2017年04月09日

水彩画の心紀行

楽しい水彩画 239 
イタリア、スイス帰国展
桜も、咲き始めました。帰国展12日頃は温かくベストな
心地よさと存じます。
ご高覧頂けますようお待ち申し上げます。
♪赤い舟(サン・ジュリオ)
239赤い舟-1

折々の記 239 良かった探し
手早い事と、粗忽がしっかり手を結んでいるので一度粗忽
が優位を決めると、自慢の手早さは始末に負えない程の
不手際の付け、時間の無駄に脅かされる。
「落ち着け、待て、考えて、慎重に、大切に、丁寧に、心
して等々」に加えて、幼児期「粗相早流」「組成乱造」を
日常的に父に言われ続けた。
言葉の確かな意味は分からなかったが、感覚では理解でき
た。それでも父の言葉は今も実践から遠くにある。
来客中、あれもこれもを一挙に熟そうと、四本の手足を
6本分に働かせたが、昔取った杵柄の早流は粗忽が優位を
占め、火に架けたやかんを倒し熱湯は足の甲を直撃した。
厚手の靴下は、ガードにはならず、熱湯の耐久時間を伸ば
し、火脹れは肥大化した。
子供達が何かを嘆く時「さあ良かった探しをしましょう」
が、慰めの言葉代わりだったので、何を得るべきかと探し
たが、これしきの事、粗忽を反省するに止めた。
火傷を庇い片足を挙げて、風呂に浸かった。入る時は、火
傷の軽い方が軸足だったから工夫は要らなかった。
湯から上がる時は、片方の足を高々と宙に浮かせたままの
格好で出なければならず、湯の中で立ち上がる事から技術
が要った。まず風呂桶の淵に両手を掛け、片足で跳んだ。
良かった探しの決定版は、結構深い風呂桶から片足で出ら
れる技量があった事かもしれない。
多少は動かなければと庭に降りると、昨日まで蕾だった
草花が、若緑の美しい葉を従えて、色とりどりに開いてい
る。水仙、クロッカス、天人唐草、菫、藤袴、今春も逢え
た。  「良かった」
♪小さな春の花
238天人唐草-2


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2017年03月19日

水彩画の心紀行

北イタリア・スイスの旅展    
楽しい水彩画 238 北イタリア・スイスの旅展
昨年の秋、北イタリアのオルタ湖と湖畔を取り巻く家々を
描き、スイスのソーリオへ移動しました。
オルタからソーリオへは、バスで一時間余りでしたが、そ
の僅かな道中の家々の有り様、景色の変化は、風土、お国
柄、生活様式などの違いが目に見えて、短い日程の旅を分
厚い物にしました。
★会場 ぎゃらりーび〜た 中央区京橋2-8-5京橋富士ビル
 筺03-3561-5050 
★4月12日〜18日(16日休廊)AM11:00〜18:00
 初日(11:00〜18:00)最終日(11:00〜16:00)
★ ご高覧賜りたく存じます。 
♪サン・ジュリオ島(オルタ湖)
238サン・ジュリオ島(オルタ湖)-1

折々の記 238 記憶
数字、方向、固有名詞等、分析力・認識力・記憶力の足り
なさは実際的欠陥なので羅列できる。
その他 精神や性格に及ぶと、まず身贔屓したいと思う最
大の欠陥から、自己認識や評価は、不可能に近い。
数字や記憶の必要のない、気持ちだけで遊べる絵画は、幼
少の時から時間を無制限に費やせた。
四人姉妹の末の私まで、財政においても、精神に至っても
充分に保護干渉できる余裕のなかった親のお蔭もあって、
自然児は出来上がり、無から有を生み出す事が不可欠な戦
後、拙く、幼く、貧素ではあるが、自ら生み出した物に、
夢を広げていられた。
今、その積み重ね?後遺症?で、それ以外考えられない空
間で日夜を遣っている。
私の絵は、創造、想像力と云う才能に由るものではない。
神秘的なまでに美しい自然の有り様、人や動物の心が醸す
仕草、面差し、時間が作りだしたものに、魅せられて、
再燃できたらの思いの遊びを遊び続けている。
偶に、自作への共鳴者に出会える時「生きて居ても良のか
もしれない」と、辛うじての 存在認可証にしている。
♪カラフルなバレンナ
238カラフルなバレンナ-1



