かきぶろ

“聖地書店”編集長。イリヤEブックス代表。――書籍、電子書籍、本づくり、読んだ本の話などが中心です

ただいま自分で写真集つくってます(その3) 表紙をつくる

 こんにちは。
 “モチコミ”で写真集を作っています。
 その1「写真集で情報の発信・共有」はこちらへ
 その2「写真を選びタイトルを決める」はこちらへ

 なお、この1と2それぞれ、サブタイトルをつけて、本文も少し修正しました。

 “モチコミ”の写真集は、プロの写真家が中心になって編集します。『GORO』(伝説のグラビア誌)などで一流カメラマンと仕事をしてきたベテラン編集者も加わって対応しています。
 みなさんの“モチコミ”については、マジにプロフェッショナルなサポートを得られますので、そこはご安心ください。

 今回は、ちょっと例外的。たまたま自分企画の自分の写真集をつくっているわけです。正直な話、けっこう長くこの業界にいますが、ここまで「自分ありき」でやった出版はこれがはじめてです。これまでは部分的に携わったり、そもそも「仕事」として対応していたり、または「誰かのため」にやってきたので、ほぼすべてを自分で決めちゃうってのは新鮮であり同時に「うん? 大丈夫かな?」と少々怖くもあり……。

 そこで写真は、の撮影したものと、NPO法人ペット里親会が撮影したものだけにし、私が撮影したものは1点だけにしました。さらに、写真の入れ方、文書については最後には、妻に決めてもらいました。

 “モチコミ”から入った原稿は、聖地書店プロジェクト専用の「セントラル」というシステムで編集します。BCCKSが聖地用に開発したシステムです。写真集も、同様に編集できます。

 BCCKSでは1つのデータから電子書籍とPOD(プリントオンデマンド)による紙本を作ることができます。そこは同じです。聖地書店では、独特の判型(トーフ版)が使えたり、別紙によるジャケットがつきます。

 このため、「背」が重要になってきます。ページ数によって本の背幅は変化し、そこに入れられる情報量も変わります。そんな対応もしてくれています。PODとは思えない本格的な書籍が出来上がるように、完全チューンナップ済みということです。

 表紙をつくる方法は主に2種類。1つはセントラルの表紙エディタでつくる。もう1つはPhotoshopやIllustratorといったソフトでつくって、そのデータを入れる。

 今回、私たちはこの写真を表紙に使いたいと思いました。これは、NPO法人ペット里親会さんが華ちゃんを保護していたときに撮影されたもので、元データでさえも437×467ピクセルという小さな写真です。

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 この写真をペット里親会のサイトで見て、「会いたい」と思ったのが、そもそものきっかけだったのです。華ちゃんとの最初の出会いです。そして、いま思えばこの表情こそ、私たちの心に残っている「笑顔」なのです。

 だから、『笑顔をありがとう』というタイトルとこの写真でいきたい。

 となると、写真の配置と、タイトルの配置で工夫しなければなりません。縦124mm × 横70mmのミニ写真集の大きさに合うように、それをするためには、おそらくタイトルの文字で特徴を出すなどの工夫も必要になりそうです。
 現在、セントラルの表紙エディタではフォントの自由度があまりなく、字詰めや配置も好きなようにできるわけではないので、ここは表紙をデータでつくって入れる必要がありました。

 ですが、私は文字専門の編集者。Photoshopはまあ使ったことあるけど、Illustratorはない。いまからアドビのソフトの操作を習うとなると、写真集がいつできるかわからない。
 そんなときに、「本屋横丁」、セリフパブリッシングや日本独立作家同盟などでお世話になっていた株式会社ブックアレーの社長であり作家でもある原田晶文さんの顔が浮かびました。原田さんは、印刷にも精通し、小説も書き、本もつくり、1人編集プロダクションのようなこともやれて、最近ではセルフパブリッシングの作家向けのサービスまではじめています。

 きちんと制作費を支払ってのお願いですが、今回、一緒に知ってもらいたい「ちょこはなプロジェクト」のロゴも含めてつくっていただけることになりました。こちらの予算より安くしていただのは、差額は寄付をする、ということと解釈させていただきました。

 こちらの希望は、タイトルとロゴを入れて、上の写真を使い、余計なものをカットしていただくこと。
 すると、とてもステキな表紙が出来上がってきたのです。

 
表1


 発売前の段階なので小さな画像ですみません。

 Illustrator用のグレイプスのロゴなどが入ったテンプレートがあり、それを原田さんに渡して、仕上げていただきました。打ち合わせや会議はゼロ。すべてFacebookのメッセージでやり取りしました。

 この写真集の企画は、1度も「会議」や「打ち合わせ」をしないで進めています。これは“モチコミ”のお客様とも同じ対応です。「遠隔地にいても、本がつくれる」システムなのです。

 出来上がった表紙のデータをセントラルの表紙エディタに入れます。

 写真集の編集長である飯田編集長がチェックしてくれて、解像度など印刷に耐えられるものか判断してもらいます。このとき、原田さんにちょっといくつかの修正をお願いしました。印刷の関係で懸念されることを事前に排除したのです。色校なしのいきなり本番ですからね。
 また、本の背は、飯田編集長がつくってくれました。

 定価やバーコードなどがない状態で発行責任者にチェックしてもらい、クオリティや規約に沿った内容か確認の上、定価と書籍コードが決まります。

 こうしてジャケットができあがりました。

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 これも発売前なので、いまはすごく小さなサムネールのみですが……。

 写真集の本体にこのジャケットを被せることになります。左右にあるのはいわゆる「袖」(そで)です。折り返す部分です。ここには著者などのプロフィールを入れたり、本の紹介文を入れることができます。小さく写真を1点入れることもできます。

 ここまでやって、グレイプス発行責任者の高橋さんから発行の承認を得れば、いよいよ印刷発注です。
 セントラルに写真を入れはじめたのが5月20日。この発行承認は6月17日でした。

