増田俊也の執筆生活|公式ブログ

小説家です。「シャトゥーン ヒグマの森」(宝島社)でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞。「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」(新潮社)で大宅賞&新潮ドキュメント賞。他著に青春小説「七帝柔道記」(角川書店)、ノンフィクション集『VTJ前夜の中井祐樹』(イースト・プレス)など。

「七帝柔道記Ⅲ〜湖に星の散るなり」(角川書店)が3月19日に出ました。僕が北海道大学を中退し、北海タイムス社へ入社するところから始まります。

そして後輩たちが七帝戦優勝へ向け、打倒京大を合言葉に猛練習を積んでいきます。「北海タイムス物語」(新潮社)ともリンクするところもありますので、ぜひそちらも読んでみてください。
七帝柔道記3/

続編『七帝柔道記Ⅱ』(角川書店)の見本が届きました。
左の『七帝柔道記』と厚さがほぼ同じ、イラストも一丸さんが描いてくださったものです。左では和泉唯信主将の後ろを歩く増田と竜澤ですが、右では4年目になって最後の七帝戦を前にする増田と竜澤になっています。『Ⅱ』の発売は2月25日です。

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850頭のニホンザルと人間たちの戦いを描いた動物パニック小説「モンキーハンティング」が文庫になりました。3月4日発売です。

単行本では「猿と人間」という題名でしたが、大幅に加筆して、「シャトゥーン」以上の恐怖を描きました。東京農大の研究者グループも動かしています。題名を変えたのは理由があります。理系にとって「モンキーハンティング」といえば、アレですよね。

モンキーハンティング

『七帝柔道記』(角川書店)の続編『七帝柔Ⅱ 立てる我が部ぞ力あり』の文庫化と、続々編『七帝柔道記Ⅲ 湖に星の散るなり』の単行本化が同時並行で進んでいます。
七帝3
予定は
■『七帝柔道記Ⅱ』の文庫が2月25日発売
■『七帝柔道記Ⅲ』の単行本が3月19日発売
です。

Amazon予約よりも、書店で予約したほうが早く手に入るそうです。

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七帝戦で七帝ルールという特別なルールで行われています。このルールでは立技で組み合わずに、いきなり寝技に引き込むことが許されています。

この動画は、1985年、僕が北海道大学入学前の年に行われた九州大学と京都大学の戦いです。九州大学は田中選手という超弩級選手。立技も寝技も強いので、京都大学の分け役橋口選手は、組み合わずに、タックルに行っては、いきなりカメになることを繰り返しました。そして田中選手のズボンの裾にしがみついて守ります。それが大問題となり、後にタックルガメと言う名前で、これは禁止されることになります。

しかし、勝負にこだわった京都大学のこの戦いは、いまだに伝説として残っています。

橋口選手の根性、素晴らしいと思います。


日刊ゲンダイで「名作マンガ白熱講義」という評論連載を始めました。といってもすでに数カ月になりますが、最初は「こんな短い記事で何が書けるのか」と思ってうだうだ書いていましたが、掲載されているものを読むと自分でも面白いんですね。

短い文章の訓練になっています。読者も多くてたくさんの感想をいただいています。

「名作マンガ白熱講義」連載のリンクはこちらです。


1977年の全日本柔道選手権。

東海大学2年、19歳の山下泰裕が決勝に進出し、強豪の遠藤純男と戦います。熱戦のすえ旗判定でこれをやぶり初の日本一につきました。史上最年少記録の更新でした。




京都のレティシア書房店長が警察ミステリ『警察官の心臓』(講談社)の書評を書いてくださいました。ありがとうございました。

私は刑事小説の大ファンで、かなり読んでいます。最近はテレビの2時間サスペンス的な、よくあるパターンのものが多くがっかりすることが多かったのです。が、とんでもない大作に出会い、大満足しました。それが増田俊也著「警察官の心臓」》

40度近い猛暑の中を這いずりまわり、ビールを飲み続ける刑事たちの行動には、スカッとするヒーロー的な刑事はいません。さらに、話はややこしい男と女の問題も絡んできて、もう地獄めぐりのような展開です。でも、そのリアル感たるや、まるで自分も捜査員の一人として現場を歩き回り、喉の渇きに唸り、夜の闇に沈んだ女の人生を追いかけるようです。おそらく映像化は不可能、小説だからできた世界です。》

▶書評はこちらのリンク

ミステリ評論家の杉江松恋さんが『警察官の心臓』(講談社)を自身のYouTubeチャンネルで紹介してくださいました。ありがとうございます。ぜひご覧になってください。作品の内容について詳しく語ってくださっています。



この作品の読みどころはひとつは細密描写だと思います。

警察の殺人捜査について細かく細かく描写しました。そして警察官たちの私生活と考え方、生き方なども描きました。

もうひとつのこの作品の読みどころは杉江さんが語ってくださっているとおり、後半の捜査の怒濤の展開です。刑事たちの執念が犯人を追い詰めるところが読みどころです。

ですが、最終的に警察が勝ったのか犯人が勝ったのかはわかりません。これは難しい事件でした。


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講談社から出たばかりのミステリ『警察官の心臓』(講談社)の書評が中日新聞に掲載されました。評者は書評家の大矢博子さんです。ありがとうございました。

《ねっとりした夏の熱い空気がまとわりついてくる。読みながらそんな錯覚に何度も陥った》

《おそるべき密度で描き込まれる警察の捜査手法》

《死体の身元は土屋鮎子。東大卒で、若い頃は大手テレビ局のアナウンサーだった女性だと判明する。しかし76歳の今は古いアパートで極貧生活を送っており、なんとその年齢にして現役の風俗嬢だったという》


中日新聞3


544ページある大長編ですが、警察小説好きの方、ミステリ好きの方はのめりこんで読めると思います。ぜひ。


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カクヨム分割連載の『七帝柔道記』(角川書店)続々編『七帝柔道記Ⅲ』は第15話まで進んでます。

増田青年は北海道大学を中退、北海タイムス社の記者に。そんななか九州で七帝戦が開かれ、ついに北大は10連覇中の京大を破りますが、決勝には九大の怪物甲斐が待っていました。

ぜひ読んでください。

週刊現代に『警察官の心臓』(講談社)の書評が掲載されました。評者はミステリ評論家の千街晶之さんです。

《捜査に携わる警察官の気分をその日常も込みで疑似体験できるという意味では、これほどリアルな小説もないのではないか》

《愛知県岡崎市で土屋鮎子という老女 の他殺死体が発見された。四十七所もの刺し傷がある残忍な犯行だ。県警本部捜査一課の警部補・湯口健次郎は、岡崎署の生活安全課保安二係長・蜘蛛手洋平 と組んで捜査にあたることになった。蜘蛛手は、たとえ相手が捜査一課長でも持論を曲げない型破りな人物である》

千街さん、ありがとうございました。

400字詰め原稿用紙換算1000枚の長編警察小説の濃密な世界をぜひ。秋の夜長ではないですが、春眠と春眠の波間(なみま)に読んでみてください。

警察官の心臓の書評


週刊現代の表紙


警察官の心臓

取材と執筆に10年かけていた長編ミステリ『警察官の心臓』がようやく出ました。講談社です。

主人公は愛知県警察本部捜査一課刑事の湯口健次郎。早稲田大学野球部出身の35歳です。相棒は岡崎警察署生活安全課の係長・蜘蛛手洋平。蜘蛛手は50代前半です。

事件は愛知県岡崎市の溜池で、76歳の女性の死体が発見されるところから始まります。その女性が76歳にして現役風俗嬢だったこと、東大卒の元女子アナウンサーだったことから、事件はマスコミの好餌となっていきます。

湯口健次郎と蜘蛛手洋平はときにぶつかりながら、やがて事件の真相に迫っていきます。

いつも「作品が長い」と言われる僕ですが、今回も原稿用紙換算1000枚、総頁数544頁の長さです。警察小説が好きな読者、ミステリが好きな読者には、たっぷりと楽しんでいただけると思います。

この作品は続編も出るシリーズとなります。

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日刊ゲンダイで漫画評論の連載を始めました。

「名作マンガ白熱講義」という連載です。

評論文は得意ですが、書いてみて、あまりに尺が短く苦労を重ねています。連載1回あたり1100字程度、つまり400字詰め原稿用紙換算で3枚ほどです。これでは情報量がほとんど入りません。削りに削ってエッセンスを入れています。

以下のリンク先からこれまでの連載がすべて読めます。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/columns/5246/889

いずれ書籍化します。

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かつて「本当の強さとは何か」という対談本で中井祐樹と対談しました。中井祐樹は御存知のように北海道大学柔道部時代に重なっている先輩後輩で、僕が4年生のときの1年生でした。