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2017年03月09日

水彩画の心紀行

楽しい水彩画 237 赤石山脈
赤石山脈(南アルプス連峰)は、明野から見ると西に在りますから、土地の人は西山と云います。連山が夕陽を背負う時は、神の存在を疑う事は難しいです。三月の雨は、山々を雪にします。
ひと時全山を雪化粧にしても 山頂付近の光を跳ね返す白だけを残して午後の麓は化粧を直し春の気配を漂わせています。
芽吹き前の沈黙の山を描いてみました。もうすぐ、木々は芽吹き、桃の花が咲くのでしょう。
♪残り雪
237残り雪
折々の記 237 湯たんぽ
電気毛布は身体を乾燥させると聞く。健康に考慮しての事ではないが、節電と優しい暖かさを良として標高の有る山里の寝具に湯たんぽを忍ばせている。
子供の頃使った、陶器の湯たんぽは、重たくて親がいったん決めた位置からは動かし難く、湯たんぽを足で探って、そこに添わなければならない。それから間もなく、重たい陶製の湯たんぽは、上下に波を打たせた平たいアルミ製の湯たんぽに役目を譲り、好きな位置に潜り込ませる事が出来るようになったが、四角い布で包み、紐で縛った湯たんぽは、よく被いから逃げ出して、一冬に少なくても二、三か所は、火脹れを作ることになる。
今は、加熱し過ぎても、火傷の心配のないプラスチック製を使っている。目に、暖かそうに見えるからなのか 大抵は味わいの無い安っぽい朱赤で、あの懐かしい品の良い色、形の陶器の湯たんぽは、古物屋にも見かけない。
友人は、手間の掛かる湯たんぽなど、大時代的に思うのだろう。 
全部屋をエヤコンで快適温度にし、湿度も加湿器で調節、加えて床暖房、電気毛布も電気行火も要としない。トイレは、ドアーを開けると同時に電光に晒され、便器の蓋が開く。こうまでされると、気恥ずかしくてゆっくり用も足し難い。
そんな保護の多い日常からは、明野の寒さは恐怖になるらしく寒い時は、我が家への足は遠のく。
 3月11日東北の震災の時、広い範囲が停電で、電車は動かず、偶々折悪しく居合わせた友人は、文明からさらに遠くなった我が家に居留まる外無かった。
何事にしても、工夫を美徳と思い、無駄に思える事態から、出来るだけ遠くに居たい私は、我が家の石油ストーブも無論電気不使用で、ダイレクトに炎の上で、湯が沸く。
 ランプが好きで、実家に有った金属の傘がひしゃげたクラッシックなガラスのランプや、旅先で見つけた陶器の古いランプを手に入れては、絵に描いていた。これ等の幾つかに油を注ぎ、テーブルの上に灯すと、暖かで穏やかな光に不安は和らぎ、災害地の阿鼻叫喚の最中に、いかにも不謹慎だが、静かに揺れる光は豊かに抒情的でさえあった。
ストーブで湧いた湯を、友人の為に朱赤色の湯たんぽに入れ、私用には空になった酒の紙パックで急ごしらえの湯たんぽを作った。有りあわせの具で作った雑炊に飢えを満たした友人は、この不便の中で、敗戦後の物の無さを懐かしんでいたので、少しほっとしたが、私自身は、財政的にも、自然の美しさ保護のためにも、コンピューターの操作に苦慮しなくて済む多少不便でも野性に近い所で生活が出来るならその方が良いとも思っている。        被災地から遠かった幸いに安堵したり、被害の大きさを案じたりしながら、「心に不断の備えあれば、憂いなし」と、貧を幸いに友人に豪語してみたが、ラジオから流れて来る、逃れようのない大きな自然災害には、供える準備の持ちようの無い事に人の非力を悲しむ他無かった。
あの災害の晩の事は、湯たんぽの袋の中に、何時までも悲話になって残っている。
♪湯たんぽ
237湯たんぽ-1


