September 12, 2008
マッサージの歴史
マッサージの語源は、ギリシャ語のマッシー(揉む)または、アラビア語のマス(揉み込む)に、フランス語のアジ(操作する)という語尾が付いた造語とされています。
つまりマッサージとはからだを「揉む」ことなのです。
すでに紀元前四〜五世紀のころ、ギリシアの医聖ヒポクラテスは、「医師たるものは医術についてのあらゆる学理とともに、マッサージも修得せよ」と力説したといわれ、幾つかの論文も発表されました。しかし、その後ながいあいだマッサージの研究は絶え、医療界からも顧られず、民間療法として僅かに余命を保ったにすぎなかったようです。
一六世紀後半になって、フランスでマッサージの術式とその効用について詳しく説明する論文が発表されてから新たな脚光を浴び、西洋医学の臨床技術の一部として重要視されるようになりました。
さらに一八世紀から一九世紀にかけてスウェーデンのリングが治療体操を提唱し、マッサージとの併用を強調して以来マッサージはドイツ、フランス、オランダ等の諸国に普及するに至りました。その後ヨーロッパ諸国におけるマッサージ研究は年を追って盛んとなり、学理の研究とともに術式の改善にもつとめ、臨床応用の新しい分野を内科、外科、整形外科と開拓し、近代医療マッサージの体系を確立しました。
日本においてのマッサージの歴史は次の按摩の歴史で説明していきます。
つまりマッサージとはからだを「揉む」ことなのです。
すでに紀元前四〜五世紀のころ、ギリシアの医聖ヒポクラテスは、「医師たるものは医術についてのあらゆる学理とともに、マッサージも修得せよ」と力説したといわれ、幾つかの論文も発表されました。しかし、その後ながいあいだマッサージの研究は絶え、医療界からも顧られず、民間療法として僅かに余命を保ったにすぎなかったようです。
一六世紀後半になって、フランスでマッサージの術式とその効用について詳しく説明する論文が発表されてから新たな脚光を浴び、西洋医学の臨床技術の一部として重要視されるようになりました。
さらに一八世紀から一九世紀にかけてスウェーデンのリングが治療体操を提唱し、マッサージとの併用を強調して以来マッサージはドイツ、フランス、オランダ等の諸国に普及するに至りました。その後ヨーロッパ諸国におけるマッサージ研究は年を追って盛んとなり、学理の研究とともに術式の改善にもつとめ、臨床応用の新しい分野を内科、外科、整形外科と開拓し、近代医療マッサージの体系を確立しました。
日本においてのマッサージの歴史は次の按摩の歴史で説明していきます。
August 20, 2008
按摩の歴史
日本におけるマッサージの歴史は按摩からスタートします。
按摩は奈良時代中国から伝来した古い手技療法である。
日本最初の本格的な律令である『大宝律令』(大宝元年・701年制定)を修正して制定された『養老令』(養老二年・718年制定)の医疾令第二四には、針博士・針師・針生、按摩博士・按摩師や按摩生の官職が設けられていたことが記されている。
この時代の按摩師は、外科・整形外科およびその後療法としての処置や按魔法まで総合して取り扱った専門家で、今日の按摩師の医療的役割とは大いに異なります。
江戸時代に入り、文政年間に大阪の太田晋斎(おおたしんさい)が「按腹図解(あんぷくずかい)」を著して「元気の溜滞を活発にし、臓腑を和らげ、気力を盛んにする」按摩の効果を詳しく述べています。
そして江戸時代は盲目の人が主に行っており、彼らは座頭と呼ばれていました。
その後の按摩術は明治維新とともに漢方医学の一科として別道を歩み、民間療法として余命を保つ運命におかれ、伝統的な東洋医学の診療体系に裏づけられた古来の按摩術は、西洋医学の学説、循環障害の回復説に置き換えられ、ヨーロッパ流のマッサージと総合されて今日に至っております。
そして日本における独自のマッサージ体系としてその後指圧が出てきました。
指圧の歴史は次のページを参照してください。
参照 :座頭市は按摩師
按摩は奈良時代中国から伝来した古い手技療法である。
日本最初の本格的な律令である『大宝律令』(大宝元年・701年制定)を修正して制定された『養老令』(養老二年・718年制定)の医疾令第二四には、針博士・針師・針生、按摩博士・按摩師や按摩生の官職が設けられていたことが記されている。
この時代の按摩師は、外科・整形外科およびその後療法としての処置や按魔法まで総合して取り扱った専門家で、今日の按摩師の医療的役割とは大いに異なります。
江戸時代に入り、文政年間に大阪の太田晋斎(おおたしんさい)が「按腹図解(あんぷくずかい)」を著して「元気の溜滞を活発にし、臓腑を和らげ、気力を盛んにする」按摩の効果を詳しく述べています。