中井祐樹の護身術についての考えが非常に面白いのでここに紹介します。


【護身術と、護身的思考の社会的応用】

★本当の「護身術」とは何か
増田 格闘技雑誌でのいろんなインタビューをずっと読んできたけど、中井はあまり護身という話をしないよね。というより否定に近いことを言ってる。それには理由があるのかな。
中井 はい。護身に納得がいってないからですね。「これさえやれば護身になります」という説明方法に納得がいっていないからです。
増田 例えばナイフを持った相手との戦い方とか、拳銃の奪い方とか、実際にはそんな風に相手は動かないよ、と。
中井 自分はそこに納得がいっていないんですよ。「こうした方がいいよ」ということに納得がいっていないんです。だから護身に関しては、自分のやり方はありますけど、それを伝えたいとは思っていません、という感じですね。納得のいったものしか伝えたくはないので。「だったら走り込みをした方がいいよ」ってなってしまう。嘘はつけないですよね。他の道場には「一般の人や女の子とかをジムに誘うために『護身術やってます』と言っていた方がいいと思うよ。護身術を打ち出した方がいいよ」とアドバイスしてますが。ただ、僕はやっていない。そういうことですね。
増田 いま、夜中に暴漢に襲われたら、どう対応する?
中井 (苦笑)
増田 まあ、中井を襲うやつはいないだろうけど(笑)。
中井 襲われないですね。えへへへ。
増田 でもシミュレーションとして、中井の顔が知られてないとして襲われたら、やっぱり上手く逃げることを考えるよね。相手を怪我させたら後で大変なことになってしまうから。
中井 はい。どうやってかわして、逃げるか。危ない所にはいかない。
増田 じゃあ、一般人向けに護身を教えるとしたら、どう教える?
中井 護身には僕はいろいろ懐疑的なんです。すべてのシチュエーションを教えるには時間がかかるから。例えばナイフで襲われたらこうして、とあったとしましょう。でも、そのナイフの長さがあとこれぐらいあったらとか、持ち方が逆だったらとか、議論はいくらでもできちゃうわけですよね。それに対してのやり方に僕は意味を感じていないというか。
増田 合気道はどうだろう。女性の護身術として。
中井 それは……(笑)。
増田 疑問がある?
中井 はい。
増田 合気道はあちこちで「女性のための護身術教室」とかやってるよね。そのことで僕も親御さんたちから相談を受けたことが何度かある。「アメリカへ留学する娘がいるんだけど合気道を習わせないと心配なのでどこかに合気道教室はないでしょうか」と。合気道を一カ月やれば、アメリカ行っても安全だと本気で信じているのがちょっと……心配なんだよね。その本気度が凄く危険に見えて。きっと習う本人もその気になっちゃうんだろうと思う。初めての格闘技が合気道だと、小手返しで投げれるじゃんと。でも、柔道やブラジリアン柔術、あるいは相撲や空手やボクシング、そういったもので本気のリアルスパーをやってみると、そんな付け焼き刃の技術なんてパワーの前に粉砕されることがわかる。そのことに粉砕されてみないと気づかないのに、粉砕される経験がなかなか得られない合気道だけを数カ月やらせて「はい。これで護身はOK」みたいな考えが出るから、すごく危険なことだと思う。
中井 そうですね。
増田 合気道を否定してるわけじゃないよ。僕はむしろいま合気道を習いたいと思ってる。「戦わない」という思想こそ、実は至上のことだとこの歳になって気づいた。素晴らしい武道だと思う。そして合気道のトップの先生方は実戦でも滅茶苦茶強いのも知ってる。でもそういう先生方の血と汗を流して身に着けた何十年の技術と、護身で女性が数カ月習うのとは違うから。だから女性の護身を前面に出すのは危険では……と思うんだよね。
中井 そうですね。
増田 じゃあ合気道じゃなくて柔道や空手を女性が1年やったら護身に役立つかといったら、それもなかなかね……。ゼロではないよ。ゼロではないけど……。
中井 役立たないですね。
増田 護身として適度にやるという姿勢では役立たないね。柔道や空手、ボクシングでも3年か4年やれば、女性もパワーがついてきて役立つ場面が出てくると思う。やっぱり筋肉量、パワーっていうのもがあるていど必要なんだよ。
中井 そこを理解しないとっていうことですね。
増田 そう。柔道や空手やボクシングで競技トーナメントを戦って全日本クラスまでいけば軽量級の女性でも滅茶苦茶強いからもちろん役立つ。ぶん投げて寝技で仕留めるだろう。ただ、そういった選手でもパワーがついてくるというのが大きいんだよ。あるていど格闘技をやった人には10キロの体重差を引っ繰り返すのは難しいっていことがわかってくる。男女差は20キロから30キロあるから。アメリカ人男性だったらもっと差が出てくる。48キロの日本人女性がちょっと格闘技を囓ったからといって、アメリカ行って格闘技経験はないけどアメフトやバスケットをやっていたという100キロの男性が抱きついてきたときにそれを制することができるかというと……。
中井 はい。
増田 怖いよね。というより勝てないと思う。だから「護身に役立ちます」って安易に言うのはすごく危険なことだと思う。「護身」レベルで軽くやってたら本当の強さが身に付いてくるところまでいけないから。柏崎克彦先生(1981年マーストリヒト世界柔道選手権65キロ級金メダリスト。国際武道大学教授)もパワーの大切さを仰ってたけれども、柔道とか柔術は体全体のパワーが出来るので、技術以前にだよ、体全体、体幹のパワーが出来る、あるいは体力や胆力がついてコミュニケーション能力が高くなるということで、僕は合気道をやるなら柔道やブラジリアン柔術を3年ぐらいやって体が大きいやつとかパワーのある相手の怖さを知っていく、そして自分の弱さを知った方が、逃げれる可能性は高くなるんじゃないかなと思う。本気でアメリカで難から逃れようと思ったら拳銃を持つしかないんじゃないかな。

本当の強さとは何か
中井 祐樹 × 増田俊也
新潮社



中井 和良コウイチさんの『ロシアとサンボ』(晋遊舎)にも創始者の筋の考えの違いが出てくるシーンがありますよね。どっちがそっちだったか忘れちゃったんですけど、一人の方はスポーツが出来てからサンボ・護身をやった方がいいと。もう一人の方は護身をまとめるのがうまいから結局そいつが普及者になってしまったという話がでてきます。
増田 体力とか体の調整能力とか瞬発力とか立ち上がる速さとか、そっちがまずないと。それを楽しく基礎的なところをゲームのなかで練り上げるのが柔道でありグラップリングでありブラジリアン柔術じゃないかな。あと空手やボクシングもすごく実戦的。痛いから。向こうが興奮してたら痛みも効かないけど。パカーンと興奮する前に当てたらかなり相手は怯むよ。鼻とか折っちゃえば。
中井 ただ、それで怒らせたら……。
増田 そうなんだよ。人間て喧嘩になったら鼻が折れたり歯が折れたくらいでは、興奮していると痛くなくなっちゃうから。だから打撃格闘技だったらできるだけ早くKOしたほうがいい。組技格闘技だったら絞め落とすのが早い。
中井 理想の護身術があるのなら「僕は習いにいきたい」と、公式に言っています。ただ、それが何なのかはわかってないし、パラエストラみたいに気軽に入ってできるわけじゃないだろうから、だから僕はいまだに習いに行くことが出来ないでいますよね。空手も習いたいし、合気道も習いたい。だけど僕みたいな競技団体の長(日本ブラジリアン柔術連盟会長)であり道場・ジム団体の長(パラエストラ主宰)が他の所に入るというのは基本的に御法度だろうし。ある合気道系の先生には興味を持ってもらって「会いたい」というので会ってサインもした。僕もその流派には興味があるんですけど、入ったら全部やめないといけないんですよ。だから入れないんですよ。武道は一回どこかに入ったらそこに捧げないといけないものだから。だからパラエストラは武道じゃない、と。

★女性に一番適した護身術は
増田 リアルな問題として、やっぱり護身というのはあらゆる人間に必要だからね。
中井 はい。
増田 俺がいま夜にコンビニ行って、途中で10人の不良に中高年狩りにあったとする。「20年前なら相手してやるけど、俺もう体動かないから。準備するまでちょっと待て。体戻すから3年くらい待て」なんて言ってられないからね。
中井 そうですね。
増田 女性はもっと切実で、昔、同年代の女の子と論争になって途中から泣きながら言われたことがある。「増田さん、私は150センチ45キロの体で生きてきたの。夜道で男性とすれ違うときに、自分が150センチ45キロだったら、どれだけ怖いと思う?」って。ああそうなんだなと気づかされた。「夜道だけじゃない。会社でだって常に20センチ30センチ大きい男たちに囲まれて自分の意見を言っていかないといけない状況なのよ。女性にとっては普通に生きるだけで、常に荒くれ者の巨人の国にいる感覚なの。そんなこと考えたことある?」って。たしかに176センチの俺からしたら、20センチ大きいといったら196センチ、30センチ大きいといったら206センチ、そんな人間は滅多にいないわけだから、相撲部屋で関取ばかりの部屋、あるいはアントニオ猪木や坂口征次が選手だったころの新日本プロレスで毎日一緒に暮らしてるようなもんだよ。150センチ45キロっていったら男なら小学生の体格だ。つまり小学校時代に夜道を歩く怖さを常に想像してないと、女性の気持ちはわからない。リアルなサイズ差。だから、とくに女性は銃刀法にひっかからないように、あれを持ちましょうこれを持ちましょうって、持ち物を指定するのも護身術だよね。

中井祐樹とゴルドー


中井 はい。持つなら傘がいいですよ。
増田 小型サイレンとかね。
中井 短い傘があれば戦えますね。
増田 今日の夜そういった危急の場面に遭遇したらどうするかっていうのは切実な問題だからね。3年後のことだったら、今から「柔道やりなさい」「柔術やりなさい」「空手やりなさい」「杖道やりなさい」って言えばいいけど、明日起こるかもしれない危険にどう対処するか。そういったリアルな問題からくる需要もあるんだよね。48キロの女性が暴漢男に勝つまでの技術は需要はあるかな。
中井 う〜〜ん(と考え込み)。護身術もやろうかな。疑問は今でも感じているんですけど、僕なりに教えるやり方もあるかもしれないし。確かに考える余地はあるかもしれませんね。何事も吸収ですし、勉強ですし。考えてみる余地はありそうです。
増田 まあ護身という考えは社会と一番接点があるから、どうしても話題になっちゃうけど。ある意味で柔道と剣道以外のところはみんなそれを標榜しているところがあるよね。
中井 はい、そうですね。
増田 さっき中井がVTJ95で戦ったクレイグ・ピットマンの話が出てたけど、あれもね、サイズというのが大きかったから。サイズってすごく大切なんだよね、格闘技は。だから女性だから云々というのではなくて、女性の体格ではと言ったほうがいいかもしれない。
中井 そうですね。
増田 山内香先生でも言ってた。「体重48キロの私が、たとえ格闘技じゃなくとも他のスポーツで鍛えてる90キロや100キロあるアメリカ人男性を撃退する自信はない」って。48キロですもん。俺、柔道で傷めた古傷がたくさんあるからときどきマッサージに行くんだけど、自分でもちょっと勉強しようと思って母や妹の背中を揉んだことがある。そしたら筋肉や骨格があまりに小さくて驚いた。構造が違うんだよ、圧倒的に。男のスポーツ選手を揉むときに牛や馬のような筋肉を感じるとしたら、一般女性の背中、肩甲骨の大きさとか腱とか筋肉とか、それこそ鶏ガラぐらいにしか感じられない。それくらい違う。
中井 違いますね。
増田 だから「格闘技やったから大丈夫」みたいに、数カ月かじっただけの女性が幻想のような自信を持っちゃうほうが危ない。やるなら高校や大学の運動部のように毎日何年もかけて練習して筋肉サイズを男性並みにしないと。でもそこまでやりこんだ女性は逆に男性の運動能力の怖さ知ってるから、日常生活で危険をあえて避けるよね。
中井 あとまやかしだと思うのは、格闘技がその護身術といっても自分が武器を持つのではないということですよね。徒手には限界があるわけで、武器術を扱わないと武道ではないんですよ。これは僕の武道論に対する答えで、武器術が入らないものが武道であるわけがない。武道というのは武器があってのものだから。だから笑止千万なんですよ。もっと言ったら毒の盛り方とか、薬学的なものだって入るはずですよ。
増田 サラリーマンだったら『孫子』とか『呉子』とか、『五輪書』とかシーザーとかナポレオンとか、そういう方が護身術になるからね。昔の兵法書なんか、そういうものでしょ。小野田少尉とかの後方攪乱とか、中野学校と言うのはそういう組織だったからね。最終的には戦車部隊がぶつかる戦場の最前線ではなくて情報戦が勝ちを制すというのは、すでに第二次大戦のときは完全に理解されていた。だからこそナチスドイツも大日本帝国陸軍も、あるいは大英帝国もアメリカのペンタゴンも、情報戦に力を入れていた。
中井 はい。だから技術的なものだけを取り出して護身術ということに、僕は納得いかないんです。それで僕はそれを謳ってこなかったんですけど「護身術を教えます」とは最近はときどき言ってます。中井流でいいのであれば教えますよ、プライベートレッスンで。クラスとしてはやってない。ただ、質問で「この場合どうやって逃げたらいいですか?」と聞かれたら答えます。そういうのはOKだな。自分流ですけどね。