「写真集をつくろう」と決意したのは、5月5日に華が亡くなったあとのことです。企画(思い立って)から校了まで5週間。35日ほどでした。

 まさに「鉄は熱いうちに打て」です。このスピードも“モチコミ”の魅力の一つでしょう。もちろん、もう少し時間をかけてつくることもできます。

 セントラルでつくり上げた本は、BCCKSが最終調整をして印刷用のデータを完成させてくれます。そのデータを印刷所に渡せば、PODで本ができてくる仕組み。印刷工程も大幅に短縮されていますが、現在は印刷製本のスケジュール取りの関係で、金曜に発注すると最短で翌週金曜日、通常は翌々週の月曜日納本となっています。印刷所ではいろいろな受注先からの仕事をこなしていますから、いくらPODでもこの程度の時間を見ておく必要があります。

 17日に校了したので27日ぐらいには問題なければ納本されるのではないでしょうか。ワクワクです。

 発注後、印刷所から見開き写真のサイズが少し小さく、きれいに裁ち落としにならない恐れがあると指摘されました。画面ではよくわからなかったのですが、確かにトンボとの関係で左右が足りません。すぐにトリミングし直して、再び印刷データをつくりました。この作業も3時間ほどで終了。なんとかスケジュールを崩さずにできそうです。

 というわけで、華の四十九日(22日)までに校了できて、いま(23日木曜日)は、ただ待つのみ。

 この話はこのあと、完成から販売まで続く予定です。

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“モチコミ”、それは、どなたでも簡単にミニ写真集、文庫をつくることができる新しい出版の仕組みです。プロの編集者、写真家がお手伝いします。

 
 

ただいま自分で写真集つくってます(その2) 写真を選びタイトルを決める

 こんにちは。
 “モチコミ”で写真集を作っています。
 その1はこちらへ

 このコラムのタイトル「自分で」と書いていますが、理由があるのです。モチコミの作品のうち、写真集は、プロの写真家が中心になり、そして『GORO』(伝説のグラビア誌)などの編集をしてきたベテラン編集者も加わって対応しています。私はもっぱら文字中心。

 今回は例外的にやらせていただいたわけです。

 編集を長くやっていますが、写真集ははじめて。セオリーがあるのでしょうが、今回は個人的な思い入れ中心の写真集ですから、とりあえずセオリーは考えずに進めます。

 “モチコミ”で作ることのできる写真集は、縦124mm × 横70mm。オール4色。ジャケットもつきます。64ページ。ページ数は選べません。

 大きさなんですが、iPhone 6sが、138.3 mm×67.1 mmなので、ほぼ同じ大きさ。つまりスマホサイズ。ということです。ワイシャツの胸のポケットにも入っちゃうし、定型の封筒にも軽く入っちゃいます。手紙といっしょに写真集を送ることができるのですよね。

 そして64ページ。1ページ1点入れたとして64点の写真を入れることができます。

 さて、今回は、華ちゃんの写真。たった2年4か月しか一緒にいてくれなかったので、写真点数は少ないだろうと思いつつ、著者の尚子さん(私の奥さんですけど)が、自分のiPadminiに入っている写真からざっと選び出してくれました。

 当初は100枚を超えていましたが、あるとき「華ちゃんはなんと言っても『笑顔』」と気づいて、笑っているように見える写真ばかりをセレクトしはじめました。

 その数はざっと、55枚。

 私はそれだけでも1冊になるかと思いつつ、この写真集を出す意味みたいなものを少し考えて、「保護犬」としての華ちゃんについても触れておきたいと考えました。

 ですが、やっぱりそれを文書で書くのはなかなか難しい状況でした。いわゆるペットロスですよね。いろいろ書いてみたいと思いつつも、気持ちの上ではシンドイ。5月5日早朝に亡くなってまだ1か月ですからね。

 写真を見ていてもため息が出てしまうのです。

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 そのとき、タイトルもすんなり決まりました。

『笑顔をありがとう』

 ほかに言葉がないです。
 そして、1部を笑顔編。2部はページは少ないですが、華ちゃんが保護されてからの日々をアルバム風にしようと考えました。

 64ページあると、こうしたこともできます。ワンテーマで押していくこともできるし、時系列でアルバム風にもできるし、今回のように2つのパートにすることもできます。

 写真がある程度、絞り込めていければ、あとは実際にページに入れてみていくことになります。ミニ写真集もBCCKSさんが聖地書店プロジェクト用に開発した通称「セントラル」で編集作業をします。

 今回はたまたま、妻が著者で私が編集者なので、シームレスになってしまっていますが、やり方はほとんど同じです。

 作ってみて、それをプレビューで確認してもらい、修正する。この繰り返しです。写真を入れてみると、「何か違う」というのがあるので、それをちゃんと時間をかけて修正していくことが大切だと思います。納得のいくものにしていくわけですね。

 当初は写真と文章が混じったページも作ってみたのですが、最終的に「やめよう」ということになって、文章は最後に見開きだけにし、写真にはクレジットとキャプションを最小限つけるだけにしました。

 写真集は見開きで見ないと実感がわかないものです。そこで、聖地書店プロジェクトでは、セントラルでできあがった確認用PDFからトンボ(印刷用の記号)などを省いて、トリミングし、それを見開きでPDFとして印刷して確認をしてもらっています。

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 これはそれを家のレーザープリンターでモノクロで印刷したものです。枠は実際にはありません。PDFを印刷するときにわかりやすいように入れているだけです。

 台割も色校もない出版ですから、このようなことをするなどして工夫しながら、納得がいくように仕上げていくことが大事です。もちろん、写真家が自分の写真を使って自分で編集する場合は別です。作家性のある人なら、セントラルつまりPC上だけで最後まで完成させることもできるシステムです。

 このとき、私は、「表紙をどうしようか」と悩んでいました。セントラルでは独自の表紙をつくるシステムもあるのですが、うまくできるかちょっと不安だったのです。

 そのとき、ある人物のことを思い出したのでした。

つづく。

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“モチコミ”、それは、どなたでも簡単にミニ写真集、文庫をつくることができる新しい出版の仕組みです。 

 

