ザ・エデン・ツヴァイ

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津波対策

津波防災啓発ビデオ「津波からにげる」

http://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/tsunami_dvd/honpen.html

津波対策

きーこさんのブログより以下、全部転載予備保存。
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-1636.html

「てんでんこ ‐津波を生き延びる知恵‐」片田敏孝教授(動画・内容書き出し)

自分の命は自分で守るという事
していますか?

今まで、どこかが、だれかが、守ってくれていると思っていました。
国や、行政や、メディアや、お医者さんや、学校の先生、
危険があれば教えてくれて、それに対する対策をとってくれていると思っていました。
そして、助けてくれると。

けれど、そんなふうに思うのは間違いなのです。
どんなときだって、自分の命は自分のものなんだなって、だから自分で守らなければいけないんだと。
こんな基本的な事を忘れてしまうほどに退化していた自分を改めて見つめ直しました。

片田先生のお話しは津波に関してだけども、奥が深いです。




「てんでんこ ‐津波を生き延びる知恵‐」(アルジャジーラ・イングリッシュ放映)を制作した際に行った
防災研究家、片田敏孝教授(群馬大学)へのインタビューをまとめたものです。

内容を書き出しました。

「てんでんこ ‐津波を生き延びる知恵‐」



「てんでんこ」は道徳的に容認できるか?


「津波てんでんこ」という言葉はですね、
津波の時には自分の命だけを守り抜けと、
最優先に守り抜けという事を言っているんですね。

考えように於いては、特に日本社会においては、倫理観に反する事です。
「自分さえ助かればいいのか」この考え方です。
そうです。
多くの子どもたちはそこに多くの疑問点を感じます。

この、「津波てんでんこ」というのはですね、
初めて聞いた時に、やはり、二つの感覚がありました。

一つは、本当にできるんだろうか?こんな薄情な事が。
それは家族のきずなという事を考えたときに、たとえば自分の家族に置き換えた時にですね、
「これが出来るのか?」って考えた時に、
「津波てんでんこ」これは実際は無理なんじゃないかと、

という事も思う反面、それをも押して、こんな言葉を残した、その背後にある津波の厳しさというものを、
まざまざと感じた訳です。

日本は、家族のきずなとか、ご近所との繋がり、それから、地域のお年寄りや、そういった方々を敬う気持ち、
こういう気持ちが非常に強くてですね、
自分が生き残るということ以上に、
周りの人達が、自分だけが生き残ることを良しとしないんですね。
そんな中で、津波の避難という事になってくるとですね、
自分だけ逃げる前にみんながいろんな音が心配になります。

「お隣のおばあちゃん大丈夫かな・・」
「裏のちっちゃい子は大丈夫なんだろうか」
「ああ、あそこは大丈夫か」

そんな事を言いながら、もし、みんなに声かけて回っていたならば、
必ず自分は間に合わなくなってしまいます。

家族の絆が被害を大きくしていくという日本の社会の特徴、そこに大きな津波、
この二つがそろった特に、「津波てんでんこ」あえて津波の時には、
その倫理観を押しつぶしてでも、自分の命を守るんだという事
これを強く、古人が、過去の人達がですね、
自分たちが辛い思いをしたがゆえに、その反省に立って、分かるんだけども、
自分の命はまず自分で守るんだという事を、強いメッセージとして残してくれたのが、
「津波てんでんこ」、「命てんでんこ」なんだなと、思いますね。



自分が逃げる事は他の多くの人を救う事になる

2:35

まず自分の命を守る事、それが周りの人の命を救う事になるんだと、
これは人間のですね、心の特性から言っても言える事なんです。
それはどういう事かと言いますと、地震があった時に、沿岸部の人達は、みんな津波の事が頭に浮かびます。
そして「逃げなきゃいけないんじゃないかなぁ」と思うながらも、
なかなか逃げようとしません。
人間にはですね、ノーマルシーバイアスという、正常化の偏見という言葉こことのなかに生じます。