そして江戸時代は盲目の人が主に行っており、彼らは座頭と呼ばれていました。
その後の按摩術は明治維新とともに漢方医学の一科として別道を歩み、民間療法として余命を保つ運命におかれ、伝統的な東洋医学の診療体系に裏づけられた古来の按摩術は、西洋医学の学説、循環障害の回復説に置き換えられ、ヨーロッパ流のマッサージと総合されて今日に至っております。
そして日本における独自のマッサージ体系としてその後指圧が出てきました。
指圧の歴史は次のページを参照してください。
参照 :座頭市は按摩師
August 20, 2005
指圧の歴史
現在の日本のオリジナル手技療法として世界でも通用する指圧(SHIATSU)。
でも実は指圧の歴史はそれほど長いものではありませんでした。
明治時代頃からアメリカ三大整体術と呼ばれるカイロプラクティック、オステオパシー、スポンジロセラピーが流入して、古法按摩や導引按蹻、活法などと融合して大正時代頃に出来上がった。戦後、GHQによって手技療法が禁止されたが、昭和30年8月に「あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法」のあん摩があん摩(マッサージ、指圧を含む)と変更され、法律上で指圧が認められるようになり、その後昭和39年6月に「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師、柔道整復師等に関する法律」として正式に指圧が認められるようになった。(昭和45年に柔道整復師法が単独法になったためあん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律となる)。
成立年代や創始者については異説はあるが指圧を確立したのは。日本指圧専門学校を設立した浪越徳治郎と増永静人である。浪越徳治郎はマリリン・モンローを治療したことにより全世界に指圧(SHIATSU)を普及させ、テレビ出演により指圧の知名度を上げることに貢献した。日本指圧専門学校の第一期卒業生であった増永静人は経絡理論を融合して経絡指圧を確立した。増永流の指圧はオリエンタリズムを好む欧米を中心に広まり、禅指圧と呼ばれ普及している。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
参照 : 指圧の父「浪越徳次郎」
指圧療法の理論の確立につとめた増永静人
でも実は指圧の歴史はそれほど長いものではありませんでした。
明治時代頃からアメリカ三大整体術と呼ばれるカイロプラクティック、オステオパシー、スポンジロセラピーが流入して、古法按摩や導引按蹻、活法などと融合して大正時代頃に出来上がった。戦後、GHQによって手技療法が禁止されたが、昭和30年8月に「あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法」のあん摩があん摩(マッサージ、指圧を含む)と変更され、法律上で指圧が認められるようになり、その後昭和39年6月に「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師、柔道整復師等に関する法律」として正式に指圧が認められるようになった。(昭和45年に柔道整復師法が単独法になったためあん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律となる)。
成立年代や創始者については異説はあるが指圧を確立したのは。日本指圧専門学校を設立した浪越徳治郎と増永静人である。浪越徳治郎はマリリン・モンローを治療したことにより全世界に指圧(SHIATSU)を普及させ、テレビ出演により指圧の知名度を上げることに貢献した。日本指圧専門学校の第一期卒業生であった増永静人は経絡理論を融合して経絡指圧を確立した。増永流の指圧はオリエンタリズムを好む欧米を中心に広まり、禅指圧と呼ばれ普及している。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
参照 : 指圧の父「浪越徳次郎」
指圧療法の理論の確立につとめた増永静人
August 18, 2005
リラクゼーションマッサージの登場
按摩マッサージ指圧が国家資格として認められてからはこれらのマッサージ業は治療行為として一部健康保険が適用になる類似医業行為として発展してきました。
しかしここ数年、治療を目的とするのではなく、あくまでリラクゼーションや癒し、体調管理としてのマッサージが注目され、それにあわせて従来の治療院とは異なったリラクゼーション専門のサロンができてきました。
