大城眞徳税理士事務所Blog

「経営及び融資計画策定支援、コンサルティング」など幅広くご支援します。

2013年07月

2013年07月26日

古典から学ぶ経営哲学【第30回】                                 「至誠(しせい)天に通ず ・・・ 誠は人を動かし事を試す」

 言志録一五二条に誠がたくさん蓄えられていればその力は遠くまで顕われる。誠が物を動かすのには独り慎む。すなわち常に心中に雑念がおこらないところから出ているのである。

 明治27年、住友が創立以来250年になろうとする時、転覆かねない様相になっていた。そのとき、それを救ったのは、支配人 伊庭貞剛(いばていごう)の至誠のある運営によるものであった。
当時のことを伊庭は次のように評している。
 「人格の力というものはまことに不思議なものだ。世間の中には智恵でいかず、腕でもいかず、手のつけようもないことがある。これを救うのはただ人格の力以外にない」
それこそが至誠の力であると言っている。

 言志録一六一条に、心にわだかまりがなければ、その人の精神の霊光が四方に輝くという句がある。こだわりを無くした悟った人の精神の力のすごさを表現している。

 人は仕事を通して社会参加しているものだが、大をなしている人は日常の仕事で自分を掘り下げ、仕事で修行を行っている。すなわち、日常の仕事に徹することにより悟りの域に達することが出来るという。そして、修行をすれば至誠に通じることが出来る。

 東山魁夷(ひがしやまかいい)(文化勲章受章者1908〜1999年)という名画家がいた。彼は静かな風景に自己の内面を託して描いた澄んだ画風で知られた方である。
 彼が言うには、いい絵を描こうと思って旅しても自然はちっともいい表情は見せてくれないものである。しかし、無心になって自然の中の生命の現れを感じ取るとき、素晴らしい表情を見せてくれる。自分と客体との一体感こそが芸術の出発点であり、画家は修行と直結している。

 商売も芸術も同じである。自分が作り出す商品やサービスに至誠の全てを注ぎ込もうと努力し、お客様に真心の限りで接しようとするとき、仕事は自分を精進させてくれるもので「行」になる。仕事に徹することにより自分を深化させ、自分を磨く菩薩行となる。すなわち自分の仕事に打ち込むことが出来たら、仕事そのものが求道の方法に変わっていくという。

西郷も「至誠」の人であった。その一句を紹介する。
 「それ天下誠に非(あら)ざれば動かず。才に非(あら)ざれば治まらず。誠の至る者、その動くや速し。才の周(あま)ねき者、その治むるや広し。才と誠と合し、しかる後、事を成すべし」

 訳すると、世の中のことは誠がない限り動かすことはできない。才能と見識がなければ治めることはできない。誠に徹すると動きも速い。才識が善く行き渡っていると、その治めるところも広い。才識と誠が一緒になった時、全てのことは立派に仕上がるものである。

 仕事や事業を大成させるためには見識だけではうまくいかない。やはり、誠を兼ね備えることが大切であることを教えている。

所長 税理士 大城 眞徳


最新記事
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

QRコード
QRコード
livedoor Readerに登録
RSS
livedoor Blog(ブログ)