主張し、また国際社会による安全保障の仕組みに期待していたのだ。

 中華人民共和国の勇ましい一部軍人の声に聞かれ、朝鮮人民民主主義共和国の脅しにも確認されるように、こんにち依然として、原爆を使う気のものはいそうだし、ましてや、戦争を繰り返している国は、少なくないのだ。

 ところで、トル-マン大統領は、原爆投下「成功」の報を聞いて、「獣を殺すのに獣の方法を以てす」という趣旨の言を発したと聞く。彼はまた、原爆投下について「全く心が痛むことはなかった」と云ったとも伝え聞く。そのような大統領であったればこそ、わが国への原爆投下は、18個も予定していたらしい。

 思えば、マンハッタン計画を推進したル-ズベルト大統領と言い、アイゼンハワ-やマッカ-サ-ら軍の大物の反対を押し切って原爆投下に踏み切ったトル-マン大統領と言い、わが国にとっては空恐ろしい大統領であった。大量に「獣」を殺したトル-マンが、日本人の頭蓋骨が彼らの物に比して2000年も遅れていると信じ、人種の交配による文明の進歩を考え、「日本に勝利した暁には、あらゆる手段を以て他の人種と結婚(交配?)させる」積りであった人種差別主義者のル-ズベルトの影響を受けていたかは知らないが、彼らが、生きていたとして、真に「安らかに眠って下さい。過ちは繰返しませぬから」という心境に達したかは、疑問である。

 東京都知事選挙で応援演説をした百田尚樹氏が、東京大空襲や原爆投下を「大虐殺」とし、東京裁判を大虐殺を誤魔化すための裁判という趣旨のことを述べたのに対して、米国大使館は、「非常識」と反応したそうである。「非常識」の意味するところが原爆投下を大虐殺と述べたことをも意味したとすれば、原爆投下国の言行故もあって、原爆死没者慰霊碑の碑文における「過ち」に対する広島市の説明など、全く意味をなさない。

 ところで、「安らかに眠って下さい。過ちは繰返しませぬから」という碑文そのものは、何のことをいっているのか全く分からない碑文である。それは、親不孝であった子供が、親の墓碑の前で、手を合わせていても似合う碑文である。あるいは、事故で従業員を失った経営者が、社碑として認〔したた〕めた碑文としても、全く可笑しくない。上記のそれが原爆と関連付けられた文と分かるのは、それが原爆投下地に置かれ、原爆死没者慰霊碑とされていることから始めて理解できることである。

 その原爆死没者慰霊碑を設け、意味不明の碑文を盛り込ませたのは、当時の広島市長浜井信三氏らしい。浜井市長が「安らかに眠って下さい。過ちは繰返しませぬから」という碑文を刻ませたらしいのだ。であるとすれば、広島市に原爆を投下したのは広島市長であり、広島市長が戦争に走ったのであろうか。能力上や権限上、そのような筈はないから、広島市長が、それらを内密に誘導したのでもあろうか。「安らかに眠って下さい。過ちは繰返しませぬから」というような碑文は、上記の親不孝の子供や会社の経営者の例に見るように、自分の責任を自覚しているからこそ、成り立つ文章なのだ。広島市長が刻ませた碑文に広島市による説明が成り立つとする者がいるとすれば、その者は、余程に「素晴らしい文学者」だ。

 ともあれ、「安らかに眠って下さい。過ちは繰返しませぬから」とは、文章そのものからは、誰が認〔したた〕めた文章か分からず、何の過ちを繰り返さないのか分からないが、最近、エノラ・ゲイ搭乗最後の生存者セオドア・バン・カ-ク氏が、他界したそうだ。氏は、核兵器の使用には反対していたらしいが、原爆投下を悔いてはいなかったらしい。

 要するに、「過ち」を犯したのは、広島市長としか読めないのではないか?

つぶやき-女性閣僚登用発言と逆差別と云うやっかみ等

つぶやき-女性閣僚登用発言と逆差別と云うやっかみ等

 
この所、安倍内閣の改造とそれと同時期になされるであろう自民党の役員人事の観測記事が飛び交っている。そのうち自民党の役員人事については、一つの党内のことであって、党員にとってはともかく、どうなされようと国民とは直接には関係ないことである。しかし、内閣の改造人事については、憲法そのものの問題であり、日本国憲法68条によって内閣総理大臣の権限として行使されるもので、遠い世界のこととはいえ、国民の一人として関心がある。

 特に民主党政権当時の大臣について、防衛に素人の防衛大臣が次々に任命されたり、平均5ヶ月も持たなかったいい加減な法務大臣人事が繰り返されたりした(千葉景子(鳩山)、千葉景子(菅)、柳田稔(菅)、仙石由人(菅)、江田五月(菅)、平岡秀夫(野田)、小川敏夫(野田)、滝実(野田)、田中慶秋(野田))等のことから、国政の要衝の人事には、かなりの国民が注目するようになっている気がする。否、内閣の人事とはこの程度のものかと、逆に呆れかえっている者が増えているかも知れない。そのうち少しく後者に関連して、今秋予定されている内閣改造は、今までの内閣に失点があったとも言えないから、その必要性の問題もあり、要するに、内閣改造が、大臣病にかかった者たちのための党内ガス抜きのために行われるものとしたら、その意味で、閣僚の地位に大した評価を与えない者も少なくないであろう。

 報道がどの程度に正しいかは、常に疑問があるが、それでも、安倍首相が内閣改造に際して女性の積極登用について言及していることについては、筆者が購入している一紙だけの報道ではないから、かなりの程度に真実であろう。これも報道によれば、石破茂自民党幹事長は、内閣改造・党役員人事に伴う安倍首相のそのような姿勢に対して、「女性の持つ大きな能力が国家のために使われる」として支持したとのことである。

 安倍首相らによる女性の積極登用の発言には、社会全般に、ともすれば、埋もれている女性の能力が生かされていないとして、その能力を自ら率先して生かして見せるという想いでもあるのであろうが、これに対しては、「実力も無い女性を引き上げるのなら、逆差別」という入閣待ちの男性議員からのやっかみの声が聞かれるらしい。

 安倍首相は、女性を積極的に登用したとしても、実際には、「女性であるから、入閣させた」などとは絶対といっていい程云わないであろう。それどころか、「評価に値する女性であるから、適材として入閣させた」と云うのであろうから、上記の男性議員のやっかみなど、言うだけ無駄で、その議員が入閣できなかったとしたら、その議員は、安倍首相から見て、入閣した女性大臣より、評価に値しなかった議員というに過ぎなくなる。他方で、入閣できた女性大臣については、入閣以前に余程に評価を得ていない限り、「あれは、安倍首相だから入閣できた」という評価が常に伴い兼ねない。予め評価も高く真に有能で入閣できた女性大臣であるとしたら、その者については、安倍首相が示した予言は、或る種侮蔑を意味することにもなり兼ねない。

 本来、閣僚人事については、男性だからとか女性だからとか、前もって偏見を与え兼ねない人事の基準など示されるべきではなかった。

 また閣僚人事の如きは、単に国政に関するいろいろな能力だけではなく、首相との相性や他の閣僚との関係、本人のいわゆる身体検査、派閥や連立政党の事情等諸々の要素を判断して、内閣総理大臣によってなされるもので、一たび人事がなされると、建前で説明されるだけであるから、やっかみ等を述べて愚痴ったり人を批判し難じたりするだけ、無駄であり見っともないことである。

 日露戦争を終わらせることに貢献したことで知られる故セオドア・ル-ズベルト米国大統領は、「価値ある人は、批評家ではない」と述べたが、その言うところは、傾聴に値する。「愚痴、やっかみを述べる前に、事に直面して、選ばれる人になるべきなのだ」。筆者が評価している故マ-ガレット・サッチャ-英国首相は、「頂点に立つには、懸命に働け」と述べたが、故高橋是清首相も述べた通り、大臣病にかかり愚痴る前に、評価を得るために「何でもよいから、一生懸命やる」ことこそ、重要なのだ。

 女性のことについては、全く分からないから、M・サッチャ-による「女性であれば誰でも、国の問題についても、理解できる」ということの真偽は、判断し兼ねる。また彼女が「女性であることは、力強くあること」と述べたことについても、よく理解できない。しかし、安倍首相によって選ばれる女性閣僚には、M・サッチャ-が述べたような国の問題を理解でき、力強い閣僚であって欲しいものだ。

 最後に、女性男性に関係なく、取り分け閣僚に希望したいが、最近の閣僚に限らず、政治家も外来語や外国語等が好きなようで、横文字・カタカナ語やアルファベットの頭字語等が多用され、筆者ら田舎出身の者に理解できないことが非常に多い。新井白石は、「話は相手に伝わってはじめて意味をなす」と述べたが、心して欲しい。閣僚や政治家であればこそ、「自分の言いたいことを言うのではなく、相手に伝えることを第一に考えるべき」と思うのだ。わが師憲法の碩学の故清宮四郎法博も、新井白石に学んだのか、「相手に伝わらないのは、相手が悪いのではなく、自分がきちんと分かっていないからだ。分かっている人は、分かるように話せるものだ」と口にされていたが、都会のインテリ-だけが政治に注目しているわけではないことに留意して欲しいものだ。

つぶやき-天皇は神でなくなった

つぶやき-天皇は神でなくなった

 
戦後のわが国の憲法学界をリ-ドした第一人者は、宮沢俊義法博である。宮沢法博は、分かり易い文章で多くの著書や論文を認〔したた〕め、憲法の学者や学徒に非常な影響を残した碩学である。そのような憲法の大家の論に逆らうには、些か気が引けるが、今月は、靖国参拝問題が騒がしくなる月とて、そのことと幾分関連したその説くところの一部について評してみたい。

 宮沢『憲法』(改訂版)によれば、国家機関としての天皇について、明治憲法では、天皇の祖先は神と考えられ、その結果、その子孫である天皇も神としての性格を有するとされたとされる。また神ながらの道(神社)が国教とされ、宮中には、天皇の祖先の神々が祀られ、天皇および官吏にはそれらに参拝する義務があり、政教一致が建前であったとされる。そして、ポツダム宣言により主権が国民に移ると共に、昭和21年1月1日の詔書で、天皇を現御神とすることが間違いとされ、天皇は、あらゆる神々と絶縁することになったとされている。

 しかし、大日本帝国憲法を見れば明らかであるが、その典憲には、全く宗教性がない。一体、その憲法を起案した伊藤博文は、「神道は祖宗の遺訓に基き之を祖述するとは雖も、宗教として人心を帰向せしむるの力に乏し。我国に在て機軸とすべきは独り皇室あるのみ」と述べ、グナイストが教示した国教を置く必要をも拒絶し、いわゆるミドハト憲法の失敗もどこ吹く風、欧州諸国が頼った宗教の力に重きを置かなかったのである。

 皇祖皇宗に対する「告文」や憲法を公布した「憲法発布勅語」は法の規則を立てたものと解されなかったから、官製註釈書とされる『憲法義解』には掲載されず、それらを大日本帝国憲法の解釈に援用することは回避された。明治22年1月に宮中三殿が整ったが、枢密院は、天皇親祭に官吏が参加を拒んでも、法の問題とせず、「臣民たるの義務」に背くものではないと解した。岩倉具視も伊藤博文も福沢諭吉も僧侶も宣教師も、したがって、かつての常識は、神社を宗教などと解してもいなかった。明治天皇のご崩御に伴うご大喪やご大礼に日本基督教会同盟が参列を要求したのも、教派神道と異なり、そこに宗教性を覚えなかったからであった。天皇を神聖不可侵と定めた大日本帝国憲法3条は、法律の君主に対する問責能力を奪った欧州諸国の規定の仕方に学んだに過ぎず、天皇を神とするものでは決してなかった(『憲法義解』)。

 教育勅語によって、当時の人には、宗教と教育とを分離し得たとする自負もあった。一時期、一部に天皇を現御神とする考え方が生まれたが、それによって天皇が天主としての“神”(God)であることを意味したわけではなく、単に貴く賢いものを意味したに過ぎなかった。それは、往古、天武天皇と持統天皇および天武の皇子に対して「皇〔おおきみ〕は神にしませば」式の現御神の考え方をした歌が現れた当時に似て、中心的存在を賛辞し、結束を固める一表現法であって、大日本帝国憲法そのものとは別のことであった。