そこではあくまでリラクゼーションを目的とするため、保険適用外で施術を受けるというものです。
こうしたリラクゼーションサロンには現在さまざまな手技や療法を取り入れたものがたくさなりますが、一般的な手技や従来の按摩や指圧を応用したものが多いようです。
現在日本で受けることができる主な手技療法はこちらのページでごらんいただけます。
しかしここ数年、治療を目的とするのではなく、あくまでリラクゼーションや癒し、体調管理としてのマッサージが注目され、それにあわせて従来の治療院とは異なったリラクゼーション専門のサロンができてきました。
そこではあくまでリラクゼーションを目的とするため、保険適用外で施術を受けるというものです。
こうしたリラクゼーションサロンには現在さまざまな手技や療法を取り入れたものがたくさなりますが、一般的な手技や従来の按摩や指圧を応用したものが多いようです。
現在日本で受けることができる主な手技療法はこちらのページでごらんいただけます。
massage39 at 19:24|リラクゼーションマッサージの登場
│マッサージの歴史
August 16, 2005
医学の父ヒポクラテス
紀元前四〜五世紀のころ、ギリシアの医聖ヒポクラテスは、「医師たるものは医術についてのあらゆる学理とともに、マッサージも修得せよ」と力説したといわれ、幾つかの論文も発表されました。ヒポクラテスは紀元前460年頃小アジアのコス島に生まれた。父は世襲の医師であった。この父から、ヒポクラテスは医学の手ほどきを受けたといわれている。
近隣の都市や、エーゲ海で医術の腕をふるった。
その旅の間に、ヒポクラテスは内科と外科の医学を教えた。名声が高まるにつれて、ヒポクラテスはひっぱりだこになった。コス島を中心とする医学アカデミーの一員として、ヒポクラテスはその時代を代表する名医の一人だった。
ヒポクラテス学派の医師達によって、私たちの知っている医学の第一歩が踏み出された。彼らは迷信や魔術と手を切り、体系的な観察によって、生命機構の不調の原因を熱心に追求し、医師が何よりも先に、患者に責務を負っていることを宣言する一連の倫理原則を遵守した。そのようにして形成された支柱に導かれて、後世の医学思想は成長していったのである。
彼は医師に高い倫理性と科学的な客観性を重んじることを教えた。
現在でも医師になるに当たって、「ヒポクラテスの誓詞」を誓わせる学校が多くある。
massage39 at 20:37|医学の父ヒポクラテス
│マッサージの貢献者
カイロプラクティック
カイロプラクティック(Chiropractic)とは、1895年 にアメリカ、アイオワ州ダベンポートのダニエル・デビット・パーマーにより創始された療法。カイロプラクティックはギリシャ語でChiro「手」とPrakticos「技術」の言葉を語源に持ち、脊椎矯正療法とも呼ばれる。
脊椎などの椎骨がずれて神経が圧迫されて機能を阻害されるために様々な症状が起こるという考えの元に、手によって脊椎を整えて身体の機能を回復させようとする療法である。それにより、人間が本来持っている自然治癒力(カイロプラクティックではイネイト・インテリジェンスと呼ぶ)を呼び起こすという。日本の柔術由来の柔道整復や昭和に創始された野口整体とは全く異なるものである。
WHOのNGOにWFC(世界カイロプラクティック連合)が加盟し、世界数十カ国で法制化されている筋肉や骨といった、筋骨格系の機能と構造的な障害、そしてそれが及ぼす神経系の機能異常、ひいては健康全般への影響を診断、治療、予防する専門職である。 脊椎マニピュレーション(アジャストメント)と呼ばれる徒手治療を特徴とし、薬物、外科を使わない自然治癒力を重視したヘルスケアである。
脊椎の変位により起こるサブラクセーション[一つの椎骨が上下の関係において正常な位置より変位して、神経圧迫を起こし、脳からのメンタルインパルス(神経エネルギー)の伝達を妨害している状態]をアジャストメントという手技で取り除き自らの自然治癒力を取り戻させる「代替医療」であり、それゆえ実践する人間は医師ではない。
整体とは
整体(せいたい)とは、症状を体全体の骨格の関節の歪みの矯正と骨格筋の調整などの手技療法で治療する民間療法の一種である。また、この治療法を用いる者を整体師・整体士・整体療法士などと言う。 民間資格である。
元来は野口晴哉(1911年 - 1976年)が古今東西の療術を統合し、その身体の操法を体系化して創始した治療法の名称であった。
それ以前は「正體・正体」という名で呼ばれていたが、野口により「整体」と命名された。しかし整体という用語が他の治療法でも称されるようになったため、野口の整体は現在は「野口整体」という。
