大城眞徳税理士事務所Blog

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2014年01月

2014年01月27日

古典から学ぶ経営哲学【第35回】                            「リーダーを信頼させるもの・・・ 徳(パート掘法

 前回、前々回は、徳の項目の「知・勇・仁」について述べてきた。そして、リーダーに特に大事な事は、不公平感や不安感をなくすることであった。
 不安感に関わる項目は「知」と「勇」であり、不公平感に関わるものが「仁」であった。更に、徳目は「礼」という基準にかなっていて意味があり、「礼」というものは他者との関係を築く大事なものであった。そして、他者とのきちんとした関係は「中庸」によって築かれるものである。

 人間関係や徳の実践においては「中庸」が大事であり、一時的に愛着が燃えあがりすぎたり、走り過ぎた行動は、すぐに反動がきてダメになりやすい。しかし、中庸というものは形のないもので特定し難いものである。
 例えば人間関係でいうと、もっと親密になりたいと近づいてくる相手を迷惑だから遠ざけたいと思う人がいたり、また親切し足りないとやっている相手をおせっかいと嫌がる人もいて、人の思いは千差万別であり中庸を見出すのは簡単ではない。そこで、昔の聖人が作った中庸の基準が「礼」である。

 ただ、人間関係において「礼」ばかりに走ってはバランスが悪くなる。そのバランサーになるのが「楽(がく)・・・音楽」である。論語に「人は詩に触れて人との関係に第一歩を踏み出し、「礼」を学んで人と人との関係のなかで自立し、「音楽」によって人との関係を完成させる」とある。
 音楽は人々に、一つにまとまった気持ちを感じさせ、礼は人々に、立場の違いを思わせる。しかし、音楽ばかりに走ると馴れ合いになり、礼にうるさすぎると人間関係が疎遠になる。礼と音楽をうまく一致させることが出来れば感情を通い合わせつつ、立居振舞いの作法も身につけさせられる。それは「中庸」の状態である。

 すなわち、感情と行動が自然に無意識に一致する状態になる。そういうレベルでの一体感になれば、一体感は長続きする。
 例えば、社内の宴会などで、最後にみんなで肩を組んで歌い始めるという光景を見ることがある。こういう無意識レベルの一体感が出れば、そのまとまりは確実に強固でいつまでも続くものである。
 斯様に、「中庸」を求め続けることにより、持続可能な組織を生むことが出来るのである。末永く繁栄し続けるビジョナリーカンパニーは、自由に物事を考える組織であるが、それは、さまざまな側面の両極にあるものを、同時に追求する能力があるからである。

 矛盾や対立しているもの、その両者を「どうすれば二つをすりあわせることが出来るか」「掛け合わせられるのか」と苦闘せざるを得ない状況では、絶えざる自己研磨が迫られるのである。しかし、どれぐらいが「中庸」なのか実際に見定めが難しいものゆえ、それを突きとめていく過程は終わりない運動となるのであり、この中庸を追い求める運動のなかから人や組織の成長は生まれ、そして末永い繁栄の基盤が育まれるのである。

所長 税理士 大城 眞徳

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