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2017年03月06日

水彩画の心紀行

水彩画の楽しさ 236 梅の木の鵯
ひよどりは、極寒の最中にも、真夏の陽の下でも、山里の我が庭でほとんど一年中見かけます。
ムクドリと違って、せいぜい多くて四・五羽が集うくらいですから、鳴き声に患わされる事も無く、遠目には、灰色にしか見えないのですが、丸い目は愛らしく、頭頂の白い羽と、白い胸を飾る黒い斑点は、美しくお洒落です。
はるばる異国から渡来の鶫(つぐみ)を、先住を誇示して追う事さえしなければ、蝋梅の花を啄んだり、犬や鶏の餌を、横取りすることは、大目に見ています。なかなかじっとしていてはくれませんが、綻んだ梅の花の枝にとまるひよどりに、春が来たねと話しかけてみました。
♪梅とひよどり
236梅とひよどり-1

折々の記 236 めおと?
 目で物を言う虎毛の猫が、最近頻繁にTVの画面に登場する。その猫によく似た でもとても人に飼われているとは思えない薄汚れた猫が、吾輩の庭とばかりに悠然と歩き回っている。
犬が繋がれているのを良い事にして、犬の餌をゆったりと独り占めにし、器の底が見えるまで、平らげて行く。犬も食事にあぶれる事も無かろうと、猫が満腹になるまで背を向けて 寝たふりを決め込んで食べさせている。
盗人猛々しく堂々と此方をねめつけるので、此方も見返すと、瞳の縦の長さが妙に短く白目勝ちで、昔 意地悪をされた友人の顔とオーバラップするのだが、犬が良しとするのだから、出来るだけ猫と瞳を合わせないようにした。
北にある玄関は、犬の居る南の庭とは、建物で隔てられている。玄関先に、ただならぬ気配を感じたので出てみると、虫の息で踠いているひよどりを前足で抑え羽根を毟るようにして、件の猫が殺戮に及んでいた。窓の中の私に気付くと、介入される事を避けるべく急いで咥え直して持ち去った。
その翌朝、北側のガラスの窓に何かが当たる音がして出てみると、ひよどりがガラスに映る空に飛び込んだのだろう、激突して息絶えていた。玄関先に横たわるひよどりを、妻の死を悼んで、後を追った夫に決め、猫の餌食になったのは、昨日描いたばかりのひよどりと想う事にし、美しく固まる夫を描き残し、二羽を一緒に結んでガラスの中の天国に送ることにした。
彼らの作ったスイートホームだったのだろうか?枯草や枯れ枝にビニールの紐を絡ませ、ひよどりの羽を敷いた巣が、雪の朝も、雨の夕暮れにも花梨の裸樹の枝又に小さく丸くある。何もかも吹き飛んで仕舞いそうな風の吹く明野、主の居なくなった巣は、薄紅の花梨の花が咲くまで木の上にあるだろうか?薄汚れたぼろぼろな巣に、暖かさは残っていない。
年老いた友人の多くが終活などと云って、貯め込んだ品々の処分に時間を取られると大騒ぎをしている。置いて行く事に気を揉むような大切な物、値打のある品など何もない吾巣も、あっけなく時間と云う奔放な猫に飲み込まれてゆくのだろう。
♪居なくなる事
236居なくなる事


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2017年02月19日

水彩画の心紀行

楽しい水彩画 235 流れゆく霧
濃霧の時の山間は、2メートル先も見えません。車のヘッドライトは、白い霧の塊をぼんやりと明るくするばかりで、此処を抜けるまで最徐行をしなければなりません。何もかも隠し果す濃霧のカーテンは、とても水蒸気の為せる事とは納得し難く、変幻自在の生物体のように巨大で幽かです。
私が濃霧から抜けたのでしょうか?霧の方が晴れたのでしょうか?突然雪の残る風景が目前に広がります。
枯れ木の向こうに見える、雪の屋根も堅牢に美しく造形され、これも水の造詣にはとても思えません。こんな時も自分の、人間の、創造力の貧しさを思います。
♪霧が晴れて
235霧が晴れて