現在一般的に使われる整体とは、民間資格で行ういわゆるマッサージの総称であり、店によって行っている手技はばらばらである。
元来は野口晴哉(1911年 - 1976年)が古今東西の療術を統合し、その身体の操法を体系化して創始した治療法の名称であった。
それ以前は「正體・正体」という名で呼ばれていたが、野口により「整体」と命名された。しかし整体という用語が他の治療法でも称されるようになったため、野口の整体は現在は「野口整体」という。
現在一般的に使われる整体とは、民間資格で行ういわゆるマッサージの総称であり、店によって行っている手技はばらばらである。
手技療法一覧
手技療法(しゅぎりょうほう)とは、道具や器具を使わずに、素手で治療を行う治療法を言う。
手技療法一覧
============
1.国家資格によるもの
柔道整復
指圧
按摩マッサージ
2.民間資格によるもの
主に日本で発達したもの
----------------------
整体 リラクゼーションマッサージ
クイックマッサージ
主に外国で発達したもの
----------------------
カイロプラクティック
オステオパシー
ロルフィング
リフレクソロジー
足ツボマッサージ
アロママッサージ
タイ式マッサージ
推掌 スウェーデン式マッサージ
手技療法一覧
============
1.国家資格によるもの
柔道整復
指圧
按摩マッサージ
2.民間資格によるもの
主に日本で発達したもの
----------------------
整体 リラクゼーションマッサージ
クイックマッサージ
主に外国で発達したもの
----------------------
カイロプラクティック
オステオパシー
ロルフィング
リフレクソロジー
足ツボマッサージ
アロママッサージ
タイ式マッサージ
推掌 スウェーデン式マッサージ
massage39 at 19:39|手技療法一覧
指圧の基本手技
指圧する際の原則として垂直の原則、持続の原則、集中の原則がある。
1.垂直の原則
皮膚面に対して垂直に加圧していくことで皮膚面を擦過することによる圧痛をださず、無駄な力の分散を防ぐ。
2.持続の原則
一定強度に押圧した圧を緩めずにそのまま一定時間持続する。押圧の持続により圧が深部まで届き、圧の持続時間により興奮目的や鎮静目的など目的を変化させることが出来る。
3.集中の原則
術者が精神を集中させて行う。それにより不注意による事故を防ぐ。又、患者の意識や状態を集中して感じ取ることで適切な治療を行うことが出来る。
作用機序
作用機序としては反射機転により神経・筋に対して作用を与えたり、体性内臓反射を利用して内臓に作用を与えることを目的としている。また矯正法により骨格や骨に付着する筋・腱の緊張を緩める。
1.垂直の原則
皮膚面に対して垂直に加圧していくことで皮膚面を擦過することによる圧痛をださず、無駄な力の分散を防ぐ。
2.持続の原則
一定強度に押圧した圧を緩めずにそのまま一定時間持続する。押圧の持続により圧が深部まで届き、圧の持続時間により興奮目的や鎮静目的など目的を変化させることが出来る。
3.集中の原則
術者が精神を集中させて行う。それにより不注意による事故を防ぐ。又、患者の意識や状態を集中して感じ取ることで適切な治療を行うことが出来る。
作用機序
作用機序としては反射機転により神経・筋に対して作用を与えたり、体性内臓反射を利用して内臓に作用を与えることを目的としている。また矯正法により骨格や骨に付着する筋・腱の緊張を緩める。
按摩の基本手技
按摩の基本手技は以下の7つに分類される。
1.軽擦法(按撫法)
術手を患部に密着させ、同一圧で同一速度で同一方向に遠心性で「なで」「さする」手技。作用としては弱い軽擦法は知覚神経の刺激による反射作用を起こし、爽快な感覚起こさせる。強い軽擦法の場合は循環系の流通を良くし新陳代謝を盛んにし、また鎮静効果を期待する。
1−1手掌軽擦法
手掌全体で軽擦する手技で、大部分はこの軽擦法を使用する。
2.揉捏法(揉撚法)
術手を患部へ密着させ、垂直に圧をかけ、その圧を抜かずに筋組織を四指の向いた方向へ手関節を効かして引っ張る手技。作用としては主として筋肉に作用を及ぼし、組織の新陳代謝を盛んにする。また腹部におこなう時は、胃腸の蠕動機能を高め、便通をよくする。
2−1把握揉捏法
四指と母指により筋肉を強く握って筋肉の走行に従って絞り揉む手技。
2−2母指揉捏法
按摩の代表とされる手技で、施術部に母指腹を以って加圧し、その加圧した状態で筋に対して垂直方向に揉捏する方法。このとき、母指のみに力を加え、四指には力を入れてはならない。その他、輪状に行う方法もある。
2−3手根揉捏法
手根部または母指球をあてて輪状に揉む手技。肩甲骨棘下部など硬い部位に用いる。
