実は四国に、
日本を代表する巨大鉱山の廃坑があること、
ご存知ですか。

それが、愛媛県新居浜市の、別子銅山。

なんと、この鉱山の存在により、
日本は過去、世界一の銅産出国に
君臨したこともあったりとか、
この銅山運営から始まった日本を代表する企業が
住友グループだったりとか、
何かとスケールの大きい逸話に事欠かないのが、
この別子銅山なんです。

最近、鯛生金山佐渡金山に行って
完全ににわか廃坑マニアとなっている私にとっては、
非常に興味深い場所だということで、
この度、約一日をかけて見学してきました。

以下、マニア心を丸出しにしながら、
別子銅山の紹介をさせていただこうと思いますので、
興味がある方は、読んでいただけると嬉しいです。


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佐渡金山にせよ、石見銀山にせよ、
いわゆる鉱山ってたいていは人里離れた場所にあって、
そもそも見に行くことすら困難なことが多いのですが、
この別子銅山は、違います。

市街地から車で20分弱という、
ものすごいアクセスの良さが特徴。

IMG_3086

私たちも、ホテルを朝8時半に出て
8時45分には、この別子銅山観光の玄関口、
「道の駅マイントピア別子」に到着しました。
(ちなみに写真は昼のものです。
 GWのせいで激混みでしたが、朝は多少は空いていました。)

鉱山跡って、
だいたい玄関口の施設でチケットを買って、
そこから坑道に歩いて入っていくパターンが多いのですが、
そういう面でも別子銅山は、やはり違います。

なんと、実際の坑夫たちも乗った
トロッコ列車に乗って坑道に向かう、という、
なかなか味のある演出がなされているのです。

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列車の旅はわずか5分。
しかも速度は歩くのよりちょっと早い程度ではあるのですが、
明治中期に架けられたトラス橋や、文化財に指定されたトンネルなど、
5分の旅の中にも見どころがあり、それなりに楽しめます。

IMG_3030

ここがトロッコ列車の終点です。

ちなみにこのトロッコ列車、
昔はここから、鉱山のある山を長いトンネルで抜け、
その向こうの町までつながっていたそうです。

かなりの長時間暗闇の中を走ることになりますし、
しかも車内は激狭で、身動きをとるのも難しいほど。

そんな列車が地域住民の生活の足としても使われていたそうで、
令和という時代の常識からは、にわかに信じがたい話です。


さて、トロッコの終点の先にあるのが、
端出場(はでば)坑道。

この坑道は、実際には銅鉱石が掘られたわけではなく、
火薬庫として掘られた坑道だそう。

ただ、その分だけ広くて頑丈なので、、
現在では観光用の坑道として使われる形になっています。

IMG_3036

IMG_3038

中にはこんな感じの、別子銅山での採鉱に関する
各種の展示が行われています。

ただ、私もこれで3か所目の鉱山見学ということで、
ある程度目が肥えてきておりまして、
その目線でいうと、ちょっと残念なことが多かったです。

まず、これらの展示が全部ミニチュアであること。

これは、そもそもここが採鉱場所ではなくただの火薬庫だった、
というのが理由だと思われます。

実際に掘った跡がないので、
実物大の再現展示とかのやりようがないわけですね。

とは言え、それだと別に坑道内で見る必要もないわけで、
佐渡金山とかの坑道内に展開された実物大展示の迫力と比べると、
どうしても差を感じてしまいました。

IMG_3222

そして、もう一つの残念ポイントが、
本来鉱山と関係ないものがありすぎること。

別子銅山は市街地から近く、
アクセスが容易なせいで、
鉱山マニアではない普通のお客様もたくさんやってきます。

なのでこういうエンタメも必要なのでしょうね。

それは分かるんですけど、
当時の採鉱の様子を知りたい、というマニア層にとっては、
こういうのはなんか冷めるなー、と思ってしまう部分です。


逆に、マニア向けにお勧めしたいのが、
この観光坑道の中で放送されている
「別子銅山の歴史」的な展示映像。

当時の採掘の様子はもちろん、
トロッコ列車の役割や機能、
精錬などの採掘後の行程や、
さらには鉱毒問題への対応など、
あらかたの歴史を当時の写真と映像で見ることができます。

リアルな別子銅山の実態という意味では、
マニアの方は、ぜひこちらを見ていただくと、
満足できるんじゃないかと思います。

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ということで、端出場坑道の観光が終わると、
再びトロッコで出発地点に戻ってきます。

実は、あまり案内がないせいで
自力で回る必要があるのですが、
この出発地点の駐車場近辺にも、
結構な見どころが散在しています。

IMG_3078

こちらは明治末期に完成した、水力発電所。
こちらが完成したことで機械化が進み、
別子銅山の近代化が加速したんだそうです。

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そしてこちらが、第4通洞口。

通洞とは、いわゆる鉱石を掘る坑道ではなく、
掘った鉱石を運ぶ通路の役割。

大正時代に完成したという第4通洞は、
約5キロ先の地中にある鉱脈から掘り出された鉱石を、
ここ端出場に運んでくる役割を担っていました。

トンネルの真ん中にある線路が、
まさにそのトロッコ列車の通り道だったわけですね。

余談ですが、トンネルの上の「第四通洞」の文字は、
当時の住友の会長さんが書いたんだそうです。
達筆ですね。

IMG_3083

ちょっと写真粗くて見にくいと思うのですが、
この通洞は地中でさらに別の通洞ともつながっており、
総延長でいうと、10キロ先の鉱脈からの鉱石も
運んでくることができたとのこと。

また、現在は見れないらしいのですが、
昭和初期には、この場所から斜め下側、
深さにして海抜マイナス1000メートルの採掘場所につながる、
大斜坑というものも掘られたそうです。(図の斜め下に走るライン)

この深さは、日本国内で人間が到達した、
歴史上もっと深い場所になるんだそうです。

IMG_3085

そんな事実も夢の跡という感じでたたずむ、
第4通洞の前にかかる鉄橋。

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横から見た写真がこちら。
奥に見える赤い鉄橋は、観光用トロッコ列車の、
ピントラス鉄橋です。


昔はここからさらに新居浜市内の工場に鉱石を運ぶ、
下部鉄道というのもがあったそうで、
それらの遺構は、ここに来る道中で目にすることができます。


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ということで、まぁだいたい普通の鉱山だと、
こんな感じで一通りの遺構を見て終わり、
ということになるんですが、
日本有数の規模を持つ別子銅山は、
全然これで終わりではありません。

この「端出場」地区は、あくまで前菜みたいなもので、
ここから車で約30分ほど、険しい道を登った場所に、
「東平(とうなる)」地区という、
メインディッシュが存在しているんです。

その「東平」地区の通称は、
なんと「日本のマチュピチュ」!

やはりさすがは、日本を、
いや世界を代表する銅山です。


別子銅山の類まれなスケールを知るうえで、
この「東平」を、見ずに帰るわけにはいきませんよね。

ということで、端出場の見学が終わってから、
専用バスに乗って、「東平」地区も見に行ってきました!

果たして「日本のマチュピチュ」は、
どんな場所だったのか?

その様子は、長くなるので、次回パート2にて
ご紹介したいと思います!


では、とりあえず今日はここで。


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