大城眞徳税理士事務所Blog

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2013年09月

2013年09月27日

古典から学ぶ経営哲学【第32回】                              「民信(たみしん)なければ立たず ・・・ 信は道徳の中心である」

 牛車には輗(げい)、馬車には(げつ)という牛や馬に連結する器具があり、牛馬を御(ぎょ)す役をする。
もし、輗(げい)や(げつ)がなかったならば、どれほど立派な牛馬でも、車をうまく走らせることができず無用の長物となる。同じように人に信がなかったならば、いかに才智があっても、いかに技倆(ぎりょう)があっても、輗(げいげつ)のない牛馬車と同じで無益な存在となる。
このように信は人の行動にとって扇の要(かなめ)のようなものである。

 「子曰く、人に信なきは、その可なるを知らざるなり。大車輗(だいしゃげい)なく、小車(しょうしゃげつ)なければ、それ何を以(もっ)てかこれを行(や)らんや」と論語にある。信がなければ、いかなる職位にある人も、いかなる事業に就く人もうまく世に立っていけないことを教えている。

 孟子の五倫の句に「父子親あり。君臣義(くんしんぎ)あり。夫婦別あり。長幼序あり。朋友(ほうゆう)信あり。」とあるが、「朋友信あり」について説明する。友人などが生じ互いの交誼を厚くし、社会の秩序を維持するには、自らいつわらず、人をあざむかず、道徳的連鎖を強くする必要が生じてくる。そこに信が築かれるのである。「仁義礼智信(じんぎれいちしん)」という句もある。

 信の効用は、社会の進歩とともに、一人から一町村へ、一地方へ、一国へ、全世界へと及び、信の威力は国家的、世界的になった。会社の経営も商業の取り引きも行政の運用も、ことごとく信用が基盤である。
 しかし、この信は義と相俟(あいま)って、行動に移してはじめて意味を持つ。いかに信が大切でも、義にはずれた事柄については、これを守ってはいけない。例えば、人とともに悪事をはたらく約束は義にはずれるから、そういう約束は守ってはいけないのである。(渋沢栄一『「論語」の読み方』より)

 言志四録に「信用を人から得ることは難しい。人は言葉を信じないで、人の行いを信用する。本当は身を信用するのではなく、心を信じるのである。しかし、その心を人に示すことはできないから、人から信用を得るのは難しい」とある。
他方、信を失うのは一瞬であるので、特に上に立つ者の言動には慎みが大事である。

 孔子は「民信なくば立たず」といい、政治の目標について、食糧、軍備の充実、人民の間の信義をあげているが、そのうち一番大事なものは信と答えている。戦国時代においてさえも、軍備の充実より信を一番にあげているくらい、人間社会は約束を守り信頼関係の上に成り立っている。例えば、紙に印刷したもの(紙幣)で物を買うことができる。これは国が約束を守るという信用があるからである。
 このように信義すなわち約束を守ることで、平和や秩序も保たれている。また、信は人生、経営の基本でもあるので、信用を一層厚くするよう日々心がけて生きていきたいものである。

所長 税理士 大城 眞徳

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