しゅうより、あなたへ ―in五反田SMクラブMASK


SMクラブ『マスク』/M嬢の日常を赤裸々に語った人気ブログ

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(2015年4月より連載スタート前回は3/8&3/9)
   
      
・ ゜  * ゜ 



『  大勢の荒ぶる男たちのための

      生贄になるのが使命なのだろうね。』
              
               2016. ◎◎◎さん



         


     『 最初に「森の女人」を読んで以来、

   しゅうに会わなくては、とずっと感じていたし

    実際に触れてからは、体の芯のどこかが

       ずっと、ざわざわとしている。』
      
                   2016.  〇〇〇さん


        
 『 ”いましめに その身は捨てて  散りぬるも

           はるか常世に 放つまなざし”

   手ぬぐいの中の、視線を射るように感じて 。


                      2016. ●●●さん

                    しゅうのマル秘Noteより◎

        
⋆゜

かく
ことが
もたらす出来事は、
はかりしれない。






今から、あとひと月後には
このブログも、とうとう7年目の記録へと
歩みを、進めることになる。





この私にしては、
なんと膨大な文章を、
こつこつと
綴りあげてきたことだろう。





実は先日、
多くの方の言葉に感化され、
わたし自身ももう一度
はじめたころのページを
1枚づつ辿ってみることにした。





「森の女人」を読んでいくと、



当時の、必死でたどたどしい綴り口調に
初々しさを感じながらも、




生まれてはじめての冒険に



必死でもがきながら
真摯に向き合おうとしている
当時の自分を思いだし、
微笑ましくなる。





登場人物の「先生」は、
「かくこと」を
つよくわたしに勧めていた。



そのお言葉が
こうして影響を及ぼしていることを
あらためて思い起こすと、
不思議な思いにも駆られた。






何と言っても、
読みながら、





あのときに、かくことができて
本当によかったと




自分の選択に、今さらながら
納得できた。






記憶は、
新しい日々のなかで
気がつかないほど静かに
私たちの脳裏から去ってゆく。




まざまざと
覚えていると思った
あの瞬間も、



自ら言葉にできる
明確な景色として
残さなければ




漠然とした
美しい思い出以外の断片は、
わたしの心のなかで
消えてしまっていただろう。







ブログを
かきはじめた当時、




わたしは
何かに触発されたように
ある決めごとを自分に課した。




ブログを毎日
更新することにしたのだ。





元来の「なまけ心」が
すきをみては、表にでようとするのを
シャットアウトするために・・。




かくことは、
伝えることであり、




それは同時に
自分をとことん
みつめてゆくことだ。




ときどき、、とか
思い立ったときに、、、とかいう
気ままさは、




もっとずっと
後になってからでいい。


と、考えることにした。





こうして、
「物語」という名のついた
連載をつづる日々が
スタートした。





そうして、
それはそのまま




私自身の
ライフワークとなって




わたしの人生の流れさえも
再び変えてゆくことになったのである。
つづく●●・゜


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The Lady in Forest◎ 




  Diaryというタイトルページに、「森の女人」を掲載しています。
    (連載期間:2011.4~12月末)
    

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       ・ ゜  * ゜ 



『  ひと月くらいかけて、

     最初からブログを読みました。


    しゅうさんとは、会わなくてはいけない気がしていました。』 
              
               2013. ●●●さん



         


     『  「森の女人」のお話は、


     大変面白く読ませていただきました。


  「先生」の言葉が、しゅうさんの文章を通して

      こちらの心に染み入ることもしばしば


     あるいは普段なんとなく感じている事を


         整理してもらえたような気分にも。 』
      
                   2013.  〇〇〇さん


        
 『 ブログに時折かかれている詩は、

      しゅうさんのオリジナルですか?


      なかなか味わい深いものばかり 。


                      2013. ◎◎◎さん

                    しゅうのマル秘Noteより◎

        
⋆゜

週間がすぎた。





都内での生活は
節電への取り組みや
交通機関の制限などがつづいている。




そのなかで、1日もはやく
日常をとりもどそうとする空気が
色濃かった反面、




流通に大きく打撃と影響を受けて
大型スーパーや商店の
短期営業停止はやむを得ず、
それにともない
一時的に物価があがったため、





不安にあおられるように
生活用品の買占めや、
外出を控え、旅行や遠出をとりやめて、
つつましく過ごす風潮もつよくなっていた。




そして同時に、
大きすぎるショックをともに味わった後、
社会全体のなかに
他者へのちいさな思いやりをもとうとする空気も
自然と広がっていた。






メディアを通じて連日、
目にし、耳にする東北の地の現状に
誰もかれも、言葉を発することができない。





起きたできごとを
信じられるのも
直視できるのも
受け入れられるのも、




それは
その範疇はんちゅうだからなのだと
わたしは人生ではじめて知った。





あの夜、
一晩中みつづけた惨状、
火の海が、街という街を
焼き尽くしていく光景や
破壊されていくすべての様、
津波に追われて逃げる人々の悲鳴が
脳裏にやきついて離れなかった。





