2016年06月

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(終演後赤羽で指導する生徒さんと)

【演奏会場】
JTアートホール アフィニス

【演奏曲目】
 棚田文紀/メゾソプラノとソプラノサクソフォーンの為のデュオ

《演奏》(吉川真澄さんが演奏されたもののみ)
江川良子(ソプラノサクソフォーン)
吉川真澄(女声)

【管理人コメント】
江川良子さんのサクソフォーンリサイタルに客演された吉川真澄さん。江川良子さんは、2008年の小値賀国際音楽祭で鈴木広志さんが率いるサックス四重奏団STRIKEの一員として吉川真澄さんと初めて共演されたのを覚えています。それから時を経て昨年の11月、「林光メモリアル2015」でピアノのMomoさんを入れた3人で林光の「アメリカ・アメリカ」を演奏されました。その時の息の合った掛け合いはいまだに鮮烈に記憶に残っています。

今日は、江川さんのサクソフォーンと吉川さんのヴォーカルのデュオ。プログラムの解説によれば、「この二つの音響体は響きが似ているながらも、持っている倍音には違いがあり、その差が作り出す音響に面白味が感じられよう」とのことです。これは正しくその通りで、倍音の違い云々は分かりませんが、非常に似通った声とサックスの音が絶妙に混じり合い溶け合う中、それでも「きちんと」自己主張を通しながら音楽が進んでいく様子は中々面白いものがありました。

中でも感心させられたのは、サックスが木管楽器特有の速い動きで、広い音域を一気に駆け上がり、また駆け下りて行くなかで、吉川さんは音程やリズムを軽やかに刻んで、きっちりとそれに声を絡み合わせていく。特に現代音楽でしばしばみられる、手を口にかざして「あわわわわ・・・」と言ったり、舌を震わせて「ルルル・・・」と言ったりするのは何度も聴いていますが、それできちんと音程を合わせるのは結構難しいのではないかと素人の私は思ってしまいます。それでも涼しい顔で歌いきってしまうのは、やはりプロだなぁ。

とても面白く興味深いパフォーマンスでした!

【演奏会場】
武蔵野市スイングホール

【演奏曲目】
クララ・バダジェフスカ(ボンダジェフスカ)=バラノフスカ
 ☆乙女の祈り
ポリーヌ・ガルシア=ヴィアルド
 「君の髪」、「夜に」、「ハバネラ」
ジェルメーヌ・タイユフェール
 ☆「フランスの花々」より ”ジャスミン”、”あさがお”、”ひまわり”
ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼル
 「なぜバラはそんなに色褪せているか」
アガーテ・バッケル=グレンダール
 「いま一度光を」
アガーテ・バッケル=グレンダール
 ☆「セレナーデ」
エヴァ・デラックヮ
 「ヴィラネル」
(休憩)
金井喜久子
 「東西東西」
鶴見幸代
 「うみをわたって」
渡鏡子
 「ある日浜辺で」、「ママの立ち話」
吉田隆子
 「君死に給うことなかれ」

☆印はピアノ独奏

《演奏》
吉川真澄(ソプラノ)
河野紘子(ピアノ)

【管理人コメント】
武蔵野市の男女共同参画フォーラム2016の一環として企画されたコンサートで、先々週の文京区のコンサートに続いて(演奏曲目は異なるそうです)国立音楽大学の小林緑名誉教授が企画・実施されたレクチャーコンサートでした。

最初の超有名なピアノ曲、「乙女の祈り」以外は殆ど知られていない女声作曲家による歌曲及びピアノ曲ですが、いずれも心に染み入る美しい音楽に思う存分浸ることができた2時間半でした。これも、清水が流れるような美しい吉川真澄さんの歌声と、それに寄り添い、溶け込むような河野紘子さんのピアノのお蔭です。

河野紘子さんは、「乙女の祈り」以外にも何曲か独奏されましたが、特にジェルメーヌ・タイユフェールのピアノ曲は小品ながらとても印象的な素晴らしい作品・演奏でした。

音楽は時間芸術。コンサートで演奏されるその一瞬一瞬で私たちの心を満たしたかと思うと、すぐに通り抜けて行きます。このコンサートにちりばめられた珠玉の作品たちも、ずっと記憶に留めておきたいと思うものの、悲しいかな私の貧弱な音楽記憶能力では指の間を流れ去る乾いた砂のように掴まえておくことができません。残るのは満たされたという至福の感情の記憶のみ。音楽というのは、それでいいのだという考えもあるんでしょうが、あまり演奏されることのない作品たちだけに、勿体ない気がします。

それでも、いくつかの作品は記憶に残っています。それは、名曲だからというよりも、何か印象的なことが関連付けられたためのような気がします。例えば、アガーテ・バッケル=グレンダール 「いま一度光を」。これは敵に捕らえられ死を前にしたサマーセット侯の時世の詩に曲が付けられたものだそうです。吉川真澄さんはこれをドイツ語で歌われましたがプログラムに載せられていたのは英語の詩で、あれっ、と思ったのが記憶に繋がったようです。本当に切ない、涙が出るような美しい旋律でした。

その次の、エヴァ・デラックヮの 「ヴィラネル」。これは終盤にカデンツァが何度も出てきて、吉川真澄さんの歌唱力の聞かせどころ満載の曲でした。女性主体のコンサートでなければブラボーを叫んでいるところでした。

後半の日本の作曲家の作品も、楽しいもの、美しいものが次々と演奏され素晴らしかった。金井喜久子の「東西東西」はちょっと林光の「アメリカ・アメリカ」を連想させる雰囲気。渡鏡子の「ママの立ち話」などは会場から笑い声が漏れる楽しい曲で、ヴォーカル・パフォーマー(私の命名です)の吉川真澄の面目躍如でした。

KOHAKUの曲からは、鶴見幸代さんの「うみをわたって」と大場陽子さんの「夏の木」。この2曲は私も思い入れのある曲で、書きたいことが沢山ありますが長くなったので割愛します。大場陽子さんは5歳のお子さんを、コンサート企画側が聴衆のために用意した託児サービスに預けて参加されていました。

そして最後は吉田隆子の「君死に給うことなかれ」。吉川真澄さんの鬼気迫る絶唱で鳥肌が立ちました。

君死にたまふことなかれ/すめらみことは戦ひに
おほみずからはいでまさね、/かたみに人の血を流し、
獣の道に死ねよとは/死ぬるを人のほまれとは
大みこころの深ければ/もとよりいかで思されむ。

この国の為政者は、親の嘆きや不安など一顧だにしないようだが、それではこの一節を読んでも何も思うことはないのかと私は問いたい。

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