★体を鍛えておくのことの重要性
増田 先日、東京の蒲田で、仕事帰りのサラリーマンが行きずりの男に飛び蹴りをくらって頭蓋骨陥没骨折の重傷を負った事件があった。こういう事件が話題になると、とっさの時に暴漢の攻撃をさっとかわせたらいいなと、世間の人は思うだろうね。でも大切なのは護身「術」の前に、攻撃をかわす筋肉量、パワー、ステップの力、瞬発力なんだよ。だからラグビーでも野球でも充分護身術になると思う。
中井 そうなんです。そこなんです。体を鍛えておくことが大事。
増田 例えば僕でも常に大学4年時のコンディションにしておけば一般人のなかに入ったら強いよ、フィジカル、体力的には。一流柔道家や一流柔術家と比べたらもちろんたいしたことないよ。でも一般人相手なら、体力とパワーがあったから。体力そのものが護身になるから。
中井 ええ。
増田 日本の学校の部活動でのスポーツの問題点も指摘してしまったけど、本当のところ僕は部活動大好きなんだ。実は体力つけるには日本の部活スポーツはすごくいい。
中井 そのとおりだと思います。
増田 若いころ、北海タイムスという新聞社にいたときの話なんだけど、あそこは金がないから主催行事に若い社員も出してたんだよ。それで冬に「スノーフェスティバル」っていうのをやってた。山の上でねスキー場かなんかの、雪中団体戦みたいの。7人の団体戦でね。そこにタイムス労働組合青年婦人部7人で出てくれって言われて、俺と極真空手の黒帯の人と、レスリングで国体出てる人と、他に総務局と広告局の女の子2人、そして脳性麻痺の制作局の人、計7人。
中井 それはすごい混成メンバーですね(笑)。
増田 雪中運動会だからたいしたことないだろうと、のこのこ出かけていった。業務命令でね。朝7時に集められて。そしたら他のチームは北海道警特殊部隊とか、札幌市消防局レスキュー部隊、陸上自衛隊真駒内駐屯地レンジャー部隊とか、みんなカーキ色の服や迷彩服着てごついベルトしてごついブーツ履いて重装備で来てて。こっちはジーンズにダウンジャケットとかスカートはいてたりとか(笑)。
中井 はっはは(笑)。
増田 いろんな競技があって代表を一人ずつ出すのさ。それで雪山の頂上にある旗を走って登って取りに行く競技があって、その競技に俺が出た。それで山の上までトップで走り上がった。まだ柔道引退したばかりだったから俺が速くて一番に旗を取ったんだけど、その瞬間、周りからレンジャーや特殊部隊がヘッドスライディングしてきてその旗を横からガシッと持って、立ち上がるやみんなで殴り合いを始めた。「俺が取ったんだ!」って。それで俺は「俺が取ったんだけど」と心のなかでは思いながら「どうぞ。喧嘩で勝った人が持っててください」って一人で山から下りてきた(笑)。3人でいつまでも殴り合ってるから(笑)。
中井 災難でしたね(笑)。
増田 どうしてこんな話をしたかというと、日本の運動部でバリバリに鍛えている身体って、レンジャーや特殊部隊の人たちと変わらないんだよ。それくらい体力的には鍛え込んでる。

中井祐樹の完成品


中井 たしかにそうですね。
増田 だって毎日何時間も乱取りでガンガン戦う訓練して、ロープを腕だけで何往復も登って、腕立て伏せを何百回もやって、あんなの普通じゃないから。おそらく20歳前後くらいまでしかできない。だからバレーでもサッカーでも卓球でもなんでもいいんだけど、体力を維持するためのスポーツをすればいいんじゃないかな。今は学校を卒業しても、気楽に体を鍛えられる、体力を維持できる場所があるよね。せっかく中学や高校で鍛えた体力なんだから、それを何割かでも維持できれば、すごく健康的で護身にも役立つ。僕もこの歳になって柔術を初めて、本当によかったと思っているのはそこなんだ。自分より初心者っぽいサラリーマンとかやっていると、気楽に始められる。手軽な護身ではなくても、手軽な継続スポーツ。それを始めることが大事なのでは。
中井 練習できないときは歩けばいい、20分でいいから。僕はそう言います。何にもしないよりも、20分歩くだけでもいいよ、と。それでいいんだよと。四股とかスクワットとかプッシュアップとか、今日も何十回もやるのはシンドイな、思ったら1回でもいいよ、と。1回で、なるべくいつも続ける。やらなかった日がないようにすればいいんだよ、と。
増田 そうなんだよね。学生の頃の感覚でスクワットを毎日500回とか1000回とかそういった目標たてると面倒になって続けない。だから僕はいま寝る前にスクワットを5回とか10回やったりするけど、5回でもやるのは、20年後の70歳になった時にいまの20パーセントでも太腿の筋肉が残っていて、かくしゃくと歩けるお爺さんになれるかもしれない。少しずつでもやっていれば、何年後かにちゃんと差が出ると思うんだ。
中井 僕はそれは格闘技だと教えてますよ。
増田 学生の時は1年抜けるだけで再開できなくなっちゃうからね。負けるのが怖いから。でも50歳になった今、20代の子に真剣に勝とうとは思っていないわけで、相手も20パーセントくらいの力で相手してくれるから、僕も楽しんで柔術ができる。もし、いまどこかの大学柔道部に出稽古にいったらボコボコにされる。柔道の部活文化とブラジリアン柔術の町道場文化は、そこに違いがある。入りやすいんだよね、最初のハードルが。
中井 ライフワークとしてやってもらう。これが一番大事なんです。できる範囲のことでやるんです。
増田 そんなに無理はしなくてもよくて。足腰が割合しっかりしている70歳になれればいいなと。
中井 その考え方は物凄く大事なことだと思いますよ。
増田 でも、これは実は柔術ジムに行くようになってだんだんと身に着けていった考えなんだよね。最初は「若いころのように体を戻したい」って思ってたけど、それは無理なんだと。でもそれは動かしてみないとわからないから。いま俺は27年落ちの軽自動車に乗ってるんだけど、毎日乗ってないと故障箇所がわからない。バッテリーが弱ってるなとかサスペンションに異音がするとか、そういうことが動かさないとわからない。わかればそこをこつこつ直すことができる。50歳のスポーツってそういうものだと思う。僕は20代の大学時代の自分の1割くらいの体に戻ればそれでいいと思ってる。
中井 はい。
増田 エリオ・グレイシーだって90歳で20代の頃のように現役の人と戦えるわけじゃないからね。でも柔術を続けることによって颯爽とした90歳、かくしゃくとした90歳になれる。会議で息切れすることなく自信をもっていろいろなことが話せる。これでいい。衰えていく速度を遅らせる、これができるところがなかった。気楽にできて気楽に帰れる。途中で勝手に帰ってもいいし。もしそれを学校部活の柔道場でやったらブーイングだからね。


★勝敗だけで人生の全体は語れない
増田 そういえば、ある古武道の先生が格闘技関係者に「ブラジリアン柔術家には簡単に勝てる。あんなの弱い」みたいな滅茶苦茶な話をしたみたいなんだよ。その格闘技関係者があとで怒って僕に話してきた。「あんなふうに嘘を言うこと自体がありえない。リアル格闘技を利用しないでくれ。柔術家に失礼だ。許せない」と。
中井 まぁ、だから護身術と言うのは僕らの外にあるもの、と思っています。
増田 うん。
中井 そういった話を真剣にするのであればどこの国に住むべきかとか、そういう話になってしまうので。そういう話って面倒くさいでしょ。
増田 めんどくさい。格闘技経験がなくて机上の論だけで言われると疲れるんだよね。木村政彦先生の本を出してから、やたらと論戦を挑まれるんだけども、一番言われるのは「姿三四郎(西郷四郎)と木村政彦が戦ったらどちらが勝ちますか」みたいなこと。「牛島辰熊と横山作次郎だったらどうですか」とか。やたらと言われたんだけど、それは話になりませんと。膨大な数のトーナメントを勝ち上がっていくために磨かれた競技柔道と、鏡開きでやってた模範試合では話になりませんと。もちろん、西郷四郎先生も横山作次郎先生も強かったんだろうけど。でも何十万人もいる競技者のトーナメント、コンペティションを毎回勝ち上がるための練習をしていた牛島先生や木村先生と比べるのは……。もちろん僕は草創期の強豪の先生方にも同じように敬意を持ってる。でも木村先生や牛島先生、あるいは岡野功先生や山下泰裕先生といった後々のコンペティショントップ、トーナメントトップと比べたら、それは木村先生たちに失礼にあたる。
中井 増田さん、プロレス側からの反論も凄いの出たの知ってます?
増田 『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』の反論本のこと?
中井 はい。
増田 うん。読んだけど。でも俺、負けたって書いてるじゃん。いいでしょう、もうって思った。負けたって一番わかってるのは木村先生だと思うよ。木村先生はあの試合、たしかに負けたんだよ。酒も飲んでたし衰えもあるし、一瞬の打撃に対応できなかったし。別に負けたっていいじゃん。
中井 でもああやって書かれるとプロレスファンの逆鱗になるというか、あるスイッチを押しちゃうんですね。彼らはもう、それだけは言われたくないんですね。気持ちはわかるけど、現状のことを言っているんであってね。
増田 うん。ある時期、リアルな格闘技がプロレスのシステムに利用されたという歴史をあるていど説明して、その中で「プロレスも格闘技もどうでもいい。それより生きてることって素晴らしい。人生って素晴らしいですよ」って書いたのがあの本だから。僕のそういう意図を汲まずに、「そうじゃなくてプロレスのほうが強い」とか「柔道もブラジリアン柔術も弱い」とか言われると、格闘技を真剣にやってる人たちに、やっぱり申し訳ない。ほかにもいろいろあちこちで書かれたりしてるみたいだよ。真剣勝負でも木村は勝てないとか。
中井 はい。いろんなところでいろんな人が言ってますね。
増田 「あそこに、こんなふうに書かれてましたよ」とか教えられることがあるんだけど、でも俺はなんとも思わないんだよ。もう正直言ってどっちでもいいから。「そうかもね」とか、そんな感じ。「負けてもいいじゃん」て。俺、そんなレベルで書いてないから。俺も若いころ柔道で勝ち負けの世界にいたから、この歳になってあの本を書き上げた今、勝ち負けなんてどうでもよくなってる。正しいか間違っているか、それさえどうでもいい。そのときそのとき、人生なんていろいろあるよ。完全な人間なんていないし、パーフェクトゲームで人生を終えられる人なんて一人もいない。俺も若いころは悔やみきれないこともたくさんした。街中でのつまらない喧嘩に明け暮れたこともあったし、社会人になってからもおかしなことに巻き込まれたことも何度もある。そういったなかでも自分と向き合って生きてきたし、これからも生きていく。生きるってそういうことじゃないかな。とくに若者って間違いをおかすんだよ。失敗するし、勝ったり負けたりとか、そんな隘路に間違って入ってしまうことも多々ある。どこかで書いたけど、あのとき木村先生も力道山も30代の若者だった。でも俺はいま50歳だ。だから若者たちがいつまでも若いときの喧嘩で憎み合ってるのを「もういいだろう。俺がぜんぶ受け止めるから」っておさめる立場にあるんだよね。それがあの本なんだよ。
中井 読めばわかりますよね。
増田 論戦挑まれると、だから疲れちゃう。たとえば小説の世界でも僕、勝とうなんて思ってないんだよね。こつこつと自分が生きている間に書いていこうと。そして自分の死後も少しでも読者がこの作品で救われるような、そんなものを残していければなとか、そういう考え。いかに人を苦しみから救えるか。活字離れの時代に小説で食っていくのは大変だから一生懸命はやる。若い作家さんたちのためにも年寄りの僕たちがいろいろ切り拓くために頑張らなきゃいけないのでやれることはやるけど、でも勝ち負けではとらえていない。無益な勝ち負けのなかで時間を費やすには人生は短すぎるから。
中井 そうですね。
増田 もちろん今日この本で話しているような若者たち、現役のスポーツ選手ね、彼ら彼女らは勝利を目指して一生懸命日々を過ごしてほしい。そのための中井祐樹の言葉がたくさん詰まった本だから。でもスポーツ選手も現役を引退した後、その後も人生が続く。体が衰えていったあとの人生もある。
中井 そのとおりですね。
増田 だから中井は柔術や柔道、MMA、あらゆる格闘技をたんなるスポーツや武道としてはとらえてなくて、生き方や思索のツール、あるいは生き方そのものだととらえているんだよね。
中井 はい。まったくそのとおりです。
増田 ブラジリアン柔術の普及活動も、パラエストラの運営も、すべて生き方そのものなんだよね。というより中井祐樹イコール格闘技そのものなんだよ。中井は格闘技、格闘技は中井、それくらいの生き方だから。
中井 ありがとうございます。
増田 だからね。さっきの「力道山の方が強い」とか「真剣勝負でも木村は負けたはずだ」としつこく絡んでくる人に対すると、すごく失望するのよ。中井の存在そのものが「いろいろあるんだよ、人生なんて。でも頑張ろう」っていう気にさせてくれる。昭和29年のプロレスの勝ち負けがどうしたのってことさ。あの1試合で木村先生を語らないでほしいんだよ。人生ってもっと奥行きや深みがあるものだと思う。木村先生や力道山だけじゃなく、誰だって悔恨や原罪を抱えながら自分と向き合って生きていくものだよ。そこに人生の奥行きや深みのようなものが生まれるんだと思う。中井だってVTJ95で失明したことを「神様からのプレゼント」だってどこかで発言していたよね?
中井 はい。
増田 人生に無駄な事は何もない。中井の人生がそうだったように、俺の人生だってそう。若いころ薄給の北海タイムスにいたことも、後に体調を崩して倒れたことも、全部楽しい人生なんだよ。あらゆる人に同じように人生がある。木村先生も、晩年の雑誌で、「プロレスラーになって世界のいろいろな所へ行けたし良かった」って言ってたけど、あれも一面の本音だと思うんだよ。当時は海外なんて簡単に行けないんだから。そんな時代に欧州や北米、中南米にも行った。苦しいこともあったけど、でも、晩年「プロレスやってよかった」って。それも本音だよ。間違いなく。
中井 そうですね。
増田 なんだかんだ言っても、木村先生と力道山て気が合うと思うんだ。二人とも傑物だし理解されずにいたから、心通じるものがあるんじゃないかな。孤高の虎なんだよね、力道山も木村先生も。今頃、向こうでうまくやってると思うよ。牛島先生の奥様も103歳で大往生ですからね。ここ何年か相次いだね。木村先生の奥様も亡くなられたし……。
中井 昭和がだんだんと遠くなっていきますね。
増田 ほんとに時間の流れは速いね。