あの日をさかいに、
わたし自身も
その場に足がすくんだように
動けなくなってしまったのだ。






自分でも信じ難いほど
大きなショックを
わたしは心に受けていた。





あのときの自分の感情を
いまも、どう表せばいいのか
わからない。





感情が彷徨さまよっていた
というのが一番近いだろうか。




食欲はなく、
(家にはテレビはないので)
出勤して、テレビをみては
落ち込んだ。




まわりの人たちは
ちゃんともとの生活にもどり、
前向きに過ごしているのに





自分はなんて
脆もろいのだろう。






もうすこし、そのままでいたら
わたしもあのとき、
自分の心のよりどころを
そのまま見失っていたかもしれないが・・





そんなある日、
店長によばれた。




「しゅうちゃん、
今日からブログが全員解禁になってるんだけど、
まだ始めてないの?。」




もちろん、
わたしも、今日がその日、と
わかってはいた。





どんな言葉で説明したらいいか
一瞬途方にくれて、


「・・・・、わたしは延期しようと思います。」



と答えた。
なんで、と尋ねられて

「それは、、あの、、地震のあとで、
 すこし気持ちが、、、まだ、そういうふうに向かなくて。」



なんとも、歯切れの悪い答えだった。



店長は、少々の苛立ちを
抑えるようにして言った。


「でも、ほかの子はもうみんなスタートして、
始めていないのは
しゅうちゃんだけだけど・・?」



このときの
店長の苛立つ気持ちは
それはもう当然のことである。





約ひと月前に、
すでに始めようとしていたプランを
私一人が、何のかんのと言って
全員がブログスタートを遅らせることになったのだ。




そうしてやっと迎えた今日、
また、この「しゅう」がひとり
始められないと、ゴネている。





相手を困らせてるな・・

と自分自身、
少々情けない思いがした。





でも、
やっぱり自分の感情に
うそはつけなかった。




涙もでないほど
打ちのめされた自分の心から




新しいことを始めるエネルギーも
それを考える気力も
すっかり遠のいてしまっていた。




ものをかくなんて。
できない。




わたしは、頑かたくなに
胸のなかで
つぶやいた。





だが、このとき、
店長も
さすが店長であった。



やすやすとは、
引きさがらなかったのだ。



「・・なら、いつから始める?」
つよい口調で、わたしに聞いた。




予期せぬ
店長の勢いに気圧されて、



「、、、、、 、、、
、、、、、、、4月の12日から、、
はじめます。」




「4月12日ね。
ブログのタイトルは?」






「、、、、タイトルは、、、

、、、、、、、、しゅうよりあなたへ、 です。」





いやおうなしに
「押し込んでいた言葉」が出てきた。





自分自身の心とは
とらえどころのない
なんと不思議なものだろう。




追い込まれて、思わず吐き出した
この、自らの「言葉」によって、




わたしは、ようやく
決心がついたのだ。





わたしは、その日をさかいに、
心をたぐりよせるように
徐々に、とりもどしていった。






立ち上がるための
きっかけをいただいたのだ。





いや、今思えば、
そのきっかけによって
「それ」をかくことの
迷いから、抜けでたのだ。







このとき
物語のタイトルも
おのずと決まった。




(森の女人。)

心のなかで、
言葉にしてみた。



何度も、
何度も、
心のなかで、くりかえしてみた。


(森の女人。)



その言葉で
自分の胸に
熱い思いが漲みなぎった。





そのタイトルは、
タイトルそのものが
必然のようだった。



まるで必然みたいに





まだ見ぬ新しい力を、
まだ見ぬ新しい未来を、



わたしに、
授さずけようとしているかのようだった。



つづく























































































































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(2015年4月より連載スタート前回は1/30&1/31)
   
      
・ ゜  * ゜ 



『  あなたのブログは、

     叙情詩そのもの。』 
              
               2012. ●●●さん



         