 祭政一致、神祇崇敬の強化の動きに対して、明治天皇は評価せず、その思想を強調した山田顕義は、天皇から注意を受けた程であった。皇室祭祀令、皇室成年式令、皇室陵墓令には、国務大臣は副署もしなかった。昭和21年1月1日の詔書は、天皇が天主としての“神”(God)と解されていたと誤解したGHQがそれを否定する提案をしたものであったが、天皇は、五箇条の御誓文をその提案の頭部に加えて、その詔書を日本独自の民主政の存在を強調するものに改め、そこでは、現御神性のみが否定されたものの天皇を「神の裔〔すえ〕」とする大日本帝国憲法外の「告文」の精神は維持された。

 GHQは、いわゆる神道指令で「国家神道」ということばを用いたが、これは、わが国で殆どの者が承知していなかった加藤玄智が用いた「国家的神道」なる概念を真似ただけのものであり、その「神道指令」は、わが国の神社神道に対する無知を曝け出したものであった。外国誌の質問に対して、昭和天皇が「国家神道など不明な概念」という趣旨の回答をされたのは、偽りの無いところであって、日本人としてそれを理解した者も、殆どいなかったであろう。

 宮沢法博が説く神とか宗教という概念は、必ずしも明らかではないが、わが国の神が天主を意味する“神”(God)と異なることは、無視されるべきでなかった。かつてキリスト教がわが国に出現したとき、それに帰依した往時の人々は、「ゼウス」を崇拝したが、それは、「神」ではなかったのだ。

 わが古来の神道には、山川草木等悉皆神々、森羅万象を神とする思想があったから、それが、天主を意味する“神”(God)と区別されるべきは、かつても今も変わらないのだ。信教の自由は個人的なものであるから、天皇が神であっても、かつても今も国家が関知するところではないが、大日本帝国憲法が政教一致の建前であったとは、驚くべき解釈である。しかし、機関としての天皇については、昭和天皇が美濃部達吉法博の天皇機関説を支持されたことは、美濃部法博の下で学んだ宮沢法博も承知していたはずだ。大日本帝国憲法が一時期誤解して運用されたとしても、それは大日本帝国憲法そのものではない。宮沢法博は、戦後、天皇が恰も神でなくなったかのように説かれたが、大日本帝国憲法は、天皇を神としていなかったから、天皇が神でなくなったという理屈は成り立たないのだ。

つぶやき-恥ずかしい日本国憲法の規定

つぶやき-恥ずかしい日本国憲法の規定

 
わが日本国憲法18条では、「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服せられない。」と規定されている。この規定をGHQの祖国の憲法修正13条を真似て条定化されたものとする解釈には、異論はあるまい。

 このような規定をわが国に押し付けたGHQは、その原案において、奴隷、農奴またはあらゆる種類の奴隷役務を禁止しようとしていたから、わが国情には全く疎かったに相違ない。一体、憲法修正13条を必要とした米国と違い、非常に遥かな昔まで辿らない限り、わが国には、奴隷など存在しなかったのだ。

 「カイロ宣言」という公文書は存在しないが、ル-ズベルトの米国が起草した「カイロ宣言」には、「朝鮮ノ人民ノ奴隷状態」という認識があったから、米国には、いかにも人種差別を続けた国家らしく、どこの国にも人種的に差別された奴隷が存在したはずとする差別的な見方が存したのかもしれない。ル-ズベルトがそうであったればこそ、GHQも、同様であったのであろう。

 些か話しが逸れるが、上記のようなル-ズベルトの米国の朝鮮半島に関する認識こそ、こんにちの韓国人をして増長させ、わが国の戦前の半島政策を専制的支配と主張させている一因である。しかしながら、朴槿惠大統領がいう「正しい歴史認識」を命がけで行ったチェ・キホ伽羅大学客員教授(1923年生)によれば、先進的な思想家を殺し、民族産業を衰退させた朝鮮王朝に対して、「教育」「医療」「工業」「社会インフラ」を整備し朝鮮半島の近代国家の基盤を造ったのは、日本であった。

 日韓併合前も、たとえば、1907年の朝鮮王朝の歳入は748万、歳出は3000万以上という赤字の状態を補填したのも、日本であった。チェ客員教授の認識を待たずとも、色々な証拠によれば、半島に民主主義を持ち込んだのが日本であり、大衆文化を育てたのも日本であり、人口を増加させたのも、日本であった。これを「奴隷状態」と看做したル-ズベルトの目は、節穴でしかなかったのだ。

 再び戻って、奴隷制度などもっていなかったわが国は、明治5年、イギリスが奴隷運搬船と認定したペル-船籍マリア・ルス号のシナ人を外務卿副島種臣や県権令大江卓の活躍によって解放し、同年には、奴隷ではなかったが、いわゆる遊女解放令を発して、芸娼妓をさえ解放している。

 これに比して、奴隷を解放するために憲法を改正して10年も経っていなかった米国では、その後も、原住民(インディアン)に対する抑圧は続けられた。また、解放奴隷は、社会の底辺に置かれ続けた。白人と黒人とを公共の場所で差別する法律(ジム・クロウ)が制定されたが、このジム・クロウ法は、いわば人種を隔離したものであった。そのジム・クロウ法による人種の隔離は、白人による黒人に対するリンチの減少という予測外の好結果を生んだものの、白人の黒人に対する精神的優位を維持し、黒人を精神的に隷属化させたものであった。

 にも拘らず、そのような法律が、19世紀末、連邦最高裁判所によって、「分離すれども等しく」の原理として公然と認められた(プレッシ-対ファ-ガソン(1896年))。そのような風土のアメリカでは、黒人に対するリンチは減少傾向にあったとはいえ、その種のリンチは絶えず、1960年代まで続いた。その間、人種隔離の考え方から、たとえば大戦中、日系人や日本人移民が、マンザナ-ル等に収容され、苛酷な生活を強いられたことは、今や周知の事実である。これらの事象を生み出した米国の行為は、ル-ズベルトが朝鮮半島に想像した「奴隷状態」とは比較にならず、チェ客員教授が見た「親切でやさしい日本人」の所業と大いに異なった。

 ところで、いつも洗面歯磨き等をしている家に来た者が、「洗面を欠かさず、歯を磨くこと」を家法にしなさいと命じたとしたら、その家の者は、馬鹿馬鹿しくて、そのような家法を持つことを恥ずかしく思うであろう。

 日本国憲法18条は、建国後も奴隷制を排除しなかった至極米国的な規定であって、大日本帝国憲法にも欧州諸国の憲法にも、例を見ない規定である。その審議に際して、早速、わが国には、社会の一部に類似することがあったとしても、制度としても思想としてもそのようなものはなかったという発言がなされたが、その発言は、当然のことであった。わが国の憲法に、「如何にもバタ臭い『奴隷的拘束も受けない』と云う言葉を使うことが、果して思想的にも宜しいことであるか、悪いことであるか」と問われた金森徳次郎国務大臣が、「御説は洵に共鳴する次第です」と答えざるを得なかったのは、わが憲法が押し付けられた憲法であることの悲哀を示したものである。

 理屈をつければ、日本国憲法18条を必要とするといえないこともないが、恰もわが国に奴隷制があったかのように誤解を与え兼ねない規定は、削除されなければならない。さもなければ、いわゆる従軍慰安婦問題について、「河野談話があるじゃないか」という者が少なくないように、朴槿惠のような人物が現れて、何時の日か、日本国憲法18条を日本がかつて支配した朝鮮半島に存した「奴隷状態」に鑑みて制定されたものとし、それを「半島人が帝国によって奴隷化されたことを日本国民が認めた証拠」と述べ、「正しい歴史認識」をすべきと迫る日が来るかも知れない。

つぶやき-戦後最悪の大統領を法廷に:アメリカ民主主義の醜態

つぶやき-戦後最悪の大統領を法廷に:アメリカ民主主義の醜態

 
1789年、建国間もないアメリカ合衆国の首都ニュ-・ヨ-クにマウントバ-トンに引きこもっていたジョ-ジ・ワシントン初代大統領を迎えたとき、合衆国は、自由で民主的な栄光ある未来を夢見、そのために、合衆国憲法は、勤勉で誠実な有徳の国民が素晴らしい政治の指導者たちを選択し続けることを期待していた。

 しかし、2008年、首都ワシントンに200万もの国民が歓呼して迎えた大統領は、キニピアック大学の調査によれば、「第二次世界大戦後最悪の大統領」と評価されるほどの大統領でしかなかった。

 アリストテレスが民主政のいわば負の形態として衆愚政を説いたことは、周知のところであろう。チャ-チル首相が、条件付きではあるものの、民主主義を最悪の政治(原理)と述べたことも、今や多くが承知しているところである。

 一体、民主主義は、頭数の政治原理であって、正義を生み出す原理では決してない。その原理は、頭数で正義を仮定するだけの政治原理なのだ。その原理を用いた結果が正義を意味するわけでは決してないのである。寧ろ、民主化が進めば進む程、民主主義が正解から遠ざかる可能性は高まる。

 たとえば、現在わが国の参政権は、5年前後の社会的経験を有するかあるいは大学等で一般教育で憲法教育を受ける等した何らかの人生経験を重ねたかあるいは少しは幅広い知識を得た20才以上の者によって行使されるが、憲法改正問題を契機にして、程なく参政権は、18才以上の者が行使することとなる。3年前後の社会的経験しか無い者あるいは大学の一般教育をも受けていない高校卒前後以上等の人生の経験のより少ない者あるいは一般教養的知識も不十分な者が、複雑多様で難解な国政等を左右する問題の解決に参加することになるのである。とすれば、そのような者たちに社会的な経験も知識も少ない以上、その判断は正解から遠ざかって当然なのだ。それをさらに民主化して、参政権の行使を15才以上にすれば、さらに軽率な判断がなされる可能性は高まるのである。民主主義は民主化すればする程、衆愚政治化するのだ。アメリカ合衆国は、それを例証しているのかも知れない。

 事ある毎に尤もらしい理屈が述べられるが、建国以来何でもありの感じの合衆国で、今度は、連邦議会の衆議院によって大統領が訴えられる事態が生じそうなのだ。
 思えば、合衆国では、憲法に規定されていない重要な(連邦議会)の国政調査権が、既に1792年に行使された。

 アダムズ大統領によるフェデラリスト派政治に固執して任期切れ寸前までなされたいわゆる「真夜中の任命」は、余りにも見苦しい政治劇であった。その結果生まれたジョン・マ-シャルによる違憲立法審査権は、結果論としての良し悪しはともかく、憲法が予定していない司法による最高権力の簒奪であった。

 その司法がインディアンのチェロキ-族の政体を独立のものと認め、チェロキ-国の許可を得るか条約で特権を認められない限り、ジョ-ジア州民はその国に立ち入ることはできないと述べたにも拘わらず、それに先立って、アンドル-・ジャクソン大統領はインディアンの排除を企図しており、連邦議会もインディアンを対象として可決していた強制移住法を可決していたが、そのような原住民排除の姿勢は、貫かれたのである。「アメリカの民主政治」を著した有名なアレキサンダ-・ド・トックヴイルのいわゆる「涙の旅路」は、この頃の米国人の横暴と原住民の悲劇を表現したものであった。

 「独立宣言」で基本的人権の思想を高らかに謳った合衆国で、「何人も」が有した筈の合衆国憲法修正5条の適法手続きの保障は、黒人に対しては適用されなかった。建国後程なくして制定された帰化法は、白人の外国人に限られた。例を上げれば、切りが無いが、合衆国は、何でもやってみる国家なのだ。

 その合衆国の政治は、ジェファ-ソンの高邁な思想を継承しながらも、複雑怪奇な事象を数多く呈している。すべては、その建国のイデオロギ-である自由で民主的な政治原理の実践の結果なのだ。その原理を有する体制の下で、勤勉で誠実で有徳の国民が生まれているか、その者たちが優れた政治の指導者を選挙しているかは、疑問である。

 最近の例を上げても、合衆国には、韓国人戦時売春婦に関する詳密な調査結果があるにも拘わらず、その報告を吟味することもなく、幾つかの州の自治体では、韓国人戦時売春少女像が建立され、それも、連邦議会の衆議院までもが、121号決議をしている。その決議は、簡単な表決がなされるサスペション・オブ・ザ・ル-ルの動議による10人程度でなされたものであったが、その共同提案者が167人に上ったというから、「勤勉で誠実で有徳」であるはずの国民が選んだ連邦議会の衆議院における「政治の指導者」たちの資質の程度が分かろうというものである。その衆議院の「政治の指導者」たちが、戦後最悪の大統領を起訴するというのである。

