Newspaper Archives
2012年10月21日
まだまだ見つかる古新聞
風邪もほぼ治りまして、
夜更かしを許さない、眠くなる妙薬ともお別れです。
憲坊法師さんへのレスもできぬまま、
1週間ぶりの書き込みです。
いわゆる"Newspaper Archive"。
探すといろいろと見つかるものです。
画像はアメリカはオクラホマ州のTulsaの新聞にでかでかと出ました広告です。

右側の枠にはツアー中盤から後半の日程が掲載されています。

そこでもう一度1920〜1921年のスカラ座オケとのアメリカツアーを、
調べることにしました。
かつてのメトロポリタンのシェフの再渡米ですから、
なかなか注目されていたのを改めて感じます。
いくつかの空白が埋まりそうです。
ただいま休日が終わろうとしていますが、
1920年から1921年という条件でヒットした記事は170件くらい、
チェックできたのは40件ほどです。
それでもかなりの情報が得られました。
のんびりチェックしていきます。
夜更かしを許さない、眠くなる妙薬ともお別れです。
憲坊法師さんへのレスもできぬまま、
1週間ぶりの書き込みです。
いわゆる"Newspaper Archive"。
探すといろいろと見つかるものです。
画像はアメリカはオクラホマ州のTulsaの新聞にでかでかと出ました広告です。

右側の枠にはツアー中盤から後半の日程が掲載されています。

そこでもう一度1920〜1921年のスカラ座オケとのアメリカツアーを、
調べることにしました。
かつてのメトロポリタンのシェフの再渡米ですから、
なかなか注目されていたのを改めて感じます。
いくつかの空白が埋まりそうです。
ただいま休日が終わろうとしていますが、
1920年から1921年という条件でヒットした記事は170件くらい、
チェックできたのは40件ほどです。
それでもかなりの情報が得られました。
のんびりチェックしていきます。
2010年06月26日
1949年NBC響データ更新
1949年のデータをアップデートしました。と、言いましてもたいした発見はありませんでして、
だらだらと調べに区切りをつけることができなかったりします。
この年のメインは映像も残された「アイーダ」になりますね。
誕生日とも重なる時期ということもあって、New York Timesがいろいろと記事を出しているようですが、 この時期はアーカイブの閲覧は有料なので見出しだけで想像しています。
個人的にはその次のカーネギー・ホールでのコンサートの音が残されなかったのが残念ですね。ベートーヴェンにワーグナーで内容も異様なまでに濃いものとなってます。
夏休みのイタリア行きは、お風呂で転倒し腰を痛めてしまい延期されました。
Toscanini Is Injured In Fall; Delays Trip
マッジョーレ湖では完全休養の予定でしたが、要請に応えてミラノで2回のコンサートの指揮に立ち、その直前にはヴェニスでの音楽祭の壇上にも登ります。下記の記事からすると、ヴェニスでのコンサートはさらにその後にオファーを受けたのでしょう。
Toscanini to Conduct Two Italian Concerts
冒頭の夫妻のツーショットはイタリアから戻った際の写真です。別の記事によれば当時イタリアは船員のストライキの最中だったようで、彼らの乗った船だけが出帆できたそうです。
Toscanini Back In U.S.
夏休み明けにはリッジフィールドでのチャリティ・コンサートが再演されます。
チョツィノフの依頼とはいえ、「2500人ほどの小さな街は音楽界の羨望の的である」という書き出しの記事が見られます。
Ridgefield, Conn., and Toscanini
12月にはイタリアの上院の終身議員に推挙されますが、辞退しています。
Toscanini Decline
翌1950年の演奏記録は先に見直し済みですので飛ばして1951年に進みます。
しかしPMF2010開幕も近づいてまいりましたので、テンション低い目といいながらもそちらの方に気持ちが行くことの方が多くなるかもしれません。
2010年06月13日
1948年演奏記録更新!