折々の記 235 けったいな思いで
自分が齢を取ってみると、もうとっくに黄泉の国に居る父母が思い出の中では、私よりはるかに若いのには、戸惑っている。
早朝仕事に行く前に、一頻り竹刀(しない)の素振りをした後に 極寒でも背中から湯気を立てながら、井戸端で冷水摩擦をする。上半身何も纏わず、着替えた下着(ふんどし)と使った手拭を手際よく洗い、大きな音を立てゝ空に叩きつけ、美しく折って木桶の淵に掛け、後は母に任せて、木刀が支柱になっているのかと思う程の真っ直ぐな背筋で、父は生徒の待つ学校に赴く。
父の読んだ新聞は、殆ど一ミリのずれも無く畳まれ、雑に開く事を拒んでいる。私の下駄なり靴なりも一センチとて離れて脱ぎ置くことは許さなかった。箸、茶碗の置場も手元からの位置が定められ、それらを持つ肘の高さ、持ち方、食事は何時も一度の注意では終われなかった。
私が、うっかり放屁をしてしまった時は、どれ程の叱責を食らわねばならぬか 充分に覚悟を決めて恐る恐る父の顔を見ると、「英語で尻はヘップーと云う」とニコリともせずに云って箸を置き 立ち上がった。母も姉達も猛烈奇妙な顔をして黙し、その後も終にその話題は出なかった。
地方の英語担当の先生はネーティブと関わる機会も少なかったのだろう、当時、耳慣れた外来語も敢えて捏ね回し、私が分からないなりにも耳障りになっていた。
英語の時間hipの出番があると、暫くは・へっぷー・ではないかと疑がったが、その内に笑いをこらえるのに 死ぬほどの苦痛を飲み込まなければならなくなった。
厳格な父に甘えた記憶はなく、父の失態などありうべきものではないと恐怖を持ちながらも大好きであったが、その一件から、私の中に育ちかけた大人意識は、箍を外すことの面白さを生きる武器にしてきた。
私の子供達には・油断を良し・とさせた。油断の楽さを子供に改めて尋ねる折もなかったので、今は強かに大人になってしまった子供にもう問う機会も無い。
私自身が若い両親の子供に戻ろうとしているのかもしれない。そうすれば、油断ばかりの粗忽な老も、過去の中で楽に生きられるだろうから。
♪紙の雛人形
235紙のお雛様-1


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2017年02月13日

水彩画の心紀行

楽しい水彩画 234 蝋梅
もっとも寒い冬の中で、霜の朝も、雪を被っても凍みることも無く、薄い蝋細工のような花弁を重ねた黄の花は、昼の薄日を透かして強風に立ち向かい、凍て付く大地を宥めています。
辺りに優しく甘い香りを漂わせて、未だ地中で春を待つ草々に目覚めを呼びかけているようです。
♪蝋梅
243蝋梅-1

折々の記 234 残映
山梨の明野村へ、古家を購入し転居、近所の大工さんに縁を繋いで頂き、増築改築してほぼ30年になる。解体せず残した部分の築年齢を加えると60年を超えている階段と、急な坂道を毎日のように 上り下りして来た。
80歳になろうとする近くの友人は「来世が有ったら、坂道のない所で、生活したい」と言われるが、遠くで彼女を見かける限り、堅固な四肢、40・50代もこれまでだろうの能力でしっかりと働いている。
三階をアトリエにした私は、彼女のように果てしない農作業の労動は無いにしても、三階への階段の上り下りには、相当鍛えられたのだろう、未だ年齢を意識した肉体的苦労、疲労は無い。
70歳、80歳を超える友人は何処かしら支障を来している。大勢を歓迎したく、風呂桶を深く大きい物に造ったので、段々浸かることも上がることも困難になった向きもおられ、息子の代になった馴染みの大工さんに入浴の際の補助手すりの装着を頼んだ。
八ヶ岳から吹き降ろす風が賢治の風の又三郎の物語を創らせたと隣村保坂の伝記に有る。
聞きしに勝る猛烈な風の夜明け時、仕事途中の屋根の上に残された資材が心配になり二階の窓から覗いてみると、棟梁が、坂上からゆっくり下って見回っていた。独りでいる心細さと、薄闇でもあって、その頼もしい容姿は此処へ転居して来た事が正解であったと確信までさせた。
照明具の付いた電動式のねじ廻しで、手際よくタイルの壁にステンレスの手すりを取り付ける二世の息子は、父親の総てを心に付け、腕に付け、我が子と同年齢と言う事もあってだろう、笑顔は大きな信頼さえも遥かに超えて幸せな気分にしてくれる。何度も風呂桶から、出入りして使い勝手を試してみながら、こんな青年が、今を担っているのなら、もう 老いを受け入れても?否!!
棟梁親子での最後の仕事になった我が家の三階のアトリエの隅に、去年の秋に採取したマロニエの黒い実やとっくに枯れた紫陽花が何の手入れも手立ても必要とせず、美しいままに在る。
♪残映
234残映-1


