増田俊也の執筆生活|公式ブログ

小説家です。「シャトゥーン ヒグマの森」(宝島社)でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞。「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」(新潮社)で大宅賞&新潮ドキュメント賞。他著に青春小説「七帝柔道記」(角川書店)、ノンフィクション集『VTJ前夜の中井祐樹』(イースト・プレス)など。

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「GQ JAPAN」の記事がウェブに公開されました。

先月、「GQ JAPAN」の企画で早稲田大学周辺をまわった記事が、一昨日からウェブ上に転載されて読めるようになりました。

未読の方はぜひ。

早稲田大学と柔道、そして世界の格闘技とのかかわりについて言及しました。

リンクはここをクリックするか、もしくは以下の写真から入ってください。

MartialArts24

よろしくお願いします。 

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佐々木洋一コーチと中井祐樹のコラボDVD「究極の亀取り」が発売されました。

「月刊秘伝」のBABジャパンから、北海道大学柔道部の佐々木洋一コーチと、中井祐樹君のコラボレーションDVDが発売されました。

佐々木洋一_中井祐樹_七帝柔道_亀取り



ブラジリアン柔術では亀になることはありえないし、現在の国際柔道でも長時間の亀の姿勢は「待て」がかかってしまうので、この長時間の亀取りの攻防は七帝戦にしか残っていません。
 
戦前、高専柔道時代に拓大予科が開発した横三角絞めによる亀取りの北大柔道部バージョンのバリエーションと、このDVDの最大のみどころは腹包み(もともとは京大柔道部の遠藤選手が1990年代に開発した「遠藤返し」。七大学では「SRT(スーパーローリングサンダー)」と呼称されている技)のバリエーションです。

SRTは僕が大学を中退してから開発された技なので、まったくそのディテールを知りませんでしたが、実にわかりやすく解説してくれています。

亀の攻防が少なくても、亀に特化した技術を覚えておくと、寝技戦が有利に運べます。ぜひみなさんも御覧になってください。 

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【動画】原沢vsリネール、五輪柔道決勝。

リオ五輪100kg超級、原沢vsリネールの動画です。

原沢選手、最後の最後まで、いい戦いをしました。

ここからリンクに飛べます。
 

2016年、七帝戦決勝動画。京都大学vs大阪大学。

今年の七帝戦の動画がアップされてました。

京都大学vs大阪大学。

みんな、いい動きしてますね。

あと、畳が黄色くなって、僕は見やすくなったと思います。



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漫画「大東亜共栄圏最強の男、木村政彦」が発売されました。

原田久仁信先生が週刊大衆で連載してくださっている漫画「KIMURA」の柔道バージョンを集めた分厚い漫画単行本「大東亜共栄圏最強の男、木村政彦」(双葉社)が発売されました。

とにかく分厚いです(笑)。

牛島辰熊先生と木村政彦先生の師弟愛が素晴らしいです。

 kimura

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『超二流と呼ばれた柔道家』の堀越英範先生が古賀稔彦を投げた背負い投げを伝授。

『超二流と呼ばれた柔道家』の堀越英範先生が古賀稔彦を投げた背負い投げの師匠、野村豊和先生(モントリオール五輪金メダリスト)の柔道場(和歌山県)が子供たちの道場生を募集しています。

 野村豊和先生

世界一の背負い投げを習いたい子は、ぜひ入門を!

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中井祐樹が技術書発売。

中井祐樹君がBABジャパンからグラップラーの技術書を出しました。
組技系格闘技だけでなく、総合系選手必読の技術書です。

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漫画「KIMURA」の最新刊、第6巻が発売されました。

原田久仁信先生の作画で週刊大衆誌上で連載されている漫画版「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」「KIMURA」(双葉社)の最新刊、第6巻が発売されました。

牛島辰熊先生と木村政彦先生の悲願の天覧試合制覇が成し遂げられる瞬間が描かれています。

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7月23日発売の「ゴング格闘技」誌で北大の今成君の腕緘みを特集。