1948年のNBC響との演奏記録を更新しました。
驚いたのは「第9」の歌手の部分。
なんとバスのスコットの名前が当日急遽欠場となったテノールのホーンの名前になっていました、いやー〜!(^^;
こんなのを10年近く気づかず放置していたとはお恥ずかしい限りです。
そのほかはトリヴィアばかりで、たいした新発見はありませんでした。
Googleでこんな記事を見つけました。
81歳の誕生日をトスカニーニはあまり良い体調で迎えることができなかったようです。二日後にはドクターの勧めを拒絶してコンサートを指揮します。
"Toscanini, Defies His Doctor"
ちなみに華氏100度は摂氏で37.7度、同じく103度が39.4度となります。
この年先の第9を含めて計10回に及んだテレビ放送がスタートします。
翌年にかけてのシーズンにはブラームス・ツィクルスに取り組みますが、そこでは2月に演奏した「ハイドン変奏曲」と交響曲第3番のプログラムを11月に繰り返すなんてこともやってます。
一方でNBC響との17年でこの年だけセッションを組んでの録音がありません。
RCA=NBCはテレビ中継に予算を持ってかれたのでしょうか?
この年はシーズン・オフにスカラ座を指揮しています。
先日ふれました最後のオペラ公演となった「ボイートメモリアル」と1回のオーケストラ・コンサートです。
前者は残された録音でもわかりますが大変な盛り上がりだったようです。
"Toscanini Wins Italian Ovations"
一方オーケストラ・コンサートではちょっとありがたくない人たちが劇場にやってきたようです。
"Mob Geers Toscanini"
無事だったのは幸いですが、この記事を採るとコンサートは金曜日=17日だったことになります。この日付は(おそらく)Sachs氏の本でだけで見られる19日とも異なってきます。
しかしコンサートの予告のポスターなど多くの資料が16日となっていますので今のところは一応スカラ座管の方はいじらないで置こうと思います。
ただいま聴いているのは
チャイコフスキー
幻想序曲「ロミオとジュリエット」
トスカニーニ指揮ミラノ・スカラ座管
終結部など細部の仕上げの粗っぽい部分もあるが、トスカニーニらしい熱気とNBC響にはない柔軟さがあいまって聴き応えのある演奏になっている。
1948/09/16
La Scala Bookstore LSB009407201 CD1
驚いたのは「第9」の歌手の部分。
なんとバスのスコットの名前が当日急遽欠場となったテノールのホーンの名前になっていました、いやー〜!(^^;
こんなのを10年近く気づかず放置していたとはお恥ずかしい限りです。
そのほかはトリヴィアばかりで、たいした新発見はありませんでした。
Googleでこんな記事を見つけました。
81歳の誕生日をトスカニーニはあまり良い体調で迎えることができなかったようです。二日後にはドクターの勧めを拒絶してコンサートを指揮します。
"Toscanini, Defies His Doctor"
ちなみに華氏100度は摂氏で37.7度、同じく103度が39.4度となります。
この年先の第9を含めて計10回に及んだテレビ放送がスタートします。
翌年にかけてのシーズンにはブラームス・ツィクルスに取り組みますが、そこでは2月に演奏した「ハイドン変奏曲」と交響曲第3番のプログラムを11月に繰り返すなんてこともやってます。
一方でNBC響との17年でこの年だけセッションを組んでの録音がありません。
RCA=NBCはテレビ中継に予算を持ってかれたのでしょうか?