2−4ろとう揉捏
両手掌を重ねて、あたかも「舟の櫓」を漕ぐような動きで、主に腹部に施術する。
3.叩打法
身体の表面を術者の手指ですばやく打ち、叩く方法である。力が深部に達するような叩き方は避け、関節を滑らかに動かして弾力をつけて左右の手で交互に叩くことが重要である。作用としては断続刺激がリズミカルに作用するので筋、神経の興奮性を高め、血行をよくし、機能を亢進させる。
3−1手拳打法
軽く握った拳で叩く手技。
3−2切打法
開いた手の小指側の縁で叩く手技。多くの場合、両手を交互に動かしてほぼ同一の部位に行う。
3−3指頭叩打法
四指の指頭で叩く手技。頭部などに用いる。
3−4合掌打法
両手掌を合わせ、その小指側の縁で叩く手技。肩上部などで用いる。
3−5含気打法
左右の手掌を交差してあわせ、中に空気を蓄えるようにして一方の手背で叩く手技。古名は袋手の術。肩上部などで用いる。
4.圧迫法
圧がある頂点に達したらそれを減圧する方法である。圧を漸増、漸減に施す。漸増、漸減であるから急激に力を加えてはならない。作用としては機能の抑制である。神経痛などの痛みを鎮め、痙攣を押さえるなどの効果がある。
4−1母指圧迫法
母指揉捏法と共に按摩の代表手技。母指にて徐々に圧を加え抜く手技。あらゆるところで使用する。
5.振せん法
施術部へ術手を密着させ術手を固定し、肘関節を少し屈曲し、前腕伸筋屈筋、上腕伸筋屈筋を同時に収縮させアイソメトリックを起こし振動させ、その振動を患部へ伝える。作用としては細かい断続的刺激により神経、筋の興奮性を高め、また快い感覚を覚えさせる。本来は按摩の手技ではなく、マッサージの手技と思われる。
5−1牽引振せん法
患者の上肢や下肢を引っ張りながら振るわせる手技。
6.運動法
患者の関節を十分弛緩させて術者がこれを動かす方法である。各関節の運動方向及び生理的可動域に注意する。作用としては関節内の血行を良くし、関節滑液の分泌を促し、関節運動を円滑にして関節の拘縮などを予防する。
7.曲手
中国の推拿の手法に類似しているので、その影響も考えられる。臨床的意義は少なく、文献的には按腹鍼術按摩手引に記載されているのみである。
7−1車手(二指の曲)
四指を軽く丸めて体表の上を関節ごとに当て転がす手技。
7−2挫手
指頭を当てて第一関節を屈曲、過伸展を反復するように動かす手技。四指挫き、母指挫きがある。
7−3横手(鳴骨の術)
開いた手の小指側の縁を体表に当てて手根を素早く前後に動かし筋肉の走行に滑らすように動かす手技である。この時、関節がコツコツと鳴るようにするために鳴骨の術とも呼ばれる。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1.軽擦法(按撫法)
術手を患部に密着させ、同一圧で同一速度で同一方向に遠心性で「なで」「さする」手技。作用としては弱い軽擦法は知覚神経の刺激による反射作用を起こし、爽快な感覚起こさせる。強い軽擦法の場合は循環系の流通を良くし新陳代謝を盛んにし、また鎮静効果を期待する。
1−1手掌軽擦法
手掌全体で軽擦する手技で、大部分はこの軽擦法を使用する。
2.揉捏法(揉撚法)
術手を患部へ密着させ、垂直に圧をかけ、その圧を抜かずに筋組織を四指の向いた方向へ手関節を効かして引っ張る手技。作用としては主として筋肉に作用を及ぼし、組織の新陳代謝を盛んにする。また腹部におこなう時は、胃腸の蠕動機能を高め、便通をよくする。
2−1把握揉捏法
四指と母指により筋肉を強く握って筋肉の走行に従って絞り揉む手技。
2−2母指揉捏法
按摩の代表とされる手技で、施術部に母指腹を以って加圧し、その加圧した状態で筋に対して垂直方向に揉捏する方法。このとき、母指のみに力を加え、四指には力を入れてはならない。その他、輪状に行う方法もある。
2−3手根揉捏法
手根部または母指球をあてて輪状に揉む手技。肩甲骨棘下部など硬い部位に用いる。
2−4ろとう揉捏
両手掌を重ねて、あたかも「舟の櫓」を漕ぐような動きで、主に腹部に施術する。
3.叩打法
身体の表面を術者の手指ですばやく打ち、叩く方法である。力が深部に達するような叩き方は避け、関節を滑らかに動かして弾力をつけて左右の手で交互に叩くことが重要である。作用としては断続刺激がリズミカルに作用するので筋、神経の興奮性を高め、血行をよくし、機能を亢進させる。
3−1手拳打法
軽く握った拳で叩く手技。
3−2切打法
開いた手の小指側の縁で叩く手技。多くの場合、両手を交互に動かしてほぼ同一の部位に行う。
3−3指頭叩打法
四指の指頭で叩く手技。頭部などに用いる。
3−4合掌打法
両手掌を合わせ、その小指側の縁で叩く手技。肩上部などで用いる。