★人間的強さを身に付ける最適の方法
増田 今回のこの本は一般層にも届くと思うんだ。昔は元格闘家って怖くてヤバいイメージがあったけど、それを中井が払拭してくれた。パラエストラというフォーマットを作って、元格闘家たちに希望を与えてくれたと思う。明るいイメージを。
中井 ありがとうございます。
増田 その流れのなかで僕もいま、柔術を自分のペースでゆっくりだけど楽しませてもらっている。今回東北の地震と津波を見て思ったんだけど、ああいう危急の時に、50代っていったら指導的立場に立たないといけない。津波が来たといったら老人を背負い、子供を抱きかかえなければいけない。なんかあった時に、体力ありません、息あがりましたじゃ、ダメなんだよ。突出したものは必要ないよ。ただ、動ける体じゃないと。

中井祐樹 2


中井 そうそう。絶対に体力なんですよ。絶対、フィジカルなんですよ。
増田 辛い、までやる必要はない。「楽しい」と思ってやれるかどうかだよね。
中井 人間、基本は立技ですから、歩くだけでもいいんです。グラウンドは非常事態ですから。
増田 柔道もね、総合格闘技で使いづらいとか言われるけど腰とか足とかバランスとか、歳とってからの生涯全体をイメージして考えると、足腰強いというのは凄い財産だからね。バランス良くて倒れないとか。
中井 人間が寝てる時間は生涯で3分の1。だから寝技は3分の1でいいんですよ。もっと言うと立ってる時間と比べれば、まぁ半々くらい。立技と寝技って半々なんですよ。立ち技があって寝技が生きるし、寝技があって立技が生きる。だから立技と寝技って分けて考える必要もないくらい。
増田 中井はよくそれを言うよね。嘉納治五郎先生が仰ってたことと同じ。
中井 はい。僕自身「立技」「寝技」と言う言葉を何年も使ってませんからね。寝技と聞くと、寝てやるものだと思われてしまうので。上で寝かせる技は寝技なのか、立ちでも寝でもないと思うし。
増田 うんうん。
中井 ブラジリアン柔術に弱点があるとすればブラジリアン柔術のルールのことだけしか考えなくなること。昔から言ってるんですけど。ブラジリアン柔術のルールに則ったものが柔術だと9割の人が思い込んでいるんですよね。「あ〜、普及して失敗しちゃったな」と思いますね。すごく良かったけど洗脳しちゃったなと。ブラジリアン柔術しか考えられない人を作っちゃったなとは思ってます。それへのアンチはありますね。これからの図を描くときに、柔道も同時にやろうね、と言い続けないと。
増田 なるほど。面白いね。中井が言うと説得力が違う。
中井 寝技だけやってるんだけど腹筋と背筋のバランスを崩して腰を痛める人とか出てきちゃうんですよ。なんだかんだいっても、増田さんは立ち技をやってたから50歳の今もできているわけで。グラウンドしかやらなかった人だったらできないですから。それこそ地引網引いてましたとか、馬に乗ってましたとか、リヤカー引いてましたとか、そういう人でないと残れない可能性があるんですよ。だから僕途中から「寝技」って言わなくなったり「グラップリング」って言わなくなったり。そういう言葉の調整を微妙に、いっぱいやってるんですよね。
増田 へえ。なるほどね。
中井 物凄く下からのグランドがうまかった子が、腰痛めて何人も挫折していくのを見ているんですよ。その時に僕はすごく落ち込んで「こんな崩れ方するんだったらやらせなければよかった」と思って。腰が柔らかいけど、腰痛がすべり症になってしまって。
増田 あれはきついらしいからね。
中井 だから下のポジションになるのがどれだけ好きでも、教え方を常に考えていかないとダメなんですね。体育としてのジレンマというのかな。勝たせるための指導とは違うんでね。だから今やってる人たちが20年後どうなってしまうのか、それは心配ですね。だからやっぱり立技もやらないと。柔道もやってほしい。
——なるほど。ぐるりとまわって柔道に戻ってくると。
増田 20数年前にエリオを中心にグレイシーが言っていたことがだんだん含蓄のある言葉だったんだなというのがたくさんあるんですよ。生き残る、負けなければいいとか、時間無制限なら負けないとか。それ負け惜しみでしょと言ってた人もいたけど、
中井 95歳まで生きれるかって話ですよね。他の格闘家たちが。
増田 そう。健康ほど大切なものはないよ。
中井 そうですね。健康ほど大切なものはないです。
増田 格闘技界で30歳過ぎても凄いのを証明したのはヒクソンで、最初来たとき35歳で、柔道界なら引退してもう何年というレベルだよね。山下泰裕先生が28歳だから。それを見たときに驚いた。船木誠勝(プロレスラー。ヒクソンが戦った最後の相手)とやったとき、40歳だったもんね。その歳でも全然できるんだよ。やり方によっては。
中井 リアルにプロ格闘技やったのが、いま一番上で50代前半じゃないですか。これからランディ・クートゥアーとか、その辺の人達がどうなっていくかですよね。
増田 だんだん歳を取ると、あれが真実だったんだって発見があるよね。植芝盛平先生(合気道開祖)とか塩田剛三先生(植芝の高弟だった伝説の合気道家)が「戦わないのが合気道だ」って「なんだそりゃ?」って昔はバカにしてたけど、戦わないほど強いことはないし、相手を許すことほど強い者はいない。塩田先生は「自分を刺し殺しに来た相手と握手をすることが一番強い」。僕もそう思えるようになってきた。人を認める力っていうのが一番だよ。
中井 たしかにそうですね。それも武道なんですよ。肉体の動き、技術だけじゃなくて、心のあり方も武道なんです。
増田 ヒクソンと中井は同じあたりがする。においというか。ヒクソンも威圧しない。相手を。凄く柔らかい。近くで会っても強さを感じさせない。威圧しないんだよ。
中井 ありがとうございます。増田さんもすごく柔らかいと思います。すでに現役ではなく、戦ってもいない増田さんの「強さ」というのは「達観」からきているのでしょうか。
増田 作家だからね。なんかおかしなことに巻き込まれても観察者の眼も持ってるから相手を観察してると面白いし、小説のモチーフにしたらこの人面白いなと思って見てる。歳くって柔らかくなったし、体壊したりもしたし、弱者の視点をもともと持ってるし。逆説的だけど、衰えて弱く柔らかくなったから、強い時代より強くなれたと思うな。若いときは体も心も強くて堅くてパワフルだった。でも強すぎて脆かったんじゃないかな。
中井 正鵠を射る話ですね。
増田 最近は中高年も「キレる」というキーワードが多いね。些細なことでキレて、傷害事件や殺人事件に発展しまうこともある。一時の感情に任せてキレてしまうというか、日本人そのものがイライラしているというか、駅でのトラブル、車内暴力、こうしたことは心の弱さの裏返しだと思うな。
中井 まったくそのとおりですね。自分のあり方に自信がないからイライラしてしまう。
増田 牛島辰熊先生の遺品で絶筆に《忍》っていう書をいただいた。若い頃の墨痕豊かな書と違って晩年のものなので細くて震えてる字なんですが、でもこの《忍》の書には感銘を受けた。岩釣先生の最期の筆も《仲良く》だから。あんなごつい先生が《仲良く》と書いてる場面を想像しただけでも心が温かくなる。柔道界での争いとかいろいろあったんだろうけど、全日本チャンピオンになった人が書く言葉として本当に素晴らしいと思う。仲良くって柔術の思想だけど、もとをただせば柔道の思想だよね。
中井 そうですね。
増田 だからね。俺も50歳になって、いまいろいろ考えると、合気道という武道はきちんとその思想や運足を学んでいけば、すごく護身になる武道だと思うんだ。「戦わない」という思想ほどすごいものはない。だから俺はいま、すごく合気道を習いたいんだ。合気道の凄みが、この歳になってわかってきた。さっき言ってた「合気道を護身として女性に学ばせることの危険」という言葉と矛盾するように聞こえるかもしれないけど、本当のところ矛盾してないんだ。しっかり長く修行していけば、合気道は最高の武道のひとつだと思う。柔道や柔術、空手やボクシングといった格闘技とは方向性は違うよ。でも、若いときの方向が違っても、年齢がいって最終的に「戦わない」という同じ境地に行くんじゃないかな。
中井 はい。
増田 昔から武道ではよく言うよね。「鞘におさめて刀を抜かない。でも刀を磨いておけ」と。柔道でも剣道でも空手でも、僕らが若いころは先生たちはみんな同じことを仰ってた。当時は実感としてよくわからなかったけど、いまになると、柔道や空手っていうリアルな格闘技でも、鞘を抜かないために刀を磨くっていうことの意味がわかるようになってきた。稽古中に人の痛みを知って、相手を慮る訓練を積む。それが格闘技、武道なんだよね。