 テキサス州の民主党議員シ-ラ・ジャクソン=リ-によれば、これは「ベ-ルに包まれた弾劾の試み」ということであるが、弾劾裁判制度もある合衆国で、抑制と均衡の体制の下、自由で民主的な政治闘争をし合うべき大統領と連邦議会(衆議院)とが争い、選りにも選ってかつて憲法(違憲立法審査権)を簒奪された司法に判断を求めるとは情けない限りである。共に「勤勉で誠実で有徳の国民」が「適切に」判断して選ばれた「政治の指導者」であるはずであるが。

つぶやき-日本国憲法ではお手上げ

つぶやき-日本国憲法ではお手上げ

 
この所、北朝鮮がミサイルやロケット弾を活発に発射している。この北朝鮮の行為から、何となく左翼過激派がロケット砲(当時は、過激派による「ミサイル」という報道擁護も使用されていた)を発射していた頃のことを思い出した。当時は、極左過激派が、自民党本部を狙ったり、皇居を狙ったり等危険な行為を盛んに繰り返していた時代であった。そのような事件のニュ-スに接する度に、これも当時、2・26事件の如く、首相官邸が狙われる事件が発生して事が成就した場合、わが国政はどうなるのであろうかと考えたものであった。首相官邸が狙われ、閣僚全員がやられる事態について想定したのである。内閣が消滅した事態である。

 日本国憲法の最大の欠点は、わが国に極端な事態が発生した場合について何ら規定が無いということである。それでもそのような憲法の下でも、国家の安全保障・国防という重大事については、何とか対応する態勢を整えつつある。政府は、何とか憲法の解釈を駆使して、未だ不十分ではあるとしても、かなり多面的な事態を想定して、事に対応しようとしているのである。

 しかしながら、殆どの政治家は、上記のようなことについては考えていないと思う。歴史を忘れて、わが国には、上記のようなことは想像だにしないのだ。

 随分以前のことであるが、私的な会合で偶々同席していた或る大臣に上記の事態について質問したことがある。すると、その答えは、参議院の緊急集会(憲法54条)で対応するということであった。しかし、参議院の緊急集会は、衆議院が解散している場合に備えたものであって、衆議院が存在している場合に、緊急集会が開かれることはない。英文憲法では、“in time of national emergency”として、国家緊急事態に備えた規定の仕方がなされているものの、実際には、衆議院が解散されているというだけの事態に備えたものなのだ。もちろん、そのように衆議院が解散されている時にも、国家緊急事態が発生することはあり得る。しかし、参議院の緊急集会は、平時にも開かれ得るのであって、単に緊急の必要に備えたに過ぎないものなのだ。おまけに、日本国憲法の規定の仕方では、参議院による緊急の自律集会が可能であるか否かは不明である。むしろ緊急集会は、内閣の要請があった場合に限られるかのような規定の仕方がなされているのである。であるとすれば、上記の事態では、内閣の消滅・不存在が想定されているから、参議院の緊急集会など無関係の事態である。

 わが国では、国会の閉会中に首相官邸が、たとえば、ロケット砲等で攻撃され、首相以下、すべての閣僚が死亡した場合、国家として法的に何ら対応できないのである。

 大日本帝国憲法では、天皇の存在とその権能とによって、内閣が消滅しても対応は可能であった。しかし、日本国憲法の下では、天皇から国政権能が奪われている(憲法4条)。日本国憲法3条によって、天皇の国事行為のすべてに内閣の助言と承認が必要であるとすれば、天皇に期待することもできない。

 もし内閣が存在しなければ、わが行政は、動くことはできない(憲法65条)。国家の動きは止まるのである。それ故、内閣が消滅した場合、直ちに組閣の必要が生じる。その組閣の権能を有しているのは、内閣総理大臣である(憲法68条)。しかし、その組閣をすべき内閣総理大臣が存在しないのである。したがって、先ずは、内閣総理大臣が任命されなければならない。その任命は、天皇が勝手に行い得るところではない。国会の指名に基づいてなされるのだ(憲法6条)。ところが、国会が開かれていないのである。である以上、直ぐに内閣総理大臣を指名する国会を召集する必要がある。国会の召集権は、天皇にある(憲法7条)。しかし、その召集権の行使には、内閣の助言と承認とが必要とされている(憲法3条、7条)。ところが、その内閣が存在しない事態が発生しているのである。正しく進退谷(きわ)まる事態なのだ。

 アメリカ合衆国では、行政権を行使するのは、大統領である。その大統領の地位ある者に万一欠ける事態が生じた場合、

 1 副大統領(兼元老院議長)
 2 衆議院議長
 3 貴族院仮議長
 4 国務長官
 5 財務長官
 6 国防長官
 7 司法長官
 8 内務長官
 9 農務長官
 10 商務長官
 11 労働長官
 12 保健福祉サ-ビス長官
 13 住宅都市開長官
 14 運輸長官
 15 エネルギ-長官
 16 教育長官
 17 退役軍人長官
 18 国土安全保障長官

 という順序で地位の継承がなされる。世界の大国アメリカ合衆国では、用意周到なのだ。

 わが国史は、2・26事件だけではなく、5・15事件の経験をもっている。戦後は、首相官邸どころか、世界の首脳が集まったサミット会場を狙うという事件も発生した。何が起こるか、誰にも予測することはできない。である以上、万が一に備えた憲法を用意しておくことは、不可欠のことである。

つぶやき-中華人民共和国に大乱は起こるか

つぶやき-中華人民共和国に大乱は起こるか

 
左傾6時5分の男習近平国家主席が「中華民族の夢」を貪っている中で、中華人民共和国では、確実に資産格差が拡大している。中華人民共和国のジニ係数は、平成24年に既に0.73に達しているのである。国内に騒擾動乱が起きる警戒線の0.40を疾うに超えているのだ。

 中華人民共和国には、政治的、宗教的等の自由の抑圧とか民族の弾圧等に伴う暴動も既に各地で非常に多く起きており、中華人民共和国は、今や何時大乱が起きても不思議ではない状態にあるのだ。

 ジニ係数だけを見れば、その水準は清朝末期に等しく、その時期、清朝では、太平天国の乱が起きている。それでも、習近平にとって幸いなことには、未だ現代版洪秀全が現れていないことである。都市部と農村部との格差が少しは縮まっているとはいえ、未だ格差が凄いこのような事態には、習近平が尊敬する共匪の首領毛沢東であれば、(彼が想定していたように、すべてが農民を代表していた者たちであったかは疑問ではあるが)、陳勝、呉広、項羽、劉邦、新市、平林、赤眉、銅馬、王仙芝、黄巣、宋江等々の如きが、一人は現れてよいはずなのだ。中華人民共和国には、元々都市部に生きるプロレタリア-トが蜂起した歴史は無いから、いわゆる農民起義が起こるのである。そのためのエネルギ-は、蓄積されているはずである。否、農民起義だけでなく、都市部のプロレタリア-トにも新疆ウイグル地区にも内蒙古等にも、蜂起するための非常な憤懣が、鬱積しているはずである。

 尤も、習近平は、国家主席、国家中央軍事委員会主席に就任するや、党・国家・軍の掌握に懸命に意を注ぎ、また、国民の中に存する憤懣から醸成される爆発のエネルギ-を削ぐことには、非常に力を注いでいる。その手段として、「中国共産党中央国家安全委員会」を創設し、自らその委員会主席に就任し、党政策の決定・調整の主導権を握り、外交、安全保障、警察、情報をもコントロ-ルし、国の内外に係る強大な権限行使を可能にしたのだ。

 それも、いかなる国家にも数多く存する盲目的な民族主義者あるいは愛国主義者を結束させるために、対外的には常に緊張関係をつくり、東シナ海や南シナ海に手を出し、体力の衰えた欧米を金の力で叩頭させながら、米国の裏庭に触手を伸ばし、反米の諸国家に近づき、またアルゼンチンでは、米国と歩調を合わせるイギリスを蔑ろにして、フォ-クランドに対する主権を支持たりした。ウゴ・チャペス前大統領のベネズエラから贈られた「南米解放者の剣」には、中華人民共和国による米国からの解放の期待を勝手に感じとっているに相違ない。

 共匪を後継している習近平は、わが国に対しては、終に「日寇」とまで罵るに至った。それも、その「日寇」の犠牲者として3500万という数字を恥ずかしげもなく公然と述べてもいる。そのことばの裏には、彼が認めるかつての中国人は、虫けらのように弱く、貧弱な武器で戦ったかつての日本人は、竜虎のように強かったという認識が潜在しているのであろう。確かに上海事件当時、わが軍は強く、僅かに3000で中国軍を撃退したのだ。

 習近平はまた、「日寇」による南京事件の犠牲者を30万としているが、強い「日寇」であればこそ、人口20万人の南京の虫けらのように弱い被害者数は30万ではなく、300万として欲しかった。それにしても、習近平が虫けらのようであったかのように認めるかつての中国人たちは、わが軍の南京入場後、民政手続に大挙として押しかけ、場所を整理するわが軍が武装していないにも拘らず、抵抗する姿勢も示さず、明るい笑顔で整然としていた。これに対して、現在「中華人民共和国民」とされているウイグル人は、武装している警察官等が厳戒する中で彼方此方で爆破事件を起こしているから、習近平が見ている「中華民族の夢」の下、勇敢な中華人民共和国民は着実に生まれているわけである。

 現在、習金平は、自らの資産公開など何処吹く風で、自分が腐敗堕落していると看做した対抗勢力の排除にかかっている。現在、周永康前党中央政法委員会書記を汚職・腐敗しているということで捜査している。ジニ係数に見る弱者だけでなく、対抗勢力にも、憤懣が醸成されているに相違ない。

 習近平は、一時的かも知れないが、領土を争うベトナムとの抗争からは、ベトナムの抵抗と国際世論の反発にあい、撤退せざるを得なくなり、評価を落とした。心から慕って来た韓国の大統領朴槿惠は、対中接近を警戒する国内勢力の批判を浴びるようになった。韓国には、ソウルで見せた習近平の笑顔に警戒するマスコミも現れている。

 習近平には、今のところ、彼が仰ぐ毛沢東が従えた周恩来に匹敵する人物がいない。エリザベス女王の拝謁を強行した北京大学出の李克強が天皇への会見を無理強いした清華大学出の習近平と心を通わせ得るかについては、疑問がある。

 格差社会が進み、いろいろな不安定な要素を持つ中華人民共和国には、近く何かが起こるのではないか。

つぶやき-家族の再生を

つぶやき-家族の再生を

 長崎県で聞くに堪えない女子高校生による猟奇的な殺人事件が発生した。この事件を耳にして、かなり以前の不良少年らによる女子高校生コンクリ-ト詰め殺人事件を思い出した。

 この度の事件では、未だ純真さがあると勝手に思い込んでいる年代の女子高校生の殺人事件とあって衝撃を禁じ得ない。尤[もつと]も、子供を純心無垢とする見方とか、性差に注目した述べ方には、異論も少なくなかろう。しかし筆者は、社会的な垢に未だ塗れていない年少者の穢れは少ないと勝手に思い込んでおり、また日本の女性には、心の動きや振る舞いに歴史的に育まれた遺伝子化した優しさがあると勝手に思い込んでいる。

 このうち後者の思い込みは、筆者だけのものでは決してなさそうだ。かつてアメリカのワシントン州の大学の女性教員による日本女性の心配りの細やかさや振る舞いの優雅さについての評価を耳にしたことがある。

 また、イギリスのオックスフォ-ドで出会った仕事で横浜に行ったことがあるというフランスの若い女性による日本女性に対する高い評価を聞いたこともある。ドイツでは、当時ヴュルツヴルグに夫婦で住んでいた日本人歯科技工士の夫人が、恰も日本女性を代表しているかのように、美しい振る舞いで日本人の評価を高めていた。その夫人は未だ若かったが、非常に綺麗な日本語を口にしていた。ドイツ人によれば、ドイツ語も、ドイツ人が真似ができない綺麗なドイツ語ということであった。ともあれその夫人は一人で、日本女性そのものを高く評価させていた。

 ただこの度の事件でもそうであるが、筆者は、その種の事件の第一報には注目するものの、後続するニュ-スは、余り追っかけない。続報については、テレビを見る気がしないし、新聞も読む気がしないのだ。殺した方も殺された方も、その家族の心情を考えるといたたまれない気持ちになるからだ。今時、家族というと考えが古く封建的という人は多い。家族は封建社会以前にも存したし、現在の社会主義社会にさえ存在しているが、こんにち、家族というものを一定の前提をもって軽侮する者は、少なくないのだ。

