大城眞徳税理士事務所Blog

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2012年03月

2012年03月28日

古典から学ぶ経営哲学【第15回】                                     「才能に火をつける最高の法 ・・・ 真の志をうち立てること」

 論語に「子曰く、我生まれながらにしてこれを知る者にあらず。古(いにしえ)を好み、敏(びん)にしてこれを求む者なり」すなわち、孔子が云うには「私は生まれながらにして学問ができたわけではない。古代の聖人賢人の道を好み、一心不乱に勉強してやっとこれを身につけたのである。」

 孔子が活躍していた当時の人々は、孔子の聖徳(すぐれた知恵)は生まれつきのものだと思っていた。しかし孔子は、それは違うということを教えたいために前述の言葉を使われたのである。そして、誰でも学問を好み努力すれば、私(孔子)ぐらいにはなれると言った。斯様にして孔子は厳しい修行を積んでやっと大成した。
 しかるに凡人は、さらなる修行を積まねばならないことを認識することが大事である。修行のために手っ取り早い方法は、古代の賢人たちから学ぶことである。古代のものがすべて良いということではないが、温故知新とあるように、昔の物事を研究し、吟味して、そこから新しい知識や見解を知ることは大事である。

 論語の志学の項目の一行に「吾れ十有五(じゅうゆうご)にして学に志す」という言葉がある。それに対する森信三先生(哲学者)の感想を紹介する。
 先生曰く、学の道は、わが身を修めることを中心としつつ、ついには天下国家をも治めるに至る人間の歩についていうのである。それを十五歳という年齢と対照して考える時、孔子は実にすごいことだと感慨なきを得ない。

 普通、感激をするような話を聞かされた場合は、それに感激もし、その場では一応決心もする。しかし、その場を去れば、多くはたちまち忘れてしまって、その感激は長続きしないものである。それというのも人間というものは「受身の状態で生じた感激」は決して長続きしないものだからです。いやしくも人間として生まれて、多少とも生甲斐のあるような人生を送るには、自分が天から受けた力の一切を出し尽して、たとえささやかであっても、国家社会のために貢献するところがなくてはならない。人生の意義は、たとえて申せばロウソクのようなものである。ロウソクは全て燃やし尽すことによって、その作られた意味を果せる。同様に私達も、自分が天から受けた力の一切を、生涯かけて出し切るところに初めて、国家社会のお役に立ち得るわけでありそれが人生である。

 では、とことんまで力を出し切るには一体どうしたら良いか。まず、偉人伝記を読むことである。そして進んでは、その偉人をして、そのような一生をたどらせ、心を動かしたエネルギーは何だったかを突きとめることである。それは、この人生は二度とないということを知り、志を立てることである。「真の志」を立てることが出来たら、いかに微々たるものであっても、一生をかければ多少は国家社会のために貢献し得るほどのことは必ずできるはずである。かくして人生の根本は、何よりもまず「真の志」を打ち立てるところに始まる。
 森先生の考え方を要約しましたが、要するに、いくら佳書にめぐり会い多読しても、一時的には感激もし、そうしようと考えたりもするが長続きはしないものである。心を動かし、皆のため社会に役立つような域に到達するには、「人生の一回性」を思いおこし、一度しかない人生なら、人生をしっかり見つめ、天から与えられた使命を果すため、「真の志」を立てることが大事である。

 志を立て、心に火をつけて、自分なりに出来ることをしよう。そのことが大きい小さいは関係ない。社会の役に立ち、人々の喜びや幸せを築くために貢献出来たら、それこそが本当の生甲斐であり、自分の才能を最高に発揮することになると思うのであります。

所長 税理士 大城 眞徳


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