大城眞徳税理士事務所Blog

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2011年11月

2011年11月25日

古典から学ぶ経営哲学【第11回】                                     「困難こそ幸福の母なり ・・・ 目標があれば困難も乗り切れる」

 古言に「困難は幸福の母である」とある。徳川家康の遺訓には「人の一生は重荷を負いて遠き道を行くがごとし」とある。
 人生には、苦しいこと辛いことは付きものであり、色々な困難に耐え忍び、努力を重ねて乗り越えなければ素晴らしい人生は送れない。特に若い時の苦労は、買ってでもやりなさいと教えられてきた。
 次の歌は、苦労に耐えることが大きな力を発揮することを示唆している。

  「すゑつひに海となるべき 山水もしばし木の葉の下くぐるなり」

 深い山の水も、最初は少量で力弱く浅く、細い流れの時は、一枚の葉っぱにさえ遮(さえぎ)られることもあるが、苦労して木の葉の下を潜り抜け、いくつかの流れと合流して力を増せば、岩石を壊し、やがて大流となって海へ流れ、大海の水となって大きな船をも浮かべることが出来るようになる。人間も幾多の苦労に耐え、それを乗り越えてこそ偉大な人間になれる。大成には苦労が伴う。
 論語にも次の教えがある。

  「子曰く、苗にして秀でざるものあるか。秀でて実らざるものあるか。」

 解釈すると、穀物を蒔いて芽を出し苗になったが、花をつけずに枯れてしまうことがある。また、花をつけても実を結ばず枯れてしまうこともある。
 やるべきことをしないで怠けたら、せっかく穀物を蒔いたのに、実を結ばず枯らしてしまうことは実に惜しむべきである。勿体ないことである。同様に、素晴らしい人生を送ろうとする者も、時間を大事にし、苦労を惜しまず怠らず努力をすれば、世の為に役立つ立派な人間になり、人を幸せにし、最高の人生を送れるようになる。
 ところが、目標もなく、日々を何となく過ごすようでは人生が勿体ない。苗に実が結ばないように、果かない人生でおわってしまう。そうならないように積極的に多くの経験をしましょう。

 孔子は「五十にして天命を知り」とあるが、そのために毎日三省を繰返し、研鑽を重ねたという。聖人でさえ、徹底して修行、苦行をやっていることを考えると、凡人は進んで研鑽しないといけないのではないか。
 更に孔子の教えを借りると、

「子曰く、後生畏るべし、焉(いずく)んぞ来者の今に如(し)かざるを知らんや。四十、五十にして而(しか)して聞こゆることなきは、また畏るるに足らず。」

 解釈すると、孔子は言いました。後進の青年は恐れるべきだ。知識技能を修め修行し、人間性を高め毎日を大切に送れば、その到達するところは測り知れないものである。後進の若者達がどうして現在の私達に及ばないといえようか。どんな優秀な徳性の人が出てくるかも知れない。しかし、目標もなく、何となく日々を過ごして人生を送り、四十、五十(現在なら、六十、七十に位するのでは・・・)になっても、人に当てにされない、頼りにされないようでは、恐れるに足りない者となる。
 孔子は、若者は恐るべしであると言いながらも、本当に言いたいことは、若い時に苦労を惜しまず勉学に励み、一生懸命努力し頑張らなければならないことが言いたいのである。ただ年を重ねるだけでは、つまらない人間となることを戒めているのである。同じことは、壮年、老年にも大事なことであることは言うまでもない。

 歴史上の人物で、苦労して大成した人の例をあげる。
 豊臣秀吉は、織田信長の草履取りまでして、後に天下を取った。同じ武将として、草履取りをすることは屈辱であり、その苦しさに耐えることが出来たからこそ、偉業を成し得たのである。
 松下幸之助翁は、大病と闘い生死の境をさ迷う苦しさに耐え、幾多の失敗を乗り越えて事業を大成させた。
 佐藤一斎先生の言葉に「甘えを去れ、おめでたさを去れ、環境や体制や上司のことをとやかく言うのでなく、ただただ自分自身を掘り下げる。そこからすべては始まるのだ。」と。甘えず、他人の所為にせず、辛酸を経験し、徹底して自分を鍛えることが最も大事だよと教えている。

 楽だけでは、真の幸せは得られない。


所長 税理士 大城 眞徳


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