 しかし、人は一人で生まれるわけではない。生まれた時、必ず親がいるのだ。その親子の関係には、余程に原始的な動物でもない限り、自然に愛情という紐帯がある。ところが、日本国憲法24条は、その家族に個人の尊厳と両性の本質的平等という思想を持ち込んだ。家族を支配・服従の権力社会と捉えたからだ。日本国憲法13条は個人の尊重を規定し、同14条は、法の下の平等を定めている。これらは、たとえ自由で民主的な社会であっても、権力は腐敗するから、権力が専横的に振る舞い、権力寄りのものを優遇差別する等の勝手を防ぐためである。

 これに対して、家族は血縁共同体であって、利益共同体であってはならない。そこには、相互に支え合う自己犠牲的な家族愛が存すべきと思うのだ。そのような社会であれば、「私を尊重しろ」とか「私は貴方と対等よ」というような利益社会に必要な理屈は要らない。家族社会では、自分を大事にするように他を大事にし、自分の物を皆の物としても損得の感情はないのだ。大日本帝国憲法下では、家長の存在があり、女性は、法的に男性に比して低かった。しかしそれは、憲法が命じたところではなかったし、多くの家長は愛情をもって家族を見たし、現実に家族内で財布を支配したのは、多く女性であった。

 ところが、日本国憲法は、原則として法が入らない家族に国家が入り込むことを命じている。それも、家族が単なる個人の集合であるかのような規定の仕方をしている。その結果、家族相互間の愛情や和は二次的になり、親も子も自己中心的になり、自己の気持ちの思う通りに振る舞う傾向にはないか。

 戦後、20才未満の殺人や強姦の犯罪数は、昭和10年代に比べてかなり減少した。しかし、戦後の20才未満の刑法犯の検挙数となると、戦前に比して格段に多い。基本的人権が憲法化して居らず、検挙が容易であった戦前と異なり、基本的人権が尊重されて検挙が慎重で、しかも、検挙率そのものが落ち込んでいるにも拘らず、戦前に比して非常に多いのだ。統計に実数が示され得ていない自転車窃盗をも含めると、こんにちの20才未満の犯罪総数は、さらに多くなろう。

 このように破廉恥に少年が犯罪に走れるのは、大事にされるべき家族という存在が希薄になったからではないか。憲法も教育も、家族における個人の尊厳を強調している結果、自己の欲求さえ満たされればよく、その結果、自己のことで親や兄弟姉妹がどのような心境になり、生活し辛くなるかなど思いもしない者が増えた。無償の愛情を紐帯とする助け合う和の家族の教育が、古過ぎるとは思わない。婚姻あるいは性的行動について奔放に振る舞うことを法的に開放し、現代版オナイダ・コミュニティ-化している感じがするフランスやスウェ-デン等でわが国に比して少年に限らず、成年者も犯罪が多いのには、理由があると思う。夫婦・親子で相互に無償の愛を育成せず、いつも愛に不足を覚え、満たされる場所がないからと思うのだ。

 母校を重んじる者が母校が恥となるようなことをせず、祖国を大事に思う者が祖国の恥となるようなことをしないように、親や兄弟姉妹、したがって、家族を大切にする者は、家族の恥となるようなことをしないと思うが。何とか、愛と和を重んずる血縁共同体の再生はならないものか。個人の尊厳を強調し過ぎる憲法と教育の下で、それを家族にまで持ち込めば、自己中心的で自己の欲望に忠実な者が誕生するのは、自然のような気がする。

つぶやき-自民党にク-デタ-

つぶやき-自民党にク-デタ-

 政界に疎く、噂でしか知らないが、この所時折り、安倍おろしの動きがあると耳にする。内閣改造の噂も耳にするが、これは、安倍おろしの動きに対するガス抜きの一面があるとも聞く。安倍後継人事の名も上がっているようであるが、それが事実であるとすれば、安倍氏と比べて、いずれも、雲泥の差があり過ぎる。

 一部の者たちは、なぜ今、安倍おろしを狙っているのであろうか。

 噂によれば、安倍氏について中韓との関係の悪さを論[あげつら]う者が、少なくないようだ。安倍氏による取り分け「中華人民共和国包囲網外交」が気に入らないようなのだ。その者たちは、大化の改新期に準[なぞら]えて、安倍氏をして中華人民共和国の冊封を受けない「不臣の外夷」とでもいうのであろう。「不臣の外夷」のような地位は、左傾6時5分の男習近平によって認められなければならないとでもいうのであろう。しかし、習近平は、唐の太宗の器では無く、高表仁の如き人物さえ送ることが出来ていないのだ。

 習近平は、安倍氏が「いつでも話し合おう」と門戸を開いているにも拘わらず、「僕ちゃんのいうことを認めない限り、会ってはやらない」「僕ちゃんのいうことは、朴(槿惠)ちゃんのように、何でも聞かなければならないのに」と駄々をこねながら、「朴ちゃん」と共に、彼方此方で、ありもしない日本の悪口を言いまわっているだけなのだ。その中華人民共和国は、東トルキスタン、チベット、内蒙古、ブ-タン、南沙列島や西沙列島、インド等に手を出し、今、わが尖閣列島に触手を伸ばしている。

 小中華韓国といえば、わが竹島に大統領自ら不法入国し、わが国を意識した海軍等の強化を図り、性産業輸出大国韓国らしい売春少女像を反日の象徴として各国につくろうとしている。朝鮮半島には、北朝鮮がミサイル実験や核実験を繰り返している現実もある。そのような中華人民共和国等をも念頭に置いた地球儀俯瞰外交とか、集団的自衛権構想等と取り組む安倍氏について右傾化とか、軍国主義化とか等大仰に騒ぎ立てる者がいるが、これらは、反日教育に燃える諸国から成る東アジアの状況を無視してわが国の安全を疎かに考える者たちだ。

 かつてわが古代人は、東アジアの不穏な動きに決して鈍感ではなかった。大化の改新によって国力の統一強化を急いだのは、大陸・朝鮮半島の不安定に備えたものであったのだ。当時の東アジアでは、三国共に、国内政治は、安定していない中で、高句麗(北朝鮮)は唐(中華人民共和国)と緊張を高め、新羅(南朝鮮)は唐に接近し、叩頭し始めていたのだ。安倍氏が東アジア情勢に対応するのは、当然のことである。

 今のところ安定している安倍おろしが成功するとすれば、諸外国は日本を軽侮し始め、拉致被害者の家族にとっては、大打撃ではなかろうか。福田康夫首相以降わが国が国際社会から無視され始めたのは、首相がクルクル変わったからであった。外交の継続性がいわれる中で、余りにもクルクルと政権が変われば、わが国には話し合う相手がいないと思われるのも、当然であった。そのうちわが国は、ル-ピ-から瞬間湯沸かし器のイラ菅(癇)という「最低の首相」から「最悪の首相」をまで生んだ。そして終には、一日八時間も辻立ちをし、政治の勉強などする時間も無かった首相をまで誕生させたのだ。わが国は、最早、相手にされる対象ではなくなっていたのだ。安倍政権の誕生によって、その状態が解消されているのである。

 次に過去にも現在も、安倍氏ほど熱心に拉致被害者問題と取り組んだ有力者は、他には少ない。北朝鮮が、安倍氏程には対北政策に厳しくなかった取り分け民主党政権と真剣に話し合うことなく、むしろ、対北姿勢に厳しい安倍氏の政権と会話を開始しているのは、単にその国内の事情からだけでなく、不安定な政権と話し合ってもムダだからであったからと思う。安倍氏による拉致問題解決に向けた姿勢は、単なる政権としての人気浮揚政策の一環ではなく、被拉致者およびその家族のことを真摯に考えてのことなのだ。現在、その安倍氏による問題解決への糸口が、微かにとはいえ、見え始めているのだ。

 経済には無知だが、安倍氏の経済は、今のところ、上手くいっているように思う。また、世界各国によるわが国に対する評価は、江沢民と並んで対日姿勢で横柄な習近平の中華人民共和国と元々反日教育を続けその「成果」としての反日大統領を誕生させた「恨の国」韓国を除けば、非常に高まっていると思う。靖国参拝については、中韓に配慮し過ぎている嫌いはあるが、昨年は、一応公約を果たした。

 安倍氏は、国際社会に出る場合にも、日本人としては堂々としたものがあり、外形も悪くはない。元々貧弱で恰好で劣る日本人を出すより、外観でも点を稼げる人物だ。

 「恨」のみに生きる習近平の中華人民共和国や朴の韓国との親交を進めようとし、安倍おろしをしている人物は、叩頭する品格の落ちた国家をよしとする者たちではないのか。安倍氏としては、国際的には、「来る者は拒まず、去る者は追わず」の姿勢でよく、安倍おろしをする人物たちとの関係では、「朱に交われば赤くなる」ことを心すべきと思うのだが。

 ともあれ、単に自民党のためだけでなく、国家のためにも、たとえ平和的手段によったとしても、党内でク-デタ-的な行為は、決して営んではならない。

つぶやき-集団的自衛権論争

つぶやき-集団的自衛権論争

 
集団的自衛権に関する閣議決定に関しては、概ね、自民党政権のごとく自衛権の再整備をしたとする立場、公明党のように憲法が認める自衛権の明確化をしたとする立場、そしてそれを解釈改憲とする立場が鼎立している。

 そのうち解釈改憲とする立場には、安保条約、自衛隊のPKO参加、自衛隊による機雷掃海等が問題となったときと同様、「いつか来た道」とか、軍国主義化とか等を主張する者が多い。中には例によって、徴兵制復活を論ずる者もいる。そのいずれもが、戦後押し付けられた憲法を盾にして、それぞれ正解とするところを根拠として論じながら、長年にわたって軍拡を続けわが国や周辺諸国に武力をも行使するようになった中華人民共和国の行為を無視して、共産党独裁の中華人民共和国はオオカミとならないが、自由で民主的なわが国だけは、オオカミとなるかのように論じている。そのような者たちは、「平和的な」中華人民共和国の国民総生産の二桁の率を超え続ける軍事予算を無視して、「軍国主義化する」わが国の国防予算が非常に少なく、それも人件費が多くを占めていることについては、全く考慮しない。中華人民共和国には、名目上の軍事予算以外にも実質の軍事予算があり、しかも、わが国的な基地周辺対策費などないことなど何処吹く風なのだ。

 日本国憲法の草案が示され、それが審議された際、日本共産党は、正当防衛のための戦争の放棄には反対した。日本社会党は、わが国は征服戦争を放棄するのであって、自衛権は否定されないことを強調し、中立政策については、アナクロニズムとして反対した。これらに対して、吉田茂首相は、「国際平和団体が樹立された場合」には、正当防衛権も否認され、日本国憲法9条は、自衛権を明示に否定していないが、わが国は、正当防衛権に基づく戦争、自衛権の行使としての戦争を放棄すると述べた。しかし、これらは、いずれも政治の問題であって、わが国は、ポツダム宣言9項に従って、軍を解隊され、従って、法的に戦争などできる状態にはなかったから、「5歳の子供が親父の借金を返す」とか返さないという言行を営むのと同様、軍を持てないものが戦争を放棄するとかしないとか論議しても、法的には何の意味もなかった。また、被占領状態で、日本国憲法は最高法規ではなく、国会も国権の最高機関ではなかったから、自由に物をいえなかった時代のわが国の憲法解釈が、独立後のわが国をどの程度に拘束するかは、慎重でなければならない。

 こんにち、わが国は独立し、日本国憲法は、そのままのかたちで残っている。しかし、自由にものを云えるようになったわが国は、何ものにも拘束されることなく、最高規範となった憲法の解釈をできるようになっている。その日本国憲法の前文では、「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と宣言されている。ここで「名誉ある地位」として世界的に最も評価されるものは、不正に対して平和的な方法が無い場合には、命を惜しまず他のために自己犠牲的になる姿勢である。況してや、「平和のうちに生存する権利」を憲法で高らかに謳いながら、わが国と特別な関係にある国が攻撃をされた場合で、わが国に協力を求めた場合にこれを無視することは、日本国憲法の姿勢ではない。特に対米関係では、条約上米国にわが国のための不惜身命を求めながら、米国の自衛に対しては、わが国の防衛と無関係故知りませんでは、「名誉ある地位」など得られる筈もない。未だ記憶に新しい過去、わが国の生命線上のペルシア湾で攻撃されたわが国のタンカ-を守って死者をまで出した米国海兵隊や沿岸警備隊は、仲間を守ることを当然としたが、わが国民には、その米軍等が攻撃されたとき、わが国あるいはわが国民の生命、安全および幸福追求と関係が無ければ、わが国は米軍等を守るべきでないと「真面目に」論じ、守るようにする努力を軍国主義=戦前回帰であるかのように論じ、何もしないことをこそ「名誉ある地位」と考えている者がいる。当時、ファイナンシャル・タイムズは、いわば新たなわが国の武士道を批判したが、そのような過去を恬として恥じることもないのだ。