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2017年01月23日

水彩画の心紀行

楽しい水彩画 233 金柑
今年は、金柑の木に30個ほど実が付きました。
昨年は、10個有るか無きかでしたので、鑑賞用に何時までも採らずに置きましたら、水分がなくなり皮も実もひすばり食べる事を阻みました。冬の枯れ色の中で輝く実を出来るだけ鑑賞していたいので、3日に一個と限定。甘みも酸味も深いその一つを陽だまりで頬張るのは、どんな高価なフルーツを戴くより、天然の恵みを感じ贅沢この上ありません。
2メートルにも及ばない背丈一杯に茂る常緑の葉は、凍みることも無く冬の日を集めて実を守っています。そこには、雄大な山々に劣ることのない、繊細で美しい自然が輝いています。
♪金柑
233金柑

折々の記 233 道祖神祭
隔年ごとに、丈高い竹を、組の人数分に割って柳の枝に似せ、大地に向けて垂らし、柳の木に見立てた細く垂れる竹の先に猿ぼこと云う人形を吊るす・お柳さん祭りと・、20メートルもあろうかの丸木を石柱に寄らせて建て、幾つもの竹や金具で作った輪に括り付けた長い旗を天辺近くまで上げ旗めかせる道祖神祭りがある。
組の人が祠や石文の設置されている沿道に集い、輪番の賄い(まかない)の長が、田圃を隔てた向こうの竹林や、道路際反対の民家を見渡し、松、竹、梅、の摂取場所を指定、組員 其々が、手近に調達し、それらを丸木の先端に縄で括り付ける。山里ならではである。
道祖神の祠や石文に、枝に付けた紅白の団子や蜜柑、酒等の供え物をし、獅子頭が祀られる。
長け高い二本の丸木に文字の書かれた旗と、幅広の布に垂らした吹き流しをもう一本の丸太に括るのが、今冬一番と云う寒さの中での祭り仕度だった。
集落の面々の献身と、他を慮る優しさで、古式豊かに延々と続いてきたのだろう。
丸木に回された輪に括られた旗を2本の綱を操作し、空高く持ち上げる途中、これまでに何度も繕ったり接いだりした満身創痍の古くなった布を、捥ぎ取るように風は吹きつけ、破れは痛々しく広がる。
「繕わなければ」の声に、その場から比較的近い私の家まで、急坂を走って安全ピンを十個ほど用意したが、「そんなものではさらに布の破損はひどくなる」と。
もう一度、急坂を息を切って登り、転げるように飛んで下り 針と糸を間に合わせる。
女の人達は、宙吊りで強風に煽られている旗を慣れた手つきで苦も無く繕い、高い空の中にはためかすことが出来た。
この事に限らず村の人は、日常の大抵の難題を、片を付ける事に並外れて優れている。
それに比して要領の悪い私は、労に適しない靴を履いていた事や、身体を使う事に怠慢な日常が災いして、塩を舐めても、水分を過剰にとっても、風呂に浸かっても、釣った足の痛みは、杳として治まらない。
仕方なく何度も湯に浸かっている内、足の釣った痛みを嘆く事よりも、湯の優しい温かさが、此処に住んで居る温もりになって、痛みも愉快だった事に出来そうである。
すっかり村人に成り切っているのだと足を摩りながら、常のカラスの行水を変じて のんびりと道祖神祭りの床しい仕来たりに思いを馳せてみる。明日は、布を裂く風が吹かなければ良いが。
♪道祖神祭り
233道祖神祭


