大城眞徳税理士事務所Blog

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2012年02月

2012年02月27日

古典から学ぶ経営哲学【第14回】                                     「人を心服させる」

 素晴らしいリーダーは、人から尊敬され、信頼されるので、多くを語らなくても人を心服させる。人間はどういう人に対して心服するのか、江戸時代の儒学者 佐藤一斎や、中国戦国時代の思想家 孟子の言葉から学んで見よう。
 まず、一斎先生の言葉である。

「理(ことわり)(いた)るの言は、人服せざるを得ず。」
道理のかなった言葉には、人は服従しないわけにはいかない。

「然(しか)れども其の言激(げき)する所有れば則(すなわ)ち服せず。」
しかし、いくら道理にかなっていても、その言葉に激しいところがあると人はこれに服従しない。それは人間が感情の動物であるからである。言葉づかいには気をつけなければならない。

「強(し)うる所有れば則ち服せず。」
又、態度が強引すぎても人は服従しない。たとえ服従しても良い結果は出ない。

「挟(さしはさ)む所有れば則ち服せず。便ずる所有れば則ち服せず。」
自分のことしか考えない私心をもったり、自分の便利を考えているようであっても人は服従しないものである。

「凡(およ)そ理(ことわり)(いた)って人服せざれば君子必ず自ら反(かえ)りみる。我れ先(ま)ず服して、而(しか)る後(のち)に人之(こ)れに服する。」
すべてが道理にかなっているにもかかわらず服従しない時には、君子(人格者)はまず自分で反省してみる。自分自身が心から服従できるようなことをしているかを。自分自身が心服できるようなことをしていて、人ははじめて心服するのである。

 卑近な例を挙げると、私はあの人のために一生懸命やってあげたのに、自分の気持ちを少しも解っていないという人がいる。そういう人に限って、原因を人の所為にする。自分ではやっているつもりでも、相手の為になるようなことをやっていないのではないか。

 次に孟子の教えを紹介する。

「人を愛して親しまざれば、其の仁に反(かえ)れ。」
人を愛しても相手が親しんでこない時は、自分の仁愛すなわち思いやりが足りないのではないかと反省してみる。

「人を治めて治まらざれば、その智に反(かえ)れ。」
 人を治めても、うまく治まらないときは、自分の知恵が足りないのではないか反省してみる。

「人を礼して答えざれば、その敬に反(かえ)れ。」
人に礼をつくしても、相手が答えてこなければ、自分に人を敬う気持ちが足りないのではないかと反省してみることが先である。

 斯様に孟子も亦(また)、一斎先生同様、人に対してやったが反応がないとか、うまく行かないのは、思いやりや知恵などの足りなさに原因があると考え、まず自分の行為を省(かえり)みることが大事であることを教えている。すべての原因が自分にあることに気付き、相手の立場になって考える。恕の心(相手を思いやり、ゆるす心)が人を心服させるのである。

 人を心服させた歴史上の有名な人の事例を紹介する。

清水次郎長の事例
 勝海舟が、清水次郎長に「子分が大勢いるようだが、親分のために命を捨てる子分は何人いるか。」と聞いた。次郎長は次のように答えている。
 「そういう子分は一人もいない。しかし、私は子分のためならいつでも命を投げ出せる。」と答えたという。部下を思いやる心がひしひしと感じられる。

加藤清正も同じである。加藤清正が船に乗り、台風に遭遇したときにあった話しであるが、
船が沈没しそうになった。そのとき、船頭が「家来の一人を人柱として海に沈めたい。」と申し出た。(人柱とは、ある目的のために犠牲になった人のこと)
それに対し、清正は答えた。
 「部下を沈めることは私にはできない。どうしても人柱を必要とするなら自分がなろう」と言ったという。
 次郎長、加藤清正、いずれも部下に自分で語ったものではないが、こういうことがあったと後で知ったら、部下はそういうリーダーを心から尊敬し、とことん従っていくと思う。

現代の事例として、松下幸之助翁を紹介する。
 松下翁が仕事がうまく行かなかった社員を、涙を流す程に厳しく叱ってやった。その社員が将来大きく成長してもらいたいと愛情の籠(こも)った叱り方である。
 そのことを早速、社員の家へ電話し、奥様に伝えた。
 「今日、斯(こ)う斯(こ)うしかじかで御主人を叱ったので、家に帰ったらやさしく迎え、見守ってあげて下さい。将来を期待して、つい強く叱ってしまったのでよろしく頼みますよ。」と。
 本当に相手のことを考えた心温まる、思いやりのある方であった。

 以上、いずれの例をみても上に立つ偉大なリーダーは心服させるものを備えもっている。その心は、常に自分を省みるところから生まれてくるものである。

 聖人 孔子は、「五十にして天命を知る」とあり、そのために一日三省を繰返し研鑽を重ねたという。やはり偉大なるリーダー、人格者は限りなく自分を向上させている。
 そいういう考えをもたらす背後には、いつも自分は足りないものであるという謙虚な姿勢と反省の念がある。上に立つ者に、大いに参考になる教えであり、いつも自分に言い聞かせているところである。


所長 税理士 大城 眞徳

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