3−5含気打法
左右の手掌を交差してあわせ、中に空気を蓄えるようにして一方の手背で叩く手技。古名は袋手の術。肩上部などで用いる。
4.圧迫法
圧がある頂点に達したらそれを減圧する方法である。圧を漸増、漸減に施す。漸増、漸減であるから急激に力を加えてはならない。作用としては機能の抑制である。神経痛などの痛みを鎮め、痙攣を押さえるなどの効果がある。
4−1母指圧迫法
母指揉捏法と共に按摩の代表手技。母指にて徐々に圧を加え抜く手技。あらゆるところで使用する。
5.振せん法
施術部へ術手を密着させ術手を固定し、肘関節を少し屈曲し、前腕伸筋屈筋、上腕伸筋屈筋を同時に収縮させアイソメトリックを起こし振動させ、その振動を患部へ伝える。作用としては細かい断続的刺激により神経、筋の興奮性を高め、また快い感覚を覚えさせる。本来は按摩の手技ではなく、マッサージの手技と思われる。
5−1牽引振せん法
患者の上肢や下肢を引っ張りながら振るわせる手技。
6.運動法
患者の関節を十分弛緩させて術者がこれを動かす方法である。各関節の運動方向及び生理的可動域に注意する。作用としては関節内の血行を良くし、関節滑液の分泌を促し、関節運動を円滑にして関節の拘縮などを予防する。
7.曲手
中国の推拿の手法に類似しているので、その影響も考えられる。臨床的意義は少なく、文献的には按腹鍼術按摩手引に記載されているのみである。
7−1車手(二指の曲)
四指を軽く丸めて体表の上を関節ごとに当て転がす手技。
7−2挫手
指頭を当てて第一関節を屈曲、過伸展を反復するように動かす手技。四指挫き、母指挫きがある。
7−3横手(鳴骨の術)
開いた手の小指側の縁を体表に当てて手根を素早く前後に動かし筋肉の走行に滑らすように動かす手技である。この時、関節がコツコツと鳴るようにするために鳴骨の術とも呼ばれる。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
指圧療法の理論の確立につとめた増永静人

大正14年(1925)、広島県に生まれる。
昭和24年(1949)京都帝国大学文学部哲学科(心理学専攻)卒業後、指圧界に入り、実技を修める一方、古今の文献を読破して指圧療法の理論の確立につとめた。
日本指圧学校の第一期生であり、昭和34年(1959)から10年間、同校の講師(臨床心理学)を務め、日本心理学会、日本東洋医学会に属し、昭和43年(1968)より指圧施術所「医王会」を主宰。昭和56年(1981)日本東洋医学会評議員に選出される。同年7月逝去。
増永静人は、指圧の本質を「長い伝統に培われた東洋独自の医療に根拠を置いたもので、人間の本能的な要求に支えられた技術」であるとし、指圧を習得するには「経絡」の理解を欠かすことはできないと述べている。そして、東洋医学全体の体系の中で指圧をとらえ、独自の真理追究に則った経絡説を打ち立てた。
増永静人は、気の動きや体のコリは、アメーバの動きと同じであること、即ち、原形質流動に見出し、昭和49年(1954)このことを「医道の日本」誌に発表した。
「アメーバは、ゾルとゲルとがいつも容易に変化する。アメーバの体だけでなく、われわれの体もそうです。われわれの体もコッて力を入れたりするけれども、またスッとゾルに戻るわけです。ゲルで仕事をした後はすぐゾルに戻る。戻ればいいんですよ、自由に行き来すれば。コッたやつが戻らなくなるから病気になるんです。」―増永静人「経絡指圧講義」より―
massage39 at 18:58|指圧療法の理論の確立につとめた増永静人
│マッサージの貢献者
「吉田流あん摩術」創始者吉田久庵
日本の伝統的あん摩術の流派の、ふたつのうちのひとつである「吉田流あん摩術」。「吉田流あん摩術」は、江戸時代に吉田久庵によって創始されたもの。 弦楽器の弦を弾くように筋線維を弾く“線状揉み”という独特の揉み方が特徴です。また、肘を使って揉む“肘揉み”も有名な手技のひとつです。吉田流が産声を上げたのは幕末で、その祖は吉田久庵です。
埼玉県の一農家に生まれた久庵は、周囲の影響もあって医師を志します。郷土で学んだ後、長崎に渡り、オランダ医学の清楚さに感銘し、その視点から針灸や導引を研究、吉田流を完成させたのです。その特徴と言えるのが線状揉みです。
その後、二代、三代とその技術を受けついで来た吉田流の本流は、三代目で絶えてしまいます。この緊急事態に一念発起したのが、三代目の愛弟子である平川荘作でした。
平川は、「吉田流を何とか残さなければ」という弟子たちの思いを結集し、昭和25年、中央区の八丁堀に東京マッサージ師養成所をつくり、吉田流の伝承に努めてきたのです。