 日本国憲法前文は、「自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」とし、それも、そのような政治道徳の法則を人類普遍の原則とし、その法則に従うことは、「他国と対等関係に立たうとする各国の責務」と宣している。しかし、わが国には、わが国と緊密な他国の悲劇がわが悲劇となることを回避し、諸国と対等関と係に立つことなどどうでもよく、親に甘える子供のように一人善がりで独立したくない者が少なくないのだ。

 因みに、集団的自衛権は、飽くまでも自衛権であるから、わが国が、米国のすべての戦争に巻き込まれることなどあり得ない。筆者は、この度の閣議決定に満足しないが、安倍晋三首相の魂胆は、多分に、国力を弱めた米国が自己犠牲的な姿勢を後退させ、わが国のための集団的自衛権の行使を躊躇する事態がわが国に対する侵攻を誘発し兼ねないことから、そのような侵攻を誘発しないために、そして戦争に至ることがないようにするためということにあるのであり、また日本国憲法が謳う「名誉ある地位」を求め、わが国が真に他国と対等関係に立つことを目指すことにあると思うのだ。

 日本国憲法の制定に際して、日本共産党は、正当防衛のための戦争を強く肯定した。日本社会党が強調した自衛権の存在は現在確認され、その党が論じた国連軍への軍事基地提供義務は現在履行されている。しかし、個人の尊厳を強調する日本国憲法の下で、自分のことが尊重されることは期待しても、他人のことには無関心の者が増えている如く、わが国が国際社会の仲間入りして以降、一部では、「自分さえよければ」の国家論が罷り通っている。かつて小沢一郎氏は、いわゆる普通の国家なるものを論じたが、わが国が世界の人々が考える普通の国家になるのは、何時のことであろうか。

つぶやき-河野洋平氏の証人喚問

つぶやき-河野洋平氏の証人喚問

 いわゆる従軍慰安婦の問題に関連して、国連欧州本部の自由権規約委員会が、日本政府の姿勢に矛盾があると述べたニュ-スを耳にして、再び河野氏の証人喚問を求めたくなった。

 従軍慰安婦問題に関する政府や国会議員たちの姿勢に隔靴掻痒の感あるいは不満のある者は、決して少なくあるまい。一般の国民には、内外の政治の状況など新聞やテレビ等で知ることができるに過ぎないが、その結果、余りにも有耶無耶に思えるものがあるからだ。

 新聞に載った雑誌の広告によれば、NHKの大越健介キャスタ-が、「在日一世は強制連行」と述べたらしいが、そのような虚報が繰り返されれば、国民が判断を誤ることがあっても、不思議ではない。しかし、NHKは、自他共に公共放送と認めているものの、所詮は国家機関でもなく、事実報道の自由を有するから、いかにもNHK的な大越発言も、それが故意か認識ある過失によって特定のものの法益を侵害しない限り、法的には解決のしようはない。これを政治的に解決しょうとしても、安易に議院が国政調査権を行使すれば、それを報道の自由に対する弾圧で違憲として猛烈に批判するものが現れよう。

 これに対して、河野官房長官談話のように、国家の機関がそれも国政に関して重要な談話を発し、それも、国民の判断はおろか、国際社会の諸国家あるいは諸機関をも過たせているかも知れない行為がなされ、わが国あるいはわが国民に重要な影響を及ぼした場合には、少なくとも政治的調査は、不可能ではない。否、国民を代表する機関である国会の各議院には、そのようなことを調べるために、国政調査権が認められているのだ(憲法62条)。国会が行う国政上の失政の有無に関する最も厳しい調査が、議院による国政調査権の行使なのだ。

 この国政調査権は、元々イギリスの議会に由来し、それは、新大陸でも植民地時代の議会でも行使され、大陸会議でも、また憲法上に明文規定はないものの、連邦議会でも行使されている。

 この調査権は、首相をも務めたウイリアム・(大)ピットがいったように、何事も過ってなされていないということを確かめるために、国内であろうと国外であろうと、政府の運用のあらゆる段階を調査する議院の権能なのである。国政上のことに嘘があってはならぬとか、国政上のことをすべて白日に晒せなどという積りはないが、河野氏の官房長官談話は、余りにも国政に影響を及ぼし、しかも、わが国をして国際的に長期に憂き目に遭わせる性格のものである。しかも、国外では、すべての国家あるいは地域とか、すべての機関においてではないものの、わが国が恰も「性奴隷」をつくったかのように評価され、その傾向は、中韓によって拡大されているのである。

 詳しくは承知しないが、わが政府の代表が、存在していたことが明らかにされていない従軍慰安婦について「慰安婦は、『性奴隷』ではない」とか、「『性奴隷』は、不適切な表現だ」といった程度にしか発言できていないらしいのも、河野談話に拘束されてのことであろう。わが国の外交官等の能吏は、わが国史の真実について多分に承知しているのであろうが、政権の意向に左右されてその範囲で行動していると思われるのである。河野談話に先行して、戦時韓国人売春婦について調査したのは、河野氏らではなく、わが能吏であった。それ故にこそ、参考人として石原信雄元官房副長官の発言に確認されるように、新たな真実を示す事実が現れるのである。

 ところが、戦時韓国人売春婦については、下働きをした能吏の仕事の結果を変えたらしい行為が、河野氏によって行われたらしいのである。その推測が正しいとすれば、官房長官としての河野氏には、当時何らかの意図があったはずである。その河野氏は、色々なところで「従軍慰安婦」に関する発言をしているらしい。彼なりに話したい、あるいは、知らせたいことがあるだろうからである。それも、噂でしか知らず、真相は不明であるが、その姿勢は、上から目線のようである。

 アメリカの連邦議会は、国権の最高機関ではないが、議会の権限に関連して、他の対等部門の権限を奪わない範囲で、他の部門の憲法上の機能を妨げない限り、広範に行使されている。ところが、わが国会は、国権の最高機関である。その国会が、他の部門に対する抑制作用を期待する権力分立主義の下で、その権限の行使を補助する国政調査権をきちんと行使していない。それが行使される場合といえば、政党によって守られない、あるいは、政党の利害損得の範囲内に限られているのだ。
 これも、噂でしか知らないが、河野氏の証人喚問の動きがあるのか承知しないものの、次世代の党が主張した参考人としての招致でさえ実現しないのは、自民党の事情らしい。自民党が、国益よりも党益を優先して、責任政権政党としての責務を果たしていないらしいのである。

 多くの国民は、韓国人戦時売春婦の問題に関連して、何が真実か知りたがっていると思う。そのことについては、いわゆる従軍慰安婦の存在を「明らかに」した新聞記者もいる。その記者も、私的にだけではなく、事の重要性に鑑み、公的な場で真実を証言したがっているかも知れない。国会の各院は、国民に事の真相を知らせるために、河野氏や元記者を証人として喚問して欲しいものである。

 国内ですっきりしていない問題に関して、海外から自明の真実があるかのような姿勢で批判され問責されるのは、不愉快である。朴槿惠大統領も、わが国の正しい歴史認識を求めているのである。

つぶやき-NHK、ネットにも受信料 その違憲性

つぶやき-NHK、ネットにも受信料 その違憲性

 
報道によれば、NHKの籾井勝人会長は、放送法の改正により、3年以内にPCやスマ-トフォンで番組を見られるようにする「同時再放送」を実現し、ネット視聴者からも受信料を徴収する意向とのことである。そこでこの問題に関して簡単に論ずる。

 NHKとしては、自己の損失に繋がる制度でなければ、何の抵抗も無く法律に従うだけで、その会長は、単に遵法の姿勢を明らかにしただけであろう。かつて、左傾憲法学者が述べた違憲合法の論法である。現在でも、PCや携帯やカ-ナビに受信料を迫った例がある(NHK川越)が、違憲な法律を遵法し、要するに、確実に懐を増やそうというわけである。

 NHKは、国家の機関ではないから、その行為自体は、憲法問題ではない。憲法は、国家を拘束する基本的な規範であるから、憲法問題となるのは、立法、行政および司法といった国家(や地方公共団体)の行為だけである。

 ところで、わが憲法は、全体主義的な社会主義国家の憲法とは異なり、国家(権力)が腐敗することを怖れ、自由で民主的な国家を目指しているから、その憲法の下では、国家が「みんなの為」(すなわち公共の利益を)という美名があれば、その行為が、すべて合憲となるわけでは決してない。中華人民共和国のような社会主義国家は、国家(権力)が「人民のため」という美名の下に、人民の自由を簡単に制限できる国家であるが、わが国は、そのような国家ではなく、その権力は疑われており、「全国民のため」という美名の下でも、その国家(権力)の行為には、限界があるのである。それについて簡単に説明する。

 一体、人が個々的に自由に生命を維持し、自由に振る舞い、そして自由に幸福の追求を行えば、他人の生命、自由及び幸福の追求と衝突し、危険な状態を生ずる。人が国政を信託した(憲法前文一段、社会契約あるいは国家契約の)目的は、その個々人の生命を維持し、自由に振る舞い、そして幸福を追求する権利(すなわち基本的人権)を確保する為に行き過ぎた生命、自由及び幸福追求の権利の行使に伴うあらゆる種類の「危険を防止する」(憲法13条の「公共の福祉」の)ためであり、国家が(権力を行使)できることといえば、先ずは、行き過ぎた生命、自由及び幸福追求の権利の行使を規制することである(警察規制)。その規制に際しては、国政を信託する前(自然の状態)から有していた生命、自由及び幸福追求の権利の重要性に伴い、立法、行政及び司法といった国政は、生命、自由及び幸福追求権に対して最大の尊重をしなければならないから(憲法13条)、その生命、自由および幸福追求権に対する規制は、最小でなければならないのだ。

 ただこのような憲法下の国家社会では、生命、自由及び幸福追求権に対する規制が最小であることから、自由がフンダンニにあり、自然状態に生じる貧富強弱の差が生じ易い。そこでわが憲法は、貧富強弱の差を是正する(憲法22条・29条の「公共の福祉」の)ために、換言すれば、弱者を救済するために、経済的な強者の経済的基本権を規制するための権力行使を認めた(憲法22条、29条)。国家が権力を行使できる二次的な目的である。

 その他には、全体国民のため(憲法29条の「公共の福祉」のため)に財産権を規制できるが、この場合、財産権が保障され、特定のものの財産権だけが犠牲になるのは、法の下に平等に反するから(憲法29条、14条)、公共の福祉のために特別の犠牲が生じた場合には、国家には、損失補償の責務が生ずる。ともあれ、これは、第三に国家が権力を行使できる場合である。

 第四に、国家は、憲法が定める国民の義務に伴い、国民に義務を課すために権力を行使することができるが、しかし、その場合にも、基本的人権の規定の要請に伴い(憲法18条、19条、20条1項前段・2項、21条、23条)、必ずしも義務を強制し得るとは限らない。たとえば、勤労の義務は、人がその意に反する苦役に服せられないから(憲法18条)、強制することはできないのである。

 要するに、わが国は、「公共の利益」という公共の福祉の名目で権力の行使を認める国家をつくろうとしたのでは決してなく、生命、自由及び幸福追求はできるだけ自分で実現維持するが、その行き過ぎだけを取り締まること、弱者救済のために経済的強者の経済的基本権を制限すること、特別の犠牲者に損失を補償することを条件として、国家がよいことをするという名目で財産を制限してよいことという程度の権力国家をつくったに過ぎないのだ。その基本は、権力はみんなのため(広義の公共の福祉)という名目で濫用され兼ねないと云う怖れから、権力に不信感を持ちその権力の範囲をできるだけ少なくしようとした自由で民主的な国家なのだ。

