増田俊也の執筆生活|公式ブログ

小説家です。「シャトゥーン ヒグマの森」(宝島社)でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞。「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」(新潮社)で大宅賞&新潮ドキュメント賞。他著に青春小説「七帝柔道記」(角川書店)、ノンフィクション集『VTJ前夜の中井祐樹』(イースト・プレス)など。

三島由紀夫とボディビル。自決。

三島由紀夫のボディビルは本格的だったようだ。

つい最近、三島とジムで一緒だったというある人に聞いた。

写真を検索してみた。

もちろんパンプアップさせての撮影だろうが、
腕のバルクは思った以上にある。
何キロ扱っていたのだろう。

三島由紀夫のボディビル写真

自決の直前、篠山紀信が三島の依頼で写真を撮ったが、その写真は一部しか公開されていないという。

トレーニングでは猪熊功(東京五輪柔道金メダリスト)とも知り合ったと聞いた。

猪熊の自決には、三島の影響もあったのか。

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コムロック小室宏二選手がサンボの国際大会に極秘参戦?していた。

コムロックこと小室宏二さんが、タイでサンボの国際大会に出場し、準優勝したそうです。

彼のチャレンジャー精神は柔道家の鏡ですね。

詳細は5669ブログで。
動画がアップされています。

小室宏二5669ブログ

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拓大柔道部は犬を食った。北大柔道部は象を食った。

昔、拓大柔道部が野犬を狩っては犬鍋にしていたことは有名な話である。
バンカラな拓大らしい エピソードだ。
この話はバロン吉元の「柔侠伝」のなかにも拓大をモデルとして出てくるという。
柔侠伝 下巻

しかし、北大柔道部の先輩たちは象を食って「これが本当のゾウ煮だ」と喜んでいたという。 

この話を初めて聞いたときは唖然としたが、最近、新たな証言を老OBから得た。

「俺はライオンも食った」

今なら大問題であろう。

おおらかな時代だった。
増田俊也 

「シャトゥーン ヒグマの森」の「サンデー毎日」書評

(『サンデー毎日』2007年3月25日号、山村基毅)


 陸地において、最大にして最強の肉食獣、それがヒグマである。

 私の知り合いに、かつて北海道でヒグマを研究していた方がいる。

 随分と長い期間にわたって、ヒグマに電波発信機を取りつけ、追跡調査を行ったりもしていた(テレメトリー調査という)。

 あるとき、彼の話で意外に感じたのは、ヒグマの行動範囲の広さとスピードである。北海道南部の広範な区域を、実に短い間に、縦横無尽に動き回っているのだ。「プーさん」あたりの、茫洋として、のそのそ動き回るクマのイメージとはかなりの隔たりがある。

 さらには、凶暴性も想像以上にすさまじいと、本書を読んで知った。本州のツキノワグマの比ではない。そもそも、体の大きさがツキノワグマとは四倍から五倍も違うのである。子どもと相撲取りほどの差か。馬を一撃で倒してしまうというのも、十分にうなずける。

 そんなヒグマを敵役に据え、冒険活劇に仕立て上げたのが本書である。

 ヒロインは、札幌のテレビ局でアナウンサーをしている土佐薫。大晦日、娘の美々、後輩の瀬戸とともに双子の弟である土佐昭のいる山小屋に向かっていた。

 昭は北海道大学で猛禽類を研究しているのだが、万年助手である。いまは天塩研究林で、仙人のごとく孤独な研究をつづけている。

 大雪が降り、薫たちは道なき道を進んでいかねばならなかった。

 と、進行方向に人間が倒れている。それを避けようとして車が横転。倒れていたのは、ヒグマに食い尽くされた死体だった。

 冬眠に失敗した「穴持たず(シャトゥーン)」。食べ物を求めて山の中を俳諧する、最も危険なヒグマである。

 三人は身を震わせながら、何とか小屋にたどり着く。

 小屋には昭の研究仲間である若い男女、それにヒグマに襲われて逃げてきたハンターもいた。

 雪に閉ざされた山小屋。ヒグマの襲来におびえる七人。そして、地震のような揺れとともに、巨大ヒグマがやってきた。

 ここから、ヒグマとの熾烈な闘いがはじまるのだ。

 とにかく、穴持たずのヒグマは強い。強すぎる。撃たれても刺されても、再度、再々度襲いくるのだから。おまけに狡知に長けているから質が悪い。足跡を隠し、藪に隠れる術を知っていたりもする。まるでターミネーターである。