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2017年01月05日

水彩画の心紀行

楽しい水彩画 232 聖護院大根
大きな丸い大根を頂きました。
千枚漬けに収まる前に、描いておこうと思います。
野菜の何ほどの知識もない頃、絵本で見た大きなかぶらと思っていました。
此処では、頂く物は畑から直行です。瑞々しい葉も漬けたり、炒めたりするのですが、敬意を表してまずは描きます。
♪丸い大きな大根
BlogPaint

折々の記 232 海岸寺の和尚さん
私が癌になった5年前の3年前、8年前和尚さんもがん細胞に取り付かれた。
毎年大みそかに鐘を撞かせて戴こうと海岸寺に伺った折「私は、癌と共生する事になりましたが、もう80をとうに越しましたので『癌で死ぬか命が尽きるかの年齢ですから、ハードな治療もね〜〜』という医師の言に「私は決心しました。何もせず天命を待ちます」と、潔い和尚様のご意識でした。
次の年の暮れ、恐る恐る鐘を撞かせて戴こうと院に昇ると「交通違反の罰金の高額なのには驚いた。静岡までサードオピニオンを訪ねる折、車で疾走して捕まった」と血色の良い笑顔で、迎えて頂けた。
九年後の和尚さんは、さらに艶々と頬を光らせ鐘楼の梯子段を軽々と、、、?白足袋をスリッパもどきのサンダルに隠して登られたが、下を通ろうとした私の鼻先に片方の履物が降って来た。
「はっ、はっ、はっ、こうならないよう気を付ける手本に」鐘の音は、鬱蒼たる木立の闇を抜けて、山々に木霊(こだま)しながら甲府盆地へと広がって行く。
薄闇の中に採り残された熟し柿が、仄赤く一つ残っている。
九十才を幾つか過ぎて、お独りで山々に日々を預けておられる和尚さんの快談から私の新しい年は始まる。
♪鐘楼
BlogPaint


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2016年12月17日

水彩画の心紀行

楽しい水彩画 231 枯色
梢にしがみ付いていた枯葉は大地に移動し、まるで己が根を凍結から守っているようです。
遠くに まだ黄赤色の葉を残したメタセコイヤーの大木が林立し、これも冬枯れを穏やかにしています。木が透きますと、鳥が数を増したかのように目に留まります。
あんな小さな生き物が 木の実も食べ尽くし、寒風の中で、生き抜いて春を待つ様子を想像するだけで、穏やかな日向で、何時の季節でも美しい風景を目の当たりに出来、描く事の出来る幸せは、贅沢の極みに思えてきます。
♪暖かい日
 231 枯色-1

折々の記 231 鬼柚子
冬枯れの中で、柑橘の葉と琵琶の葉は、少しの衰えも感じさせずに、金柑、柚子は実を付け、琵琶は大きな木一杯を小さな白い花で飾っている。
小粒の柚子は、風に抗い兼ねてか 何年も実を付けなかったので、建物の南、琵琶の木の傍に植え替えたら、翌年から金色の実をたわわに付けるようになった。
大木になっても実を付けなかった琵琶の木の茂りに茂った葉をお茶にでもしようかと、大幅に枝を切り落し、薬局で確かめた効能を信じ、葉を煎じて飲むことにした翌年、枝々に陽が行き渡るようになったのか、実の為る年数を待っていたものか、枝先の総てに花を咲かせ、三・四個ずつを房にして実が生った。
私は、、同年の友人達と比べると、日常、安閑と美食に預かれない分、贅肉は人に分けたい程には無いと思っている。極々僅かな年金は減らされる一方、病院は初診料や紹介料値上げ、病まない算段に無い頭脳を駆使せざるを得ないが病んでいる裕の無い事も幸いして元気で居る。
それ故にも、生きる為の意識は野性動物に近く、近所で頂いた野菜、果物のあれこれを乾燥したり、漬け込んだり、土に埋めたり、ぼろ布に包んだりして溜め込み、芽吹きの春を待つ事にする。
野性と違うところは、他に迷惑の掛からない限りにおいて、目に新しい物に興味、関心、欲が深く、友人の庭で見た、胴回りは、4・50センチもありそうな、鬼柚子の魅力に捕らわれた。
やっと苗を探し、10年近くを経て花を付けた。ここでも欲は災いし、摘花を惜しんだので、細い枝先に三・四個実を付けたままにした。
細い枝先から養分を分け合った三個の実は、胴回り三十センチにもならず、歪んではいるが、薫り高く、絶品のジャムに生まれ変わり、お礼肥に腐葉土を根回りに施し、更なる大きさを期待することにした。
年数がたてばさらに頼もしく成長し、豊かに茂り実を付けるだろう、柿、琵琶、柘榴、花梨、柚子、金柑、キューウイーなど、花の木と一緒に、繁茂を極める狭い庭は、私の死後を杞憂させるが、私が朽ちて草木が狭い庭を占拠する方が、余程自然環境の保護になり、ほんの僅かでも若者の年金負担は減るのだろう。
草木の繁茂も行く先ももう少しの間、思考外にし、日照時間日本一の明野の太陽に浴して、花の絵実の絵を描かせてもらおう。
♪鬼柚子
231 鬼柚子