この年はシーズン・オフにスカラ座を指揮しています。
先日ふれました最後のオペラ公演となった「ボイートメモリアル」と1回のオーケストラ・コンサートです。
前者は残された録音でもわかりますが大変な盛り上がりだったようです。
"Toscanini Wins Italian Ovations"
一方オーケストラ・コンサートではちょっとありがたくない人たちが劇場にやってきたようです。
"Mob Geers Toscanini"
無事だったのは幸いですが、この記事を採るとコンサートは金曜日=17日だったことになります。この日付は(おそらく)Sachs氏の本でだけで見られる19日とも異なってきます。
しかしコンサートの予告のポスターなど多くの資料が16日となっていますので今のところは一応スカラ座管の方はいじらないで置こうと思います。
ただいま聴いているのは
チャイコフスキー
幻想序曲「ロミオとジュリエット」
トスカニーニ指揮ミラノ・スカラ座管
終結部など細部の仕上げの粗っぽい部分もあるが、トスカニーニらしい熱気とNBC響にはない柔軟さがあいまって聴き応えのある演奏になっている。
1948/09/16
La Scala Bookstore LSB009407201 CD1
2010年06月09日
1948年チェック中
1948年の演奏記録をチェック中です。
たまたま見つけた記事に1921年のScalaのツアーのコンサートの手がかりが見つかりました。
"Orchestra National de France Follows Toscanini's La Scala"
コンサートの詳細は不明ですが、少なくとも会場はこのツアーの最後となったSt. Denis Theatreではなくて、Loew's Theatreというヴォードビルをよく上演していた劇場でした。
少なくともドビュッシーの「リベリア」が演奏され、あとは作曲家だけですが手がかりがみつかりました。
残念ながら、このころの"The Montreal Gazette"のアーカイブが不十分でして先の調べでは全くわからなかったのですが、27年後の記事に手がかりを見ることができるというのは面白いですね。
ただいま聴いているのは
ボイート:メフィストフェレ〜プロローグ
チェーザレ・シェピ
トスカニーニ指揮ミラノ・スカラ座管、合唱団
1948/06/10 ミラノ・スカラ座
ダノンさんの掲示板で話題になったトスカニーニ最後のオペラ公演の録音。
後年のNBCとの演奏より長く、柔らかな息遣いが感じられる演奏。
"First Time on CD"とあるGRAMMOFONO2000のリリースは、
トウッティでは現役?のGuild盤が大人しい物に感じられる力強い響きも聴かせる。
シェピは立派な声だけれど、それが力みに感じられる部分があるのが残念。
伊GRAMMOFONO2000 AB78 798/99
たまたま見つけた記事に1921年のScalaのツアーのコンサートの手がかりが見つかりました。
"Orchestra National de France Follows Toscanini's La Scala"
コンサートの詳細は不明ですが、少なくとも会場はこのツアーの最後となったSt. Denis Theatreではなくて、Loew's Theatreというヴォードビルをよく上演していた劇場でした。
少なくともドビュッシーの「リベリア」が演奏され、あとは作曲家だけですが手がかりがみつかりました。
残念ながら、このころの"The Montreal Gazette"のアーカイブが不十分でして先の調べでは全くわからなかったのですが、27年後の記事に手がかりを見ることができるというのは面白いですね。
ただいま聴いているのは
ボイート:メフィストフェレ〜プロローグ
チェーザレ・シェピ
トスカニーニ指揮ミラノ・スカラ座管、合唱団
1948/06/10 ミラノ・スカラ座
ダノンさんの掲示板で話題になったトスカニーニ最後のオペラ公演の録音。
後年のNBCとの演奏より長く、柔らかな息遣いが感じられる演奏。
"First Time on CD"とあるGRAMMOFONO2000のリリースは、
トウッティでは現役?のGuild盤が大人しい物に感じられる力強い響きも聴かせる。
シェピは立派な声だけれど、それが力みに感じられる部分があるのが残念。
伊GRAMMOFONO2000 AB78 798/99
2010年06月06日
1947年演奏記録更新
このところ夜更かしがあまりできませんで、書き込みもできてません。
やはり歳でしょうか・・・。
やっと1947年のNBC響のデータの再チェックを終えました。
課題としてはベルリオーズの「ファウストの劫罰」でファウストを歌ったテノール独唱の素性がわからなかったりこと。出番は少ないのですがなかなか立派な声だと思います。
リッジフィールドでのチャリティ・コンサートについて、チョツイノフだけでなくジェラルディン・ファラーも関係していたらしいなんてこともわかりました。
当の図書館の歴史を綴った文書に下記の様な記述がありました。
"Ridgefield neighbors, opera star Geraldine Ferraro and NBC music director Sam Chotzinoff, persuaded Arturo Toscanini to return from retirement in Italy and conduct the NBC Symphony Orchestra in concerts to benefit the Library in 1946 and 1949 at the then high school auditorium on High Ridge (now the Ridgefield Playhouse)."