 ところで、

 (受信契約及び受信料)
第64条 協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(音声その他の音響を送る放送であつて、テレビジョン放送及び多重放送に該当しないものをいう。第126条第1項において同じ。)若しくは多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置した者については、この限りでない。

2 協会は、あらかじめ、総務大臣の認可を受けた基準によるのでなければ、前項本文の規定により契約を締結した者から徴収する受信料を免除してはならない。

3 協会は、第1項の契約の条項については、あらかじめ、総務大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも、同様とする。

4 協会の放送を受信し、その内容に変更を加えないで同時にその再放送をする放送は、これを協会の放送とみなして前3項の規定を適用する。

 
と規定する放送法64条は、国家が権力を行使できる上記の場合に該当しない。私権を行使するNHKを通して、基本的人権でも基本権でもある知る権利や財産権を侵害する規定だからである。それは、国会がみんなのために良い放送をするというサ-ビスをしようとした違憲の「立法」権としての行為に過ぎないが、わが国が社会主義国家ではない以上、国家は、国家が放送事業を自ら行う場合でさえ、みんなのためという名目で国民に負担を課すことはできないのである。それでも負担を課すサ-ビスのための国家事業を行う場合、その負担については、人々の自由な意思を尊重した応益負担が原則となるのだ。

 ところが、放送法64条は、国家がサ-ビスの押し売りをしようとするもので、NHKの放送を受信しない者にまで負担を迫る規定である。それも、押し売りの対象の範囲は広く、「協会の放送を受信する者は」でなく、「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者」となっている。「立法」としては、過度に広範な違憲な規定の仕方であり、もとより、行政権が、強権的に実施する規定ではない。

 また上記の規定は、NHKに対して受信契約請求権を認めておらず、受信契約をしていない者に対してNHKの受信料請求権をも認めていないが、NHKは、恰も権力機関であるかのように、虚言を弄して、受信契約や受信料を要求する。NHKと国民とは、対等な関係にあり、権力の行使はおろか、その給付を受けないものに対する権利行使など不可能であるにも拘わらずである。

 上記のような「立法」は、上から見ても下から見ても右から見ても左から見ても、違憲な行為だ。

 しかし、NHKは、命令放送の「立法」には苦情を述べても、金づるとなりそうな「立法」には、苦言を呈すまい。そして、PC、携帯、カ-ナビ等はもちろん、今や、メガネ等でも受信できそうであるから、事情を知らない国民の品ものに次々に請求の手を広げるのであろう。

つぶやき―吉田首相・吉田内閣は自衛権を否定したのか

つぶやき―吉田首相・吉田内閣は自衛権を否定したのか

 集団的自衛権に関する論議は、依然として喧しい。

 この問題が論じられる場合、日本国憲法制定当時のことが、しばしば振り返られる。その際、濃密の差はあれ、日本国憲法が制定された経緯についての検証が、改めてなされるのである。

 日本国憲法の審議に際しては、芦田委員会で論議されたように、同法9条によって自衛権が放棄されたことになるのか否かが問題であった。この点に関して、吉田首相及び吉田内閣自体は、その姿勢を必ずしも明確にしていない。吉田首相は、自衛権に基づく戦争は明確に否定したが、その内閣は、群民蜂起については、正当防衛の法理によってこれを国内法的に合法とした。国家が正当防衛の法理に基づいて群民蜂起を合法とする以上、その対象の行為は、明らかに不正のものとなる。その不正な行為に抗するわが群民に対してわが国の警察等の武力装置がどのように振る舞うかについては、当時の国際関係の事情を反映してか、政府の立場は、必ずしも明らかにされなかった。

 ただ当時、吉田首相の本音は、南原繁議員の戦争放棄・国連加盟に関する質問および大戦が生じた場合や内乱が生じた場合等に関する澤田牛麿議員の質問に対する答弁から明らかなように、とにかく独立が喫緊の問題であって、真に自衛戦争を放棄するか否かの問題には答えられないというにあった。それでもその際、たとえば、侵略に対する「防衛的な戦争を正しい戦争」とする趣旨の日本共産党の野坂参三議員の主張に対して、吉田首相が、近年の戦争は国家防衛権の名において行われたとしながら、「故に、正当防衛、国家の防衛権に依る戦争を認むると云うことは、偶々戦争を誘発する有害な考えであるのみならず、若し平和団体が、国際団体が樹立された場合に於きましては、正当防衛権を認むると云うこと自身が有害であると思うのであります。御意見の如きは有害無益の議論と私は考えます」と答えたことから、そのことばの表面だけを捉えて、吉田首相が、自衛権を放棄したとする見方がある。しかし、吉田首相の意図は、そのように単純に解し得るものではなかった。この場合の吉田首相による国際平和団体ができた場合の正当防衛権有害無益論は、「自衛権をも放棄すべきとするかのような首相の意思」に賛同した林平馬議員に対する答弁から明らかである。その答弁に際して、吉田首相は、自分のことばが不足していたとしながら、言わんとするところは、平和団体が樹立さたれ場合、侵略戦争は団体に対する冒犯、謀叛であるから、侵略戦争が否定され、「それを絶無にすることによって」、自衛権に依る交戦権、自衛権による戦争又は侵略に依る交戦権、侵略戦争ということが無益になるということにあるとしたから、要するに、吉田首相の正当防衛権有害無益論は、「国際平和団体ができた場合」、侵略戦争の存在を前提とした自衛戦争、侵略による交戦権を前提とした自衛権による交戦権という二分論が無益になるという基本思想を述べたものであったのである。事実の問題としてはともかく、観念的に、首相は、国際法的に侵略戦争が否定され、それが認められない以上、それに対する国家による正当防衛権という概念もあり得ないとしたのである。その場合、首相は、「侵略戦争が未だ否定されていない状態では、国家の正当防衛権もあり得るが、侵略というものが法的にあり得ない以上、その種の行為に対してあり得るのは、国際平和団体による警察行為だけである」とまでは言わなかったが。

 その吉田首相は、「戦争抛棄に関する本案の規定は、直接には自衛権を否定しては居りませぬが、第九条第二項に於て一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、又交戦権も抛棄したものであります。」と述べながら、自衛権の放棄という短い用語法は、しばしば避け、自衛権の行使としての戦争とか自衛権に基づく交戦権とか等の趣旨のことばを繰り返した。

 その吉田は、首相としてあるいは外務大臣として、独立を目指している当時の国情と国際社会の状況に配意して、大戦に巻き込まれる場合のような対外的な問題に関する答弁は慎重に避けながら、内乱のような場合については、警察力の増強とか、「他のあらゆる手段」をもって対応できる旨を答弁しているから、後に生まれる警察予備隊的なものであったか否かはともかく、警察力を超える事態とそれに対応するものについては漠たるものを持っていたわけである。そのような吉田であればこそ、群民蜂起のようなものが起きた場合、国家としてその合法行為を他国の不正行為に対して放置するはずもなかったであろう。対外的なことには、答弁を回避しながらも、彼は、軍隊と軍隊とでなされる戦争のうち不戦条約でも合法であった自衛権の行使としての戦争の放棄を繰り返して否定していても、後に生まれる自衛の行為的なものに対する漠たる考えもあったようなのだ。

 なを内閣としては、日本社会党の鈴木義男議員が、「自衛権の存在」を前提としながら、国際連合加入や安保条約等に関するわが政府による外交努力に関して問うた際、金森国務大臣は、鈴木議員による「自衛権の存在」という前提を否定することもなく、態々その部分を繰り返した上で、吉田首相の考え方を踏襲しながら、「左様な考え方を心の中に描いている」旨を答弁している。また、金森大臣は、「自衛戦争を放棄しても、国際法上の自衛権は、存在するのではないか」という高柳賢三議員の問いに対しては、「法律学的に申しますればお説の通りと考えて居ります。元来そう云う徹底したる自衛権抛棄の方が正当なことかと思いますけれども、是は憲法でありまするが故に、其の能う限りに於てのみ結果を持つことになるのであります」と答弁した。その答弁の理解は難解であるが、群民蜂起を合法とする金森大臣の答弁であればこそ、彼が、徹底した自衛権の放棄に対しては消極的でありながら、憲法では「其の能う限りに於てのみ結果を持つことになるのであります」と答えた部分は、飽くまでも、自衛権の発動としての「戦争」を否定したのではなかったのか。その他の国民のあるいはそれに協力する国家の行為には、論及されることこそなかった。

 ともあれ、吉田首相であれ当時の国務大臣たちであれ、極力「自衛権の放棄」という簡単なことばを回避しているらしい事実については、一考してみる必要がある。

日本国憲法に反するNHK受信料制度 49 -NHK受信規約の違憲性について NHK受信料制度違憲論9(財産権との関係)

 日本国憲法に反するNHK受信料制度 49 -NHK受信規約の違憲性について NHK受信料制度違憲論9(財産権との関係)

 日本国憲法29条は、財産権の不可侵を規定するが、その財産権については、公共の福祉に適合するように、法律で定めることになっている。財産権は、政策規制を含む公共の福祉という名目で規制できるのである。

 ところで、テレビの購入者は、政治、経済、文化、娯楽、スポ-ツ等の情報を得る(知る権利を行使する)目的でテレビ放送を受信するためにテレビを購入する。そのテレビについては、法令の範囲内で、自由に使用、収益及び処分することができる(民法206条)。NHKの解釈によれば、その法令として、放送法64条がテレビの自由な使用を制限しているということになろう。NHKの解釈による限り、その法規定によって、NHKと受信契約をしNHKに受信料を支払わない限り、自己の所有するテレビでも自由に他のテレビ局の放送を見ることはできないからである。しかし、放送法64条が、日本国憲法29条が規定する公共の福祉の範囲内であるかについては、明らかな問題がある。

 NHKは、公共の福祉のために、あまねく日本全国において受信できるように豊かで、かつ、良い放送番組による国内基幹放送(国内放送である基幹放送をいう。以下同じ。)を行うとともに、放送及びその受信の進歩発達に必要な業務を行い、あわせて国際放送及び協会国際衛星放送を行うことを目的として設立されたものである(放送法15条)。

 このような放送法人一般についてではなく、国家の機関でもないNHKだけを規制する個別法は、法の下の平等に反し、もともと違憲であるが、当事者であるNHKが争わず、そのことによって、他のものの自由や権利を侵害しない限り、違憲の問題は生じない。NHKも、命令放送の規定が設けられれば文句をいうのであろうが、そのような規定が設けられない限り、受信料という甘い汁を失い兼ねないから、文句をいうことなどない。

 ただNHKを公共の福祉の目的で設立することとNHKが公共の福祉を実現することとは、別の問題である。実際、NHKは、思想・良心の自由とか、編集の自由、報道の自由、取材の自由とか等の私権を行使している。たとえば、自己の思想に基づいて、阪神大震災や新潟大震災等で最も活躍した自衛隊については、報道の焦点を当てることなく、警察や消防に照準を定めた報道の仕方をした。

 Japanデビュ-では、恣意的な取材と編集に走り、取材対象の言を忠実に報道することなく、人間動物園等捻じ曲げた報道をし、また学界や一般でも殆どが注目しない至極く一部の者の見解である「日台戦争」なるものを認める立場で報道をした。さらに、天皇等を被告人として裁判の真似事をした特定の偏った団体による女性国際戦犯法廷について教育テレビで放映した。このような報道の事例は、枚挙に遑がない。これらは、明らかにNHKによる思想の自由や報道の自由等の私権の享有であって、公共の福祉の実現とは、無関係である。NHKが公共の福祉のために設立されたことと私権を享有する国家機関ではないNHKが公共の福祉を実現することとは、別のことなのだ。国家機関でもないNHKのその種の報道が思想の自由、編集の自由、報道の自由を享有するものであっても、名誉毀損等の権利侵害が無い限り、合法なのだ。

 しかし、国家が放送法64条によって私権を享有するもののために他のものの自由権や財産権を制限することを認め得る根拠は、日本国憲法にはない。むしろ、そのような制限は、他の国民の自由や財産権を侵し、法の下の平等に反するものであって違憲となるのだ。私権と私権の間では、立法等その他の国政は、公序良俗に反しない自由な意思による場合を除けば、等価交換の原則が成り立たなければならないのである。放送法64条が、NHKと自由な意思で受信契約をし受信料負担をしている者についてはともかく、私権を享受するNHKと距離を置きたいテレビの所有者等に対して、公共の福祉の名目で受信契約をさせ受信料を負担させる規定であるとすれば、それは、NHKを優位に置くことでの下の平等に反するだけでなく、国民の知る権利や財産権を侵害した規定ともなるのだ。