ただいま自分で写真集つくってます(その1) 写真集で情報の発信・共有

 こんにちは。
 “モチコミ”については、すでに何度か書いていますが、とうとう自分で“モチコミ”しました。
 それも写真集です。

 自分でつくった写真集が「聖地書店」に並ぶ……。

 ドキドキですけども。

 なぜ写真集か。それは、以前から企画していた「ちょこはなプロジェクト」をいよいよスタートさせることになったからです。

 今年(2016年)5月4日に、愛犬の華(はな。シー・ズーミックス♀)が突然、亡くなってしまいました。病院に運び込みましたがうつ手もなく。
 この華は、保護犬です。ペット里親会から譲渡してもらいました。華については、下の写真をクリックすると詳細の記事に飛びます。

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 先代のチョコが亡くなったあと、保護活動に少しでも協力するためになにができるか考えてきましたが、華を譲り受けてから、すぐにFacebookページで「ペットと動物保護を応援したい!」を開始しました。

 時間もお金もパワーもないけど、気持ちだけはある。そんな私たちにとって、いまできることをする。それが趣旨です。応援団、ファンのようなものです。

 そして主に金銭的、物質的な支援の方法であるとか、団体から出てきた要望とか、その結果などをツイッターと「ペットと動物保護を応援したい!」を連動させて、少しずつやってきました。

 今後、どのような活動にしていけばいいのか、アイデアだけはたくさんありますが、実行力もないままに名称だけは「ちょこはなプロジェクト」と名付けていたのです。

 そんな矢先に、華が亡くなってしまいました。

 家族と「アルバムをつくろう」と、iPadで撮影した華の写真を集めていきました。写真サービスでアルバムを作ろうかと考えつつ、とりあえず写真のプリントを注文。
 実は時代が変わったというか、華が来てからのこの2年余、写真はほとんどiPad。デジカメも使わないぐらい。動画も撮影できてしまうし。
 そして閲覧もiPad。PCにバックアップしたり、データをDVDに保存したりはしてきましたが、プリントはしたことがありませんでした。
 結果的に、我が家には先代のチョコの写真は飾られていますが、華の写真はなかったのです。いまでは、プリントアウトしたのでいっぱいあるんですけど。

 そのとき、自分で関わっている“モチコミ”で写真集が作れるではないか。華の写真集をつくること。それが「ちょこはなプロジェクト」の最初の小さな一歩になるのではないかと思ったのです。

 アルバムは個人や家族など、ごく近しい人たちで共有するものです。写真集は外に開かれた世界。より多くの、不特定多数の方々との共有になります。

 編集者としては必ずそこに「出版価値」とか「意義」などを考えてしまいます。というのも、従来の出版では多くの人の手を煩わせますし、商業的な意味での価値も考えなければなりません。文化的な意味も考えないといけないでしょう。このため、実績、権威、クオリティなども含めて、けっこうハードルは高くなっていきます。

 ですが、“モチコミ”は、誰もが手軽に出版できる仕組み。出したいと思った人が決断すれば、申し込むことは可能なのです。だったら、編集者としての長年身にまとってきたものはかなぐり捨てて、「出したいものを出す」という原点に戻ってみてもいいのではないでしょうか。

 さっそく、“モチコミ”で登録するために、写真を集めました。iPadの写真はそのままだとデータ量が大きすぎるので、扱いが難しいですね。
 選んだ写真をzipにして、これがいわば「原稿」ということで、登録。

 “モチコミ”の申し込みのところで、ファイルが大きすぎると指摘されたときは、サンプル的に入れて登録をすませたあと、メールでやり取りし、残りをファイルの共有(firestorageなど)で送る方法もありますから、ここはムリしないで、とりあえず登録してやり取りをした方がよさそうです。

 写真内容をチェックしてもらい、問題ないということを発行責任者の高橋さんから判断いただきました。これであとは作るだけです。

 写真集の25,000円+税をクレジットカードで決済。正式にスタートしました。決済時も、少しわかりにくいところがあれば、メールで問い合わせたほうがよさそう。コンビニ決済もできます。

 なお、この金額は「聖地書店スタートキャンペーン価格」。つまり、いつ変更になるかわかりません。やるならいまのうち……。

 この先は“モチコミ”、聖地書店の編集長して、今度は自分で編集開始です。これまで、著者のみなさんの本づくりには関わってきましたが、自分の本、それも文字のほとんどない本ははじめてです。

(つづく)

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『裂』 (花村萬月)


『裂』 (花村萬月)

 みごとな作品でした。裂けること、裂け目をテーマに最後は希望までもたせています。この作品はさまざまな小説スタイルを盛り込みながら、小説の本質や書くことへの重要なことまで含めたメッセージ性の強い作品です。

 ある編集のベテランから勧められて読みました。花村萬月はいくつか読んでいて、「ああいう感じ」についてはわかっていましたが、この作品はなかなか複雑な仕掛けがあって、一面的に読んではいけない本でした。また、内容からも読者を選ぶことになりそうです。私としてはオススメですが、きっとまったく合わない人もいて、最後まで読めない可能性もあるでしょう。

 本書は小説を書く人、書こうとしている人、文芸の新人賞を狙っている人などこそ、読むべき本でしょう。だけど、おそらくこれを読むタイミングは、早すぎてもいけないし、遅すぎてもいけない。だから、ムリして読まず、読めるようになったときに読むことです。永遠に読めない人もいるかもしれないですが、それはそれで問題ないです。「縁」とはそんなものです。

 この作品は冒頭に強烈な文章がありますが、これは作中人物が書いた、書きかけの作品。主人公は講談社で文芸の編集者をしている女性。彼女の視点でその後、ずっと描かれていきます。
 暴力とエロスを強調した作品だと思うことでしょう。また、新人賞の裏側を見せてくれる。編集者と作家の関係性も少しは教えてくれる。さらに、著者独特の「小説とは」「小説家とは」といったテーマ性の強い言葉がいっぱい出てきます。