6月の七帝戦で大旋風を巻き起こした北大4年目の抜き役・今成君の立ち姿勢からの腕緘み。NHKのニュース番組でもその卓越した技術は放送されました。



 この立ち姿勢からの腕緘みは、実は北大の佐々木洋一コーチが長年かけて考案した独特の関節技。

その技術特集を7月23日発売の「ゴング格闘技」誌が掲載するために札幌取材に行ってきたそうです。

写真左が“寝技仙人”こと佐々木洋一コーチ。右が今成選手。2人ともいい笑顔です(写真提供/ゴング格闘技)

佐々木洋一コーチ_北海道大学柔道部

インタビューは練習後、「七帝柔道記」にも出てくる山内コーチの居酒屋「北の屯田の館」でも深夜まで続いたそうです(写真提供/ゴング格闘技)。

北の屯田の館

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山下泰裕先生の全日本選手権9連覇の番組。

山下泰裕先生が高校生で初出場して以来の全日本柔道選手権の番組です。



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跳び十字。

鳥居智男選手の跳び十字(跳び付き腕十字)が綺麗に決まるシーンです。

 

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先週末の七帝戦がNHKで紹介されました。

先週末、20日、21日に仙台で行われた七帝戦の模様がNHKで紹介されました。

七帝前から北大柔道部を追っているNHKクルーによるものです。

腕がらみを得意にする北大の抜き役、今成君に焦点をあてています。



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野村柔道場が道場生を募集中。モントリオール五輪金メダリストの野村豊和先生の道場です。

『超二流と呼ばれた柔道場』の堀越英範先生の師匠、モントリオール五輪金メダリストの野村豊和先生の野村柔道場が道場生を募集中です。

世界一の背負い投げを身につけたい方はぜひ!

和歌山市六十谷1294-172
火曜日・金曜日(電話073-462-0837)

 
野村道場

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【動画】中井祐樹vsアートゥー・カチャー。

1994年の中井祐樹vsアートゥー・カチャーの動画が海外からアップされていたのでご紹介します。

1993年の第1回アルティメット大会以後、グレイシー旋風が吹き荒れ、この1994年の春にヒクソン・グレイシーを招いて戦われたワンデートーナメントでもヒクソンが軽く優勝をさらいます。

「日本の格闘家ではヴァーリトゥードで勝つことはできないのではないか」という悲観論が漂うなか、プロシューティングが招聘したのが、ブラジリアン柔術のアートゥー・カチャーでした。この試合で中井は寝技勝負で引き分けに持ち込み、「中井ならいける!」と、翌年のヴァーリトゥードジャパンオープン95に出場することになります。

 

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京都の武徳殿で七帝戦。高専柔道から数えて100周年記念大会。大阪大学が43年ぶりに優勝。

6月14、15日、京都の武徳殿で第63回七帝戦が開かれました。

優勝は大阪大学、43年ぶりの感激のVです。

ご存じのとおり、武徳殿は高専柔道発祥の地であり、寝技の聖地です。

1914年の京都帝国大学主催の第1回高専大会から数えて100周年記念大会となりました。「ゴング格闘技」や「月刊秘伝」で特集が組まれるそうで楽しみです。

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第63回七帝戦は高専柔道ゆかりの武徳殿で開かれた。

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ビッグコミックオリジナルで漫画版「七帝柔道記」始まりました。

「七帝柔道記」(角川書店)が漫画化され、ビッグコミックオリジナルで連載が始まりました。

現在、第2話。和泉さんも登場しました。

七帝柔道記_和泉唯信_増田俊也


和泉唯信


和泉さんとの邂逅シーンです。

これから続々と竜澤君や宮澤君、松井君たちが登場してきます。

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【動画】ヒクソン・グレイシーvs西良典。

ヒクソンが初めて日本でやったバーリトゥードです。

これ見たとき、あまりに普通に近づいていくのにびっくりしました。ヒクソンはこのテイクダウンをはじめから考えていたのでしょう。 

いちばん驚いたのは西さんだと思う。何もしていないままもっていかれてしまい、戦ったという気分さえなかったでしょう。だから西さんはこのあとブラジルまで行っています。



(YouTubeに直接アクセス)