     『  重いことを、語っている。

               やさしい言葉で。 』
      
                   2012.  〇〇〇さん


        
 『 あなたの綴る言葉には、

    いつも深い慈悲の感情が込められている。


   だから読む人は、

      あなたはそのままでいいと、

          許され救われた気持ちになる 。


                      2013. ◎◎◎さん

                    しゅうのマル秘Noteより◎

        
⋆゜

2011
年3月11日
あの日、もしも
自宅で過ごしていたとしたら、




自分のなかの
受けとりかたが
少し違っていたかもしれない。





そう思うことが
ときどきある。






すぐに収まると思った「揺れ」が
しだいに地響きを増していき、


自分のいる8階だけでなく、
建物全体の、柱の枠組みが
カシャン、カシャン、、と
はずれそうな軋み音をたてはじめ、


まるで地の底から崩れるような
音を聞いたとき、
『事の重大さ』を認識した。



わたしはベランダから、部屋に飛び入り、
部屋にいる、
もうひとりの女の子をみると、
青白い顔で、へたへたと
床にしりもちをついてしまっている。




「〇〇〇ちゃん、
逃げるよ‼」




大声で叫ぶと、
彼女はハッと我に返り
なんとか立ち上がった。




ふたりで
8階のフロアに走りでた。




そのまま、
グラグラと揺れる手すりに
必死でつかまりながら、
もつれそうな両足で、
非常階段を地上まで駆けおりた。


●     ●      ●     ●



その日、
ぜんぶで7人の女の子が
出勤していた。





午後3時半をまわるころには
外に出ていた子たちも
全員お店にもどり、




ひとまずは、店長もスタッフさんも
あわせて全員が
部屋にあつまった。





半年前のリニューアル時に
買い換えられた大型テレビの画面に、



東北の各地の状況が
つぎつぎと映し出されていく。



事態がどれほど深刻なのか、
徐々にあきらかになるにつれ、
視線をその光景から外すことが
できなくなった。






都内にも異変は
起こりはじめていた。




あのときの私たちのなかの
言いしれない空気は
「みえない」ということへの
不安だったのだと思う。





こうして、ビルの中のひと部屋で
ただ座っているだけなのに、
この街の、いや都会の全体が、
じわじわと、尋常でない何か大変なことに
支配されている。



非常事態の不安感が
刻々と広がっていく様を
はっきりと感じとっていた。




ついさっきまで
なんということもなく
刻んでいた時が
一度にストップしてしまったかの
ようだった。





もっと現実的なことに、
ほどなく、ガスも電気も
ストップした。





このあたりのホテルは
帰れなくなったビジネスマンたちの
宿泊予約で、夕方には
全室満室になった。




店長は、
事態をのみこむと
「今すぐ、車をとりに家にいってくる。」
と、みんなに告げた。



全員を家まで送っていく、
と言いながら、自宅へ向かい、
そのまま戻ってこられなくなった。





そのとき、私たちは
都内の交通も大混乱を
きたしていることを知ったのだ。





この部屋で、みんなで
夜を明かすことになった。




わたしは、ひとりの女の子と一緒に
食料のかいだしに出かけた。





コンビニエンスストアくらいしか
営業していなかったが、
お弁当も、即席の乾物なども
ほとんどなくなって
棚はまっしろだ。





しかたなく、
ぽつんぽつんと
残っていたパンなどを買って
お店にもどった。




食欲は
ほとんどなかった。




余震がたえまなく続き、
たてものがガタガタと揺れるたびに、
わたしは、昼間に外へ逃げたときの
恐怖を思い出した。




一晩中、テレビで
山火事や、人の泣き声や大きな悲鳴、
爆発音、アナウンサーの危機迫る声、
サイレンの音、津波が東北の街をのみ込んでいく様、
携帯の地震速報の警報が鳴り響く。





眠れないわたしたちは、
朝までそれを見続けることになった。





どう考えていいのか
どう受けとめていいのか
わからない。




女の子たちのなかには、
恐怖から気をそらそうと
はしゃぎ続ける子もいた。





あんなに長く感じた夜は
なかった。



わたしは、とても恐かった。



これは、
私たちに起こったことなのだと
思った。



ただただ、
恐くてたまらなかった。






夜が明けるころには、



心も身体も、
グッタリと疲れ切っていた。





世の中が、ひと晩で
すっかり変わってしまったように
感じた。



つづく


















































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