 おまけに、この本には「花村萬月」が重要な役割で登場します。これを本人そのままと読むか、作者ならではのひねりがあると読むかは読者に任されています。

 一読して破綻しているように見えるこの作品は、とても「いやらしい」作品だとも言えます。エッチだという意味だけではなく、実にいやらしい。そう受け取ることができたのは、私にとってこの本と出会うタイミングがよかったと言えるでしょう。いろいろな創作の現場に出会ってきて、これまで読んだことのないタイプの作品も読み、それを書いている人たちともお話をさせていただいたりして。
 だからこそ、この本が楽しめたと思います。正直、夢中になりました。

 この本はストーリーを追う作品ではないのです。ストーリーはある人が自分には自信がないけど書きかけの作品が文芸編集部の目に止まり、なんとかデビューさせようと支援がはじまり、書いていき最後にはなんだかんだと作家らしくなっていく話。

 はっきり言えば、しょーもない話。もしそういう話だったら、こんなに夢中になりません。この本はストーリーはどうでもいいのではないかと気づいたのは、かなりはじめの方。京都を舞台にしたあたりがはじまったときに、「ウソだろ」と思ったのです。

 著者から挑戦されている……。

 本書のキーワード。それは「大切なものほど奥深く隠さねばならぬ」です。

 本書が伝えたいことは、隠されているのだ、と著者がきちんと手の内を明かしている。それを探すのは読者です。なお、どこを探しても答えは出ていません。

 つまり、読む人それぞれに、この本に隠された大切なものを見つけること、です。ま、これはほかのあらゆる本でも言えることでしょう。

 そしてこの本のもう一つのストーリーは「だからなにが隠蔽なのかは自分でもよくわからない。ただ、なにか心の奥底に隠していることがある。私は自分が、なにを隠しているのか、それを知りたい。」と言う編集者・御名子の言葉にも象徴されています。

 大切なものを隠す者(著者)がいて、この作品の主人公は、自分が隠しているものを知りたいという。
 さらに、「裂」は、この作品ではいくつかのシンボルとして描かれ、それは心の裂け目であり、そこから隠されたものが見えてくるわけです。

 なぜ主人公を女性にしたのかは、この本を読めばわかるように、ここで言いたいことを男性視点で描くととんでもなく一方的で、救いのない話になります。だから、あえて女性を主人公にした。また「裂」を象徴させる性の象徴としても、新しいものを生み出す象徴としても重ねることができるからでしょう。

 私が受け取った著者からのメッセージ。それは、間違っているかもしれませんが、「おもしろく書くことができるのなら、どんな醜悪なことでも好きなだけ書いていい」ということ。だから技術が必要。同時に、それだけの技術があるなら、自分をごまかすことなく、ズバッと書け、ほかの人が書かない部分も書け、ということなのだろうと思います。

 端的に言えば、自分の中で「こんなことを書いていいのだろうか」なんて思わず、ガンガン書けばいいのに、という応援でしょう。

 いろいろな気になる言葉があって、マーカーするといっぱいになっちゃうなあ。

 たとえば……。

──論理や筋道に血道をあげたり奉仕したりするとつまらなくなるってのは、人も小説もいっしょですね。──

──私は、オチはいらないとはひとことも言っていません。落とそうとすると無様になるって言ったんです──

──どんな汚辱や汚穢を描いても、大量に売れるものには絵空事の軽さと無責任さがあって、それこそがエンタテインメント作家の重要な資質──

──ある種の無自覚こそが、エンタテインメントの才能──

──真の象徴を内包した題名が泛びさえすれば、その小説は九分通り成功したといっていいのです。──

──俺たちがいままで目にしたことのない虚構を紡ぎだせよ。──

 つまり、この作品は、これからなにかを書こうという人たちへの挑戦状でもあるわけです。

 いいですね! バリバリですね。ものすごく馬力の大きなエンジンを空ぶかしして、タイヤから煙りが出ているような気さえします。

 筒井康隆的なアプローチでもなく、ほかのどんな作家による「書き方」の本でもなく、教室でもない。というよりも、そういうのをすべて否定しちゃう立場から「なにを伝えられるのか」と考えて生まれたのではないかと思われます。

 このため、この作品は都合よく、さまざまな描写の技術が出てくるように仕組まれています。また、「五感」にうったえる言葉、刺激的な言葉の見本でもあるでしょう。
 おもしろいのは、主人公達がふける快楽(本書ではドラッグやセックス、暴力も一部)の意味でしょう。これを描写された状況そのままに解釈する人は少ないとは思うけど、どうしてここで、こんな快楽になってしまうのか。それは紛れもなく「作品を書く快楽」を表していると思います。

 このほか、人それぞれに読んで受け取れるものが豊富にある作品でしょう。

 今回はhontoの電子書籍で読みました。


『月刊群雛2015年12月号』感想(最終回)

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結城浩が語る『セルフブランディングで大切にしていること』〈ゲストコラム〉
──ここでのブランディングとは「自分の活動すべてを、読者さんから継続的に信頼してもらえるよう心がけること」」とのことです。
 活動内容に一貫性があって、さらに、万人に受け入れられるテーマで本を書くことができる人は幸福ですね。セルフブランディングとの相性から言えば、幅広い層に支持され、安心して読むことのできる本を書くことが前提となるのかもしれません。
 でも、私たちが書きたい本は必ずしもセルフブランディングと相性がいい内容ばかりとは言えません。またブランドに縛られることもあるのではないか。そのあたりは、かなり気になるところです。たとえば、古い例でいけばドナルド・E・ウェストレイクはペンネームの多い作家でした。リチャード・スターク名義の「悪党パーカー・シリーズ」もありますよね。ペンネームを分ける事情はいろいろでしょうが、こういう人物の場合、ブランドとして統一感が出てくるのはかなりの作品を書いて映画化されるなどして有名になってからじゃないか、という気もします。
 まだそこまで知名度のない中でブランディングを考えるのは、とっても難しいことだろうな、と思いますし、そこにどれだけのエネルギーをかけていいものやら。
 