「自分は今大丈夫なんだ」と、
「異常な状態に置かれていない、正常な状態に置かれているんだ」と、一生けん命思おうとするんです。

だから、たとえば非常ベルが鳴る。
その時にも、非常ベルが鳴ったということの意味は分かるんだけれども、
今本当に火事なんだって、本当は思いたくないんですね。

だから、今火事なんだろうかどうなんだろう?ってキョロキョロと様子を伺う

その時に、誰かが「火事だ」と叫ぶと、さすがに今火事だと思って逃げざるを得ない状況が出来あがって逃げる。
もしくは、非常ベルが鳴った後に煙の臭いがしてくるとかですね、
こういう状況の中で、第二報までなければ人間は逃げないという事です。

で、この、津波の時もそうなんですね。
地震が起こる。
今津波が来るかもしれないと思って、みんなキョロキョロしている。
結局みんなで、友達や、あの子も逃げていないこの子も逃げていない彼も逃げていない、お隣さんも逃げていない。
と思いながら、自分が安心してしまう。
お隣さんはお隣さんで僕を見ながら、隣は逃げていないと思いながら、みんな安心する。
安心のテンポラリーのネットワークが出来てしまう訳ですね。
そうやってみんな
逃げずにそこに津波が襲ってきて、みんなが死ぬ。
で、そんな中でですね、子どもたちに問いかけたんですね。
非常ベルが鳴った時に一番先に部屋を飛び出していくというのはすごく勇気がいる事だと。
何となく弱虫みたいだし、多くの場合は誤報が多くて戻ってくる時にすごく恥ずかしい
だから、みんなそう思うと逃げられない。
そうやってみんな逃げない。
だから、君が一番最初に逃げるんだ。
そうすればみんなが疑心暗鬼の状態でいるから、誰かが逃げ始めると、
群集心理と言いまして、誰かが逃げ始めるとそれについて逃げるという行為が行われていきます。
このような、君が逃げれば、みんなが付いて逃げてくる。
だから、君が逃げることが、多くの人を救う事になると言って、
子どもたち一人一人に君が率先避難者になれと、君が率先避難者になるんだと、
一人ひとりに、こう、教えていったわけです。

で、それがですね、
「てんでんこ」の行動というものが、他の行動を誘発していく。
みんなが「てんでんこ」だと思っていれば、彼も逃げたかれも逃げただから、ぼくも。という、
他の「てんでんこ」を生むということになるんですね。
結局より多くの人の命を救う事になるんだという、

これは心理学の知見に基づいた話なんですが、
「てんでんこ」というのは、必ずしも自分の命を守る事だけにはつながらないんだと、
だから、自分勝手な、自分だけ良ければいいという事にはならないんだよというようなことを、
子どもたちには今のような例を使って話をしてきました。


日本はですね、学校の先生方、学校がどれだけ責任を負うのか、
また、防災は行政がどれだけ責任を負うのかという、
そういう依存心が非常に強い防災が、これまでの日本の防災でした。

ですから、「津波てんでんこ」の教育をするに際してですね、
とても、その背後にある、これまでの防災の取り組みの背後にある、
「学校に任せ切っていますよ」という、この姿勢を否定すること。
そして、学校は全責任を持てるということも否定をすること。
自分の命は自分で責任を持っているんだという、
命を守るということの原理原則というものを元に戻さなければならない
という思いは、強くありました。






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津波は必ず来る
6:32

日本における津波というのはですね、
これは襲わるかもしれない、襲われないかもしれないという問題ではなくてですね、
いわゆる海溝型の津波と言いまして、必然的に来るんですね。
来るかもしれない、来ないかもしれないじゃなくて、必ず来るんです。

これがある一定の間隔を持てですね、
100年から150年位の間隔で、定期的に津波は来ているんです。
その中で日本には、この津波を起こすような場所が沢山ありまして、
日本各地、毎回毎回大くの犠牲者を出しているという、そんな感じなんですね。
日本は津波をこれまでに経験している訳です、繰り返しくり返し
でも、それがなかなか分化として残らない、
そして、地域に備えの歴史として残っていかない、
なぜか、非常に難しい、人間の根源的な問題を問われていると思います。