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和泉唯信さんと『ゴング格闘技』誌上でロング対談、『七帝柔道記』のさまざまな話をしました。

『七帝柔道記』(角川書店)に出てくる僕の北海道大学時代の2期上の先輩で主将をつとめた和泉さんとコーヒーを飲みながら対談しました。

現在発売中の『ゴング格闘技』誌に12ページ、原稿用紙100枚のロング対談が掲載されています。



扉ページには和泉さんと僕が外でスーツ姿で立つ写真が使われていますが、これは僕が3年目、和泉さんが5年目のときに、高校の柔道大会で審判をつとめたときに撮った写真です。

和泉唯信と増田俊也1_2人で主審 2


下の写真がその写真を持つ僕の手を撮った写真です。和泉さんの眼光が鋭いのがわかります。


和泉唯信と増田俊也の写真


下の写真は和泉さんが5年目のとき、体重別個人戦で北海道で2度目の優勝を果たしたときの写真です。得意の正上四方で抑え込んでいます。和泉さんは日本武道館での正力杯でもベスト16に入っています。

和泉唯信の体重別優勝_七帝柔道記


そして、下の写真。

この写真が本当は掲載されるはずだったのですが、編集部は大受けするも「だめです」と言われて陽の目を見なかった写真。

和泉唯信と増田俊也の教養部シーン


場所は北海道大学教養部のロビー。

僕が1年目の終わり、つまり3月頃の写真です。

僕は坊主頭、和泉さんも坊主頭。

なぜか2人とも嬉しそうです。

「留年掲示板」というのがあって、そこに僕(左)の名前があるのを和泉さん(右)が笑っているのです。和泉さんも教養部で留年していましたが、この年、3年目にして理学部数学科へ進学を決め、余裕の表情。

それにしてもこの和泉さんの受けっぷり(笑)。

和泉さんは道衣を着ているときは厳しいのですが、こうして道衣を脱ぐと優しくて茶目っ気たっぷり。

竜澤君に「留年掲示板の前で二人で立ってる写真があったけど掲載されなかったんだ」と電話すると、竜澤君はその写真を見たことがないのに的確にどんな写真か当てました。「俺わかるよ、和泉さん片手を口に当ててうわははははって笑ってるでしょ」と。

だからもう、なんというか、仲間たちがどんなときにどんなことに受け、どんな仕草をするのかまで知り尽くしている仲間たちでした。すごいでしょう?

そもそもこの写真は僕は持っていません。

和泉さんが持っていて、今回僕に見せるために持ってきたんです。

和泉さんはこの記念写真を撮って受けるためだけに練習が始まる前に教養部に行って撮ったものだと思われます。

おそらくこんな会話が交わされたのでしょう。

「あんた、どうせ留年しちょるじゃろ。今日、発表で」
「はあ。もちろん留年してます」
「わははっはは。なにが『はあ』じゃ」
「はあ」
「おかしいやつじゃのう。わしは進学したで」
「すごいっすね!」
「なにがすごいんじゃ。そろそろ学部行かんとのう。ところであんた、記念写真撮りに行こうで」
「は?」
「記念写真じゃ。晴れの留年の決まった日じゃけえのう。恒例行事じゃ」
そう言って部の机の引き出しからカメラを出し、僕を連れて教養部まで行き、この掲示板の僕の名前を指さしてこう言ってるに違いないのです。

「留年しちょるけえのう。名前出とるで。はっはははは」

試合の写真だけじゃなくて、こういう写真が北大柔道部にはたくさん残ってるんです。

そもそも留年するほど尊敬されるという風が北大にはあり、とくに体育会や恵迪寮ではありました。学部8年目や医学部12年目など「後がない」強者たちはたいへんな畏敬の眼で見られていました。