やがてその流れは、現在の東京医療福祉専門学校に受け継がれ、校長である平川信代先生が、発祥当時からの吉田流の技を、次の世代に伝えるためにがんばっているのです
massage39 at 18:54|「吉田流あん摩術」創始者吉田久庵
│マッサージの貢献者
指圧の父 浪越徳治郎
「指圧の心は母心、押せば命の泉わく」の名セリフと大笑いで知られる日本指圧協会理事長の浪越徳治郎氏は1954年(昭和29年)に来日したマリリン・モンローに計7回指圧を施し、一躍、注目された。豪快かつ明るいキャラクターで、60年代後半からテレビ番組でも活躍、お茶の間に親しまれた。
両手の親指を立てた独特のポーズで「指圧の心は母心……」と唱え、「笑いも健康の秘けつ」と豪快に「ウァッハッハッハ」といつも笑っていた。
幼少時、リウマチで苦しむ母親の痛みを和らげようと体をさすった時「徳治郎の指が1番の治療になる」と言われたのが、指圧の道を目指すきっかけだった。「指圧という言葉を万国共通語にしたい」が生涯の夢だった。
浪越さんの名前を一躍有名にしたのは、来日したマリリン・モンローの“ご指名”で指圧を施したこと。54年、新婚旅行で夫の故ジョー・ディマジオ氏と来日中だったモンローが胃けいれんを起こし、浪越さんが滞在先の帝国ホテルに呼ばれた。浪越さんの指圧で回復したモンローは、滞在中に計7回治療を受けた。浪越さんは当時を「モンローはシャネルの5番をつけて、紫色のガウンを羽織っていた。肌がきれいだった」「素晴らしいおしりの形をしていた」などと振り返り「日本で彼女の素肌に触れたのは僕だけだろうね」と、得意げに話していたという。故大平正芳元首相の「主治医」も務めていた。
massage39 at 18:49|指圧の父 浪越徳治郎
│マッサージの貢献者
操体法
「操体」とは、立って動き回る人間にとって基本的な人体の構造と仕組みとしての骨格と筋肉のかかわり(運動系)を、その成り立ちの根本に着目して誤りなく体をあやつり、動かすことを総称した表現です。
単なる運動とか体操とは違い、二足歩行動物としての人間にとって最も自然な身体の動きと、不自然な動きによって起きる体の歪みとを見きわめ、歪みのない体を保つことが操体です。
操体の中で、全身から各指先の細部におよぶ具体的で体系的な体の動かし方を「操体法」とよびます。
この考え方と操体の実践を誰にもわかるように組み立てたのは、橋本 敬三医師(1897〜1993)です。橋本 敬三氏は、新潟で西洋医学の道をきわめ、開業医として患者に接した若い時代に民間に伝わる正体術を始めとする東洋医学的な治療をみずから体験しました。こうした体験を通して東洋医学的な治療の意味について研究と実証を積み重ね、努力の末に独創的な健康法としての「操体」を確立し、全国に知られるようになりました。
単なる運動とか体操とは違い、二足歩行動物としての人間にとって最も自然な身体の動きと、不自然な動きによって起きる体の歪みとを見きわめ、歪みのない体を保つことが操体です。
操体の中で、全身から各指先の細部におよぶ具体的で体系的な体の動かし方を「操体法」とよびます。
この考え方と操体の実践を誰にもわかるように組み立てたのは、橋本 敬三医師(1897〜1993)です。橋本 敬三氏は、新潟で西洋医学の道をきわめ、開業医として患者に接した若い時代に民間に伝わる正体術を始めとする東洋医学的な治療をみずから体験しました。こうした体験を通して東洋医学的な治療の意味について研究と実証を積み重ね、努力の末に独創的な健康法としての「操体」を確立し、全国に知られるようになりました。
野口整体
野口晴哉(1911-1976)が創始した整体である。愉気という気の操作と活元といわれる自発動功を使った治療が有名だ。体癖という体の歪みと修正現象という原理で自然体な治療を行う。野口晴哉氏の思想と技術は様々な分野で影響を与え続けている。
リンパドレナージュ
リンパドレナージュとは「リンパ排出」という意味です。リンパドレナージュは日本では医療とエステの流れがありますが、ここではドイツのリンパ浮腫専門フェルディクリニック(Prof.Dr.Med.Foldi式)で開発された医療用の徒手リンパ排液法を指しています。
リンパドレナージュは、リンパの流れに添って、静脈角(体幹の最後に流入するところ)に近いところから、リンパの流れ道を作りながら、主要なリンパ節に向かってリンパの流れを誘導していく手技です。
皮膚の表面に近いリンパ管(主として、リンパ毛細管・リンパ輸送管)に働きかけるため、非常にゆっくりで、やさしくリンパの流れを促すマッサージ法です。独特のタッチとスピードで施術します。主にリンパ節を取ってしまい浮腫になる可能性ある人や静脈瘤のある人がリンパドレナージュの対象となります。