えー、人間はですね、
まず、100年150年に一回という現象を、まず、どう理解するかという事なんですけれども、
100年と言えば、大体人が良く生きても100年だと考える事が出来ます。
しかしながら、世代という観点からこの時間を考えると、
結婚して第一子が生まれるのが25歳から30歳と考えたならば、
100年という期間は3代とか4代という期間になります。
そうしますと、自分を中心に自分のお父さん、おじいちゃん、ひいおじいちゃんという、
その時代にあるか、ないか、というような事が津波な訳です。
これが100年に1回という感覚ですよね。
で、この時間の中でですね、例えば今回も被災しました。
そして今、被災地では、「この思いをどう後世に伝えるのか」、という事に対して真剣になっています。
そんな中でですね、過去の日本の津波を見ますと、
こういう被害の後に、地域は、もう、こんなところには地域は復興出来ないと言って、
高台移転をしたり、津波の記念碑を建てたり、
いろんな事をやって、「ここから下に家を作ってはいけないよ」というような事を
後世に一生懸命に伝えようとします。
でも、やはり、日々日常の生活があります。
漁師さんが多いですね、海辺ですと。
そうすると、最初は漁具を入れる倉庫を海辺に作ります。
そのうちに、ちょっと休憩できるような、お茶ぐらい飲めるようなというような場所を建設し、
いつしか、2拠点居住が始まり、いつしか町が元に戻った頃に、
「はい、次」というように繰り返してくるのが津波なんですね。

-2-




どのように津波に備えるべきか

たとえ津波というのが確定的に来る現象であってもですね、
日ごろそれにおびえながら暮らしていただく事は、良い事だとは思っていないですね。
それは知識としてしっかりと解っていて、50年100年に一回の事ですから、
その日その時だけ、適切に対応行動がとれる人であっていただくという、
極めて理性的にですね、
その時だけちゃんと対応が取れるという、そんな備えの心を持っていていただきたいです。
決しておびえていただきたいわけじゃないんですね。

防災というのはですね、
皆さん心配して、「どんな津波が来るの?先生」って、こうみなさんがお聞きになります。
答は分からないんです。相手は自然ですから。
だけど、僕が思うのはですね、
防災というのは敵を知る事よりも、己を知ることの方が僕は重要だと考えています。

敵はどんな津波が来るのかそれは相手が自然ですから僕は知りません。
でも、その時に、人間というのはですね、
その日その時、逃げようとしない、大丈夫だろうと思おうとする心が常に働き、対応行動が上手くいかない。
リスク情報というのは、うまく人間は処理できない所があるものですから、
うまく対応しない、そして亡くなっていく。

人間ってそんなもんだという事を理解をする。
そして、例外なく自分もそうだ。
つまり、敵を知るという事よりも己を知るという事、そちらの方が重要だと、僕は思うのですね。

今日も、この地域の方々に、子どもの防災教育の話をしたんですけれども、
子どもに教えた事はどのように逃げればいいのか、どのように対処すればいいのかという、
ハウツー(How-to)を教えたわけじゃなくてですね、
自然にどう向かい合えばいいのかという、その姿勢を教えたんだという事を、
地域のみなさんにはお話ししたんです。
自然ですもん、どんなことだってあり得ます。
その時に、ぐらぐらって揺れた時に、どんな津波が来るかなんて誰にもわからないんです、その瞬間は。

でも自分にできる事は常に、
ベストを尽くすということまでしかできないのですから、
ベストを尽くすこと、それが対応の本質なんだという事を、今日、お話しをし、
そして、釜石の子どもたちは、それによってほぼ全員が命を守り抜いてくれたという、実績もあるわけですね。
今日はそんな話をしたわけです。


防波堤があるから大丈夫
2:20

日本の中でも、今回の三陸沿岸というのは津波防災が最も進んでいた地域です。
たとえば、田老町というところはですね、10メートルの防波堤が二重に入っていました。

ところがですね、この田老町では、防波堤が出来た後、
「あの防波堤があるから、もう大丈夫なんだ」ということで、避難訓練の参加率がうんと少なくなったと言われています。
そして今回の津波に於いてもですね、「あの防波堤があるから大丈夫だ」と言って逃げていないんですね。
それで被害が大きくなっていると。

特に、ハードルのレベル、防災のレベルを上がれば上げるほど、
発生頻度、発災頻度というものは大半はこれで守ってしまえるんですね。
これがあるがゆえに、ほとんどの津波が無くなる。
だけどこれは、小さな津波が無くなっただけなんですね。