今月の月刊秘伝には4年生になって主将となった竜澤宏昌君と僕が新入生歓迎合宿で「俺たちはもう飽きた。面倒だからカンノヨウセイはもうやめろ」と言っていたくせに、いよいよ始まると先頭をきって楽しみ始めるという写真が載っています。

こういった写真はもちろんプロが撮ったものではないですから画質も悪いですし、画角などもなってないかもしれない。

でも、絶対にプロには撮れない写真なんです。被写体の人物を緊張させずにさらりと撮る。それが日常です。素晴らしい写真がたくさんありますので、またいつかアップしますね。 

早稲田大学vs慶應大学の柔道部定期戦が今年からリニューアル。講道館ルールの20人抜き勝負で戦われることになりました。会場は講道館。早慶OB以外の柔道ファンも必見です。

伝統の柔道早慶戦が今年からリニューアル。

いままでは点取り試合もやったりもしていましたが、今年から伝統の20人抜き勝負に戻し、講道館ルールで戦われます。

しかも会場は講道館。

久しぶりに聖地に帰ってきました。

10月12日、日曜日です。

昭和30年代にはテレビで生放送されたほどの人気を誇った大会です。

全日本柔道選手権まで国際ルール(IJFルール)で戦われるようになったので、講道館ルールは講道館の紅白戦と、この早慶戦だけとなり、非常に大きな意味のある大会となります。

判定は技有り以上になるといいますから見たい人が続出するのではないでしょうか。

ご存じのとおり、国際ルールでは手や腕による下半身攻撃が全面禁止となり、講道館ルールとはまったく別物になってしまいました。

早稲田も慶應も、日本の学生柔道を作ってきた伝統校です。この名門2校の伝統の一戦が講道館ルール20人抜き戦、判定は技有り以上で戦われることで、さまざまな好影響が日本の柔道界に出てくると思います。

早稲田といえばブラジルでグレイシー一族を教えた前田光世ほか強豪がずらりとOBにいます。
前田光世


慶應もそうです。
下の写真は昭和24年の全日本選手権で木村政彦(右)選手と戦う羽鳥輝久選手。大外刈りを左足でくさびを打って防いでいます。

木村政彦と羽鳥輝久


柔道界みんなで力を合わせてさまざまな大会を盛り上げていきましょう。

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幻の名著「バイタル柔道」が復刻。岡野功先生の世界的ベストセラー技術書。

岡野功先生(東京五輪中量級金メダリスト)の、あの名技術書「バイタル柔道・投技篇」と「バイタル柔道・寝技篇」が日貿出版から完全復刻されました。




誰もが憧れた天才柔道家、岡野先生の渾身の技術書。

これを読まない者は柔道家ではないといってもいい名著中の名著。世界各国語に翻訳されているが、なぜか日本では絶版になっていた。

投技篇の表紙に使われている横車は岡野先生にしかできないアクロバティックな技。これを全日本選手権の大舞台で決めたのだからすごい。

近く、東京でこの復刻を記念して岡野功先生と井上康生先生の公開対談があると聞いています。 

ひとつだけ残念なのは、この技術書に載っている技のいくつかは、ここ数年で一気に禁止技になってしまったことだ。だからこそ、かつてあった柔道の豊潤な技術が、こうして復刻版としてペーパーに残されることには大きな意義があると思う。

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山下泰裕vs斉藤仁。最後の戦い。斉藤が放ったあの返し技は効いたのか。

1985年、山下泰裕先生の引退試合となった全日本選手権。

ロス五輪でともに金メダル。

このドキュメントを見ると、双方ともものすごく高い頂で、技の攻防をしていたのがわかる。

とてつもない柔道界の頂。



試合を振り返る2先生の言葉も素晴らしい。

ただただ感動。

この2人の選手に憧れて柔道をやっていたので涙が出てくる。

いったいどれくらい強かったのか想像もつかない。間違いなく世界歴代最強を争う2人が日本武道館でこの日、激突したのだ。

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世田谷学園高の歴代金鷲旗。古賀稔彦、吉田秀彦のほか、井上康生、鈴木桂治、棟田らも。

