大城眞徳税理士事務所Blog

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2014年09月

2014年09月10日

古典から学ぶ経営哲学【第38回】                            「君子は義に喩り、小人は利に喩る」

 見出しの章句は、論語の中でも親しまれているものの一つである。
論語には、君子、小人(しょうじん)という語が頻繁に出てくる。君子とは、理想の人、なりたい人である。小人とは、未熟な人、修業途中の人のことである。

 さて、社会生活なかんずく仕事をする際には、判断を要すること、判断に基づいて決断することが多い。決断はその人の人生に影響を及ぼす大事なことであるので、正しい判断に基づいてしなければならない。事を成すにあたり自信ある決断が出来るかどうかは、その人の考え方に揺るぎない拠(よ)り所があるかどうかに左右される。すなわち、正しい判断基準を有しているかどうかにかかっている。判断を「正しい、正しくない」に基づいてやる。それは君子のやり方である。

 「損得」を基準にして判断するものを小人という。
損得を基準にするのは、小人の判断であるといっても利益が不要であるということではない。義をはずれた利益は必ず後で躓(つまづ)くから気を付けることが大事だということである。
利益は正しいこと(義)による行為の結果である。正しいことによる利益でなければ長続きしない。

 論語に「小利(しょうり)を見ること母(な)かれ、小利を見れば即ち成らず」という章句がある。
小人がする目の前の小さい利益を追いかけると大きな仕事は出来ない。大きな観点から見なさい。皆のため世のために役立つことをしよう。その結果としての利益は大きく永続するものですよ。ということである。

 義にかなった利はどうあるべきかに悩む人が君子である。理想の経営者とは、義にかなった利益をどう追求するかに悩むものである。義の実践は難しい。誰もが皆が当たり前に出来るものではない。簡単に出来ないものだから遣(や)り甲斐があり、感銘もあり、夢をもとうとするのである。
 聖人の孔子でさえも常に君子を目差して修業した。
 孔子曰く「人は皆生まれながらに『仁の心』を持っている。」
即ち、性善説の考えを持っていた。従って人は本来善人であり心から思いどうしてもなりたいという志をもって、求めれば皆かなえられるようになっている。理想とする善人に向かって努力し、精進すれば皆が君子になれると教えている。
 善の内容はそれぞれ人によって違う。人間はそれぞれ生まれた所、育った環境も性格も違う。従って、その人に応じて自分の境遇にあった仁の実践を続けることで皆が君子になれる。しかしその道は遠く深いものである。

 人間形成は一朝一夕(いっちょういっせき)にして出来るものではないが、確実に言えることは、向上を目指して継続して行えば必ず成るものである。人間、皆「仁の心」を有しているのでやる意志があるかだけの問題である。

 天から与えられた「仁の心」を活かすために是非、強固な意志をもってほしい。善の実践で徳を積み正しい判断をしその判断により自信をもって決断することが出来れば素晴らしい仕事ができ、社会に貢献して価値ある人生を送ることが約束されるものと確信するのである。


所長 税理士 大城 眞徳

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