 (受信契約及び受信料)

第64条 協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(音声その他の音響を送る放送であつて、テレビジョン放送及び多重放送に該当しないものをいう。第126条第1項において同じ。)若しくは多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置した者については、この限りでない。

 2 協会は、あらかじめ、総務大臣の認可を受けた基準によるのでなければ、前項本文の規定により契約を締結した者から徴収する受信料を免除してはならない。

 3 協会は、第1項の契約の条項については、あらかじめ、総務大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも、同様とする。

 4 協会の放送を受信し、その内容に変更を加えないで同時にその再放送をする放送は、これを協会の放送とみなして前3項の規定を適用する。

つぶやき-最高裁は基本的人権概念を見直せ 

つぶやき-最高裁は基本的人権概念を見直せ

 行政措置として生活保護を与えられているにも拘らず、外国人がわが国の生活保護を請求して訴訟にまで至った事件が報道されていた。この度の事件でどのような主張がなされたか承知しないが、わが国の憲法学者の中に社会権を基本的人権と解する者がいるから、外国人の中に法律上の権利だけでなく、憲法上の権利さえ主張する者が出て来たとしても、決して不自然ではない。日本国憲法の制定に際しても最高裁においても、基本的人権については、精査されなかったし精査していないが、にも拘わらず、最高裁が元来基本的人権でないものをも基本的人権としている姿勢は、正されなければならない。

 日本国憲法は、基本的人権ということばを用いているが、その定義をしていない。しかし、日本国憲法は、基本的人権に関して次のように定めてその性格を明らかにしている。

 「第11条  国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」

 「第97条  この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」

 ところが、かつてわが国を代表する著名な憲法学者が、基本的自由権は、元々、自由権であったが、参政権や健康で文化的な最低限度の生活を営む権利等の社会権も基本的人権に含まれるようになったと説いたこともあってか、幅広く日本国憲法上の権利を基本的人権と解する者は、少なくない。

 最高裁は、流石に選挙権等の参政権については基本的人権とせず、基本的権利としているが、たとえば、職業選択の自由や迅速な裁判を受ける権利等をも基本的人権と解した。しかし、そのように説くに際して、最高裁は、既述した如く、基本的人権に関する日本国憲法を精査したわけではない。

 日本国憲法が天主が創った自然法の思想の下で人の権利を説いたジョン・ロックの影響を受けていることは、その前文の第一段から明らかである。日本国憲法には、ロックの思想に従って、国政を信託する前の人々が、国政が行われない以上、支配する者が無く、自由な状態であり(自然状態)、自由に生命、自由及び幸福を追求していたという想定が存するのである。その支配する者がおらず、人が勝手気儘に自由、生命、幸福を追求する自然の自由な状態は、一見平和な状態であるが、自由と自由とが衝突し、危険な状態になる。そこで人々は、真の自由を維持する目的で行き過ぎた生命、自由及び幸福追求から生命、自由及び幸福追求に及ぶ危険を防止するために(憲法13条の公共の福祉)自由の一部を国政に信託し(社会契約)、それを統治権(国政権)とし、残った自由は、人が人として不可侵永久に保有し続けるということが、想定されているのである。その信託の思想を説いたロックは、生命、自由及び財産を人の権利と述べたが、フランスを往来したジェファ-ソンは、地球の広さに対する疑問と人の文明技術の発展を意識したのか、ロックに影響を受けながらもそれを修正し、天主(造物主)によって「賦与された」人の権利として生命、自由及び幸福追求の権利を説いた。日本国憲法は、このジェファ-ソンの思想を反映して、生命、自由及び幸福追求権を基本的人権と定め(憲法13条)、経済的自由権については、基本的人権として規定しなかった(憲法22条1項、29条2項)。いずれにしろ、基本的人権は、国家を形成する以前から「人が人として有する」前国家的な権利(自然的権利)であり、これが、基本的人権なのである。

 ロックやジェファ-ソンのいわゆる人権の思想が日本国憲法に現れていることは、その前文、11条、97条及び13条から明らかである。したがって、わが現行憲法の根底には、明らかにプロテスタントの思想が存在するのである。一体、絶対の天主が想定されない限り、不可侵性・永久性を有する人の権利など存在し得ないのである。日本国憲法11条が、基本的人権について「与へられる」と規定し、97条が、それを「信託されたものである」と規定したことには特別の意味が存するのである。基本的人権を与えあるいは信託したのは、国家ではなく、天主であり、日本国憲法は、それを確認し保障したのである。

 日本国憲法が、天主が賦与した基本的人権とそれを含む日本国憲法上のすべての権利を意味する「自由及び権利」(憲法12条)とを二つの規定の類似の文章で使い分けていることについては、無視されてならない。永久不可侵の基本的人権は、「自由及び権利」のうち「自由」に含まれるが、その場合、基本的人権と自由権とが必ずしも一致しないことについては、注意を要する。たとえば、投票の自由(憲法15条4項)は、前国家的な権利ではなく、国民に参政権を認める国家がその憲法を通じて認めた後国家的な権利である。それは、人が人として有する不可侵永久の基本的人権ではなく、国民の中でも基本的権利である参政権を行使する有権者が選挙人として有するに過ぎないものなのだ。

 日本国憲法では、たとえば、内閣について、その66条の内閣と同70条の内閣とを異にし、国務大臣について、その66条や同68条の国務大臣と同99条の国務大臣とを異にしているように、上記のような基本的人権解釈をすれば、その13条の公共の福祉と同22条や同29条の公共の福祉とが区別されていることが明らかになる。最高裁も、たとえば、日本国憲法21条の表現の自由という基本的人権を制限できる公共の福祉を同13条の公共の福祉と解したが、その際、まさか、それを政策的に職業選択の自由等を規制し得る同22条や同29条の公共の福祉と同視しているわけではあるまい。

 要するに、日本国憲法は、人が人としている基本的人権を生命・自由・幸福追求権として(憲法13条)、より具体的には、奴隷的拘束等の自由(同18条)、思想・良心の自由(同19条)、信教の自由(同20条1項前段、2項)、集会・結社・表現の自由(同21条)及び学問の自由(同23条)を明規しているに過ぎない。日本国憲法上、人が人として有するわけではなく、制限された人々が持ち得る自由や権利は、基本的人権ではなく、基本的権利であることを意味するのである

つぶやき-安倍晋三首相の外交に思うこと

つぶやき-安倍晋三首相の外交に思うこと

 ネットで存在を知ったキャスタ-の鈴木邦子氏が、「安倍晋三首相のオ-ストラリア国会における演説が実に素晴らしい。是非それに目を通すよう」と推奨されて居られるの見て、彼女の教示に従って、新聞では目にしなかったその演説文をネットで見てみた。

 その演説文の具体的な中身には触れないが、それに目を通しながら、安倍首相の外交に改めて素晴らしさを感じた。言忠信[ことばちゅうしん]、行篤敬[おこないとくけい]、首相は、自国の過去を省みつつ、寛大なオ-ストラリアに敬意と尊敬の念を示し、また過去の対日好意に感謝しながら、なにものをも傷つけることなく、普遍的に通用する理屈を以て品よく主張を宣べ、そしてその後も、オ-ストラリアだけでなく、パプア・ニュ-ギニアとの関係等に新たな息吹を吹き込んだのである。

 オ-ストラリアでは、安倍首相を迎えたアボット首相の言行にも、紳士然とした素晴らしいものを感じたが、第二次安倍内閣におけるこの度の豪州等の訪問を含めた首相の一連の外交姿勢や取り分けこの度のオ-ストラリア議会等における言行には、首相と体躯は違うようであるが、孔子が褒めた晏嬰(あんえい)の交流を連想したりもしたことであった。

 その孔子は、晏嬰を評して、次のように述べている。「晏嬰は、交際の仕方が立派であった。どんなに長く交際しても、相手に対する敬意を忘れなかった」(晏平仲善く人と交わり、久しうしてこれを敬す)。

 孔子といえば、中華人民共和国は、「対日政治工作」の一環として、否、実際には、広く対外工作の一つとして、各地に孔子学院を設立している。その孔子学院は、表向き中華人民共和国のことばや文化の広報宣伝をしながら友好関係を築くための機関であるが、その活動には、この所、各地で疑念が呈されている。その機関が、果たしてどれ程に孔子の素晴らしさを理解し評価してこれを利用しているかは疑わしく、それが政治的な謀略機関であることが、漸次、見透かされ始めているのである。

 一体、孔子の名前を関する機関を設置している中華人民共和国の現在の元首についても、その者が孔子を祖国のために利用するに相応しい人物であるか、疑わしいものがある。左6時5分に頭を傾けて世の中を真っ直ぐに見ず、かつての江沢民に劣らず、孔子の教えに背いた振舞いをしているからである。

 左傾6時5分の男習近平国家主席は、恰も中国の誇る文化が過去を捻じ曲げて蒸し返し、それに基づいて他国を誹謗中傷することの上に成り立っているとでもいうかのように、口を開けば、慕華思想に溺れて自分を慕って来る朴槿惠韓国大統領と共に、中華と小中華のコンビ宜しく、内外の彼方此方で対日批判に明け暮れている。元々共産党員である習氏が、仁を説いた聖人とされる孔子を理解して、慕っているなどとはとても思えない。習氏は、もしかしたら、孔子など読んでおらず、孔子になど尊崇の念を持っていないかも知れないのである。とすれば、彼が孔子を慕うはずの真の華人であるかについては、一考を要する。

 尤も、孔子を読んでも、仁など分からないが、名門の清華大学を出たといわれる習氏であれば、知識として、孔子が、仁を人を愛することと説いたり、克己復礼と説いたり、あるいは、剛毅木訥が仁に近いと説いていることくらいは承知しているはずである。そのようなことを説いた孔子は、彼方此方で人の悪口をペラペラとしゃべりまくったり、他国の領土や領海に押し入ったり、押し入った地域の人々を弾圧したり等の好き勝手な振る舞いには、批判的であった。

 孔子の教えに反して気儘放縦な振る舞いをする習氏の国策機関である孔子学院には、昨今、拒絶反応も起きている。カナダの大学には、それを閉鎖したところも現れた。アメリカにも、拒絶する動きがある。そのような孔子学院を閉鎖する動きは、多分に「非礼は視るなかれ、非礼は聴くなかれ、非礼は言うなかれ、非礼には動くなかれ」と説いた、それこそ孔子の教えに従っているのであろう。そして、「学院」は、その教えに反しているというわけである。

 これに対して、晏嬰を想起させる安倍首相の外交は、「恭・寛・信・敏・敬」という「能[よ]く五つの者を行うを仁となす」。「恭なれば、則ち侮[あなど]られず、寛なれば、則ち衆を得、信なれば、則ち人任じ、敏なれば、則ち以て人を使うに足れり」と説いた孔子の仁的行動を内容とするものである。そのような安倍外交であればこそ、シャングリラにおいてなされた靖国神社に関する発言も、アジア諸国に大きな拍手をもって受け入れられたのである。

 わが国には、中韓との早期の接近を説く者が、少なくないが、中韓に窓口を開いておくとしても、現在の安倍首相には、殊更に中韓に接近する暇などあるまい。ただその場合にも、江沢民以前の教育を受けた中華人民共和国の者には、親日的な者が少なくない。また江沢民後の教育を受けた者でも、対日抗戦テレビの連日の放映にも拘わらず、国家を信頼せず「真面目に教育を受けない者?」、特に訪日経験のある者には、真に親日的な者が、増えている気がする。しかも、その国内事情から、体制の崩壊まで行くかは不明であるが、少なくとも政情の大きな変化は、遠くないかも知れない。これに対して、戦後一貫して反日教育を継続している韓国の場合、こんにちがそうであるように、積極的な好意的接近が仇となる可能性は、少なくない。朴槿惠韓国の反日は、戦後間断なくなされた反日教育の熟した成果であり、厄介である。同じ反日でも、習近平中華人民共和国の反日は、江沢民以来の未だ歴史の浅い教育の成果であって、熟したものではなく、熟するかも分からない。朴槿惠韓国を自由主義陣営で捉える者は多いが、感情的な国民情緒法が支配する韓国には、真の言論の自由がある訳では決してなく、全体主義の中華人民共和国と本質的に近いものがある。その反日教育が終わらない限り、好意的に接近をしても、継続される反日教育の下、感情に走る国民の反日姿勢は、決して減少しない。