波野發作『オルガニゼイション』〈連載最終回〉
──タイムパラドックスについて、あんまり深く考えすぎなければ、シンプルに楽しめる作品です。語り口の滑らかさとスピード感は、本当に安定していますね。
 これは著者に限らない感想ですが、このところセルフパブリッシングで拝見したSF作品の中に、あえてオールドSFというか、70年代80年代頃によくあったSF的世界を引用しているような感じを受けます。たとえば星新一的な世界ですね。私もそれは好きです。それは好きだけど、星新一で充分です。
 藤井大洋の『Gene Mapper』を最初に読んだとき、いままで読んだことのないSFだと感じました。私が90年代以降のSFをほんとんど読んでいないからなんとも言えませんが、ちょっと突き抜けた部分があって爽快でした。わからないところも多かったけど、そんなことはどうでもいいと思えたものです。
 なにが言いたいかといえば、オールドSFを引用するのは、私にとってもこそばゆくて楽しめるのですが、引用だけで終わってしまうことのないような工夫が欲しいのです。あがき、とでもいうのかな。なにくそって感じでしょうか。波野發作の作品は、どれを取っても「なにくそ」感が横溢していて、そこがとてもうれしいです。

矢樹純『鼠の家』〈読切〉
──この作品を読んだところでこの号は「元を取った」感じがありました。正直、『がらくた少女と人喰い煙突』でもそうなんですけども、私の好きな世界ではありません。だけど、優れた作品であることは確かです。
 冒頭のところで描かれる世界は、最後まで揺るぎなくそこにしっかり存在していて、チャプターごとにもやもやしていたものが少し晴れるのに、さらに新たな疑念が浮かぶように構成されています。人物は最小限で、名前を覚えたりする苦労もほとんど感じません。短編では重要なことです。短編でやたら大人数を出す作品をいくつか読みましたが、正直、わけがわからないのです。短い文で端的にキャラクターを描き出すなんてことはムリなのであって、だったら最小人数で構成するのがお互いのためです。
『がらくた少女と人喰い煙突』の主人公は捨てられない少女ですが、この作品は片付け上手な主人公というのもなかなかおもしろいですね。ステキな時間を過ごせました。こういう作品との出会いがあるから、雑誌形式はとてもいいですね!

米田淳一『6人の出張』〈読切〉
──軽快でスピーディーで温かい。ほとんどイヤなことが起きないですね。このあたりは著者の感覚がストレートに出ているのかなって思いました。

川瀬薫『青い欄干』〈読切〉
──ジャズの話は好きです。私だけではなく、ジャズファンならみなさんご存じのアーティスト名やアルバム名がゴロゴロと出てきます。なるほど、こういう作品づくりもあるなあ、と思いました。
 できれば、日本でなぜジャズなのか。そのあたりは避けて通れないテーマだと思うので、もう少しグイグイと食い込んでいただければ味わいもなお深まったかもしれません。

幸田玲『夏のかけら』〈連載第4回〉
──現代の断面として人と人、心と心の行き来するさまを描きたいのだろうと感じました。書く姿勢の素直さのようなものが伝わってきます。話そのものは、連載なのでこの回だけ読んでどうこうは言えません。映画でいえば一ヵ所に据えたカメラで長回し、という感じになっていますね。

鷹野凌『Twitterでフォロワーを増やすには?』
──編集長コラムなので、感想はいらないと言われそうですが……。
『「増やす」のではなく、結果的に「増える」のです。』との指摘。なるほどそうなんですね。ツイッターはついつい数字を追いかけたくなる仕掛けがいっぱいあるので、焦る気持ちもわかりますが、フォロワーはある程度の数は欲しいところですけど。その先はちょっと考えられません。どこかにその人の器にあった限界がありそう。

晴海まどか『一小路真実は興味がない』〈連載第1回〉
──いつもながら配慮の行き届いた語り口です。連載1回目なのですが、しっかりと描きたい人物に焦点をあてて、「これだけは覚えておいて」的にちゃんと書き込むって重要ですよね。構成力があるから毎回の連載の役割も明確になっていると思われ、読む側の安心感MAXです。もちろん、謎って設定もあることはあるし、どこかで読んだような話(同じ著者のもので)にリンクしている感じもあって、それがただの既視感なのか演出なのかは、以降を読むしかない、と。

和良拓馬『戦術ナドロ』〈読切〉
──スポーツのノンフィクション。物語というかエッセーというか。レビューというか。ラグビーの話です。思いがあるから文章になるし、それが読者を引き込むパワーになっていければなおいい。お涙頂戴的エピソード集でもなく、当人の語りでもない。あくまで観察者からの視点も大切なのではないかと改めて思いました。
 若い頃には「ナンバー」や沢木耕太郎、山際淳司など熱心に読んだものですが……。しだいに映像が支配するようになってきて、当事者が語る企画も増えていき、第三者的に描く視点は徐々に後退していったような印象を受けています。また、スポーツに限らず、本人が書くパターンも出てきちゃうと、お腹いっぱいになっていく傾向は否めません。
 おもしろいテーマで、おもしろい切り口があれば、まだまだ深めることができそうですね。

泉鳴巳『夢のつづき』〈読切〉
──再生の話。優しい雰囲気に引き込まれる人もいることでしょう。
 短い話は難しい。書くのも難しいでしょうが、実は読むのも難しい。短いのだから簡単に読めるだろうと思われるでしょうが、簡単に最初から最後まで文字を追えたからといって、「読めた」とはならないわけで。
 古典的なお話のスタイルをまじめに踏襲していると感じましたが、果たして読めているのかどうか。自信はありません。

よたか『尾張名古屋共和国』〈読切〉
──ダイナミックな話。強引でスピーディー。
 小説というよりも「小説風」と言うべき作品ではないかと感じました。著者には言いたいことがあって、それをなんとかこの文字数で表現しようとしたので、企画書というかメモ的な部分がけっこう感じられます。この話に入っていくことができれば、楽しめると思いますが、私はダメでした。
 あと、軽快な語り口にしては、犠牲者の数が多すぎて「いいのか? 大丈夫なのか?」という心配も。