 著者は、ヒグマの生態に関するデータを基に、その凶暴性を生々しく描写していく。人間が襲われるシーンなどはリアルすぎて、ちょっとキツいのだが、だからこそ手に汗握るともいえ、それも許容範囲か。

 動物を研究する者たちの変人ぶりや、昭とハンターとの関係の謎など、サイドストーリーも綿密に練られていて、単なるアクション小説には終わらず、ラストシーンまで一気呵成である。

 本書は第五回「このミステリーがすごい!」大賞の優秀賞とWEB読者賞も獲得している。

柔道はもともと総合格闘技だったのだから、石井慧のプロ転向は原点回帰にすぎない。まずは一般の人にもこのことを理解してほしい。

12月31日。
石井慧がいよいよ総合格闘技デビューする。

石井慧vs吉田秀彦。

柔道金メダリスト対決である。

このことについて、マスコミはあまりにも論点がずれているので、格闘技にあまり詳しくない人たちにわかりやすいように解説してみる。

まず知ってほしいのは、いま総合格闘技(MMA=Mixed Martial Arts)と呼ばれているスポーツは、もともと柔道が本家だということだ。

一般の人には柔道というのは「組み合って投げれば勝ち」という程度の認識であろう。
しかし違う。
柔道(講道館柔道)の始祖・嘉納治五郎翁は、もともと柔道を打撃技ありの総合格闘技としてとらえていた。柔道を、そういった格闘技に育てようとしていたのだ。

だが、いま、柔道界の流れは逆の方向にある。最近施行されたタックル禁止(帯から下の部分を持ってはいけない)というルールなどがそうであろう。
柔道は創始者嘉納治五郎の死後、少しずつ少しずつ本来の姿から形を変えてしまっているのである。
だからこそ、今の総合格闘技界で柔道界トップの選手が簡単には通じない状況ができてしまった。

このことについては、「ゴング格闘技」誌上で松原隆一郎先生、磯部晃人氏、私の3人のの鼎談「柔道とは何か」での松原先生と磯部氏のやりとりを読むと非常にわかりやすいので、今日はまずこれを紹介しておく。

松原 戦後にGHQが大日本武徳会(京都で明治28年に発足した日本の武道の振興、教育、顕彰を目的とし設立された財団法人。昭和17年から武道関係組織を統制する政府の外郭団体となる。昭和21年にGHQにより解散)を潰して、学制の変更によって高専柔道(寝技中心の柔道)がなくなってしまった。
その後、もともとひとつの町道場でしかなかった講道館が「自分たちは平和勢力である」とGHQを口説き落として、武道の中で一番先に解禁に近い形になっていった。
そこから出てきたのが講道館が創ったある種の神話ですね。「講道館中心史観」という神話がもたらした言葉の空間が今の柔道界なんです。その中で本来の柔道とは何か。「正しい柔道」「正しくない柔道」というものがあるんだ、という見方や言葉遣いがされてきた。この言い方はいろんな矛盾をはらんでいて、木村政彦はその矛盾とも戦ってきた歴史があったのに、それを封じ込んできたせいで、今、奇妙なことが無数に起きている。

 たとえば「講道館の創始者である嘉納治五郎先生の教えを守る」と言うのであれば、じゃあ嘉納先生が仰ったことを紐解いてみると、ほとんど柔道を総合格闘技のように捉えているんです。「ボクサーを連れてきて実戦的な訓練をしなくてはいけない」と言ってみたり、実際、空手が沖縄から日本本土に紹介された時、嘉納先生はかなり音頭をとられた。空手家のスパッツのように短い袴を穿いてみたり、様々な要素を取り入れて、柔道をある種の総合格闘技のように実戦性があり、かつ教育にも役に立ちスポーツとしてもやっていけるものとして育てようとしていた。でも、今の柔道はそういうものではないですよね。

「レスリングJUDO」と言われるものがいけないという意見がありますが、実戦性を考えると、レスラーともし町中で喧嘩になった時に「お願いだからタックルはしないでくれ」とは言えない。明治時代を調べると、講道館自体が他流試合でできたものだと分かります。講道館柔道の技術は大概が他流のものなんです。最初は大外刈りも寝技もなかった。外部のものを取り入れて大きくなっていったのに、それらが最初から講道館にあったもののように言っていくことで、講道館の歴史に矛盾が生じてしまっている。

