先日、ある総合格闘家と夕飯を食べていて驚いたことがある。

彼は僕と同年代なので、さまざま昔の格闘技界の話で盛り上がった。

第1回UFC(当時は日本ではアルティメット大会と呼ばれていた)、第2回UFC。そしてその後も続いたグレイシー時代。

一緒に食べていた彼の弟子たちは、みな、こういう話を知らなかったのである。もちろん洗練された現代のMMA(総合格闘技)の技術が素晴らしいのは確かだが、あのグレイシー柔術が出てきた頃のカオスのような格闘技界の状況を知らないのはもったいないなと思った。

以下は第2回アルティメット大会に出た市原海樹(当時・大道塾空手)の試合である。



この試合は当時すぐにビデオで観たが、そのときはセコンドに大道塾の山田利一郎先生がついているのが見えたけれど、後に松原隆一郎先生や板垣恵介さんと話したときに、このお二人もいたことを知った。

当時、第1回UFC(アルティメット大会)は謎でしかなかった。格闘技雑誌も、どう解説していいかわからず迷走していた。

しかし、第2回UFCに市原海樹が出ると聞いたとき「市原なら」と日本の格闘技ファンはみな思った。それほど強い市原を寝技で仕留めたホイスの強さは、やはり衝撃だった。

たしかにまだ原始的な異種格闘技戦だった。

しかし、あのとき、ひりつくような緊張感とともに格闘技ファンとしてリアルタイムで併走できたことは幸せだった。あの頃があるから今がある。これは忘れないようにしたいし、若い格闘技ファンに、僕ら昔からの格闘技ファンが伝えていかなければいけないことだと思う。 

選手たちだけではなく、僕らファンも、前田光世からグレイシー柔術、木村政彦、そしてUFCという流れと、力道山からアントニオ猪木そしてUWFという流れ、2つの流れの交差したところに、たしかにいた。あのときはほんとうに格闘技界もプロレス界も楽しかった。 仲良く喧嘩していた。

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