浅野佑暉『パトリシア』〈読切〉
──SF短編なのですね。きれいに、よどみなく描かれていて達者です。
 なぜいまこの話なのか、という部分がどうも気になって仕方がないのです。そんなことはどうでもいいのでしょうけどね。ただ、なんとなく気になったなあ。



月刊群雛 (GunSu) 2015年 12月号 〜 インディーズ作家を応援するマガジン 〜』 鷹野凌(編・著) 結城浩(著) 波野發作(著) 矢樹純(著) 米田淳一(著) 川瀬薫(著) 幸田玲(著) 晴海まどか(著・編) 和良拓馬(著) 泉鳴巳(著) よたか(著) 浅野佑暉(著) 長鳥たま(著) 0.9Gravitation(表紙デザイン) 宮比のん(群雛ロゴ) 原田晶文(編) 竹元かつみ(編)著

月刊群雛 2015年 12月号 目次

結城浩が語る『セルフブランディングで大切にしていること』〈ゲストコラム〉
波野發作『オルガニゼイション』〈連載最終回〉宇宙が宇宙が大ピンチ!タイムリープを止めろ!
矢樹純『鼠の家』〈読切〉法要に現れなかった妹と、母の異様な行動の理由
米田淳一『6人の出張』〈読切〉鉄道趣味に青春を捧げた女子6人組は今日も走る
川瀬薫『青い欄干』〈読切〉新宿を巡る川の流れと、ジャズ喫茶に集う人々
幸田玲『夏のかけら』〈連載第4回〉リフォーム工事初日、達也は遅刻してしまう
晴海まどか『一小路真実は興味がない』〈連載第1回〉引きこもり図書委員を振り回すのはクラスのイケメン!
和良拓馬『戦術ナドロ』〈読切〉2011年のラグビー界を賑わせた巨神兵の足跡
泉鳴巳『夢のつづき』〈読切〉スランプに陥った童話作家が頼った老人の語る話とは
よたか『尾張名古屋共和国』〈読切〉名古屋独立の目的と、岐阜県南部再開発の意味は
浅野佑暉『パトリシア』〈読切〉ヒューマノイドの「わたし」が手記を綴る理由
長鳥たま『紅潔し』〈表紙イラスト〉
テーマは椿の生け花!
制作スタッフ:0.9Gravitation/宮比のん/原田晶文/晴海まどか/竹元かつみ/鷹野凌


★今回をもちまして、『月刊群雛 (GunSu) ぜんぶ読む』(あ、正式には『月刊群雛 愛読マラソン』)を終了いたします。長らくお待たせして、結局はリアルタイムに追いつけず、申し訳ありません。
 もちろん、このあとも、ぜんぶとはいいませんが、ちょくちょく拝見させていただいて、その都度、感想は書いていこうと思いますのでよろしくお願いいたします。
 スタイルを変更して継続しようかなと思った時期もあったのですが、やっぱり自分自身で粗雑なことはしたくないので、時間をしっかり取れない以上は継続しないほうがいいだろうと思ったしだいです。
 月刊群雛 (GunSu) は、同人雑誌的でありながら、インディーズ作家の発表の場として貴重な存在だと思いますし、これだけ先行していてなおかつ継続していることを考えると、奇跡的な雑誌だと思います。
 運営されているみなさんの熱意に加えて、インディーズ作家さんたちの思いもそこにはこめられているのでしょう(あ、ちょっと重すぎます?)。
 少なくとも酒をかっくらいながら、「えいやっ」と発行しているわけではない(あくまで想像です)。
 ともかく、創刊号から2015年12月号まで、たっぷり楽しませていただきました。感謝申し上げます。


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インディーズだってすごいんだ! これからの出版のスタンダード

Windows10 アップデート どうでしょう?

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 こんにちは。
 7月頃に無償のアップデートの期限が来るというWindows10。現在、Win7機を64bit、32bitの2台(いずれもノート)を使っていますが、とりあえず家でメインに使っているASUSのDual Core1.6 GHz。WXGA(1,366×768)、64bitをアップデートしてみました。

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 で、2016年5月15日の日曜日。正午に予約をしておいたのですが、それより早く始まって、90分ぐらいで終わるというのに、午後4時頃までかかりました。やれやれ。やっぱり、面倒だなあ、と思ったわけですけど。これじゃ、大半の人はアップデートなんてしないで、買い換えるか、使い続けるか、でしょうねえ。
 新しくなったデスクトップの印象は、なんだか冷たい。つまらない。
 背景のテーマを変えないと真っ黒だからしょうがない。テーマを設定したら、少しよくなりました。
 下にCortanaというのが出てきて「位置情報がどうこう」と出ますが、このPCにそんな機能はないから。またSiriみたいに音声といっても、通常マイクもスピーカーも使わないので。検索窓だけで十分。
 プログラムを「アプリ」と言うのか? 言葉の言い換えだけではなく、システムが大幅に変わったのだろう。
 だけど、やっていることは同じ。
 エクスプローラーがいいんだか、悪いんだか。いらぬお世話が出てきそうで。
 スタートボタンから「すべてのプログラム」というのを1日に1度ぐらいは使うのですが、見当たりません。でもまあ、検索すればいいや。検索はスピーディーです。

day2
 翌日16日、とくに問題なく。テキストを打つときのスピードがなんだか速くなった気します。変換スピードとか。使っているのはATOK。
 しかしChromeは相変わらず重く、Firefoxはもたつく。また動画はなんだかうまくいかない。ネットの問題もあるのでしょうか。

day3
 17日。立ち上がりがおかしい。ログイン画面にならず、真っ暗になって、白くカーソルだけ。グラフィックの問題だろうとは思うけど、対処がわからず、忙しいのでもう1台で仕事をする。忙しいのでかまってられない。

day4
 18日、3回ログインに失敗すると自動的にセーフモードが選べるメニューになるというネット情報の通り、何度か強制終了、再起動をしたら、その画面になって、セーフモードにした。この間にもう1台を立ち上げて、ルーチンの仕事をこなしながら。iPadでネットの情報を収集しながら。
 iPadminiは、こういうとき、ホント便利です。キーボードの横に本や手帳のように置いて、ネット情報を確認しながら対処できますからね。
 しかしセーフモードはちゃんと動いたものの、ネットにあるような対処に該当するものが見当たらない。グラフィックのドライバも、とくに問題がなさそうに見える。見えるけど、これは怪しいけど、どうすればいいかわからない。
 時間切れであきらめる。ダメ元で再起動させてみたら、初日に見たスタート画面が出て、ログインできた。
 なんでだ?
 とりあえずこの日はこれで終わり。

day5
 19日、普通にログイン。普通に使える。この日、マルチスモニタにする。HDMIでつないだアクオス。いままでと同じように表示される。この日は、つなぎっぱなしだったHDMIを外して起動して、あとで接続した。つけないで立ち上げたほうがいいのか?

