【演奏会場】
大東市立総合部文化センター

【演奏曲目】
平野一郎: 女声独唱の為の《四季の四部作》×弦楽四重奏の為の《二十四氣》[新作初演]

【管理人コメント】
前田剛志さん制作の七十ニ侯にまつわる七十ニの造形作品の展示と(展示の部)、それに呼応する平野一郎さんによる二作品の演奏(演奏の部)という形で開催されたイベント、『時ノ祀リ』に行って来ました。
 
演奏の部で演奏されたのは、吉川真澄さんが歌う《四季の四部作》と、このイベントのために平野一郎さんによって新たに作曲された弦楽四重奏による《二十四氣》の2曲ですが、演奏の仕方に思わぬ仕掛けがありました。《二十四氣》の演奏の最中、それぞれの季節のど真ん中で吉川真澄さんが舞台に登場し、《四季の四部作》のその季節の歌を歌うのです。
 
《四季の四部作》は、理性のたがを外した、魂の奥底からの叫びだと私には思えます。一人の歌手が、それこそ身一つで全宇宙を相手に立ちあがり歌うさまは、生まれ落ちた裸の赤ん坊が最初の肺呼吸とともにあげる、なんの作為もない産声のようでもあります。
 
一方《二十四氣》は、天文を研究するところから生まれたものですから、どちらかと言えば理性的なものと言ってよく、その意味で《四季の四部作》の対極にあるとも言えます。演奏時間が丁度1時間と「設計」されていることもそうですし、弦楽四重奏という器楽の形をとっていることも、何かartificialな感じがします。
 
この対極に位置する二つが組み合わされて一つになったとき、吉川真澄さんの《四季の四部作》には、また新しい命が吹き込まれたように思われます。この二つは、対極にありながら強く融合しあっている。それは、例えば《二十四氣》が一年の時の旅路の終盤、『冬の歌』の挿入を変節点として、冬至、小寒、大寒次の始まり(立春)に向かって進んでいく過程で、やおら混沌とした様相を示し、《四季の四部作》と世界観を共有していくかのように感じられることなどに現れています「万象のざわめき、生まれ出づる歌」、演奏会に対して与えられたこの副題が全てを物語っていると言えるでしょう。

《二十四氣》という新しい仲間を得て、この先《四季の四部作》には、どんな出会いと物語が待ち合わせているでしょうか?ロールプレイゲームの冒険物語を体験しているようなわくわく感があります。