★強豪校の入り口に立てる七帝柔道
増田 いまあらためて七帝柔道の「白帯から始めて四年間で強くする」という思想は、すごく一般社会に寄り添った考えだと思う。寝技への引き込みが許されていて、高校時代にインターハイで上位進出した立技の強い相手にも、白帯から始めた部員が対抗できるっていう。努力が才能を封じ込めることができるというフォーマットが、七大学のフィジカルの弱い選手たちにはたまらないところがあるんだよね。白帯から始めた中井が2年生か3年生のとき七帝戦で京大のインターハイ3位の選手を簡単に抑え込んでしまったからね。それと15人の団体戦から芽生えるチームワーク。
中井 寝技っていうのは強くなるシステムを順を踏んで覚えることができますから、スポーツやってなかった人が引き分けたりという達成感がありますからね。あとはチームワークですね。
増田 『七帝柔道記』の読者の感想を読んで一番ジンときたのは体育会に所属したことがなくて、体育会の人間が嫌いだったという人の感想。中学高校大学と体育会には縁がなく、自分はそこに属する人たちの横暴ぶりが嫌だったと。廊下をユニフォームのまま泥だらけで歩いたり、授業中も平気で寝ていたりとか、そういうのが嫌だったと。でも、この本を読んで「着替える暇もないくらい疲れてたんだな」とか「こんなに練習してるんだからもっと寝させてあげればよかった」とか、そういうふうに思ったと。そして「いま改めて振り返ると、実は自分はあの人たちを嫌っていたんではなくて、あの人たちみたいに見返りのないものに一心に打ち込める学生生活を送りたいと憧れていたんじゃないか」と。
中井 ああ、それはジンときますね。
増田 スポーツ未経験者が大学に入ってからでも始められるのがあのシステムで、国士舘や天理大のようなトップ強豪校の柔道部のようにはいかないけれど、入口の所には立てるんだよね。
中井 そうなんです。未経験者が強豪の入り口のところにまでいけるのがすごいですよね。
増田 寝技の研究時間を割いてるからね。そういえば技研(技の研究会)なんかでは戦前の高専柔道時代のOBが「絞技を鍛えるにはこれをやるんだよ」って言って指を空手の抜き手のかたちにしてね、大きな木箱に砂をぎっしり詰めてそこに毎日何千回も突き刺して指先を鍛えてたって言ってた。裸絞め(チョーク)を人差し指と中指の二本でやってたらしいんだよ。手全体を首に入れるより、当然のことだけど二本だけ入れる方が入れやすいからと。ほんとかよと当時は思ったんだけど、後々、スリの人たち、電車の中とかで財布抜く泥棒ね、彼らも同じように練習してるって聞いて、あ、先輩たちと同じだと思った(笑)。
中井 へえ。スリの人たちもそうなんですか。指の関節を鍛えてるんですよね。
増田 そう。普通、二本指でがちっと裸絞めやると関節が外れたり折れたりする可能性がある。だから砂箱をガンガン突いて、指関節を強くしておく。
中井 スリの人たちもやってるっていうのが面白いですね(笑)。


★中井得意「文子絞め」を考案した意外な人物
中井 初めて話しますけど、僕は北大柔道部が休みの日は札幌市内の町道場を巡ってたんですよ。あと体育館の柔道とか。しらみつぶしに回ってたんです。それで色々と教わって。そのうちに、今も使ってるこれ(と言って二本の指を突き出す)、「文子絞め」っていうのを覚えた。文子さんて女性が使ったらしいんですよ、二本指で。
増田 女性って、町道場の?
中井 はい。これで絞めるんですよ。そんなわけねぇだろって、僕は。当時は一応、覚えたけどずっと使ってなくて。でも今、僕、ものすごく得意なんですよ(笑)。これが使えるシチュエーションがあるんですよ。ある一個だけなんですけど、これが出来る場面があるんです。
増田 文子さんてOLさん?

25■漫画■原田の描く中井祐樹


中井 いや、わからないんです。あれは89年か90年か、もう25年経ってるんですけど、そこを仕切ってる先生が教えてくれたんです。昔、文子さんという人が使ってたんだと。そういう町の変な技を収集しようと思って道場巡りをしてたんです。東さんがサマーファイトシリーズっていって、そういうのをやってたというので、そのパクリですよ。
増田 東孝先生?
中井 いえ、東英次郎さん(北大柔道部で増田の1期下、中井の2期上で副主将を務めた強豪選手。水産学部特設専攻科卒。現在はマルハニチロ勤務)。
増田 ああ、東英次郎のことね。
中井 はい。あの人はすごく勉強熱心で、夏休み中にサマーファイトシリーズだって言っていろいろな所回るんだって京都大学へ出稽古へ行ったりされたと聞いて。僕は内地に行く余裕がないので、札幌市内の道場を回ったんです。それでいろいろ教えてもらった中で今でも覚えているのがこの文子絞めです。その時は「ウソだろ」とか「使えるわけねえよ」と思ってたんですけど、今は得意技です。
増田 すごいな(笑)。
中井 はい(笑)。
増田 これってすごく、後世の格闘家のインスピレーションになるね。ただのOLさんが考案したものが、日本ブラジリアン柔術連盟のトップが使える技になってるっていうのが。
中井 だから、本当に生きている人には会えるうちに会っておかないとって思いますね。色々と話を聞いて、吸収できるものは何でも吸収したいですよ。その時はピンとこなくても、何年かたってから実用的に使えることがあるんですから。
増田 中井が個人戦の全国大会、当時正力杯っていって日本武道館でやってたけど、あれで全国ベスト16に入ったときの話を。大学3年ときかな。柔道始めて二年半かそこらで全国行っちゃったって当時話題になったんだけど。で、全国でも寝技で勝ち進んで。
中井 当時の僕、ほんとに柔道始めてまだ数年ですから、後々小室君(小室宏二、筑波大出身で国際強化選手だった強豪。寝技が得意でコムロックという独自の技で一時代を築いた。現在は東京都市大学附属中高教員)に真顔で聞かれました。「日本武道館でどうやって勝ったんですか?」って。必死だったんで全く記憶にないんですけど、たぶんタックルやってるんですよ。覚えてないですよ。1試合に1回だけなら許されるだろうと僕、計算していて。2回やったら怒られるんで。姿勢が悪いってんで。1回だけタックルやってるんですよ、たぶん。でカメにして返して横三角で27秒押さえたんだと。あのときは北海道予選が4分で、全国5分だったんですよ。あれがまずわかんないですよね。同じ時間にしろよって(笑)。
増田 予選を一日で終えたかったんじゃないの(笑)。
中井 でも予選と本選は同じ時間にしてほしいですよ。地方大会4分で全国5分て(笑)。最後の1分が地獄なんですよ。4分までは頑張れるけど、最後の1分間はもう、コインランドリーに入った洗濯物のようにひどい目に遭ってるんですけど、何とか勝った。じゃあ道内の大会ってどうやって勝ったのかって言われると、みんな、スコーンスコーンスコーンと抑え込んだのかな。その年優勝候補だったヤツが北海学園大のやつだったんですよ。それと僕は3回戦ぐらいで当たって、相当強いということで、僕最初に投技で有効とられたんですけど、関節技で勝ったんですよ。ギリギリで。そこで勝ったら行くだろうと言われていたんですけど、まさか身内にね。
増田 決勝で守村(守村敏文。増田の一期下で中井の二期上。当時獣医学部6年生としてまだ在籍していた。現在は滋賀医科大学分子神経科学研究センター研究員。獣医学博士)に背負いで投げられて負けたんだよね。あのとき北海道日刊スポーツの裏面トップででっかく出たもんな。《獣医学部6年、悲願の優勝》って。あいつは下級生の頃は脇が甘くて弱かったけど、強くなったらしいね。
中井 本当に強いですよ、筋骨隆々で。守村さんとまともな柔道やったら僕は負けると思ってました、最初から。だけど「試合になったら勝つよ」と思っていたけど、そうはいかなかったですね。あんときの僕は過信してました。
増田 国際ルールはね、立技得意のやつが有利にできてるから。でも柔道始めて一年か二年でそこまでいったのは中井の練習量と精神力がずば抜けてたからだろうね。
中井 でも、恥ずかしいですけど、大学のときは減量のやり方を知らなかったんですよ。
増田 中井、何キロくらいあったの?
中井 大してないです。75キロくらいだったんで、ないんですけど、あの当時、4キロっていったらデカいんですよ。今の選手が7、8キロとか10キロ落とすのは技術が上がってますけど、あの当時はなくて、まさに水飲まないとかやってたんですよ。そうしたら熱出ちゃいまして。三日くらい水飲まないでいると凄い熱が出て、これ無理だなって思って。でも何とか出たんですよ。結果的に2位なんですけど。僕はあのルール(国際柔道ルール)で勝てる人じゃないので、あのルールで勝てるんじゃないかと思っている時点で勘違いなんですけどね。
増田 あのルールはあのルールで、すごく面白いんだけどね。投技のすさまじい攻防があって。がんがん攻め合うから、やってる人間も見てる人間も面白い。それにとにかくフィジカルも精神も強くなる。化け物みたいな選手がたくさんいて。
中井 僕は北大の優勝大会(7人戦大学団体戦日本一を決める大会。当時は講道館ルール。現在は国際ルール)のレギュラーに最後までなってないんですよ(笑)。
増田 中井はあのルール向きじゃないよ。結局は立技の強い人間が有利になるように、寝技膠着の「待て」があるんだから。ノールールだったら中井が一番強い。ルールがね……違いすぎるから。