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2016年12月09日

水彩画の心紀行

たのしい水彩画 230 侘助
慶長の役、侘助と云う人物が朝鮮から持ち帰ったというのですが、侘助の名をそのままに、少しずつ花弁の形や色を増やし全国に広まったようです。
霜に凍てつく朝の庭に、雪の日は白い葉重なりの中で、小さく慎ましやかに、優しく咲き、そこだけ何時もほのかな温かさを伝えています。
戦乱の中でも、この花を持ち帰ろうとした日本人の美意識なのでしょうか、生命への愛おしみなのでしょうか、侘助の名が似合う花です。
♪侘助
230 侘助

折々の記 230 小さな展覧会
絵を描く小さな集まりで、絵画展をする。
何日もかけて、完成させた絵は、額縁と云う保護枠の中で、其々に自己主張している。
私自身、見(覧)せるという意味に定かな理由付けが出来ない事と、画廊の採算、知人の参廊への感謝、接客への愛想、絵を描く何十倍もの気使いに 今までの個展には心身疲労して来た。
数十年と、続けた個展で、愛でて下さる御好意を、シンプルに信じ、喜び、私の作画へのエネルギー源にして、助っ人も一時を愉しんで頂けたなど、思い上っていた。
さてグループ展。
他の目に私を晒す機会ではない。何の衒いも要らず、皆それぞれがこれまで描いて来た有り様を、客観視できる好機にし、造形することに関心を深め、作品への責任、完成度の洞察源になれば などを願うくらいで、私自身の会期中の行動への採点意識は遙かに少なくて済む。
皆の心情は計れないが、俗欲を減じ、徒然の日常にクリエーティブな刺激を介入させ、文学的絵画的に解釈し、漫然と終わって行く、消えてゆく、記憶に楔も入れられるのではないだろうかと、面倒くさい要求をし続けた数か月に、密かに花を添える言い訳も見つけて居る。
出品者が老齢故か、来客も大抵高齢である。他の用事で来館した小学高学年と思しき少女たちを・呼び込み・宜しく誘い込んでみた。
「絵の後ろ側に作者の云おうとしている事、情景に関しての心の広がりまで見えて、、、、云々」
「すごいこと云うわね」と私。「はい、天才ですから」小学生。
思わず一口サイズのチョコレートを、一つずつ掌に載せると、初めて幼い笑みを浮かべて「有難う」と。
「展覧会の意味は???」問う事もないのだろう。
生きて居る意味を問い続けてきた私への回答かもしれない。最近は、小学生の云う「対象物に取り入りながら、自己の思いがリアリティーの裏側にしがみ付いていれば良い」という絵を描いてきたが、出来栄えを披瀝する立場にないので、昔描いた絵を「切れ切れの記憶」と作品名にして展示に参加した。
描いた時の思いこそ、記憶にないのだが、今この絵の手元に有ることが、生きて来た意味を問う事の意味のない実景なのかもしれない。
♪切れ切れの記憶
230切れ切れの記憶-1


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