金鷲旗柔道(九州で行われる高校柔道の抜き勝負全国大会)での世田谷学園高の歴代の決勝戦です。

古賀元博、古賀稔彦兄弟の活躍から、次世代のエース吉田秀彦。瀧本誠。棟田ら。

世田谷学園高の鮮烈な登場は当時の柔道界の事件でした。

当時、高校柔道界はどんどん重量級ばかりの選手になっていました。そこに古賀兄弟らを擁する70kg程度の軽量ばかりの世田谷学園が登場したのです。

巨漢居並ぶ高校トップ柔道界の団体戦で70kgそこそこの体で一本背負いで投げていく姿は衝撃的でした。

東海大相模の井上康生や鈴木桂治の高校時代も見ることができます。

 

(YouTubeに直接アクセス) 

「超高校級」という声が何度も聞こえますが、世田谷学園があったからこそ、後の五輪で日本は金メダルを死守できたといっても過言ではありません。 

佐藤宣践先生や二宮和弘先生、山下泰裕先生たちの解説も聞き所です。

古賀兄弟たちが使う一本背負いは、あの伝説の柔道家・岡野功先生(東京五輪金メダリスト)が直接手取り足取り教えた直伝の技だというのは、柔道ファンならご存じだと思う。

岡野功先生は170センチ80キロの体で無差別の全日本選手権を2度優勝、1度準優勝している天才柔道家。

下の動画が、岡野功先生の引退試合となった全日本選手権決勝。巨漢相手に、腕返し、地獄絞めと奇襲技を果敢に繰り出し、最後は背負いから小内刈り一閃!!







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漫画「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」「KIMURA」のデジャヴ観について。「男の星座」の世界。

週刊大衆連載中で、もうすぐ単行本化される「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」のコミカライズ漫画「KIMURA」(原田久仁信先生作画)に描かれる木村政彦先生の顔に強いデジャヴを感じた。

kimura_木村政彦_漫画

kimura_漫画_木村政彦

kimura_木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか_漫画


とくに、木村先生と兄の清人のツーショット。

これは、もう「男の星座」で描かれる若き日の梶原一騎先生と真樹日佐夫先生そのものだ。

男の星座_木村政彦_表紙

男の星座_木村政彦

梶原先生がデビューするきっかけとなった懸賞小説に応募しようとするこのシーン、左が真樹日佐夫先生、右が梶原一騎先生です。

「男の星座」を日本文芸社さんに復刻してほしいなあ。。。

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古流柔術、谷幸雄と三宅タローの技術書の対訳本が出版されました。

Amazon上でしばらく品切れが続いていて、各社マスコミの格闘技担当とともに待っていた谷幸雄と三宅タローの技術書が増刷されたようです。

さっそく購入しました。

届くのが楽しみです。

対訳 The Game of Ju-jitsu 柔術の勝負 -明治期の柔道基本技術-


僕も何度か評論で指摘しましたが、当時、彼らは高専柔道の選手が着用するような短いズボンを着用していました。おそらく海外でのレスラーやボクサーらとの異種格闘技戦を意識してのものでしょう。

表紙のイラストには、興味深いことにマウントポジションもあります。これは柔道家、ブラジリアン柔術家、武道研究者、格闘技研究者、格闘技ファン、必携の書になるでしょう。

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世界柔道選手権、七戸龍の父は極真空手で怪物と謳われていた七戸康博。

柔道ファンにはあたりまえのことですが、実は知らない人も多いので一般の方に紹介しておきます。こういうことを知っているだけで、スポーツを見る楽しみが増すと思うからです。

