大城眞徳税理士事務所Blog

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2013年03月

2013年03月28日

古典から学ぶ経営哲学【第26回】                                 「今ある立場で最善を尽す ・・・ 最高の自己鍛練法」

 稲尾和久という野球史上に名を刻む名投手がいた。昭和三十年代、西鉄ライオンズの投手で、この人が登板すると必ず勝ったので「神様、仏様、稲尾様」と呼ばれた。まれに誕生する大投手でした。

 高校三年のとき、西鉄ライオンズにスカウトされたが、月給三万五千円、契約金五十万円でした。当時の高校卒の初任給は六千円でしたので、お母さんはその金額を聞いて気絶したという程の高給であった。
 ところが後から知ったことは、他の新人二人を食事に誘った時に、二人は自分の給与の三倍から四倍、契約金は十倍から十六倍でした。しかも稲尾は打撃練習投手ばかりで、あまり重要視されていなかった事を知った。

 普通ならここで心が折れ、投げやりになり、ひねくれるところであるが、稲尾は逆に奮起した。

 さすが伸びる人は考え方が違う。あらゆる条件を活かし伸びていくものである。彼は打撃練習投手として、自分の立場を大事にして一生懸命役割を果たした。如何に相手を喜ばす投球が出来るかを工夫し、黙々と自分の責務を果たした。一球一球に精魂を込めて練習した。やがて無類のコントロールを身に付け日本一の投手にまで成長したのである。あまり重要視されていない打撃練習投手であったが、故にその練習が出来たのである。

 与えられた立場を一生懸命に生きることは、成長するために最も良いチャンスである。

 論語の事例で説明する。

 「君子は其の位に素(そ)して行い、其の外を願わず。富貴に素しては富貴に行い、貧賤(ひんせん)に素しては貧賤に行い、夷狄(いてき)(片田舎)に素しては夷狄に行い、患難(かんなん)に素しては患難に行う。君子は入(い)るとして自得せざる無し。」

 訳すると、立派な人は自己の与えられた環境の中で不平不満を言ったりしないで精一杯の努力をし、それ以外のことは考えない。裕福なとき、貧しいとき、片田舎にいるとき、苦難の真っ只中にいるとき等、どういう境遇にあっても驕ることなく、またへこたれず、その立場において最高最善の努力をする。君子はどんな環境にいても悟らないことはない。すなわち、常に悠々自適であるという意味である。

 出来る人は自分の専門外分野であっても、与えられたところで精一杯頑張り、やがて新しい専門分野を修得する。しかし、今いるところで愚痴をこぼす人はどこに行っても、また愚痴が先になり伸びず使い物にならない。

 斯様に今ある地位、立場で最善を尽くすことが出来たら、自分を鍛え最高の生き方をすることが出来るものであるが、それは昔も今も変わらない。その位に素して行うことは、即自己を鍛える最高の方法であります。

 さて、皆さまは其の位に素して毎日を徹して生きていますか。

所長 税理士 大城 眞徳

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