★文化遺産的な七帝ルールも遺すべき
中井 最近は『七帝柔道記』を読んで柔道部に入りたいといって北大柔道部に入ってくる新入生もいるみたいですね。
増田 今は高校の柔道部が軒並み潰れてるから部員が集まらなくて苦労してるんだけど、あれ読んで大学から始める学生が増えればいいかなと思う。これからもっと高校生が減ってくるんで色々な手をうたないと。高校では強豪校以外は部員が減っていって柔道部はなくなると思った方がいいな。
中井 このままいくいくと七帝もなくなりますよね。
増田 なくなる。もって10年だな。
中井 10年持つか、って感じがしますけどね。以外と早いですよね。
増田 動物学の視点から言うと、ある動物種が絶滅するときって「まだ大丈夫」と思ってたら、ある日突然スパッといなくなっちゃうんだ。北海道のシマフクロウは140羽いるからまだまだだろうと一般の人は考えると思うけど、実は3年後に絶滅してもおかしくない。シベリアトラは500頭前後のところで少し生息数が伸びかけているけど、これは国が全力をあげて数千人規模で学者や保護管を投入してるから。それくらいやらないと七帝柔道も、ある日突然、15人のメンバーが集まりませんとなって、そのまま終息してしまう可能性が高い。
中井 はい。
増田 15年くらい前に一度存続が危なくなったんだけど、中井や大賀君(大賀幹夫、九大OBのブラジリアン柔術家)の活躍で学生たちのモチベーションが上がってなんとか盛り返してきたけども、もう一回、本当の冬がやってくると思う。それに対応していかないと、今度の冬は本当に厳しいものになるんじゃないかな。もう進学校に柔道部がほとんどない状態だから。だからもっとたくさん白帯を入れて鍛えていかないと。いつか黒帯はほとんど入ってこない日がやってくるから。札幌だけみても進学校の東西南北(札幌東高・札幌西高・札幌南高・札幌北高の4進学校)の高校は全部柔道部なくなってるって聞いた。
中井 あの柔道部が……。
増田 うん。大変な状況になってる。日本の文化遺産なんだけどね。七帝だけじゃなくて学校柔道っていうのは日本の宝だと思う。柔道部っていう一つの学校スポーツ文化。先日全柔連の上の先生とお話したときにその先生が言われて「なるほど」と思ったんだけど、ある意味で柔道が五輪スポーツとしてメジャーになりすぎて、憧れの部分が素人になくなって、これから始めようっていう対象に若者の間でなりづらい部分があるのかもしれない。
中井 かえって中学や高校には無い種目の運動部ほうが人気がありますね。
増田 そうなんだよね。高校の運動部では滅多にないスポーツ種目、アメフトとかラクロスは国立大学でもかなり多くの部員がいる。でも、ああいった部が何もやらずに新入生を集めているかというと、そうでもなくて、すごく努力してるんだよね。京大や東大のアメフト部とかラクロスのHPを見ると、明らかにHP制作のプロの手が入ってる。入部を志望する高校生には家庭教師をして早くから唾をつけているし、卒業生の就職先までHPに並べて新入生にアピールしてる。他にも色々な戦略を練って、プロの手を入れて勧誘してるのがわかる。もう明らかにOBが勧誘に噛んでるんだね。お金もかかるし、仕事をしたことがない学生では思いつかないところまでやってる。本格的な道筋を作るのは学生だけでは無理な部分もあるからね。柔道の早慶戦でも、先日、《早稲田柔道》っていう新聞を頂いたんだけど、印刷所が報知スポーツになっていて驚いた。カラーの使い方やレイアウト、見出し、そういった作りも「プロ並み」じゃなくて、プロがやったとしか思えない。おそらく報知の整理部にOBがいて、コネクションもってレイアウトから印刷まで頼んだんだと思う。もちろんきちんと費用も払って数万部刷ったんじゃないかな。七帝柔道もそこまでやらないと、もう部員が集まらないと思う。昭和40頃の北大柔道部の先輩に聞くと毎年100人以上新入生が入ってきて邪魔だから辞めさせるために苦労したと言ってたけど、柔道が人気スポーツではなくなってきたいま、勧誘のやり方を変えていかないと。
中井 毎年100人も新入生が入ってきてたんですか……。
増田 うん。それくらい昔は柔道って人気があったんだよ。でもそこから10年たった昭和50年頃のOBに聞くと、毎年50人くらい入ってきてたと。昭和60年頃の僕の時代には毎年15人くらいと、どんどん減ってきて今の状況がある。
中井 人生修行に柔道を選ぶのって大事なんですよ。なんでかっていうと、苦しいんですけど、クリエイティビティがあるんですよ。七帝柔道は特に。弱いヤツが勝つ方法がある。そんな柔道部は他には無理ですよ。そこを伝えないといけないですね。
増田 一番古くて一番新しい武道が七帝柔道なんだよ。伝統や神秘性というイメージで売るだけではなく、新しい魅力もあるという売り込みも高校生にしていかないとだめかもしれないね。伝統があり、かつ新しい技術も毎年開発され、フランス遠征などで海外勢とも交流している。いろんないい部分を高校生に訴えていかないと。
中井 はい。そうですね。
増田 大学に入るときに思うことってみんな同じで、自分を変えたいってことなんだと思う。いろいろ天秤かける中で、落研とか演劇部とかと同じように、柔道が俎上にのぼってくるように手助けしてあげないと。大学からでも人生変えられる。中学高校と勉強ばかりしてきたけど、大学から物凄く強くなれる。だって目の前に中井祐樹っていう白帯から始めたモデルがいるんだから。白帯から始めるニュージェネレーションの学生がたくさんいれば、七帝柔道はもっと別方向に寝技が強く進化して、10年で消滅ではなくて逆に何十年何百年続く新しい武道たりえると思うから、ぜひ白帯から入部してほしい。
中井 そうですね。100年続く伝統文化ですから。
増田 そう。去年だか一昨年だか、ちょうど100年になって。国際ルールがどんどん変わっていってしまう今、こうやって100年も同じルールで戦われてるルールが柔道に存在するってこと自体が奇跡的なことなんだよね。
中井 そうですね。ぜひたくさんの高校生に興味を持ってほしいですね。白帯から大学で始めても強くなれるわけですから。


★塗り変わってきた格闘技地図
増田 さっき少し話が出たけど、早慶戦も国際ルールじゃなくて講道館ルールでやろうってなって、いま講道館ルールを世界で唯一行ってる試合になってる。だから柔道には、いちばんフリーに近いルールが七帝ルール、その次が講道館ルール、そして国際ルールと三段階のルールがある。あるけど、七帝戦は七校だけ、早慶戦は二校だけ、だからこそ、この2つの対抗戦は文化遺産として遺してほしいですね。
中井 というより遺さなきゃだめでしょう。いろんなものを思想的にも技術的にも包括するのが講道館柔道なんですから。自由な発想をね。
増田 そうだね。自由な発想をね。
中井 七帝出身者はああいった自由なルールでやってるからだと思いますが、自由な発想が得意ですよね。とくに北大はそういう人が多い気がします。
増田 北大柔道部なんて本当に自由だからね。中井が中退して格闘家になって、俺も中退して新聞社に入って作家でしょう。佐々木(洋一)コーチは大工で、ほかにも東大海洋研究所に就職したのに辞めて漁師になってる後輩とかいるし、木こりとか農家になってる後輩もいるからね。
中井 ボーイズ・ビー・アンビシャスの精神が脈々と。
増田 北大は札幌農学校時代から自由なんだよ。あまり歴史を知らない人が「北大なんてレベル低い」なんて言ってきて辟易とすることがあるけど、レベルなんてどうでもいいじゃん。そんな中学や高校での数年間の受験勉強のお話なんて。そういうレベル云々じゃなくて、札幌農学校ができた出自時代から、あえて東大を選ばず札幌農学校を選んだ学生がたくさんいたんだよね。新渡戸稲造もそうだし、内村鑑三もそう。そのあと戦前の一時期、東北帝国大学農科大学になって東北帝大の分校みたいになったから、それについても「帝大として歴史が浅い」とか食い付いてくる人もいるけど、古い学校の方が偉いなら、小学校は寺子屋から始まって、もっともっと古いんだから(笑)。
中井 たしかに(笑)。
増田 札幌農学校は西洋からの血を引いてるから、日本で初めて学士号を授与する学校だったらしいからね。東京帝大や京都帝大より早くから。ただエリート養成機関には最初からなるつもりもなかったし、いまの学生たちもそういうレールに乗るのが嫌で来てる青年が多いでしょう。もともと農業や漁業の指導者を育てる学校なんだよ。入学時点からまったく違う人生観で歩んでる人が多い。
中井 とくに内地から来た人はそういう人が多いですね。89年の北大生協の光景が目に浮かびますね。僕も本ばっかり読んでた。今なんていうか、凄くチャラくないですか、本が。チャラくてマニュアル本ばっかりじゃないですか。なんかつまらないな。みすず書房の本に走ったりするんですけど。
増田 本が増えすぎてるしね。
中井 僕の柔術の教え子が作家なんですよ。8冊か9冊書いてるんだけど、練習きてますよ。その合間に書いて医者で、凄いなと思いますね。武道とインテリジェンスって相性がいい気がします。武道と活字とか。
増田 講談社って剣道と関わりが深いって知ってる? 創業者が野間清治先生という東大剣道部出身の方で、屋敷内に野間道場っていう剣道場を作って有名な剣道家をたくさん育てられた。昔は講談社の社員全員に剣道を奨励していたそうだよ。
中井 野間さん……ああ、はいはい。そうですか。凄いですね。やっぱり武道家って言葉を遺そうとするんですよね。僕もこつこつやっていきたいと思ってます。これからは。
増田 残るのは活字だからね。だから中井にはどんどん残していってほしい。
中井 プロレスの流れがあり、高専柔道の流れがあり、グレイシーの流れあり、でも表現する方法がなかったので、どうしたらいいのかなと思っていたんですよね。僕は全員を強くしたい。ただ、何カ月で強くするとか、そういうことは言わないです。でも強くなる奴は1か月で強くなる。僕、ブラジルに97年に行ったじゃないですか。フラッと町道場行って、一応、コーディネーターはいたんですけど。行ったら、全員、強いんですよ。この国はどうしたんだろうって。
増田 97年っていったら初めての海外武者修行のとき?
中井 はい。腹の出たオッサンが「来週の世界選手権、出るのか?」って聞いてきてびっくりして。「でるわけないでしょ。俺は好きでやってるんだから」って(笑)。でも、そのオッサンにボッコボコにされたんですよ。当時は減量してたんで、ウエートは落ちてましたけど、それを差っ引いても、コテンパンにやられた。あ、これが柔術の本質なんだと思ったんです。野村忠宏は2010年くらいにリオに行ってますよね。世界選手権の前に。あのときに柔術の練習をやったと誰かが書いてたんですけど、あのとき僕も人伝に仲立ちするから何かあったら言ってとは言っていたんですけど、「すげぇーな」と思って。これから日本はこうならないといけないなと。リオに行けば分かるよと、世界のレベルがどれくらいか。だから、どんどん行くべきですよね。
増田 変わってきてるんだよね、今、格闘技の世界地図が。
中井 極真の世界大会を観に行くと、ほとんどロシア人。物凄く見に来てますよ。あのケンカっぽいやり方がいいんですかね。あの民族は柔道とか空手とかサンボとか、関係なく何でもやってますね。
増田 あれだけ長く共産主義が続いて、そのあとソ連が潰れてしまっても何もなかったかのように生活してるんだから強いよ。精神的にも肉体的にも。
中井 そうですね。例えば、ロシアでマットと畳が分かれてるとするじゃないですか、こっちで空手の練習していると思ったら、こっちにきて柔道の練習してる。区別していないですよね。彼らには一緒なんです。日本もそうならないといけないですね。でも30年から40年はかかるでしょうね。そうしたら本当の強さが見えてくると思うんです。
増田 やっぱり日本の格闘技の総本山、講道館にいろいろ音頭をとってほしいな。でも動いていくと思うな。嘉納治五郎先生だって空手を受け入れたんだから。プロに一度は行った吉田秀彦が戻れたり瀧本誠が戻れたり、柔道界も変わりつつあるので。
中井 はい。そうですね。
増田 俺が望むのは中井に新講道館護身術を教えて欲しいっていうこと。俺自身がそれをすごく習いたいから。柔道家のフィジカルとかステップを生かした打撃の捌き方とかその程度でいいんだ。50歳だから遊び程度でいい。距離はどうしたらとか、この距離になったら当たりませんよとか。知らないから、柔道家は。ボクサーのパンチをウェービングでかっこよくよけるなんて考えてない。MMAのプロ選手をタックルで倒すとか、そんなこともできないし、望んでない。でも護身の場面で素人のパンチが当たらない間合いを教えてほしい。そしてタックルで捕まえる。その程度の簡単な護身術を教えて欲しい。くっついたらまだまだ腰に力残ってるから、相手が素人なら投げれるし寝技にいけるから。大学までやっててサラリーマンになった柔道家は、みんな思ってるんじゃないかな。
中井 そうですね。いつかやってみたいですね。