リオの世界柔道選手権100kg超級の七戸龍選手は、かつて極真空手で「怪物」と称されたあの七戸康博の長男です。

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▲七戸龍 

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▲七戸康博は「怪物七戸」と呼ばれていました。


七戸康博は現役時代、柔道家にも人気の高い選手でした。僕も憧れていました。新聞記者になってから、極真出身の先輩記者がよく七戸さんの話をしてくれたのを覚えています。

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「七帝柔道記」の公式PVが公開されました。

雪の北海道大学を舞台にした青春小説「七帝柔道記」(角川書店)の公式PVが完成しました。角川書店さんに感謝します。ありがとうございました。

    

観ているだけで、さまざまな思いがこみ上げてきました。

角川書店さんは、ラジオドラマ制作のために北大の寮歌「都ぞ弥生」をスタッフみんなで覚えて、みんなで歌ってくださったり、ほんとうに感謝にたえません。ありがとうございます。m(__)m

■「七帝柔道記」インタビュー1■

■「七帝柔道記」インタビュー2■


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山下泰裕先生が柔道界を裏から操る重要人物と密会。

山下泰裕先生とツーショットで笑うこの男。

先日、山下先生が朝日新聞紙上で「柔道界の改革のためには政財界の人の力を借りなければならない」と発言しておられたが、彼こそ、その重要人物である!!

山下泰裕先生と松井隆君


もちろん冗談です(笑)。 

「世界のヤマシタ」の隣で嬉しそうに笑うのは「滋賀県のマツイ」。(世界から滋賀県まで一気にスケールダウン、笑)。

七帝柔道の観戦に来てくださった山下先生とのツーショットです。

親子丼をつくるのが得意な青年として「七帝柔道記」(角川書店)のなかにマツイ君として出てくる僕の北海道大学柔道部の同期です。 

すでに泥棒髭(泥棒が生やしているようなヒゲをたくわえていたので大学時代は泥棒髭と呼ばれていました。また、のんびりした優しい性格から出身の滋賀県と合わせ近江牛とも呼ばれていました)は剃っているのですが、のんびり優しい性格はいまも変わらず。

山下先生と写真を撮っているときに、まわりから「笑顔がそっくり」と声が飛びましたが、柔道をやっていたというだけで、こうして気楽に撮影に応じてくださった山下先生に感謝(撮影は僕の同期の宮澤守君)。

本来、こうしてすぐに打ち解けて話せるようになるのが柔道を修行した者同士のいいところ。この一枚の写真こそ、柔道の素晴らしさを現しています。柔道は「柔らかい道」と書きます。この写真のように、みんながまた笑顔で稽古に励める日は、知恵を出し合えばすぐにやってくるでしょう。

山下先生のほか、野村豊和先生、柏崎克彦先生の3人の柔道世界王者が観戦に訪れた今年の七帝戦の模様は、いま発売中のゴング格闘技最新号に掲載されています。 

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武道とは何か、スポーツとは何か。今月の「ゴング格闘技」を読んでいたら、またわからなくなってしまった。

いくつかの書を読み、多くの人と議論して「武道とスポーツ」について最近やっと合点したと自分なりに思っていたが、今月号の「ゴング格闘技」を読み、またわからなくなってきた。

GONG(ゴング)格闘技 2013年8月号
GONG(ゴング)格闘技 2013年8月号


中井祐樹君はスポーツと表現しているし、青木真也と戦う前にクロン・グレイシーに対し父のヒクソンが「死を覚悟しろ」と極限の言葉をかけていたと書かれていたり。ヒクソンは格闘家をウォリアー(戦士、闘士、あるいはサムライの意味もある)と表現していたり。

でも、わからなくなるほど深く深く議論しているのがこの雑誌だけであることはたしかだ。そして考えることによってしか前に進めないことだから、みんなで考えなければならない。

ヒクソンの言葉の意味は?

中井祐樹君の言葉の意味は?