リンパドレナージュは、リンパの流れに添って、静脈角(体幹の最後に流入するところ)に近いところから、リンパの流れ道を作りながら、主要なリンパ節に向かってリンパの流れを誘導していく手技です。
皮膚の表面に近いリンパ管(主として、リンパ毛細管・リンパ輸送管)に働きかけるため、非常にゆっくりで、やさしくリンパの流れを促すマッサージ法です。独特のタッチとスピードで施術します。主にリンパ節を取ってしまい浮腫になる可能性ある人や静脈瘤のある人がリンパドレナージュの対象となります。
オステオパシィ
オステオパシィは130年前に内科医Andrew Taylor Still .によって開発された整骨療法である。オステオパシィ(OSTEOPATHY)の言葉の意味はギリシャ語のオステオス(骨)とパソス(病気/治療)という2つの言葉から作られた造語です。
オステオパシィの基本的な考え方
◎人体は一体になった有機体(一つ一つの部分は相互に関連する)である
◎身体は自然治癒力がある。
◎血液循環や神経支配機能が妨げられると、それがうまく働かなくなって不調となる
患者の筋骨のシステムは、よ く中心となります。この手技が身体のバランスを戻すこと において効果的で治療を促進することができると彼は教えました。
オステオパシーのテクニック
テクニックは以下のものがあります。
直接法(軟組織治療、関節テクニック、スラスト)
間接法(誇張法、ファンクショナル・テクニック)
頭蓋仙骨オステオパシー
ストレイン・アンド・カウンターストレイン・テクニック
内臓マニピュレーション
筋肉エネルギー・テクニック
リンパ・テクニック
オステオパシィの基本的な考え方
◎人体は一体になった有機体(一つ一つの部分は相互に関連する)である
◎身体は自然治癒力がある。
◎血液循環や神経支配機能が妨げられると、それがうまく働かなくなって不調となる
患者の筋骨のシステムは、よ く中心となります。この手技が身体のバランスを戻すこと において効果的で治療を促進することができると彼は教えました。
オステオパシーのテクニック
テクニックは以下のものがあります。
直接法(軟組織治療、関節テクニック、スラスト)
間接法(誇張法、ファンクショナル・テクニック)
頭蓋仙骨オステオパシー
ストレイン・アンド・カウンターストレイン・テクニック
内臓マニピュレーション
筋肉エネルギー・テクニック
リンパ・テクニック
ロルフィング
1970年代にアメリカの生化学者であるアイダ・ロルフ博士によって考案されたストラクチュアル・インテグレーション(構造統合)を目的としたボディーワーク。
アイダ・ロルフ博士は、人間がより効率的に機能するために、重力に対してバランスのとれた身体を創りだす方法を50年にわたって研究し、ロルフィングとして完成させました。
カラダの筋膜組織に手を使ってアプローチすることで、姿勢と構造が明らかに変化し、結果として長い間カラダにため込まれていたホールディング (抑制)パターン、つまりストレス、緊張、痛みなどから開放することを行います。また、構造的にバランスされることで、運動効率が高まり、より少ないエネルギーで活動できることと感情的・精神的な解放を目指します。
重力に対してバランスのとれた状態をしっかりとカラダに覚え込ませるために「身体の再教育」といわれるものをおこないます。
ロルフィングでは、10回にわたってカラダの各部をゆるめ、正しい位置に導き、統合するというプロセスを踏みます。
その過程において、クライアントは、よりスムーズで効率のよいカラダの使い方を学び、10回のセッションが終わった後にもバランスのとれた姿勢を維持できるようになります。
アイダ・ロルフ博士は、人間がより効率的に機能するために、重力に対してバランスのとれた身体を創りだす方法を50年にわたって研究し、ロルフィングとして完成させました。
カラダの筋膜組織に手を使ってアプローチすることで、姿勢と構造が明らかに変化し、結果として長い間カラダにため込まれていたホールディング (抑制)パターン、つまりストレス、緊張、痛みなどから開放することを行います。また、構造的にバランスされることで、運動効率が高まり、より少ないエネルギーで活動できることと感情的・精神的な解放を目指します。
重力に対してバランスのとれた状態をしっかりとカラダに覚え込ませるために「身体の再教育」といわれるものをおこないます。
ロルフィングでは、10回にわたってカラダの各部をゆるめ、正しい位置に導き、統合するというプロセスを踏みます。
その過程において、クライアントは、よりスムーズで効率のよいカラダの使い方を学び、10回のセッションが終わった後にもバランスのとれた姿勢を維持できるようになります。




