大城眞徳税理士事務所Blog

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2012年07月

2012年07月27日

古典から学ぶ経営哲学【第19回】                                 「不恥下問(ふじかもん) ・・・ 一時の恥にこだわって自分を小さくするな」

 親から良く言われた 「聞くは一時の恥、聞かざるは一生の恥」

 後輩や部下に教えを請うことを恥としないのは、社会人として大事なことであり、勇気のいることである。知らないことは知らないと素直に言える人は必ず伸びるが、知ったかぶりする人は成長しない。

 松下幸之助翁は、部下や社員からよく教えを乞うて仕事をし、人材を活用した。大変素直な心の持ち主だったからそれが出来、大成したのである。
 素直になると人の意見が良く聞ける。異なった考えも受け入れられる。そういう人は心構えがちがう。発言は三割にとどめ、残りの七割のエネルギーは人の話を聞くことに振り向けるいう。それでちょうどバランスがとれる。

 論語に「不恥下問(ふじかもん)」という教えがある。次のくだりを紹介して説明する。

 「子貢(しこう)問うて曰く、孔文子、何をもってこれを文というやと。子曰く、敏にして学を好み、下問を恥じず」

 周の時代「文」という文字は、行いの良い者に贈られた贈り名である。何故、孔文子にその名が贈られたかについての説明は次の通りである。
 孔文子の弟子、子貢が孔子に聞いた。孔文子は実の娘を政治的道具として使い、二度も戦略結婚をさせた道義心の欠落した非常識な人間であるのに、こんな人間に「文子」という立派な贈り名があるのはおかしいじゃないかと質問した。
 これに対し孔子の説明は、孔文子にはその行いに非難すべき点もあったが、孔子は人の長所を無視せず公平な観察を下す人であったので次のように答えた。
 「たとえ孔文子には、はなはだ良くない点があるにせよ、賞揚すべき長所もある。天性明敏な人は、多くは才をあてにして学びを好まないが、孔文子は明敏でありながら学びを好み、また、地位の高い人は一般に驕慢(きょうまん)で人に教えを乞うことを好まないのに、彼は一国の高官でありながら、身分の低い人に質問をすることを恥じなかった。この二つの善行は贈り名をつける法則という資格にふさわしい。それで「文」を贈られた。」

 孔子が教えるように、地位が高く知識のある者が、身分の低い人に教えてもらうのは勇気がいることであり、なかなか出来るものではないが、大をなす人は異なった他人の意見や考えを受け入れ、教えを乞うことが出来る寛容さがある。

 不恥下問で偉業を成した人、及び逆の人の事例を紹介する。

 劉邦(りゅうほう)という漢の君主がいた。彼は何か問題が起ったり壁にぶつかったりするたびに、決まって部下に聞いた「お前たちは、なんぞ良い対策はないか」と。部下の意見を参考に決断をしたという。劉邦は項羽(こうう)(秦の時代の武将)を破って天下を統一し皇帝になったのも、部下を信頼し、部下の意見を活かしたからである。
 これに対し項羽は、部下が適切な対策を進言しても「お前らごときが何を言うか」という態度で一向に耳を貸そうとしなかった。項羽という人は抜群の能力に恵まれた人間であったが、人の意見に耳を貸そうとしない欠点があった。劉邦と派遣をを争い自ら首をはねた。部下の協力を得ることが出来ず、戦いに敗れた不遇の武将であった。

 斯様にして、部下に良く聞くということは、部下の信頼を得るだけでなく、やる気を出させ、部下の育成にも役立つものである。いくら優秀な者でも、一人の力は所詮小さいものである。組織を預かり上に立つ者は、この「不恥下問」の教えを大切にしないといけないと痛感する。

所長 税理士 大城 眞徳

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