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12月25日発売の「野性時代」(角川書店)で、「七帝柔道記Ⅲ」の連載がスタートします。続編の続編、つまり続々編です。


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副題に「友たれ永く友たれ」と付いていますが、これは北海道大学の校歌「永遠の幸」の最後のフレーズです。

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最後のフレーズなのですが、最初に応援団などのリーダーが大声で読み上げるのが「友たれ永く友たれ」というフレーズなんです。作詞は有島武郎君です(後に作家になります)。

永遠の幸 朽ちざる誉
つねに我等がうへにあれ
よるひる育て あけくれ教へ
人となしし我庭に

イザイザイザ うちつれて 進むは今ぞ
 豊平の川 尽きせぬながれ 友たれ永く友たれ

(※は繰り返し)



同志社大学のOBOGの方、なにか感じませんか? 歌詞は違いますが曲は同じなんです。


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中日新聞の2024年5月18日付紙面にエッセイを寄稿しました。

文化面の「心のしおり」というコーナーです。かつて僕が北大に在学した頃、北大教養部の女子学生が水産学部に進学しようとすると老教授たちが必死に止めました。その理由は……いまでは考えられない怖ろしい理由でした(笑)。読んでみてください。

中日新聞_増田俊也_掲載_エッセイ

4月の話になってしまいますが、中日新聞の4月18日付夕刊にインタビューが掲載されました。『七帝柔道記Ⅱ』(角川書店)についてのものです。クリックして大きくすると文字が読めるかと思います。

この小説自体が私小説であり、主人公も含めたくさんの人が本名で出てきます。その理由についても述べています。

僕らのようにスポーツ推薦のない大学で、このような厳しい運動部の練習は正直いってオーバーワークでした。もっと練習量を減らして合理的にやれば勝つことができたかもしれません。でも理不尽な体験からしか得られないものもたくさんあります。弱者の心を慮れるようになったのもそのひとつです。

15人vs15人という大人数の団体戦による抜き勝負。寝技への引き込みOK。膠着の「待て」なし。一本勝ちのみ。場外無しといった、戦前のルールで戦われるからこそ生まれるドラマが旧帝大柔道部(北大・東北大・東大・名大・京大・阪大・九大)が戦う七帝戦にはあります。

大学から柔道をはじめて最強になるということもよくあります。中学生の皆さん、高校生の皆さん、ぜひ大学から柔道を始めてください。素晴らしい体験ができます。

近く角川書店の「小説野性時代」で続編『七帝柔道記Ⅲ』の連載も始まります。

中日新聞_夕刊_増田俊也_インタビュー

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今日、米がないのでスーパーへ行ったらひとつもない。店員に聞いたら売り切れだと言う。なるほど。地震の備えか。南海トラフの。

ネットで探しても「10月着です」と1カ月半先に届くことを言ってくる。仕方ないので今日またスーパーへ行って2合入りの小さな米をたくさん購入してきた。これもしかしそのうち無くなるだろうなという勢いで売れているそうです。店員の言。

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パンでも買うかと思いましたがパンは腐る。小麦粉で買えばいいんでしょうが焼いたことがない。つくづく米の備蓄性の高さを思いました。

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北海道大学での青春をモチーフにした自伝的小説『七帝柔道記』(角川書店)の続編『七帝柔道記Ⅱ』について、新聞や雑誌など多くのメディアからインタビューを受けましたので、ひとつずつ紹介します。

今回はスポーツ報知です。

このリンク先から記事が読めます。かなり長いインタビューで、今後の「Ⅲ」「Ⅳ」の内容にまで言及しました。

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今回の「Ⅱ」で僕たちの代が引退し、一期下の城戸勉の代に代わります。僕は大学を中退して北海タイムス社へ入り、物書きとしての第一歩を踏みながら、後輩たちを見ていきます。同期では竜澤宏昌君が水資源開発機構へ就職、工藤飛雄馬君が東北大学農学部の大学院へ進学、宮澤守君が北大工学部大学院へ進学、松井隆君は薬学部で留年中です。

年が明け1990年、七帝戦は地元の札幌開催となりました。会場は格闘技の聖地・中島体育センターです。ここで準決勝で京都大学と当たりますが。。。

翌年は西岡君が主将となってチームを率います。七帝戦は福岡。ここで怪物甲斐泰輔選手を擁する九州大学と激突します。

さらに翌々年。吉田主将(中井祐樹は副主将)が大阪において悲願の優勝旗を獲りにいきます。

北大だけではなく各大学に好漢がそろい、毎年、ひりつくような緊張のある七帝戦が開催されます。その戦いをぜひ「Ⅲ」で皆さんに読んでいただければと思います。

そして「七帝柔道記Ⅳ」は引退した4年目の中井祐樹がプロシューティング(現在のプロ修斗)へ進み、VTJ1995を戦います。

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『七帝柔道記Ⅱ 立てる我が部ぞ力あり』(角川書店)の書評が日刊ゲンダイに出ました。

七帝2

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以下が審判規定、いわゆる七帝ルールです。高専柔道のルールを踏襲しています。


     七大学柔道大会試合審判規定

前  文
 七大学柔道大会は昭和二十七年に始められた。七大学柔道大会の母体とも云うべきものは、第2次大戦以前から高専柔道大会という形態で行われていた。現在国立七大学は、北海道大学・東北大学・東北大学・名古屋大学・京都大学・大阪大学・九州大学で構成されている。輝かしい伝統を持ち、環境のよく似た大学に在学する七大学柔道部員が一年間研究に研究を重ね鍛えに鍛えた技と力をお互いにぶつけあうために本大会は毎年一回開催される。本大会を通じて、お互いの切磋琢磨によって、日本の学生柔道を牽引していくような立派な七大学柔道を作り上げていかなければならない。柔道を学ぶなかで絶えず心身練磨、自己修養を心掛けることはとりもなおさず七大学柔道の発展に寄与することである。柔道は立技と寝技を同等に修得して初めて完成されるものである。この意味で七大学柔道は、寝技の実力向上を大きな目標としている。本大会において、第3回大会以来「引き込み」を認めているのはこのためである。また、試合の進行を円滑にし、実力を充分に発揮させるために、場内外の規定を弾力的に運用する。各合試者は本大会の趣旨をよく理解して正々堂々と試合することを心掛けねばならない。(以上の前文は、昭和48年に制定されたもの)
 試合規定                        
第1条 各大学より1チームを出し、1チームの選手は20名とする。選手は各大学学部に在籍する学生とする。
第2条 試合の組合せ及び順序は、大会の前日に開かれる主将・審判会議の席上抽選をもって定める。但しその年の主管大学は第7番簸を当てるものとする。
第3条 試合者は選手の中から各試合ごとに15名選ばれる。残りの5名は補欠とする。試合者の出場は各試合ごとに随意する。
第4条 試合場は原則として5間4方(50畳)とし、外周にできるだけ広い余地をとることとする。
第5条 試合は、試合場内で行うものとする。ただし、試合者の双方または一方が故意ではなく場外に出た場合には、できるだけ試合の進行を中断しないという配慮から、審判員の判断により試合を継続させる。
第6条 試合は勝ち抜き試合とする。勝負は「一本」「技有2回」を一方が取ったとき、あるいは第21条、第24条〜第27条の規定によって決定される。勝者は次の出場順の試合者と対戦する。上記以外の場合は「引き分け」とし、両試合者は退場し、次の出場順の試合者が対戦する。
第7条 大将戦で試合の勝敗が決しないときは、両チームは試合者の中から代表者を随意に選び代表戦を行う。3回の代表戦でも勝敗が決しない場合は抽選にて決定する。ただし、決勝戦は勝敗が決するまで代表戦を続ける。同一選手が2度以上代表者となることはこれを妨げない。
第8条 試合時間は6分間とする。ただし大将ならびに副将の試合時間は8分間とする。代表戦の試合時間は6分間とする。なお、試合が中断された時間は上記の試合時間から除外される。
第9条 各大学チームは、部長、師範、監督、コーチあるいは卒業生の中から審判員として、少なくとも主審1名、副審2名を指名し、登録する。審判員は本規定に精通し、七大学柔道を指導できる者とする。
第10条 各試合の審判員は原則として主審1名、副審2名で構成される。主審は師範またはそれに準ずる者が行うものとする。各試合の審判員は、対戦する両チーム以外のチームから指名された審判員がつとめる。各試合の主審および副審が、同一チームの指名による審判員で占められることは原則として避ける。
第11条 試合者は、試合場の中央で2間の距離をおいて向かいあって立ち、互いに立礼を行い、一歩前に進み出て審判員の「始め」の宣告により、試合を始める。
第12条 試合者は、試合が終わったとき、開始時の位置に戻り、向かいあって立ち、審判員の指示あるいは宣告の後、一歩後ろにさがって、互いに立礼を行う。
第13条 対戦する両チームは、時計係を各1名指名する。指名された時計係は、試合時間、「抑え込み」時間及び停止時間(「待て」、「そのまま」)を測るとともに、試合時間の終了及び「抑え込み」の終了時間を鈴等によって審判員に知らせる。また、抑え込み「解けた」までの「抑え込み」時間は、その都度、適当な方法によってこれを審判員に知らせる。
第14条 試合は柔道衣を着用し、紅または白の紐を各々その帯の上に締める。柔道衣は下記の条件に合ったものでなければならない。
1.上衣の身丈は帯を締めたとき腎部を覆う程度とする。
2.袖は緩やかで、前腕最大囲のところで、袖口との空きが少なくとも5センチ以上あり、長さは前腕の半ばをやや越える程度以上とする。
3.下穿は絶やかで、下腿最大囲のところで、裾口との空きが少なくとも7センチ以上あり、長さは下腿の半ばをやや越える程度以上とする。
4.帯は上衣のはだけるのを防ぐため適度の締め方で結び、その結び目から15センチ以上の余裕ある長さであること。
第15条 試合者は爪を短く切り、また相手に危険を及ぼすものは、一切身につけてはならない。