 であれば、世界を駆け回って、諸国家との間に良好な関係を築き続けている忙しい安倍首相が、何も慌てて、こちらから中韓に接近する必要などない。あるかも知れないあらゆる事態に備えながら、「去る者は追わず、来る者は拒まず」の姿勢で、いわゆる地球儀外交を続ければよいと思うが。

つぶやき-性の問題と新たな生命の問題

つぶやき-性の問題と新たな生命の問題

 先日の親子関係に係る訴訟の報道を見て思ったことを記す。

 民法772条は、妻が婚姻中に懐胎した子を夫の子と推定し、婚姻成立の日から200日を経過した後、又は婚姻の解消あるいは取消しの日から300日以内に生まれた子を婚姻中に懐胎したものと推定するいわゆる嫡出推定の規定である。この規定によれば、嫡出子は、四種類存在することになる。

 1 婚姻前に懐胎し、婚姻中に生まれた子

 2 婚姻して懐胎し、婚姻を続けている間に生まれた子

 3 婚姻を続けている間に懐胎し、離婚後うまれた子

 4 婚姻前に懐胎し、離婚後に生まれた子

というわけである。

 この規定は、子供の福祉のために、血縁関係の有無に拘わらず、父子関係を早期に確定することによって、身分関係の安定を図った規定である。ところが、実の父子関係は、基本的には母親しか分からない。否、この道には疎く、承知しないが、性関係が複雑化しているこんにち、女性であっても、生まれる子が誰の子か常に分かるわけでもあるまい。

 ともあれ、現行民法772条は、明治民法820条を踏襲したもので、家族あるいは婚姻の道徳が尊重あるいは信頼され、他方、信頼を破った者に対して、不平等な刑罰ではあったが、姦通罪が存在した当時の名残りを持ち、およそDNA鑑定など夢想だにしなかったろう時代の規定である。

 古来、性の問題は、人々にとって解決が難しい。完全な市民を理想とし、13の徳を説いたフランクリンも、それが難解であることを素直に認めている。性道徳に厳しい当時のピュ-リタンが支配した米国社会の中で、彼が説いた13の徳のうち、性については、12番目に置かれた程であったのだ。性の問題には、理性の力をもってしても抑え難いものがあるというわけである。彼は、その12番目の徳として「純潔」を上げ、「性交は、専ら健康ないし子孫のためにのみ行い、これに耽って頭脳を鈍らせたり、体を弱めたり、または自他の平安ないし信用を傷つけたりするようなことなどあってはならない」と説いたが、抑え難い情欲を解決するのであれば、その最善の方途は、結婚することであるとした。そして、結婚ができないのであれば、年上の女性を愛人にするとよいとも説いた。年上の女性は、妊娠する可能性が少なく、暗い所で行われるだろう行為に、若さは必要ではなかろうというわけである。

 しかし、こんにち、性の問題は、単に男性だけの問題ではない。取り分け第二次大戦後は、女性をだけ縛りつける道徳や法律の問題ではなくなったのだ。わが国でも、戦後、女性が、漸次性的に活発化した。その積極性は、一般的であり、結婚している女性についても、例外ではなくなった。一夫一婦制度のわが国の婚姻は、性的に結び付いた人格的な共同の生活関係と解されているにも拘わらず、である。その関係には、民法に明文の規定こそないが、貞操の義務が伴っているはずである。そのことを示して、民法770条1項一号は、配偶者の不貞行為を離婚原因としている。それでも、不貞行為は多く見られ、真っ先に触れたような訴訟となる事件が起こるのである。

 有夫の女性だけの責任ではないが、こんにち、女性とその相手による理性を超えた行為が営まれる結果、わが国でも、上記の訴訟となったような父性をめぐる揉め事が、数多く顕在化している。その場合、婚姻関係にある者の性行為が新たな生命を求めてのものか、新たな生命が成り行きの結果であるかは、人によって異なろう。しかし、いずれにしろ、新たな生命にとっては、迷惑な誕生の仕方をさせられるものである。フランクリンであれば、欲望を満たしたいのであれば、避妊をすべきあるとでもいうのであろうか。それとも、新たな生命の可能性を考え、行為は離婚をしてからにしろとでもいうのであろうか。

 新たな生命を生んだ妻の不倫を許した夫あるいはそれを知らない夫が、その新たな生命を有する子供を真に人間的に大事に思って過ごした場合、その夫の子供への愛情がどの程度に保護されるべきかは、一概にはいえない。そのような問題を生じた当事者には、いろいろな異なる事情があるからである。子供は守られるべきであるが、どのような解決が真に正解であるかは、調停官であれ裁判官であれ、分かるはずもない。しかし、科学的に正確であるからといって、安易にDNA判定を認めることには、少なからず不満がある。DNA判定の利用は、一部外国で行われているように、もっと慎重な考慮の下でなされるべきと思うのだ。

 ところで、性の道徳観念が薄れて婚姻観が廃れたように思える欧州には、スケ-ルの大きな現代版オナイダ・コミュニティ-への傾向が窺われる気がする。フランスやスウェ-デン等婚外子は、50%を超えているようだ。フランスが、それを成果とするかのように、人口減少が防がれているとし、これを評価する者は、わが国にも少なない。しかし、そのような社会では、わが国に比して少年犯罪率が非常に高い。否、信頼と安心をもって一生を共にできる者かいないのか、成人の犯罪率も、高いのだ。一体、犯罪は、心に生ずる欠点が生み出すものなのだ。

 成人が、婚姻をしていようとしていまいと、次々に婚外子を産み、出産率が上がることを喜ぶ社会では、誰が、自己の命をかけて肌を接した愛情をもって、よい子供を育てるというのか。子供は、親の理由だけで、不本意に親の一方、場合によっては、二親を失わなければならないのか。

 家庭が健全であれば、そこでは、親は大事な子供の恥とならないような親となることに努め、その親は真の愛情を子供に注ぎ、家庭は、健全な養育および教育の場になるであろうに。欲望のままに子供を産んで、生んだ二人で血の通った二人しての子育てをせず、子供の成育を血が通っているわけではない事務的に振る舞う国家に任せる社会が、決して素晴らしい社会とは思わない。

 日本国憲法が愛情を紐帯として互いに自己犠牲的に助け合うべき血縁共同体たる家庭にも権力社会に御似合いの個人の尊厳の思想を持ち込んだことによって、わが国でも、父は父、母は母、子は子と互いに好きなように生きる者が増えて、家庭は、利益共同体の末端の単位となりつつあるのではないか。性的にも、一人一人が勝手に振る舞わなければ、子供をトラブルに巻き込むことはないのだ。恰も動物のように、自己の欲望のままに子供をつくっているようにも見える欧米の傾向を見て、安易に範とすべきではないと思うのだが。

 ただ行為を奨励するわけではなく、断固として否定するが、フランクリンでさえ悩んだ性の問題に関して、それでも魔がさして婚姻関係にある者が越えてはならない一線を超える場合には、最早、何も考えられない状態に燃えあがっているのかも知れないが、責めて新しい命が誕生する可能性とそれに伴う問題には、真剣に思いを馳せて欲しいものである。

つぶやき-朝鮮半島有事と日米協議

つぶやき-朝鮮半島有事と日米協議-

 安倍晋三首相は、7月15日、参議院予算委員会において、朝鮮半島有事に際して在日米軍がわが国にある基地から出動する場合、わが国が了解しなければ、「韓国に救援に駆け付けることはできない。」と述べた。これに対して、韓国軍関係者が、「根拠がない」という意味不明の反発をしたそうだ。その韓国軍関係者は、恐らくわが国が独立国家であることを忘れてわが国を米国の従属国家とでも理解しているのであろう。

 わが国と米国との間には、日米安保条約が存在する。上記のことを述べた際、安倍首相は、その条約を無視した発言をしたわけでは決してない。また安倍首相が、たとえば、日韓犯罪人引渡条約があるにも拘わらず、「条約は締結したが、条約を守ることについては約束したわけではない」とでもいうかのように、韓国に逃げ込んだわが国における犯罪人のわが国への引き渡しを拒んだ韓国のような姿勢に立って発言をしたわけでもない。

 一体、日米安保条約には、米軍がわが国において「施設及び区域を使用することを許される」ための条件の一つである「極東における国際の平和及び安全の維持」(条約6条)という状態を米国単独で判断し得るとする規定はないのである。それ故、「極東における国際の平和及び安全の維持」のためであっても、独立国家であるわが国における米軍の「施設及び区域」でさえ、米軍による勝手な決定、建設および使用が認められているわけではない。日米両国は、日米安保条約の実施に関して随時協議し、「極東における国際の平和及び安全」に対する脅威が生じたときはいつでも、いずれか一方の締約国の要請により協議することになっているのである(条約4条)。

 日米関係には、いわゆる事前協議の密約の問題がある。事前協議については、こんにちその有効性に疑問が呈されている。その協議の中には、在日米軍による戦闘作戦行動が含まれており、朝鮮半島有事の場合も、それは例外ではなかった。朝鮮半島有事に際しての米軍行動の場合にも、元々全的に協議なしとされたわけではなかったし、わが邦の「前向きかつ速やかに態度を決定する方針」という姿勢も、飽くまでも方針の問題であったのであって、法的な拘束力とは別の問題であったのだ。一体、核の問題等に見られるように、その事前協議の密約は、事実上失効していると解されているが、蓋し、正解である。

 一体、日本国憲法について戦争の全的放棄を規定していると解しているわが政府が、わが国の行動とも見られ兼ねないわが国の基地から恣意的になされる米軍の戦闘行動について、これを容認するはずは予てからなかったし、現在もない。況してや、韓国や朝鮮人民民主主義共和国も、国連に加盟したり、朝鮮半島の情勢には大きな変化がある。それも、盧武鉉大統領、李明博大統領そして朴槿惠大統領と、韓国は、戦後長年にわたる絶えざる「反日教育が功を奏して」、大統領が率先して、漸次、わが国を敵視する方向に動いている。それでも、わが国は、朝鮮半島有事に際しては、間違いなく米国と歩調を合わせると思われるが、しかし、そうであっても、その判断は、わが国が行うところである。

 戦後、かなりの間、米国が意のままにわが国を動かして来たかのような様相を呈したが、その間も、わが国が米国の意のままになって来たわけでは決してなかった。況してや、わが国は、金のために米国の戦争に自ら加担したり、米軍を支援する名目で戦地で残虐非道な振る舞いをしたわけでもなかった。わが国は、繰り返される米国の戦争とは、自らの意思で慎重に一線を引いて来たのである。

 今後も、わが国には、米国の自衛戦争にはともかく、徒になされる戦争に加担することなど全くない。況してや、米軍が、朝鮮半島有事を口実にわが国基地から出動して恣意的に戦闘作戦行動を営むことがあるとしたら、わが国がそのような米軍の行動を黙視することなどあり得ることではない。

 韓国の朴大統領は、習近平国家主席と共に、わが国が集団的自衛権を行使できるようになることに憂慮を示したということである。韓国と朝鮮人民民主主義共和国とが交戦をした場合、米韓相互防衛条約によって、米軍は韓国を支援するであろう。しかし、この朝鮮半島有事は、わが国の自衛の問題とは無関係である。このような場合、米軍の出動は、原則的には在韓米軍基地およびわが国以外の可能な米軍基地からなされるべきものなのだ。仮に在日米軍が出動した場合、集団的自衛権によってその在日米軍を支援することを、朴大統領は評価していないのである。尤も、そのような大統領であれば、わが国が明白に集団的自衛権を認めた場合、その発動を可能とする原因となる朝鮮半島有事における在日米軍の出動は、拒否するであろうが。とすれば、韓国軍関係者は、大統領でもないのに、不平を述べる必要もない。軍は、大統領の意向に服しなければならないからである。

 ともあれ、日米安保条約上の在日米軍は、元々、わが国の「施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃」に対して共通の危険に対処するために存在するものである(条約5条)。共同対処をする場合にも、日米共に「自国の憲法上の規定並びに手続に従」うことになっているから、オバマ大統領がわが国を守ると宣明しても、米軍がわが国を防衛するとは、必ずしも限らない。わが国の安全についてさえ、そのような約束になっているにも拘わらず、在日米軍が、わが国以外における戦闘行動を自己の判断で好き勝手にやれる筈もない。繰り返すが、日米は、「条約」の実施について常時協議し、極東の平和および安全に脅威が生じたときは、いずれか一方の要請により、協議する約束になっているに過ぎないのである。

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