この2人の言葉だからこそ、大きな意味を持つ。

わかるのは、一流の格闘家ほど「言葉」を持っているということだ。「考える人」であるということだ。

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北大の高橋広明さんと京大井手選手の伝説の代表戦名勝負(1979年の七帝柔道)。

以前、このブログに七帝戦(七帝柔道)では、どんなに立ち技が強い人でも、立っていくと格下の人に敗れるというポカが起きやすいので、自分から引き込んで下から脚を利かせて攻める本格的な寝技を身に着ける必要があるということで、北大の伝説の超弩級がまさかの敗退を喫した動画を紹介したことがある。

100年を超える北大柔道部史でも3本の指に入る強さを持った高橋広明さん(「七帝柔道記」の中にも僕たち学生の憧れの超弩級選手だったOBとして登場します)が、京大の先鋒佐々木選手に対して内股をかけたが一本にならず、そのまま後ろにつかれて絞め落とされた試合動画を紹介した。

その後、実はこの京大の佐々木選手からメールをいただき、まさかあの有名な高橋さんに勝てるとは思っていなかったので本当に驚いた。まともにやったら勝てなかった。と心の内を教えてくださいました(この高橋さんへの勝利のあと佐々木さんも自信をつけて大きく実力を伸ばし強力な寝技で有名選手になっていきます)。

高橋さんは、それくらい有名な超弩級だったのです。 

このとき3年目で次期主将が決まっていました。

この試合、しかし先鋒で北大最強の抜き役が抜かれるという波乱の幕開けとなり、結局、大将決戦でも決着がつかず、代表戦となりました。

普通なら本戦で敗れて気落ちしているかもしれない選手を使わないかもしれないが、そこが当時の武田監督の凄いところ。代表戦で、京大最強の主将、井手さんに高橋さんをぶつける。

一度目の代表戦は井手さんの寝技に応じて攻め続けるが、崩せず引き分けられる。



そして2度目の代表戦で当たったとき、井手さんは立ってきた。それを高橋さんが豪快に一本背負いで担ぎ、一本勝ち。
もしかしたら一度目にあたったとき、高橋さんの上からの寝技のあまりの圧力に、寝ていくと危ないと思ったのかもしれない。




佐々木洋一コーチに「北大史上、最強の抜き役は誰ですか」と聞いたことがあるが、すぐさま「広明だ」と答が返ってきたことがある。理由は「抜くべきところで必ず抜く」ということだった。

とにかく勝負師としてのメンタルが素晴らしかったとのこと。
こういった伝説も僕たちは現役時代から先輩や指導者たちからたくさん聞いてました。

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「ゴング格闘技」特集。「京大柔道部の奇跡」七帝柔道で講道館ルールを勝ち上がった男たち。

今月の「ゴング格闘技」誌で、「七帝柔道記」に出てくる京都大学柔道部が日本武道館での全日本学生柔道優勝大会でベスト16になったときのメンバーが東京大学七徳堂(柔道場)に集まり、8ページにわたって鼎談と技術解説をされています。

題名はずばり「昭和61年、京大柔道部の奇跡。七帝柔道で講道館ルールを勝ち上がった男たち」。

司会は東京大学柔道部長の松原隆一郎先生。

 京大柔道部の奇跡

扉ページには当時の優勝大会のメンバー7人と補欠2人の9人が並んだ当時の記念写真が掲載されています。

平均体重70.7キロ。

この京大生たちが全国ベスト16になったことが、どれほどすごいことか、柔道の経験者以外にはなかなか伝わらないと思います。

日本武道館で行われる全日本学生柔道優勝大会に出場してくる大学は、インターハイ選手を集めた強豪私大がほとんどです。7人制のこの大会には、チーム最強メンバー、ほとんどが相撲取りのような重量級ばかりの最強の布陣で臨んできます。70キロしかない京大柔道部とは大人と子供以上の体格差があります。

この大会で京大柔道部が強豪居並ぶ関西予選を勝ち上がり、全国大会に出場しただけでもすごいことです。この年、全国大会に出た国立大は京大のほかは鹿屋体育大学だけです。鹿屋体育大学はもちろん柔道推薦入学組ばかりですから、そこに京大が出ていること自体が信じられないことなのです。