で、だけど、経験しなくなってくるから、どんどん無防備になる。
無防備になったところに襲いかかるのは、この高くした堤防を越えてくるような大きな津波が来る。
こういう状況になります。


「津波てんでんこ」は世界共通の言葉
3:27

津波に対する対策として、対応のありかたとして、
僕は「津波てんでんこ」という避難の在り方はですね、対応の仕方として適切ではないかと思います。
本当に限られた時間の中で、生き延びられるかどうか、
それは、その津波が襲ってくる高さよりも上に、津波よりも早く上がれるかどうか、これだけのことですね。
この物理的なこと、これだけのことです、
それを守り抜くために、そこにはもちろん人間であれば家族を思いやる心とか、そういうものは当然あります。
それを押してでも、まずは一人ひとりが命を守り抜くこと。
向かい合っているのはとても厳しい自然現象なんですね。
そこに対する厳しさを強調するためにもですね、この「津波てんでんこ」という言葉で
自分の命を守り抜くというこの思いをですね、それぞれの人が持ち、
そのための教訓の言葉として、この「津波てんでんこ」という言葉が世界共通の言葉で通用すると僕は思います。

想定を超えるものがあり得る。
これは自然災害に対する正しい理解だと思います。
そして、そこに於いて我々が取るべき対応というものは、ベストを尽くすという事に尽きます。
ベストを尽くしていて死んだんなら仕方がないです。
でも、本当はまだできる事があったにもかかわらず、
「想定としてここまで守られているから大丈夫だろう」という思いの中で、
ベストを尽くさずに死んだのならば、悔やんでも悔やみきれません。

日本は幸いにも多くの防災対策が進んだ国です。
そして進んでいない国も沢山ある事は分かっています。
でも、それがあるから、無いからというのは大きな問題ではなく、
自然災害に対して、いかなる状況にあれ、最善を尽くすという行動を取れるか取れないか、
その姿勢があるかないかという事が、生死を分けると思います。

日本は防災対策が進んでいるからいいんだ、
発展途上国はそれが無いからダメなんだという事ではなく、
とにかく、自分の命を守るという事に対して、
自然に対する畏敬の念を持ち、そして、その中で最善を尽くすという姿勢を持ち続けること
これが災害から災いをやり過ごすということの、僕は人間共通の基本だというふうに思います。


2011年3月11日
5:43

今回、僕はあの地震の時に、
釜石のすぐ近くのところに、八戸というところがありまして、
その八戸市に講演で行っていました。

その地震は、そこで経験した訳ですが、
非常に大きな揺れが5分ぐらい続いていました。

地震が5分続くという事は海溝型の地震という事なので、
非常に広大な震源域を作ったという事になりますので、
これは確定的に津波が来るという思いが僕の中にはありました。

で、そういう面ではですね、子どもたちが逃げていてくれるかどうかを大変心配したんですが、
最初、子どもたちが生き残ったかどうかという情報が無いまんま、
とにかく不安の中で、釜石からのテレビ中継を見たわけですけれども、
あまりにも壮絶な被害がありまして、
僕はですね、いくら子どもたちにそのように教えたからといって、
でも、あれだけ大きな津波であったわけですから、全員が生き延びているとは思わなかったんです。
それだけ津波は非常に大きなものだったと言えると思うんですね。

ただ、それであっても子どもたちは生き延びてくれた。
もう、それが分かった時にはですね、
本当に、信じられないというか、良く生き延びてくれたと、
一人ひとりの子どもを褒めてあげたかったと思いますし、
僕らの教えた津波への対処方法、それでは到底おぼつかない規模の津波だったと思うんですけれどもね、
子どもたちは、その状況の中で出来得る限りのことをやるという姿勢があったからこそ、
僕らが教えた範囲を超えて、みんながみんな行動をとってくれた。
そしてみんなが生き残ってくれたわけです。
これはですね、本当に、驚きでした。
そして、何よりも一人ひとりの子どもを、心からほめてやりたいと思いますし、
えー、そして、「ありがとう」とも言いたかったですね。

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