大城眞徳税理士事務所Blog

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2011年05月

2011年05月31日

古典から学ぶ経営哲学【第5回】                               「人格を高め好運を招こう−慈悲のこころをもった生き方−」

 3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震は、私達に大自然の脅威と敬天の念の大事さを改めて感じさせられた。一方、日本人がいざというときの助け合いや協力する気持ちの強さを見て感動させられた。その日本伝統の心の美しさを誇りにし、皆が力を合わせこの難局を乗り越えることを祈念する。
 
 人間の最高の生き方は、慈悲のこころ、愛のこころをもった生き方である。相手の喜びを自分の喜びとし、相手の悲しみを自分の悲しみとする。みんなと一緒に悲しんで、みんなと一緒に慰めあったりするような、誰もが住みよい社会をつくる生き方である。そのためには、人格を高めなければならない。人格とは、生まれながらにもった性格の上に、人生を歩む過程において学んで磨きあげられた総合的な人柄である。

 人格を高める方法は坐禅和讃(ざぜんわさん)の中に教わるものがある。坐禅和讃は臨済宗の名僧 白陰(はくいん)禅師の作である。坐禅和讃の9〜10行目に次の文言がある。
「布施や持戒(じかい)の諸波羅蜜(しょはらみつ)、念仏懺悔(ざんげ)修行等、その品多き諸善行、皆この中に帰するなり」と。
 布施(人様のために一生懸命すること、お金がある者はお金で、何もない者はやさしさで施す等)、持戒(人間としてやってはいけないことを守る)、忍辱(にんにく)(侮辱などを忍受し恨まない)、精進、禅定(心を静めて一つの対象に集中する瞑想)、智慧(知恵)、以上の六波羅蜜、及び念仏を唱えたり、懺悔、修行等、諸善行を行うことは、坐禅をするのと同じように一つの修行となりこころをきれいにする。
 「一芸に通ずるものは至芸に通ずる」とあるように、諸善行の何か一つの善行でもよい、徹底すれば悟ることが出来ると教えている。

 何故、我達は修行の必要があるのか、それは人間というものは老少不定(ろうしょうふじょう)であり、死期は老少とは無関係で定まりがない。だから、一日一日を大事に生きなければならないからである。又、人間というものは自分を一番かわいがり我欲にとらわれやすいので、我欲をなくさなければならない。利己的な自分の我を少なくし、人様のために尽してあげるような美しい優しいこころになること。それが人間の本性であるが、いつもまにかそれを見失っているから修行によって取り戻そうということである。他にも理由はあるが、紙面の都合上割愛する。

 心の持ち方如何で人生は大きく影響を受ける。人の生命は無限であり、人生はこの世だけではなく、過去も未来も関連している。広く長い目で見れば、われわれの行為は一つの例外もなく、それに相応した報いを招くといわれている。
 人格を高め良いこころになれば、運命は自然に好転するといわれている。又、良いこころをもてば事業も発展する。大阪商人は、「おかげさまです」と「自然万物、世界の皆様のおかげで何とか儲けさせてもらっています」と感謝の気持ちが強い。それが成功の原動力となっていると聞くが、大阪商人はこころを高め、常に「ありがとう」という気持ちで、神仏への感謝を強く持っている。それは日々、何かの修行をやっている賜であるにちがいない。
 成功する為にも、こころを整え人格を高める修行が大事である。日々を大事にし、修行のある生き方をして良い報いを受けようではありませんか。

 報いは直ぐあるか、五年や十年後になるか、子や孫の代になるかは知れない。しかし、良いことをすればいつか好運が巡ってくることは間違いない。それが因果応報である。
 諸善行のうち一つでも良い、徹底して自分なりの修行を行って、価値ある人生を送ろうではありませんか。


所長 税理士 大城 眞徳

2011年05月02日

古典から学ぶ経営哲学【第4回】                                     「怒りや欲望を抑(おさ)える−最高の人生を送るために−」

 怒りや欲望は非生産的で益することが無い。怒りは叱るとも大きくちがう。怒るは感情的で自己中心で他人に対する思いやりがない。叱ることは相手の成長を願い、愛情をもって然る可き方向へ導いていくことでその人の成長を促す。
 欲には小欲と大欲があり、自分のことしか考えないのが小欲で、自分の欲を抑え他人を思いやり、いつも他人の利益や幸せを考えることが大欲である。

 江戸時代の儒学者 佐藤一斎先生の言志四録に「忿(いかり)(さかん)なれば即ち気暴(あら)く、欲多ければ即ち気耗(もう)す。忿を懲(こ)らし欲を塞(ふさ)ぐは、養生に於いても亦(また)(う)。」と書かれている。
 解説すると、怒る心が激しく強くなると気持ちも荒々しくなり、欲が深くなると気をすり減らす。怒りや欲望を抑えるのは精神修養でもあり、からだの養生でもある。

 前述の如く、怒りがあるということは他人に対する思いやりもないので、人の信頼を得ることは出来ない。従って、人の心底からの協力が得られず、志気を鼓舞することが出来ないので仕事の能率も悪い。立派な仕事をするには健康も大きな要素であるが、怒りは健康の大きな敵でもある。怒らなくなったら持病の胃腸の病がなくなった等、心おだやかに過ごしたら病気が治った事例を良く耳にするものである。

 中国の諺にも「一つ怒れば一つ年を取り、一つ笑えば若返る。」とある。怒りをこらえ笑って若返って、いつまでもエネルギッシュで働き社会に貢献できたら素晴らしい。

 中村天風先生は「成功の実現」という詩で「今日一日怒らず、恐れず、悲しまず・・・・云々とあり、怒りなどのマイナス的な行為を無くすれば成功実現に役立つと書かれている。

 次に欲についてですが、西郷南洲は生涯を通して「無私」私心を排することを説き、又、自ら実践したと伝えられている。無私の心で多くの人々の信望を得て、幕府を倒す大事業を成し遂げたのである。

 TKC全国会の創設者 飯塚毅先生は「欲を出し、金を追っている間は金は逃げていくよ。」と云われ、「徹底して利他業に徹したとき、お金は自然に流れこんでくるよ。」と教えてもらった。すなわち、無心になって他人の喜ぶこと、為になること、利益になることを徹底してやる。それが自分の利益となり、幸せを築くということになる。

 二宮尊徳翁は「聖人は大欲、凡人の欲は小欲」と云われた。
大欲とは、国を開き経営し、大衆を救うこと。皆の幸福を増進すること。国を企業と読み替えて説明すると、大欲は企業を栄えさせ、社員を豊かにし、社会を良くして皆の幸福を増進するということである。経営者は勿論、上に立つものほど怒りや欲を抑えるようにすることが大事である。その為には精神修養が必要であり、又、小欲を大欲に導くには学問が必要である。実用的な技能技術や方法論(ハウツー)も大事であるが、心の鍛錬が最も大事である。

 人間性を高め、出来るだけ怒りや欲望を抑えて人のためになることや喜ぶことをしよう。そのことを自分の幸せ、生き甲斐とすることが出来たら最高の人生であることを、歴史上の偉大な先人達が実践し証明している。


所長 税理士 大城 眞徳

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