day6
 20日、今日もちゃんと起動。起動したあとにHDMIケーブルを接続。
 ところが、今日はうまくマルチモニタにならない。本体のディスプレイが「1」。アクオスが「2」。設定は間違っていないが、「2」の半分ぐらいまで「1」の画面が入り込んでしまう。奇妙すぎて仕事にならない。
 マルチモニタをあきらめればいいんだけど、一度、手に入れた広いデスクトップは魅力。
 そこで「2」の解像度を全部試してみた。推奨ではうまくいかず、もっとも高い解像度にすると、ピタッと入った。
 これしかないか、とそれで作業を開始する。ところが、「2」がチラ付きが出て、なんだか快適ではない。
 困ったな。

 というのが現状です。
 ASUSのサポートによるとグラフィックのドライバが、違うものにアップデートされちゃっている可能性を感じました。そういう記事があったわけではないですが。
 画面真っ黒現象も、グラフィックの問題でしょうし。今回のマルチモニタがいまいちなのも、同様でしょう。

 というわけで、そこを一応、週末にでもチェックしてみようかな。

 なお、今回、とても役に立ってくれたもう1台のWin7は、ウィンドウズ10へのアップグレードをしないようにウィンドウズアップデートでチェックを外しておきました。たぶん、このFMVは生涯、Win7でまっとうしてもらうことになりそうです。こっちはモバイルで使っていて、ほとんどソフトは入れず、クラウド中心に使っている(HDが小さいので)こともあって、けっこう快適にChromeもFirefoxも動きます。そして、この2つが動けば、iPadもあるので、ほぼやりたいことはできます。

 早くAIが発達して、こんな面倒なことから人間を解放してくれる時代になればいいな、と思います。その後、『ターミネーター』的世界になったとしても……。

day7
 21日。起動しない。黒い画面と白いカーソル。3回起動してセーフモードにしたが、うっかり「Win10」を選んでしまい、ただの再起動になってしまった。また黒い画面。また3回強制終了するのも癪だから、キーボードを試してみる。ネットで、Ctrl+Shift+escをやって回復したケースがあったので、それをやってみるがダメ。
 次ににCtrl+alt+Deleteを試したらWin10になった。
 動き出したのでマルチモニタにしてみると、モニター「2」の表示がおかしいので、再び「推奨」に戻す。おお、ちゃんとなった。上記の写真はday7の状態。左がPC、右がモニタ(AQUOS)。左にダイソーで購入したキッチン用の台を2つ結束バンドでつないだものにのせたら目線的にはちょうどいい高さになりました。右のモニタは従来から使っていたPC用の台を水平にして使っています。

 なんだか、毎日、起動するかしかないかとスイッチ入れるのは憂鬱だけど。しばらくはこれを使い続けよう。高速になった部分と、いままでのままの部分があって、そのリズムが読めず、ガクガクするけど。

 いまだに使っているレーザープリンター、ブラザーのHL-5040が使えない。ブラザーのサイトでは、接続すれば自動的に「Windows10 標準ドライバ」がインストールされて機能は制限されるものの、使えるかのように表記されているけど、何度やっても認識されないのであきらめた。ネットプリントしますよ、しょうがない。あ、たまたまカラーで印刷できればいいなと思っていたものだったから。
 モノクロならWin7のFMVで印刷すればいいので、やっぱりFMVは生涯Win7で全うしていただくしかないですね。

day8
 22日。すんなり起動。それが普通なのに、拍手してしまう。ツンデレ的な手管か。今回はモニタ「2」をつないだままだったけど、なにも問題がなかった。この調子で続いてほしい。その場合、この記事の更新はなくなります。

day10
 24日。起動せず。暗いまま。いくつかキーボードを押してみてもダメ。モニタ2を外して再起動。さらにCtrl+Alt+Backskipで、動きだした。前回のCtrl+alt+Deleteではない。このキー操作で動き出したのか、ただ時間的なものだったのか不明。

day15
 29日。これまでとくに問題なく起動はしている。この間に初めてのアップデートもあったが問題なかった。
 しかしChromeが遅い現象が以前のまま。チェックしたら32bitだった。64bitにすると快調になった。いや、それは言い過ぎか。まともになった。
 ところが今度は、Operaが使えない。いや、以前からちょっと問題があったのだが、ますます使いにくくなった。遅い。つながらない。そこで最近評判のVivaldiを入れた。当初はよかったが、数日前から起動がめちゃくちゃ遅く、いつ動き出すかわからない。数回クリックしてしまうので、起動しはじめるといくつもウィンドウが開く。バカじゃないか。さらに3つ目のタブから読み込まない。なにやってるんだ、コイツ。ダメ。やめました。
 Win10にはEdgeというブラウザがついている。それを使うと、これが、思った以上によい。
 ところがEdgeには、1つだけ、しかも大きな問題があった。ATOK2014では日本語入力ができない。いや、そういえばウィンドウスの検索も日本語が入らなかったのだが。ジャストシステムはWin10対応は2015以降なのだった。
 つまり、さきほど、一太郎とATOKを最新版にアップデートした。するともちろん、Edgeでの日本語入力は問題がない。Windowsのタスクバーにある検索でも日本語を入れられる。ふー。
 これでなんとなく、一段落だろうか。
 なんとなく、常体(だ、である)になっちゃった。