これは"The Letters of Arturo Toscanini"でもほのめかされていたのですが、詳しい事情はさておき明記しているというのはこれだけかと思います。ただしファラーのスペルが怪しいのですが・・・。1931年に歌手として引退した彼女は1967年にリッジフィールドで亡くなります。
この年はいろいろと録音されながらリリースされなかったものも多かったようです。「海」、「マブのスケルツォ」、「ベト7」など得意のレパートリーの録音も含まれています。
この年アメリカ初演として取り上げたヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲についても少し調べました。
マーシュが"presumably P405"としていましたが、それで正解でした。RV番号では367、NAXOSのCDではRV370としていましてまたまたミス・プリント?が見つかりました。
Google news Archiveから、この年のメイン・イヴェント?「オテロ」に関する記事をご紹介します。
Toscanini Recalls Verdi's Advice 60 Years Ago .
やはり歳でしょうか・・・。
やっと1947年のNBC響のデータの再チェックを終えました。
課題としてはベルリオーズの「ファウストの劫罰」でファウストを歌ったテノール独唱の素性がわからなかったりこと。出番は少ないのですがなかなか立派な声だと思います。
リッジフィールドでのチャリティ・コンサートについて、チョツイノフだけでなくジェラルディン・ファラーも関係していたらしいなんてこともわかりました。
当の図書館の歴史を綴った文書に下記の様な記述がありました。
"Ridgefield neighbors, opera star Geraldine Ferraro and NBC music director Sam Chotzinoff, persuaded Arturo Toscanini to return from retirement in Italy and conduct the NBC Symphony Orchestra in concerts to benefit the Library in 1946 and 1949 at the then high school auditorium on High Ridge (now the Ridgefield Playhouse)."
これは"The Letters of Arturo Toscanini"でもほのめかされていたのですが、詳しい事情はさておき明記しているというのはこれだけかと思います。ただしファラーのスペルが怪しいのですが・・・。1931年に歌手として引退した彼女は1967年にリッジフィールドで亡くなります。
この年はいろいろと録音されながらリリースされなかったものも多かったようです。「海」、「マブのスケルツォ」、「ベト7」など得意のレパートリーの録音も含まれています。
この年アメリカ初演として取り上げたヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲についても少し調べました。
マーシュが"presumably P405"としていましたが、それで正解でした。RV番号では367、NAXOSのCDではRV370としていましてまたまたミス・プリント?が見つかりました。
Google news Archiveから、この年のメイン・イヴェント?「オテロ」に関する記事をご紹介します。
Toscanini Recalls Verdi's Advice 60 Years Ago .
2010年05月17日
NBC響1946年演奏会記録更新
1946年のNBC響との記録をアップしました。
と言いましてもボエームでの合唱の人数の件以外には大きな変更追加はありませんでした。
この年の活動は二つの名作オペラを指揮したNBCでの活動もさることながら、
4月の下旬から7月上旬にイタリアに渡り、戦後の再興がなったスカラ座のオーケストラを指揮したことにも焦点があてられます。
Google News Archiveを検索していましても、数点の記事が見つかりました。
Standing Ovation Welcomes Toscanini Back to La Scala
このスカラ座再開コンサート、先日やっとのことでNaxos盤を入手しました。
長年音のこもったようなArkadia盤を聴いていましたが、こちらはかなりリアルな響きになっていました。ただ音がきつめでノイズが気になりますので好みがあるかもしれません。
このコンサートにはオーディションで採用されたレナータ・テバルディが参加していました。この時24歳、若々しい声を"Te Deum"などで聴かせてくれます。
全部で6回のコンサートのあとパリ、ロンドンと廻る予定はイタリア領割譲の問題でキャンセルとなり、ルツェルンで2回のコンサートをこなします。
Toscanini Cancels Concert
NBCに戻りましてこの年最後の「椿姫」の前のコンサートではマイラ・ヘスが登場します。
当初「皇帝」を共演する予定でしたが、打ち合わせの段階で同じベートーヴェンの3番に変更となりました。

前年ホロヴィッツと「皇帝」をやるプランがあった時も最終的にブラームスの2番に変更されています。
この時期トスカニーニは「皇帝」をやりたかったのでしょうか?