 その結果が、むしろ講道館のかつての歴史を素直に受け止めている石井のような選手にとって足を遠のかせる要因になっているのではないでしょうか。柔道はブラジリアン柔術と仲が良くないですけど、たとえばグレイシー側は、自分たちが柔道から派生したことを否定しないわけですよね。筋道はおかしくないのに、日本の柔道界は柔術家と練習して寝技を身に付けることを「日本柔道じゃないから」と否定している。そうすると、カント対加藤戦(08年10月の世界柔道団体選手権。アテネ五輪81kg級銅メダリストでBTTでも練習する柔術黒帯のフラビオ・カントが、日本の寝技師・加藤博剛を腕十字で破る)のようなことが起きてしまう。

——テレビメディアとして柔道を取材する磯部さんから見て、カント戦の柔道界での反響はいかがですか?

磯部 僕は加藤は大学生の学連の試合も全部見てるんですよ。そこでは、相手がデカかろうが何だろうが全部取っちゃうんです。“加藤返し”で。全日本選手権でも森大助から袈裟固めで一本勝ちしていますから。そういう選手が一方的にオモチャにされて敗れたことは衝撃的だったと思います。。。カントは柔術の基礎がありますけど、柔道的に見ても日本の本筋の柔道だと思いますね。しかも、あの試合で加藤は組んで綺麗に投げ負けていて、なんの言い訳もできない敗北だったんじゃないでしょうか。正直、加藤が十字を取られたらもうお手上げでしょう。加藤を上回る寝技の選手は少なくとも81kg級ではいないわけだから》


加藤博剛がフラビオ・カントに寝技で取られたのは衝撃的なできごとだった。これに目を背けていると、柔道界は大きなものを失い続けることになる。「実戦力」である。

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昭和最大の奇書「家畜人ヤプー」には某大学柔道部が実名で出てくるが、あれは許されるのか。来年の映画化ではさすがに大学名は出さないだろう。

柔道家、柔道経験者が小説に出てくる作品は多い。
そのほとんどが、経験者からみると設定が少しずれている。

思いつくだけでも、たとえば「マークスの山」に出てくる合田雄一郎の一課の同僚。

他にも、ある作家の有名な作品には女性柔道家が出てきて、どう考えても合気道の技で投げたりしている。
また、主人公のナイフ使いの名人に敗れる元全日本柔道選手権出場の刑事が出てくる作品もあったが、あれにも違和感を感じた。
全日本クラスの柔道家が、いくら相手がナイフを持っているといってもあそこまで普通のフィジカルの人を怖れはしない。あのクラスの柔道家は怪物だ。刺されはしても、ああいった怖れ方はしない。

筒井康隆さんの「革命のふたつの夜」にも柔道経験者が登場するが、これは筒井さんの筆だからあのキャラクターで許される。

もっとも柔道家を貶めているのは、なんといっても「家畜人ヤプー」だろう(笑)。
内容はネット上にもたくさん出てくるので検索してみてほしい。準主役の瀬部麟一郎は元柔道家という設定、そして出身大学まで実名で出てくる。

これを活字で読むにはかなりのパワーが必要だろう。私は若い頃から何度か挑戦したが一度も最後まで読み切れなかった。
石ノ森章太郎や江川達也が漫画化しているが、これは漫画で読むとインパクトに欠ける。小説版の方がリアルだ。
2010年公開で映画化の準備が進んでいるという。
増田俊也


家畜人ヤプー〈第1巻〉 (幻冬舎アウトロー文庫)
家畜人ヤプー〈第1巻〉 (幻冬舎アウトロー文庫)
著者:沼 正三

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▶増田俊也(ますだとしなり) 小説家。1965年生。北海道大学中退。2006年「シャトゥーン ヒグマの森」(宝島社)で「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞。2012年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」(新潮社)で大宅賞と新潮ドキュメント賞。他著に北海道大学を舞台にした自伝的青春小説「七帝柔道記」(角川書店)など。「週刊大衆」誌上で原田久仁信先生(「プロレススーパースター列伝」「男の星座」などの漫画家)と組み、木村政彦先生の生涯を描く漫画「KIMURA(キムラ)」を長期連載中です。ビッグコミックオリジナルで漫画版「七帝柔道記」の連載も始まりました。























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