審判規定
第16条 審判員の決定に対する抗議は、これを認めない。
第17条 主審は場内にあって試合の進行ならびに勝負の判定を司る。副審は、主審を補佐する。副審2名は場外の勝負の見やすい相隔たった場所にそれぞれ位置する。副審は、主審の判定に対して異なる意見があれば、速やかに主審に申し出なければならない。合議の上、主審は副審の意見を採用して判定を変更することができる。
第18条 「引き込み」はこれを認める。
第19条 主審は、試合者の施した投げ技または固め技を「一本」と認めたとき、「一本」と宣告して片手を上方に高く挙げたのち、「それまで」と宣告してその試合を止めさせ、双方を試合開始時の位置に戻らせたのち、手を挙げて勝者を指示して勝ちを宣告する。
第20条 主審は、試合者が、「技有り」をとったと認めたとき、「技有り」と宣告し、掌を下にして片手を側方肩の高さに挙げる。同一人が「技有り」を再びとったときは、「技有り」と宣告して片手を側方肩の高さに挙げたのち、「合せて一本」と宣告して片手を上方に高く挙げる。「それまで」と宣告して試合開始時の位置に戻らせたのち、手を挙げて勝者を指示して勝ちを宣告する。
第21条 主審は、試合者の一方が「技有り」をとったのち、他方が反則行為を行い「警告」を受けたとき、または試合者の一方が反則行為を行い「警告」を受けたのち、他方が「技有り」をとったときは、「総合勝ち、一本」「それまで」と宣告してその試合を止めさせ、双方を試合開始時の位置に戻らせたのち、手を挙げて勝者を指示して勝ちを宣告する。
第22条 主審は、勝負が決しないまま試合時間切れの場合は「それまで」と宣告してその試合を止めさせ、試合者双方を試合開始時の位置に戻らせたのち、手を上方から前方に下ろして「引き分け」と宣告する。
第23条 主審は、次の場合には「まて」と宣告して、試合を一時止めさせる。再び始めるときは、両試合者を試合開始時の位置に戻らせたのち、「始め」と宣告する。
1.試合者が場外に出て、試合の継続が不可能と判断されるとき。
2.試合者が反則行為を行ったとき。
3.試合者が負傷したり、発病したとき。
4.試合者の服装が乱れたとき。
5.試合者の一方が背後から搦みつき、相手が立ち上った場合、搦みついた試合者の両足が畳から離れたとき。及び下から三角固を施した場合、相手が立ち上ることにより、三角固を施した試合者の肩が畳から離れて頸椎に損傷を受けることが予想されるとき。
6.試合者の一方が立ち姿勢になり、下から技を施したり、引き込もうとする相手の体を引き上げて体が畳から離れたとき。
7.試合者の一方がうつ伏せて亀状の形をとり、両者が攻める意志がない場合または両者が離れたとき。
8.試合者の一方が「引き込み」を施したにもかかわらず、手や足がはずれて両試合者の体が離れた場合、「引き込み」を施された試合者が攻める意志がないとき。
9.その他、主審が必要と認めたとき。なお、主審が「まて」と宣告する以前に施した技は、試合者が場外にあっても判定の対象とする。
第24条 主審は、試合者が第26条に該当する反則行為を行ったとき、その行為の程度により、「注意」「警告」及び「反則負け」を判定し、その試合者に宣告する。なお、反則行為の判定は審判員の合議による。
第25条 反則行為の判定は次の基準により行い、処置する。なお反則に近い行為があった場合には適宜「指導」を行う。
1.「注意」。軽度の反則行為に対して「注意」を判定する。主審は「注意」の宣告を行う場合、試合を一時中止させ、両試合者を試合開始時の位置に戻らせたのち、両者を立たせたままで「注意」の宣告を与える。
2.「警告」。かなり重度の反則行為に対して「警告」と判定する。また「注意」に相当する反則行為を再び行ったときも「警告」と判定する。主審は「警告」の宣告を行う場合、試合を一時中止させ、両試合者を試合開始時の位置に戻させ、両者を正座させたのち、「警告」の宣告を与える。「警告」は「技有り」を相手にとられたものと同等にみなす。
3.「反則負け」。重度の反則行為に対して「反則負け」と判定する。「注意」を与えられた者がさらに「警告」を受ける反則行為を行ったとき、また「警告」を受けたのち、「注意」または「警告」に相当する反則行為を再び行ったときも「反則負け」と判定する。主審は「反則負け」の宣告を行う場合、試合を止めさせて、両試合者を試合開始時の位置に戻させ、両者を正座させたのち、「反則負け」の試合者を手で示しながら「反則負け」を宣告する。「反則負け」は「一本」を相手にとられたものと同等にみなす。なお、「反則負け」により勝負が決められたとき、勝者が負傷しており試合継続不可能であると審判員が判定したときは、その勝者のチームは代理として1名の試合者を補欠者より選び、出場させることができる。
第26条 下記の各項に該当する行為を反則行為とし、各反則行為に対する罰則を次のように定める。
下記の第1項〜第4項の反則行為に対しては「反則負け」と判定する。
1.柔道精神に反する暴力的行為を行うこと。
2.河津掛で投げること。
3.肘関節以外の関節を故意にとること。
4.主審が「まて」と宣告したのちに関節技を施すこと。
下記の第5項〜第9項の反則行為に対しては「警告」または「反則負け」と判定    する。
5.試合者が相手の体に危害を及ぼすような行為を行うこと。
6.柔道精神に反する言葉を発すること。
7.払い腰や内股などを掛けられたとき、相手の支えている脚を内側から刈りまたは払うこと。
8.相手および自己の頸部および脊柱に傷害を及ぼすような動作をすること。
9.試合者の一方が背後から搦みついたとき、これを制しながら、故意に同体となって後方に倒れること。
下記の第10項〜第24項の反則行為に対しては「注意」または「警告」と判定する。
10.故意に場外に出ること。
11.立った姿戦から腋固めを施す場合、一挙に体を捨ててとること。
12、故意に相手を場外に押し出すこと。
13.相手と組もうとしないこと。
14.主審が「まて」と宣告したのちに関節技以外の技を施すこと。
15.主審の指示に従わないこと。
16.胴部、頸部または頭部を直接両脚で挟んで絞めること。
17.背を畳についている相手を引き上げ、また抱き上げたのち、故意に相手を突き落すこと。
18.立ったまま柔道衣や帯を持った相手の手を膝や脚または足で蹴り離すこと。
19.立ったままで、試合者が互いの手の指を組み合わす姿勢を続けること。
20.故意に服装を乱すこと。また審判員の許可を得ないで勝手に帯等を締め直すこと。
21.帯の端や上衣の裾を相手の手に一周以上巻きつけること。
22.相手の顔面に直接手や足をかけること。
23.固め技のとき、故意に相手の帯や襟に直接足をかけること。また相手の指を逆にして引き離すこと。
第27条 相手の反則行為によらないで、試合者が負傷したり発病したとき、試合を継続するか中止するかは、審判員および負傷または発病した試合者の所属するチームとの協議によって決定する。中止を決定した場合には負傷または発病した試合者に「痛み負け」と主審は宣告し、その試合者は退く。相手の試合者は残って、次の出場順の試合者と対戦する。
第28条 「一本」の判定は下記の各項によって行う。
1.投げ技
(1)技を掛けるか、相手の技をはずすか、または相手の技を返して、相手を相当な勢いあるいははずみで、仰向けに倒して背面全体がほぼ同時に畳に接する技が施されたとき。
(2)仰向けになっている相手を凡そ肩の高さに巧みに抱き上げて立ち上がったとき。
2.固め技
(1)「参った」と発声するか、または手か足で相手または自己の体あるいは畳を2度以上打って合図したとき。
(2)「抑え込み」と宣告があったのち30秒間、抑えられた者が抑え込み技をはずすことができなかったとき。この場合、一つの抑え込み技から他の抑え込み技に変化しても完全に相手を制しているときは、「抑え込み」は継続しているものと認める。
(3)絞め技で明らかに落ちたとき、関節技で明らかに肘関節が脱臼したり、上腕骨が折れたとき。なお関節技で完全に極ったと主審が判定した場合、見込みで一本を宣告する。
第29集 「技有り」の判定は下記の各項によって行う。
1.投げ技で、完全に「一本」と認めがたいが、今少しで「一本」となるような技が施されたとき。
2.抑え込み技で25秒以上経過したとき。
3.巴投げを施したとき、直ぐには効果がなく、一度畳に背をつけた姿勢からなおもその動作を続け、それによって鮮やかに投げたとき。
第30条 主審は、抑え込み技が完全にその体勢に入ったと認めたとき。「抑え込み」と宣告しながら片手を試合者に向け、斜め下方に挙げる。「抑え込み」と宣告した後で技をはずしたときは「解けた」と宣告しながら、片手を体の前方で左右に数回早く振る。
第31条
1.宣告された「抑え込み」の場合、試合者が場外に出て試合継続不可能になる    と主審が判断したときは、主審は「そのまま」と宣告して双方の動作を停止さ    せ、その体勢のまま場内の適当なところに引き入れて、「よし」と宣告して試合    を継続させる。
2.場外に出て試合継続ができなくなると予想される寝技の場合、試合者双方の動作が一時停止し、しばらくその体勢に変化を生じないと見られるときは、前項と同様にして、その体勢のまま場内の適当なところに引き入れて試合を継続させる。
第31条第3項文案
「本条第2項は、立技の場合においても之を適用する。」
第32条 試合時間終了の合図と同時に施された投げ技は判定の対象となる。また「抑え込み」の宣告があった場合には、終了時間が来てもその結末がつくまで試合時間は延長される。
第33条 本規定に記されていない事態が生じた場合は登録された審判員の合議によってこれを処置する。


 

続編『七帝柔道記』(角川書店)の続編『七帝柔道記Ⅱ 立てる我が部ぞ力あり』(角川書店)が出てから書評やインタビューがあちこちに出ています。

週刊現代のインタビューが一番長くて、僕の言いたいことが伝わっていました(2006年6月13日号)。北海道新聞でもロングインタビューに答えています。

七帝

それから先日、朝日新聞に寄稿した「好書好日」の記事

僕の本は相変わらず分厚いので手に取りにくいと思いますが、『七帝柔道記』(角川書店)を読んでくださった方はぜひ読んでください。意外に続編が出ていることをみんな知らなくて、それは11年も空けた僕が悪いんですが、4年生の七帝戦の決着まで読んでいただければと思います。

インタビューで答えているとおり、この作品はこの『Ⅱ』では終わらず、『Ⅲ』と『Ⅳ』も出ます。今度は間を空けずに出しますので楽しみにしていてください。

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北海道大学を舞台にした青春小説『七帝柔道記Ⅱ 立てる我が部ぞ力あり』(角川書店)の見本刷りが上がってきました。前回は七大学すべての道衣が表紙にありましたが、今回は北大の道衣だけです。

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僕の代が3年目となり4年目となり、最後の引退試合へ向かっていきます。「絶対に最下位を脱出するんだ」という強い意志をもって。

北海道大学柔道部のどん底の時代に過ごし、当時は苦しくてつらかったのですが、今になってみれば強い時代にいるよりも、弱い時代を過ごしたほうがよかったのかなと思います。この本を読んで、ぜひ柔道部に入ってくれる新入生が出てくることを祈っています。

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