なぜ2回のチャンスが実現できなかったのか?
ホロヴィッツ、ヘスと名ピアニストを迎えての「皇帝」が実現しなかったのは残念です。
残された第3番の聴きなおしますと、コンチェルトの冒頭はかなりソロもオケも粗っぽい音楽になっておりましてびっくりするのですが、ラルゴをはさんでのフィナーレはかなり落ち着いた大人の演奏となっています。
このコンサート最後はワーグナーの「ラインへの旅」で締めくくられます。盛大な喝采ににアナウンサーのベン・グラウアーは"Never in all my years these concerts have I seen the maestro greeted so enthusiastically"と締めくくったそうです。
このコンサートを収めたNaxosのCDにはその拍手は短く、アナウンスが収められていないのはもう一つの残念です。
"The Reopening of La Scala"
NAXOS 8.110821-22
Arkadia HP 604.2
"Toscanini Concert Edition"
NAXOS 8.110804続きを読む
と言いましてもボエームでの合唱の人数の件以外には大きな変更追加はありませんでした。
この年の活動は二つの名作オペラを指揮したNBCでの活動もさることながら、
4月の下旬から7月上旬にイタリアに渡り、戦後の再興がなったスカラ座のオーケストラを指揮したことにも焦点があてられます。
Google News Archiveを検索していましても、数点の記事が見つかりました。
Standing Ovation Welcomes Toscanini Back to La Scala
このスカラ座再開コンサート、先日やっとのことでNaxos盤を入手しました。
長年音のこもったようなArkadia盤を聴いていましたが、こちらはかなりリアルな響きになっていました。ただ音がきつめでノイズが気になりますので好みがあるかもしれません。
このコンサートにはオーディションで採用されたレナータ・テバルディが参加していました。この時24歳、若々しい声を"Te Deum"などで聴かせてくれます。
全部で6回のコンサートのあとパリ、ロンドンと廻る予定はイタリア領割譲の問題でキャンセルとなり、ルツェルンで2回のコンサートをこなします。
Toscanini Cancels Concert
NBCに戻りましてこの年最後の「椿姫」の前のコンサートではマイラ・ヘスが登場します。
当初「皇帝」を共演する予定でしたが、打ち合わせの段階で同じベートーヴェンの3番に変更となりました。

前年ホロヴィッツと「皇帝」をやるプランがあった時も最終的にブラームスの2番に変更されています。
この時期トスカニーニは「皇帝」をやりたかったのでしょうか?
なぜ2回のチャンスが実現できなかったのか?
