大城眞徳税理士事務所Blog

「経営及び融資計画策定支援、コンサルティング」など幅広くご支援します。

2012年11月

2012年11月27日

古典から学ぶ経営哲学【第23回】                                 「学問を修める ・・・ 人生は生涯学びである」

 佐藤一斎先生の言志四録に「少にして学べば、即ち壮にして為すことあり。壮にして学べば、即ち老いて衰えず。老いて学べば、即ち死して朽ちず。」という教えがある。
 少年時代に学んでおけば、壮年になってから役立ち何かを成すことができる。壮年に学んでおけば知識も一層高くなり、社会の役に立つことができるから、死後もその名が朽ちることはない。
学び続けることは、人生において大変価値があることである。その気さえあれば、なんでも修養の糧とすることができる。
 例えば、草木を植え育て、発育する過程の微妙な移ろいを観察すると、植物の生命力に教えられる。夏に冬の作物の種を蒔(ま)くなど、野菜の都合を無視して、自分の都合で種を蒔き施肥(せひ)などしていると必ず謀反(むほん)を起こす。それは天の教えに背くことは出来ないということを教わる。

 人間は五感にふれるものすべてのものから学ぶことができる。志あれば、スポーツを見ては、その鍛錬の厳しさを学び、歌を聞いては人情の美しさを知り、物語を読んでは己の心とし、雑談のうちにも人の智に励まされ、食べては自然の恵みを知る。逆に何を見聞きしても感じない者も世の中にはいる。
次はその一例である。
 主人が小僧に「出かけるから金魚を見張っていろ」と命じたが、帰ったら金魚がいない。訳を聞くと、見張っていたら隣の猫がくわえて行ってしまったという。見張れと言われたが、追えとは言わなかった。という話である。
これに似た事例はよくあるが、命じた言葉の裏にどういう思いがあったかを感じきれない者の行動であり、学びの不足からくるものである。

 実学や日常の五感から学ぶことは大事であるが、更に読書の大事さを一斎先生は説いている。
「実学の人、志(こころざし)はすなわち美なり、然(しか)れども往往(おうおう)にして読書を禁ず。これまた噎(えつ)によりて食(じき)を廃するなり」
 実際に役立つことを行動によって学ぼうとする人は大変立派である。しかし、彼らは往々にして読書をしない。これは、ちょうど噎(む)せたからといって食事をしないようなもので、真の学問をしているとはいえない。読書の大事さを教えている。

 読書の効用について、兼好法師は徒然草で「先達はあらまほしきものなれ」と言っている。先人の知恵は「転ばぬ先の杖」としてあって欲しいもので、読書により、先人の知恵を活かそうということである。実学による行動から学ぶことだけだと、自分の少ない経験の範囲内になって、どうしても知識が浅く考えが狭くなってしまう。
自分をもっと高めるには、先人たちから学ぶことが賢い方法である。その為には読書が最も役立つ。
言志四録にはさらに次の教えがある。
 「学問をする者で、もし書物を読まない者があれば、督励し書物を一生懸命読むようにさせる。もし、読書に耽(ふけ)っている者あれば、静坐、自省するように教える。これは病に対して補血薬を用いたり、下剤を与えたりすることと同じであり、大変効果がある。」
 すなわち、読書で研鑚し、更に心を整えることが重要である。
 読書と静坐、自省は一つのものの両面であって、相働いて心境が進むのであり、読書か静坐か一方に偏るということでは本当の学びは出来ないので、両方のバランスがとれた学びで最高の自己鍛練をしよう。バランスのとれた学びで、一度しかない人生を価値あるように過ごしましょう。

所長 税理士 大城 眞徳


最新記事
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

QRコード
QRコード
livedoor Readerに登録
RSS
livedoor Blog(ブログ)