聖地書店 新刊『跳ぶんだ! 昭和の技術屋サラリーマン』(佐波井哲大著)

tobunda


『跳ぶんだ! 昭和の技術屋サラリーマン』(佐波井哲大著)を紹介します。

 “モチコミ”で原稿を送っていただいた佐波井さんは、すでに仕事はリタイアされていますが、ついこの間まで現役バリバリで、タイの会社で働いていた技術者です。そこでは、現地の若い金型設計者たちを育て、工程管理などをしていたようです。
 ようです、というのは、私はこの原稿を通じて著者を知り、それがほぼ著者の実体験に基づいてこの小説を書かれたと知ったからです。

 本書は書き下ろしの部分と海外生活を中心に書いていた著者のブログの記事をまとめたものとなっています。

 本書の主人公は、自動車関連会社の技術者として定年間近までまっすぐに務めていた、典型的な昭和時代のサラリーマンでした。ところが、平成になってから、定年をあとわずかというところまで来たところで、うつ病になってしまします。
 小説は、主人公がうつ病になるところからはじまります。闘病、休職。精神的な痛手だけではなく、長年信頼関係のあったはずの会社との関係も、きしみが出てきます。
 いったんは復職したものの、うつ病を治療中であることを考慮してもらえない職場に憤っているうちに再発。これではダメだと退職を決意します。

 でも、まだ働ける! いや、働かなければならない!
 タイの会社で一時的に仕事をしていた経験もあり、人材派遣会社などを通じて仕事を探します。家族構成は奥さんとお子さん。お子さんには障害があります。そのこともあってか、できるだけ収入は確保しなければなりません。

 主人公はがんばります。
 インドの会社で仕事をすることになりました。インドははじめて。仕事こそ、最大の自己表現。自身の長年培ってきた技術を発揮するのに躊躇いなどありません。能力をフルに発揮します。でも、生活は見るのも聞くのもはじめて。女性の職場がとても狭く限られていて、身の回りのことをやってくれるメイドを雇おうとしても、基本、男性なんですね。
 でも、そのビジェーとの友情も芽生えます。

 日本にいなければ、うつ病はほとんど再発せず。これは不思議なことですね。想像はつきますけど。
 ところが、突然の病に倒れて無念の一時帰国。手術も不要なほど軽いものとわかったのに、復帰はできないことになってしまいました。このあたりは、中高年の再就職にとって、大きな問題を含んでいるようです。

 主人公はめげません。
 かつてのタイのコネを使って就職活動をはじめます。それも、現地に乗り込んでつぎつぎと面接をこなしていく行動力。
 そのおかげか、再び仕事に就けました。

 こうして主人公は家庭の事情でどうしても帰国しなければならなくなるギリギリまで、タイで日本の技術者としてのすべてを伝授し続けたのでした。

 いまの日本企業、そしてそこで働く人たちにとって、もはやグローバルがあたりまえ。技術の流出がどうこうなどと言っている場合ではないのだと、本書を読んでいて納得しました。
 また、インドもタイも、その成長力はとても高く、人々の学ぶ姿勢も優れています。ですから、日本から学ぶものは技術だけではなく、考え方などまでも含めて吸収し、応用し、これからの時代によりフィットするように改善していってしまうことでしょう。
 
 華々しい成功を収めた経営者の話などが多い昨今ですが、ごく普通の当たり前の技術者の、仕事と生き方についての物語はとても感銘を受けます。
 サラリーマンは会社の命令、上司の指示に従って仕事をしているだけではないのです。自分の経験をすべて活かして、生き抜くために手を尽くす。そんな生き方ができるのです。

跳ぶんだ! 昭和の技術屋サラリーマン_書影



 著者は、事情があって帰国し、仕事も辞めることになったわけですが、日本に戻ってからこれまでのことを本にしようと考えました。
 詳しくは「あとがき」にあります。当初は、出版社にあたって本にしてもらおうと考えたようですが、費用の点で断念。
 そのとき、“モチコミ”をネット検索で知ったとのことです。
 “モチコミ”なら、気軽に出版ができるとわかったものの、「きっと、価格なりの対応なのだろう」と思い、ご自身で何度も原稿を推敲していったそうです。

 たしかに、“モチコミ”は基本的には「完成原稿」が前提です。編集はあくまでも、テキストを印刷用のデータにする部分であるとか、表紙などについての作成が中心です。
 とはいえ、私は一読して、「これはおもしろいぞ」と思ったので、気づいた点については著者にフィードバックさせていただき、さらに修正をしていただきました。

 書き慣れていない場合によく生じるのは、セリフと地の文の関係性であるとか、「私」「彼」などを細かく多用してしまうとか、段落が多すぎる、または少なすぎるといった点が多いように思います。また「小説」とするからには、小説らしい表現が求められますし、箇条書きであるとかブログ記事的なものは、できるだけ全体の流れにマッチするようなトーンにまとめる必要があると思います。
 私はできるだけ、読者が読みやすく、誤解の少ない表現を提案しました。
 そして著者は、それを参考にして、本書を書き上げたのです。

 “モチコミ”では、著者と編集者は対等な関係です。著者は原稿と初版の印刷費用の一部を負担していただきます。編集者はフルサービスは難しいですが、できるだけいいものにしたいとアドバイスします。編集から頭ごなしに強要することはありません。できるだけ完成度を高めて、多くの読者に読んでいただけるようにと、時間をかけてつくりました。

 現在、渋谷・大盛堂書店2階の「聖地書店」にありますので、ぜひ、ご一読いただければと思います。

 なお、やや専門的な話ですが、今年に入ってから刊行した文庫のカバーはPP加工されています。
 “モチコミ”も聖地書店も、少しずつよりよいものへと改善中です。

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“モチコミ”はどなたでも、手軽に本を出せる仕組みです。現在、ミニ写真集と文庫を発行することができます。会員登録は無料。会員になれば、原稿について、出版について、さまざまな質問にお答えさせていただくことができます。
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