ホロヴィッツ、ヘスと名ピアニストを迎えての「皇帝」が実現しなかったのは残念です。
残された第3番の聴きなおしますと、コンチェルトの冒頭はかなりソロもオケも粗っぽい音楽になっておりましてびっくりするのですが、ラルゴをはさんでのフィナーレはかなり落ち着いた大人の演奏となっています。
このコンサート最後はワーグナーの「ラインへの旅」で締めくくられます。盛大な喝采ににアナウンサーのベン・グラウアーは"Never in all my years these concerts have I seen the maestro greeted so enthusiastically"と締めくくったそうです。
このコンサートを収めたNaxosのCDにはその拍手は短く、アナウンスが収められていないのはもう一つの残念です。
"The Reopening of La Scala"
NAXOS 8.110821-22
Arkadia HP 604.2
"Toscanini Concert Edition"
NAXOS 8.110804続きを読む
2010年04月22日
Ethel Bartlettと Rae Robertson(2010/04/22 BBSより採録、加筆)
欠落がありますがこの時の演奏を聴くことができます。
明確なタッチできびきびとした音楽はトスカニーニの音楽と相性がよさそうです。
当初の資料ではフル・ネームがわかりませんで、スペリングも怪しかったのですが、1944年のコンサートのことを調べていてたまたまぶつかりました。
ピアノデュオ(の草分け?)として英国内外で活躍したようでして、NAXOSの「偉大なピアニストたちによるバッハ・ピアノ編曲集」にその録音が収録されていました。
下部のリンクではエジンバラでのコンサート評を読むことができます。
"Pleasant Two-Piano Recital"
幅広いレパートリーのプログラムで好評を得ていたようです。
冒頭の写真、いい感じだなと思えば、やはり結婚して夫婦デュオだったようですね。
"Prominent Piano Duo To Play Here"
ブラームス:ワルツ集「愛の歌」
トスカニーニ指揮:BBC合唱団(レスリー・ウッドゲイト指揮)
ピアノ:バートレット、ロバートソン
193//06/03 クイーンズ・ホール、ロンドン
2010年04月21日
精神病棟に入れられた踊り子
やはりBlogとBBSの両立は難しいですね。
正直言えば管理のやさしいBBSの方が自分向きと思います。
そもそもこのBlogは本来簡単な日記形式のものだったのが移行した(させられた?)ものでした。
何度か打ち切りを考えましたが細々ながら書き継いできたものを止めてしまうのももったいない・・・。
で、ネタにまいります。
トスカニーニについて書かれたものを読んでいますと家族以外の女性の名前がいろいろと登場してきますね。
リオデジャネイロでのデビューの日に一緒にいたというエウジェニア・マンテッリに始まり、ロジナ・ストルキオ、ジェラルディン・ファラー、アダ・マイナルディ―、ロッテ・レーマン・・・。
そんな絢爛たるメンバーの中にはけして登場することのないだろうひとりに"Helen Fabille"(ヘレン・ファビル?)というダンサーがいます。

彼女はトスカニーニの生涯のどの場面に登場したのか?
以下全くの「トリヴィア」です。
1945年の4月、トスカニーニはロサンゼルスへ客演しました。
そのコンサートの最後、ウエーバーの「舞踏への勧誘」の演奏中に突然、
聴衆の女性が素足でステージに上り踊り出したのです。
ステージ・マネージャーだけでは彼女を止めることはできず、
3人の警官が加わってステージ外へ連れ出されました。
警察ではなく病院へ連れて行かれた彼女、
精神鑑定をしようかという話もあったようですが、翌日にはアパートメントに戻り、
マスコミに彼女が熱狂的なトスカニーニのファンであり、
彼の指揮で踊るのは彼女の夢であり、行動は計画的だったと語ったのでした。
その女性こそ"Helen Faville"であります。
まあ、伝記には登場するはずのない、どうでもいいお話ですよね。
"Unscheduled Danecer Pirouettes During Toscanini Program"
実はここまでは以前に調べがついていたのですが、
先日1945年のトスカニーニとNBC響の演奏記録のアップデートをしていまして、
"Helen Faville"の別の記事にでくわしました。
なんと後日別の騒動を起こして本当に精神病棟に入れられてしまったというのです。
"Dancer Confined In Mental Ward"
トスカニーニが対日戦勝記念の演奏をしたのはこの後9月1日ですから、この時はトスカニーニの音楽に導かれたという訳ではないようであります。
ただいま聴いているのは・・・もちろん!