京大はアメフトが有名ですが、アメフトがあそこまでいけるのは、高校でアメフト部があるところが非常に少ないので、大学から鍛えても届く種目だからです。でも、柔道界では不可能といってもいいくらいのハードルの高さがあります。それほど、とくに当時の大学柔道界は層が厚かった(今でもかなり厚いです)。

しかもこのときの京大メンバーの平均体重70.7キロ。。。

京大は当時、七帝戦を無敵の10連覇の最中でした。いい選手が毎年入学してくるわけでもない、柔道推薦のない大学で10年間、いちども負けなかった。しかも高校時代に柔道を経験している重量級の選手を軒並みアメフトにさらわれてくなかでの10連覇です。

あまり知られていませんが、七帝柔道をやっている七大学は、七帝戦だけで戦っているわけではありません。もちろん第一の目標は七帝戦での優勝ですが、 普通のルールの柔道の大会にも出ます。

この全日本学生柔道優勝大会は、全国すべての大学の団体日本一を決める7人制の大会で、講道館ルールで戦われます。ですからもちろん寝技への「引き込み」(相手を投げずにいきなり自分から寝ること)が禁止されていますから、ふだん寝技中心の練習をやり、寝技への引き込みを許された七帝ルールで戦っている七大学の選手には非常に不利です。

寝技をやって5秒か10秒くらい膠着(動きが止まること) すると、審判に「待て」と言われ、また立ち技から試合を再開されますので、とにかくスピーディに寝技で攻めなければいけません。

当時の京大メンバーは、寝技をどう活かしたか技術解説を連続写真でしていますが、「引き込み注意をとられない横巴」など興味深い技が並んでいます。

京大柔道部の奇跡2


 技術解説と鼎談を読み、思ったのは、京大が七帝戦10連覇の偉業を成し遂げたのは、やはり練習量だということです。

鼎談での名言を並べます。

「(松原先生に「大きな選手への対策など考え直したりしたんですか?」と聞かれ)いえ、身体が小さな選手ばかりだったので、一回生のときから大きい奴とどう戦うかは揺るぎない共通のテーマでした。4年間絶えず、そればかりずっと考えてきたので、戦い方はおのずと決まってきます」

「やはり稽古量ですよね。こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど、当時は柔道しかやっていませんでした(笑)。おそらく強豪私大の人たちと比べても練習量というか、道衣を着ている時間は圧倒的に長かったと思います」

「当時の我々のプライドは、相手がいくら一流選手であろうと寝技で負けちゃいかん、というのがあったんです。たとえあの山下泰裕選手が相手であっても亀を取られてはいけないって、先輩たちからそうずっと言われてきたんです」 

こんな京大柔道部と同じ時期に七帝戦を戦えたことを、あらためて誇りに思いました。そして七帝柔道をやってよかったと心から思いました。

当時の京大柔道部の全部員のうち半数くらいが大学から柔道を始めた白帯組だったと新聞に書いてあった。当時の北大も3割くらいが白帯スタートでした。でも、寝技なら努力で強い相手とも戦えるようになります。このブログを読んだり、この「ゴング格闘技」の対談を読んだり、「七帝柔道記」を読んだりして寝技に興味を持った七大学の新入生がいたら、ぜひ道場に見学に行ってください。 初心者でも強くなる選手はたくさんいます。技の研究と努力で強くなれる寝技には可能性が満ちています。ちなみに中井祐樹君も白帯スタート組です。

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▶増田俊也(ますだとしなり) 小説家。1965年生。北海道大学中退。2006年「シャトゥーン ヒグマの森」(宝島社)で「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞。2012年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」(新潮社)で大宅賞と新潮ドキュメント賞。他著に北海道大学を舞台にした自伝的青春小説「七帝柔道記」(角川書店)など。「週刊大衆」誌上で原田久仁信先生(「プロレススーパースター列伝」「男の星座」などの漫画家)と組み、木村政彦先生の生涯を描く漫画「KIMURA(キムラ)」を長期連載中です。ビッグコミックオリジナルで漫画版「七帝柔道記」の連載も始まりました。























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