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 先日人間力大学桑名校の植松務さんの講演会に行ってきました。どーせ無理をなくしたい。人間は生まれたときあきらめ方をしらなかった。ただ大きくなる過程であきらめ方を覚えていく。輝いて生まれてきたはずなんだ。そんなメインテーマのなか貴重なお話を聞いてきました。
 特に印象に残ったことは今は日本は人口減少している時代。それは今までの僕たちが経験したことのない大変な時代を生きていくことになる。だから今までのやり方が通用するとは限らない。これからやることは日本で初めてのことになっていくでしょう。だから自分たちで考えて、考えて、試してやっていくことが必要になってくる。
 同じ仕事でも、何のためにやっていくかを考えることによってそのひとつとは限らない。例えば医者になりたい夢があったとき、もしかしたらお金が十分になくて学校行けないかもわからない。でも何のために医者になりたいかを考える。もしかしたら人の命を救いたい。かもわかりません。そしたら医者だけじゃなく医者の使う機械をつくることや看護師なども同じ何のためかもわからない。
 そうやって考えたとき、自分は何のために日本に、木曽に帰ってきたのか?居酒屋を始めたのかを思いだしました。10年前の自分はほんまに未熟でした。この前10年前の自分のブログを見て思ったのですが、、。今でもまだまだ未熟者です。その時感謝がなかったです。損得で生きてました。ただ両親をはじめアメリカシアトルの仲間たちが本当に良くしてくれました。ただ気づかなかった。周りの人が助けてくれるのは当たり前だと思ってました。わがままに我武者羅に自分のやりたいこと、夢、目標を叶えていきました。そんな中シアトルから日本に帰ってくる数か月前にぎっくり腰になりました。動けなくてずっと家で寝てました。店のオーナーや近所の老舗の日本料理屋のおばちゃんなど沢山の人が助けてくれました。オーナーは「まさ、食べるものあるか?」って毎日、仕事できなくて迷惑かけてるのに、ごはんもってきてくれたり、近所のおばちゃんはこんな僕に家まで来てマッサージしてくれたり、、。やっと気づかされました。感謝の気持ちで満ち溢れ出しました。
 数か月後父が残してくれた日本、木曽のお寿司屋を活用して居酒屋を始めました。その時決めたのは、父はもういませんでしたしこれから出逢う人たちに今まで出逢った人たちに恩返しできなかった分できることを精一杯やって行こうと決めました。それが居酒屋をやる理由、木曽で、日本で生きる僕の理由です。
 その何のためにを考えたとき居酒屋だけが手段ではないはず。これから沢山の可能性があるはずです。仲間達と微力組ながらできることやっていきたいです。そのことを考えるとわくわくが止まりません。