ウェーバー=ベルリオーズ編:「舞踏への勧誘」
トスカニーニ指揮NBC響
1939/02/04 Studio 8H
この組み合わせによる演奏の記録としては一番最初のもの。
後年のセッション録音に比べるとワルツの穏やかな部分ではかなりくつろいだ表情が見られる。
正直言えば管理のやさしいBBSの方が自分向きと思います。
そもそもこのBlogは本来簡単な日記形式のものだったのが移行した(させられた?)ものでした。
何度か打ち切りを考えましたが細々ながら書き継いできたものを止めてしまうのももったいない・・・。
で、ネタにまいります。
トスカニーニについて書かれたものを読んでいますと家族以外の女性の名前がいろいろと登場してきますね。
リオデジャネイロでのデビューの日に一緒にいたというエウジェニア・マンテッリに始まり、ロジナ・ストルキオ、ジェラルディン・ファラー、アダ・マイナルディ―、ロッテ・レーマン・・・。
そんな絢爛たるメンバーの中にはけして登場することのないだろうひとりに"Helen Fabille"(ヘレン・ファビル?)というダンサーがいます。

彼女はトスカニーニの生涯のどの場面に登場したのか?
以下全くの「トリヴィア」です。
1945年の4月、トスカニーニはロサンゼルスへ客演しました。
そのコンサートの最後、ウエーバーの「舞踏への勧誘」の演奏中に突然、
聴衆の女性が素足でステージに上り踊り出したのです。
ステージ・マネージャーだけでは彼女を止めることはできず、
3人の警官が加わってステージ外へ連れ出されました。
警察ではなく病院へ連れて行かれた彼女、
精神鑑定をしようかという話もあったようですが、翌日にはアパートメントに戻り、
マスコミに彼女が熱狂的なトスカニーニのファンであり、
彼の指揮で踊るのは彼女の夢であり、行動は計画的だったと語ったのでした。
その女性こそ"Helen Faville"であります。
まあ、伝記には登場するはずのない、どうでもいいお話ですよね。
"Unscheduled Danecer Pirouettes During Toscanini Program"
実はここまでは以前に調べがついていたのですが、
先日1945年のトスカニーニとNBC響の演奏記録のアップデートをしていまして、
"Helen Faville"の別の記事にでくわしました。
なんと後日別の騒動を起こして本当に精神病棟に入れられてしまったというのです。
"Dancer Confined In Mental Ward"
トスカニーニが対日戦勝記念の演奏をしたのはこの後9月1日ですから、この時はトスカニーニの音楽に導かれたという訳ではないようであります。
ただいま聴いているのは・・・もちろん!
ウェーバー=ベルリオーズ編:「舞踏への勧誘」
トスカニーニ指揮NBC響
1939/02/04 Studio 8H
この組み合わせによる演奏の記録としては一番最初のもの。
後年のセッション録音に比べるとワルツの穏やかな部分ではかなりくつろいだ表情が見られる。
2010年03月18日
録音でも起立して!
コンサートでの国歌演奏、北のはずれの当地ではなかなか縁がありません。
それでも今まで30年余りのうちに聴けたなかではザンデルリンク&ベルリン響、ドホナーニ&ウィーン・フィルなど有名どころのコンサートで起立する機会がありました。
今となっては札幌ドームでプレー・ボール前に起立した回数の方がコンサートでのそれより多くなったように思います。
トスカニーニとNBC響も時代の必要から一時期コンサートのたびにアメリカの国歌を演奏していた時期があり、RCAへの録音も残っています。
ヴェルディの「諸国民の讃歌」の終結に利用したことも知られています。
そのアメリカ国歌="Star-Spangled Banner"の録音風景が新聞に載っていました。起立しての録音風景です。

LIFE誌のアーカイブに同時期に確かNYPを振った時の写真がありますが、ここでは起立させています。
別の紙面で起立することになった経緯が書かれていますが、確かにコンサートでは起立して、録音では着席というのはおかしいかもしれないですね。

ベルリン響は着席のまま、ウィーン・フィルは起立していたように記憶します。
ベルリンのオケはまだ東西分裂の頃ですからそんな時代背景も関係しているかもしれません。
そういえば今は3月、あちらこちらで国歌が流れる時期です。
昨年の今頃は自宅近くで2度その場に居合わせましたが、起立しない人、歌わない人、歌えない人といろいろといまして驚きました。
それぞれ思いがあるのでしょうが、大人たちは自分の思いを明確にして態度に表わすべきでしょう。ただ訳もなく歌えない=歌詞を知らないという世代を生み出している教育現場のありかたには問題があるとは思います。
最後は珍しくお堅い話になりました。
すみませんm(__)m
それでも今まで30年余りのうちに聴けたなかではザンデルリンク&ベルリン響、ドホナーニ&ウィーン・フィルなど有名どころのコンサートで起立する機会がありました。
今となっては札幌ドームでプレー・ボール前に起立した回数の方がコンサートでのそれより多くなったように思います。
トスカニーニとNBC響も時代の必要から一時期コンサートのたびにアメリカの国歌を演奏していた時期があり、RCAへの録音も残っています。
ヴェルディの「諸国民の讃歌」の終結に利用したことも知られています。
そのアメリカ国歌="Star-Spangled Banner"の録音風景が新聞に載っていました。起立しての録音風景です。

LIFE誌のアーカイブに同時期に確かNYPを振った時の写真がありますが、ここでは起立させています。
別の紙面で起立することになった経緯が書かれていますが、確かにコンサートでは起立して、録音では着席というのはおかしいかもしれないですね。

ベルリン響は着席のまま、ウィーン・フィルは起立していたように記憶します。
ベルリンのオケはまだ東西分裂の頃ですからそんな時代背景も関係しているかもしれません。
そういえば今は3月、あちらこちらで国歌が流れる時期です。
昨年の今頃は自宅近くで2度その場に居合わせましたが、起立しない人、歌わない人、歌えない人といろいろといまして驚きました。
それぞれ思いがあるのでしょうが、大人たちは自分の思いを明確にして態度に表わすべきでしょう。ただ訳もなく歌えない=歌詞を知らないという世代を生み出している教育現場のありかたには問題があるとは思います。
最後は珍しくお堅い話になりました。
すみませんm(__)m
2010年03月14日
1950年全米ツアー ワシントンD.C.公演
1950年の新聞のアーカイブを調べていましたが、若干のエピソード、曲目の変更、アンコールの追加といったひととおり見つけられたことを演奏記録に反映させました。今までの見直しの続きとしては1944年から6年飛ばしてしまうことになりましたが、またさかのぼっていこうと思います。
今回一番の変更はツアー終盤のワシントンD.C.での演奏会。
トルーマン大統領が開演前に楽屋を訪れたそうなのですが、一部の記事に「エグモント」に始まり「マイスタージンガー」で締めて、カバレフスキーがアンコールに演奏されたというものがありました。
これは"The Maestro"と"The NBC Years"の演奏会記録とは異なり、マーシュの本の巻末のレパートリー集計に近いものとなっています。
このツアーでは、演奏のマンネリ化?を防ぐ為に当初発表されたプログラムとは違う曲目に変更された日が何回かあったようで、全ての資料が同じデータとなっておりません。
新聞の報道というのは曲目全てを網羅していないとはいえ、信用すべきではないのかなという私の判断で、今回記載を改めました。
May 25, 1950 Consutitution Hall, Washington, D.C.
Beethoven : Egmont ; Overture
Brahms : Symphony No. 4
Debussy : Iberia
Smetana : Moldau
Wagner : Siegfried ; Forest Murmurs
Wagner : Meistersinger ; Prelude to Act 1
Encore
Kabalevsky : Colas Breugnon ; Overture
*上記プログラムはMarshの集計と翌日の新聞報道(UP通信)による。
"The Maestro"と"The NBC Years"によれば、下記の通り。
Rossini : La Scala di Seta ; Overture
Brahms : Symphony No. 4
Schubert : Symphony No. 8
Saint-Saens : Danse Macabre
Dukas : Sorcerer's Apprentice
当初ブラームスは第1番の予定だった。
アンコールにはほかにスーザも用意されていたが、演奏されなかった。
当日トルーマン大統領が臨席、開演前に楽屋を訪れた。